第62話 偽ネウマ譜、現る!
僕は小屋の前で怒り任せに叫ぶ商売人たちを眺めた。
誰もが怒っている。
詳細はわからないけど、叫んでいる内容から大体想像がつく。
ジェロが商売人たちに卸したネウマ譜が粗悪品だった。
それにより、商売人たちの信用が失墜。
だから、責任者であるジェロを処断しようと集まった。
どうしたらいいんだろう。
僕は唇を噛んだ。
こんなときに頼りになるジェロは、商隊を率いて隣の荘園に向かっている。
予定通りなら戻ってくるのは三日後。
この世界にスマホはないから、すぐさま連絡が取れない。
誰かにジェロへの伝言を託しても、今日中に戻って来られないだろう。
そのあいだ、商売人たち大人しく待つとはとても思えない。
すぐさま事情を把握し、事態の収集を望むだろう。
他に相談できるのは……。
必死に考えた。
商団に入って日が浅く、仲間の商人をほとんど知らない。
ジェロ以外の商人で顔見知りなのは、ただひとり。
ダンテ——。
表向きは商人だけど、もうひとつの役割を担っている。
それは暗号ネウマ譜を運ぶこと。
影的な存在なので、暗号師の僕は見知らぬふりをするよう言われている。
だから、助けを求められない。
「ジェロ、いないのか?」
「採譜師でもいいから出てこい!」
商売人たちがヒートアップしていく。
そのうち小屋に雪崩れこんできて、保管してあるネウマ譜をめちゃくちゃにするかもしれない。
だめだ。
守らないと。
商団とネウマ譜を——。
決意を固め、僕は商売人たちの前に立った。
誰も僕が採譜師だと気づいていない様子だ。
訝しげな表情で僕を見ている。
僕は大きく息を吸いこみ、ゆっくりと吐きだす。
覚悟を決め、頭を下げた。
視線は下を向けているけど、商売人たちの表情はなんとなく想像がつく。
訝しげなものから怒りへと変わっていくはずだ。
視線が痛い。
商売人たちの怒りを全身に感じる。
僕は顔を上げた。
予想通り、商売人たちは怒っている。
「おまえ、商団の者か?」
商売人が尋ねる。
僕はすぐさま首を縦に振った。
「すぐにジェロを呼べ!」
商売人が唾を飛ばさんばかりの勢いで要求を突きつける。
『いない。出かけている』
僕は首を横に振った。
「隠すな。ここに連れてきて説明させろ」
商売人たちは僕がジェロを隠していると勘違いしている。
誰もが説明しろと口々に叫ぶ。
興奮している商売人たちに、僕の真意は伝わらない。
ジェロを出せの一点張り。
話せないからどうしようもない。
でも、そんなことは商売人たちには関係ないことだ。
僕が商団の一員である以上、商売相手である商売人たちに伝える義務がある。
どうすれば伝わる?
頭をフル回転し、身振り手振りで説明した。
けど、まったく取りあってもらえない。
少なくとも商売人たちを落ちつかせないとだめだ。
そうしないと、僕は商人として失格だと思われるだろう。
どうすれば……。
困り果てたそのとき——。
「ジェロならいないよ」
ヴィヴィが商売人たちをかき分け、僕のそばにやってきた。
「どこにいるんだ!」
商売人が喧嘩腰に言った。
『今朝、商隊を率いて隣の荘園に行った』
僕はヴィヴィに向かってゼスチャーをした。
ヴィヴィは軽くうなずく。
「ジェロは隣の荘園に商売に行っている」
『戻りの予定は三日後』
「三日後に帰ってくるらしいよ」
ヴィヴィの言葉に商売人たちが益々怒りを爆発させた。
「三日後?」
「冗談だろう。一刻を争うこの事態に……」
「だったら、おまえ。代わりに説明しろ!」
怒りの矛先が一気に僕に向かってくる。
「待って。一体なにがあったのさ?」
ヴィヴィが僕の前に立った。
商売人たちを見渡し、誰かが説明してくれるのを待っている。
「これだよ」
比較的冷静な商売人がネウマ譜を差しだしてきた。
すぐさまヴィヴィがそれを受けとる。
「俺らが販売したネウマ譜が粗悪品だって客から指摘があったんだ」
商売人の説明に他の商売人が賛同するようにうなずく。
「それらは全部、ジェロから卸してもらったネウマ譜なんだ」
「嘘だろう。ジェロに限ってそんな……」
ヴィヴィは反論した。
僕はヴィヴィの手からネウマ譜を奪うようにして取った。
すぐさま広げてネウマ譜を読んでいく。
最初の数小節を見てすぐに気づいた。
これは僕が書いたネウマ譜じゃない——。
似せて書いてあるけど、違う。
断言できる。
『他のネウマ譜も見せて』
僕は商売人たちに訴えた。
「えっ? あっ、他にも粗悪品があるなら見せてほしいって」
ヴィヴィが僕の気持ちを伝えてくれた。
すると、数人の商売人が粗悪品と思しきネウマ譜を渡してくれた。
すぐさま、全部のネウマ譜を調べていく。
どれもこれも、全部偽物だ。
商売人たちが指摘した通り、偽物のネウマ譜が流通しているのは間違いない。
僕の手からネウマ譜が落ちた。
「レオ? どうかしたのか?」
ヴィヴィが聞いてくる。
『ヴィヴィ、どうしよう。どれもこれも偽物だよ』
「偽物⁉︎」
ヴィヴィの声に商売人たちが反応した。
「説明しろ、どういうことだ!」
商売人たちの怒りが僕に向かってくる。
説明してもらいたいのは僕も同じ。
どうして偽物があるんだ?
誰が書いたんだ?
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