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第55話 商団の鷹・ダンテ

 逃げるようにして去っていったヴィヴィ。

 どうしたんだろうと思ったのは僕だけじゃない。

 ジェロも不思議そうな顔をしている。


「なにかあったのか?」

 ジェロが聞いてくる。


 僕に見つかって驚いていた。

 僕の荷物をあさっていた。

 不審感を抱いたふたつの行動。

 どちらも伝えるのは難しい。

 それに、僕の勘違いの可能性もある。

 僕がいきなりドアがを開いてびっくりしただけかもしれない。

 よかれと思って僕の荷物を荷解にほどきしただけかもしれない。

 

 うん、きっとそうだ。

 だってヴィヴィは友達だから。

 

『なにもないよ』

 僕は笑顔を浮かべ、首を横に振った。

「そっか。ならいいんだ」

 ジェロは小屋のなかを歩きまわりながら言った。

「ここが今日からレオの生活の拠点となる」

『うん』

「こっちには商隊が運んだ荷物、あそこにはネウマ譜が置いてある」

 説明しながら、ジェロが指差していく。

「ここが作業台。ネウマ譜を書くのに使ってくれ」

 テーブルを軽く拳で叩く。

「そこの仕切りの向こうだけど」

 ジェロ小屋の一番奥にある仕切りを指す。

「そこがレオの部屋だ。寝床を作るスペースは十分あるよ」

『ありがとう』

 僕は頭を下げた。

「こちらこそ、ありがとう。俺たち商人のために暗号を作ってくれて」

 ジェロも丁寧に頭を下げる。

 顔を上げたところでジェロが握手を求めてきた。

「今日からレオと俺は友達でもあり、仲間だ。よろしくな」

『こちらこそ』

 僕はジェロと握手をした。


「さっそくだけど、仕事を頼みたいんだ」

『うん』

 僕は大きくうなずいた。

 自立した当日にジェロの力になれる。

 すごく嬉しい。

 僕はジェロを見た。

 先ほどまでの笑みが消え、真剣な面持ちになっている。

 完全に仕事モードだ。


「暗号ネウマ譜を書いてほしい」

 ジェロは簡潔に仕事を伝えてきた。

「前にも説明したけど、覚悟を持って仕事してもらうためにもう一度話しておく」

 強い口調で語りはじめる。

「暗号を使う目的は、商隊を盗賊から守るためだ」

 僕は大きくうなずく。


 外敵からの侵攻がはじまって以来、どこの荘園も貧困が進んでいる。

 その結果、盗賊が増えた。

 運ぶ側・商人たちは荷物を守り、盗む側・盗賊は生きるために奪う。

 互いに利害がぶつかり、負傷したり死んだり……。

 それを避けるため、ジェロは商隊が荷物を運ぶ日付、場所を暗号化しようと考えた。

 盗賊が盗む気満々でも、商隊を見つけられなければ襲えない。

 そうすれば、商人たちは安全。

 商団は金銭的被害を免れる。


「商人たちの安全はレオの書く暗号にかかっている」

 力強くジェロが僕の肩を叩いた。

『うん』

 責任重大。

 だけど、やりがいがある。

 僕の書く暗号が誰かの助けになるのは嬉しい。

 

「暗号に記す情報は、日付、時間、場所の三点」

 確認するようにジェロがゆっくりと話した。


 日付は数字四桁で記す。

 時間は具体的な時間ではなく、時間帯を明記。

 朝、昼、夕方、夜などといった感じだ。

 その情報だけで商人たちには伝わるらしい。

 僕にはわからないけど、おそらく事前に詳細な時間を決めてあるのだろう。

 はっきり書かないのも、情報漏洩を防ぐ一貫なのかもしれない。

 場所は、区画割りした地図の番号を記す。

 この三点をネウマ譜に仕込み、かつ普通のネウマ譜としても通用するように仕上げる。


「暗号ネウマ譜は俺が指示したら、すぐ取りかかってくれ」

『うん』

「情報漏洩を防ぐため、ギリギリのタイミングで商隊メンバーに配る」

 ジェロはカバンから紙を取りだし、テーブルに置いた。

「最初に数字の解読文書と、解読地図を二部ずつ書いてくれ」

 テーブルには白紙と地図が二枚ずつある。

 僕は言われるがままに数字の解読文書を書き、地図に区割り線を引いていく。

 完成したものを全てジェロに手渡した。

「一部は持っておいてくれ。レオも必要だろう?」

 ジェロに問われ、僕は首を振った。

 続けて、指で自分の頭を何度も指す。

「覚えてるって言いたいのか?」

『うん』

「すごいな……」

 ジェロが驚いている。

『解読文書は手元にないほうがいいよ』

 僕は二部あるうちの一部の数字解読文書を破いた。

「なるほど。ここに解読文書を置かないほうが安全だな。

 でも、地図は……よし、ここに貼っておく。

 商団の小屋に地図くらいあるのが普通だ」

 ジェロは地図を手に取り、テーブルの真ん前の壁に貼った。

 地図の他に、壁には荘園内の住宅地図のようなものもある。

 なるほど。

 商団の事務所っぽい。


「じゃあ、最後に……入ってきていいぞ」

 ジェロは小屋のドアを向かって大声で叫んだ。

「失礼します」

 ドアが開き、よく日に焼けたの青年が入ってきた。

 その青年は背が高く、ひょろりとしている。

「彼はダンテ。商団内では『鷹』の役割を果たしている」

『鷹?』

 僕は首を傾げた。

「レオは暗号師、つまり暗号を書く者だ」

『うん』

「鷹というのは、暗号を届ける者のことだ」


「初めまして、ダンテです」 

 僕と同年代か少し上くらいの青年——ダンテが握手を求めてくる。

 僕はすかさず名札を出し、自己紹介をした。

「レオ……」

 噛みしめるようにダンテは僕の名前を呼んだ。

「あっ、ダンテ。言い忘れたけど、レオは話せないんだ」

「ああ、そうなんですね」

 ジェロの説明にダンテは納得したようにうなずいた。

 その態度や表情には、少しも嫌悪感や哀れみを感じない。

 当たり前のように、だからどうしたと言うのだといった感じに——。


「よろしくお願いします」

『こちらこそ』

 僕はダンテを握手を交わした。

 とても不思議だ。

 初めて会ったのにそんな感じがしなかった。

 それに、僕が話せないとわかっても態度を変えない。

 ジェロとヴィヴィと同じように。

 だから、ダンテにそんな印象を持ったのかもしれない。

 仲良くなれそうな予感がした。


「あっ、そうだ。ダンテなんだけど、小屋以外では他人のふりをしてくれ」

 ジェロが思いだしたように言った。


 他人のふり?


 ジェロが妙なことを口にした。

 それに対し、ダンテは顔色ひとつ変えない。

 全く意に介していないようだ。

 驚いているのは僕、ただひとり——。


 どうして、他人のふりをしないといけないんだろう。

毎日更新。

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています(毎日更新)。


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