第53話 アリアの歌声に秘められた想い
「レオは初めてここに来たのよね?」
アリアは講壇にもたれるようにして立っている。
『うん』
すぐさま首を縦に振った。
「この教会は好き?」
『うーん』
僕は返答に困った。
雰囲気は好きだけど、ここで起きたことを考えるとそう簡単に答えられない。
仕方なく、首を傾げてみせた。
伝わるだろうか?
「どちらとも言えないってことね」
アリアの解釈に僕はすぐさまうなずいた。
「よくわかるわ、その気持ち。とても複雑なのよね」
話しながら、アリアは斜め上を向いた。
視線の先には、崩壊した天井がある。
「この教会が美しく見えるのは、天井から降り注ぐ光があるから」
アリアは手のひらを上に向けた。
そこに太陽の光が集まり、きらきらと輝いている。
「その美しさを作ったのは……」
アリアの視線が天井から手のひら、最後に僕に向かった。
「悲惨な戦争」
呟くように言い、静かに目を閉じていく。
その状態が数秒続いたあと、アリアはすーっと息を吸いはじめた。
それから、ぱっと目を開ける。
体内に溜まった息を一気に放出。
アリアが歌いだした。
聖歌だ。
僕は耳を傾けた。
この曲は……。
脳裏に蓄積された多くのネウマ譜を検索していく。
採譜師の修行中、相当数のネウマ譜に目を通した。
でも、そのなかのどれひとつとして合致しない。
知らない曲だ。
これから僕はもっと多くの聖歌と出会える。
教会という狭い世界から飛びだしたのだから。
楽しみで仕方がない。
最初の一歩が今日。
一曲でも多く聴きたい。
アリアの美しい歌声に合わせ、僕も心のなかで歌った。
綺麗な旋律。
そこに感情が乗っている。
美しいのに悲しい。
この教会の崩れた天井を見ていたアリア。
そのときの感情がメロディに乗って伝わってくる。
アリアは届けたいのだろう。
でも、言葉ではうまく伝わらない。
だから、歌う。
体のなかにある感情を声に出す。
言葉ではなく、メロディとして——。
僕と似ている。
ふと思った。
首を絞められて話せない僕。
言葉では伝えられないアリア。
どちらもストレートに伝えられない、伝わらない。
もどかしさ。
悔しさ。
きっとアリアも同じ思いを抱いている気がする。
聖歌が終わった。
アリアは口を閉ざし、すっきりした表情を浮かべている。
僕は拍手を送った。
「ありがとう」
アリアが嬉しそうにしている。
『美しいけど、悲しい』
聖歌を聴いて感じたことを伝えたい。
難しいけど、身振り手振りで表現してみる。
必死にゼスチャーをした。
「なに、かしら?」
戸惑いながらもアリアは僕の動きをじっと見ている。
「美しい?」
『そう!』
半分、伝わった。
「泣く?」
『違う』
すぐさま首を横に振って否定。
「あっ、わかった。悲しい?」
『正解』
僕は笑顔を浮かべた。
『そのふたつを繋げて』
ゼスチャーで伝える。
「くっつける?」
『当たり』
「美しい、悲しい?」
確認するようにアリアがつぶやく。
正解だけど、単語を並べただけでは真意は伝わらない。
あとはアリアが気づいてくれるのを期待するだけ。
「どういう意味かしら」
考えている。
単語をゼスチャーで伝えるのは、やればなんとかできる。
でも、逆説の「けど」を表現するゼスチャーが思い当たらない。
ああ、話せないのがもどかしい。
これというのも全部、覆面男が僕の首を絞めたからだ。
「あっ!」
アリアが目を見開いた。
「わかったわ。美しいけど悲しいってことかしら?」
『伝わった!』
僕は首が取れそうなほど、激しく首を縦に振った。
「嬉しいわ。私が表現しようとした感情を汲みとってくれて」
アリアは首を少し傾げ、悲しげに微笑んだ。
「私、日々思うの。人生にはままならないことが多いって」
表情を変えず、視線を左右に走らせた。
「どうしようもない——わかっているけど、耐えきれないときがあるの」
わかる。
僕も味わってきた。
もとの世界では、そんな風に感じたことはない。
僕が世界の中心であるみたいに、なんとなくうまくいって、日々が過ぎて——。
でも、異世界に転生してそれが一転。
うまくいくことなんてほんのわずか。
ほとんどがうまくいかない。
その原因の大半が僕とは無関係のところにある。
どうしようもない——。
アリアの思いと同じだ。
「そんなとき、ここで歌うの」
アリアの表情が少し穏やかになった。
「戦火で亡くなったひとたちに思いを馳せて歌を捧げる。
そうしたら、気持ちが落ち着くの」
『?』
アリアは穏やかな表情をしているはずなのに、どこか悲しげに見える。
気のせいだろうか。
「たとえ、意に沿わないことをやったとしても……」
一気に表情が暗くなった。
僕にはわからないアリアだけが抱えている悩み。
それがアリアを包みこんでいる。
悩みの原因を知りたい。
けど、知ったところでなにもできいない。
僕にできることはないだろうか。
考えた。
「レオ」
アリアが声をかけてきた。
『なに?』
「これからきっと、レオも意に沿わないことを強いられるかもしれない。
納得できないことが起きるかもしれない」
真剣な目でアリアが僕を見ている。
「でも、覚えておいて。
なにをやっても、なにが起きても、自分の思いを信じるって」
『う、うん』
あまりに真剣な雰囲気に僕は引っ張られるようにうなずいた。
「あっ、そろそろ帰らないと。レオ、さようなら」
アリアは別れを惜しむ様子もなく、足早に去っていった。
また会おうなどという気持ちは微塵も感じられない。
でも、僕はまた会いたかった。
ここに来れば、また会えるかもしれない。
でも、なにしに来たのかと怒られたらどうしよう。
そうだ。
口実を作ればいい。
なにがいいだろう……。
ここへ来る言い訳と、それが通じなかったときのためのご機嫌とりが必要だ。
それはなに?
あっ!
名案が浮かんだ。
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