第52話 僕とアリアの関係
僕とアリアの出会いは今日じゃない。
十年前、すでに会っていた。
しかも、ネウマ譜を知るきっかけとなったあのときに。
これは偶然じゃなく運命だ。
「レオ、どうかしたの?」
アリアが不思議そうな目で僕を見ている。
『なんでもないよ』
僕はすぐさま首を横に振った。
アリアは知るはずもない。
僕との出会いは今日じゃないってことに。
アリアにとっては、僕との出会いは今日。
だって、あの日、僕は隠れてアリアを見ていたのだから。
「ここに来たのは初めて?」
アリアが聞いてくる。
『うん、初めて』
首を縦に振った。
「誰かにこの場所を教えてもらって来たの?」
『偶然、発見したんだ』
すぐさま首を横に振った。
それを見て、アリアはほっとしたような表情を浮かべた。
「そう、なのね。わたし、この教会がとても気にいっているの」
アリアは言いながら、教会内を見渡した。
戦火に巻きこまれて崩壊寸前だ。
それなのに気にいっていると言うアリア。
なぜだろう?
「いま、どうしてって顔をしたわね」
アリアがにっこりと微笑んだ。
『うん』
僕は嬉しい気持ちを隠し、うなずいた。
アリアもヴィヴィと同じだ。
話せないからと僕を見下したりしない。
それどころか、僕の気持ちを察しようとしてくれている。
「この教会はね、ずっと昔、戦争に巻きこまれたの」
当時の惨劇を悼むようにアリアは目を閉じた。
「たくさんの命が失われたことでしょう」
目を閉じた状態のアリアの表情が少し歪んだ。
「でも、教会は完全に崩壊せずに建っている」
ふっと息を吐き、アリアが目を開けた。
「ここにいると、とてつもない悲しみを感じるの。
そのなかで、私の抱える悩みがいかにちっぽけなものか……」
アリアは祈りのポーズを取った。
美術館で飾られている宗教画のように美しい。
僕の耳はアリアの紡ぐ言葉に、目は祈る姿に心を奪われた。
「生きている、それだけで私は幸せなのかもしれない。でも……」
とても悲しげな声で語り続ける。
まるで懺悔するかのようだ。
「ごめんなさい。くだらない話をして」
アリアは微笑んだ。
でも、全身から笑顔に似つかわしくない感情が伝わってくる。
悲しみや苦しみ。
それでもアリアは笑顔を浮かべている。
とても痛々しく感じた。
守ってあげたい。
唐突にそう思った。
僕はアリアより身長が低い。
歳も五つくらい下だ。
教会から自立したばかりでお金も力もない。
でも、強く思う。
僕にできることはなんでもしたい。
「レオにお願いがあるの」
僕の心を見透かしたかのようにアリアが言った。
『お願い?』
なんだろうとアリアを見た。
ものすごく切羽詰まったような表情をしている。
「私は……」
話しはじめてすぐに口を閉ざした。
とても言い辛らそうだ。
先を促したり、うまく話を引きだすということが僕にはできない。
ただ、待つしか……。
もどかしいけど。
「ここで歌いはじめて、もう十年くらいになるかしら」
アリアは話しながら遠くを見つめ、悲しさを感じる表情を浮かべた。
「聖歌を歌って戦火で亡くなったひとたち、それから……」
次第に声が小さくなっていく。
「魂を慰めるために捧げているの」
鎮魂歌——。
頭に単語が浮かんだ。
聖歌と鎮魂歌の違いはわからない。
けど、歌を捧げるという点は同じだ。
「心を込めて歌いたい。だから……」
アリアの視線がしっかりと僕の目をとらえた。
視線がからみ合う。
ただ、それだけなのに体に火がついたように熱くなる。
「誰にもこの場所を教えないで」
まだアリアは僕を見ている。
この瞳。
この視線——。
脳が反応した。
心臓が動く。
心の奥底に沈んだものが浮かんでくる。
なんだろう?
この感覚は——。
「お願い」
アリアの言葉に僕は我に返った。
『うん』
反射的に僕はうなずく。
絶対に教えない。
大丈夫、僕は話せないから。
「ありがとう」
嬉しそうに微笑むアリアに太陽の光が降り注いでいる。
本当に絵のように美しい。
いつまでも見ていられるくらいに。
「この場所は私とレオだけの秘密ね」
秘密——。
なんだか嬉しい。
特別な感じがする。
教会——。
アリアと僕だけが知っている、来ることができる場所。
ふたりだけが……。
僕とアリアの関係はなんだろう。
友達?
会ったばかりだから違う気がする。
だったら、なに?
わからない。
でも、友達とは違う。
なんだろう?
いつかわかる日が来るのだろうか。
きっと来る。
必ず……。
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