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第51話 歌う美少女の正体

 降り注ぐ太陽の光のなか、金髪の美少女が歌っている。

 まるでスポットライトを浴びる歌姫みたいだ。

 僕のためだけに歌ってくれている——。

 そんな錯覚を起こしてしまいそうだ。


 美少女が歌う聖歌。

 それは教会の修道士たちとは明らかに違う。

 声の美しさはもちろん、表現力が雲泥うんでいの差だ。

 修道士たちは聖歌を「歌っている」。

 でも、美少女は違う。

 聖歌を「表現している」。

 それだけじゃない。

 修道士たちは口で歌っている。

 それに対し、美少女は内包された感情を声に乗せて出している感じだ。


 耳から美少女の歌声が入ってくる。

 最初は美しいという感嘆。

 それが次第に変化した。

 声に乗った感情が耳から入り、全身に広がっていく。

 悲しみ。

 嘆き。

 そういった感情が伝わってくる。


 僕は美少女から視線が外せなかった。

 歌う彼女の表情、動かす両手もまた表現している。

 悲しみ。

 嘆き。

 見ていて、とても切ない。

 僕まで悲しくなってくる。


 歌を聞いて感情が伝わってきた経験は何度かある。

 でも、伝わってきたものが僕の感情を左右したことはない。

 美少女が僕のなかに入ってきて、直接心に語りかけてくるような感覚。

 初めてだ。

 未体験。

 

 僕はその場に立ち尽くし、感情豊かに歌う美少女を眺めた。

 どうして彼女は、こんなにも悲しげなんだろう。

 いまにも泣きだしそうな表情を見つめた。

 そのとき——。

 脳内がざわついた。

 

 あれ?

 見覚えがあるけど、気のせいだろうか。

 ……。

 教会で暮らす女の孤児はたくさんいた。

 でも、これほどの美少女はいない。

 やっぱり、気のせい?

 ……。

 記憶を探ってみても思いだせない。

 でも、脳は思いだせと信号を発している。

 誰?


 もっと近づけば思いだせるかもしれない。

 そう考え、一歩前進。

 記憶を探るのに気を取られ、足元の警戒をおこたってしまった。

 つま先で石を蹴ってしまい——。


「誰!?」

 美少女が叫んだ。

 恐怖に駆られたように辺りを警戒しはじめる。

 

 しまった。

 僕は思わず頭を引っこめた。

 隠れてやり過ごそうか。

 それとも、姿を現して謝ろうか。

 悩んだ。


「誰、なの?」

 美少女が恐る恐るといった風に声をかけてきた。

 話せない僕は答えられない。

 その代わりにできることは、ただひとつ。

 姿を見せること。


 どうしょうか。

 美少女の前に出たところで会話はできない。

 だったら、そっとこの場を去るのが一番。

 僕はゆっくりと足を動かした。

 今度こそ石を蹴らないように注意しながら。


「待って」

 美少女が僕を呼び止めた。

「誰か知らないけど、行かないで」

 話しながら僕がいる場所に向かってくる。

 

 ど、どうしよう。

 待てと言われているのに逃げるのは悪い。

 でも、話せないから……。

 うだうだと考え続けたけど、答えがでない。


「あなたは……」

 不意に声をかけられた。

 美少女が僕をじっと見つめている。


 青くて大きな目。

 長いまつ毛。

 とても綺麗だ。

 それに引きかえ、僕はみすぼらしい。

 恥ずかしく思えてくる。

 思わず目を逸らした。

 

「あなたは誰?」

 美少女が小首を傾げ、質問をしてきた。

 僕は……。

 すぐさま首に下げた名札を出した。

 美少女がそれを読む。

「レオ……あっ、あなたの名前ね」

 綺麗な声で僕の名前を呼んだ。

『そうです』

 僕は首を縦に振った。

「どうして、この場所に来たの?」


 歌声に導かれて——。

 そう答えたいけど、それは無理。

 身振り手振りで伝えてみようか。

 やろうとしたけど、手が止まった。


 いきなりゼスチャーをはじめたらどうなるだろうか?

 不意に思いだした。

 教会にやってきた当初、僕は必死に思いを伝えようとしたことがある。

 うまくいかず、孤児たちに笑われた。

 なに踊ってるんだって。

 知らないひとからしたら、話せない僕の伝える手段は滑稽こっけいに見えるのだろう。

 

 僕は美少女を見つめた。

 きっと彼女も同じだろう。

 はい、いいえ、わからないの三択でやり過ごすのが無難。

 僕は首を傾げ、わからないの意を示した。


「意味がわからないのかしら……」

 美少女が困ったような表情を浮かべた。

「他にこの場所を知っているひとはいるかしら?」

 なおも美少女が聞いてくる。

「もし、他の誰かも知っているのなら教えてほしいの」

 切羽詰まったような口調で美少女が言った。

 どうやら、この教会の存在を僕以外にも知っているのか確認したいようだ。


 たまたま偶然、この場所を知った。

 それが答え。

 教えてあげたいけど、首に下げた木札では伝えられない。

 困った。

 僕は木札を手でいじりつつ、どうしたものかと唇を噛んだ。


「もしかして……」

 美少女は言葉を発しながら僕が持っている木札を見た。

「話せないの?」

 美少女の大きな目が一瞬見開いた。 

 驚いている。

 幾度いくども見てきた反応だ。

 驚いて、それからさげすむような目を向けるか、哀れみの目で見るかのどちらかだ。


「そう、なのね」

 美少女から驚きの表情が消え、優しげな笑顔が現れた。

 とても綺麗で、とても暖かい。

 思わず見惚みとれてしまった。

「気づかなくてごめんなさい」

 謝る美少女に対し、僕はすぐに首を横に振った。

 安心したのか美少女から警戒の色が薄れている。


「あっ、まだ名乗ってなかったわね。失礼しました」

 美少女は姿勢を正し、それから軽く頭を下げた。

 その所作しょさりんとして美しい。

 上質な衣服と飾り、乱れのない髪型、立ち振る舞い。

 どれをとっても、良家の令嬢といった雰囲気がある。


「私はアリアと申します」

 長いスカートの裾を少し持ちあげ、上体を少し下げて挨拶をした。

 まるでプリマドンナだ。

 圧倒的な美しさと威厳に満ちた雰囲気に僕は目を奪われた。

 なにも言えず、考えられず、ただアリアを見つめる。

 

 アリア?

 あれ、聞き覚えのある名前だけど。

 どこで?


 記憶を辿っていく。

 異世界に転生してから、知りあった女の子は数少ない。

 一番最初に出会ったのはヴィヴィ。

 それから……。


 あっ!

 思いだした。

 教会でダレッツォと話していた美少女だ。

 ネウマ譜を知るきっけとなったあのときの……。


 僕はアリアを見つめた。

 見覚えがあるはずだ。

 数年前に教会で出会っていたのだから——。

毎日更新。

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています(毎日更新)。


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