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第47話 教会からの旅立ち

 十五歳だった頃、僕の世界はどれほどの広さだっただろうか。

 ふと思った。


 異世界にやってくるまでの十八年間。

 僕は日本という国に住んでいた。

 日本には四十七都道府県ある。

 そのうち、僕が足を踏みいれたのは十くらいだと思う。

 少ないけど、異世界での僕——レオはそれ以下だ。


 この世界でレオとして約十年間暮らした。

 その間、教会の敷地外に出たのは数えるほど。

 教会の規則で勝手に敷地を出ることを禁止されている。

 違反した場合、下手をすると即刻追放されるだろう。

 だから、僕は好奇心を抑えながら耐えた。

 でも、それも今日で終わる。

 

「レオ。ここから一歩外に出たら、教会に保護される孤児ではなくなります」

 少し悲しげな顔をしてダレッツォが言った。

『はい』

 僕は大きくうなずいた。

「何事も慎重に。しっかりと生きていってください」

 ダレッツォが僕の手を握った。

「大丈夫ですよ、ダレッツォ修道士長さま。俺がついているから」

 その場の空気を明るくするように、ジェロが笑顔を浮かべる。

「そうですね。ジェロのもとで商人の弟子になるのですから」

「そうそう。レオは俺の弟分だから、しっかり面倒みますよ」

「レオに神のご加護がありますように」

 うやうやしくダレッツォが言った。

「レオにはネウマ譜の商売を手伝ってもらうので、度々教会に顔を出しますよ」

「それは安心ですね。レオ、カリファ修道士副長と今後も対面する機会があるでしょう」

『はい』

 嫌だけど、教会でネウマ譜関連の仕事はカリファが担当だから仕方がない。

 意地悪されても、できるだけ我慢しよう。

「大変だと思います。辛いことがあったら、いつでも私に会いにきてください」


 ダレッツォはわかっている。

 僕とカリファは馬が合わない。

 そのうえ、カリファが僕に対して横暴で、理不尽な行為をするということを。 


 僕もわかっている。

 言葉にしなくても、ダレッツォの言葉に込められたメッセージを。


 それでも我慢しなさい——。


 商人の弟子としてやっていくには、嫌な相手とでもうまく折り合いをつけなければならない。

 自立後、カリファ以外にも嫌な奴と出会う可能性がある。

 いや、どこへいってもそういう奴はいるだろう。

 相性が悪いから、嫌いだからとその相手とぶつかっても利はない。

 むしろ害がある。

 ガイオのときのようにすればいい。

 完全な敵になるのではなく、協力できるところは手を結ぶという感じでいくのがベスト。


「じゃあ、レオ。そろそろ行くか」

 ジェロが僕の肩を叩いた。

『うん』

「では、ダレッツォ修道士長さま。失礼します」

 ジェロが頭を下げた。

 僕もそれにならう。

「レオ、元気で暮らしてください。ジェロ、よろしくお願いします」

 ダレッツォが僕、それからジェロと握手を交わした。

「では、行きます」

 ジェロが出発を宣言するとダレッツォは無言でうなずき、教会へ戻っていった。

 立ち去っていくダレッツォ。

 僕はその背中に向かって一礼。

『ありがとう、ダレッツォ修道士長さま。それから、孤児のみんな。教会も』

 僕はそびえ立つ教会を見上げた。

 長年見続けてきたけど、これほど感傷的な気持ちになったことはない。

 ガイオも同じような気持ちになったのだろうか。

 ふと考えた。


 数年前、ガイオは自立した。

 そのときもいまと同じくダレッツォが見送り、ジェロが迎えにきたのを覚えている。

 僕は見送っていないけど、前日の夜にガイオから話を聞いた。

「俺、商人の弟子入りが決まったんだ」

 希望通りの仕事につけて喜んでいた。

「でもな、隣の荘園だから……」

 これほど悲しそうな顔をするのを見たことがない。

 ガイオは常日頃から口癖のように言っていた。

 早く自立したい、と。

 だから、教会から巣立つときは笑顔だろうと思った。

 それなのに……。

 教会を出るのが寂しかったのかもしれない。

 僕と同じ荘園なら、もしかすると出会う可能性がある。

 でも、隣の荘園となるとそうはいかない。

 荘園はとても広いから。

 

 ガイオ……。

 どうしているのだろう。

 教会で自立後のガイオについて、一度も話にのぼったことがない。

 便りがないのは良い便りだというけど、とても気になる。

「どうした、心配か?」

 ジェロに声をかけられ、ドキッとした。

 一瞬、心を読まれたのかと驚いた。

 そんなはずはない。

 ヴィヴィならあり得るかもしれないけど。

「安心しろ。仕事も寝床も用意しているから」

 にかっとジェロが笑った。

「表向きは商人の弟子で、担当はネウマ譜を書く採譜師だ」

 僕は笑顔でうなずく。


 情報収集のために選んだ商人という職業。

 その願いが叶っただけでなく、大好きなネウマ譜を書くという仕事を得た。

 怖いほどに幸運だ。

「本来、商人の弟子は決まった小屋で集団生活をしてもらうんだけど」

 歩きながらジェロが話している。

 それを聞きながら、僕は寝床に関しては教会にいたときと同じだと思った。

 いわゆる、雑魚寝ざこね

 この世界にやってきた当時は戸惑い、驚き、恐怖を感じた。

 いびきに臭いなど、相当悩まされたのを覚えている。

 でも、さすがに十年もやり続けると慣れた。

 いまでは、いびきのひどい孤児の隣りでもぐっすり熟睡できる。

 だから、今後も同じだとしてもなんら問題なし。


「レオは採譜師だから、ネウマ譜を書く場所が必要だ。だから、別の小屋で寝泊まりしてもらう」

『別の小屋?』

 予想外の話だ。

 僕は驚いた顔をし、ジェロに疑問を伝えようとした。

「商団が所有しているネウマ譜を保管する小屋があるんだ」

 話を聞きながら、ネウマ譜の流通について頭のなかで整理した。


 流通の経路はいくつかある。

 代表的なのは、事前に商団側が教会にネウマ譜を発注。

 完成したネウマ譜を教会から受けとり、商団が所有する小屋で保管。

 その後、商売人たちの発注を受けて配達する。

 

 他にも販売ルートはあるし、僕が商団の採譜師になったことで変更されるかもしれない。

 とりあえず、現状では教会から受けとったネウマ譜が保管される小屋——そこが、これから僕が暮らす場所になる。

 ネウマ譜の採譜と保管、このふたつが僕の仕事になるのだろう。


「小屋にネウマ譜を書く作業台と寝床を作ったから、そこで採譜と管理をしてほしい」

 予想通りのジェロの言葉に僕はうなずいた。

「ネウマ譜だけど、今後はレオと教会の二箇所で作成していく」

『教会ってもしかして……』

「教会の採譜師はカリファ修道士副長だ」

『やっぱり』

 僕はうなだれた。

 その様子を見て、ジェロが笑いだす。

「大変だろうけど、頼むな。それともうひとつ、レオには大事な仕事がある」

 話の途中から、ジェロが真面目な面持ちになった。


 大事な仕事……。

 そうだ、採譜師は表向きの仕事。

 言葉が話せなくて、貧弱な僕が商人に弟子入りできた真の理由はそこにある。


 僕は唾を飲みこんだ。

毎日更新。

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています(毎日更新)。


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