第254話 ジェロを騙せ!
僕は大きく息を吐いた。
僕とヴィヴィはこれからジェロを騙す。
偽の暗号ネウマ譜をダンテに託し、大領主邸宅襲撃の計画を阻止する。
そのために、ジェロが指示した集合場所を変更。
緊急事態が起きたときに集まる場所——秘密小屋を暗号に記した。
これで、本来の集合場所に同志たちはやって来ない。
そうれなれば、ジェロは計画を断念するしかなくなる。
きっとジェロは怒るだろう。
でも、僕は実行する。
嫌われてもいい。
ジェロを危険な目に遭わせたくないから。
僕は不安を抱えながら、もう一部暗号ネウマ譜を書いた。
集合場所に同志たちが来なかったら、ジェロは必ず不審に思う。
そのあと、どのような行動を取るか?
おそらく、暗号ネウマ譜が同志たちに届かなかったと考える気がする。
同時に暗号を書く僕のことを頭に思い浮かべるはず。
なにかあったのではと小屋にやってくるかもしれない。
それに備え、偽物の暗号ネウマ譜を一部残しておく。
ジェロがこれを発見したら、記された場所である秘密小屋に向かうだろう。
急いで偽暗号ネウマ譜を書いているさなか、ふと脳裏にアリアの顔が思い浮かんだ。
先ほど、突然アリアがここにやってきた。
アリアは修復を依頼しているネウマ譜の件で来たと言っていた。
だけど、それはきっと嘘。
うまく説明できないけど、アリアから不穏な空気が感じられた。
おまけに、なにかを探るように視線が動いていた。
どこを見ていた?
記憶を辿った。
アリアは壁を見て、それから採譜台に……。
あっ!
一瞬、背中に寒気が走った。
解読用の地図。
それと暗号ネウマ譜を見ていたのかもしれない。
不審に思っただけならいいけど、もし暗号かもしれないと疑ったら……。
いや、それはない。
ぱっと見ただけではわからないと思う。
だけど……。
アリアはネウマ譜を見慣れている。
暗号ネウマ譜を一見しただけで、疑いを持ったかもしれない。
たとえそうであっても、解読するところまでは……。
考えを深めようとしたところで、慌てて首を横に振った。
いまはそれどころじゃない。
ジェロの計画を阻止しないと。
アリアのことを考えるのをやめ、急いで偽暗号ネウマ譜を書きあげた。
完成したあと、採譜台にそれを広げて置いた。
もしジェロがここに来たならきっと発見してくれる。
暗号に気づいて秘密小屋に向かってくれることを祈りつつ、僕は小屋を出た。
僕が向かうべき場所は、本来の集合場所。
そこへ向かい、ジェロを捕まえて計画中止を訴える。
暗号に記された集合時間の日没まであと少し。
急げば間にあう。
体力に自信はないけど、ありったけの力を振り絞って走った。
なんとしても日没までに集合場所へ辿りついてみせる。
心臓が激しく動き、息が切れそうなのを我慢して走っているさなか——。
あれは?
前方に大勢の警備兵が集まっている。
僕は慌てて物陰に隠れ、様子を伺った。
警備兵の誰もが険しい顔をしている。
ただ事ではない雰囲気だ。
どうしてこんなところで集まっているんだろう?
まさか改革派の同志たちが捕まった?
不安が襲いかかってくる。
たしかめないと……。
僕は忍足で警備兵の集まっている場所に近づいた。
そこにいる警備兵は全員、同じ制服を着ている。
この服は……。
パッツィ小領主さまのところの警備兵だ。
パッツィ小領主さまが動いている。
なんのためにと考えるまでもなく、頭に浮かんだ。
サングエ・ディ・ファビオが関係している。
ジェロ!
心が不安に押しつぶされそうだ。
「これよりルッフォ大領主さまの邸宅へ向かう」
警備兵のひとりが叫んだ。
ルッフォ大領主さまの邸宅?
どうしてパッツィ小領主さまの警備兵が大領主邸宅へ行く?
理由を考えるまでもなく答えが出た。
それは……。
「改革派が大領主邸宅を襲撃するとの情報が入った」
警備兵の言葉に他の兵たちの背筋が伸びた。
誰もが使命感を与えられたように緊張が走る。
情報が漏れている。
改革派にいるスパイの仕業だ。
このままではジェロが捕えられてしまう。
「大領主邸宅外にいる改革派は捕らえ次第、殺せとのパッツィさまの指示だ」
警備兵が大声で言った。
「承知しました」
他の警備兵たちが一斉に声を発する。
危険だ。
今回は捕縛じゃすまない。
即座に殺されてしまう。
今回の計画はジェロが突然思いつき、ごく少数の者しか知らない情報だ。
にもかかわらず、すでにパッツィに漏れている。
誰が密告したんだ?
僕は激しい怒りを覚えた。
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*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。




