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第251話 懐の紙

 レオを助けないと——。

 その心身で私は邸宅に急いだ。


 ジェロが動く。

 具体的な計画はわからない。

 だけど、なにか事を起こしそうだ。


 襲撃して要求を突きつける——。


 これがサングエ・ディ・ファビオのこれまでの行動だった。

 今回も同じなら、襲う小領主は……。


 お父さま——パッツィ小領主。


 小領主さまたちを襲ってもらちが明かない。

 それを打破するため、小領主さまたちを束ねるお父さまを襲撃する。


 ……きっとそうだ。


 確信を持って私は邸宅に急いで向かっている。

 目の前に門扉が見えるところまで戻ってきたところで足を止めた。

 門前に配置された警備兵。

 それに加え、門を入った先に大勢の警備兵が並んでいる。

 

 もしかして、ジェロが侵入してきた?


 私はゆっくりと身を隠しながら裏口にまわった。

 そこから邸宅に忍びこみ、大勢の警備兵がいた場所へと向かっていく。


 警備兵を集めたのには必ず理由がある。

 それが侵入したジェロを捕縛するためでないことを祈った。


 通路を進み、門扉が見える場所に移動。

 こっそりと隠れて並んでいる警備兵を見つめた。

 先頭にはエトーレがいる。


「これよりルッフォ邸宅の警備に向かう」

 エトーレが大声を発した。

 それを聞いた警備兵たちがざわめく。


 通常、警備兵は他の権力者の邸宅を警備しない。

 それは警備兵は私兵であるから。

 だから、私は驚いた。

 なぜ、ルッフォさまを守るのかと……。


「今夜、サングエ・ディ・ファビオがルッフォ大領主邸宅を襲撃するとの情報があった」

 エトーレの言葉に再び警備兵たちがざわめく。

「そこでパッツィさまは密かに大領主さまをお守りするため、我らを派遣することを決めた」

 言葉の内容に警備兵たちはうなずいている。

「我らの使命は、襲撃してきた改革派の息の根を止めること」

 警備兵たちに動揺が走る。

 

 これまでは捕縛だったのに?

 問答無用に殺す?

 なぜ?


 口にしなくても警備兵たちの目が語っている。

 それを察したのかエトーレが剣を抜き、高々と掲げた。

「今夜、サングエ・ディ・ファビオを潰す! それがパッツィさまの命令だ」

 一段声を高くしてエトーレが叫ぶ。

 すると、警備兵たちが背筋を伸ばした。

「承知しました」

 次々と警備兵たちが声を上げる。


 サングエ・ディ・ファビオを潰す?

 

 私は唾を飲みこんだ。


 捕縛するのではなく、発見し次第殺すなんて……。

 私の予想以上に大事になっている。

 

 レオが記した暗号は、今夜の計画を知らせるものに間違いない。

 その暗号に従い、改革派たちがルッフォ大領主邸宅に集結して……。


 考えをまとめているさなか、エトーレが動いた。

 私は考えるのをやめ、監視するようにエトーレに視線を送った。

 エトーレは警備兵に背を向け、邸宅に戻ろうとしている。


 警備兵たちと一緒にルッフォ邸宅に向かわないの?

 

 思案しているさなか、警備兵たちが行動をはじめた。

 門扉を出てルッフォ邸宅がある方角に歩を進めていく。

 対してエトーレは邸宅内に消えた。


 どこに行くのかしら?


 気になり、私はエトーレを尾行した。

 邸宅に入り、エトーレの姿を探して視線を走らせる。

 

 いた!


 エトーレは邸宅内の庭にたたずんでいた。

 懐に手を当て、不安そうにしている。


 なにかあったようね。


 普段、エトーレはあまり感情を表に出さない。

 感情のない人間などいないから、おそらく隠しているのだろう。

 それなのに、ひとりでいるエトーレから感情が伝わってくる。


 なにが……。


 様子をうかがっているとエトーレが手を動かしはじめた。

 ゆっくりと懐に手を入れ、そこから紙を取りだす。

 

 手紙?


 なおもエトーレの様子をうかがった。

 唇を噛んでいる。


 エトーレは孤児であるうえに、親しいひとが誰ひとりいない。

 それは父の手先となって動いてきた結果だ。

 情報漏洩を防ぐため、個人的な接触を父から禁じられている。

 私が知る限り、エトーレは忠実にそれを守っている。

 

 手紙じゃない。

 だとするなら……。


 視線をそのままにエトーレを見続ける。

 不安そうな様子で紙を手にしたまま動かない。

 表情からはわからないけど、私には迷っているように見えた。


 改革派が大領主邸宅を襲撃するという緊急事態のなか、紙を手にして佇む。

 いつもは迅速に動くエトーレが止まっている。

 そのわけは……。

 

 密書——。


 私は深いため息をついた。


 それを送る相手は……。

 

 脳裏に答えが浮かんだ。

 だけど、断定はできない。

 私の答えが正しいかどうかたしかめる方法はただひとつ。

 

 どうしようかと考えた矢先、エトーレが動きだした。

 意を決したように素早く歩いていく。

 玄関に向かっているようだ。


 考えている暇はない。

 動くならいま。

 これを逃したら二度とたしかめられない。

 長年お父さまに抱いてきた疑惑について……。


「エトーレ」

 思い切って私は声をかけた。

 エトーレは足を止め、ゆっくりと振りむく。

「アリアお嬢さま」

 背筋を伸ばし、エトーレがお辞儀をした。

 私はじっとエトーレの懐に向けた。


「どこへ行くの?」

 問い詰めたいのを我慢し、穏やかな口調で質問をした。

「……パッツィさまの指示を受けて動いています」

 エトーレが冷静な口調で答える。

 その言葉に嘘はない。

 でも、都合の悪いことは隠している。

 そんな感じがした。


 本当のことを話せと叱ったところで、エトーレは絶対に口を割らない。

 エトーレは私に対して従順だ。

 だけど、それはお父さまの意に沿う範囲内での話。

 エトーレにとってお父さまは絶対的な存在だ。

 私はそのお父さまの娘にすぎない。

 お父さまに逆らってまで私の言うことは聞かないはず。

 だったら……。


 私はエトーレの胸ぐらをつかんだ。

 エトーレは反応しながらも、私の行動を制止しない。

 胸ぐらをつかまれた状態のまま黙っている。


「私はどこへ行くのと聞いたのです。この無礼者!」

 思い切り私はエトーレを睨んだ。

「それは……」

 エトーレが言い淀むのと同時に、少し視線を逸らした。 


 いまだ!


 エトーレが私から視線を逸らした隙。

 その一瞬を狙い、私はエトーレの懐から紙を奪った。


「……お嬢さま!」

 エトーレが珍しく感情を表に出した。

 驚いている。

 またエトーレに隙ができた。

 それを利用しない手はない。

 私はエトーレに背を向けて走りだした。


「アリアお嬢さま!」

 背後からエトーレの叫び声が聞こえてくる。

 それを聞きながら私は逃げた。

*月・水・金曜日更新(時刻未定)

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。



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