第250話 エトーレの行動
急いでパッツィさまに報告しなくては。
俺は頬の傷に触れたあと、パッツィ小領主さまの邸宅へ急いだ。
そのさなか、報告内容を確認するように記憶をたどった。
広場でサングエ・ディ・ファビオの連中が処刑されたときのこと。
俺は集まった庶民たちのなかにジェロとピエトロの姿を発見した。
処刑を止めようといきりたつジェロ。
それに対し、ピエトロはそれを止めようとしている。
結果、何事も起きずに処刑は予定通り行われた。
問題はそのあとだ。
庶民たちが引きあげたあと、ふたりは広場に残って話しこんでいた。
どのような会話が交わされたのかはわからない。
だけど、ジェロから怒りの雰囲気を強く感じた。
なにかしでかす。
俺は直感した。
ジェロがなにをしようとしているのか。
それを探るのが俺の仕事だ。
迷わずふたりを監視した。
表情は真剣で、ときおりピエトロが頼みこむようにジェロの腕をつかむ。
「……ところへ行ってくる」
ジェロの声がかすかに聞こえた。
どうやらなにかはじめるようだ。
それはなに?
俺はジェロを見つめた。
駆け足で広場から去っていく。
一方、ピエトロは天を仰いでいる。
どちらを追うか?
それは考えるまでもない。
ピエトロだ。
俺は急いで身を隠し、ピエトロの動きを注視した。
しばらく天を仰いでから動き出す。
足早にこちらに向かってくる。
ピエトロが俺のいる付近にやってきた。
いまだ。
俺は手を伸ばし、ピエトロの腕を思い切り引っ張った。
突然の出来事にピエトロが驚き、尻もちをつく。
間髪容れず、俺はピエトロを威嚇するように見下ろした。
「エ、エトーレ⁉︎」
ピエトロが目を見開いている。
「ジェロとなにを話していた?」
単刀直入に質問をした。
「べ、別に、なにも……」
ピエトロは視線を左右に走らせている。
こいつは本当に間抜けだな。
心のなかでため息をついた。
そのうえ、弱い。
自分ではどうすることもできずに他人の手を借りようとする。
だから、利用されるんだ。
以前、ピエトロはキティ邸宅を襲撃する計画を俺を通じてパッツィさまに密告。
その結果、ジェロがキティ小領主殺害の濡れ衣を着せられた。
思いもよらない結末にピエトロは驚いただろう。
よかれと思ってやったことが、最悪の事態を招いたのだから……。
ジェロを守りたい。
その気持ちをパッツィさまが利用した。
本当に間抜けだ。
ジェロを罪人にしただけでなく、自身の弱みをパッツィさまに与えてしまったのだから。
「正直に話せ。さもないとおまえがスパイだとジェロにバラす」
俺はピエトロを睨んだ。
ピエトロは震えながらも、首を横に振った。
「断る。ジェロに言いたいなら言えば……」
「なら、ルッフォさまにバラす」
「えっ?」
首を振るのをやめ、ピエトロがじっと俺を見つめた。
「弟に罪を着せたことを知ったらどう思うだろうな」
「それは……」
「そのうえ、おまえはパッツィさまに取りいって次期大領主になろうとしていると知ったら……」
「わ、わかった。話すから父には黙っていてくれ」
ピエトロがすがるような目をした。
間抜けめ。
大領主を継ぐにふさわしい間抜けっぷりだ。
「いいだろう。話せ、ジェロはなにを企んでいる?」
「今晩、大領主邸宅を襲撃する」
観念したようにピエトロが言った。
「目的は?」
「小領主たちとの主従関係の解消。それと……」
「それと?」
「父の引退」
ピエトロが肩を落とした。
主従関係の解消と引退、か……。
引退はどうでもいい。
でも、主従関係の解消は問題だ。
記憶を整理し終えたあと、走る速度が上がった。
大領主による小領主たちとの主従関係の解消。
もし実現すれば、パッツィさまは対応に追われる。
ルッフォと同類のお飾り大領主を探さなければならない。
……いや、パッツィさまはそうはしない。
おそらく、ジェロの企みを阻もうとするだろう。
「行け」
俺は冷たい目でピエトロを見た。
「た、頼むから、今度こそジェロの身の安全を守って……」
「……ジェロはルッフォさまのご子息だ」
「そ、そうだろう。だから……」
「さっさと行け」
慌ててピエトロは立ちあがり、猛スピードでその場から去った。
今晩、か……。
急ぎ報告しなければ。
全速力で走り、パッツィ小領主邸宅に向かった。
「……との情報を得ました」
俺はパッツィさまにピエトロから聞きだした話を漏れなく伝えた。
パッツィさまは腕を組み、ゆっくりとうなずく。
視線を上に向け、なにやら思案している。
考えがまとまるのを俺は黙って待った。
「エトーレ」
パッツィさまが俺を呼んだ。
「はい」
俺が返事をすると、懐から一枚の紙を取りだした。
「この密書をいますぐ届けろ」
密書を俺に差しだしてきた。
あらかじめ書かれた密書。
それはつまり……。
パッツィさまはこの事態をすでに読んでいた?
ジェロがルッフォ大領主邸宅を襲うことを……。
密書にはどんなことが書かれているのだろう。
ふと気になった。
でも、聞いてはいけない。
知ってもいけない。
俺はパッツィさまを信じて動くだけ。
「はい、承知しました」
俺は密書を受けとった。
「今晩、ルッフォの邸宅に私の警備兵を密かに配置しておけ」
「はい。改革派の処遇はどのように?」
「ジェロ以外は殺せ」
パッツィさまが迷いなく指示した。
「承知しました」
「ルッフォの息子だからジェロを傷つけるなよ。利用価値があるからな」
「はい。では、失礼します」
深々と頭を下げ、部屋を出た。
パッツィさまに言いつかったことはふたつ。
ひとつめのルッフォ邸宅への警備兵の派遣については、警備兵隊長に指示をした。
残るひとつは密書の配達。
これはとても需要で、俺以外にはできない。
確実に届けるのはもちろん、スピードが要求される。
だから、俺は早足で邸宅内を歩いた。
急いで玄関に向かっていく。
その途中——。
「エトーレ」
背後から声をかけられた。
俺を呼び捨てで呼ぶ人物は限られている。
パッツィさま。
それと……。
俺はゆっくりと振り向いた。
「アリアお嬢さま」
背筋を伸ばし、俺はお辞儀をした。
アリアお嬢さまが険しい顔をして俺を見ている。
お嬢さま?
いつもと様子が違う。
アリアお嬢さまになにかあったのだろうか?
不安がよぎった。
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*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。




