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第241話 広場での決断

 俺はジェロから視線を外し、物陰に隠れて広場の様子をうかがった。

 同志たちの処刑が終わり、警備兵たちはもういない。

 ことの顛末を見届けた庶民たちもほとんど引きあげている。

 広場に残っているのは無惨むざんに首をはねられた同志たち、無念にむせぶ同志たち。

 それと地面にひざまずき、うなだれるジェロ。


 俺は同志たちの犠牲を覚悟していた。

 捕縛ほばくされた同志たちを見捨ててもジェロと改革派を守る。

 そう心に決め、ジェロに改革のための犠牲を求めた。


 だけど……。


 言いだしたのは俺だ。

 だから、誰よりも毅然きぜんと対応しなければならない。

 守るべきジェロをこの場から遠ざけ、改革を進めるよう進言する。


 なのに、ためらいが生じた。

 改革のためにじゅんじた同志たちの遺体を見捨て、ジェロを連れて立ち去ることを……。

 それでもやらなければならない。


 非情と言われようがやる。

 俺は決断した。

 ジェロもそれに同意した。

 改革のための犠牲はやむなしと覚悟を決めたのだから。


 俺は腹をくくり、同志たちの遺体に目を向けた。


 同志たちの死は犠牲でも無駄死にでもない。

 必要不可欠なものだった。

 荘園を改革するための一歩。

 だから……。

 

 目の奥が熱くなってくる。

 放っておいたら目に涙が浮かんできそうだ。

 それをぐっと堪える。

 言葉だけではなく、心からの覚悟を決めなければならない。

 

 なにがなんでも改革を推し進める。

 そのための死は犠牲ではない。

 改革のために必要なものである。


 呪文のように心のなかで唱え、自分に言い聞かせる。


 そう、全ては改革のため。

 それなのに……。


 俺はひざまずくジェロに目を向けた。

 地面に転がった同志たちの遺体を見て涙している。

 その姿を見て、俺は唇を噛んだ。


 あのとき、ジェロは同志たちを助けないと言っていた。

 なのに、庶民たちを扇動せんどう

 明らかに同志たちを助けるための行動だ。


 嘘をついた……。


 改革のために同志たちの処刑を受けいれる覚悟を決めたと思っていた。

 だけど、それは俺を安心させるための嘘。


 裏切られた。


 ふと思った

 改革のための嘘なら受けいれる。

 嘘が庶民たちの利益につながるなら。

 だけど、今回の嘘はそうじゃない。

 下手すれば改革派の存続が危うくなっていた。


 許されない。


 サングエ・ディ・ファビオのリーダーとしてあるまじき行為。

 庶民たちのためではなく、情に流された行動だ。


 ジェロは良い奴だ。

 だけど、改革派のリーダーとしては失格。

 大きなことのために小さなことが捨てられない。

 そんなことでは、今後が不安になってくる。

 改革派のリーダーはもちろん、大領主を継ぐことも……。


 不安が膨らむなか、ジェロがようやく動きだした。

 ゆっくりと立ちあがり、ふらふらとしながら歩きだす。

 酔っ払いよりも足元が危うい。

 俺は慌ててジェロのもとに駆けよった。


「……ピエトロ」

 ジェロに肩を貸そうと手を差しのべるのと当時に俺を呼んだ。

 体は不安定な状態だけど、目だけは違った。

 鋭い眼光、加えてぞっとするような冷たい視線で俺を見ている。

「どうした?」

 声をかけると、ジェロが顔を寄せてきた。

 俺の耳元に口を近づけてくる。

 

「今夜、大領主邸宅を襲撃する」


 俺以外の誰にも届かないような小声でジェロが言った。

 驚きのあまり体がびくつく。

 

「ジェロ、それは……」

「同志たちを処刑したルッフォが許せない」

 ジェロの声がとても冷たい。

 こんな冷ややかな様子で話すのは初めてだ。


「大領主さまが命令したとは限らな……」

「荘園を改革するために俺はやる」

「やるってなにを?」

 嫌な予感がしてならない。

「このまま放置していたら、同志たちの捕縛と処刑が加速してしまう」

「その可能性は高いかもしれないけど……」

「だから、やる」

 力強くジェロが言った。

 

 ジェロはこれ以上の犠牲を止めるために行動しようとしている。

 改革のためではなく、同志たちを守るために……。

 立派だと思う。

 だけど、優先順位を間違っている。

 いまそのことをジェロに指摘しても、おそらく無駄だろう。

 同志たちの死を目の当たりにして感情的になっているから……。


「なにをするつもりだ?」

 俺はジェロに従うふりをして計画を聞きだそうとした。

「いまの主従関係が続いている限り、同志たちが危険にさらされる」

「……ああ、そうだな」

「だから、大領主の交代より先に主従関係を切る」

「どうやって?」

「ルッフォから小領主たちに主従関係を解消すると宣言させる」

 ジェロが俺から顔を離した。

 怒りに満ちた目をしている。


 これまで改革派は、小領主たちに大領主を鞍替えすることを迫ってきた。

 だけど、誰ひとりとして応じてもらえず。

 理由はパッツィ小領主だ。

 小領主たちを束ねるリーダーのパッツィがそれを認めないから。

 その後、ジェロがパッツィに直談判をしたけど成果なし。


 小領主たち側に接触して説得しても無駄。

 ジェロはそう結論づけて、逆の手を打とうとしている。


 大領主側から主従関係を解消させる——。


「力のない大領主が主従関係を解消するとは言わない……いや、言えないだろう」 

 俺はジェロの計画に反対した。


 いまの主従関係は、大領主と小領主たちにとって都合の良いものだ。

 大領主は荘園の一切を小領主たちに丸投げすれば、威厳を保ちつつ食うに困らない。

 小領主たちは自分たちの都合の良い施作を実施できる。

 そんな関係を壊したいなど思うはずがない。


「言わせるんだ、力づくで」

 ジェロの目がより一層鋭くなった。

「力づくって、まさか……」

「ルッフォが主従関係の解消を宣言しないなら脅す」

「だめだ」

「どうして?」

「どうしてって……親子だろう? 話しあいをするとか平和的な方法がある」

 俺はジェロの両肩に手を置き、激しく揺さぶった。


「親子?」

「そうだ。父さんを脅すなんて」

「俺はルッフォを父だなんて思っていない」

 ジェロは吐き捨てるように言った。

 冷たい声と怒りを含んだ言葉に俺は胸が痛んだ。


「でも、父さんは父さんだ。否定できないだろう?」

「血の繋がりは認める。だけど、父だとは思っていない」

 ジェロの発言に俺は驚いた。


 昔からジェロは父さんに対して好印象を抱いていない。

 だけど、父であると認めていた。

 それなのに、いまは血の繋がりしかないと言い切っている。

 かろうじて繋がっていた親子の縁。

 それがいま、切れかかっている。

 

 もし、ジェロが父さん……大領主を襲ったら?


 完全に縁が切れる。

 ジェロ側からだけでなく、父さん側からも……。


 だめだ。

 それだけは阻止しないと。

*月・水・金曜日更新(時刻未定)

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。



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