第229話 信頼という証拠
「レオ!」
ヴィヴィの怒鳴り声で僕は目覚めた。
声の調子からただ事ではない。
そう思い、僕は慌てて寝床から出た。
乱れた髪を適当に手で直し、採譜台に向かうさなか——。
「大変だよ!」
待ちきれずにヴィヴィが僕に向かってきた。
『どうしたの、ヴィヴィ?』
いつも以上にヴィヴィがせかせかとしている。
加えて、全身から激しい動揺を感じた。
やっぱりただ事じゃない。
僕は身を固くした。
「昨日の夜、キティ小領主さまが殺されたんだって」
ヴィヴィが唾を飛ばさんばかりの勢いで叫んだ。
『キティ小領主さまって……』
突然、不安が襲いかかってきた。
なにも知らなかったら、小領主さまのひとりが殺されたのだと片づける。
だけど、いまはそう単純に考えられない。
殺害されたのが小領主さまだから……。
「それで、犯人がサングエ・ディ・ファビオだって発表されたんだよ」
ヴィヴィがいまにも泣きそうな声になっている。
『……』
不安が的中した。
これまでにサングエ・ディ・ファビオは小領主さまを何度か襲撃した。
理由は、庶民たちのために大領主さまの鞍替えを迫るため。
襲撃は小領主さまを黙らせる手段なので、大きな危害を加えるつもりはない。
殺すなどとんでもない話だ。
「なにかの間違いだよ。ジェロたちが殺しをするなんて」
ヴィヴィが同意を求めるような目で見てくる。
僕はゆっくりとうなずき、手を動かした。
『僕も同感。改革派はひとを殺したりしない、絶対に』
「うん、そうだよね」
ヴィヴィが少しほっとしたような顔をした。
改革派は殺人など絶対に犯さない。
断言できる。
でも、犯人として発表されたのは事実。
だとするなら、考えられることはひとつ。
『濡れ衣を着せられたのかもしれない』
僕は思ったことをそのままヴィヴィに伝えた。
「うん、あたしもそう思う」
『……ジェロたち、大丈夫かな?』
「心配だね。だったら、いまからジェロのところへ行こう」
ヴィヴィは強引に僕の腕を引っ張り、小屋を出た。
僕たちは市場や商団の仕事場に行った。
だけど、ジェロはいない。
しばらく考えたあと、ヴィヴィがなにか閃いたのか手を打った。
「もしかして、あの小屋にいるのかもしれない」
小声でヴィヴィが言った。
あの小屋とは改革派が所有している隠し小屋のこと。
僕たちがジェロの正体に気づいたあと、ヴィヴィと共に連れていってもらった。
『うん、いそうだね』
僕はヴィヴィの意見に賛同し、急いで隠し小屋に向かった。
念の為、誰かに尾行されていないか周囲を警戒。
幸い、その心配はなさそうだ。
隠し小屋の付近に近づき、一度立ち止まった。
左右を見て誰もいないことを確認。
それから小屋に入った。
「……レオ」
僕たちが小屋に入るなり、ジェロが沈んだ声を発した。
そばには眉間に皺をよせたピエトロがいる。
「ジェロ、なにがあったんだよ」
ヴィヴィはジェロのもとの駆けよった。
「なにって……」
ジェロがため息をつく。
ヴィヴィがなにを聞こうとしているのかわかっているようだ。
「キティ小領主さま殺しの濡れ衣を着せられたんだよね?」
必死の形相でヴィヴィが尋ねる。
それを見てジェロは少し笑顔を見せた。
「……なに笑ってんだよ!」
ヴィヴィが真剣な目をした。
「笑ってないよ。安心しただけだ」
『安心って?』
僕はジェロを見つめた。
「荘園内では、俺ら改革派がキティ小領主さまを殺したって情報が流れているだろう」
不満げな顔をし、ジェロが言った。
「うん」
ヴィヴィがうなずく。
「だから、レオやヴィヴィがそれを信じるじゃないかって……」
「そんなわけないだろう!」
ヴィヴィが怒鳴った。
ジェロは目を丸くし、ヴィヴィを見ている。
「ジェロが殺したりするわけないもん」
ヴィヴィが頬を膨らませている。
僕は大きくうなずき、ヴィヴィの意見に賛同を示した。
「……俺が殺したんじゃないって証拠はないのに?」
ジェロが問いかけてくる。
「そんなのなくたって、あたしにはわかる」
ヴィヴィがジェロをじっと見つめている。
「証拠もなく信じるなんてバカだな」
冷めた口調でピエトロが口を挟んできた。
「バカで結構」
ヴィヴィがピエトロを睨んだ。
『僕とヴィヴィが信じているのが証拠だよ』
僕はジェロに向かってゼスチャーをした。
ヴィヴィが素早く通訳を始める。
「……ってこと。信頼っていう証拠があれば十分」
ヴィヴィがぽんっと胸を叩いた。
その近くでピエトロが鼻で笑っている。
僕は少し頭にきたけど、ぐっと堪えた。
「ありがとう。俺を信じてくれて」
ジェロが深々と頭を下げた。
「えへへっ」
照れくさそうにヴィヴィが微笑んでいる。
『ジェロ。どうして濡れ衣を着せられたの?』
僕は話を先に進めた。
「……? こいつ、なんて言ったんだ?」
冷めた目をし、ピエトロが僕を指差す。
その指先に噛みつかんばかりの勢いでヴィヴィがピエトロを睨んだ。
ヴィヴィ、冷静に。落ち着いて。
僕は視線でヴィヴィに訴えた。
同様にジェロもヴィヴィを見ている。
それに気づいたのか、ヴィヴィが細く長い息を吐いた。
「濡れ衣を着せられた経緯を知りたいって」
ヴィヴィは不機嫌そうにしながらも、ちゃんと僕の言葉を伝えてくれた。
「経緯……」
ピエトロは独りごちながらジェロに視線を送った。
「話しあいをしようとキティ小領主さまの邸宅に侵入したんだ」
神妙な面持ちでジェロが話しはじめた。
「うん、それで?」
「そうしたら、すでに殺害されていたんだ」
ジェロの言葉にヴィヴィが口を大きく開けた。
キティ小領主さまはすでに殺されていた。
そこへジェロがやってきた。
できすぎている。
僕は大きく息を吐いた。
「罠だと気づいてすぐに逃げようとした矢先、警備兵に囲まれた」
悔しそうにジェロが顔を歪めている。
「それってもしかして……」
ヴィヴィが腕組みをした。
「罠だ。事前に改革派の情報が漏れていて、待ち構えていたんだ」
ピエトロがヴィヴィの言おうとした言葉を発した。
その意見にジェロがうなずく。
『スパイがいたってこと?』
「改革派にスパイがいたのかって」
ヴィヴィの通訳を聞き、ジェロとピエトロが顔を見あわせた。
「ああ、俺たちはそう考えている」
ジェロが意見を述べた。
「それで、スパイが誰かわかってるの?」
ヴィヴィは早口で尋ねた。
「いや、それはまだ……」
ジェロが口を開くのと同時にピエトロも発言した。
「ダンテ」
ピエトロの口から全く予想しなかった名前が出てきた。
ダンテ——。
そんなわけがない。
僕は心のなかで完全否定した。
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*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。




