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第222話 ひとつの選択肢

 俺はパッツィ小領主さまの目を見た。

 真っ直ぐ俺を見据えている。

 感情を全く感じず、なにを考えているのかさっぱりわからない。


 騙そうとしている?

 言い含めようとしている?

 罠にかけようとしている?


 いかようにでも解釈できるパッツィ小領主さまの態度と言葉。

 その意図がわからず、俺は戸惑っている。

 パッツィ小領主さまの思惑がわからない。

 だから、対応に困る。

 なにを聞き、なにを言えばいいのか……。


「難しく考えることはない。いま、きみの頭に浮かんだ方法をとればいいだけのこと」

 パッツィ小領主さまは道を指し示すように手を動かした。

「……ルッフォさまを殺害し、次の大領主を擁立ようりつするってことか?」

 俺の発言にパッツィ小領主さまは満足そうにうなずく。

「その方法もひとつの選択肢だな」

「ひとつの?」

 含みのある言葉に俺は首を傾げた。

「そうだ」

 パッツィ小領主さまは肯定したものの、具体的な明言を避けた。

 眼差しを俺に向けたまま、黙って様子をうかがっている。

 俺がどんな答えを出すのか待っているようだ。


 ゆっくりと息を吸い、それから一気に吐く。

「俺はその選択肢を選ばない。残念だったな」

 パッツィ小領主さまに向かって笑顔で答えた。

 

 殺しはしない。


 そう思いながら、脳裏にファビオの最期の姿を思い浮かべた。

 荘園を改革するために命を失った恩人。

 庶民たちのために行動し、その結果殺されてしまった。


 もし、俺が改革のために大領主さまを殺したら、当時の奴らと同じ土俵に立つことになる。

 主義主張が違うというだけで、命を奪うのは間違いだ。

 そう考えているから、大領主さまを殺すなどもってのほか。


 襲撃をして怪我を負わせても、命を奪わない。

 

 これが俺の信念。

 だから、パッツィ小領主さまにそそのかされたりしない。

 俺はお飾り大領主さまとは違う。


「犠牲なくして理想は実現しない……そうは思わないかい?」

 パッツィ小領主さまが優しげな口調で聞いてくる。

「思わない」

 俺は即答した。

「でも、現にきみの仲間たちは大領主さまに捕縛された。これが犠牲でなくしてなんだと?」

 パッツィ小領主さまの言葉が俺の胸に突き刺さる。

「それは……」

「ぼやぼやしていたら、命を失うことになるとは思わないか?」

 どこかへ誘導するように言葉を投げかけてくる。

 

 危険だ。


 脳が危険信号を発した。

 このままここにいたら、遠からず最悪の道を歩んでいく羽目になる。


「俺らは誰の命を奪わずに改革を実現する!」

 全身にまとわりつくパッツィ小領主さまの言葉を振りはらおうと叫んだ。

「……甘い。いつまでその考えを持ち続けられるかな」

 呆れたような口調でパッツィ小領主さまが言った。

 すぐさま言い返そうとしたけど、言葉が見つからない。


「話しあいはここまで。行きなさい」

 パッツィ小領主さまが手で入り口を指した。

「……」

 俺はゆっくりと後退あとずさりながら、辺りを警戒した。

「ひとりで乗りこんできた敬意を表して、追っ手は差しむけないでおこう」

 パッツィ小領主さまが勝ち誇ったような表情を浮かべている。

 

 なにを企んでいる?

 侵入者を見逃すはずがない。

 

 最大限の警戒心でもってパッツィ小領主さまを見た。

 特に動きはない。


「警戒しなくてもいい。追っ手は出さない、約束しよう」

「……どうして?」

 答えてくれるはずがないと思いながらも、俺は質問を投げた。

「理由はきみにある」

「どういう意味だ?」

 意味ありげなパッツィ小領主さまの発言に疑問を抱いた。

「さぁ、行け。私が約束を守ると言っているあいだに」

 再度、パッツィ小領主さまが入り口を指した。


 行こう。


 俺はパッツィ小領主さまに背を向け、走りだす。

 警戒しながら、部屋を出る。

 警備兵がひとりもいない。

 おまけに、俺を追ってくる者もいなかった。


 追っ手を差しむけないというのは本当だったようだな。


 ほっとしながらも、警戒を続けた。

 部屋を出て廊下をすり抜け、邸宅から抜けだす。

 ここまでは誰にも会わず、うまくいった。

 でも、油断は禁物。

 

 邸宅の向かいの通りまできたところで足を止めた。

 それから、すぐさま振りかえる。

 

 抜け目のないパッツィ小領主さまを完全に信じていない。

 邸宅までは追っ手を出さない。

 でも、一歩外に出たら尾行をして、アジトを突き止めようとするだろう。


 ……誰もいない?


 一見したところ、俺を尾行する者はいない。

 

 本当に俺を無傷で帰すつもりだったのか?

 尾行もせずに?

 パッツイ小領主さまはなにを考えているんだ?

 

 ……わからない。


 とりあえず、この件に関してはパッツィ小領主さまに感謝しよう。

 ほっとひと息つき、覆面を外した。

 息苦しさから解放されていく。


 家に帰ろうとした矢先、感じた。

 鋭い、刺すような視線を……。


 誰だ?


 急いで覆面を装着し、俺は辺りに視線を走らせた。

*月・水・金曜日更新(時刻未定)

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。



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