第210話 ファビオの叫び
ファビオが市場で大領主さまの警備兵に取り囲まれている——。
俺がいる場所は市場から近く、走っていけば間に合う。
そう思い、全速力で走った。
—— 近々、俺は捕まるだろう。
保管小屋でファビオとフェルモが話しているのを盗み聞きした。
だから、思いもよらぬ出来事だと驚いたりしない。
ある程度、心の準備をしていた。
だけど、動揺している。
まさか、こんなにも早くそのときがくるとは思わなかった。
捕まるのは荘園改革を進める大きな一歩——。
ファビオはそう言っていた。
だから、止められない。
これから市場で起こる出来事を見守るしか……。
市場にたどり着くと、すぐに異変を感じた。
庶民たちが大勢集まっている。
俺はその場へ急いだ。
「……改革派だって」
「あのビラを貼った奴か?」
「なんて無謀なんだ」
庶民たちが口々に話しているのを聞きながら、俺は様子を伺った。
大勢の庶民たちの中央には、大領主さまのところの警備兵たちが立ち並んでいる。
その前にファビオがいた。
庶民たちに向かって跪かされている。
視線を忙しなく左右に走らせているけど、動揺した様子はない。
「いいか、よく聞け!」
警備兵を束ねる警備隊長が庶民たちに向かって叫んだ。
ヒソヒソ話をしていた庶民たちは一斉に黙り、警備隊長に注目した。
「近頃、ルッフォ大領主さまを批判する内容のビラが世間を騒がせている」
警備隊長は冷静さを装っているけど、言葉の端々に怒りを込めている。
それを察してか、庶民たちの目に動揺が走った。
「目的はひとつ。ルッフォ大領主さまと庶民たちを分断するためだ」
強い口調で言い放ったあと、警備兵から受けとったビラを引き裂いた。
それを宙に向かって放り投げる。
大領主さまは庶民たちに広がる動揺を抑えるため、ファビオを捕らえたようだ。
ビラを破り捨て、内容を否定。
加えて、それを首謀したファビオを断罪しようとしている。
どんな処罰を下されるのか……。
それが気になる。
「この男は大領主さまを陥れようする集団のリーダーだ」
警備隊長は言いながら、ファビオの首元に剣を突きつけた。
庶民たちがざわつく。
それは、ビラを貼った張本人がファビオという驚きか?
もしくは、警備隊長がファビオに剣を向けたことに対してか?
……おそらく、後者だと俺は思う。
「まさに謀反人。だから、こうして捕縛した」
警備隊長はファビオの髪をつかみ、引っ張りあげた。
見せしめのように顔を庶民たちに向けようとしている。
「ルッフォ大領主さまに逆らう者はどうなるか……」
警備隊長が剣をファビオの首元から離した。
そのまま剣を持つ手を天高く振りあげ、動きを止める。
「それをいまからおまえたちに見せてやる!」
宣言するように高らかに言い放つ。
庶民たちそれぞれがその先を想像し、悲鳴をあげる。
俺は目を見開いた。
だめだ。
このままではファビオが処刑される。
考えるより先に足が動いた。
庶民たちをかき分け、先頭に踊りでる。
そのとき、ファビオと目がしっかり合った。
——来るな。
ファビオが目で訴えかけてくる。
でも、俺の体は止まらない。
叫ぼうとした瞬間、ファビオが動いた。
——耐えてくれ。
ファビオは軽く首を横に振り、なおも目で訴えてくる。
無理だ。
俺はファビオに目で伝えた。
見殺しになんてできない。
なにがなんでも助ける。
昔、ファビオが俺を助けてくれた。
だから、恩を返す。
俺が死ぬことになっても……。
走り出そうとしたそのとき——。
「ジェロ」
背後から呼ばれ、強い力で羽交いじめされた。
どんなに逃れようとしてもびくともしない。
がっちりと体を抑えこまれている。
俺はなにもできない。
黙ってファビオの行く末を見守ることしか……。
「みんな、よく見ててくれ。覚えていてくれ」
突然、ファビオが叫んだ。
訴えかけるように庶民たちを見渡している。
「大領主さまの横暴さ、それと俺の末路を!」
ファビオの叫びは止まらない。
それを阻止しようと、警備隊長の剣を持つ手が動く。
「調べもなしに処刑する……そんな大領主さまと主従関係を結ぶ小領主さまの無能さを!」
ファビオは叫び続ける。
訴え続ける。
ファビオたち改革派が提起する荘園の問題点を……。
「俺ら改革派……」
叫びのさなか、警備隊長の剣がファビオの首に振りおろされる。
ファビオの叫びは途中で途絶え、代わりに庶民たちの悲鳴が辺りに響く。
俺は見た。
ファビオの声が途切れる瞬間。
剣先がファビオの首に触れた瞬間。
血が噴きでた瞬間。
ファビオの体が地面に転がる瞬間。
それを目の当たりにした庶民たちの表情を——。
頭から離れない。
それらの瞬間と、ファビオが目で訴えてきた言葉を……。
——耐えてくれ。
それがファビオが俺に伝えてくれた最後の言葉——遺言だった。
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*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。




