第208話 成功でも失敗でもない、別の問題
市場で目にした改革派が貼ったビラ——。
俺は初めて目にしたけど、以前から何度かあったらしい。
でも、それは小規模で今日ほど広範囲ではなかったそうだ。
今日に限って大規模にビラを貼った理由は?
俺なりに考えてみた。
最初は様子を見るために少量だけビラを貼る。
その後の庶民たちの反応を伺いつつ、次の機会と規模を考えていく。
そうやった結果、今日は広範囲にビラを貼った。
その作戦は成功。
市場に行き交う人々が、ビラについて語りあっている姿を何度となく目撃した。
さすがに大声で話す者はいない。
警備兵に捕まるのを恐れつつ、声を押し殺して話している。
声を大にして言いたいけど、言えない。
だから、改革派が貼ったビラに共感と賛同を示している。
日増しに庶民たちの心がある一点に向かって進んでいく。
大領主さまとの主従関係を解消し、新たな大領主さまに鞍替えしよう、と。
その機運が高まっていくなか、庶民たちが動きをみせた。
「俺らの暮らしが苦しいのは、重税のせいだ」
「そうだ、そうだ」
「それもこれも、ルッフォ大領主さまが課す税が重いからに違いない」
「なぜ、小領主さまは大領主さまと主従関係を解消しないんだ?」
「おかしい」
「解消すべきだ」
庶民たちのあいだで、大領主さまだけでなく小領主さまへの非難の声が高まった。
最近まで、思っていても口に出すことがなかった庶民たち。
それが大規模にビラが貼られて以降、日増しに庶民たちが声をあげはじめた。
最初は数人だったのが、あっという間に大勢に……。
ファビオたちはこの結果を予想していたのだろうか?
だとするなら、あまりに危険だ。
これだけ目に見えて非難する庶民たちを、小領主さまと大領主さまが放っておくとは思えない。
不満を口にする庶民を注意したり、取りしまったり……。
それくらいで済めばいい。
最悪、捕まって処罰されるだろう。
俺は扇動の危うさを目の当たりにし、怖さを感じた。
これからなにかが起きる。
そんな予感がした。
商団の敷地内で仕事をしているさなか、短髪の商人が血相を変えて走ってきた。
「ファビオ!」
名前を呼びながらファビオを必死に探している。
ただ事ではない。
そんな気がして、俺は短髪の商人を追った。
短髪の商人は保管小屋に近づき、勢いよくドアを開けた。
「ファビオ!」
「……なんだ?」
短髪の商人の必死の呼びかけに対し、ファビオは穏やかな声で返答した。
「大変だ!」
短髪の商人が保管小屋に飛びこんだ。
俺は気配を消しながら小屋に近づき、耳を澄ませた。
「どうかしたのか?」
「同志が……ビラを貼った同志たちが一斉に大領主さまの兵に捕まった」
「なんだって⁉︎」
短髪の商人からの報告に、ファビオが悲鳴に似た声を発した。
「このあいだ貼ったビラのせいで、庶民たちが本音を隠さなくなりはじめたせいだ」
「……俺らの予想以上に庶民たちの不満が溜まっていた証拠だな」
ファビオの声がいつになく深刻そうだ。
「これまではビラを貼っても、大領主さまは動かなかったのにな」
短髪の商人が悔しそうにテーブルを叩いた。
「ああ、庶民たちの不満が爆発するのを恐れているんだろう」
「俺らの計画は成功したと言うべきか、失敗と言うべきか……」
「どっちでもない。問題は別のところにある」
ファビオが大きなため息をつく。
「……どういうことだ?」
短髪の商人の意見に俺は同意した。
ビラの一件は成功でも失敗でもない。
そんなことよりも、別の問題についてファビオが悩んでいる。
なんだろう?
俺なりに考えてみた。
これまで何度かビラを貼ったけど、小領主さまも大領主さまも全く動じず。
ところが、今回は急に動いた。
ビラを貼った同志たちと呼ばれる者が一斉に捕縛。
おかしい。
ファビオたちは馬鹿じゃない。
細心の注意をはらってビラを貼ったはず。
それなのに、あっさりと捕まった。
まるで計画を知っていて、見張っていたかのように……。
まさか……。
ひとつの可能性に行き当たった。
俺が考えつくくらいだから、おそらくファビオも気づいている。
「問題って?」
短髪の商人が尋ねた。
「ついに動きだした……いや、すでに動きだしていたんだよ」
深刻そうなファビオの声が小屋に響いた。
「動きだしていたって?」
「ビラを貼ったあとで、関与した同志たちが一斉に捕まるなんて不自然だと思わないか?」
「ああ、捕まるとしたら現行犯だと思っていた。だけど……」
「実際は後日だ。つまり、誰が貼ったか大領主さまにバレいた」
「だから、ビラを貼った同志たちが捕まった……って、どうして?」
短髪の商人の声が震えている。
口では疑問を呈してるけど、心のなかでは答えがあるかのようだ。
「……スパイがいる」
低い声でファビオが言った。
「ああ、それしか考えられない」
短髪の商人が悔しそうにつぶやく。
「だとするなら……」
ファビオがはっきりとした口調で言った。
「だとするなら?」
「……覚悟を決めるときがきたようだ」
ファビオが大きく息を吐いた。
覚悟を決めるとき?
俺は心臓をつかまれたような痛みを感じた。
覚悟ってなに?
嫌な予感しかしない。
その予感が外れることを俺は祈った。
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