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第202話 ジェロを助ける青年

 待ってくれ——。

  

 その声と言葉が俺の胸に突き刺さった。

 誰もが俺を処罰しろと叫ぶ。

 そのなか、強いながらも優しげな声が響いた。


「この子の処分を俺に任せてくれないか?」

 庶民たちに訴えかけている。


 誰?


 俺は声の主を探した。

 

「盗みを働いたけど、この子だけのせいじゃない」

 俺の腕をつかんだ青年の口が動いている。

 

 このひとが俺を助けようとしている?

 俺を捕まえた張本人なのに?


 不思議な気持ちになった。


「こいつのせいじゃないというなら誰なんだ?」

 髭面男が盗みとは無関係な者を装い、俺をにらんだ。

 俺が本当のことを白状しないと思っている。

 たとえ俺がなにか言ったとしても、言い逃れる自信があるのだろう。

 

 どうしよう……。

 洗いざらいぶちまけてしまおうか。

 それしか助かる道がないのなら、やるのも手だ。


 悩んでいるさなか、俺の腕をつかんでいる青年が髭面男を睨みつけた。

「あんたが……」

 小声で青年が悔しそうにつぶやいた。

 だけど、庶民たちの耳には届いていないようだ。

「……俺たち大人のせいだ」

 青年は辺りを見渡しながら言った。

 庶民たちのあいだに動揺が走る。

 

「俺ら大人が子供たちを飢えさせている」

 青年が俺の腕から手を離した。

「だから、子供による盗みが絶えない」

 話しながら青年が俺の頭を優しく撫でた。

 撫でられた部分がとても温かく感じる。


「でも、盗みは盗み。子供だって関係ない」

 誰かが叫んだ。

 そうだ、そうだと庶民たちから賛同の声があがりだす。

 それを見た髭面男が満足そうに笑顔を浮かべている。


「……店主、お願いがあるんだ」

 青年が物売りの店主に深々と頭を下げた。

「な、なんだい、改まって」

 店主は驚きながら、青年に頭を上げるよう態度で示した。

「この子には俺から罰を与える。だから、俺の顔を立てて穏便おんびんに……」

「ファビオ、やめてくれよ。あんたに頭を下げられる俺の身にもなってくれ」

 店主が居心地悪そうに言った。


 ファビオ?


 俺は青年——ファビオを見つめた。

 店主よりかなり若く、二十代くらいだ。

 それなのに、店主が年下のファビオを気遣っている。

 

「それじゃ……」

 ファビオが笑顔を浮かべた。

「ああ、この子の処遇はファビオに一任する」

「ありがとう。この恩は必ず返すよ」

「いいって、いいって。いつも世話になってるからな」

 店主もつられて笑顔になっている。

 それがきっかけとなり、庶民たちのあいだに流れた不穏な空気が消えた。

 もう誰も俺を罰しろと殺意に満ちた目で俺を見ていない。

 ただひとり、髭面男以外は……。


「……そういうことだ。あんたもいい加減にするんだな」

 ファビオは笑顔を消し、射抜くような目で髭面男を睨んだ。

「な、なんのことだ?」

 髭面男の声がうわずっている。

「自分の胸に聞くんだな」

 呆れたような声でファビオが言った。


 ファビオは髭面男のしたことに気づいている?


 俺はじっとファビオを見た。

 感謝と戸惑い。

 ふたつの感情が複雑に絡みあう。


 助けてくれたのは嬉しい。

 感謝している。

 だけど、髭面男のやったことに気づいたのに罰しない。

 なぜか見逃そうとしている。


「……な、なんのことだか」

 あくまでしらを切る髭面男。

「今度はないと思え」

 ファビオに凄まれ、髭面男は一目散に逃げた。


「……怒ってるか?」

 ファビオが俺の頭を軽く数回、叩いた。

 俺はなにも言わず、ファビオを睨んだ。

「どうしてあいつを逃すのかって怒ってるんだろう?」

 ファビオが俺の目を覗きこんでくる。

 その澄んだ目でじっと見つめられ、心臓が激しく動いた。


 綺麗な瞳と真っ直ぐな視線。

 それに俺の心はわしづかみされた。

 なにもかも見透かすような目をしている。

 俺は操られたかのように黙ってうなずいた。


「あの男がおまえを騙して盗みを働かせたんだろう?」

「うん」

「少しでもおかしいと疑わなかったのか?」

 ファビオが問い詰めてくる。

「それは……」

 俺は言い淀んだ。

「たとえ疑わなかったとしても、実際に盗みを働いたのは事実」

「……うん、わかってる」

 俺は肩を落とした。


 そうだ。

 悪いのは俺。

 理由がどうあれ、罪を犯したのは事実だ。

 それなのに、八つ当たりのようにファビオに怒りを覚えてしまった。


「……ごめんなさい」

 俺は深々と頭を下げた。

「やってしまったものはしょうがない。罪をつぐなうんだ」

「どうやって?」

 俺はファビオの目をじっと見つめた。

「そうだなぁ……」

 腕組をし、ファビオがうなっている。


「……その前に名前を教えてくれ。俺はファビオ、商人だ」

 ファビオが握手を求めてきた。

「俺はジェロディ」

 ファビオの大きくて温かい手を握った。

「ジェロディ……よし、今日からおまえは商人の弟子・ジェロだ」

「商人の弟子?」

 俺は首を傾げた。

「そうだ。商人の弟子として、さっきの店主に償うんだ」

「どうやって?」

「仕事を終えたあと、店主を訪ねて商売を手伝うんだ」

「商団の仕事をさせてもらえるの?」

 胸が高鳴った。

「ああ、弟子入りを認める。しっかり学んで、立派な商人になれ。それが盗みに対する償いだ」

 ファビオが俺の肩を強い力で何度も叩いた。

「うん……はい。俺、ファビオみたいな商人になるよ」

 俺は大きくうなずいた。

「おう、期待してる。ジェロなら必ず俺を越えられるさ」

 ファビオが嬉しそうに微笑んだ。


 商人になる。

 ファビオのように優しく、信頼されるような商人に……。

 俺は決意した。


 どんなに辛くても頑張る。

 それが俺にできる唯一の償いであり、ファビオへの恩返しだから。

*月・水・金曜日更新(時刻未定)

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。



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