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「クレープと少女」

 マンションを出て道路を一つ渡った先にデカデカと書かれている【亞聖商店街】と書かれている看板が見え、自然と商店街の方向につま先が向く。

 横断歩道を渡り商店街のアーチ型の入り口を潜り中に入る。


 商店街には隙間も無い程にずらりと色々な店が並んでおり、休日の昼という事もあってか沢山の笑顔が行き交っていた。

 俺は、どこかの店に立ち寄る事もなく、ただのんびり歩きながら時間を潰していた。

 

「平和だなぁ~こんなのんびりした時間を過ごすのはいつぶりだろう……。いや、そもそもそんな時間、俺にあったのか!?」


 この二十年、ほとんどの時間を任務に費やした俺だ。

 思い当たりがないのも無理はないだろうと自分を慰める。


「最初はどうなるかと思ったが……折角オヤジが用意してくれた新たな人生。楽しまなきゃ損だよなッ!」


 よし、楽しむぞ!と拳を突き上げようとした俺の背中に”ドン!”と柔らかな衝撃が走る。


「うお!」

「きゃッ!」


 何事かと首だけを回して後ろを振り返ると、黒い球体がそこにあった。

 うん、これは人の頭だ。


「……ちょっと」

「うん?」

「何で急に立ち止まるのよッ!」


 プルプルと身体を震わせ俺を見上げる少女。

 艶のある長く伸びた黒髪は触らなくても分かるくらいサラサラで、やや目じりの吊り上がったライトグレーの瞳は明らかに不機嫌を露わにしている。


「ちょっと、人の話聞いてる!?」


 そして、高くもなく低くもないスーッと筋の通った鼻の下には自己主張が苦手そうな小さめの淡いピンク色の口がこれまた不機嫌そうに開かれており、全体的にバランスの良い顔、所謂美少女と呼ぶに相応しい。


「ねぇってば!」

「あっ、わりぃ! つい見とれてしまった」

「はぁ?」

「いや、あんたみたいな可愛い子、今まで見たことなくて」

「ちょ、なっ!?」


 俺の言葉に少女は、怒りとは別の表情を見せる。


 それにしても……。

 俺は少女の周りをぐるぐるしながら、少女のいたるところに視線を向ける。

 出るところは出て締まる所はしまっており、程よく筋肉がついているのを見ると何かしらスポーツでもしているのだろうか。


 うん、可憐だ。


「な、な、なんなのよぉ! ジロジロ見ないでよッ、こ、こんの変態!」


 少女は、胸もとを隠すように両腕を交差させて、俺から身体を遠ざける様に後ろに引く。


「変態とは心外だな。俺はただ、あんたの事を可愛いと思って見ていただけだ」

「か、可愛いって……」

「事実だ」


 胸を張って言えよう。


「わ、分かったから、もぅ、そんなにマジマジと見ないで、よ」

「あぁ、ごめん。それで、俺に何か?」


 少女が困っているので、観賞モードから通常モードに切り替える。


「ふぅ……。君が急に立ち止まったせいで、ほら!」


 と少女は、自分の右手を差し出す。

 その行為が決して握手やハイタッチを要求しているのではない事が分かる。

 何故なら少女の右手は今現在グチャグチャになったクレープによって大惨事になっているからだ。


「これは、ひどい……」

「一時間も並んでやっと買えたのに……まだ、一口も食べてないのに……」


 少女の顔から怒りが消え、悲しさが滲む……というより泣きそう……って泣いてるし!


「ちょ、わ、悪かった! そうだ、弁償させてくれ! それどこに売ってるんだ?」


 少女は「あっち……」と指を向けるのだが……そこにはクレープ屋と思わしきファンシーなワゴン車を中心に長蛇の列が出来ていた。


「マジかよ……」

『一時間並んだ』


 俺は少女の言葉を思い返す。

あの長蛇の列を見る限り、その言葉は決して膨張でない事を思い知らされる。


「俺、並んでくるから!」

「もう、そんな時間ない……。すぐ、食べたい……」

「くっ……分かった! それ、何の味なんだ?」

「……ベリーベリースペシャル。どうする気?」

「まぁ、何とかしてみるから、とりあえずあっちに水道あるから手の汚れ落としてベンチにでも座って待っていてくれ」と言葉を残し、俺は足早にクレープ屋に向かった。


 ――数分後


「待たせたな! ほれ、ベリーベリースペシャル」

「へッ!? どうやって!?」

「まぁ、人間誠心誠意頼み込めば何とかなるもんだぜ」

「へぇ、世の中も捨てた物じゃないんだぁ。でも、いいのかな、他の人達も沢山並んでるのに……」

「だ、大丈夫だよ! なんか彼女に付き合っていやいや並んでた彼氏さんから譲ってもらったから、そんなに気にしなくても大丈夫だ」

「そう……いやいやでも彼女さんのためにあれだけ長い時間を一緒に並んであげるなんて、素敵な彼氏さんだね」


 本当は諭吉さんをチラつかせて譲ってもらったなんて言えない……。


 真実は闇の葬り去るべしッ!


「ほら、そんな事より早く食べてみなよ。すぐにでも食べたかったんだろ?」


 俺はクレープを少女の手に握らせる。


「あの、ありがと……あと、怒鳴ってごめんなさい!」


 キツイ性格だと思っていたのだが、これはいやはや……。


「気にしなくていいよ。俺が急に立ち止まったのが悪いんだしさ」

「ち、違うわ! 私もちゃんと前を見ていなかったから……君だけのせいじゃないって分かっていたのに、その、ひと月前からすごく、すっごーく楽しみにしていたから気が動転しちゃって……」


 クレープ一つでひと月って……なんだこの子、すげえ貧しいのか?

 その割には……仕立ての良さそうな服を着ているし、仕草一つ一つに品があるというか……。

 うん、よく分からん!


「そんな事より、ほら」

「うん! いただきます! はぐっ ん~~~~~~~」


 少女は、小さい口を目一杯広げてクレープにかぶりつく。

 すげぇ旨そうに食うな。

それに、やっぱり可愛い。


「何をそんなにジロジロ見てるの? もしかして食べたかった? 一口なら、いいよ?」

「いや、甘いのは苦手だから大丈夫だよ。ただ、やっぱり可愛いなぁって思ってさ」

「……もぅ。恥ずかしいから、やめてよ……」と少女は頬を赤らめ、俺から顔を背ける。


「ははは。ごめん、ごめん、もう言わないからさ」と傍から見たら胸やけがしそうなバカップルの様なやり取りは、少女が最後の一口を名残惜しそうに頬張るまで続いた。


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