わかりやすい【授業・仕事・小説】とは?
学生時代の授業を振り返ってみると、大多数の方が
「この先生はわかりやすい授業だったな」
「この先生はわかりづらい授業だったな」
という感想をお持ちだと思います。
もちろん、授業の得手不得手や先生との相性もありますから、同じ授業を受けていた全員が同じ感想を抱くかは別問題になります。
それでも、私の高校時代を思い返すと、クラスメイトの「わかりやすい授業」と「わかりづらい授業」がほぼ全員同じだった記憶があります。
一番わかりやすく、テストの平均点も高かった授業は世界史でした。
世界史の先生は、授業の始めにいつも言っていたことがあります。
「今日の授業は十時半までやります。範囲は八十ページから百ページまで。十時半からは先生が面白いと感じた体験の雑談をするから、それは聞いても聞かなくてもどちらでもいいです。十時半までは真面目に聞いてください!」
個人的にはこういう具体的な前置きをされると「よし、十時半まで頑張って授業を受けよう!」という気持ちになりました。
授業も端的で的確、しかも雑談も面白いので、みんな世界史の授業を楽しみにしていました。
反対に一番わかりづらかった授業は物理でした。
クラス全員、物理の先生が何を説明しているのか理解できません。私も一生懸命授業を聞いていたのですが、何がなんだかわかりませんでした。
ホームルームの時間に、担任の数学教師が
「何か困っていることはありますか?」
とクラスに尋ねると、全員同じ答えになります。
「物理の授業がわからなくて困っています」
「そうかあ。うーん……」
担任も困った顔になります。まさか同僚である物理の先生に
「あなたの授業がわかりづらくて生徒が困っています」
と指摘することはできないでしょう。
結局、担任は物理の先生に内緒で、ホームルームの時間に物理の授業を行うことにしました。担任の専門は数学でしたから、同じ理系ということで、物理もわかりやすく教えることができたのです。
おかげで、他のクラスより物理のテストの平均点が高くなりましたが、物理の先生がテスト返却の際に言ったことはよく覚えています。
「このクラスは私が教えていることをちゃんと理解してくれているね」
クラスメイトは全員、何も答えることができませんでした。物理が理解できたのは、担任の数学教師のおかげだったからです。
きっと誰しも似たようなことがあったと思います。
この例でいうと「世界史の先生はわかりやすかった」「物理の先生はわかりづらかった」ということですね。
世界史の先生は「わかりやすい授業」を心がけていたのでしょう。
物理の先生は「自分の授業がわかりづらい」ということに気づいていなかったのかもしれません。
恐らくですが、物理の先生は頭が良くて「自分が教えている内容で自分は理解できた」のだと思います。
頭の良い先生は、自分が少しの説明で理解できてしまうから、他の人間が「理解できないことがわからない」のかなあと、個人的に考えています。
この先生の例は、社会に出てお仕事をするときでも遭遇する場合があると思います。
別のエッセイで、私は某洋菓子会社の店長をしていたことを書きました。
私は要領が良いわけでもなく、何度も失敗を重ねて少しずつ仕事内容を覚えていき、なんとか頑張りを認めてもらえて、店長の仕事を任されました。
部下の契約社員やアルバイトたちは、お仕事ができる人もいれば、私のようにあまり要領が良くない人もいます。
なので、部下たちからよくこんな相談をされました。
「新人の子にお仕事を教えたのに、それができていないんです」
「お仕事を教えてもらったのですが、一回では覚えられないんです」
私はどちらの言い分も理解できます。
一回教わっただけでお仕事が理解できる、物理の先生タイプの子は、一回でお仕事が覚えられない、私タイプの子のことを理解できないのです。
だから、まず新人アルバイトを教育するのは、私がやることにしました。
大学生のアルバイトが多いので、生まれて初めて働く子も大勢います。
職場の約束事や「報告・連絡・相談」といった働く初歩の事項と、職場の接客マニュアルを渡して、それを全部覚えるまでバックヤードで根気強く教えました。
店長会議でそのことを話すと、他の店長たちにびっくりされました。
「『報・連・相』から教えているの!?」
社会人では当たり前のことですが、初めて働く子は知らないことが結構あります。
店長をやるような人は、要領が良くお仕事ができる人が多いので、あまりお仕事のできない人の気持ちがわからない人もいます。
でも、私はずっとお仕事ができない側だったので、新人アルバイトが「何がわからないかがわかる」のです。
どんなに時給が良くても、しっかりお仕事を教えてもらえない職場では、アルバイトは長続きしません。
丁寧にわかりやすくお仕事を教えて、職場の居心地を良くすれば、アルバイトや契約社員たちは長く働いてくれるようになりました。
長い前置きになりましたが、私が小説を書いていて、なるべく心がけていることは「わかりやすさ」です。
そもそも小説を書く技術が未熟であることは申し訳ないのですが、それでもできる限りの範囲でわかりやすく書いてはいるつもりです。
一番気をつけていることは、物語の冒頭に登場人物を出しすぎない、設定を多く書きすぎないことです。
世界史の先生が教えてくれたように、物事をわかりやすく簡潔に。
いきなりたくさん登場人物が現れて、名前や特徴などをずらずら並べられても覚えきれません。設定も同じことが言えます。
作者だけがわかる物語では独りよがりに感じてしまいます。
恋愛ものならば、最初はヒロインとヒーローの二人だけを印象的に書いて、徐々に周辺の人物や物事を増やしていく物語のほうが、個人的にはわかりやすいと思います。
もちろん、序盤に人物や設定を多く出してもわかりやすく書ける方もいます。そういう方の技術は見習いたいですし、いずれはもっとわかりやすく奥深い小説も書いてみたいです。
でも、作品を読者さんに多く読んでいただきたいならば、まずは「わかりやすさ」を重視することが一番かなと考えています。
みなさまが小説を書いたり読んだりするうえで、重視していることがありましたら、教えていただけますと幸いです。
わかりやすいだけではなく、もっと魅力ある作品作りのために、何を意識していけば良いでしょうか。ためになるご意見を頂戴できましたら大変嬉しいです。
※このエッセイでの「わかりやすさ」で、文章作法や文章のルールについては論じません。
学校の授業にしろお仕事にしろ、ルールのようなものはその時々で変化していくので、あくまでいろいろな物事の「わかりやすさ」について述べています。