表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/45

握手は触手

「キュート! やっぱり、人だよ。食べ物かどうかは音の響きと寄せては返ってくる波の形で、溶け込んでいたときからも、わかっていたんだ。そのバイザーはやっぱり、見えるんだな。超音波か。それらの処理は考えさせられるな。今、珊瑚に道を開けさせるから、待っててくれというなら、待つよ。見ててもいい? 君は男性の声だし、顔の線も男前だ。隊長もやっているんだ」

「キュイ キュ キュ キュア キュイ」

水模様のバイザーをまた顔に装着した姿で、青い珊瑚に音が伝えられたようである。動いて、形を変えていき、奥まで進める穴が開いて出来ていた。

「神秘だなあ。マクロを泊めたら、進もう」

二人のところまで戻ると、バイオミーにマクロ船を託し、カシアはついて行くというので、タンポポ・タネはそのまま同行を任せた。

「バイオミーの子機を持っていこう。青い珊瑚の観察と中の構造も子機を通してデータにきちんと取り込んで欲しいからね」

「わかりました。私も気になりますので、お願いします。フード裏に通信機及び脳処理スキャン、私自身の小型分身子機も準備しましたので肩にでものせて、連れて行ってください。カシアもいれば、毛細飾りで対応できるでしょう」

「その点では、お父さんを護衛できますね。しかし、確かに不思議ですね。音に反応し、動いて、しかも葉の形をもって城をつくりあげるのは、バイザー人の手を持ってしたことでしょうか」

「だね。よし! 聞きたいこともたくさんできたし、行こう。カシア」

バイザー人に案内されて、恒星からの光で青く照らされる中をくぐっていく。そのまま歩いていくと、一つの大きい空間に出た。鋭く削られてはいるが、鮮やかな色を持った貝殻が白い壁にたくさん飾られていた。真ん中には一つの大きな、周りには複数の小さいテーブル形をした珊瑚のコロニーがつくられていた。

「入り口しか、見当たらない。中は、一つ一つの珊瑚の空間がくっついているんだ。それらや、彼らにとっても共同のコロニーなんだな。鋭い貝殻のある空間は歓迎であり、警戒に見える。外交の場だね。あの鋭い貝殻は手裏剣だよね。これは、忍者だな」

「あの熱い正義を忍ばせて、激しい強さを忍ばない者ですね。あ! お父さん。チーシャ達が空間の壁を振動でまた開けて、中へ入るようです。お父さんに向けて、バイザーを上げて、手を振るとは末恐ろしいですね。音が届きます。治療の空間に行くようですね」

チーシャは二人の女性バイザー人といっしょに、別の空間につながる道を開けて、入っていった。残ったバイザー人がくつろぐためのものか、コロニーの一部分を音の響きですすめた。

「ありがとう。感触はスポンジみたいだな。背もたれも含めて。柔らかい水だ。他にもたくさん意味ができるなあ。感謝と歓迎と、一つのファミリーの結末とクイーンクラゲの件と、僕達の記憶を聞くために、指揮者を連れてくる。指揮者? 識者? でも、意味のほうだと、音を指揮する、読み取る者に結びつくな。チーシャの記憶も角治療検査するのか。音の幅がすごいな。高さが凄まじいから、発声も少なくすんで、五語で、もうすべてが伝わるよ。このコミュニケーションは」

「指揮者ですか。リーダーと同じということでしょうか。そして、クラゲのクイーンですか。音処理は確かにこの意味を検索に引っ掛けていますね。クイーンとは、本当に引きが強いですよ」

肩にのっている蝶はバイオミーの分身子機で、そのまま見て、話すことができた。

「同じかは顔を合わせれば、わかるよ。クイーンか。でも触手しか見てないから、体すべてを見ないといけないな。僕とは染色体の数も長さも違いすぎて、対称にはならないから、クイーンの意味が無いにしろ、ゲノムの原点に近いだろうからな。忍者なら、頭領といったほうがいいかもしれないが、指揮者に結びつくから、これなんだろうな。地面は苔植物だな。乾燥しているが、柔らかい」

緑の床や座っているコロニーの一脚に何度も触ったり、バイザー人にお願いして、貝殻の一つを手に取らせてもらい、使い方を教えてもらっていると、空間に穴ができた。ゆっくりと入って来たバイザー人の左目は隠れてはいない。装着しているバイザーが一部欠けていて、しわやたるみの線で、閉じられそうになっているまぶたの中でも黒目が強く光っていた。残っているバイザーの模様は丸まって落ちる滴が三つぶつかり合っていた。角のほうには傷は無く、丁寧に磨かれた光沢があった。

「指揮者か。皮膚の模様やシワに見えるし、人と同じく年齢が出るんだね。角は磨きがかかっているな。チーシャのゲノムでヒトと同じ細胞分裂及び成長速度だとわかっているから、御老体の指揮者になるな。僕も細胞分裂の回数や地球の自転と公転を基準とする時間では、長い年月を経ているけれども、ここでの環境の体験時間は赤ん坊どころか、初期胚だ。学ぶ姿勢は柔らかくしたほうが、絶対にいい」

「雰囲気はありますが、お父さんとは全然似ていないですね。何だか、圧を感じるのは、バイザーを装着しているのに、鋭い目がみえているからでしょうか。本当にバイザーをつけた姿は、取った姿とは印象が異なります」

バイザー人の指揮者は腰も曲がっており、胸や股関節部のひだ襟は長く、床につきそうになっている。ゆっくりと歩いて、コロニー一つのイスに座った。バイザーをつけたまま、左目で二人を見ているのがわかり、角を振動させた。

「キュー キュイ キュー キュ キュ」

「お父さん! これは、もう声がはっきりと、流暢に聞こえてますよね!」

「発声のほうは、さらにまた高くなっているじゃないか。こちらは、音韻処理だな。両方あるから、ここまで伝わる。そして、カシアの言うとおりだね! 言語の声と音が伝わるな。時を重ねてきた低音で、語りかけてくる。僕もカシアも話して使う言語の音処理機能が備わっているからこそ、つくりあげられる音声と意味なんだろう。振動は言語の最初の一歩にもなるからな。音では無くて体の一部を使う言語や思考や計算、文字と記号のみを使う場合はバイザー人には共鳴しにくくなるのかな。音か。色んなコミュニケーションがあるな。ともかく、感謝が伝わる。祖父であるあなたの孫娘はチーシャ! なるほどね。直接お礼を言いたくて、いらしてくれたわけだ。トーベン・メンウーが名前の響きですか。僕はタンポポ・タネ。こちらはカシア。こういう交流は音の幅を広げることにもなるのですか。群れという音が楽団という意味と結びつくのはいいね。クイーンクラゲとの出会いといっても、触手しか見ていませんが、僕達に熱く絡まってきましたよ。楽団の最後は毒でした。あの子の親は守っていましたよ。危うかったですが。クイーンという意味とつながるのは、何か理由があるんですか。バイザー人にとっても、ただごとではないんでしょう」

「キュイ キュー キュイ キュー キューア」

瞬きをし、両手を三角や四角を空中に形振るしぐさはタンポポ・タネに豊かな意味を読み取らせていた。

「クラゲの生殖器は音の振動とバイザーでの視覚でわかるのか。数珠線になるのか。時間の結びつきは地球の自転と誤差があるかもだけど、クイーンの出現はここ最近と読み取れる。少し小さいけど、惑星の回転速度は変わらないんだ。カシアの大きい惑星はゆっくり回っていたから、感じる時間が違うかも。成長もゆっくりと時間を掛けていたからね。クラゲの大量発生の中に一体だけひどく大きいものが出てきたのか。膨大な数珠線卵を蓄えていて、放卵はさらに大量のクラゲの元になるゆえに、クイーンか。数え切れない愛を振りまき、これまた数え切れないほどに愛されるという互いの性別にとって、自慢できる存在というわけか。これは、考え方が人間過ぎるか。自然に考えれば、子孫繁栄もしくは、生存確率を上げる行いにできる。大量発生と突然変異は無関係ではないだろう。大量に発生する環境も見過ごせないね。水の中で漂うのは水音交流の邪魔になるから、駆除兼勉強のために出ていたのか。でも、今は潮が引いてますよ。そこでクラゲが漂っている姿は見られません。子を連れるなら、そちらが安全と思われますが、問題があるのですか」

トーベン・メイウーは右手を軽く握ったり、開いたりし、左手は仰ぎ振っている。角も振るわせて、ヒレ袖の形も変えていく。欠けたバイザーからと模様からの姿はそれぞれ違って見えるのかなと、タンポポ・タネはまっすぐに顔を向けて、その超音波を感じていた。バイオミーの蝶子機がそっと耳に寄ってきた。

「リーダーやカシアの脳の記憶及び言語処理活動は興味深いです。私の音処理はコンピュータの制御や言語のデータが手助けになるので、二人の感覚とは違います。バイザー人の音は記憶を認知し、読み取る機能を獲得しているのでしょう」

「本当に不思議な感覚ですよ。マザー。今している会話も言ってしまえば、音ですものね。バイザー人のはそれを飛ばして、直接に音を送ったり、聴いているのでしょうか」

「喋る、話す、口にする。互いの持つ音と意味を伝えるか。バイザー人の持つそれらの記憶や機能は、間違いなく僕達を引き合わせた力だろう。けど、水の振動は彼らの世界の土台で、音を獲得するための必要な手順ということだ。恋するなら、まず出会わなければならない。振動を深く知るならば、水の中で泳がなければならない。クラゲの位置も多くのバイザー人の振動なら、特定できるが、クイーンの移動速度と潮の流れ、女王を追いかける数多のオスのクラゲ大群が思っていた以上に旋律を狂わせた結果がこれですか。音や振動を遮るものが限度を超えると、見えなくなるし、クイーンの手の動きは予想が難しいか。潮が引くのも大気の音でわかるが、水がすべてを覆うからこそ、その世界の音のほうが世界を表現できるんだ。生きる環境に適応するという一つの進化過程だよな。危険でも、覚える時期が来たら、必要か。水温が高くなっている場合も知るべき体験か。これは惑星の公転の影響もあるな」

今度は、タンポポ・タネ達に両手のすべての指先を向けて、それをひらひらと表に裏に返している。

「今度は僕達の手番か。目的から言ってしまえば、御相手探し、人探し、自分探しです。僕達の惑星は空になってしましたが、僕達の元は生きているからです。チーシャを助けたのは偶然ですが、運命も感じております。運命の女神の手は、差し伸ばされたら、握らなければなりません。コミュニケーションが取れるということは、愛を伝えられるチャンスがあるということです。顔は皆個性があるんですけれど、オスもメスも、いや、男性も女性も成熟の完全体が一つですから、驚きました。助けたお礼があるならば、僕達人の体に求愛のチャンスを頂けないでしょうか。遺伝子を賭けますよ。期待も数値化というより、見える化できる物質があるので、お互いの賭けもわかるはずです。音とそれからなる意味を聴き取れるなら、あなたがたの記憶ともつながっているでしょうか。あなた方には、僕は御相手に見えているでしょうか? バイザー越しに、その黒目越しに。まあ、体の性別を間違える恐れが、僕のほうにはありますがね」

「いきなり、もう言うんですね。リーダーらしい。それにしても、御相手が欲しいではなく、求愛のチャンスとは」

「御相手に見えるかどうかは、重要ですね。私はお父さんを、しっかり認知できますが、どうでしょうか。そこは気になります」

「いきなりもなにも、僕が生まれて持っている使命だからさ。言語機能を持っているなら、表現するべき性なんだ。愛情と未来をね。どう見えるかも大事な過程だよ。重なる部分がないと、実際の交叉も上手くはいかない」

トーベン・メイウーは欠けたバイザーを上げたので、黒い両目がタンポポ・タネの目と一直線に結ばれている。はっきりと映る顔はジン・ハナサカの老い方とは違うのは当たり前だが、長い年月を生きてきた複雑な模様があった。バイザーを取れば、本当に人の顔が映っていた。目がまばたきをした後、バイザーを両手で触り、タンポポ・タネへ手の平を広げた。

「音の域ははっきり言えば、狭すぎるけど、持っている意味の記憶は深さがある。バイザーからは一つの音体で、交流の御相手には十分か。黒目越しからは、一人の男の顔に重なるけど、角が物足りないか。チャンスがあるな。人としては、これ嬉しいよなあ。交流は歓迎だから、やってみてもよろしいんですね。やっぱり、音で伝えるのかな。ラブソングとか、愛の詩を詠むとかかな。年齢とか、多夫多妻か、御相手がもういるとかも気をつけないと。生態と文化の推移点、見極めるのもゲノム解明への手助けだ。これらは遺伝子よりも、環境が決める元だろう。餌の多さとか、天敵がいるか、水温の高さでの大気の溶け具合とかは惑星の中で生きる体に重要だからな。それで獲得した機能から、帰納ということで遺伝子の発現を見られる」

「お父さんが御相手として十分とは、侮れません。私は話のわかる珊瑚花に見えているようですね。私もバイザー人は、お父さんとは違うゲノムに見えます。でも、相手の声がわかるというのは、存在感があると言えばいいのでしょうか」

「リーダーのほうは、遺伝子が対称になるからですね。カシアの場合は意外ですが、全く並びが違ってきます。これも要因でしょう」

「交叉の対称。ここはもっと深く考えてみたいね。生態を知りたいなら、珊瑚城で響き合うといいんですか。それが歓迎会にもなり、クイーンの情報も知られて、自分達の音体もわかるだろうというなら、望むところですよ」

指揮者はここまで案内してくれた一人のバイザー人を手で招き、角を互いに振動させた。一人は首を縦に振ると、手を珊瑚の中へ差し広げている。角でタンポポ・タネ達の音を聴いた後、それを上げて笑顔を見せた。

「チーシャの呼びかけに来てくれた隊長で、名前はモルトか。バイザー角の音は特定の相手にだけ向けることもできるんだね。人が会話する場合も似たところがあるな。指揮者に選ばれたバイザー人が出せるあの語りかける低音の振動がトーベンという一人を呼びかける名と、メイウーという楽譜記号音を付けられているのか。やっぱり、笑顔がキュートだね。モルトのことも、含めて、生態や文化、そしてバイザー人と僕とのゲノム対称をご案内頂こうかな。データをバイオミー。カシアも僕といっしょにだ。彼らの音は僕と対称になっているカシアにも響く部分があり、解明にもつながる」

「わかりました。チーシャのゲノムも参考に発現し、獲得している機能も見ていきましょう」

「お父さん。音で伝わっていますが、モルトは男性ですよ。体が御一人なのは重々承知しておりますが、私の競争御相手がそちらまで広げられるのは、結合の道が険しすぎますよ」

モルトはキュキュと口を大きく開けて、声を上げた。

「笑う姿は本当に人だね。声は男だな。うん。カシアのその言葉は受け止めるべきだな。モルトには、交叉御相手がいるんだ。でも、僕のことは同じ一人の顔に見えるから、決して興味が無いわけじゃあないのか。性もゲノムも似ているから、感じるこの認識は覚えておこう。僕もそうだけど、目的は忘れないようにしないとな。本気は無理でも、遊び相手には、なれるよ。さあ、案内をお願いできるかな」

珊瑚の壁は開かれて、タンポポ・タネとカシアは詳しい生態がわかるであろう珊瑚の構造物の奥へ進んでいく。苔が生えている細長い道筋があちらこちらにある。モルトは角を振るわせながら、二人へ、壁へ音を伝え、道をつくってくれた。

「この苔道は珊瑚の光合成の役割もあるし、彼らが生きている証でもあるのか。僕の生物や自然に関しての記憶とも結びついているから、バイザー人も自然科学を理解しているんだ。案内できる部分だけでも、いいよ。そこに多くのバイザー人がいることこそが、重要なんだ」

「キュイ キュー キュー キュイ キュ」

「個々人が住んでいる空間は難しいのは当然だけれども、それらはあるんだ! 大勢集まる空間の壁は開けて、つなげるのか。見るなら、そこがいいね。楽団という意味の音に結びつくのなら、まさしく交流の場だろう。モルトといっしょに行ってみるか」

「音楽ホールでしょうか。演奏会といったものが開かれているなら、文化への推移をデータに取りましょう」

「演奏はバイザーの振動でしょうか。それとも楽器とかでしょうか。 お父さんは何か演奏したことがありますか?」

「音楽は聴くだけだなあ。ただ、音符、楽譜を読むのは好きだな。あの音を表すという記号が好きなんだよ。お! 早速ついたぞ。仕切りの壁が取られている分、広く感じるな。たくさん、いるぞ! モルト。ここは、演奏会場なの? 音響とかさ」

「キュイー キュア キュイ キュー キュイー」ここから

入り組んでいる苔の道を進み、それらよりも濃い緑で美しく覆われている壁があり、開けられた。中は大きく広がっていて、天井も高くなっていた。青みが入った明るい光が中まで届いているのは足元に生えている苔や生長のため、差し込まれるようにつくられてきた青珊瑚の構造かと考えているタンポポ・タネの頭にモルトの声が届いてくる。

「やっぱり、青珊瑚楽団の演奏会場なんだ。個々の空間は主に一つの振動を練習するための部屋で、バイザー人が集まる目的の空間はここと、養殖場と苔池園の三つか。養殖は意味がわかるけど、苔池園は僕が庭園を見た記憶があるから、言葉として結びついて、でてきているな。あとでモルトの空間と他二つも見るといいのかい。ありがキュー!今、コンサートでも始めるの?」

さきほどと同じ小さいイスの形をした珊瑚が配置されている。さらに面を広げ、舞台になっているものが、いくつかあった。バイザー人達が楽器や角を振動させているが、騒がしくは聞こえない。

「キュー キュイ キュ キュ キュイ」

「仲間同士の超音波、つまり獲物を取るときのサインの確認や振動の教育か。楽器は遊んでいるのか。潮が引いて、敵が少なくなっているときが絶好の機会なんだね。確かに小さいバイザー人達だ。求愛の言葉はこの子達にとっては、ただの戯言に聞こえるかもなあ。タイミングは早過ぎても、いけないからね。どうやって、性別や求愛時期を判断するのか。やっぱり、角の振動かな。成長や教育に時間が掛かる体であるならば、親が側にいたほうがいいね。御相手できる時間帯の範囲と限界数値を求めるのは興味深いことだけど、ゲノムから求める手順は遠回りで、肝心な部分を無視してしまう恐れがあるな。今は、単純な部分から、結合の最小元は二対であるとの仮定から、考えよう。バイザー人は二つの性で交叉する生態または文化があるのか。僕の体の目で見るにはまだまだ足りていないんだ」

モルトは説明となってくれる超音波を送りながら、この広い空間を先導してくれている。目が見える程度まで、バイザーを顔に下げている小さい子達は角を振動させている。手の平に収まる貝殻を見たり、前に立っているバイザー人を見たりして、振動の強さを変えていくのがわかった。

「キュー キュイ キュー キュウ キュ」

「お父さん。モルトの御相手は今子供達に教えている先生とのことですよ。やっぱり、二人からなんですね。名前はネイコ」

「性の区別はわかりますか。リーダー。使命を全うするのであれば、遊んでいる暇はそうはありませんよ」

「だね。遊びも本気で、やらないと。モルトが御相手の先生を呼んでくれているね。初めましてって、小さい子達も来ちゃったな。これは発達も見られるし、いいかな。僕に興味津々なのは、いいぞ! モルトの御相手ってことだけど、顔は二人ともやっぱり小顔だ。顔に描かれている模様は個体差もあるが、モルトのほうがやっぱり線が力強いし、御相手は本当に化粧線で繊細に輪郭や印象配置に置かれているね。顔にしっかり見えるし、強靭と色艶がある。模様の太さか。角の大きさは同じだ。異なるといえば、ひだ襟の大きさも違うね。御相手のほうが、広く、大きく体に纏われている。ふくらみのためだな。ネイコもモルトも股関節部襟が開いて、前垂れに近くなっている。開き具合と形と長さが同じことが、御相手いる証で、二人一対が限度数にバイザー人もなるんだね。あとは腰に二枚貝の殻だ。音源がこんがらがると、ひび割れてくるのか。モルトの説明もあって、よく見ると違うな。小さい子達も区別がつくぞ」

チーシャと同じぐらいの小さいバイザー人はタンポポ・タネの周りに集まって、角を振動させたり、キューと声を発している。モルトやネイコ達はバイザーを完全に下げて、角を強く振るわせた。それを聴き取り、集まってきた子達の騒がしく頭に届いた声はおさまった。モルトはそのままネイコや小さい子達に角を向けた後、タンポポ・タネにバイザー模様を合わせた。

「小さい子達は超音波の方向が少し散らかるね。モルトとネイコの子どももいるのか。うん。化粧線模様でもわかるね。女の子だ。この子達を発現させる時期はどのくらいの成長体になるんだ。今教えていた振動の強さとヒレや襟の大きさでわかるのか。卵細胞や精細胞がつくられる体を考えさせられるな。振動が強くならないと、餌も取れないのは厳しいなあ。でも、育てられないと、死んでしまうし、やって、できた意味がないものな。もっとも、残すことが目的ではないのなら、そんな意味も何もなくなってしまうだろう。求愛は角の振動から、つまりは超音波だね。時期は潮が引いている時間が一番長くなるか、魚がたくさん取れる水温の中か。どちらも、見ればわかる環境と生きる能力だな。今はまだ危険な時期か。海の中はやばい奴ばっかりだし、そう何度も出会って、やるよりかは、選んだほうがいいのか。クラゲも大量に、なおかつ巨大な個体が発現していることだ。皆、育つんだぞ! ネイコが相手を区別する音で、モルトが動きを合わせる歌か。二対からその姿形を教わるのは、遺伝子にとってはわかりやすいかもね」

「チーシャはまだ、この子達と同じで、小さかったですね。お父さんが言うのなら、タイミングは合わせないといけませんからね」

「性別の違い、データ取りました。求愛にふさわしい体へ成長する前もですね。確かに、もう少し大きくならないといけません」

「タイミングを合わせるとして、バイザーが無い僕の体で愛をどう求めればいいだろうなあ。お節介なんてものも全く、今の僕にはできないけれど、バイザー人で求め合っているものがいれば、その愛情表現と感情表現を見たかったなあ。とりあえず指揮者の求めてもいい許可は頂いているから、体のタイミングがいいバイザー人を目できちんと捉えられたら、僕の響きを打ち込んでもいいかな? タンポポ・タネの型をさ! 指揮者もチーシャやモルト達も、音の記憶の発信はもとより、受け取りも素晴らしいから、角の振動無くても、いける気がする。それで、反応する感情表現を見てみよう。大量発生からのクイーンクラゲの件はあるが、だからこその許可だろう」

モルトとネイコはバイザーを目に掛かるところまで上げ、悲しみと少し恥らいのある顔を見せていた。表情を読み取れることが、タンポポ・タネには喜びだった。小さいバイザー人達は少し静かになっていたと思ったら、タンポポ・タネへ驚きの音を響かせていた。カシアにも届いてきたのか、小刻みに紫花髪が震えている。

「キューという発声自体はそこまでですけど、この超音波はすごく耳ではなくて、頭に響きますね。お父さんに言いたいことはありますが、ネイコにひとまず、この子達を任せて、本当にタイミングがいいバイザー人がいるか、見ましょうよ。話のわかるきれいな珊瑚とか、音体があるのにバイザーが無い不思議な人とかわかるのはいいですけど、音の処理が追いつきません」

「脳の部位は確かに活発になっています。音と意味がつくられる処理過程が混乱しているのかもしれません。バイザー人の振動音波との交流は、会話よりも直接音の意味を送っているからでしょう」

「確かにこの音の感覚は酔うね。これがあるってことは、僕の体に期待もできるってことだな。よし! 子どもたちにお別れを送ってと。交流の場なら、求愛の機会もどこかにあるはずだ。探してみるかな。あちらの楽器の遊びは、そうなのかな。モルト」  

別れの言葉の音がバイザー人の子ども達でも受け取ってくれ、手を振る姿を見せた。モルトとともに超音波音波を受け取り合いながら、再び歩いていく。配置されているテーブル形の珊瑚のほかに網目の形で天井へ伸び広がっているコロニーが目に入ってくる。それらは激しく燃え上がっていく姿で、テーブルやイスと違い、規則正しく並べられてはいなかった。一つも同じものは無く、あちらにこちらに現れている。

「場所が変わったという目印か。楽器での遊び場、子孫への教え場、そして二音の合わせ場が交流空間の役割か。成長の流れだなあ。サインの教えもそうだけど、僕からすれば、最後の流れが音の交流の本番だね。ここから、出合う場になるんだ。遊び場と教え場が近かったのは、音の使い方が似ているからかな。どちらも聴かないといけないしね。二音の合わせはサインや指示とは違うんだろう。整えるよりも、音も命も燃やす感覚だから、それで削られたり、振動で珊瑚がこの姿になっているんだ。求愛の一種の表現だな。だからこそ、見本で置かれているのか。残してあるもの以外は、超音波で切って、歯垢ブラシとか笛とかに加工するとは、興味が尽きないな。燃える感情の音を伝えているんだよ。僕にこの表現できるか、やってみようかな。超音波の熱でこの珊瑚構成藻は、成長しやすいんだ。クラゲの駆除にいっていた多くの成長したバイザー人も、もう帰ってきているんだね」

下を見てみると、苔の隙間にとても小さい芽がぽつぽつと出ていた。モルトの超音波で少し動き、タンポポ・タネにも意味を送った。

「生きているのかあ。なるほどね! 大気中のほうが動き鈍いけど、その分、響かせる強さを見せられるか」

「これが燃え上がるのであれば、超音波の熱なんでしょうね。角の振動の強さですか。これにも、私達の音の波が届くんでしょうか。水の中であっても、この大気中であっても、モルトの言うとおり、人には厳しいですよ。私には、お父さんの愛の言葉はしっかり伝わりますよ」

「カシアの言うとおりかもしれません。バイザー人の振動を珊瑚や御相手が感じてこそでしょう」

「モルトも音体があっても、角が無い僕には厳しいと、伝えている。承知の上様! ちょうど、駆除隊も帰られたことだし、彼らの報告と状態次第で、ここに来てくれそうだ。機会が得られるのなら、やってみないとさ。この珊瑚も音波熱だけではないかもしれないし、意味の音を御相手のバイザー人が汲み取るかもしれないしね。それからでも、全く遅くは無い」

さきほどの小さい子達に迎えられたり、きっちりと置かれた珊瑚イスにもたれて、笛の演奏で癒されている姿のバイザー人をタンポポ・タネは見た。彼らの超音波が、こちらに届いてきた。

「警戒無く、挨拶の音が聞こえるのは、指揮者から、僕達の話が入っているおかげか、彼らの自然な姿が見られるのはいいね。駆除隊は、男女混合なんだ。体の違いがあまり無いからだろう。前垂れが立派な飾りの御相手がいる隊長とかと、胸が張って、股の襟が大きくなって、折りたたまれている成長体がきっかけの始まり。バイザーを今は顔と目が見える位置にあるぞ。音だけでなく、顔も合わせられる。時期は少し早いかもだけど、二人一対の和音に興味があるはずだと決める前に、僕の響きを打ってみよう」

「どうするんですか? 楽器を使うんですか? お父さんの求愛というなら、私の触爪とかで、手伝わないほうがいいですかね」

「リーダーの型とおっしゃるなら、そうしましょう。その手段も含めて、結果も記録しておきます。興味無しとか、お断りも、関係無くです。人にも愛を求める行動はあるでしょうからね。成長体の中の誰になさるんですか」

「人類最初の対称御相手への求愛かもしれないから、この一手を刻んでおかないとね。超音波を特定の相手に直に向けることはできないけど、設定はしておこうか。対称となるといっても、バイザー人なら、経験記憶は使いどころがない。もう僕の体の直感しかないよ。顔とバイザー模様、角の姿で決めよう。可能性の対象は化粧線と、きれいに整えられ、襟にしわ模様が入っていないのを観察をして、顔はやっぱり、一人一人違うね。このタイミングも合わせて、運命の糸を決めたぞ! モルトも見守りをお願いするよ。仏の顔も三度まで、三顧の礼、三度目の正直、男子三日会わざれば活目して見よとして、コンティニューは三回だ。つまりは、三手。詰め将棋みたいな言い方だけど、これは御相手に対してというより、僕自身への縛りだね。体の時間も限られているから、諦めも肝心だからこそ、手は緩めず、かつ決められる手を考えて、行う。まずは名乗りからの宣誓だ。これ、考えてたんだよねえ」

一滴の涙の形をした模様のバイザーを上げ、化粧線が細い眉や満ちた黒目、丸く流れる輪郭と真っ直ぐな鼻筋が浮いて出た顔をタンポポ・タネは見つめた。両耳を手で閉じる寸前まで動かして、その手を御相手に向けた。タンポポ・タネの感覚で、音を聴くと同時に向けるという動作であった。足元の珊瑚にも向けつつ、その動きに目がいっているバイザー人へ近づいて、名乗りを上げた。

「ヒトの光の銀結晶! タンポポ・タネ! そのバイザー、とってもいいざー。水が涙する模様! 惚れた僕の恋模様! 君と並んで歩く螺旋の道、僕がいっしょにつくってみせる! まず、もっとバイザーの模様と僕の目を合わして頂くよ。お互いを確認しなくては。すごく、きれいな水涙玉模様だ」

「バイザーといいざーと韻を踏むというのが、お父さんの型ですかね。まあ、名乗りもこれも悪くは無いですよ。私にとっては。御相手にはどうでしょうかね」

「名乗りも、韻を踏むのも、リーダーが言葉にしたかっただけでしょう。考えていたとおっしゃられていましたしね。遺伝子の並びに触れるのは、らしい型ですね」

発声とその音の意味を受け取ったのか、両手を向けられたバイザー人は一歩退いて、タンポポ・タネの目を覗いていた。

「キュー キュイ キュー キュ キュ」

しばらく、睨み合うようになっていたが、御相手がバイザーを完全に下ろし、口元しか見えない顔を近づかせて来た。まっすぐな角は振動している。

「警戒するのは当たり前だね。この守りの型が無いと、命落とすこともあるから、見られてよかった。つまりは、そちらから、一手打ってきたね。うん! バイザーは無いけれど、音の記憶は持っているよ。だから、愛の言葉を送れるんだ。これは髪の毛だね。どう、見えるんだろう。触った感じとかさ。黒いけど、固くはないんだ。少し癖毛のせいで、前髪の先がクロスしてるでしょ。超音波は出せないけど、君のそれに幅と磨きを入れられると主張しよう。今も、音の振動を受け取ってくれているわけだしね」

両手でタンポポ・タネの髪の毛を触り始めた。くしゃくしゃにしているというより、角が無いかどうか、探しているように感じられた。確認し終わったのか、手を止め、バイザーを上げた。今度はお互いに、目と顔をきちんと合わせることができた。

「キュイ キュー キュイ キュイ キュ」

「ベルーシュ。君の名前の響きか。いいね! 強い音の響きが見えたと言ってくれるのは、喜ばしい! 最初の求愛で、興味深さもあるだろうけど、もう少し、音を聞いてもいいのなら、なおさらだね。珊瑚はどうかな? それでも決めるんだろうけど、僕の中の音でもバイザー人は受け取りはしてくれるな」

「珊瑚の方に変化はありませんね。反応もありませんでした。人間のリーダーにも無理なことはありますよ」

「珊瑚に心が無いというわけじゃないですよ。体に暖かい環境は、皆嬉しくなりますから。しかし、お父さんの型の韻を踏むことが効くとは、クロスした私から、上から言わせてもらえば、中々やるじゃないですか」

「音は意識していたし、韻を踏みたかったんだよね。ベルーシュと名前を呼ばせてもらって、クラゲの駆除に行っていたなら、これから休むのかな? どう体を休めるのか、見せてくれないか。僕の音で癒せるなら、喜んで手伝うよ。これも一つの決め手になるかも。んっ! 超音波が入ってきた! やっぱり、音をぴったりと向けられていないから、他のバイザー人の角も振動したんだ。出方を見るのも、生態を知る情報になるな。彼らの生きた体の求愛はどうするんだろうということがさ」

瓢箪模様のバイザーを完全につけているので、口元しかわからないが、歯軋りしていた。角も激しく振動しているのが、タンポポ・タネに届いてくる音の意味の選択がはっきりする感覚でわかった。目では全く捉えられなかったが、言語処理が熱くなったのだ。

「もう御相手がいるなら、結合の原則が二対と仮定している僕にとっては出る幕じゃあ全くないけど、これは競争相手か。この場であいまみえたのは、ラッキー! 僕が最初だったのは、激しい潮の流れ、食物量と敵対数といった環境が求愛条件を決めているからだな。繰り返しできるという決定支配元が各々個々に含まれていないんだ。環境条件が強いと考えて、観察していく。今回はクラゲの大量発生という特殊な条件追加で、その気を知って、なってくれている。心と体の分化を進める一筋の光になれたのは、まさに光栄だ。自然交叉の反応の一歩だ! これで三人ゲーム、四人ゲームと、さらに数が増えて、複雑になると、三手じゃ済まなくなるから、時間が掛かるな。その場合は手を引くか。俺が一番になるんだと響くのは、なるほど! 求愛と競争を見る機会だな。やっぱり、超音波なんだね。かなり、驚かせる音だったよ。分が悪そうだけど、僕の音の意味記憶を受け取れるのはこちらも同じとすれば、試してみてもいいだろう。どうするかな。もう一回、韻を踏むか。言いたい韻は、もう言ってしまったから、難しいな。でも、二人を一つとして、喧嘩を売るというより、両方に情熱を伝えよう。どちらにせよ、音は届いてしまうわけだしな。この音の広がりで、競争相手も超音波の出方をちょっと伺ったから、この体で耐えられた。僕につくれる熱といえば、それだね。これで押して、退いてもらえるかだね」

「他にも競争手段が見られますけど、何がバイザー人の決め手になるんでしょうか? お父さんは角とかバイザーとか、顔模様と言ってましたけど、これが正解として、決め手が強い人なら、最初からの御相手バイザー女性にしては、骨が折れますよ」

「これもまた、リーダーの引きの強さですね。御相手が最初の元で、模様美の決め手もあるからこそ、素直に求愛するんでしょう。体に正直な人ですからね。競争相手からの超音波に耐えられましたが、場合によっては止めましょう。モルトにもお願いを」

「わかりました。私に任せてください! マザー。そのときは、お父さんには、きちんと諦めてもらいます。モルトも心配していますね。御相手も競争相手も、上位の美しい超音波と模様だから、激しくなる恐れがあるとのことです」

バイオミーとカシアの声にモルトは頷いた。瓢箪模様のバイザー人とベルーシュの二人に向けてではあったが、タンポポ・タネは言葉を出して、伝えた。

「超音波は向けられないし、出せないなら、声で伝えることこそ、競争に勝つ、僕の手だね。ベルーシュのバイザーと防御の一手に、心震えて、それを大気へそのまま伝える。今、この言葉の音で! その体と角音型を僕にだけ詩って、磨かせて欲しい! まずは型にはまるか知るには、寄り添わないと。その行いになる体を休める場所になる、僕の音体を開けるよ。癒す音あれば、いや、ベルーシュのほうがそれを聴く力あるならば、僕は本当に開くだけさ! タンポポ・タネの型を競争相手と御相手の二人に打ち込むんだ。この体を使って、強い響きをさ!」

心臓近くの胸を握った拳で叩き、開いた両手で頬もはたいて、音を出して、ベルーシュに体と顔を向けた。そのバイザー人女性は角を後ろに結い上げて、瓢箪模様のバイザー人は角を指先で弾いて、それぞれタンポポ・タネに声と音を発した。

「この超音波の流れが合わさるときは、打ち込まれる音だけど、それぞれの音が広がっていくこの感覚! マルとバツが、一気にきたな。きちんと意味が伝わるのは、音の記憶を考える想像力になるよ。もちろん、声の調子もね。ベルーシュは体に耳を当ててもいいというなら、僕の体で休んでよ。うるさすぎるほどの振動じゃないかわりに、僕の音の型を出すよ。そして、競争相手の超音波も強すぎない。僕の響きの型はバイザー人への牽制になってくれたか。攻撃するかどうかの間を空けてくれている。この超音波の振動は、耳をふさいでも聞こえてくるに違いない。ここで求愛の大気への振動は二人にできたし、次は耐えられるかどうか、この牽制で退いてくれれば、それに越したことはないな」

自分へ、御相手へ振動をどう出すのか、タンポポ・タネはベルーシュの反応の確認から、競争相手の角と模様へと目を移していた。まだ、バイザーのままの姿で、先にこちらへの攻撃をしたのがわかった。

「向けられているのが、わかるぞ。まだ退かないのは、競争相手も交叉への大事な一歩だからだろう。攻撃ではなくて、ベルーシュへの求愛二手目だったから、僕のその音の振るえに気を取られて、少し超音波がぶれたかな。でも、頭痛を感じる音が響くな。君の超音波も見られたなら、さあ! 僕のもう一手を、型を見てもらおう」

「キュー キュイ キュアー キュ キュ」

ベルーシュへまた、両手を開き、腕をのばして、音の向きを体で表現した。競争相手は、そのタンポポ・タネに警戒する声を上げながらも、御相手へバイザー模様と角の振動を見せていた。両方の相手の反応を見ていたときに、頭の中で金属が鈍く、静かな音で響くのを感じた。競争で攻撃されたときの超音波の感覚ではなく、周りを見回しても、振動している物質がなかった。ベルーシュと競争相手、モルトも聞こえたのか、同じ方向を見ていた。そちらでは、トーベン・メイウーがバイザーをしっかりと下ろし、欠けている部分から出ている目がうるんで見えた。その指揮者の持つ杖と角が、空間をつくっている珊瑚へと音を伝え、広がっているとタンポポ・タネは考えた。

「あの手に持っている杖も珊瑚かな。何の音なんだろう。穏やかに大気が振るえて、響く音だな。ベルーシュも競争相手も、モルトもわかるのか。どういう意味なの? 悲しい感情になる声音だね。バイオミー、カシア。モルトは何て?」

「今いる、御相手と競争相手の他にも、クラゲの駆除に行っていたバイザー人がいたようです。戻られても、どうやら、何人かは毒がまわって、お亡くなりに、それのなんというのでしょうか。鎮魂というか、御見送りをする案内の音だとのことです。チーシャのご家族もともに」

カシアは目を伏せて、毛細飾りを隠すように手を太腿に当てていた。タンポポ・タネは頷き、向き合っていた相手の二人に少し頭を下げてから、指揮者の音へ耳を傾けていた。そのバイザー人二人も、顔にしっかりと装着して、珊瑚の棒の動きに合わせて角を振動させていた。この空間にいるバイザー人達を見つつ、脳の音の記憶部位に響いてくる声と意味を感じ取っていた。

「安らかにという言葉が、いいと思うけど、この音は意味が広がっていくなあ。バイザー人達は、人である僕以上の音と意味を作り上げているだろう。珊瑚棒の指揮で、また音が届くね。体を眠らせると言っているのは、葬祭の意味に結びつくな。チーシャ達のこともあるし、クイーンクラゲの毒のこともある。参列と事情をできるなら、願いたい。もちろん、生きていく求愛を望んではいる僕だけれど、意識がある体だから、見届ける性もある。どんな環境でも不死の体を保て、続いていくなら、求愛なんてしなかったかもしれないしね。次の手は一旦休ませて頂くよ。この超音波かつ指揮者がいる前じゃあ、どちらにせよ、やるべきじゃないだろう。今、考えれば、二人が無事でよかったなあ。弔う場所はどこになるのか、指揮者に尋ねてみるかな」

モルトやカシアのところへ、珊瑚棒をまだ振っている指揮者の前まで近づいてもいいのか、聞きに行った。バイザーをしたモルトは指揮者とタンポポ・タネの言葉の音を同時に処理しつつ、参列の許可と場所を案内するという音が伝わってきた。カシアだけでなく、ベルーシュや競争相手もともについてくるのは、駆除するバイザー人同士の仲間意識だからだと意味がつくられる超音波が発せられた。

「なるほどね。いっしょに来てくれるのは、いいね。それにしても、同士か。響く言葉だ」

珊瑚棒を下ろし、指揮者はバイザーを上げたが、音の振動はまだ静かに空間に広がり、続いていた。

「キュー キュイ キュアー キュー キュイ」

集まったバイザー人たちに高い声を上げて、ゆっくりと歩き出した。その高い声は一人の年月を生きてきた男が泣く調子になっていても、タンポポ・タネの音の記憶と意味では、なにも言葉をつくることができなかった。意味がなくとも、響きも合わさり、大気の振動は強く、長く続いている。指揮者のあとについていけば、わかるとモルト達がいうので、タンポポ・タネやカシアもついて、歩いていく。成長の流れをつくっている空間から出て、苔の道を進んでいく。指揮者が止まったところは、鮮やかな緑色ではなく、黄色がかった苔が、渦巻きを現して、生えている壁だった。渦を巻き戻して、開く珊瑚の姿を見て、指揮者の角の振動を受けたのだろうということと、タンポポ・タネは開いた先のことも頭の中で描いていた。中に入ると、想像していたものとは違っていた。天井部分は青緑の苔が生えていて、ところどころにできた隙間から光や、青色が特に強い苔から水滴が一つ一つと下に注がれている。それでちょっとした小川の流れと透明な水が溜まっている一つの大きな池があり、周りは黄色や橙という明るい色の苔と珊瑚がこの空間や池の周りを陣取りあっているが、色合いの自然な美しさを出していた。小さい水の流れの近くに、数人のバイザー人が横たわっていた。そのものたちを角も何もしていない顔で、のぞいている姿のものが目に入った。参列者達に気付いて、立ち上がり、バイザーを完全に下げて、両手のヒレを上手に折り結んで、姿勢を正しているようだった。正した彼らと超音波の受け取りをした後、指揮者はバイザーを上げて、膝を折り、しゃがんだ。

「ちらりと見えたけど、確かに体全身に毒が回った痕があるね。チーシャの親と同じだ。あのとき、きちんと体の状態から目を背けなかったから、原因がわかる。同士ではないし、苦しみがあったに違いないけど、螺旋光路が示した人ならば、今指揮者が見せている悲しみがわかるから、どうかこの場所で、安らかに。ここが一つの苔池園か。美しい庭園だ。天国かあ。鮮やかな苔が珊瑚の中の光合成の役割を持ちつつ、広がって大きくなったから、独立した動きと水が必要になったのか。バイザー人がそれらはきれいな水を集めることができると理解して、配置したんだろう。形は苔なんだけど、似た別種のゲノムかもな。溜めた水で弔うみたいだしね。体が還り、分解される場所は自然になるからな」

肩にのっているバイオミーの子機に自分の考えを言葉にして、記録したタンポポ・タネは家族か仲間かの数えられる人だけと思われる、両手を結んで静かに側に立っている姿を見ていた。彼ら以外は、バイザーを上げて、顔の表情に影を落としている。後ろから声が掛かったので、振り返ると、チーシャが彼女自身のバイザーをつけて、超音波を送っていた。二人の女性のバイザー人と手をつないでいる。

「おっ! 覚えがある音と声だと思ったよ。治療は無事終わった? ここまでの機能となると、超音波による治療も可能になるのか。モルトやカシアから、聞いたよ。君の両親も弔うんだね。体は海に還すのか、今見届けているところだけど、無い場合はどうするんだろう」

「元気になったんですね。よかったですよ。まだ、私の毛細飾りの名誉を挽回しておりませんからね」

「お参りや合掌、祈りといった想像と考えがあるのかもしれませんね。リーダーの言う通り、彼女も含めて、見届けましょう」

指揮者も気付いて、チーシャとタンポポ・タネ達に近くまで来るようにという言葉が届いた。

「毒による死を見ているからだろうな。カシア、バイオミー。手と顔を合わせにいこう。チーシャは大丈夫か。御相手への恋や愛より先に遺伝親の死を知るのは人として考えれば、順序があれだけどね。でも、環境によってはこれを優先して知るべき場合もある。水が動く世界でクラゲの数が大量に上回るなら、生きるため、先に知るべきだ。地球上の生物まで広げれば、生まれた時から、遺伝親がいないことなんて、不思議じゃあない。それらは遺伝子を残す戦略がしっかりと組み込まれているからこそだが、人の場合は難しいよなあ。チーシャもバイザー人も対称となる御相手だ。僕達もついていくから、安心していいよ」

「キュイー キュ キュ キュ キュア」

チーシャはバイザーを後ろにまとめて、黒い目で見上げていた。その目を落として、彼女の両隣でつないでいる手を強く握り締めてから、指揮者のほうへ進んでいく。

「言葉はつくられませんでしたが、泣いていましたね。お父さんの言うとおり、ついて行きましょう」

「ああ。音での治療はその身に危機が迫っていたこと、御相手と競争相手が戻っていても、戻っていない同士の葬祭があることで、死はわかっているんだろう。見たほうが早いなら、保管してあるヒレを見せるべきかもな。人にとっては見届けられるほうがいいから、まずはいっしょにいこうか」

「念のため、手を合わせにいくと同時に毒死の状態も画像を取っておきます。この子機姿でなら、礼を失わない程度には見られましょう」

池の近くまでいき、どうすべきかは指揮者が語る声がとても丁寧だったので、タンポポ・タネ達はできる限りそのとおりにした。片膝を折って、両手を重ねて結び、頭を深く下げた。バイザー人はそのまま角を振動させて、音を横たわる体に送っていた。タンポポ・タネは角が無いかわりに体を寄せて、深く頭を下げて、顔を合わせていた。バイザーをつけたまま、仰向けに寝かせられており、模様のところまで痕が入っている。口元の線や部位の袖とブーツヒレを見て、男女二人ずつと、成長度は一番強くなる点に移動するところまでと見て、ベルーシュと同じようだった。毒にやられたバイザー人の集団の腫れ痕と似ており、バイザーまで回っているのは神経がここにもあると思われた。体は固まったまま動かず、苔の中に埋まりそうになっている。指揮者と角に先端に平たく、磨かれた貝のある紐をつけいる三人のバイザー人は超音波を仰向けになっているものの体や模様に向けて、送っていた。

「モルトや御相手、競争相手も教えてくれている。超音波の治療か。僕の星でも培われていた医療技術だけど、道具は違うね。原始的だが、体の一部で扱える分、繊細に行えるんだろう。もう死んでいるのに治療を行うのは生前の痛みを和らげるのと、体の音を記録しておくのもあるのか。その後に、水に還すんだね。最後に珊瑚や真珠かな。飾りを付けられている。安らかな天国が想像できるんだ。同士や家族、チーシャにとっても、気が紛れる。近くで見ると、本当に透き通った水だね。空間に生えている苔の力だな。底にいる水生植物や微生物で分解されて、また光を映し通す水面になるんだろうな」

準備が整ったと頭の中に響き、血族や同士が体を抱えて、ゆっくり池の中に入れていく。光がその中へ差し込んでいくので、確かに楽園へと旅立つかに映っている。飾りは重みの役割もあり、水底まで沈んでいった。見届けると、指揮者だけでなく、チーシャも、そしてこの空間にいるバイザー人達は角を振動させていた。水面にさざ波が広がり、描かれて、それらが繰り返されていく。

「超音波の振動でしょうか。大小様々な円模様が水面に打たれていますね。私の体ではできませんし、天国がどこにあるかもわかりませんが、何かかわりにできるでしょうか。毛細飾りは使わないほうがいいですよね」

「彼らバイザー人の想像力が働いているんだろう。円模様や超音波で天国を描いていると僕は考える。指揮者やモルトにも後で聞いてみてもいい。そして、カシア。僕らにもできることはあるよ。頭の中に描くのさ。美しい庭園をね。ここまで目で見させてくれているんだ。十分につくり上げてみせるさ。どこにあるかって、やっぱり、僕達人が想像して、つくっているんだ。水の底、宇宙の果てに彼らの体の眠る場所を自然の美しさあるいは残酷さの中にね」

カシアは頷いて、目を瞑り、長い睫が微かに動きながら、想像していた。指揮者がバイザーを上げると、周りもバイザーを上げた。少し遅くまで振動させているのは同士や血族の者たちだった。

「皆がバイザーを上げたということはつくり終えたのか。今度は指揮者がチーシャや今見送った者達とは違う血族に何か、音で伝えているね。もしかして、体が帰れない、戻れないほうになるのかな」

「モルトが教えてくれていますね。やはり、体がここには無い人達の血族ということです。貝殻や珊瑚といったもので、身代わりというか、体をつくるそうですね」

チーシャ達は指揮者やこの空間に生えていたり、転がっている物を手に取り、角の振動の力でつくり始めた。他のものはきれいな苔の上に座って、くつろいだり、池を眺めていたりしている。モルトも、静かにこの苔池園を照らす光を見上げていた。タンポポ・タネはくつろいでいるベルーシュの隣に座り、透き通った水の底を見て、ジン・ハナサカや地球のことを考えていた。隣のベルーシュの視線と超音波に気付き、ちょうどバイザーを外してくれたので、目を合わせた。

「考え事していた僕の横顔や音の記憶も求愛になったかな。見せるために隣に来たわけじゃあないけど、ここでできて、かつ無意識の一手なら、よかったよ。ベルーシュや競争相手の同士はクラゲの毒だった。君らの超音波をもってしても、手強いの? チーシャとか見ていると、超音波で珊瑚を切ったりもしているんだよな」

「キュー キュ キュ キュイー キュ」

タンポポ・タネの目を見つめたまま、バイザーを少し下げて、角を振動させた。バイザーの微妙な調整と超音波の発生は成長した証だと、きちんと目をこちらに向けてくれるベルーシュの声とともに感じていた。意味をつなぎながら、タンポポ・タネは体ごと向け、言葉を出していく。

「エイクや磨いた武器でも、多勢に無勢か。クラゲのゼラチン質の体や透明な姿は、捕捉に手間取る。旋律が乱れるって言ってたしね。毒だけでなく、原因はここにもあったか。ベルーシュや競争相手も分からなくなったのか。多数の触手は艶かしく、自然の海の中で流され、漂わせるし、クイーンにいたっては自在に動かせるのが、脅威だね。これで力になれれば、決め手だな。角や棒で削ってつくっているのが目に入るけど、あれが代わりになるんだね。でも、チーシャが上手くいってないみたいだ。手伝ってくるよ。御相手にも贈る飾りになって、チーシャの親の死は僕も見ているから、放ってはおけない。これも無意識の一手になることがわかれば、上出来。攻めにならなくても、体が動くし、ここでできる少ないことだから、行くか」

指揮者が珊瑚の削りを手伝ってくれているが、それに任せるままで、チーシャの角も何も動いていなかった。ベルーシュに好きな色の珊瑚や形を聞いて、立ち上がり、二人の血族に声を掛けに行った。カシアが途中で駆け寄って、心配そうな顔をしている。その顔の隣にいるバイオミーの子機も静かに、羽を広げた。

「もう、わかっていそうですよ。チーシャは。お父さん、伝えるのですか? 必要なことだとはわかっているのですが」

「チーシャには、わかっても、理解が難しいかもしれません。バイザーや超音波の成長が進めば、受け入れられる形をつくりやすくなるでしょうが。リーダーがその目で見た以上は、言うに違いありませんから、言葉と音に出来る限り、注意したほうがよろしいです」

「ああ。もっとも、未発達といっても音の域は、人である僕以上だ。すぐに感づく。ベルーシュにも、僕のちょっとした言語の音になった思考を角で受け取っていたからな。だからこそだね。カシアとバイオミーは少し、待っててくれ。僕がこれを担うからさ」

カシアの肩に強く手を置き、バイオミーの子機を渡らせてから、再び歩き出した。指揮者とチーシャは足音にも気付いたのか、まだ離れているが、こちらを向いて、バイザーを上げた。顔の表情がよく確認できたので、それで言葉を選ぶことができた。

「珊瑚とバイザー人は同じ海で生まれたとしても、受け継がれた姿も形も違うから、似せてつくるのは難しいか。指揮者から聞いたかもしれないけど、チーシャ、僕は君を助けると同時に親の死を見たよ。御相手の人だから、悲しい表情がわかる。子と親を弔うことになるのか。でも、模様とヒレの形は受け継がれている。それらで守っていたんだ。だから、生きていけば、また向き合えるよ。体の中でつながって、できているんだからさ。大きくなるんだよ。指揮者も御安心ください。よくわかっていらっしゃるのでしょうが、バイザーの水模様も強いヒレも僕の目から見ても、よく現れています。よし! チーシャの泳ぎの理想を、見守る姿を、描かれてきた水玉模様が来た道と行く道を、想像できる形を僕もつくろう。チーシャの記憶の中に、今からつくる珊瑚の形の中にもね。バイザーの角の力も入れてね。そうすれば、ここにいなくても、存在が広がるよ。やっぱり、いいバイザーだ」

チーシャに水を掬う形の手のひらを見せたのは、音を向けるためでもあり、バイザー模様を指すためでもあり、自分も珊瑚でつくろうというタンポポ・タネの意思を表すためだった。チーシャは自分のバイザーを手でさすり、一つ涙を流した。指揮者もそれを流さずにはいたが、同じ顔をつくっていた。指揮するバイザー人が見せられる悲しみに限度があったとしても、豊かな心情があるとわかるには十分だった。

「キュー キュイ キュー キュー キュ」

「はい。僕も手伝います。チーシャの親を、あなたの子を見届けなくては、ここまで入れてもらった意味がありませんから。おお。チーシャ、涙を拭ったね。僕も力が入るぞ。君のバイザーと角をしっかりつかって、広げていこう。やっぱり、角が一番格好いいかな。僕という男は一本角が好きなんだよな。もちろん二、三本角も、いいぞ。四本角も捨てがたい。五本角は極まっているな」

チーシャは指先でもう片方の瞳からも涙を取り、顔上半分をバイザー模様にして、タンポポ・タネに近寄った。手に持っている珊瑚は、この空間に生えていたもので、先端がすすき穂の形で開いている。周りはそれを模様や角あるいはヒレ袖やブーツ、襟といった一部分から、上手いものはそっくりのバイザー人の姿を振動する自身の頭の一本角で作り上げていた。チーシャは持っている水玉模様を指したり、角を叩いたり、ヒレを動かしたりしている。その袖部分をぐっとタンポポ・タネに見せてくれた。

「キュー キュ キュ キュイー キュ」

「うん。危ないところだったけど、経過は良好だな。ヒレ袖か。まあ、守った部分だしね。そうしよう。チーシャの袖状態も確認できるからね。本当に角で削れるのかな。やってみるか。想い描くんだ」

小指から生えて、肘まで伸びる黒いヒレを開いたり、閉じたりしているのをこちらは眺めたり、触ったりした。感覚と形をつかめたと頷き合い、角を振動させ、折りたたんだ両手で頭の角近くまで、持っていく。バイザー人達の体の一部分だからか、目の上にあっても、手に狂いはなかった。削ったり、切ったりすることも、危なげなくこなして、形を作っていく。

「バイザーはまだ、知るところがたくさんあるな。畳めば、トンファーの形と役割で、自在に広げていけば、ヒレの形も様々に変わり、袖にもなる。泳ぐ距離や速さを決めることもでき、防御や攻撃も含まれているんだ。小指元のトンファー面になっているところに、磨きをかけよう。いいね! 強さのあるヒレになってきたぞ。これなら、どこでも泳げる。弔って、送ろう。さきほどと、同じようになるのかな」

チーシャがつくりあげた珊瑚を指揮者が手に取り、バイザーをつけた姿で上にかざして、確認している。それを返して、深く頷くと、角を振動させた。集まって来たバイザー人達の手には、様々な想像で仕上げた形の品があった。ベルーシュもタンポポ・タネの近くに来て、自分のヒレで泳ぐ構えや動きをしてくれた。

「格好良い構えだね。泳ぐ姿は必ず一目見ておかないといけないな。集まって、指揮者が再び、角で超音波を送ってくれている。今度はチーシャの血族やクイーンクラゲに体を引き込まれたバイザー人達の弔いか。彼らが作り上げた珊瑚の品が代わりを果たすわけだ」

指揮者の角の振動で、それぞれが作品を水の中へ入れると、材料となっている珊瑚の性質か、これも底まで沈んでいった。作られた品と自然珊瑚を賑やかに映し通している透明な水面に、バイザー人達の超音波の波紋が広がっていた。チーシャもバイザー模様姿で超音波を送り、涙をそこから落としていた。水面の波模様もおさまりはじめ、苔池園に入ってくる光が青さを増してきた。モルトがタンポポ・タネ達の頭の中へ声を掛けてきた。

「なるほど! 満ちるのか。珊瑚の空間への光が変わったのは、そのためだね。水が入らないようになっている空間、その名残りで珊瑚の一部器官が変化する空間もあって、それらを分けているバイザー人達の知恵だね。どう見ても、超音波で見ても、水中で泳げる体じゃあないから、別の苔池園に案内してくれるのはありがたいよ。このスーツやフードの繊維で体への酸素や圧力も調整できるから、まずはカシアやバイオミーとともに案内してもらってから、この青珊瑚城への水の入りをみていこう。ベルーシュの泳ぎも見たいからな」

指揮者から葬祭の終わりの声が入ってきたので、バイザー人達全員で両手を結んで、角を振動させてから、空間を出ていく。足に重さを感じたのは、歩いてきた道に水が溜まり始めていたからだった。

「水の世界に入りつつあるね! バイオミーの子機は防水加工してあるし、カシアや僕のスーツの繊維も、酸素作製や体温調整、環境適応できるつくりをしているけど、問題は無いか、観察しておかないとな」

「大丈夫ですよ。水が覆い始めたら、フードと透明面をします。マザーの子機もスーツにくっつけておきますよ。珊瑚の中はどうなるんでしょうか。泳ぐのは、はじめてなのですけど」

「僕といっしょに体をつかって、覚えよう。毛細飾りの働きも気になるな。僕の体も水の重さで鈍くはなるからな」

「とりあえず、モルト達についていきましょう。リーダーやカシアの体も私とは違って、代えがありません。念には念を入れ過ぎても、いいのです」

動きづらそうに歩いている自分達を心配しながら案内してくれているモルトの足の羽留めは変化している。水中で跳ねる動きをして、先を歩いていた。出方を伺う顔を御相手達に向けているカシアとは逆隣にいるベルーシュや競争相手の足ヒレも開いたり、閉じたりする力で水で覆われている道を軽く歩いていた。

「重さも何のその、力強い足取りだ。僕のことなら、大丈夫さ。むしろ、この水の引いては寄せてくるのがいいんだ。ヒレは意識して、動かしているの?」

「キュー キュ キュー キュ キュー」

「モルトではなくて、あなたが即座に答えてくるとは、ベルーシュ。他のバイザー人達を見ても問題無かったですけど、このお父さんへの表現はライバル意識が芽生えますね。自然の意識という意味に結びつくということは、無意識ということですか。毛細飾りだって、負けられませんね。私のは、動かせますよ」

「カシアの敵とかじゃあ、ないからな。刺激し合うのは、いいね。ヒレも毛細飾りも、僕には無いから、魅力なんだよな。そして、自然の意識か。組み込まれた戦略とも言える。道理で水の中での、この強さだ。ある程度の深さになれば、動かすんじゃないかな。泳ぐわけだしね」

強く足にあるブーツで歩くベルーシュを見て、カシアは体のあらゆる部位に沿っているスーツ繊維の中の豊かな毛細飾りを揺らしながら、満ちていく水を切るように足を進めた。ベルーシュ達だけでなく、指揮者やチーシャもタンポポ・タネ達の体を気にかけ、ついて来てくれていた。多くのバイザー人達は各々の水の道に別れて行った。案内してくれるのは、憩いの公園の役割を果たすと意味ができる苔池園ということだった。少し歩くが、大丈夫かと音の意味が届き、バイザー人達の姿形を見られるので、構わないと伝えた。足の動きに視線があることに気付いたのか、ベルーシュや競争相手は水の重さから、高く飛び上がって、それを使ってみせた。チーシャも同じようにしたが、二人の高さまでは届かないので、両手のヒレを開いて、空気をばたばたと切って振り回し、苛立ちを表していた。タンポポ・タネや指揮者の顔を見上げて、落ち込んでいた。

「バイザー人の子どもでも、人間にとっては、ありえないくらいの舞い上がりだなあ。これは、地球上の動物の子どもにも言えるけどさ。対称となるゲノムの子どもと考えると、やっぱり超えているな。人のすべてを託されている僕が言うんだから、顔を輝かしたほうが合っているよ。これは競争相手の勝ちだな。どうするかな。水の中じゃ、超音波のほうも求愛は有利か。これはクロール、バタフライそして、フロッグ泳法という違いを見せるしかないな。超音波は指揮者の指揮棒で送れるかもしれない。葬祭の合図でも、振っていた。それらこそは、まさしく練習あるのみだ! バイオミー、僕の泳ぎ方を記録しておいてくれ。体に叩き込むぞ。公園の苔池園で休憩だけでなく、泳げるかな」 

「そこで泳ぎのデータを送りますよ。指揮者はお忙しいでしょうから、葬祭を始める際の珊瑚棒を振っている姿を映像で見るのが、よろしいです。他にあれば、仰ってください。あとは、リーダー次第です」

ベルーシュや競争相手はタンポポ・タネの泳ぎに興味があったり、弱弱しい泳ぎと比べてもらうじゃないかというので、そのまま練習風景に付き合ってもらうことにした。チーシャも泳ぎたいと声と音を出すので、トーベン・メイウーは一歩一歩足のブーツを動かして、手を引き、苔池園へ歩いてくれた。今度は珊瑚の青い壁に緑色の苔の円があり、その周りに半円が均等の形にくっついて生え、さらに内側にも同じように、半分の円が並べられた場所に出た。モルトとベルーシュや競争相手、そしてチーシャの四人の角が一斉に振動すると、壁が開いた。中には葬祭空間とは趣が違って、まぶしい緑の苔が気持ちよく一面に生えていて、入り組んだ細い珊瑚や大きく空へ平面を広げ、伸びているコロニーがあった。真ん中に池があるのは共通している。空間に入ってくる光は葬祭の場よりも、数が多く、苔の色もあって、非常に明るかった。

「想像力が刺激される姿の遊具だね。この苔もまた違う。柔らかい。光が届く場所によって、生え方が違ってくるのか。ここに差し込んでくる光は満ちる時と考えても、葬祭空間とは強さが異なる。この目で記憶を刻んでおく。遊んでいる子とかはいないな。なるほど。葬祭のあとだし、毒の犠牲者も見られつつあるから、気が気じゃあないんだね。気という意味ができるわけだし、人間の気持ちが見えるね。モルトもベルーシュ達もか。でも、思いっきり僕の練習ができるのは、ありがたい。水はこれまた、透明できれいだね。ここでなら、近くで水の分析できるな。対称となる御相手といっても、ヒレのない僕だ。体への抵抗力はまた違ってくる。終わったら、泳いでいいかな?」

「キュー キュ キュイ キュー キュ」

そういう場所だとバイザー人皆の音の意味が聞こえたので、まず水の成分を調べ、カシアとデータで照らし合わせると、地球に流れる淡水に近かった。

「外は確かに海水なんですが、珊瑚の中に溜まっているのは、また違いますね。光合成をする藻細胞を多くしようとする珊瑚の変化と思われます。空間に多くの植物が生えていますしね。これを理解しているバイザー人達もリーダーと同じように、よくわかっています」

「珊瑚があるけど、塩分の溶け込んだ成分じゃあないんだ。対称というのを、考えさせてくれる創造力だな。よし。準備体操だ。カシアもいっしょに泳ぐか。植物が育てられる水だし、カシアのゲノムに強い反応は出ない。覚えておけば、ここでの環境で泳ぐって重要になるからな」

「お父さんが教えてくれるなら、もちろんですよ。準備体操です」

チーシャも二人に混ざって、体を伸ばしていく。指揮者はモルトと柔らかい苔にゆったりと座り込み、ベルーシュや競争相手は池のそばで立って、泳ぎを待っていた。

「いっちにー。さんしー。ごーろくしち、はち。きゅー じゅー。しっかり、伸ばしておこう」

「キュイ キュイ キュイ キュイ キュ」

「お父さん。毛細飾りも伸ばしたほうが、いいんでしょうか」

「一番気になるところだな。浅い満ちで触れた時は、問題はなかったな。二人きりになったときに、確認するから、今は直接手で伸ばしておくだけで頼むよ。水に完全に入ったときの毛細飾りの感覚は、僕に教えてくれ。よし! じゃあ、まずは僕からだ。ベルーシュや競争相手の目も気になる人だけど、透明な水の中で泳ぎたい気持ちも強い! バイオミー。泳法のデータを送ってくれ。クロールがいいな」

カシアの肩から離れて、タンポポ・タネの肩にとまり、蝶型の子機は顔に近づいた。

「これで、いかがでしょう。丁寧な解説もつけました。あとはリーダーの体で覚えることです。泳ぐ気持ちはわかりますが、溺れないでください。カシアの毛細飾りも大気中と水中では異なるかもしれません」

「うん。じゃあ、早速、ダイブだ! やっぱり、飛び込まないとな」

飛び込もうとした瞬間、この空間に強い響きが起こった。

「葬祭のときも感じたけど、音が響くな。壁もバイザー人の超音波に反応していたし、共に生きたり、つくりあげることで、藻や器官が発達したんだな。でも、これは僕の頭じゃ意味ができないな。特殊な音の振動なんだけどなあ。カシアはどう?」

「葬祭のときの音とは違いますね。振動というより、空気を切り刻んで、勢い良くつんざきます。お父さん!」

カシアが見たのは、ベルーシュ、競争相手達がバイザーを完全に下げて、急いで空間から、出て行くところだった。モルトも二人に簡潔な音と意味を送るとすぐに、足ヒレを開き跳ねさせ、出ていった。

「大量のクラゲが来る、いわゆる警報だったのか。クラゲ警報という意味にして、これはトーベン・メイウー指揮者。よく、あることなのですか?」

「キュー キュイ キュー キュエ キュー」

指揮者は警報の響きを角で受け取りつつ、立ち上がった。タンポポ・タネやチーシャ達にバイザー模様の顔を向けていた。

「頻度が多くなっているから、急いでいたのか。潮の流れ、クラゲの生体の感知、海水温の上昇、諸々の要因が様々なゲノムを生み出しているな。自然の力はしっかり、この生きた目でも観察しておかないと。邪魔をしないのが一番だけど、守る血族がいるのなら、僕達はお荷物になるな。船に一旦、戻ろう。クイーンクラゲがいらっしゃるのなら、デーナ・クロス・カシアの力と大きさは御相手にふさわしい。ついでに、バイザー人達にも、ベルーシュや競争相手にもデーナを見せることは、決め手になる。よろしいでしょうか。準備体操はしました。泳げますよ! この苔池園を避難や治療場に使うと考えますので、場所を開けます。船への道までは、青珊瑚内にも振動が伝わるのであれば、それでご案内頂きたいです。そうしたら、クイーンクラゲと会って、帰ってきた僕達の力や遺伝子をバイザー人達に賭けれます。死んだら、元も子もありません」

指揮者の模様に目をしっかりと合わせていると、バイザー姿のまま、開いている壁へ、そして頭の中に超音波を送った。

「開いているところから、波が寄せている。砂浜ならぬ苔浜になっているな。ここまでは溜まらないんだ。避難指示と同時に案内して、頂けるんですね。ありがとうございます。チーシャを帰らせてくれたからだというなら、全く構いませんよ。カシア。戻ろう。バイオミーは船の準備を進めてくれ。子機からも、珊瑚内に満ちてきている水世界の報告を頼む。ん?」

バイザーをつけたチーシャの音が響いてきた。自分が船への路を案内すると言っていた。

「指揮者に聞いたから、大丈夫だって言うけど、安全な場所にいたほうがいいよ。チーシャが子どもだからじゃない。一つの小さい命だからさ。ここの珊瑚の空間は振動を伝え合えるから、それでわかるよ。カシアやバイオミーもいるからね」

強い音が頭に伝わってくるのは、意志の固さを感じた。警報で恐がるよりも自ら動いてくれるのはいいことだと、タンポポ・タネ達の帰り道に付き添うようにチーシャを促した。手を引っ張るので、そのまま行くことに決めた。動いていたほうが、生きることを想像できるからかもと、空間の中へ寄せてくる波へ入り、道に出た。もう腰までの深さの川になっていた。

「わっ! ここまで満ちて来てますね。道すべてが、水路になってしまうんでしょう。チーシャ。悔しいですけど、お父さんが溺れないようにお願いしますよ。毛細飾りはちょっと鈍いです。何だか、こそばゆい感覚です。スーツがなかったら、軽い痛み程度は感じていたかもしれません。それでも、多少は動きますね。動きを最大まで生かす繊維に感謝です。私につかまっても、大丈夫です。溺れさせません」

「そうは言っても、カシアよりも、チーシャのほうが珊瑚の水の中では頼りにできます。子どもといっても、泳ぎは二人よりも優れています」

バイオミーの言うとおり、手や足のヒレで、すいすいと前へ前へと進んでいく。カシアの毛細飾りは動きが鈍いが、珊瑚の壁に張り付いて、一斉にオールを漕ぐ姿で前進している。

「泳ぐというより、風を切って、歩く感覚か。動作もそれだ。カシアの毛細飾りの動き、いいね! こそばゆい感覚は水の成分によるものだろう。デーナ・クロス・カシアの体でも試してみるか。僕にはもう歩くより、泳いだほうがいいな。おっ! チーシャ、引っ張ってくれるのか。ありがたい。足は動かすから、疲れさせないぞ」

「なるほど。チーシャは、そうきますか。今は、後手に回りますよ。泳ぎをお父さんから、教わることはできるのは、私ですからね。まだ、泳げません」

「毛細飾りは十分、動けてますよ。カシア。そちらのほうが、あなたに合っています。最大に満ちたときに、使えない場合は泳ぎを覚えたほうがいいでしょうが」

両手を握って、チーシャの両手両足ヒレの力が引っ張りながら、後ろ向きで道を進んでいく。珊瑚に響く音を角で受け取って、船まできちんと連れていってくれた。小さい角の振動と指揮者との空間共鳴で開いた青珊瑚の外の光が入ってくると、広大な水面が目に飛び込んできた。宇宙船マクロは元の場所で、起動されており、待っていた。水に浮いているので、泳いで側に寄った。

「助かるよ、バイオミー。すごい! さっきまでとは違って、こんなに満ちるなんて。ここから、さらに海になるんだな。惑星の動き、体に感じる。エイク達がいないな。バイザー人達が駆除に行っているのか」

「はい。船内でも、見ていました。エイクにのって、浅瀬を滑るようにクラゲの集団へ向かっていきました。目視できますか。バイザー人達でなく、クラゲのほうも」

子機の蝶がひらりと飛び、そちらを見ると、遠くに水の上を滑っている姿に映るバイザー人達の影、クラゲの大群は海の中だと思われるが、大きな泡がたくさん立っている光景があった。

「姿はまだ、捉えさせてくれないか。空から、見てみよう。彼らの水晶体や触覚には、大きな体はえさと、間違えるかもしれないしな。チーシャ、ありがとう。珊瑚の中に戻ったほうがいい」

「そうですね。強い一手でしたよ。チーシャ。私も負けられませんね。お父さんのことは任してください。あなたも、競争相手として、まだ磨きをかける必要がありますよ」

「キュ キュイ キュー キュ キュイ」

バイザーを完全に上げた顔とタンポポ・タネへ向けている体、つかんでいる手は固まったまま動かなくなっていた。表情に記憶の奥にある苦しさが、想像されていた。助けてくれたお礼も何もしていないし、クラゲに刺されたら危ないよと声と意味をつくり上げているのだった。

「これを人の気持ちと言わずとして、何と言おうか。僕もベルーシュや競争相手が、心配だから、すごくわかるぞ。求愛の途中だもの。よし! こうなれば、じっと固くさせているなんて、一人の人間の体にバチが当たる。ジン・ハナサカもクラゲに刺されたから、海に行きたくないと言っていたが、君にとっては乗り越えないとな。トラウマも活かせば、経験さ。船に乗って、彼らの助けになるか、行ってみよう。ただ、僕と約束しよう。トーベン・メイウー指揮者の元に必ず帰るということをね。そうしたら、僕も誓って、承ろう。悲しみ、苦しみはチーシャの体がよくわかっているから、置いていくのも、いかれたくもないだろう。一応は、空の上になって、リスクも低くはなるし、だからこそ、僕も承ろうという気持ちができるのさ」

「お父さんが承ったのなら、仕方ありません。私より泳げる体といいても、無理はいけませんよ。涙を流すのはあなただけでは、ないんですからね」

チーシャは約束するという意味をタンポポ・タネやカシアに送り、いっしょに船に乗り込んだ。ゆっくり、上昇し、駆除を行うバイザー人達のところへと、飛んだ。

「クイーンクラゲの強気なお誘いに警戒しておこう。お断りしたから、プライドが傷ついて、誰彼構わず、触手を伸ばされるのは、命に関わるから困るな。姿をこの目できちんと捉えないと、自然を無視した、こんな、趣味の悪い、へんてこな妄想をしてしまうな」

「クイーンクラゲの影はまだありません。駆除バイザー人達に追いつき、捉えました。クラゲの大群もですね」

拡大してくれると、バイザー人達はエイクに乗ったまま、角と共鳴している珊瑚や貝殻を鋭くした刃を投げ、撒いていた。ヒレを使った投げ方やバイザー人の超音波の振動に工夫があるのか、水面に大きな網目模様が刻まれて、裂けていく様子は駆除という言葉が合っていた。くっつきあっているところを、漂う泡同士を潰して、切り取り、水に伝えた振動で運んでいく。駆除の方法を自ら、つくり出していることがわかった。

「強いヒレを持っているけど、海の中の触手をかなり警戒しているね。本当に大群だ。無数の泡が重なって映されているのが、クラゲか。でも、クイーンクラゲのように触手を伸ばしてくる個体はいないな。クイーンのゲノムの並びは伸縮繊維をつくり、潮が引いて乾燥したあとでも、体を動かして、捕食や回避できる遺伝子が配置されているのだろう。再度、解析したゲノムと発現細胞を照らし合わせてみないとな。刃網の泡潰しの後に、それらが一定の方向に動かされているな。水の中からの振動で、打ち上げられる場所に流している。満ちる時もわかるバイザー人は、器用だな。ゼラチン質だったし、触手が引っかかれば、水がない岩場なら、体を保つのも困難だ。漂える体ゆえだね。チーシャはクラゲの駆除は教えてもらった?」

「キュ キュイ キュ キュー キュ」

駆除の映像へバイザーを上げた顔を合わせたまま、チーシャは角を振動させ、黒く大きな目をまばたきしていた。

「なるほど。地球の国の配置しかり、岩場の配置は学んでいるんだね。この映像はね。技術の水晶体さ。駆除をこうやって、捉える光景は記憶にはないか。少し近づいてみよう。バイザー人達の生きる術を知られる機会だしね。ちょっと、待って。あれは、何だ? 海草? 海蛇?」

バイオミーが水面へと船を操縦してくれているときに、満ちてきた水の中で潮に流されるままの長く、白い紐が画像に映されていた。流れに従っているのみで全く動きが無く、一瞬の光で現れただけなので、勘違いかと思われた。

「リーダー! 海中から触手が! バイザー人に!」

エイクが水の中に引き摺り込まれて、空中で足のヒレを跳ねさせたバイザー人へまた白い触手が伸びてきたが、それらが届かない後ろまで一気に飛び、避けていた。水面に足が着いた瞬間、またヒレが海を叩いて、距離を取っていた。クラゲの集団からも離れるためだろうと、流れる動きに見惚れながらも、目でかろうじて追っていた。漂っていたクラゲ達や、切り離したはずの泡までも、一斉にクイーンの手の出所へ、傘を大きく開いて、向かっていく。バイザー人達は水を破って、伸びてくるクイーンの触手の動きを角で探っているようで、集団進行の阻止や駆除の手が止まっていた。大きな触手はこちらにやって来る雄の集団を意に介さず、全く興味を示さないどころか、それらすら刺して破り、止まっているバイザー人達へ襲い掛かって来た。エイクに乗っているバイザー人は空に少し上がって、クイーンクラゲの白くて細く、長い手を刃で切り払っていた。距離を取って、水の中へ飛び込んだバイザー人は深くなっていく水中へ潜ったのか、映像から切れていた。

「エイクも高くまで飛べるわけではなさそうだね。あくまで、ヒレは水が引いている間の移動手段になる翼なんだな。そして、やっぱり、来るか! クイーン! もう、あの勢いがあって、細長いすらりとした触手でわかるね。クラゲの集団、これはすべて雄だな。数珠線が描かれていない。大群の彼らなんて、気にも留めずに思いっきり刺さって、刺胞も入り込まれている。毒が効くかどうかの前に傘に穴が開いて、千切れてしまったな。どこから、伸びているんだ? 本体が全然見えない」

「まだ完全に満ちてはおりません。触手だけが動いており、そこだけが乾燥と大気の環境に強いんだと思われます。あの巨大な体です。まだ、浅い場所では体を確認できません。触手は光が当たる水上まできていますので、捉えられます」

バイオミーが飛び出しているたくさんの白い手を大きく映しだしてくれた。完全に水に覆われてはいないので、長い手は水の中に影や波を残している。

「一部を露にしてくれるうちに、辿ろう。赤い糸ならぬ、白い触手をね。バイザー人はクラゲの集団やクイーンの触手で手一杯だ。元までいけば、彼らの邪魔にならない距離までになるだろうし、御相手や競争相手への一手になる。これは攻めにも、守りにもなるね。弔われる対称御相手を増やさないぞ」

上からだと細い白線に映る手をマクロ船は急いで、探りつつ、飛んでいく。バイザー人達が点々になるところまで来ているのに、まだ本体を目にできなかった。ただ、白長い触手は増えていっている。水の世界の中で、そのまま揺られ、広がっていた。たくさんの魚の影が広がる中で捕われている。

「なんてこった。バイザー人達への触手も大きなクイーンにとっては、ただ漂わせている疑似餌だって、いうのか。クラゲの数多の雄もバイザー人を誘き寄せる餌にしているんだったら、憎いことしてくれるよね。あんなに動いているのは触手自体の反応か。そうと仮定すると、本体は何もしていないことになるから、驚きだな。もう一度クイーンのゲノムを地球の生物と僕が照合してみる。同じ姿形をしているからといって、クラゲのゲノムデータだけでは説明できないからな。そのまま、船は進めてくれ。ただ、駆除にも限界がある。点々がマクロ船の視界の外になる距離まで来ても、駄目なら、一度デーナと光差剣銃で切る。手遅れになる前にね。それと触手を切っても、動くかも見ておきたい」

「わかりました。それにしても、ここまで手を伸ばしてくるなんて」

「まあ、私のクロスした状態のデーナの毛細飾りだって、負けませんよ。どこまで伸びるかは、クイーンと競い合うしかありませんね。相手にとっては、不足はありませんよ」

バイザー人達の姿が最小の点になる距離まで来たが、全くクイーンの姿は映し出されない。タンポポ・タネは照合を切り上げて、立ち上がり、カシアを呼んだ。

「ここで、触手を切る。カシア。お願い。直接、光差剣銃で切ったほうが、早い。というより、この手でやるのが、お断りした僕の筋さ。あちらはまだ、動いているのか。デーナ・クロス・カシアでこの水はどう反応するのか、分析した水の成分やクロス状態のデータの限りでは毛細飾りの伸びを鈍くさせる恐れがある。爪が薄く伸びる感覚かな。満ちる前に、試しておくか。スーツの繊維で補おう。触手もすべてが動かせるわけではなくて、一部がバイオミーの言うとおり、満ちていない水の世界でも巧みに動かせるようになったけど、それ以外は漂う体と同じでエネルギーを極力使わずに、垂れ流しているんだ。まあ、あの大きさと広がりは、脅威だな。今、目の前で広げている手は、マクロ船へ伸ばしてはいない。動かせる触手は発達した繊維があるはずだ。よし! それら触手を少しばかり、拝借だ。チーシャもよく見ておいてくれよ。僕達のデーナとクイーン、毛細飾りまたは触爪と触手をね。もう一度向き合うことが、駆除が難しくても、ここでできることだ。観察と想像は必ず、体への力になる。どう違って、どう動くのか。自然科学もそう進んできたんだ」

低く腰を落とし、バイザー模様から柔らかい丸みの顔へと合わせていくと、小さいバイザー人はぱっちりとした黒目をまっすぐ返していた。タンポポ・タネは喜びの顔をして、カシアといっしょにデーナのところへと向かった。寝ているデーナの人工細胞起点部延髄へと乗り込み、準備を始める。デーナの体の一部になると、複転写段階を人一人に設定した。複座式の席から腕だけを動かし、スーツの調整をして、フードを被り、透明面を装着した。

「バイザー人で確かに手一杯なのかもしれませんが、強引なお誘いのこともありますし、できる限りの水面への接近から、デーナ・クロス・カシアの毛細飾りで水の世界への触りをお願いできますか」

「わかった! 触爪の海の感覚も知っておきたいしね。いくぞ。カシア。交叉する二対の結合! デーナ・クロス・カシア!」

「はい! お父さんとカシア、行きますよ! クイーンの触手か、私の触爪か、試してみましょう」

右腕をやや斜め前に掲げ、その肘を差し出す手の形に開いている左元で支え固定すると。一気に引き寄せ合わせて、二つの部位を交差した。複転写の表示で一気に右肘を支えている左元首になぞらせて、開いた手の平をまさしく前へ差し出した。行き交わした右腕はそのままの方向へ振り落とし、斜め下へと収まった。開いている手の指先から、体の右横へ振り収めた手のそこまでは線をきれいに引ける位置になり、形や平と甲で違うが、同じ向きに寄せてある。

「それは、必ずやらないといけませんか。複転写の表示でわかるではありませんか」

「バイオミー。複転写の再確認だよ。声出し確認さ! それと表現したいんだ。交叉の状態を体と言語で! モデルが展開される驚きと喜びで、出てしまうんだよ。僕も体に正直な人間だからね。満足したから、大丈夫だよ。開けてくれ」

「そうなりますか。わかりました。二人とも、お気をつけて」

複転写したデーナ・クロス・カシアは透明面に交叉模様を映し、マクロ船の下腹部は開かれた。寝そべる姿の固定された状態から海を確認した。光差剣銃を持ち、アームで体を出されたところから、まずは触爪が水の世界へ飛び込んだ。海に入ると、毛細飾りの伸びは鈍くなったが、底に着いた感覚があった。

「大気中に比べると、確かに鈍るな。でも、まだ浅い海底に張り付いたね。マクロ船や人工衛星のときと比べると、体を引っ張って、落ち着ける力が若干弱まっているのかな。カシアはどう?」

「交叉の状態から、私の感覚を想像すると、海の中でも触爪自体で支えられると思います。クロスした力強い毛細飾りだからか、デーナの触爪は一人の体のときよりも、入りやすくて、足や太腿にも力が伝わってきていますよ。デーナ・クロスがつくり、伝える足の動きや体幹でわかります。しっかり、バランスと中心が取れています」

「ならば、触爪で支えつつ、降りてみる。アームを半分、外してくれ」

バイオミーが操作して、外すと、姿勢を保ったままで、毛細飾りがしっかりと底で張っているのがわかった。そのまま、すべてを外していくと、デーナ・クロス・カシアの大きなモデル展開体は触爪の支えで宙に浮いている姿になっている。

「お父さん。準備はいいですか。海に降りますよ。触爪を縮ませますので、気をつけてください。よいしょ!」

光差剣銃を大剣状態で両手に持ち、構えながら、触爪が海まで近づかせてくれた。デーナの足が入り、その膝まで水が満ちていた。波や潮の流れには揺れずに、立っていることができた。ゆっくりと足を動かして底にある地を踏んでいくと、毛細飾りもその先で支え張っていった。触手が流れているところで、足をとめて、デーナの目と透明面で覗きこんだ。

「体がぶれない。いいね! デーナの体と触手を映している視覚と調整した透明面で見つつ、クイーンの白い手を切っていく。確認できたぞ。ここから眺めると、本当に生き物の体か? ただの白い糸くずのようにしか見えない。擬態の一種か。ただ、巧みの動きをする触手は違った動きがあるはずだ。バイザー人を手こずらせている、逆らうような、しなるような、勢いをつけて、うねる動きと考える。まずは、漂う擬態の白い触手を切っていって、探していくしかないな」

「体はしっかり、着けておきますよ。クイーンにお覚悟を!」

「刺胞は先に恐ろしく集中し、ここまでの長さになると、なくなっていますが、絡まらないように。何かあれば、船の光線で援護します。流れていく手もまだ浅ければ、処理します」

「刺胞も取り去りたいが、今は切ることだな。しかし、さすが、クイーンだよね。演技が自然で、手数が多くて、お誘い上手だ。命が掛かっているから、こちらは見破り、お断りしなければならない」

カシアがデーナの毛細飾りで水の底と結んでくれたので、光差剣銃に光熱核の力をX字レバーで最大まで伝えた。遠く衛星が浮かんでいる天に大きく剣先を掲げ、揺らいでいる糸が水の中で一点に流され、固まったタイミングを捉えて、体ごと大剣を振り下ろした。弾けるしぶきと湯気が上がる中で水と触手が切られて、戻った穏やかな波に触手は引かれていった。

「よいせい! ふう。これは擬態のほうか。上手く騙されて、はずれにされたな。切れた部分は流されて、箇所は再生していない。ゲノムのほうでは、細胞分裂は進みやすい配置だったが、エネルギーがいる。もう少し、絞るか。まだ糸がこんがらがって、比較が困難だ。巧みの触手数は限られていると考えて、これでは判断するには多すぎるな。もう、一太刀入れるぞ。クイーンクラゲ! 体を拝ませてくれますように!」

「この体ですから、満足させるのは難しいかもしれませんが、上の立場に居座させるわけにはいきません。私の触爪もとい、毛細飾りはお父さんのお墨付きですよ」

「そう、思いたいですが、クイーンのバイザー人達への攻めは続いていますよ」

たくさんの白い糸が漂っている海中を注意深くデーナ・クロス・カシアの感覚で探った。多くが水の流れのままに揺られているので、巧みの糸を特定することができなかった。前に進み、その中で狙いを一つずつ決めていく。触爪と足を地に張り、両手の光を纏っている大剣で水を切って、高くしぶきを上げた。動きは無く、流れるままなので、糸がまとまって一つの向きにいきやすかった。流れにのって、デーナの力も加わり、数を一気に減らしていった。切り離されたほうの手は水の中へ消えていき、残った触手は元の本体とつながったままなのか、毛細飾りと足の近くで抵抗もせず、何もない中、空振りをしているだけである。糸がほどけてきて、一本一本がどこにつながっているか、わかりはじめてきた。デーナ・クロス・カシアが距離を詰め寄ろうとした触手の四本が動いたのを捉えることができたからだ。それらはうねって山をつくり、水面から飛び出し、白く長い手を見せつけてきた。指にも頭の中で映った白い糸四本は、握り締める勢いで、襲い掛かって来た。大剣でデーナ全体を守るため、握ってくる方向に光熱核の刃を向け、弾いて切る体勢を整えた。背中まで回した光差剣銃を右肩から横までに添えて、絡んでくる手の勢いを活かし、毛細飾りの引っ張りで下から上までのすべてを切り落とし、防いだ。勢いがとまらず飛んでいった触手は、大きな音を立て、海に落ちていき、残っている手は水の中に引っ込んでいった。激しい水しぶきが、デーナに掛かったが、スーツの繊維は弾いて、透明面の視界に汚れもない。そのまま、大剣をまっすぐに構え、次の手を伺っていた。

「いきなり、襲ってくるとは! もう少し、気を遣って頂きたいですね。クイーンには! お父さんと私じゃなかったら、そのまま、強引に押し倒されてましたよ」

「ああ! 体も見せてくれてないのに、きれいな手なんだけれども、それだけで満足はできないね。それとも、無数の触手を捌ける男じゃないと、そちらの体にふさわしくないっておっしゃるなら、一つ残らず、捌いていくか。動いた触手は四本か。防ぐときに見られたのは、透き通った手の内に織り込まれた繊維の数々だ。神経や筋肉の線か。クラゲに痛みがあるかどうかは、ゲノムからの視点からまず想像すれば、脊髄が無い構造だから、痒くもないだろう。擬態や疑似餌に使う手とはまた、違う複雑な構造だ。これが力強い動きをしているのか。しかし、近くで見て、やっとわかるぐらいだ。水の中じゃ、光が届かない場所じゃ、難しいな。明るい場所で、やっておきたい。バイオミー。バイザー人の動きはどう?」

「あちらの触手は減りましたよ。しかし、まだ攻撃は続いています。リーダーが限度数を考えているならば、巧みの触手はまだ隠してあるはずです。デーナへと動いたのは、光熱核や糸の少なさによる反応です。光や同じ触手の触れ合い、触覚です。しぶきが上がった影響は問題ありません。バイザー人達には、日常茶飯事なのでしょう」

「あちらも、こちらも、こなせるのは触手の数とクイーンの魅力だな。もう四本、海から、さっきよりも山が出てきたぞ!」

水滴をたっぷりと落とし、出てきた触手四本は、驚くほど長い。手の先まで大気にさらしているからだ。四本ともすべてが上から、押さえ込む動きをしてきた。

「思いっきり、握りしめようとして来ますよ! 全く! クイーンの触手がこれでは、困ります」

「水を破るのも、速いな。毛細飾りはそのまま、力を溜めてくれて、大丈夫。大剣を横笛の持ち方で、構えて。いくぞ! よいせい!」

上に向けて、大きくなぎ払うと、また高いしぶきを上げて、触手は水中に落ちていった。空を切るだけになった白い手は海を叩きつけて戻ったので、水を浴びせられたが、デーナ・クロス・カシアの体の立つ位置は変わらなかった。

「毛細飾りが地に届いている分は、いける気がするが、やっぱり触手に比べたら、水の中では動きにくくなる。うお! 今度は両手か。あっちと、こっちに四本ずつ! 合わせて八本か! 片手間じゃあ、僕達は済まないからな。でも、まだ、体を見せてくれないの。焦らすなあ。それならば、大剣は一本で十分! まさしく、クイーンへ、触手捌きの見せ場で、手が足りなくとも、手を尽くそうじゃあないか」

「私の毛細飾りがあります! お父さんの手をばっかり、握らせませんよ!」

鋏んでくる触手にデーナのスーツの繊維で防護された毛細飾りが海から出てきた。間に合うかなと思い、切り上げた流れを持って左に振り下ろそうと大剣をデーナの右足に添わす下段へと置いた。その構えをしたと同時に両足の太腿からそれぞれ一本ずつと水から上がるのが少し遅く、少なくとも、光が当たる大気に出た触爪は一気に伸びていく。爪の先で両方へ掬い上げる動きをして、触手を払った。たくさんの水滴が光で輝いて、落ちていく。触手は一旦、海へ戻ったのだ。

「やっぱり、カシア、いいね! 絡む刺胞とは違うけど、デーナ・クロス・カシアの毛細飾りの先は、しなやかだからな。触れた感覚はどう想像できる?」

「柔らかすぎますね。毛細飾りの先が、結びつく場所と隙間に迷ってしまいました。引っ掛かるところが、無いんです。正直に言いますと、防いだというより、滑った感じです。触手を地に伏せようとしたんですけれども。刺胞がない部分で、触爪の働きは体を安定させるためですし、触れることに抵抗はありません。もう三本ずつ、出して、クイーンと同じ四本にします。触手の繊維につたって張り付くのは難しいので、水の力で体がぶれるかもしれません」

「足で踏ん張るし、動いて位置を変える。全部の触爪を頼む。さあ! 一気に出して来たぞ! まだまだ隠し手があるなら、体を中々見せてくれないわけだよなあ。こっちの体も見せよう」

デーナ・クロス・カシアから離れたところからも、触手が水を滴らせて、出てきた。タンポポ・タネは数え上げて、十六本もある白い触手が広い範囲から、包み丸め込む動きをして、迫って来た。

「その手が、ありますか! わかりました! 全部出しますよ。触手と触爪! 数が勝つか、堅さが勝つか、見ていてください! よいしょ!」

先に出た一本に遅れて、両足の太腿から十四本ずつ触爪が伸びた。網で仕留める形になっている触手の集まりに、デーナ・クロス・カシアの毛細飾りが空に向かって、高く突き上げ、広がっていった。先端に堅さを持つ飾りは手の網を切り破り、透明面から大きな衛星がきれいに見えた。形を崩された触手と、伸びていこうとする触爪は互いをけん制しあっているのか、大気の中にさらされつつ、狙いを探っている。波の動きでデーナの体が揺らいだが、踏ん張ると自然に両方の太腿から三本ずつ触爪が再度その支えとなっていた。

「この空への広がり! 力強いし、頼りになるな。足が揺らいだけど、問題ない。三本ずつ、足の動きといっしょになっていたのは、毛細飾りが体幹をつくろうとする働きだな。こちらは、僕が承ろう。三点支柱の感覚が想像できる。伸び上がっている触爪で警戒を。なるほど、足元からも来るよね!」

「下からもですか! まったく、このクイーンは! そう、御呼ばれされるからって! せめて、上からは絶対に防ぎます」

白い触手が水の中を明らかに泳いできた。透明面からうっすらと捉えられる程度だが、気付けたのはクロス状態のデーナの毛細飾りが微かな波立ちに反応し、人工神経でつながれている複座式の画面にも神経反射の表示が出ていたからだ。下に構えていた光差剣銃を足元に満ちている水に刺して素早く、反応があった右へ左へと刃を切り上げて、振り落としていった。衝撃波や蒸気で触手が乱れた。完全に満ちてくると、さらに下から手を伸ばしやすくなると思われた。

「折角だ。僕のほうでも、触爪を想像して、使う! 使ってこそだもの。クイーンの手に触れさせてもらう。やっぱり、体に合わせて、制御できる伸縮性のバネひもに感じるな。これが伸ばせる足の動きをすればいい。ちょっと、動かすからね。カシアも」

「はい! 大丈夫です。十二本ずつの触爪は動きながらでも、警戒できます。触手は漂わせたりするのでしょうが、こちらは立ち位置を選ぶことができますからね。三本がお父さんを支えたのは、自然の働きもありますが、ここに足で立つという意識信号を毛細飾りが感じたからですよ」

カシアの毛細飾りの操作と蒸気のゆらぎで、触手は狙いを定められないのか、あちらこちらと白い手が流されている。足の平で踏ん張る親指を少し浮かすトリガー操作で、支えている中の一本ずつが海の中をまさぐり始めた。乱れて、動きが止まっている白い手を引っかくデーナの感覚はつま先を自在に伸ばして、物の位置や安全確認ができることを想像させた。蹴り上げる足の動きをすれば、毛細飾りの力へつながり、触手を水中から引き上げることができた。白の手を上へと取った触爪へ右のほうから足を伸ばすと、移動に力が入り、すべての飾りがそこへと結びついて、素早く体を運ぼうとしてくれた。地に足をつけることと土台への伸縮移動がそれらの働きなのだ。距離を即座に縮め、そこで足を踏ん張り、浮いた触手の一本を切った。左で浮いた触手は同じほうの足で蹴り飛ばす動きをすれば、合わせて触爪が立ち向かった。さらに空中に上げて、光差剣銃が届く位置まで、毛細飾りの力で一気に詰め、見計らって、こちらも斬り落とした。

「カシアの言う通り、柔らかい手だね。触爪を使ってこそ、跳ね上げられる動きから、体に伝わってくるな」

「クイーンの手に動きがあります! 縮んでいます。戻してくる後ろから、先端を持ってくると思われます。今までの絡まる糸とは違いますよ。針と毒が付いています!」

バイオミーから通信が入り、大気で揺れている触手を透明面へと、その手の中の線が縮小している動きが目に映された。縮む線になった触手は位置を変え、デーナの周りで止まっていた。複座式の画面で葉織りが出る反応があった。聴覚の神経とも人工接続されている席で、風を切る音が聞こえる。先端で刺胞がある触手が後ろから迫ってきたのだ。触手の元をたどる為に、前を向いているデーナには見えないはずなのだが、葉織りのあるデーナ・クロス・カシアの体は避けていた。両肩から纏うそれは、風を受け流させ、巨大な遺伝子複転写体を隠し守ったと思うと、姿勢を柔軟に変えさせていく。

「まだ、来ますね。葉織りの流しで想像できます。触爪で支えて、風には逆らわなくとも、クイーンの針なんて受けませんよ!」

「葉織りの流れが、そのまま体の向きと幹をつくっていくんだな。腰は据えたままで、向かって来る風を邪魔しない、体を折らせない姿勢になるぞ。最小限の体の自然な受け流しって、こういう感覚なんだろう。そして、きれいなクラゲには毒も針もあるか。後ろから、手を引き寄せて来てくれるとはね! 大胆だな。これを出してきたってことは、体も熱を帯びてきた証拠だね」

カシアが触爪を水に入れ、支えたデーナの体は毒針の手と風の流れを読み、タンポポ・タネの操作で大剣の光差剣銃を取り回しやすい、剣と銃の二つに分け、両手に持った。前を向きながらも、肩や腕に触手が切る風で反応ができ、それぞれの刃と身で触手のくっつく素振りを弾きもして、針に細心の注意を払った。複座式の席から真正面になる位置まで縮んだ触手の先端には刺胞がはっきりとあるのがわかる。タンポポ・タネはデーナの爪先をとっさに上げた。刺胞のある触手は激しい勢いで、デーナへまっすぐに伸ばしてきた。上げた爪先よりも、カシアの操作の触爪がやはり速かった。海の中から出てきた数は爪先の動きで反応したには数が多く、下から触手の線に爪を引っ掛け、刺胞の向きを逆に反らすという動きをしていたからだ。

「美しいクイーンだからこそ自分の針に、やられることもあると言っておきませんとね。でも、刺胞は、クラゲ自身に刺さるんですかね? 触手は絡まってましたけど。触爪は体の支えにならないといけませんから、絡まっても、力にはなりますよ」

「漂う体で、多すぎる手だと、やっぱりどこかで引っ掛かるからね。それが戦略でもあるけど。このクイーンの刺胞は相手に触れる刺激があってこそだ。互いの触手が絡む刺激では、発射されない。もっとも、ゲノムを照合し、解析した僕の結果だから、あとはこの目で見るだけさ。よく、針をクイーンのほうに向けさせたよ。器用な触爪の感覚だな」

「白くて、長い手ですからね。でも、触爪の働きとしては、弱いです。立つ場所にはできませんし、張り紐付くには滑りすぎます。ただ爪が線の中に引っ掛かっただけですから、油断はできません」

刺胞よりも元に近い部分に触爪が入り、クイーンの手を上げさせていた。それを解くために、触手は先端部分を振り回した。刺胞に触れまいと、タンポポ・タネも自分が動かせる触爪で白い手へと、伸ばしていく。引っ掛かった感覚がトリガーにあったが、そこから動かすことができない。刺胞触手も射る間合いまでデーナを引っ張っているのだ。

「手の先だけでも、動かせるのか! 危ないから、剣で取り除きたいけど、引き寄せられない! 強い! 指を絡ませあっているんだけれども、手の引っ張り合い、足の引っ張り合いとは、言うこと聞かせたい綱引きって、このことだね! よいせー! うん! このまま体を動かして、クイーンの手を引っ張ると、海に持っていかれるな。もうデーナの腰まで、きはじめている。触手にかまけすぎると、溺れるな。触爪も、水の中だとどこまで伸ばせるか、刺胞の影響は解析では、毛細飾りの構造までには及ばない、独自の神経かつ、バネ繊維だからね。巧みな触手以外の動きは本当に自然の流れに沿っているから、気付かなかったけど、足元まで流れてきている」

「マクロ船から、光線を撃ちますか? それ以上、絡み合っていますとダミーの手で引きずり込まれますよ。デーナで巧みの触手は狙いを決められる程度に切り落とせたはずです。船も近づけます。バイザー人達への攻撃は止みました」

バイオミーの通信で、上にデーナの目を向かせると、マクロ船の下腹部から銃身が出ていた。

「もう少し、海の中で指を絡み合わせて、引き込むぐらい、踊ってもいいけれども、文字通り潮時だな。命あっての、物種。絡まる前に、流れを変えてから、光線をお願い。触爪でマクロ船に戻る」

足元に流れてくる触手に向け、分けた小型銃から殻種丸を撃ち、水が立ち上がり、触手がぶつかると、それに絡まって流れが止まった。トリガーを二人して強く引いて、握っている白い手を伸ばして、中にある線を張っていった。

「光線を当てやすくしないとね」

「助かります。これで照準が定まります」

バイオミーがマクロ船から光線を放ち、刺胞の鋭い先端を残して、焼き切れた。

「棘を取っても、美しさが変わらなければいいのですがね。お父さん! クイーンはまだ離したくないって言うんですか!」

刺胞の触手だけ毛細飾りで持ち上げられたまま、残りはまた海に落ち、デーナに水が大量に掛かっている。その水しぶきの中から、巧みの触手が六本、飛び出てきた。カシアがデーナの葉織りの流れで動きを読んだので、タンポポ・タネは右手の小型銃で海面を撃ち、浴びた水で向きが変わった触手を避けた。左の折りたたんだ短剣で、向かって来る触手の刺胞を受け返した。

「大気中だけでなく、海の中の触手も縮ませていたのか。触爪の綱引きの衝撃で、たまたま避けられていたが、上手に隠して、秘密にしておくんだから、全く気付かなかった。光で透き通っていた触手に見惚れていたのもあるけどね。遅れながらも、葉織りのおかげで、まだデーナのクロス体は生きているぞ!」

水で流され、受け返された触手は絡まらず、行き交ってから、また縮んでいく。海に白い手を隠し、大気に出している細い触手を柔らかく波打たせている。デーナの触爪は今はカシアによって底に結ばれてはいるが、それらすべてを使わなければ、海に飲まれて、クイーンの手に簡単に捕まえられると思われた。再び、両側に殻種丸を撃ちこみ、牽制を行った。秘密にされている触手は深さを増した海では、捉えづらくなっている。隠した手の動きがばらついた水の振動の反応がデーナの毛細飾りにあった。

「水の中で秘密で巧みな触手だ。空中の触手は僕が御相手しよう。小型の剣と銃で。カシア。触爪はすべて託す。クイーンのほうが手が早いが、こちらは地に足はまだ付いている。どんな体勢だって、触手から僕は目を離さない。いくらかの毛細飾りで、はたいて本音を出すか、秘密を暴いてくれてもいい。隠され続けると、身が危ない」

「わかりました! 秘密を持ったところでは、言葉にして、告白していないも同然! クイーンでも御相手にもなりません。私の触爪は毒はなくとも、甘くはありませんよ」

デーナの体に揺れを感じたのは、カシアが二、三本の触爪を解き、クイーンの隠し手を探っているからだ。タンポポ・タネはその毛細飾りの働きに身を任し、短剣を握り、殻種丸の銃を構えた。触手は大気の風にそよがれているのか、本体が波打たせているのか、判断が難しくなっている。

「自然体って、こういうことか。クラゲの真髄だな。バイオミーは、マクロ船を近づかせておいてくれ。クイーンの白くて細い手を振りほどいたら、触爪で戻る。さあ、おいでませ。こっちが誘うほうが、体にも嬉しいだろう」

触手に集中し、葉織りで風の反応も複座で感じていると、目の前から刺してきた。種殻丸を撃ち、白く長い手の先の刺胞達に当てた。針で粉々に砕かれてしまったが、刺胞を少し使わせることができた。お構いなしに、飛び込んでくる細い手を短剣で払い上げた。

「短剣では斬れないか! 柔らかい手だな。でも、棘は取っておいたほうが、いいよ」

小型の銃の種殻丸を再び、弾いた先端に狙いを定めて撃ち、刺激で針が飛び出て、種殻の破片にくっ付いていた。しかし、刺胞はまだ残っている。白い触手は攻めを緩めずに、上から広げて、包み伸ばしてきた。狙いづらくなったので、水面を撃ったしぶきで、触手の勢いを削いだ。その隙に、大剣にしようとする体や腕が海に流された。

「隠している、秘密の触手か!」

「触爪は水の中が見えるわけでは、ないですが、勢いや流れは感じ取れます。今、クイーンの手に七本ずつ、使っています。やっぱり、速いです。堅さでクイーンと私の爪の勝敗を決しましょう」

「構わないさ! 右手と左手、剣と銃の得物を合わせて、御相手触手四本分の働きにすれば、手だって寂しがらせないしね」

両手の武器の先をそれぞれ、触手に向け、勢いを取り戻した刺胞が斜め上から飛んできた。葉織りの力で、体と腰をくねらせて避け、残りの白い手は短剣で横に強く返した。避けられ水に入った触手はそのまま足首を狙っていたが、デーナのブーツの強固さに跳ねつけられた。水中で秘密にしている触手はカシアの毛細飾りの地と結びついたり、離れたりする連続の動作で、刺し突く時の振動が伝わっていき、長い手を返し流していた。しかし、水の深さで触爪を少しでも離すと、デーナが浮き始め、海に飲み込まれそうになっている。

「全部使わないと、結びつかなくなってきたか。ここまで来たら、デーナにも泳いで、水から上がろう。触爪は伸ばせる?」

「これが水の世界ですか。触爪でも体を安定させるのが難しいなんて。密度が違うんですね。やってみます。クイーンの手を失礼して、泳いでいきます」

足に力を入れ、デーナ・クロス・カシアは浮き上がっていく。触爪は結びついたまま、体を高く上げさせていた。溺れはしないが、デーナも毛細飾りも水の中で動きが重かった。クイーンの触手は体のほうに伸ばしてきている。カシアは触爪を数本、地から解き、刺胞先端より下に張り紐付かせて、刺される手を防ぎ、柔らかく狭い踏み台にして、上がった。水の振るえをデーナの体が感じ取り、さきほど剣と銃で返した触手が鈍い動きを狙っている。

「やっぱり、クイーンは速いな。でも、毛細飾りでここまで伸ばして、体を浮かせるのはすごい。さっき返した触手も水に攻め入ってきたか。殻種丸の銃なら、撃てる。僕も足を動かす。二人とも、海から上がるぞ」

足で水の中を蹴って、触爪に力を伝える。海面上まで体を運んでもらうと、そこからエイクが飛び込んできた。バイザー人がその背中に乗っている。

「激しいしぶきとか、上がっていたから、来たんだな」

「二人とも、まだ生きていますね。バイザー模様でわかります。他にも、来ます。助けにというよりか、彼らにとっての追撃でしょう。大量のオスと巨大な一クイーンの出会いは危険です。触手に狙いを決めていますが、デーナの巨大さにも警戒があるようです。動きを伺う姿のバイザー人達が確認できます」

「マザーの言うとおりですね。エイクに乗りながら、私達のデーナの周りを泳いでいます」

透明面から見ると、うつ伏せでエイクに乗っているバイザー人達が触爪、またはデーナの体の回りに沿って泳いでいた。腰には鋭い貝殻が巻かれていた。

「攻撃は今無いのは、デーナの触爪がクイーンの手を蹴って、上がろうとしているからかな。このまま、水の世界から毛細飾りもすべて、一旦風に泳がせたいが、クイーンの手つきがまだ、名残り惜しく、来てくるなあ」

水の中で触爪は伸ばしたままだが、体の動きは遅い。それに狙いが定まった触手がこちらに迫ってきたが、バイザー人が腕とヒレを強く振ると白い手は切れていた。

「強いヒレの力だ。風を切り叩いて、投げていたな。いいね! 間違われるといけないし、触爪は飾りに戻しておこう。マクロ船に帰るためにも、使うからな。泳いでみせるか」

「忍びの素晴らしい手裏剣でしたね。あれは。支えがなくなるので、スーツや透明面があるとはいえ、溺れないようにお気をつけましょう。マクロ船に張り付ければ、いけます」

地から紐解き、クロス体を水中に入れた。今なら、こちらのほうが、動きやすく、触手に間違われることもないと判断した。デーナの足をばたつかせたり、開いたりして、体を保っていると、触爪が太腿に戻って、毛細飾りになった。周りにいるバイザー人達は構えていたが、持っている貝殻を腰に巻いて、触手のほうへ向かっていった。

「絡んでこないなら、手負いは無用との判断ですね。賢明です。船は二人の頭上におります。高度を下げる必要があるのなら、おっしゃってください。触爪が伸ばせるところまで下げます」

「バイオミー、助かるよ。助けてくれたバイザー模様は覚えておこう。お礼を言わないといけないからね。まずはデーナの体を水の上で浮かせて、マクロ船に触爪を上げるんだけど、感覚は下ろすだな」

毛細飾りが太腿に収まったのを手で鳴らし、タンポポ・タネはトリガーを操作して、両手の武器を腰に携えてから、デーナの体を両手両足の振りや蹴りで溺れないように保ち、交叉模様の透明面を出した。マクロ船を確認できたので、カシアの毛細飾りに光が当たるように水面を泳いだ。

「位置も整えて、届くか。カシア」

「はい。光と堅い船もあります。上に伸ばす力になってくれます。毛細飾りに光を通して、そこを蔦っていけばいいんです。足が着く場所は見えましたし、クロールの体勢で大丈夫ですよ」

「カシアが言うのならば、マクロ船はこの高度のままにします」

デーナを泳がせていると、触爪が上に伸びていく。船の下腹部に張り紐付くと、デーナ・クロス・カシアは水の中で直立の姿勢を取れた。その姿で触爪を縮ませていき、海から完全に上がった。交叉模様の透明面でバイザー人達を心配し、水面を覗きながら、マクロ船まで昇っていくと、エイクが視線の外側から飛び出してきた。透明面を向けると、エイクのヒレに穴が開いて、体中に腫れが出来ている。海に落ちていき、動かないまま、水に浮いている。

「エイクをもここまで飛ばすとは、恐れ入るな。まだ元気か。駆除のバイザー人達も心配だが、深くまで潜っているからか、見えないな。カシア、バイオミー。マクロ船での引き上げと回収はちょっと待つのをお願い。マクロ船に触爪をつけたままでいいから、二本僕に委ねてくれ。クイーンのようにはいかないが、足と爪で探り誘い、気を引いて、あわよくば僕達に釣られて頂こう。このまま海のもくずになって、お礼も何も言えないのは、体に毒だからな」

「触手と間違いはしないでしょうが、バイザー人をこのままにしてはおけませんからね。残りの触爪で支えていますよ。深くまでは伸ばせないかもしれませんが、振動は伝わります」

「マクロ船を移動して、爪を垂らす場所の予測できたら、連絡を。無理は禁物です。リーダーが引きずり込まれるのは、見ていられませんからね」

マクロ船の移動と維持をしてくれたので、触爪を水の世界に入らせた。

「見えないけど、なるほどな触爪の感覚だな。足の裏というより、体の芯に伝わってくるのが複座席の映像でもわかる。この振動だと、もう少し右かな。おっ! これはバイザー人の超音波だ。すぐにわかるぞ! 驚いているのがわかるのが、すごくいいね。触爪でどう伝えるか。脳処理がつくる振動ではないから、受け取りづらいだろう。クラゲの形とバイザー人の角を爪で描こう。それで彼らが使う網も描いて、手伝う意思を毛細飾りの動きで表現してみる」

「本当に毛細飾りに響きますね。不思議です。こちらで伝えられるなら、飾りの先で描いてみるのは、手ですね。触手にはできないしょうからね」

カシアの言う通りに委ねられた毛細飾りの先でバイザー人の模様や手裏剣の形を描き、指揮棒を振るトーベン・メイウーを思い出し、飾りを揺らした。

「指揮者が伝えるが如くに振動をつくって。バイザー人のほうも、超音波を送ってくれている。骨振動ならぬ、幹振動だ。あちらから、触手の動きを示すという音が複座席まで伝わるな。クイーンに巨体を引いてもらうまで、彼らといっしょにもう少し付き合ってあげよう」

席に伝わる振動や音を頼りに触爪を伸ばしていくと超音波とは違う水の動きの反応があった。触手がもがいている姿を、頭の中でつくりあげることができた。

「クイーンの手はしつこいですね。でも、弱まってはいます。そろそろ、手を引く時でしょう。バイザー人の超音波からもわかります。あともう一手だと」

「ああ! 気を引くこともないかもしれないが、さきほどのエイクの姿を見ている。最後まで緩めないのが、気が強いクイーンへのご配慮だ」

強く打ってくる振動はクラゲクイーンの刺胞触手の突き上げだとバイザー人達の音の会話でわかり、それに合わせて、触爪二本を構え、振った。大きな獲物の泳ぎを頭に描き、その振動をつくった毛先が振るえる反応があったので、気を引けたのだ。毛細飾りを上げていき、触れるか触れないかの間合いを水中の勢いで読み取り、できる限り引き寄せた。大きな隙を代わりにつくれたので、バイザー人の超音波角や剣貝が触手を切った。よしといった声の調子が伝わり、毛細飾りを振った。

「感謝をここで伝えてみせないと、水の世界での求愛もできないからな。毛細飾りの先どうしを合わたり、拍手をしたりするぞ。だが、弱々しい演技も上手だな。流石のクイーンは。この距離が離れたところからの超音波の声は、競争相手だ。僕によく向けてくれたから、覚えているぞ。さらに増やした刺胞触手の数を警告している。仲間達にであって、僕達にではないけれどもね。とにかく、早く伝えたいんだな。なにも競争相手だからって、痛々しく刺されることはないさ。よいせっと!」

警告音があったところへ触爪を伸ばすと、周りのバイザー人もいっしょに来ているのが超音波でわかった。白い触手の多くがまだ海の奥へと引き摺り誘い込んでいると泳ぎ避けている競争相手から伝わった。

「触爪も二本と少ないから、バイザー人に力添えしてもらおう。クイーンの動きと姿を音で伝えてもらったら、触手横腹から毛先で突いて、手で追うのをお邪魔する。この手を競争相手にも僕達から毛細飾りを振って、伝える。複座式の席からでも反応はわかるし、感覚は頭の中でもできている。ステップを踏むんだ」

「触爪の感覚の反応は私も想像できますので、お手伝いしましょう。これ以上はクイーンに刺される必要は全くありません」

カシアもトリガーを握り、座りながら、自分の毛細飾りを複座式の席足元に伸ばしていた。そうしたほうが、わかると言うのだ。バイザー人からの振動があり、クイーンの手の方向へ触爪を、それとカシアの感覚が導いてくれた。競争相手を追いかけている手に向けて、デーナの足を踏み込ませた。白い触手にかすっただけだが、手がとまったことに気付いた競争相手のバイザー人は一瞬で手裏剣殻を取り、ヒレの力を使って投げた。他のバイザー人達も水の中で触爪か獲物かと彷徨った長い手を一本ずつ切っていった。触手はうねりながら海の底に沈み、本体元の方も引っ込んでいき、光の届かない深さに消えていった。

「バイザー人が振動で終わりを告げていますね。エイクも刺されてしまっていますし、深く暗い水の中はより細かい音の指揮が必要になってくるみたいですね。彼らの音の会話からして」

「ふう。激しいお誘いだったな。体を強く引き寄せる手はある程度切ったわけだ。本体は見られなかったか。お楽しみは、先までとっておこう。ようやく海から上がるかな。疲れているバイザー人がいるなら、触爪につかまるといいよ。スーツの繊維越しでも握れるはずだ。そのまま、釣り上げてみせる。これは言ってみたかっただけさ」

「ご満足頂けましたか。マクロ船で回収しますから、触爪ごとデーナ・クロス・カシアの体を引き上げてください」

毛細飾りの先を優しく振り、バイザー人の何人かはその振動を受け取り返して、掴まった。競争相手は自分は問題ないことを超音波の振動で伝え、ヒレを水の中で開閉させていた。触爪を上げると、四本の触爪に五人が掴まっており、バイザーを後ろにまとめて、顔を見せていた。

「ちょっと、疲れが表情に見えるけど、問題はなさそうだ。腫れも傷も無い」

「まあ、問題があるなら、皆女性のバイザー人というところです。顔の形と化粧線でわかりますよ。ベルーシュもいます」

「リーダーのお見事な引きと釣りですね。彼女たちを回収するかは、体の状態によりますが、チーシャが船の下腹部に行って、待っています。彼女にも聞きましょう」

マクロ船のハッチが開いて、アームも出てきたので、触爪で近づいていくと、チーシャの姿が見えた。バイザーをつけて、角を振動させている。掴まっていたバイザー人や下のエイクに乗っている者も角で答えている。水面には他のバイザー人の角や顔が上がっていた。

「触爪にも伝わる。バイザー人達の角超音波もだけど、毛細飾りの働きも、改めて広いといえる。掴まっているバイザー人の振動からだと、僕達のデーナ・クロス・カシアに危険は無いことと、毒に刺された人がいるかどうか、体の状態も互いに見てくれているな。心配も伝わる。生きているエイクが迎えに来てくれるのか。超音波での状態確認がバイザー人に合うだろうし、見届けたら、バイオミー。僕達も帰るよ。ただいま」

「おかえりなさい。リーダーもカシアも無事でなによりです」

触爪からエイクに乗り移ったり、水から顔を出して、その安全を確認しているバイザー人達はデーナをも見上げている。大きい体なのに柔らかい音を伝えられる器用な巨体人だと音を送っている彼らに毛先を振って、船に体を収めた。複転写を終了し、初期化とスーツ繊維の調整を設定していると、チーシャがフードを後ろに流した二人のところに来ていた。

「チーシャも聞いたとおり、毒に刺されたバイザー人はいないよ。でも手強いクイーンだったよ。理性を保てなかったら、弄ばれるどころか、命の危険だったな。手篭めにされていた。あれであちらの体の本気をまだ見ていないからなあ。恐ろしくもあるけど、想像が広がっていくな。デーナからではあるけど、毛細飾りはどうだった? 生きていれば、クイーンとは出会うから、似ているけど違う形と働きは観察できれば、御相手に対しても、僕にとってもできる攻めの一手になるし、記憶更新による泳ぎの動きも変わる可能性だってある」

「毒はありませんからね。苦手なものは苦手かもしれませんが、何が苦手かわかればということですよ。ま、まだ毛細飾りは慣れないみたいですけどね」

カシアは毛細飾りをタンポポ・タネが振ったように動かしてみたが、チーシャは警戒が強かった。それでも飾りの振る動きに合わせて、バイザーの角を振動させていた。

「大気の振動を読み取る動きか。その体を持っての動きの振動波、生きているクイーンにもあるからな。さあ、チーシャも帰ろう。送っていくよ。指揮者が心配しているだろうし、駆除の皆を労ってあげよう。僕もデーナ・クロス・カシアの感想を聞きたいし、帰ってから、話をする。そもそも、案内がないと水の世界に入った珊瑚の城が見つけにくいし、中に入れない」

「キュー キュイ キュー キュ キュ」

「エイクに乗っているバイザー人にも伝えると言ってくれるのは、ありがたいですね。本当にこんなに世界が変わるんですからね。デーナに乗っていながらも、透明面からクロス状態の毛細飾りからも変化をしっかり感じましたよ」

「バイザー人達と戻るならば、マクロ船でついて行きます。角の振動を大きくして、チーシャにも手伝ってもらいましょう。指揮者にも案内は頼まれたことですからね」

バイオミーからの通信で三人はマクロ船の操作室に入り、チーシャの角の振動を機器に伝えて大きくし、バイザー人達に向けて、彼らの超音波を拾いつつ、青い珊瑚の元に着いたという音と意味が頭にできた。しかし、一面が海になっており、タンポポ・タネの目にはどこにあるか見付けられない。エイクに乗っていたり、自ら泳いでいるバイザー人達は位置を特定したのか、潜っていく。

「深い場所にあったんだね。光が届く深さなんだろうけど、この惑星海水の成分や恒星の光の性質を元に考えれば、もっと深くなっているな。でも水面に青色を映し出すのは変わらない。超音波で位置がはっきりしているのか。チーシャの案内が頼りになる。超音波を感知する機器は備わっているけど、バイザー人ならではの超音波の振動数や会話があるからな。マクロ船は潜水形態にして、泳いでいく」

「わかりました。広げていたヒレを折りたたんで。では、参りますよ。チーシャも超音波の受け取り、発信お願いしますよ」

「キュー キュイ キュー キュ キュ」

チーシャはバイザーを下ろし、角を振動させ、船でわかる位置や距離だけでなく、海流をバイザー人達と読み合ったり、たくさん生えている珊瑚やそれら一つ一つに潜んでいる水中生物に気をつけてと意味をタンポポ・タネ達の頭に送っていた。

「やっぱり、バイザーから見える世界があるんだな。船に備わっている機器よりも鮮やかに映っているからこそできる技だなあ。視覚や情報処理機能部位はわかっていたけど、実際目にすると違うな。当たり前だけど。案内のおかげで着いたし、泊める場所とデーナの繊維スーツの確認をして、指揮者の元に帰ろう。深い水の世界だ。さっきの潮が引いていたときとは、風景が異なるな」

青珊瑚周辺をゆっくり泳ぎながら、見れば、明るかったときとは違い、青い光で弱く照らされ、所々は暗く覆われている。案内を手伝ってくれたバイザー人達はエイクを離し、マクロ船に泳いで近づいた。

「キュ キュー キュイ キュ キュ」

「ただの振動する音では無いので、私の機器よりも、リーダーやカシアの部位のほうが、伝わっています。何と言ってますか?」

「音の柔らかさと表現すればいいのかな。こういのうは体の感覚だな。流れのない珊瑚の洞窟があるから、そこまで付いて行く。今度は仲間内に近い、歓迎の港というわけだ。前のバイザー人達の方向でいいよ」

「意味をつくるのが慣れてきましたね。方向や感情とか、音が一番最初の言語に私達にとってなるならば、ここまで出来るのが、本懐でしょうね。バイザー人の音域の広さですか」

珊瑚の壁があり、そこがバイザー人の超音波で開かれた。そこに船を入れて、閉じられると、苔の浜辺が見えた。マクロ船を休めると、バイザー人がそこに立って、手を振っている。

「苔池園の一種か。きれいな庭園だ。チーシャも降りよう。僕の肩にバイオミーの蝶子機乗せるから、船をお願い。カシアはいっしょに来てくれ。触爪指揮のことデーナ・クロス・カシアのことをバイザー人に直接聞きたい。光が届くといっても、珊瑚の中は暗いと思っていた。しかし、明るいな。苔だけじゃあない。珊瑚自体も輝いている。プランクトンを誘き寄せるために使うのをさらにバイザー人が使っているのか。振動の反応で青白い光を帯びるのも驚きだ。後で調べさせてもらいたいな。さあ。まずはチーシャを送り届けるか。ご心配なされている」

「船内でも観察しておきます。子機をよろしく、お願いします」

「触爪の指揮でバイザー人の皆さんから、チーシャに怖くないという納得を教えて頂ければ、いいんですが」

手を振ったバイザー人達の奥から、指揮者も出てきた。三人は船から降り、浜辺に上がって、チーシャをトーベン・メイウーの元へと送った。

「ご心配をお掛けしました。しかし、チーシャはよく案内してくれました。僕達からお礼を言います」

「キュ キュイ キュイ キュー キュ」

案内を頼んだのは自分の指示だからだと指揮者はチーシャの角を指先で弾いた後、お互いに振動させ、頷き合っていた。モルトや競争相手からも、念のため治療園まで来るといいと音を受けたので、駆除を行ったバイザー人達に後についていく。浜辺から珊瑚の壁が開かれ、下に降りて行くことができ、水底の苔が輝いている道があった。そこは水で満たされている。

「やっぱり苔池園の浜辺とは違って、珊瑚コロニーの中はここまで水の世界になるか。出てきたときとは違って、潜って泳がないと進めないな。スーツのバイオ繊維は体へ酸素を供給してくれる。フードをかぶって、透明面をつけていけば、遅くても、バイザー人についていける。カシアはどう?」

「触爪の伸びはやっぱり、鈍いですね。両手両足で泳いだほうが速いかもです。なるほど、チーシャだけでなく、ベルーシュもいましたか。触爪の指揮も見られたのなら、一手になって、体が自然に動きますか。模様覚えていますよ」

バイザーを下ろしたベルーシュがフードを被ったタンポポ・タネの目の前に来ていた。小さいチーシャは後ろから、覗いている。

「僕の泳ぎを見る? ではなくて、引っ張ってくれるのか。ありがたい! けがは無いけれど、お言葉に甘えちゃおう。競争相手も来るのか! まあ、この二人ならカシアもいっしょに引っ張れる。チーシャもか。三人もいれば、心強いね。触爪はまだ記憶に組み込むのが難しいだろうから、カシアといっしょに僕も元気に泳ごう。刺される心配がないって、この体で証明するよ」

競争相手とベルーシュの後ろから、飛び跳ねて、超音波を送っていたので、彼ら三人に手を引っ張られ、水に潜っていく。水底の苔も明るい青灯を放っていて、珊瑚の中に届く光も潮が引いていたときよりかは暗くなってはいるが、水の中の視界を狭くはさせなかった。

「僕達はスーツや透明面の通信で会話できるけど、バイザー人の超音波も届くな。デーナのときは、意味処理があいまいなところがあった。僕達が意識を触爪に集中していたからか、モデル体が大きすぎて音を拾えなかったか、彼らが振動を感じてくれそうな部位を見付けられなかったからか、三つ目なら確認も直接聞けるな。ベルーシュや競争相手も見ただろうから、一手進めた」

左手はカシアの手と結び、右手を競争相手に預けている。カシアはベルーシュに手を借りており、毛細飾りは水に流れ動き、チーシャがそれに若干怯えながらも、タンポポ・タネの左腕を掴んで、前へと進めていた。

「ベルーシュ達は駆除をやっているのに恐がっておりませんね。いや、駆除をしているからこそ、違いがわかるんでしょうね。デーナのことも驚いていますね。私達の結晶ですよ。でも、さりげなくお父さんの手を握ろうとするのは見逃せませんよ。ご案内頂くまでは、仕方ありませんが。チーシャも私だけでなく、ベルーシュの手を払うとは、中々やりますね」

潮が満ちて、珊瑚の中の輝く色は増えており、視覚に楽しい刺激だった。透明面からタンポポ・タネの目はじっとしていたと思うと、動き回っていた。チーシャの引っ張る手を解いて、ベルーシュが強くヒレで導いた。かなり速くなったことに気付き、チーシャが両手両足のヒレを強く叩いて泳いで来る姿を見守った。しかし、競争相手にも強く引っ張られたので、体が流されてしまっていた。水の世界の苔道を泳ぎ進むと、珊瑚の壁が赤く変わっているところにつき、開かれた。浜辺のつくりになっており、そこに上がれば、角の下に、垂れ下がった触角を持ったバイザー人達が歩き回っている。先端には薄く平べったく磨かれた貝殻があった。カーテン状に波打って立っている珊瑚もいたるところに生えているといより、配置されていることに気付いた。それらが重ね合わさってできている小さいドームがいくつもある。上からも生え届いていて、明るさは珊瑚や下の苔たちの光もあるので、周りがよく見える。

「触覚は聴診器兼エコーの検査も目で捉えているんだ。機能が備わっているのなら、機械も必要ないか。実際に診てもらおう」

「お父さんも私もスーツのままでいいんでしょうか? 繊維はよく私達の体の働きを引き出し、保護してくれてはいますけれど」

「キュ キュイ キュー キュ キュ」

ベルーシュや競争相手が一度診てもらったほうが早いというので、まずは疲れが出ているバイザー人達が先に触覚付きに案内されていた。待っている間、重なり合いのドームは休養に集中できる空間で、波打って高く立っていたり、下りて来ている珊瑚は大気の流れをつくっており、ここからでは見えないが苔池もあると話ができる振動を受け取っていた。そして、頭上から音が流れてくるのを感じた。見上げると、天井にカーテン珊瑚はあっても、苔は生えておらず、四角形の小さいコロニー郡が区切って、並べられている。

「区切っているところと待っている場所が対応して、届いている。超音波の振動に反応して、下まで返しているのか。僕の名前の響きだ。じゃあ、診てもらおうかな。カシアもいっしょでいいの?」

「キュ キュイ キュー キュ キュー」

指揮者が頷いて、バイザーを下ろし、先に立って歩いてくれた。クラゲや他の生物の構造もよく覚えているものだから、心配はいらないと声を掛けた。タンポポ・タネ達は後に続き、競争相手やベルーシュ達はそれぞれの角に伝わった音の方へ向かうとのことだった。チーシャもいっしょに進んで行くと、堅いがカーテンの形の中の隙間に入って行き、触角付きのバイザー人と顔を合わせた。模様は鋭い三日月で、化粧線は左右対称で目元、口元、鼻筋へと顔の部位に柔らかく流れ、細やかに入っている。

「美人だなあ。ベルーシュやチーシャとはまた違う美しい化粧線だ。いいね! まずはしっかり、診てもらおう。僕はタンポポ・タネ。銀の光の結晶の人さ! バイザーに付いている触覚がそれを証明してくるはずだ。体を見せよう。何か脱ぐ必要はある? 遠慮なく、言って大丈夫!」

「キュ キュー キュイ キュイ キュ」

笑顔を見せた後、バイザーを下ろし、そのままでいいと音が頭に入ってきた。触覚を手で持ち、スーツ越しで平たい先端部の貝を当てた。バイザーの模様の違い、そして付いている触角の管、体の部位のヒレの開きをその間、タンポポ・タネは見ていた。頭や胸まで当てた後、バイザーと触覚を上げ、鋭い目で瞬きを何度もする顔に可愛げが映った。

「やっぱり、バイザー人と似ているところがあるんだな。なのに、バイザーや角が無いのが不思議なのは僕も同じさ! 僕は君の顔がすごく可愛く見えるよ。模様も目も鋭さがあるから、なおさらね。管は貝の水管をつないでいるのか。超音波とそれでどう見えるか、教えてくれないか」

切れ長く、真ん丸い黒目を見せる化粧線が伸びて、また笑顔ができていた。異常な音も聞こえず、異物も流れていないので体に問題は無いことと、タンポポ・タネのことは音韻も意味も流れが滞らない振動の人だと頭に響いた。

「やっぱり、リーダーは引きが強いですね。前ヒレは他の部位の形と変わってはおらず、整っています」

「託されたからこそ、原石を引き寄せられるんだよ。体の基準や二対存在の証明が明らかになるのは、ありがたい。争いのリスクも避けられる。でも、王手をかけられるかどうかは、僕次第さ。騒がしくないと意味が頭でできたということは、超音波への反応と想像が素晴らしいんだ。道理で診察を任されているわけだ。その分、求愛も一筋縄ではいかないから、立派な体で、ここで向き合ってくれている。バイザー人に分があるのは変わらないけど、道がまだ残されている。触角の管をもう少しと、カシアの診察を確認して、素敵なバイザーと好意を持ったことだけは伝えておかないといけないな」

触覚の管や先端部を触らせてもらい、これは苔池園の養殖貝の水管と殻を選別し、束ねたり、磨いたりしてつくっていると教えてもらった。これでバイザーとつなげれば、体の中で振動する器官の形を映せるのだという。つながなくとも、角から発した超音波がバイザーの中に、声帯や音韻処理の振動を流し、相手の位置や動きは模様に描けられるのだ。水管を通して見る目には、色は無いが、影絵の世界になり、体内の隙間や鼓動が様々な動きをつくってくれる。異常があれば、不気味な動きや絵になってくるのだ。クラゲは透明で、刺胞も上手く隠されており、見づらく、毒の流れの元を辿れにくいので、避けれないことが多かったのである。今回は誰も刺されてなくてよかったと伝わり、タンポポ・タネは握った拳とここに届く光で体に影を映し、それを大きく開いたり、閉じたりし、丸をつくって元気な鼓動を表現した。キュキュと声を出し、バイザー美人の笑顔をまた目にできたので、さらに両手を使って、鼓動の大きさを表した。

「美人で可愛い笑顔と表情が素敵だね。影絵という言葉に結びついて、共鳴するわけだし、これに見えるのか。だが、人間である僕の影絵という言葉や意味だけでは表現しきれないはずだ。バイザー人の音が、やっぱり理解しあうには必要か。バイザーを上げた目と振動には、角がないけど、音が伝わる顔や体に僕がなっていると伝わるのは、いいね! ありがとう。これで、君に求愛できる表現を考えられる。問題が無いのなら、次はカシアだ」

「見る目があるバイザー人で、信用できますけれど、油断はできませんね。お父さんに引き寄せられているのならば」

カシアにも驚いており、花髪から背中の葉織り部分まで触覚を当て、整った絵だと伝えられた。二人の診察が終わったので、チーシャの軽い診察が終わるまで珊瑚空間苔池で二人ともに休むといいと指揮者から声が入ってきた。頭の中でデーナの話や記憶と求愛表現の整頓機会だと思い、あり難く承って、立ち上がった。診察してくれたバイザー人にお礼と笑顔が素敵なことを伝え、名前であるオリヴァンという音も頭に記憶して、出口へ歩いていく。きれいな苔池で貝の動きを眺めつつ、カシアのクイーン戦の話と自分の考えをまとめていた。チーシャ、ベルーシュや競争相手の診察も終わったと天井から音がきて、合流した。タンポポ・タネは元気だったことを言葉にしたり、皆に胸を叩いても表した。珊瑚の天井から駆除を行ったバイザー人達も異常は無かったため、各々の空間に戻ると聞こえ、指揮者は角で返事を送った。今度は競争相手やベルーシュへ自分の居住空間までの案内を手伝うよう促す音を出すと、引き受けられて、浜辺に入り、泳ぎで引っ張ってもらった。チーシャは指揮者の泳ぎに寄り添い、タンポポ・タネ達はまた同じ相手に手を引かれ、泳ぎながら、光る苔が敷かれている水路を泳いでいく。届く光はもう少なくなっており、苔の輝きは頼りになっていた。それでも、自分の目では先の道が見えにくくなった水の中を進むバイザー人二人に言葉にして、角や模様とデーナのことを聞いてみると、競争相手のほうが先に答えてくれていた。透明面からではあるが、微かな振動をも拾い、響く音を送っているのだ。

「角とバイザーで道が描かれるんだ。僕の頭が持っている音や意味、認識の記憶ではこの表現しか、つくられないな。もっと、観察とさらに、想像だな。模様による見え方の違いはないのか。ただ、似るだけなの。巨大なデーナは驚いたけど、お前達の声の響きで巨体が振動したし、姿も似ていたから、わかっているじゃない。言語処理自体は複座の部位で僕達がやるから、超音波の場所がわかりにくかったか。あれが二つの流れが合わさった波模様だよ。道筋を見やすくしたんだ。僕の一手さ。そうだよ。ベルーシュ! 二人の交叉を映す大きな水面池には違いないから、試す価値は大いにある。そのために、休息も入れないとな。競争相手もベルーシュも自分達のコロニーに帰るのなら、そちらを先にしてもらったほうがいい。見送り兼ねて競争相手への牽制と、そして多くのバイザー人の生活が見たいからね。降り注いでいた光も暗くなっている。あとは自分で泳いでみせる。それでこそ、求愛ができる体だ。指揮者もよろしいですか。カシアも」

「水にはある程度、慣れましたしね。チーシャの手も、大変でしょうから、泳ぎましょう」

「キュ キュー キュ キュ キュ」

二人の泳ぎを見ていたバイザー姿の指揮者は、音を伝えるためにも、自分達を知るのは悪くはないと許してくれた。ベルーシュや競争相手の体は平気だったが、案内する形で、ベルーシュから送り届けることになった。入り組んでいる珊瑚の中の水路を進む中、バイザー人の女性達のコロニーはたくさん集まってでき、男性達はまばらに散っているとベルーシュの声が聞こえた。組み入った水路になると流れがあり、そこに乗って、一気に進めるし、珊瑚の壁を超音波で反応させれば、逆流させることもできるから、ここまでで大丈夫だと一目にはあまり変わらない壁の前で止まった。

「暗号の音があるんだな。今まで見てきたから、想像はしていたけど、開く壁とは区別がつかない。超音波の反応で見分けられるか。まあ、競争相手もいるから、ここまでか。逆流されてしまうと、バイザー人はともかく、僕の体は全く逆らえないしな。また広場で、引き寄せてみせるさ。次は競争相手だな。こちらも、流れがある水路に乗るの?」

水の中でも手を振り、再会の願いを伝えて、競争相手を送ろうとしたときにベルーシュからタンポポ・タネへと振動が伝わった。他にはこれが伝わっていないのは、バイザーが出す超音波の向きを指せる力だろうと競争相手やチーシャ達の模様や口元を眺めて、考えていた。

「どうしたんですか? リーダー。本当に引き寄せる体質ですので、ここで別れても、出会いますよ」

「ああ! やっぱり、出会いという認識と情報が入ってこそ、体に芽生えるだろうしね。暗号の音だな。オリヴァンもこれを送ってくれていたんだけど、今わかったぞ。壁の判別と響き合わせる音程だな。これを覚えておけば、再会できる。言葉の意味はできない、本当に音だな。僕は超音波を出せないけど、これを頭で拾って、辿れば、一手を打たせてくれるんだな。よし! 任されたぞ。しっかりと、預かっておくからさ」

競争相手はバイザー角から、暗号音を預かったのかと鋭く聞いてきた。タンポポ・タネはただの音にしか聞こえなかったから、何に使うかは自分にはわからないなと答えていた。

「競争相手が水路を開くときに使うのなら、そうかもしれないな。送ろう! 水路がつくられるところも見たいし、バイザー人の生活は何もベルーシュだけではないからさ。バイザー人の男はまばらって言っていたけど、集団ではないの?」

ベルーシュから自ら離れて、泳いで、指揮者とチーシャの手を借りた。手伝ったお礼とこれは別だと頭に響かせて、彼らの手を煩わせないために競争相手が手を引っ張って進む。

「さては、ベルーシュがお父さんへ一手を打ってきましたか。超音波で気付きませんでした。頭に入れておきませんとね」

「求愛にデーナの触爪と、芽生える刺激はありましたからね。いくら、時期最初だとしても、暗号音を預けさせる条件を整えさせたのでしょう。よかったですね。バイザー人が豊かな音を持っていて」

「まだまださ。預かっただけだし、芽生える刺激だったかどうかは、これからだよ。競争相手も警戒しているけど、案内はしてくれるようだ。彼らはヒレが折り目をつけれるほど大きく育ち、開閉の自由もできたら、広がっていく珊瑚コロニーの一部をもらって、駆除か養殖か、診察か演奏か、彫刻か建築かの流れに分かれるか。親と同じ能力かは限らないから、流れを選ばされるか。流れて来たものは皆受け入れて、また流されていくのか。ベルーシュ達と違って集団で住んでいないのは、無駄な争いをしないこととお互いの防衛のためだ。多勢に無勢だしね。僕から見れば、どちらの体も水の世界での強さが極っているから、即命の危機になる。水路の流れで早く着いたな。ここか?」

流れのある水路に乗り、壁に淡く光る苔が荒い波模様を描いて生えていた。競争相手の目印や縄張り警戒のためだと響いたが、中を見せるのは断られた。駆除の道具や珊瑚の平たいテーブルやイス、洗い水場に用足し水場があるだけだという意味の音を伝えて、チーシャ達へと手を渡した。流れの力で十分だが、必要ならば指揮者の超音波で何人ものバイザー人達が駆けつけてくれると送り、壁を開いて住処に戻っていった。チーシャが引っ張り、指揮者はヒレ袖を使い、水路に静かに浮かびながら、手招きをこちらにしていた。似たバイザー模様二人の先導で流れに乗って泳ぎ、途中で開かれた壁を進んで行くと、水底の緑苔の光とは違って、強く黄色の輝きを放ち、指揮者のバイザーと同じ模様が苔で大きく描かれていた。

「光の届きにくい場所でのこの苔の輝きと色は身が引き締まるな。ここが指揮者の住処か。養殖で導き出した強い光を発する苔に水の世界を見る模様は想像力を刺激させるな。入ってもよろしいのですか?」

「キュ キュイ キュイ キュー キュ」

指揮者は角を振動させ、壁を開いた。住処も水が寄せてくる浜辺がある空間で、バイオミーの子機分析情報からフードや透明面が無くても大丈夫と判断した。フードを後ろに流し、この目で見回した。かなり広く、足元の苔の感触や天井から発せられる光は水路のものとは違い、柔らかく、優しく照らされていた。

「住人の品を感じるな。このままでいいのでしたら、お邪魔致します。壁で広い空間にまた仕切りがあるな。競争相手が言っていた水場だな。チーシャがイスを勧めてくれるとはありがとう。おっ! イスの上には足元のものと同じく感触良くて、鮮やかな緑が敷かれている。いいね!」

「お父さんの言うとおり、心地良いですね。背もたれもあるのは、もう自然ではなくて、彼らが作ったのでしょうね」

「このまま映像を取り続けてもよろしいでしょうか。リーダー。環境ではなくて、バイザー人指揮者の生活になりますが」

子機が顔に近づいて聞いてきたので、その羽に手を添える。

「続けておいてくれ。見守りだ。万が一の保険の一つになる。まあ、バイザー人に愛を伝えることに変わりはないさ。お勤めも終わりとするならば、住処で休まれるのですか?」

指揮者やチーシャは角の振動で壁を開けたり、閉めたりして、忙しなかったが、二人ともバイザーを上げて、手に細長く青い筒を持って来た。受け取り、バイザー人二人から、水分を取って、体を調節するように促された。

「筒は珊瑚の骨格部分を綺麗に切り取って、さらに角で加工しているな。きれいな水だな。水場は浜辺のものとは違うだろうし、後で見せて頂きたいです。それと水と体の圧を調節する必要がそちらにあるのなら、僕達の体にも重要ですし、適した水があります。淡水魚と海水魚でも違うのですから。バイザーを持ってはいませんが、道具はあります」

バイオミーの子機が筒に近づいて、水面に触れた。

「適切な成分です。診察の際、確認したと思われます。影絵とリーダーは言っていましたが、それよりも複雑に見えていると考えられます。カシアのも体を調節する成分になっています。彼らと対称にまたはコミュニケーションが取れる体を持っているからこそですね」

「なるほど。それならば、一気に頂きます! カシアの筒のほうは僕が飲み終えたらにしよう」

水を飲み干し、冷たさとほんの少しの塩分を感じ取り、空の筒をバイザー人に返した。カシアもそれを見て頷き、飲み終えた。チーシャや指揮者は筒を片付けた後、角を振動させ、水場には苔といった植物達や流れていく道筋で水質を調節したり、珊瑚の壁で止めや流し、養殖池から魚を送ってもらったりすると伝えてきた。そして、バイザー人各々の流れのない住処で皆、休むのだ。食事や泳ぎで付いた汚れを取るのもここにある水場ですると言い、壁の一部を指差すと、振動で開いた。真ん丸い石がたくさん骨格の上に積まれ置いてあり、それらで洗いや拭い、模様に編み込まれた管から水を流し、角と流れをつくる珊瑚壁で流れの勢いを調整する。チーシャに水を流してもらったり、きれいに磨かれた石を手で摩ると、滑らかな感触や泡も出てきて、それがバイザー人の手の汚れを取っていた。筒に手を入れてと言われた中では、濡れた皮膚が温かくなった。振動熱をよく伝える珊瑚筒だとチーシャは角を指差して、胸を張った。手洗いや喉洗浄が終わると、角振動で使った石を粉砕して開いた壁から水に流していく。組まれた珊瑚の壁へとぶつかり、苔道を伝って水の世界へと戻っていくと言うのだ。排泄空間も壁で閉じられており、同じく水管で流して分解、苔の栄養分にもしていると頭で意味ができた。流れがある水の世界と空間だからこそ、用を足す場所を決めていると伝えて、見せるところでないとしても、使ってもいい許可を出してくれた。あとは食事を取りながらでもいいだろうから、準備をすると響いた。新鮮な魚と海草をここの水場まで送られているので、それを捌くのを見るかと指揮者が立ち上がった。診察の影絵で魚の消化具合もわかっているので、食べるといいと、魚が届けられた水場を案内した。

「バイオミーの子機やスーツに組み込まれている機器で僕達のゲノムに問題ないか照合もできるし、お腹も空いたしね。新鮮なら、そのまま頂くのかな。でも、捌くっていう意味ができていたしな。お言葉に甘えて、生活を遠慮なく学ばせてもらおう」

調理場の深い珊瑚ポケットに大きい魚が泳いでおり、手に取ると、チーシャが堅い甲羅かを加工した薄く鋭い刃を指揮者に渡した。本当に手で捌いて、きれいに身を並べ、海草を添えたり、バイザー角の超音波で熱してもいたのだ。広い空間の中心にある立派なテーブル珊瑚の上にのせて、食事を取ることになった。タンポポ・タネはもちろん、カシアも栄養が必要なので、それらのゲノムから摂取できるものかバイオミー子機がひらりと舞い上がって、映像や大気に伝わる匂いで照合した。

「身の光、熱を与えられた皮、地球上生物ゲノムデータベースとの照合もできました。悪い虫も見つからず、二人の胃に影響はありません。あくまで子機で確認できるマクロとミクロの範囲でということは、お忘れなく」

「対称御相手だから、取るものも似通ってはくるな。生物すべてに言えるけどね。さあ! やっぱり、あとは食べてみないとな。よろしいのなら、頂きます!」

「こんなにたくさんは私には必要ありませんが、魚の栄養は気になりますからね。頂きます」

合掌してから、どれを食べようか、どう食べようか、考えているとチーシャが見ててと、テーブルに置いてあった貝殻を開けた。中には塩が入っていると教えてくれる。それから、カニのはさみ爪が並べられているところを指差した。そのままの形だったり、先を細く削られていたりする。自分達と同じく五本の指にはめて、つまんで塩につけて食べた。

「塩とは、渋い味覚だな。チーシャは。きれいな爪道具だ。バイザー人にも爪が無いな。指は五本あるし、角やヒレもあるから、問題は無いんだ。自然の形もいいけど、削れられているものもいいね。これに決めた。指にはまったぞ! ここで、一つ! カニの爪とかけまして、僕達の手と解きます」

「その心は、いかに?」

カシアは同じ中指と人指し指、親指に蟹爪をはめて、はさみの形と動きをしていた。

「はははっ。カシア! やるじゃないか。まいったぞ。今の笑いで、全部忘れてしまった」

「ただ、言いたくなっただけでしょうし、大したことでは、なかったのですよ。カシアのこれで、笑うのですから。バイザー人達も何を言っているのかという顔をしていますよ」

指揮者やチーシャも首を傾げていた。音の韻を踏んでいたのだと言ってから、新鮮な魚の身を指にはめた爪でつかんで食べた。力を入れれば切れ、そのまま口に運ぶのも容易かった。角の振動でふっくらと温かくなっている料理は特に気に入り、カシアも魚のたんぱく質のおいしさに驚いていた。海草の食感を楽しみながら、指揮者にモデル物質デーナの巨大な展開の話は耳に入っているかと尋ねると、チーシャは強く角を振って、それを見たことやクイーンの手を破ったと高い声を上げた。

「デーナのことは他のバイザー人達からも聞いたようだ。巨大な体が指揮と音を自分達に伝え、クイーンの手を止めさせたと。ならば、話は早い。あれが僕達人の体が描き続けてきた螺旋模様です。それがどう見えるか、見せてくれるかの想像は指揮者を含めたバイザー人達へ委ねる他はありません。大きい体なのはサンプル数の膨大さ故です。そして、この模様を託すため、交わる流れを見てもらうため、愛を求める表現の体です。僕という、タンポポ・タネは一人に過ぎませんが、人のすべてを生きているこの体に持っています。すべての物質と一つの生命から、想像して頂きたいのです」

自分を指差し、そこにはまっている爪で顔を傷つけないように、すぐに手を広げて、右胸に置いた。バイザー人は筒に入った水を飲み干し、角を天井に並べられている苔に向けると、それらは鮮やかに輝き始めた。

「キュ キュイ キュー キュ キュ」

「この輝きも、お父さんや私と同じく受け継がれてきたものなんですね。植物も種を残しますから。ここまでの光を発するには根気がいるということです。根だけにね。この苔達に根はないんですけど」

カシアが触爪を上げて、天井に向け、振った。チーシャは警戒で爪を構えたが、指揮者は合わせてその手を光にかざしている。ゆっくりと手を下ろして、欠けたバイザーの奥の顔で向き合った。欠けてはいない模様と角を指先で叩き、音と意味が伝えられた。光を持つ苔は、自分達が生きるために残して、大きくしてきたと言う。音と体で自分達に表して、水の中で強く泳ぐ姿であるならば、皆のバイザーの中の想像に映し出されるだろうと響いた。

「クイーンの流れを変える潮流になるかもなと言うなら、デーナを見たほうが僕らにとっても、あり難いです。潮の満ち引きの環境は、海よりも深く、新しい流れで循環させることを良しともする考えを育てるのでしょうか。それを観察し、想像するのが僕達のすべきことです」

「キュ キュイ キュイ キュー キュ」

流れていく水の世界だから、栄養や音を入れ替えられ、それで魚も育っていくのだ。言葉を頭に送り、指揮者は並べられた魚の身をすすめていた。デーナは一度、この目で見てみたいと伝え合いながら、食事を終え、苔の輝きを眺めたり、大小の珊瑚筒がある空間で用を足した。指揮者が振動をそれら筒に伝えると、中の壁が開いて、水とともに外へ流れていく。珊瑚の養分にしつつ、海に還っていくと意味ができた。泳ぎの体の汚れは、小さいコロニーの穴が集まった壁のある別の広い空間で取ると言って、職人が磨いた石がそれらの中に置かれていた。骨格として使う珊瑚の育成過程の筒が小から大へと三つある。より柔らかい苔を踏み、天井への角振動で出てくる水で洗って、流し落とすという。暖かい熱を発する天井苔を振動で輝かせ、水温の調節と、体の水滴を飛ばしていた。タンポポ・タネ達のスーツに汚れや水滴も付いていないのは、様々な環境に対応してきた生物や自然物質から抽出、それらの組み合わせでできた繊維だからだ。着ている者の体温の調整や垢の吸着、分解と放出も可能にしていた。それでも、フードを流して、さらした顔に石を付けてみて、感触を体で試していた。チーシャや指揮者は繊維と自分達の乾かした皮膚を触って比べていた。細い針状の珊瑚で並びが似ている歯の間を擦り、それに自らの角の振動を伝え、さらに磨いていた。カシアもタンポポ・タネも振動を分けてもらうと、先端のみが細かく振るえ、歯に当てると心地良かった。バイザー人達も眠りがあり、安眠空間の壁を開けてもらうと、彼らの体の大きさに合ったテーブル状珊瑚の上に真っ白い泡がのっている。これに包まれて、横になって眠るのだという。

「きめ細かいですね。甲殻類から発生する泡です。ただ、それらと照合しても、特殊な形質です。柔らかいけど、壊れにくく、バイザー人の振動で細やかにしているのでしょう」

「バイオミー子機の分析と、後は僕の感覚で確認してみる。うん! 泡! でも、慌てることは無い! 形状を維持している。養殖池の温度設定から発生させるようにして、つくり上げているのなら、いいねというほかないな」

指揮者の角の振動からは泡のつくりだけでなく、タンポポ・タネ達に寝袋泡を用意したと送られてきた。テーブル珊瑚は無いが、体に合う泡にしてもらったと超音波が向けられ開いたほうに真ん丸の綿の形をしたものがあった。チーシャや指揮者の使い方を見て、泡に体を包まれる感触は軽いが、しっかりと重さを預けられる。眠る空間の天井には苔はもちろん、点々と透き通った珊瑚筒があり、青いぼんやりとした光が入ってくる。この差し込む光の強弱や取り入れる珊瑚空間の開閉動作がバイザー人達にとっての睡眠と行動持続する時間を決定するから、もう寝る時間だとのことだった。

「潮の満ち引きを担う衛星と恒星の光だね。これが眠りを促すんだ。透過成分でもつくられている珊瑚の自然な開閉の動きは、自転公転による正確な時間も測れるのか」

「光なのに眠くなります。それと、この泡! 弾力があって、いいですね。テーブルやイスがなくても、ゆったりできますし、お父さんはもう泡の切れ目から入っているじゃないですか」

フードを後ろに流している頭を泡の切れ目から入れて、また顔を出したタンポポ・タネの顔にはなにもついていない。

「崩れていない。元を辿れば、保護膜だからか。匂いはしないな。よし! 寝るか! 一宿一飯、ありがたく、頂きます」

チーシャは開けたままの隣にあるテーブル珊瑚で眠りたいとのことで、指揮者も側のイスのほうに腰を下ろした。寝袋泡は厚みがあり、重い頭を乗せることもできる。その姿勢のままでも、二人のバイザー人の模様が見えた。指揮者の角が振動すると、この空間に静かな音が聞こえてくる。遠く広大な海原に一つの小さい水滴が落ちて、最後の波の揺れが微かに流れ着いたかどうかと思われる、小さな大気の振動がしばらくあった。バイザー人達の惑星へと入ってくる青白い光や泡の感触とともに、体の感覚を委ねていた。バイオミーの子機はタンポポ・タネの顔の近くに寄り添っている。それが察知する前に大きな滴がこの空間に落ちた振動を感じた。バイザー人のお休みの音の穏やかさは少し乱れてしまうと目立ち、耳に大きく聞こえたのだ。チーシャのバイザーを上げた顔が泡や珊瑚からはみ出し、涙を流しては、その手やヒレで空中を掴む動きをしているのだ。角の振動はまっすぐではないため、頭を向ければ拾え、親という言葉の意味につながった。体を少し起こし、両手で浮かし支えた頭で、つくった言葉を送った。

「涙を見てしまったら、僕の体も動いてしまうね。遺伝子をこの体に託した親との別れのとき、僕も涙を流したよ。だから、授けてくれた言葉や音を決して忘れない。まだチーシャと親の時間のほうが短くて、言葉も音も少ないから、悲しみは深いだろうし、僕に超音波は扱えない。でも、ここまで連れて来てくれた手やヒレの引っ張りのおかげで、バイザー人への想像力と愛情は現れているから、生きる手段や流れをつくってみせる。体を、お休みよ。そのバイザーと角で受け取ってくれないのでは、意味ができないんだ。もちろん、顔を上げてもらわないと、可愛い化粧線を含めて、受け取ったかの確認もできはしないよ」

寝袋泡から両手を出し、筒から入ってくる淡い光の中でカエルやサメの形を指で組み合わせてつくり、泳がせたり、影絵を苔絨毯に映し出した。チーシャは声と影に気付き、見つめてきているのが、角の振るえでわかった。

「月よりも大きいから、強くきれいに光が照らし、差し込んでくるな。これが今の僕にできる表現かな。水の静かな世界と、そして僕の手の形作りで、自然と生きるお誘いを伝えられていれば、まあ、いなかったら、さらに想像すればいいだけさ。ゆったりした泳ぎが僕にもできたら、話も早いけど」

両手を大きく広げ、カニをつくり、筒光に踊らせるとチーシャは超音波をしっかりとタンポポ・タネに向けていることに気が付いた。

「そうでしょう。カニは上手でしょう。海にはたくさんの生物がいる。形も色も声も、生態も違う。厳しい世界なのはバイザー人達のほうがよっぽど理解している。それを踏まえた上で、僕の体で感じた超音波や模様は上手なカニの影絵をつくりだすよう、促しているんだ。穏やかに、泳ぐカニ」

すべての指を細かく動かして、筒光へと移動する姿と踏んだ韻でチーシャの角の振動はゆっくり落ち着き始め、閉じた目から涙は出てこなくなった。

「影絵での世界の見せ方は考えを落ち着かせる働きになったのかもしれませんね。暗い水の中を進むには、必要ですから。リーダーに助けられたという記憶も手伝っているのでしょう。バイザーを持って、生き残っているのですから。そこまでいくと、ゲノムだけでは判断することはできませんが」

「流石に泣き止ませる邪魔をするわけにも、いかないですね。私にとってみれば、お父さんとマザーがいない自然の姿は想像したくはありません。しかし、生きている体と認識があれば、泳ぐ力にならないわけにもいかないです」

バイオミーの子機がタンポポ・タネの顔に触れて、カシアは空間に入ってくる光で花髪や顔の輪郭に鮮やかに、柔らかく色を帯びていた。周りに再び静かな音が響いたのは、起きていた指揮者も安心したという声だった。起きるときになったら、違う響きを出すと伝わり、目を閉じて天井の珊瑚や筒の形から、伝わってきそうな目覚めの曲を頭で描いていた。ジン・ハナサカが必殺確定の響きだぞと聴かせてくれた記憶で体が眠り揺られているときに、それがまさしく頭に響き渡った。

「おっ! うーん。本当に逆転覚醒の響きだな。朝か! つくっていた曲はまた、すっかり忘れてしまったけど、新しい朝の音が聴けたな」

指揮者の角の振動が空間に広がっていて、珊瑚の天井筒は夜よりもたくさん開き、そこかしこからまぶしい光が筒形に沿って、透過し降っていた。チーシャもカシアも起きていて、ぱっちりと二人とも目を開いている。頭に響いた音は指揮者の角の振動ではあるが、発せられた超音波は、最も気の流れが上がる音処理を振るわせただけだという。響き方は違っても、振動処理自体は変わらないから、できると意味が伝わる。指揮者はその共鳴や珊瑚の開閉の大気の微弱な振動でも、受け取らないと、務まらないのだ。

「指揮者は光ではなくて、珊瑚のあくびで起きたわけですね。お父さんはどう響きましたか? 私は交叉する二対の結合の掛け声でした」

「ああ! 同じさ。いろいろあったからか、すぐに寝たな。バイオミー、自転の速さも地球と同じかな」

「それ自体もゲノムと無関係ではないです。体に掛かる重さもありますからね。地球の自転速度と照合してあります。やはり似ていますね。もちろん人間が生きていたときの理想基準時間ですが、七時間の睡眠と、日の入りです」

指揮者はチーシャにまた案内をするように促し、大きく頷いていた。珊瑚壁を角で開けて、やや赤く堅い骨格から出てくる水は振動に強く反応するらしく、その熱でぬるめになっている。チーシャがお手本だよと見せてくれ、顔や口を漱ぎ、珊瑚筒の中に流れていく。これでいいかなと激しく漱いだので、笑って、次は朝食を取ろうと響いた。

「朝の流れは似ていて、嬉しいなあ。貝の入った温かいスープはありがたい」

「キュ キュイ キュー キュ キュー」

チーシャはさっさと飲み干し、小さい珊瑚の枝を口にくわえ動かしながら、ヒレを伸ばしている。小さい体のバイザー人は超音波の訓練、珊瑚と苔の育成と音を蓄えたものは自分の気の流れに身を任して道を進み、指揮者は珊瑚との協奏と水がひいた世界で流れる風や音を聴いて、水質と獲物及び敵数の調査務めがあるが、自分達はどうするかと尋ねてくれた。こちらの姿形も見ないとデーナに合うかはわからないだろうという気遣いが響いた。

「ありがとうございます。まずは基本で身近な部分からで、その後に複雑で中枢な部分に進もうか。流れがあるなら、チーシャ達の訓練を先に見せて頂きたいです。いずれ、大きい流れになるでしょう。水がひいているといっても、流れと世界をつくる外を無視するわけにはいきませんか」

天井の筒はすべて開ききって、空間の浜辺から扉にかけて、苔がはっきりと緑を映し出している。彼らにとっての普遍な自然時間はこれらで決めているのかと考えたのは閉まっている珊瑚壁が細かく振動しており、指揮者が開くと、二人への迎えが来ていたからだ。指揮者は何人かのバイザー人に体を支えられ、小さい女の子のバイザー人達がこちらに手を振っている。指揮者とチーシャは珊瑚の枝を口から出し、漱いでから骨格筒の中に流し、出るということだった。苔路の水は引いており、泳いではいけないので、珊瑚壁を一気に開きつつ、それぞれの流れる先に行くようだ。指揮者は指差した壁を超音波で開き、そこへチーシャとともに道を頼んでいた。頷き、小さいバイザー人達は合わせて、路を歩いていく。

「可愛らしいバイザー人達だ。女の子なのは、僕の引きが強いからさ。指揮者の許可が出たから、珊瑚の壁を開いて、直通の路をこの子達と歩くことができるのは、いいね! 皆が手に持っている貝殻は楽譜? 文字というより、記号が角で削れられているな。超音波の振動数や向きを表しているの! 人の目にとって見れば、波模様やらが延々と描かれているだけなんだけど」

歩きでも、すぐに広い学びの空間に着く珊瑚の構造にタンポポ・タネは驚きを小さい子達に伝えていた。笑っているチーシャ達は教えの流れに沿ってバイザーの向きや振動や楽器の演奏、今は池で遊んでいる。この後は、珊瑚の外の風で角を振動させる流れだった。バイザーの音が完成したら、高い流れのほうへ向かって泳いでいくとモルトの御相手が意味をつくってくれた。

「チーシャや皆はどうやって、流れを決めるんだろうなあ。僕の場合は特殊な人工衛星の環境とジン・ハナサカの教育で使命を全うすることを決めたけど。僕だったら、珊瑚の建築家か指揮者だな。それなら、人間の僕でもベルーシュやオリヴァンにも攻めに出れる」

「私もお父さんやマザーとの生活の中で決めたので、あの子達もそういった中で決めるのが多いと思います」

「ゲノムにはそういったことは描かれておりませんでした。お勤め自体の形成は自然よりも社会の中だと考えられます。バイザー人達の集合観察から導いた結果としてです。私はリーダーとともに使命を果たし、協力することを念頭につくられましたが、確かに生きてきた記憶や刺激は自転公転と同じく、要因として見るべきです」

「だね。この目で感じて、想像しないとな。外にいくようだし、指揮者の務めも見られるかもしれない」

小さいバイザー人達が歌いながら壁を開きつつ、苔路を進み、外に出ると、恒星からの光が水の世界で底だった地面に差し込まれている。ヒレを動かし、高く飛び上がっている子達の角が振るえた。タンポポ・タネの頭に強く響いたので、ベルーシュや他の駆除の者達が巡回しており、周りに注意して飛ばないと、刺されるぞと声を送っていたのだ。

「やっぱり、ベルーシュだったか。この超音波の記憶は面白いよ。すぐ、君だってわかるもの」

「キュ キュイ キュー キュ キュ」

バイザーを上げて、笑顔を見せてから、珊瑚の森や岩に絡まったクラゲの触手や針のある生物の駆除と教えを行うことを伝えてくれた。水の世界に遅れてしまい、置いていかれたクラゲは乾燥に耐えられず死に至るが、触手の刺胞はまだしっかり作用し、大気から身を守るため、体を丸ごと変形させる生物もいるから気をつけてと強く響いた。モルトや競争相手もいたので、指揮者について聞けば、エイクに乗って別の駆除バイザー人達とともに、引いた水の元になる海溝付近までいき、水の流れや魚達の泳ぐ道筋を予測していると意味が頭に出来ていた。遠くを眺めて、海溝を捉えようとしているときに手にカシアの触爪が纏わり、指で岩を指している。

「お父さん! あそこにクラゲが引っ掛かっています。触手が珊瑚の枝に絡まっている姿はさきほどとは打って変わって、哀れに思えてきますよ。あんなに強く、恐ろしいものが足を引っ張るなんて。全く動きませんね。それどころか、ぺしゃんこです。最初は何かと思いましたよ。お気をつけください」

「水が引いていく力で漂うはずが、こうなったわけだ。もがいて、傘を動かしたせいか、ひどく絡まっているな。体の水分がすべて抜けている。なるほど、水のおもむくままのものと耐えて、留まるものの生態が伺える。海溝の深さや衛星の引力によっては、どちらにも生と死が転ぶな。深く、長い海溝とバイザー人は伝えていたし、クラゲや流れに身を任せる生物の住処だね」

チーシャ達は駆除のバイザー人達に残っている刺胞や変形時の危険な姿を教えているようだった。海溝は見えず、本当に水に覆われていたことが不思議に思える風景をタンポポ・タネはフードを流し、あらわにした顔で感じていた。小さい角達に混ざって、水の世界や変形姿についてベルーシュに質問しつつ、珊瑚の森や岩礁を歩いていく。駆除だけでなく、エイクに乗って、遠くまで海草を取りに行ったり、自分達を診てくれたオリヴァンの音も頭に届いてきた。辿り、お礼を声や手で表すと、均整に描かれた化粧線の顔と角から喜びが伝わった。今は駆除のバイザー人達の護衛のもとにクラゲの影絵や毒の調査をしていると教えてくれた。

「リーダー。出会いの引きがやっぱり強いですね。体が素直なら、もしかして、お二人とも御相手にするつもりですか」

「それぐらいの心意気持ってこそ、僕という人間に情熱が湧くんだよ。バイザー人の御相手同士のモルトからも、その場合があれば、条件を聞いておこうかな」

「認められるとしても、きっと厳しいに違いありません。チーシャやベルーシュ達と私はもちろん、違うゲノムでも、間違いはないはずですよ」

カシアが腕組みをして、花髪一片一片を上下に大きく動かすので、膨らみも毛細飾りも揺れていた。駆除のものやチーシャ達は光を浴びながら、筒から泡を出して、そこに座っていた。モルトからも今は光を浴びる風の揺れだとタンポポ・タネ達に座るようにすすめてきたので、その流れで条件を聞いてみた。高い笑い声を上げて、二人の音をきちんと拾えて、聞き分けることができるのであれば、それは強みだから許しは両方から得られるだろうと意味を響かせた。一人の角の音を深く聞くだけでも大変で、子孫に振動数を受け継がせるならば、なおさら聞き分けできないと、その子らのバイザーにひびが入る恐れもあるから、原則一対一で、音を聞き選ぶ慎重さが必要なのだと強く頭に届いてきた。ヒレ襟の折り目も乱れれば、自分の泳ぎに支障が出て、溺れやすくなり、早さや数をすすめるものはいないのだとモルトの前掛けにもなっているヒレを指差した。

「経験が死につながるのは、環境の強さだ。質を選ぶか、量を選ぶか。まさしく、戦略だね。これらは細胞分化の違いによっても、どちらかを慎重に選ぶ必要があるな。バイザー人の敏感さ、指揮者の凄さがわかるな。バイザーの欠けはたくさんの超音波を聞いて受け取ってきた証で、もしかしたら、たくさん御相手してきたからかもしれないな。そして、聞き分け次第か。聞く体は資本! よし! 希望はあるぞ。あとはやってみるだけさ。ありがとう。モルト」

「それは簡単なようで難しいですよ。お父さん。声が皆、違うんですから」

「私のほうには意味ができませんでしたが、カシアやリーダーの言葉だと、やる気次第ですか。正直な体の得意分野ではないですか」

強い風が吹いても、泡は崩れずにいたが、駆除のバイザー人達は立ち上がって同じその方向へ角を振動させていた。チーシャや小さいバイザー人は珊瑚城の周りを沿う形で整え掘られて、引いた水できた自然の深く、長いプールで遊んでいる。エイクや魚貝の一時避難場所になっており、バイザー人の他生物への認識を垣間見て、手掴みしているのを誘われた。静かに駆除のバイザー人達は角を振動させたまま動かないので、気にもなっている遊びにまずは加わり、流れを待つことにした。カシアには、自分がプールの確認をすると伝え、準備体操をして、近くで見守っているオリヴァンに手を振り、それがつくる風を送った。三日月模様のバイザーの姿で、頷いていた。

「超音波を拾える! 君のおかげで健康と泳ぐ姿を見せられるのを伝えるよ。じゃあ、小さいバイザー人達に習って、手掴みだ」

チーシャが力強く引っ張るので、フードと透明面を付けて入ってみると、所々は深くなっており、バイザーの振動で筒から顔を出す生物もいた。隠れやすい珊瑚の形や海草がたくさん配置され、自然の姿にも近く、教えてくれた通り、養殖池に入れる魚やクラゲを調べるためにつくられたことがわかる。手を伸ばしても、捕らえられない速さの魚をチーシャの備わっているヒレ袖は水中で叩き、その手に掴んでいた。自分の体の水の世界の弱さを改めて知り、彼女の手を握って、深くまで強く入ってくる光を受ける魚の鱗やバイザー模様の美しさは、しばらく目を捕らえて離さなかった。小さくも強い体のバイザー人と両手を握り締め合うと、水中の自由に動ける深さの場所へ導いてくれる。小さい魚達が泳ぎ散っていたのは、タンポポ・タネのフードの中へ通信が入り、水中にも揺れた振動が伝わったのだ。

「超音波のほうが、とくにバイザー人のそれは意味処理にも届けられるけれども、電波と音声もこの惑星の水中には届くな。何か、あった?」

「お父さん! 駆除バイザー人達からの振動で分かったのですが、流れはクイーンクラゲの味方をするようです。海溝に潜みながら、伸ばしている触手が岩をどかして、さらには珊瑚城までの道筋を探っているんです。指揮者からの強い大気の振動が伝わりました。応援で今、バイザー人が向かっていきました」

ノベルアップと小説家になろうに同時投稿

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ