死と運命の出会い
ノベルアップと小説家になろうに同時投稿
画面上でしか、表れていなかった螺旋航路がタンポポ・タネの視覚でうっすらとではあったが、認知できた。自分の体も輝いて、透き通っていく。皮膚から神経、そこからはさらに眩しくて見えなくなった。目をもう一度閉じたと思うと、その体の感覚がタンポポ・タネの中に差し込んできたので、開けてみた。前には地球と同じ色の顔をしている惑星があった。
「リーダーにカシア。到着です。光爆速と螺旋光路が合わさって、さらに一瞬の感覚でしたでしょう。最小点とは、あの惑星の軌道圏外になります。太陽系と似ているのは決して、偶然ではありません」
立ち上がり、タンポポ・タネは縮んでいた時の地球と同じ大きさの惑星をしっかりと目で捉えられていた。その近くには恒星があったが、太陽よりもこちらも、小さかった。しかし、二つともに光に満ちた明るい顔を向けていた。
「僕達のゲノムと環境は無関係ではないからな。違いは大きさぐらいに見えるが、もう少し近づいて、観察してみよう。念のため、光爆速の充填と宇宙船の物質粒子をあの惑星を照らしている光と波長を合わせてくれ。いきなりは、お互い驚くだろうから、静かに穏やかに接近する。水が全体を覆っているな。ん? それに、これは衛星というには大きいな。準惑星に分けられそうだが、あの豊水惑星の軌道で引っ張り合い、保っているのか」
「きれいな惑星ですね。水に溢れているのは、嬉しさもありますが、怖さもありますね」
カシアの紫の花髪部分が輝いているのは、水惑星が公転している恒星の光を吸収しているのだ。
「波長合わせました。自然の体系に溶け込んで、接近します。恒星も太陽に比べたら、小さくとも、十分な光のエネルギーです。惑星自体は地球よりも液体の水がとても多いです。陸地が見当たりません。それに、この周りを公転している衛星は興味深いですね。リーダーの言うとおり、もう一つの惑星と見ても不思議ではない大きさですが、大気が無く、岩石の地表があるだけです。少しの距離でここまで違うのも、環境の影響が見えますね。天体上の位置を測定し、データに組み込みます。人工衛星の類は見つかりません。太陽系含む集合を基準にします。記録にある銀河や光の強さを見つけましたが、遠くまで来ました」
バイオミーがすぐに、画面に太陽系が元にもなっている集合と、今いる体系の銀河を映してくれた。粒子の引き合いが、ここまでつながっていたことがわかり、タンポポ・タネは決断した。
「測定も早い! じゃあ、こちらも早速、水の惑星に行こう。地球の海は人工衛星からしか直接目にしてはいなかったからな。海だったら、舞い上がるとしよう。もちろん。デーナの交叉モデル発現ができたときもね。デーナの中の粒子もここまできたら、はっきり示しているな」
「確かに螺旋光路がもはや、一つの線に集中しています。あとは実際に会えるのなら、会ってみることです。それではこの惑星体系も観測できたので、突入します」
宇宙船マクロは豊水惑星の面に飛び込んでいった。遺伝子複転写体がヒトゲノムと対称になる生物をここに示しているように、大気もあり、その成分も問題ない数値として、バイオミーが出してくれた。タンポポ・タネの体を引っ張る惑星の力はカシアを託された場所と比べたら、高く舞い上がれる感覚があった。
「久しぶりの重力ではあるけど、地球と似て強すぎるほどには、引っ張られていない。それにしても、本当に水だけだな。陸地が見えない。ということは水の中にいるのか。水の成分も調べたい。水面に近づいてくれないか」
「わかりました。このまま、下降します」
宇宙船マクロは横腹の翼を制御して、水面へ体を動かしていく。その真下から、水しぶきがあがり、出来た泡がマクロ船を丸呑みする勢いだった。まだマクロの体は飲み込まれてはおらず、横の翼にひもの形をしたものが六本巻きつき、引きずり込もうとしていた。光で白く濁った色が目に入っている。
「いきなり、手足! まだ、飲まれてないな。光で見えなくしているのに、捉えるとはね。少しの波の動きを感知したのか。手かな、足かな。ともかく、バイオミーは船体の維持と、その粒子に熱も加えて防衛、相手の補足を頼む。餌と間違えているかもしれないが、強引なお誘いならば、警戒する必要がある。目標も定めらないのであれば、デーナで透き通っているひもを切ってくる。こちらも、生きているからな。カシア。早くもクロスして、出る。よし! 手にしよう。相手の触手なら、こちらも触手で握手ができるからな。船を飲み込むイカかな」
「足の毛細飾りですね。わかりました。愛の結晶でお相手しましょう」
「強い力です。補足急ぎます。下腹部開きますので、お願いします」
フードを被りながら、急ぎ、デーナの保管ブロックへ二人は向かった。船が引っ張られているので、体勢が崩れそうになったところを姿勢を保っているカシアの毛細飾りが受け止め、支えてもらいながら、いっしょに走った。デーナに乗り込むと、複転写を開始しながら、透明面付きのフードをしっかりと被った。船内で右腕を斜めに突き出し上げて親指から中の指までは立ち、残りは軽く握る手の形にした。左手を差し伸べ、開く形にした。左の手首のほうにそっと右肘部分を置き、構えた。軽く握り、閉じた手を右下へと、差し伸べ開いた手はつたって前へかざした。
「交叉する二対の結合!」
「はい! この言葉は、気合が入りますね。お父さん」
「それがわかるとは、流石だね!」
カシアはトリガーをしっかりと握った。タンポポ・タネの言葉通り、結合の模様が透明面に映し出された。バイオミーのハッチを開けるという通信が入った。毛細飾りを縦横へと向かって、力強く伸ばして張り付き、デーナは落ちないように構えた。葉織りも出てきたのは、張り付く強さとも関係しているのだろうかとタンポポ・タネはデーナの手で首周りを覆うそれを触っていた。そのまま、アームで固定されていた光差剣銃を手に取った。手元で鋭角に交わり、刃部分が出ている。刃逆には銃身がはめ込まれ、あごで安定させて使う引き金部分も収まって、今は大剣状態になっている。持ち手は一つに重なり、そこには六角形の結晶が埋め込まれている。
「画面に操作マニュアル入れましたから、目だけでも通してください。結晶は光爆速にも使う小型の光熱核です。持ち手の上のY字の弁で身の反転と流れをX字のレバーで光熱を刃や銃身の物質粒子に結鋭及び結集し、切断や発射します。それらは分離もでき、それぞれ折りたたみ、取り回ししやすくし、光熱核を使うには難しい環境の場合に威力を保ち、自然に配慮した作成種丸と熱気で威嚇します」
「剣と銃が重なっていないと、強い光熱核結晶の調整が難しいんだな。大体わかった。あとは、使って、体で覚えるよ」
デーナは光差剣銃の持ち手を一旦引いて、Y字弁で回転させた。長い銃身が刃部分と置き換えられ、再度差し込むと、引き金のある持ち手が出てきた。ハッチが開いてきて、水の面がデーナの目に映った。
「お父さんとカシア。デーナ・クロス・カシア。いきます」
Y字の弁で流れを決めて固定し、X字のレバーを回した。銃身に白い光が通った。毛細飾りの力は下腹部から寝かせたままの姿をのぞかせることができた。デーナ正面の左ヒレ翼のひもに狙いを定め、光線を放った。そこに穴が開き、先端を残して、ほどけていく。すぐに下腹部からでて、足を左ヒレの下に向けて毛細飾りで張り付いた。重力にも折れずに、伸びて、体幹ができ、右にからまっているひもにも放った。船体が上がると、また下腹部に移動し、毛細飾りすべてで水面に顔模様を向けて、直立した。毛細飾りは足場だけでなく、体の中心や姿勢をも決定し、保つことができた。寝ていても、逆さになっていても、芯がデーナに、複座の中にもあった。今も花髪はフードの中で形状を保っているが、白花髪は強く後ろに流れ、葉織りは大気中に揺らぎ続けて、体の流れや視界を邪魔せずに、水の中の手の動き、風の動きに構えられていた。複座もデーナの一部の細胞となっている場所なので、タンポポ・タネもカシアも、体の意識がはっきりしていた。
「イカした射撃ですね。そうは、二人の結晶は砕けませんよ」
「うん。風にも重みにも負けないデーナ・クロス・カシアの芯の強さで、ぶれないし、相手も絡んでいたゆえに、動いていないからね。水の下から、僕らが見えているあちらの手番ではまだ、ある。飛び出して、動いてきたのを捉えるには、こちらがいい。よい! せっと!」
弁やレバーを戻して、持ち手を引き、刃部分を出し、押し込んで出てきた柄を両手で握り締めた。大剣の刃に光を通し、水面に真っ直ぐにかざした。マクロは離脱できつつあり、飛行できる姿勢まできたところで、相手がまた手を伸ばしてきた。透明なひもの先がまとまって、大気をも刺す形になってデーナに集中し、這い上がって来た。タンポポ・タネは先端に円錐の形をしたものがたくさん付いているのを見た。刺してくる風の勢いに葉織りは逆らわずに、デーナの体をしならせた。
「よいせい!」
しなる力で左の足と毛細飾りを下げ、避けられたひもが一瞬からまって束になった部分に刃の光が照らされた。毛細飾りで腰に力をためて、両手で握った大剣でまとめてざっくりと斜め下から切り払った。光は道筋どおりに走っていった。残った白い光がちらついたところから、ひもは水面に落ちて、断面の熱のせいか、そこから湯気が立ち上ってきた。マクロは無事に飛び、デーナ・クロス・カシアはハッチにすぐに戻れるところで、安全の確認をした。まだ、デーナは水を上にして、立っている。
「何本あるんだろう。再生してきたものを使ったか、まだあるものを使ったか、長い手だ。再生するにしても、時間がかかりそうだ。伸びては来ないな。吸盤にも見えたけれども、イカじゃないかな? 地球に似た惑星の環境なら、想像できるゲノムだ。白いダイオウイカの映像を見せてもらったこともある。でも、さっきの先端のものは刺胞にも見えるな」
「よく見てますね。どうやって、動かしているんでしょうか。私の飾りと似ていますが、使い方が違うからでしょうか。想像がつきません」
「相手も体を持って、生きているからさ。似た形の毛細飾りを、カシア。よく、動きについてきてくれたよ。むしろ、僕の感覚がもっと追いつけば、交叉の強さを引き出せる。まだ、カシアのゲノムの力と対称に補い合えていないな」
「まだ、深くつながれるということですよ。そのほうが、素敵です。お父さんの対象の存在を見て、考える性質は、さっきの相手にも対応できるに違いありません」
「ご無事で、よかったです。距離も取れ、相手の姿全部は捉えられませんでしたが、ひもの形とデータを照合しました。翼にくっ付いているものからDNAの採取をお願いしてもよろしいですか。触手の形だけで言ってしまえば、クラゲです」
バイオミーが船から捉えたひもと、地球生物画像の比較をしてくれた。
「イカじゃ、ないのか。でも、大きいじゃないか。数までは確認できないけど、あれはほんの一部分だったのかもね。わかった。翼にくっついている先端部分の除去とDNAの抽出にいくよ。船体の制御をお願い。デーナ・クロス・カシアの毛細飾りや重さもあるからね。カシア。マクロの上部まで動かすよ。そこで、手が粘っているみたいだ」
「わかりました。同じ触手の形だというものは、どうなっているか。調べてみないといけません」
光差剣銃を分離し、それぞれを折って太い短剣と種丸を装填された銃にして両腰に収めた。X字のレバーは剣に、Y字の弁は銃と、結晶もそれぞれ半分に分かれていた。毛細飾りとバイオミーの操作で慎重に足場を確認し、翼部分までデーナ・クロス・カシアは歩いていく。タンポポ・タネとカシアから見て、右ヒレ側のほうが先端から体の部分が多く残っていたので、まずはそれ以外のクラゲの手を除去していく。短剣でくっ付いている面をデーナは覗き込みながら、削いでいく。終わると船からのアームで清浄し、物質粒子の確認をした。
「よくこの物質に付いているな。大小あるほうの大の円錐の細胞が柔らかく潰れ、面に塗られている状態になると同時に針細胞が出ていた。でも毒やらが検出されない。針がマクロの堅固な物質に通らなかったんだ。それでも、かなりの衝撃だったのは、この大きさのせいだな。毒針が戻されて、逆に飛び出しそうになっている。完全に出された状態でないと、細胞に毒を通す線が通らなくて、分泌されないのか。これを踏まえて、DNAの抽出と解析だ。ジン・ハナサカから受け取った、より精密な解析器で調べる。この惑星の一部もそこにあるし、これが僕達のゲノムを残せる相手かもしれないし」
「お父さん! それはいかがなものかと思いますよ。いくら、私の毛細飾りに似ていると言ってもです」
「確かにデーナの螺旋光路はこの生き物を差してはいないな。生物をこの目で見て、調べられるのは中々無かったし、ゲノムを解析するのはすごく感謝だ。海はやっぱり、いいよね。でも、クラゲは危ない。ジン・ハナサカが姉と弟は刺されないのに、自分だけ刺してきやがってと言っていたしな」
バイオミーの操作するアームから抽出針器を受け取り、触手からDNAを取り出し、デーナも船内へ回収した。遺伝子複転写体の初期化や状態を確認後、抽出器先端から取り出したDNAを解析した。
「ジン・ハナサカらの解析器は見事です。私やマクロ船をつくり上げる技術も間違いなく、残すべく、尽力します。先端からでも、その遺伝子から結晶を導き出せています。まずは、さすがはリーダーですね。これはメスです」
「えっ? メス? でも、メスらしさなんてどこにあったんですか? ああ! 遺伝子からですか。触手だけでは確かにわかりませんからね。並びでもう、決まるんですね」
バイオミーとカシアは触手がつくられる遺伝子性の並びと、タンポポ・タネの体を見ているが、彼の目は解析されたゲノムに注がれていた。
「違う惑星だからといって、全く違う生物がいるとは限らないのが、面白い。光路が指したってこともあるが、いや、同じ生物と見るならば、共通しているものこそ、見逃してはいけないな。異なる形の奥の一点の光だ。当たり前だけど、染色体の数も長さも全く、僕というヒトとは違うな。ヒトよりも染色体の数が多いし、その中の情報数はさらに比べものにならない。毒や針といった細胞とも無関係ではないはずだ。ただ、バイオミーのデータにある生殖細胞を決める遺伝子は似ていて、同じ列の場所にあるな。デーナの導きも、もちろんだけど、子孫を残す目的と形を考えてしまう。使命か。うん。メスだね。これは僕の体もすべての人だから、御相手を引っ張る力もあるという説明もできそうだけど、まあ運命と言っておこうかな。自然の力というわけさ。あとは異なるものだな。触手に針、そこから出すであろう毒、僕らの姿を捉えた目、巨大な体、さらには、これはあればだけど、欲に近い目的だな。神経物質とかだね。これで説明できない心理もあるに違いないが、体あってこそだし、無視するわけにはいかない」
タンポポ・タネは抽出したDNAを実験管理室まで運び、自分の手と目で丁寧に扱い、さらに遺伝子の情報解析を進め、バイオミーのゲノムデータベースで調べてみた。
「まずは毒の情報の特定がいける。地球生物上のゲノムデータベースといっても、十分に利用できる。毒を分解する物質も遺伝子に組み込まれているな。捕食でも使うとするならば、必要だな。見た目からは想像もつかない複雑さと対称になっている螺旋形から、あのクラゲだものな。解毒物質だけ情報を切り取って、作製しておくか。デーナをつくっているタンパク質を使える。刺される場合もある。目というより、光の吸収や屈折を行う細胞の発現遺伝子もある。かなり、変形に融通が利くな。僕らじゃなくて、獲物が遮るという反応で動いていたと考えられる。針は触手と同じ細胞だな。ん? やたら並びの数が多いぞ。こんなに触手がいるのかな。地球のクラゲのゲノムと比べても、多すぎる。それに、これ以外でも並びが延々と続いている箇所がある。これは触手にダミーか、肥大化につながっている可能性もある。主に本体をつくっている物質だ。これが巨大さの原因の一つ。これが、ここのクラゲという生物の特徴かな。一固体だけならば、突然変異というものありうる。それに、このつくりは深海生物にも似たところがある。水圧への適応がある。近くまで体を上がらせたか、触手が伸びてきたのか。カシアの毛細飾りはどこまで伸ばせる? これはゲノムだけでは、やっぱりわからない」
カシアもやって来て、実験器具の整頓をしており、気付いたタンポポ・タネに聞かれたので、毛細飾りを天井近くまで、するすると伸ばした。
「発現しているのは、わかりましても、使うとなると、それを見ないといけませんからね。そうですね。思いっきり、伸ばし、使ったことがないので、これですとは言えませんが、お父さんに修理道具をマクロ船の尾から頭へと渡すときは、先端の力が弱くなって、落としそうになりましたよね。それが刺し張り付ける限界になるかと。重力下で、上や横に伸ばすのであれば、やってみて、マザーにデータを取ってもらったほうがいいでしょう。私の体でも、そういう感覚は覚えます。もちろん、お父さんとのデーナ・クロスの場合でもです。惑星の引っ張る力に負けないための飾りでしょうから、メスのクラゲにも負けませんよ」
「なるほど。空に向かって、伸びるが如くか。クラゲの場合も海でどう使うか見てみるべきだな。マクロ船の潜水準備をしよう。海水生物への対応もしておかないとな。それに交叉の御相手はそこにいるんだろう」
考えをまとめ、データを保存し、船の制御と監視をしているバイオミーのところへ行くと、タンポポ・タネに報告をしてくれた。
「リーダー。海に浮かんでいる生物を確認しました。群れですね。しかも、奇妙なことに動いていません。これを螺旋光路が差しているのですが、画面に出します」
見てみると、数十の黒く鋭い突起が斜めや横に倒れた形を取っていた。水に浮かぶそれらは泳いではおらず、置き捨てられた体をただ大気が揺らしているだけに思われた。
「バイオミー、船を警戒態勢のままで、接近を頼む。まだ、さっきの巨大なクラゲや他の生物がいる恐れがある。確かにあれを差している。よし! 行くほかない」
「わかりました。船の物質粒子での熱防衛と光線及び種丸武装準備、水中へ視界を通し、接近します」
船は周りに水中の生物がいないことを映し出すと、また海に近づいていく。突起に見えたものは角を持った頭で、桜鯛色の背中を空に向けていた。近づいても全く動く気配がせず、船が起こす風に流されるままであった。突起は正面から見ると一本の角で、横から見えれば、生えている元部分は平面を形にしている背びれにも似ていた。
「まさか、出会えたと思ったら、死の瀬戸際じゃないか。全部、固まっている。周りにはいないな。船を着水して、デーナではなく、僕の体を持って、死因もしくは生存を見極める。水の成分の分析は水滴だけからで、今はいい。ここで揺れているだけだと、餌食になる。手早くする。スーツのバイオ繊維を発見してきたDNAの作製物質で組み込んできた甲斐があったな。水に浮くし、はじくし、体温も保てて泳げるぞ。バイオミーは引き続き、監視と生存者の捜索をお願い。カシアは海は初めてか。僕もさ! 思いっきり飛び込むぞ。カシアのスーツにも組み込んでいるけど、水の分析が終わってからだ。生存者がいたときは、毛細飾りやアームで手伝ってもらうからね」
地球の海水に近いとだけわかってはいたので、タンポポ・タネはフードを被り、透明面を出して付けて、すぐに着水部分へと急いだ。カシアもついていく。マクロの一部分ブロックの扉を開けて、本当に勢いよく飛び込んでいった。カシアに手を振ったと思うと、そこで待つようにと手で合図をした。スーツは浮いて、タンポポ・タネは泳いで彼らの一人の体をしっかりと抱えて、仰向けにさせた。
「角付きのバイザーを付けているのか。模様があるけど、腫れで全くわからなくなっている。身長は僕が一七五センチだから、同じかそれよりもあるのも見受ける。呼吸もなにも、反応がない。このバイザー背ビレの役割とゴーグルの役割を果たしているのかな。口はヒトと同じつくりだな。潜水スーツも何も着て無くて、皮膚がもう水の抵抗に適しているが、硬直している。手もあるぞ! やっぱり、ヒトに近い。でも、小指から、大きく、面積も広い黒いヒレ袖が付いている。ん?」
そのヒレに大きい穴が開いていた。血は流れていなかったが、そこから赤い腫れが複雑に駆け回っていた痕がある。神経をなぞっているのか、細い腫れが血管をも飛び出させて、体中から浮き出ている。
「もう、体が生きられていない。が、生きていたのなら、これをも目で見る必要がある。バイオミーにも、動きの反応は無い?」
フードの中から、通信を入れながら、周りを見回すと、皆に同じ腫れがあった。ヒレだけでなく、体の様々な部分に穴が開いていた。声が無い静かな海面でしぶきが弱く上がり、バイオミーにも反応があったと聞こえた。向かうとその一人は抱きしめた何かで、浮いている姿だった。両手の中に動いている、短い角のバイザーを付けたものがいた。足のほうはふくらはぎ両側に同じ色のヒレが付いていた。長く羽留めがあるブーツを履いているかの足がばたついていた。
「抱きしめているのは親かな。だが、これもヒレに穴が開いて、動かなくなっている。代わりに、この子を無事にさせたのか。いや、刺されているじゃないか! 腫れがある。痛々しく、なる前に。よいせー!」
親から抱いている両手を離そうとしても、強く固まって全く動かず、そのために子も泳げなくなっていた。タンポポ・タネは決断し、バイオミーに通信とカシアに自分達用の小型光差剣銃を毛細飾りで渡してもらった。カシアが分離して、短剣にしてくれていた。
「親の愛情。僕にも、よくわかる。命託してもらおう。よいせっと!」
短剣で親の手首をヒレごと、力を込めてざっくりと切った。子は海面に浮いて、顔を親の手首を握っているタンポポ・タネに向けた。顔の上半分は角が付いたバイザーに覆われ、下半分は口があり、苦しいのか歪んでいるのが見えた。バイザーには透き通った、これも背中の肌に近い色で水の玉が蛇口から丸まって落ちていく模様をつくっていた。
「これが、運命の出会い! 感じているどころじゃないな! 大丈夫か!」
体が水に沈んでいきそうなところを、抱えると、左手の小指から肘までにかけて、付いているヒレから、腫れが浮き出ていた。
「よく、耐えたよ。腫れの出が遅いのは親のヒレの技で引っ掛かりを浅く防衛し、意識のあるぎりぎりまで処置していたんだな。だが、一刻を争う」
体を浮かせて、船の着水部分まで運び、カシアの毛細飾りでも引っ張ってもらい、一旦体を上がらせた。
「お父さん! 大丈夫ですか! その子も」
「スーツを着ていても毛細飾り、やっぱり、いいね。水の微生物も生きて体に影響はあるから、僕らも気をつける。親は穴も開いているし、痕も小さいほうの刺胞のものに見える。カシア、さっきの毒の分解物質をもってきてくれ。注入する」
カシアは頷くと、スーツの消毒と乾燥をハッチ部すぐの熱射床歩きで済ませ、船内に戻った。それらと簡易の治療台を準備してくれたバイオミーから、通信があった。
「船内に戻る前にカシアのスーツの扉部のスキャンもしておきました。透明面からの画像も確認できました。ゲノムやヒトの症状のデータベースで照合した結果はさきほどのクラゲの毒の可能性が高いです。しかし、詳しく調べてみないと、作製できた物質の注入もリスクがあります」
「ああ。でも、今生命の時間が限られている。命を文字通り、僕に、自身の体に賭けてもらう。ありがとう。カシア。バイオミー、そのまま記録をお願い。微量から、状態をみるしかない」
タンポポ・タネは分解物質が入った注射針をヒレに入れて、物質を体内に流させた。最初は反応が無かったが、腫れは入れたところから、駆けてこなくなった。水玉模様のバイザー生物は口を小さく、開けた。
「キュイ」
「声か、言葉か。何より意識があるな。小さい体だが、ほんの少しの量を再度注入する」
「リーダー。水中に反応があります。浮遊というより、こちらに向かってきています。巨大なクラゲです。同じメスの個体かもしれません」
「再度の注入も終わったから、タイミングはいいといえば、いいか。置かれた体も流されていただけなら、クラゲもここに漂って来るよな。発進を頼む。体に水が必要なら、また機を見計らってからだ。ブロック内に入った。行ってくれ」
宇宙船マクロは水面から飛び立った。浮いていた黒い角はすべてが消えていったのは、船が遠くまで離れたからではなく、クラゲが自分の体の中に引き入れたのだ。水は青い色を映すだけに戻っていた。タンポポ・タネは固まって、切り取った親の手と、静かに呼吸が始まった小さいバイザー生物をくまなく見ていた。防腐になる繊維で親の手を包むと、海を眺めた。
「残酷で美しい世界をこの目で見た気がします。置き去りの体があった海が今は、青いんですから。お父さん。その子はどうですか」
「相反する言葉の表現方法は正しくだね。これが事実として、見たから、認めてしまうな。マクロ船も水の世界で泳がせたいところだけど、治療は大気中で進めたほうが、まだ安全だ。生きるか、死ぬかの世界だとしても、戦略は体に組み込まれているよ。腫れは無くなったな。あとは体が動くか、どうかだ。体をスキャンして、ゲノムも採取して、さっきの専用機器でも調べるけど、この携帯解析機器でバイオミーに病気や遺伝子の並びのデータだけ取ってもらう。あとで、この手も、きちんと調べよう。お!」
治療台の上で小さい体を少し起き上がらせて、バイザーを上げ、こちらに顔を見せてくれた。
「バイザーを上げた! それ、いいね! 顔立ちはやっぱり、ヒトとして認知できるよ。黒目が大きい。ヒトと同じ形の耳もあるけど、長くて鰓にもなっている。鼻筋も通っている。さっきは皮膚に埋まっていて、今は上げているから、変形で出てきたのか。顔の部位を縁取っている細やかな化粧線が、僕の視覚を上手にくすぐる。可愛い顔立ちだ。僕の目や脳の働きも含めて、面白い! バイザーは黒だけど、顔は背中の鯛がより白さを増した色だね。体と皮膚、呼吸は大丈夫か」
「キュ キュイ キュー キュ キュイ」
船のこのブッロク内を見回して、声を発した。高く耳に響く声だが、騒いではおらず、ぺたんとヒレ袖を畳んだ両手で上体を支えながら、足を上げ下げしていた。タンポポ・タネはまだ透明面のフードをしていたが、そこからバイオミーがブロックの空気清浄と微細な生物や解析の結果体の異常は無いと報告があった。
「人工衛星内の研究を厳密に進めるための清浄と異常確認の精度は上がっているな。ジン・ハナサカの愛が伝わる。僕からも機器にも、伝えておかないとな。ところで、何と言っているんだろう。問題ないならば、バイオミーで直接脳波だけでも見て、感情ぐらいは読み取ろう。螺旋光路が差しているといっても、言葉まで対称とは言えないが、共通するところはあるはずだ。言語機能と発声器官の解析、言語辞書のデータも集めれば、翻訳もできるかもしれない」
フードを外し、カシアも外して、二人は顔を見合わせて、毒の症状が出ていないことの再確認、声の意味を考えてみた。攻撃するような大きい声では無く、好奇心かで自分達に質問しているのではと、話し合っているところで、バイオミーが入ってきた。
「お待たせ致しました。宇宙船も問題無く、自動操縦に入りました。螺旋光路はとても若い彼女を指していますね。リーダーはやっぱり、リーダーですね。専用解析機器ではないゲノムの簡易解析ですが、水中だけでなく、大気のある環境でも生きられる乾燥に強い肌と呼吸器官です。脳機能も認知や言語と素晴らしく、揃い、協力できています。解毒物質のゲノムへの影響は無いので、今度は現在の体の状態も確認していきましょう。安定しているのは、デーナにも用いられた、あらゆる生物に広げられるタンパク質での作製と、遺伝子情報の解析、切り取り技術のおかげでしょう。脳波は今、調べますが、声の音程データでは警戒よりも、仲間へのコミュニケーションと思われます」
「やっぱり、引っ張って来る力が、お父さんの体にあるんじゃないですか?」
「そんな気がする。乾燥と呼吸器官か。問題無いのは安心したけど、不思議がいっぱい出てきたな。鰓と肺で、器官も変形できるのかもな。性別があることも含めて、体をちょっと、調べてさせてくれないか。コミュニケーション取りつつね。まず、僕がこの体を使った言語で伝えてみる。バイオミーは言語辞書データから、翻訳及び同じ発声を試みれるかを頼む。僕達の言語で名乗っておこう。タンポポ・タネ。僕の名前で、使命で、ヒトさ」
「キュイ キュ キュイ キュア キュ」
タンポポ・タネは自分の小指を触って、バイザー人の同じ部位を指差した。彼をみつめた後、両手を広げて、ヒレ袖を見せてくれた。指は同じく五本で、折りたたんだヒレは小指から肘までを沿って堅く伸びているが、鋭角になっている先端部分は離れている。広げれば、変わって黒い袖になって、柔らかい動きができた。足のヒレはくるぶしから、ふくらはぎの外と内に沿って伸び、これも根元はそれらに付いているが、先端からは離れて、広げたり、折りたためたりしていた。内側も外側も同じ長さである。ヒレがある皮膚は同じく黒で、無い部分の皮膚は旬真っ盛りの桜鯛色を纏っていた。
「手のほうは、折りたたむと、トンファーでも持っている姿になるな。ヒーローショーの映像をジン・ハナサカに見せてもらった思い出がある。あの武器さばき、かっこよかったな。足も手も自在に折りたためたり、広げたりできて、固くなったり、柔らかくなるな。足ヒレはフィンのように付け、伸ばしたりしている。折りたたむ方向は決まって、ふくらはぎの横か、ヒレの先端を後ろにして、折りたためるのか。性別がわかる部位はどこだろう。ん? 胸と股関節部にも、淡い赤色の中に黒いヒレといよりヒダ襟に近いものが、あるぞ。上手く、生殖器を防護、収納している。クッションというか、衝撃を吸収する役割も果たすのかな。配列でわかっただけだし、男性のほうも見てみたいな。違いがわかる。バイザー、いい?」
「キュイー キュ キュ キュア キュイ」
手足のヒレを折りたたみ、立ち上がって、タンポポ・タネの顔を見上げた。バイザーは後ろに上がり、角が一本に結んだ髪の形に変わっている。それを撫でてみた。
「バイザー! これ、固いな! ヒレとは違って、筋肉というより金属じゃないか。でも、発現している体なんだよな。上げると素敵な髪型になるね。黒目に掛かって、角がまとまる。筋の固さは変わらないけれどつくづく、変形という言葉がぴったりだ。水玉模様も固いね。どういった役割なんだろう。ゴーグル? 使ってもらうしかないな。体に異常は無いようだね。一五〇センチというところか。立ち上がれている。腫れもほぼ、治まっている。ヒレも動かせるし、ゲノムを詳しく解析してみるか。それまでは安静にしてもらい、脳波などの観察だな。バイオミー。いくつか、発声があっただけだが、何かわかる?」
「まだ少ないですが、最小の音韻がいくつかわかったので、これを広げれば、翻訳と通訳もできるでしょう。リーダーの解析も揃えば、特に問題はありません」
「お父さん。その子の親のことは、どうしましょう?」
カシアが置いてある繊維に包まれているものを毛細飾りを動かし、そっと指した。それを見たバイザー生物は驚いて、ブロックの壁際まで飛び、退いて、高い声で鳴いた。
「キュイー キュイー キュイー キュ キュ」
「え? どうしましたか? 親のこと、気付いてしましたか」
「カシアの毛細飾りに警戒しているんだ。動きと形も似ているからね。カシアのは触手というより、触爪と僕はいうけど。伸び縮みする何本の紐状の細胞というのが触であるのならば、役割は爪になるからな。クラゲの触手の危険を記憶しているのか。なら、向き合う必要があるな。親のことは僕から伝える。解析してからね。カシアに症状の観察をお願いしたかったけど、難しいな。仮に呼ぶとして、このバイザー人をバイオミーに頼む。カシアは自動操縦の安全確認、問題あった場合は連絡をお願い。僕は詳しい解析を進める。健康状態や螺旋光路が差す通り、ヒトと本当に対称になるか、そして何より、バイザーだ」
タンポポ・タネはカシアの毛細飾りを手でそっと収めた後、小さいバイザー人に向けて、自分の額を指で叩いてみせた。
「バイザー。やっぱり、いいね。大切に頼むよ。命あっての物種で、使ってこそだ」
「警戒を解くために、試しに発声をつくってみましょうか。喉ではなくて、機械音になりますが、キュイ キュ キュ キュ キュイ。落ち着いてという言葉というか、声になると思います。これで答えがあれば、翻訳データ取っておきます」
「マザー。すごい。そっくりにできています。私の毛細飾りは痛くないですよ。この形って、どうして、そういう働きに見えてしまうんですか。結構、ショックです。あのクラゲ、恨みますよ。汚名返上してやります。この毛細飾りで!」
「キュイネ キュイ キュ キュ キュア」
「やはり、ただの鳴き声とは違いますね。高低を使い分ける動物の声と音データだけでは足りません。しかし、落ち着きを取り戻してくれたのは、似ている音が確かに伝わったということです」
近づいたタンポポ・タネのバイザーに触れる両手を握ってきたので、そのヒレも痛みがなくなるように優しくなでつつ、皮膚状態も確かめた。その後、カシアを呼び、触爪と触手の違いの説明を頼み、解析に出た。
「なるほど。ヒトの細胞分裂や成長速度と同じだな。年齢は一一、二歳ぐらいか。カシアとはまた違うゲノムだけど、ヒトと美しい対称になっている。なのに、ゲノムデータベースでも不明な遺伝子情報が見つかる。バイザーは特に顕著だ。脳の神経が発現しているが、これとは似つかない情報もある。金属発現粒子か。それに、音韻処理神経が凄まじい! ヒトとは違う言語器官だけど、豊かな音程、音域が彼らの言語で器官なんだ。ヒレの筋肉も同じ年齢、性別のヒトに比べて、強靭だ。親はさらに強くなっているな。毒は伝達物質の阻害と経路及び血管の破壊を行っている。動きどころか、生命停止させるのか。付着している刺胞から、あのクラゲに間違いない。毒で僕らよりも大きい生物も仕留められる可能性があるな。マクロ船が捕らえられるよりも、前に刺されたな。しばらくは耐えられたのか。子には刺胞の残りが、刺さったんだ。若い、幼いというより、親に比べたら、まだ未発達だな」
タンポポ・タネはデータを取り、自分の言葉で一つずつ理解していった。親の死について、どう話すかを考え始められたときに、カシアから報告があった。
「お父さん! 陸が見えますよ。というより、見え始めました。水が引いているんです!」
「待ってて! すぐ、行く! 引いているだって!」
実験管理室とデータを整理し、操縦室へと向かうと、確かに水が引いて、大地が現れてきていた。バイオミーも来て、驚いていた。
「バイザー人はもう問題ありません。操縦入ります。満ち潮があるということでしょうか。でも、こんなに露になるなんて」
「乾燥や呼吸器官、変形の説明がつくな。しかし、海からまるっきり世界が変わっているじゃないか。珊瑚の森であふれた大地になっている。この満ちて、引くという現象は惑星も生きている証だね。海で興奮していたけど、この空に、宇宙に浮かぶ、大きい衛星の引力で大きく世界を変えているんだ。でも、ここまでとはなあ。一つの帯溝に水が溜まっていく。下りられる場所を探してくれないか。光の波長も合わせて、惑星を照らす光のごとく、溶け込んで着地する」
「今、調べます。光で海底だった地がよく照らされています。開けた場所を見つけました。着陸に入ります」
マクロ船はようやく惑星に腰を下ろすことができ、大木の形をした岩石の影にそっと体を置いた。船の見守りと観察する生物データの記録をバイオミーに頼み、小型の光差剣銃を携えて、タンポポ・タネが一番に出てきた。
「水はけがいい。それに木のような姿になっている岩石は珊瑚か。植物であり、鉱石でもあるな。バイザー人にも、関係ありそうだ。珊瑚に近いなら、DNAも抽出しておこう。綺麗な世界だ。ようやく、この環境で生きる生物の体を目で捉えたぞ。水中とは形態を変えているかもしれないが、それもまたいいね。やっぱり、地球にいた生物と似ているものもいるな。カニ! エビ! ホタテ! ヒラメ! こういうのは、嬉しいよなあ。え? 珊瑚の木に止まっているのは何だ? 立派な翼が生えているじゃないか! でも、毛は生えていない。大きい丸みのある頭と細長い口、翼と足はヒレでもあるのか。膨らんだり、柔らかい足を組み合わせて、浮いたり、飛んでいる生物がいる! 嘘だろ。大気に流されているのか。惑星や衛星といった体系の環境もそうだけど、さらに中で生まれるゲノムにも驚かされるな。地球が生んでくれたヒトゲノムを残すという使命感がさらに強まる。ジン・ハナサカもこれを信じていたからこそ、デーナをつくったに違いない。映像を取って、送る」
水が引いたあとでも、そこに留まっている生き物はたくさんいた。水中で使う器官をそのままにしていたり、姿形を変えていると思われる生物もいた。透明面を付けたフード姿なので、そのままで生物を撮っていた。
「データも増えていけば、ヒトゲノムの解明に留まらず、遺伝子のさらに奥を見ることができるかもしれません。カシアもそちらに向かいましたよ。危険があった場合はカシアの毛細飾りの力も借りて、無事にお願いします。ここだと、バイザー人のほうが最適かもしれません。異常は出ておりませんが、どうなさいますか」
「通信受け取ったよ。交叉可能なら、よりヒトが明らかになるだろう。そうだな。ここの環境に戻す。コミュニケーションが最低限取れるなら、外まで案内をお願い。動きの異常も見ておく。満ち潮の時間も、バイザー人はわかるかもしれない。僕もあの大きい衛星を見ておくけどね」
バイオミーから、後ほどまた通信を入れるとのことで、タンポポ・タネは自分の周りの環境を見回した。上に枝を複雑に組み合わせて、伸びている珊瑚の木が、遠くには輝く岩石の森があった。降りた場所からは引いた水が全く見えなかった。
「キュー キュイ キュイ キュ キュ」
「もう、見えましたでしょう。音の高さはバイザー人のコミュニケーションの一つになります。地球でも高低を重視する言語や発音の生物達やデータはまだありますので、これを使って、翻訳試みていきましょう。もっとも、交叉相手のリーダーならわかるかもしれませんが」
手や足に折りたたんだヒレで、小さいバイザー人は鋭く風を切り、走ってきた。タンポポ・タネの目の前に跳んで来て、ぴったりと止まった。同時にバイオミーからの通信が入った。
「任せてよ! おっ! シュッシュッと! 参上! まだ、短い目でしか見てないけど、体は正常に動くようだね。バイザーはどうかな? もう一度いい? その体の部分が気になって、仕方がないんだ」
タンポポ・タネがバイザーをかぶる身振りをしたので、その子は頷き、水玉模様で顔上半分を隠した。角が立ち、模様は目の位置にはくるが、大きな両目というよりは、全く別の記号が描かれてあった。瞳は映らず、水の丸まり落ちる形がくっきりと桃鯛色に輝いて、浮かんでいるのだ。下半分は口が出ていて、ふっと息を吐いた。まだ短いバイザーの角部分が、かなり細かく振動している。それがぴたりと止まると、どこかを指差した。
「キュイー キュイ キュ キュ キュ」
「超音波! 角がソナーになっている。仲間の場所を教えているのかな。バイザーそのものが音処理機能部位になっているのか、記号模様はまだわからないけど、敵への視覚警戒でもあり、音波の高度視覚化もできているのかもしれない。あっちか。わかった。ここにいる生物と衛星の観察をしてから、行くとしよう。それまでは、仲間とのコミュニケーションを試みてくれないか。ゲノムがわかっても、まだ生態は見られていない」
バイザー角を人差し指の爪部分で微かに振動させて、透明面を付けたままではあるが、自分の額部分も同じように叩いた。それから、衛星や珊瑚、差してくれた方向も指で叩いて見せた。バイザー人は記号模様をタンポポ・タネに向けて、角を極めて僅かに振動させた。
「僕に発信しているんだな。落ち着いてきて、僕の発声器官や言語機能部位も振動があるとみて、伝えてくれている。声の波が女の子だね。なんて言えばいい、人の感覚だろう。聞こえる声と振動からは人と同じような感情が読み取れて、この超音波は聞こえるというより、記憶部位に響く感覚だね。僕の場合は言語の意味記憶に届き、結びついて、よりわかりやすい。なるほど、同族と会う、一人は危ないから、ここは大きい守木の近くで安全、角が無い僕は見たことが無いけど、声は見たことがあるから、振動を送ってみたか。僕も君と同じさ! どう伝えれば、いいかな? 僕は超音波出せないのだけれど」
「お父さん。言葉がわかるんですか」
カシアはバイザー人を怖がらせないようにしているのか、少し距離を置いて、タンポポ・タネに聞いていた。角が強く振るえた後、また僅かな動きに戻り、彼の頭の中にある意味達が響き合って、つながる感覚があった。
「バイザー人が言語の音韻や意味処理を助けてくれているから、わかるんだ。僕が伝えようとするときのそれらの処理に共鳴しているんだよ。超音波のほうが彼らにとっては言語に近いのかもね。声を発する喉や舌の発現はヒトとは違うけど、この言語機能は人に違いない。カシアも僕と同じように見えるけど、太腿まわりの毛細飾りがやっぱり、バイザー人のクラゲの触手と結びついてしまうようだ」
「近づいて、私もコミュニケーションの感覚を捉えたいのですが、難しいですかね。きちんと、これを説明したいです」
毛細飾りで音を鳴らす仕草で触るカシアも、遠くから伝えてくるバイザー人の振動を感じたようで、タンポポ・タネにまた声を掛けた。
「お父さん! なるほど、こういう感覚ですか! 意味もまた振動する音ならば、コミュニケーションも取りやすくなるのかもですが、やっぱり、怖がっているじゃないですか」
「心配はいらない。触手または触爪を格好良く使えばいいんだよ。怖くないという言葉より、この子の体にある感覚で説明されたほうが、この場合はいいだろう。触手はこう使うんだ! 格好良くね! それをデーナ・クロス・カシアで、僕らがね。バイオミー。僕のバイザー人とのコミュニケーション時の脳波や処理活動のデータもお願い。カシアは珊瑚の木と植物達の映像を頼む。僕はバイザー人との言語と、この惑星生物のゲノムや生態の観察を引き続きする。この子の仲間も来るかもしれない、その間までね。聞きたいことたくさんあるし、カシアもあったら、僕を通してバイザー人に聞いてみよう。通すときに、僕自身も変形する姿のことを考えたいからな」
「反応がありましたら、通信入れます。リーダーの脳言語処理もフードや透明面でスキャンして、調べておきましょう。仲間が来たときの翻訳の手助けにします」
バイオミーに調べてもらいつつ、タンポポ・タネはバイザー人に惑星生物の疑問を送り、カシアは珊瑚や岩石植物を不思議そうに、また二人のコミュニケーションも眺めていた。エビやカニは地球にいたそれらと同じゲノムであり、一匹をくわえて飛んでいった生物の長い口は嘴ではないので、よく見てみようとしたとき、バイザー人が角を振動させると、目の前まで来てくれた。
「言語機能部位がある生き物だったら、コミュニケーションが取れるのか。いいね! これは鳥に似ているけど、翼はやっぱりこれはヒレだな。きれいに折りたためているね。嘴じゃないな。中には歯があるね」
透明面をつついたり、バイザー人の振動に首を振ったりする姿を手で触れて、調べていると、通信が入った。
「リーダー。こちらに接近してくる物体があります。そのままの方向でよろしいです。バイザー人なら、もう姿を捉えられているかもしれません」
「確かに。角が強く振動しているな。あっちか。僕の目でもかすかに捉えた。何かに乗っているのか? 滑空している」
近づいてきているのは、今調べている生物よりも大きいヒレが空に広げられていた。十体ほどで、その上に小さく一本の角が見えた。バイザー人の子どもの角はさらに強く振動していた。こちらに滑空してきた生物は翼と体が一体で、降りてくると、そのまま地面にぴたりと引っ付いていた。上にうつ伏せで乗っていたのは、バイザー人だった。鰓に突っ込んでいた手を離し、立ち上がると、皆バイザーをしている。背はタンポポ・タネと同じか、それよりも若干高いか、低いかと似通った姿だった。胸元や股間部分のひだ襟は、もはやその通りになっている。広い面を保護と着飾っており、肌に纏わせていた。警戒する声は出ておらず、彼らは振動させている角のバイザーでタンポポ・タネを見ていた。その一人が前に来ると、記号模様の形がはっきりとした。
「バイザーの模様が少しずつ、違っているんだな。性別がわからない。体の見かけはいっしょで頭から足までの流れが丸みあって、柔らかい線だね。無駄なく、泳ぐためだな。身長が少しずつ、違うぐらいか。でも、水の流れを感じさせる模様の顕在は共通している。共鳴できるのなら、早速試してみるか。バイオミーも、記録をお願い。巨大なクラゲでのこの子の保護したことと、来てくれたのは保護するためかどうか、僕達という人と、バイザー人との出会いの感覚をね」
「キュイ キュー キュ キュイ キュ」
「声はこの子と全く変わらないな。むしろ、より高くなっているじゃないか。でも、頭でできる声は男性だ。振動の響きで違うんだ。鳴く音があってから、声と意味ができる。振動が意味処理だな。喉の発現は違うか。ただ姿は男性か、女性かもわかりづらい。うん! なるほど! 巨大クラゲに巻き込まれたと仲間からの信号、クラゲの大群に出くわしたけれども、一人でも多くを保護しに来てくれたのか。クラゲという共通の言語や結びつく意味を持っていなくても、記憶部位に共鳴できるなら、コミュニケーションが円滑に進むな。もっともこれを持たない単純けれども、複雑な構造戦略を遺伝子の中に持つ生物には無理なんだな。クラゲはクローンをつくったり、生殖し、交叉もできることだしな。生物の原点とも言える。僕との出会いの感覚はその意味では安心の余地があるから、伝えてくれるのか。ここまでの記憶や言語処理は自分達以外に見たことがないのか」
彼らはバイザーを上げて、顔を見せてくれた。それぞれ、趣が全く違っているが、やはり性別の区別がつかなかった。小さいバイザー人の女の子のために、女性が半分いるとのことだが、タンポポ・タネはわからず、一人一人の顔を見比べていた。バイザーの角も同じで、大きい黒目勝ちの瞳も変わらない。しかし、顔を彩る線の太さや位置が異なっているのに気付いた。黒色に艶が出ていたり、目つきが鋭く刻まれたりしているのが、彼の体にとっては性の認識になった。
「おっと! とりあえず、僕もフードを取る必要があるな。大気の分析はもう十分だな。理論のあとは、実践あるのみだ。バイオミー。フードを取る。スーツに組み込まれている繊維と装置で体の反応見ておくよ」
「わかりました。体とコミュニケーション、お気をつけください」
タンポポ・タネは透明面を外して、フードを頭の後ろに流した後、カシアも呼んで、彼らと向き合った。カシアは一九〇センチあり、この中では大きく、花髪や毛細飾りもあるが、共鳴できる部位があるとわかると、バイザー人達は頷いていた。
「彼らは怖がっていないようですね。よかった。あの子よりも、音の意味が広がります。でも、お父さんのほうが興味を持たれていますね。ゲノムが対称になることがわかるのでしょうか」
「カシアよりも、近いゲノムにはなるからな。それはまた、後にしよう。できれば、保護を見届けるついでに、生態を見ておきたいから、落ち着く場所まで付いていってもいいかな? 乗って来た生物も見ておきたい」
タンポポ・タネは小さいバイザー人と来てくれた同族の顔や形、配置へと視線を動かしながら、言葉を発した。
「キュ キュイ キュ キュー キュッ」
バイザー人達は瞳が見える顔を合わせ、角を振動させ、黒目が多く、どちらの性別とも取れる声が響いた。
「まいったな! なんて、男女とも柔らかい肌だ。一人一人、はっきりと違うのはわかるのにな。生殖器の違いだけかもしれないし、生態ではっきりするかもしれない。顔の模様から、僕の目には男女が認識されるから、ひとまずこれ頼りかな。バイザー人はエイクという音処理で伝わる名前の生き物に乗るのか。意味だと、小回りの利く乗り物に結びつくな。僕達はマクロに乗って行くから。そう言えば、この子や皆にも名前あるのかな。彼らも合わせて、今から伺う場所で聞くか」
小さいバイザー人の女の子は水玉模様のある顔と角を、タンポポ・タネに近寄せてから、ぱちりと黒い大きな目を彼と合わせていた。
「放射に広がる声を拾って、もう共鳴も容易くなったな。名前あるんだね。これは僕の意味記憶とも結びつかないな。本当に音の振動だ。可愛らしい響きだ。僕の音の記憶で処理すれば、チーシャだね。僕らも付いていくから、そこでチーシャとバイザー人に話を聞いて、星に来た意図を伝えるよ」
「キュイ キュイネ キュ キュイ キュ」
うんと首を大きく縦に振った子をバイザー人が抱き、エイクの背中まで促した。その生物の尾が地面に刺さり、立ち上がる姿で、飛び立つ準備をしていた。タンポポ・タネはカシアといっしょにマクロに戻ることにした。
「チーシャといっしょにいたのは、女性か。バイザー取った顔の化粧線と大きなひだ襟の奥に、二つ膨らみが僕の体へと主張してきた。くびれとかは、どちらもあるし、丸みもあるんだけど、顔と襟をよく見れば、性別がわかるな。出来る限り、抵抗を少なくするために、襟で折り込めるのか。道理で性別がわからないわけだ。男女ともに行き着いた完成形というわけだな。エイクに、マクロ船でついていこう。光の溶け込みから、一旦出る。尾で立つ姿は、鶴の細い足を思わせるよ」
「チーシャ? あの子の名前ですか。まあ、ともかく、無事に行きそうでよかったです。親を亡くしたら、悲しいですし、岩石植物のことと私の毛細飾りのこともあちらが聞いてくれれば、現実を見る目で多少は受け止めてくれるかもしれませんしね。わかりました」
宇宙船に戻り、バイオミーに発進準備を頼み、マクロのヒレは広げられ、十体のエイクもそれで勢いをつけていた。
「外の音を拾って、合図と案内を頼む。露にしたマクロ船の形はバイザー人にとっても、動きが予想できるみたいだな。飛んで、空中で回ってくれている。超音波はやっぱり、ここまで来ると届かないな」
「記憶部位まで届いたのは、フードスーツの性質のおかげでしょう。リーダーの脳処理はスキャンしておきました。音韻や意味が結びついていました。飛べば、案内してくれるのであれば、出しますか?」
「うん。お願い」
宇宙船マクロが飛ぶと、エイク達は同じ方向を向き、ヒレを動かして空を切って行く。しばらく、進むと珊瑚の姿や色がさっきの一本木とは数も違い、複雑に大地に連なり、まさしく構造物が見えた。
「竜宮城はこれと言われれば、人は深く頷くに違いない。さっきの木や枝とは違って、今度のものは青い葉っぱの形が豊かにかつ堅固に続く限り、編み込まれている。水底を長く、高く駆け巡り、出来ている城は龍そのものだね。色合いも美しい! 青を基調としているのは、計算と保護色、潮の流れをつくるという考えもあるのかもな。青龍だよ、これは。よく、この色の珊瑚葉の城をつくりあげたよ。エビやカニ、生物達の色が点々と入っているのは趣深い。自然に住み着いたのと放牧の両方がいるんだ。どこから、入るんだろう? お! バイザー人が案内してくれているな。ちょっと外に出て、聞いてくるよ」
タンポポ・タネは船から出て、バイザー人達がヒレのある手を振っているところに来ると、届いてくる音が意味をつくり上げていく。
「この音は間違いなく珊瑚という意味で僕の中で処理できるな。これらが動くんだね。生きているんだな。ただ、僕達が乗ってきた大きい魚は入れないのか。エビやカニ、エイク達と待っているのがいいか。でも、あれは食べられないよ。彼らよりもすごく、堅いし、雑食というわけではないけれど、エネルギーを入れるときの作製した植物性燃料は燃費がとても良いといっても、香りは全く無いからなあ」
「キュイ キュイ キュー キュイ キュ」
丸い円から小さい玉が複数出てきている模様のバイザーを持った一人が音を響かせて、笑顔を見せた。