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悲しくとも、寂しくはない別れ

ノベルアップと小説家になろうに同時投稿

固定した顕微鏡で規則正しく配置され、つくり上げられていく結合を観察し、タンポポ・タネは確信した。

「僕と君から取り出した細胞と染色体、形と大きさ、長さと配列、そしてDNAの解離と結合を何度も繰り返す実験と観察で、君の遺伝子は僕達人間と結び付いているぞ。遺伝子を残せることが、やっぱり使命というわけだな」

「やっぱり! すごく、嬉しいですよ! でも、お父さん。あれが地球でしょうか? とても不気味な形と色ですよ」

捉えた映像から、紫色の花びら髪を少し上げて、見せてくれる白い顔は人間と認識できる。不安な表情をしているのがわかった。今、顕微鏡で見ていた遺伝子の配列の妙はここにも現れていると、タンポポ・タネは運命に導かれたといえる惑星で貰い受けた、植物の花ゲノムを発現しているカベン人の彼女に微笑んだ。試験管を揃えており、しっかりした太腿から毛細飾りが揺れ、長くなぞっていき、深い艶がある翡翠色の首筋につながっていく。確かに地球は彼が出発したときよりも、黒く、小さくなっている。人工知能搭載の女性型アンドロイドに自転と公転による出発からの地球時間と、そのときの画像を頼んだ。バイオミーと名づけられた彼女はタンポポ・タネが遺伝子や交叉という考えを忘れないようにするためであった。しかし、最も頼りにしていたのは、膨大なゲノム情報や宇宙航空、惑星科学、そして地球への帰路計算といった情報であったので、バイオミーは培養細胞も組み込まれた理想的な体をしっかりと向き合わせて、答えた。タンポポ・タネは頷いて聞きながら、センサー役割の両眼のみのシンプルな造形の表情と体を眺めている。

「出発時の回転を基準にすると、三一〇年と四ヶ月、そして三十日です。分や秒も入れますか? もう少し待ってください」

「いや、いいよ。世話をかけるね。地球も人工衛星も何回回ったんだろうな。三一〇年か、僕の細胞分裂も少し衰えてきたわけだ。顕微鏡でも確認していた。旅立った二十三歳からの細胞から、二十九歳になっていた。ここまでこの体で生きられたのも、遺伝子操作技術の賜物とバイオミーとカシアの刺激のおかげだね。けれども、人間の遺伝子にとっては長い年月だ。寿命の限界値を見極めるために予想されていた分裂回数通りに戻ってこれたし、期待を越してまだ元気だけど、逆に待ちぼうけさせちゃったな。託されたサンプル人類ゲノム物質を受け取ることができる微生物を遠い銀河の惑星で発見もできたし、交叉で遺伝子を残せるのにぴったりのゲノム体を連れて来られたりはしたが、人類の割りに合うかどうかはここでは判断できない。なにかしらの信号は受け取れるかな」

「地球は、もう小さくなっています。何も確認できませんが、旅立ちの人工衛星はまだ、残っております」

「惑星も人類も滅んでいるということか。割りもなにもないな。それなら、なおさら使命を全うするべきだな。しばらく、残っている太陽の軌道周りで、地球に寄り沿っていよう。人工衛星からなにも返ってこなければ、体で生きて、やって、できてみせるとしよう。やるだけでは、意味が無い。できなければ、意味が無い。待ちわびていたよ。君も期待していいよ。僕もすごく、しているからな」

細いがしっかりのびているうなじから色白の顔へ、紫色に染まった花びらまでを両手でゆっくり確かめていく。目元には黒い斑点が左右に三つずつ配置されている。芯が通った鼻筋と軽く突き出されている口がわかるのは、風を通す管が白肌を盛り上げて、蜜がつぼみ形の唇を塗っているからだ。長い黒まつげの先端が黄色に変わっているのは遺伝子を残せる準備が体に現れているのだ。

「遺伝子を丁寧に見てもらいましたから、準備万端です。体も出来ていますよ」

「反復練習をしなくても、いいんですか?」

バイオミーは自分自身を指差した。

「練習? 僕はいつも本番さ! やって、できて、ようやく覚えられるんだ。相手と自分の体そのものをね。それにバイオミーとカシアは全く違う体と配列で出来ているんだ。それこそ、本番で覚えなくてはいけない。僕のゲノム情報は君の知能に、その体に合わせられるよう、残してあるから、知っているけれども、滅んでいるなら、バイオミーの理想の体型も僕のほうも頭で覚えておかないとな」

「体を持っているからこそですね。でも、今、応答がありました。衛星からです」

太陽の軌道衛星からの通信が聞こえる。掠れているが、タンポポ・タネは聞き逃さなかった。

「聞こえるか? よく帰ってきてくれた。僕は待っていたぞ。おかげで、完成もしている。僕達研究者間で予想していた細胞分裂回数だというのに、元気だな。しかし、地球もそして、人類のDNAも限界にきてしまった。だが、今生きて帰って来れているし、こちらも人工衛星で電磁波を細胞が受け取れていた。可能性は残されているということか。こちらにドッキングしてくれ。帰ってきてくれたのなら、託したいものがある」

「託したいもの? 人類ゲノム物質サンプル保存状態と探索データ、僕という人間の体の細胞分裂回数のほうをこちらが託さなければならないのですが。これが発する電磁波で結びつき、探索と帰路に着けましたしね。しかし、ついに完成したのですね! 二人とも、いくぞ。本番は人類から託された後だ。そうしたら、君らにも体のすべてをお願いするよ」

宇宙に留まる軌道はもう狭くなっており、向かった衛星で出会ったのは髪の毛はすべて抜け落ちていて、顔はしわやたるみがひどく、やせ細った体を機械椅子に預けて、出てきた人間であった。

「タンポポ・タネだな。僕とは違い、初期胚状態での遺伝子操作、自然発現時期でのゲノム編集のおかげで、体はまだまだ大丈夫だな。生体の限界値で帰還した際は、寿命とともに取り込もうとしていたのに、正直、驚いている。理論上、お互いの体の限界と結論付けて、そこまで生きるために、こちらも務めてきたんだ。それまでに戻って来ない場合は、完成した巨人体を先に人工知能とともに宇宙に飛び立たせようと考えていたが、観察していた細胞と宇宙環境を旅した体ではまた別とする必要があるかもな。これだけでも、人類ゲノム再生計画の確実性が増す。僕を覚えているか? 何度も細胞のDNAに注入して、生き延びてきたせいで、歪んでしまった」

「僕を待っていたってことは、遺伝親でしょう。ジン・ハナサカ。他に待つ理由なんて、ありませんからね」

「お父さんの遺伝親! 老化の影響でしょうが、そうは見えません」

「長い年月です。一般の人間にとっては。顔認証も上手くいかないのは、体や遺伝子への負担がかなり大きかったのですか。親子水入らず。しばらくは二人の話があるでしょう」

タンポポ・タネは彼の手を取り、深く頭を下げた。バイオミーとカシアは黙ったまま、両隣に付き添っている。

「僕のクローンをつくって、親と呼ばれるのは人間の常識ではどうなのだろうな。君は僕の体から卵配偶子や精配偶子を作製し、それらで受精しているから、厳密に言えば、クローンというより、自らへの生殖という言葉が近くなる。分化促成培養液も、受精細胞を包む胎膜も僕一人の体から作製しているから、クローン技術という言葉で便宜上、わかりやすくしているけどね。一つの細胞から男女問わず、ヒトができているから、そのゲノムから生殖細胞をつくる遺伝子を発見し、部分的に広げて、僕の細胞でつくりあげた結晶だ。クローン人間禁止法や遺伝子組み換え生物規制義務は人類と社会が無いと、成り立たないだろうし、自然に受け継がれていたものに人工が加われば、今の地球環境と同じになる恐れがあったとしてもだが。僕にはこういう形での遺伝子の残し方しか、できなかった。いや、とりあえず、話せる体の内にまず託すぞ。側に立っている凛とした佇まいと体幹も持つ花美人もとても、気になっているが、くだらない話と聞きたい話はそれが終わった後だ。ついてきてくれ」

タンポポ・タネはジン・ハナサカの移動を手伝いながら、進んでいく。二人にも手招きして、託すものが保管してある場所に向かう。引き摺り込まれない重力の中で太陽につかまっている衛星の中は静かだった。この人間一人しかいないのだ。その彼が進み、開けてくれた衛星部分の一端には固定してある巨大なカプセルがあった。

「生き残りの研究者達がそこにいらっしゃるのですか? 地球はもう細胞分裂もできないでしょうから」

「バイオミー。君の知能とバックアップには地球上あらゆる生物の体をつくりあげていた遺伝子配列であるゲノムデータがある。だから、部分的に細胞を持つ自分や対象を生き物と捉え、考えようとすることができるし、人間が生き残っていると想うこともできる。大切にするようお願いする。生き残りはいない。僕以外の研究者はすべて、家族、愛するもの達を残したままなら、いっそと地球に降り、いっしょに重力に閉じ込められてしまった。今までの汚染のつけがたっぷりと、そして急激に押し寄せて、大気変異や核破壊が進んでしまった。地球という惑星の体が自然抗体もつくれず、暴走に耐えられなかったのだ。ここにあるのは僕一人と、それも含めておこがましい人間であったとしても、ヒトという生物の可能性あるゲノムすべてのモデルだよ。計画の、文字通り核さ。完成体については、作製途中段階だったから、データに組み込んでいなかったな」

「百聞は一見に如かず。早速僕の目で見させてもらいます」

カプセル周りのスキャン機が備わっているデッキにつかまり、タンポポ・タネは透明なカプセルの中をのぞいた。巨大な一体のヒトである。鈍く光る銀色の体で髪は無い。体型は男性のものになっているが、生殖器は無い。目は閉じられていて、眼球も体も全く動いていない。

「生きているわけでは無いけれども、細胞そのもの。完成品は、やっぱりすごい。ヒトのゲノムがここ現れている。僕が預かった配列だけ保持した細胞とは、違って体ができている。文字通り、これが託されるものか」

「ああ。より、人類そのものといえる細胞体だ。大きさは二〇メートル。地球の滅亡は、人間というがん細胞が増え、核に転移し、自然の体の免疫や治癒力も弱まり、変異した結果だ。大気汚染、海洋汚染、地譲汚染でもう生物が生存できる環境ではない。そして、地球環境も太陽系という体の一部分だったため、火星も月の環境も、自転が乱れた影響で全く移住も何もできない。ここを出るほかなかったが、重力がそれを許さない。道連れ、自業自得の体現だな。ノアの箱舟となる宇宙船でも出られず、ヒトという生物は地球の中で潰され死滅した。だががん遺伝子は、細胞分裂による体の成長を促す面もある。制御する物質の働きが鈍くなったことも考えなければいけない。だから、僕にも君にも、それはあるんだ。希望を残すために意地でつくり上げた小さい人工衛星と保存された人類のDNA。今だからこそ、そういうヒトゲノムを見なくてはいけない。タンポポ・タネ。改めて、言おう。君と、そしてこれをつくった理由は同じさ」

苦しそうに話すのは内容のせいだけではなく、体ももう長くないのだ。顔の皮膚が見る間に、もう劣化していっている。顔をしっかり見て、託されるためにタンポポ・タネは体をめいっぱい動かし、ジン・ハナサカのところへ飛んだ。

「ヒトというゲノムを残すため、生きている体をもってしての生存環境調査。その過程で明らかになっていない遺伝子と発現及び、それらへの外的要因を探求すること。ヒトをつくる配列を記憶している細胞を提供でき、組み込め、そこへと結びつく生物の探索。探索データの入力、モデル細胞を発射すること。原石のぶつかりあい、惹かれあいが如くに。宇宙の長い旅に耐えられる細胞と教育によるこの体と意志の発現は、そのためです。計画は聞いていましたが、今僕が見ていたのが、使命を持っているヒトなのですか?」

「正確に言えば、ヒトゲノムを持つタンパク質だ。生物では無く、どちらかと問われれば、物質だな。君の言うとおり、生きているわけではないのだ。人工衛星は組み換え遺伝子の管理や成長、モデル物質に不純物を混ぜ込ませないためにとつくられたとは教育で頭に入っているだろう。閉じ込められ、出られず滅びるのならば、生きた証、せめて僕たちヒトの遺伝子を残そうという人類の計画。義務や法律よりも、優先すべき使命。本当はこんなに大きくなるわけではなく、アダムとイヴの体に近いヒトの発現モデル物質をそれぞれつくり、宇宙に飛ばし、人工知能搭載船とともに旅立たせる予定だったんだ。中にあるDNAをどこかの惑星の生物が取り込んだり、豊かな環境でそれが増殖することを期待するのだ。細胞自体は生物問わず、融合はできる可能性もある。ヒトをつくるゲノム自体は二十一世紀には遺伝子対応治療薬作製の独占利益のためという理由が混ざっていたにしろ、素晴らしい先人たちが解明していた。だが、君に預けた細胞はあくまで、その配列を記憶させた細胞だ。計画の核は、できる限りの人類の遺伝子をつないで、この宇宙に残すこと。提供されていた膨大なDNAを切り取り、操作し、組み合わせていった結果、こんなに大きくなってしまった。探索データと保存環境調査用の配列記憶のみの細胞も後ほど、つなげて完成だな。ヒトをつくる情報は本当にうまくDNAに収納されている。その物質や技術を応用してきたのだが、今度は量が多すぎたな。だが、ようやく、すべてに近く、そしてここに人体を発現できたのだ」

タンポポ・タネの勢いよく飛んでくる姿を見て、ジン・ハナサカは笑った。

「なるほど。僕という男性一人だけでのデータ収集は、発現している最小限かつ極大寿命生体と人工知能で、限界値や細胞保存の見極めと万が一の交雑リスクを低くするためです。再生医療確立メンバーの一人で、性別関係無くヒト一人の細胞から、卵配偶子や精配偶子もつくる操作技術と受精や胚細胞分裂を正常に導く培養液を作製できるDNAの抽出、クローン技術やヒトゲノムの解明に尽力したジン・ハナサカの使命となってしまいました。文字通り、自分の持てるすべてをささげ、残そうしたからこそ、同じXとYの組み合わせ、癖のある黒髪や一重の黒目となった僕がここまで生きでこれたから、取り込まずに、託してくれるのですね」

「僕の体の時間は限られていた。性染色体も含めて、すべてをつなぐことを最優先し、染色体の組み合わせの上、男性型が出てきた。X染色体だけで十分だが、性別があるのだから、それよりも小さいY染色体を含めて、モデルをつくる上で必要なのだ。生殖器発現スイッチDNAはオフにしてある。生殖では無く、残して、提供することと物質の中にあるDNAが目的だからな。XとYの性発現もそこに入っている。まあ、無性生殖は僕にとっては残して欲しかった戦略だな。操作して、それは手に入れられたし、優位性も技術で出せる。しかし、作製した培養液でのクローン胚分裂は鈍くなって、細胞分化がうまくいかなくなってくる。僕自身の体細胞で確認した。生きていく自分一人の細胞分裂の限界なんだ。他人にやらせるわけには、いかない。任命された人の最大寿命生体は僕が基のタンポポ・タネともう一人のクローン技術開発者クリーン・アローンの遺伝子を基につくったケンペキ・ショウの二人だけだ。遺伝子編集が複雑であったし、少なくとも極大値のデータが揃えば、よかったんだ。彼が大好きだったスーパーヒーローから名前を取っていた。僕の場合はそのままの意味の名前だ。この二人だけでも、地球生物進化ヒトゲノムの極限まで技術操作を行き渡らせたし、あくまで特例の使命だということを人として、忘れるわけにはいかない。クリーン・アローンとの教育環境の考え方の違いで、二人が顔を合わせることがなかったのが残念だ。有性生殖発現は遺伝子交換する際のできる相手の区別しやすさか、最適な交換可能な形が雄と雌の配列だったか、環境適応のために性染色体が突然出てきたかは、結局僕の頭でしっくりくる答えが出てこなかったな。遺伝子を交換、組み換えするというのは、すごくわかってはいる。細胞の限界があるからな。タンポポ・タネが見つけてくれたのは、後者の染色体か。不思議だ。どう受け継がれるのか、見せてくれ。それを示し、託せるのが、そう、名前を言い忘れていたな。この物質はデーナだ。そのまま、そっくり、僕たち皆のな」

頭からつま先まで銀色に染められた人間の巨大彫像にも見えるのは物質だからという理由もあるが、数の多さが理想の形に近づいた結果なのだろう。これが動くのかと、タンポポ・タネは目を大きく開いており、ジン・ハナサカも同じであった。

「色も姿も関係無く、同じ人ゆえに結びつき、つなげられたもの。このほかに、すでに二体のモデル物質巨人を宇宙に飛び立たせている。保存や分裂回数データが揃わず、物質が宇宙で腐るリスクはあるが、降りていく研究者や地球上の人類が見届けておきたいということで、君の観察結果を待てなかったんだ。義理の家族を心配していたクリーン・アローンは最後まで悩んでいたが、ケンペキ・ショウの細胞の電磁波を受け取り、彼の元へと結びつくことに賭けたのさ。決定された帰還予定回数の若干の違いは、彼の作製したほうが、極値に近く、物質は人間そのものだという自負があったのさ。極値まで生きて、なお体を保持しているのならば、タンポポ・タネ、そしてケンペキ・ショウには人間の体と意志を持って、物質を運び、目で確かめてもらう。AIがDNAを照合し、ゲノムを提供できる生物へと運ぶほうとどちらが生き残るかは、実際わからないからな。研究者全員総出で人としての姿形を美しくつくりあげたアーナが一体目でクリーン・アローンの理想のヒトゲノム重視、つまり知性や理性、芸術や哲学に関わるとされる発現遺伝子をつなぎ合わせたルーナが二体目で、デーナは僕がリーダーに任命されて、つくった三体目の物質だ。そしてこれには、先の二体よりもヒトの遺伝子との組み換え交叉を一番に考え、遺伝子複転写体となる核とタンパク質が発現している。ヒトのDNAをつないでいるときに、見つけた人類共通の、いやゲノムデータベースから見てもあらゆる生物の情報を組み込める最初の始原核とそれに適応できるタンパク質ができあがった。まさしく百聞は一見に如かずだ。開けるぞ」

スライドして開けられた中のデーナはしっかりと、固定してあった。回転させて、デーナ全体を見ることもできた。脳幹から脊髄になるあたりの裏の首筋部分から、飛び出ている複座をジン・ハナサカは指差した。

「遺伝子が結びつくとどうなるかをヒトのゲノムから見るためと、人類の情報技術を残すためにつくった操作室だ。これはタンポポ・タネ。生きて体を保っているかもしれないという、君への想いでつくったものでもある。人の細胞が提供されても、増殖しても、発現する実体はわからない。融合するだけかもしれないし、全くヒトをつくらないDNAが増えるだけかもしれない。それを超えた本来の目的である僕達を形作るゲノムと組み換えできる染色体と発現をその人の目で見届けて欲しいんだ。デーナは技術と遺伝子の見える化でもあり、遺伝子を残す二対の交叉する未来を描ける。やっぱり、生きている人間に見て欲しいじゃないか。DNAの中の染色体は三本でも、四本でも何千本でもなく、二本ずつで対になって構成されている。それを遺伝子交換の前提とし、二人の複座にして、脳幹や脊髄と人工神経でつないである。中には複製機と配列決定機もある。重要な始原核導入機もね。交換し、結合し、発現できるのか、二人でのってみてくれ。操作しながら、覚えるといい」

「そのほうが、早いですね。カシア。乗ってみよう」

二人を後ろで見ていたカシアは呼ばれ、目が合うと、驚いていた。

「乗るって、あの席にですか? いったい、何をというか、これで何ができるんですか?」

「僕らの遺伝子の結合を見るんだよ。交叉や組み換えがどう発現するかということさ。これで、モデルを一足先に見ておくんだ。最もヒトの染色体が基になってはいるけど、この遺伝子を残すという意味では、最適だよ」

「結合ですか。わかりました。自信はありますよ。お父さんに育てられたんですもの。いっしょに見ましょう。どっちに乗ればいいんですか? やっぱり、私が前ですか」

タンポポ・タネとカシアは複座を確認してみた。ひし形のカプセルが斜めになって入っており、その形状に沿って席が上下に二つ設けてある。その上下部分が各々引っ張られて、中は開いている。

「前はタンポポ・タネだ。後ろが御相手になる。デーナはヒトゲノムが基の物質だが、複座の中では体をつくる基本のX染色体を二つ持つものが後ろで情報元になる。原点の組み換えのために、ここでもお互いが対になるんだ。前はヒトだ。僕達の遺伝子を組み込むものとして、デーナを主に動かすものとしてな。あとの操作はディスプレイに表示する」

ジン・ハナサカの説明を聞いて、二人は頷き合い、それぞれの位置に座った。ディスプレイは前後に付いている。両隣に手を入れる開口部とそれに沿って、白い繊維につつまれたものが輪をつくっている。弾力があり、ゲル状のものが、そこにあった。奥にはトリガーが見える。画面を触ると、DNAの塩基配列確認のために、輪の中に手を通すことと出た。後ろにいるカシアもまた理解した。スーツのまま手を通し、輪がやや手首下に動いた。そこを包み込むと、皮膚まで柔らかい感触が伝わり、スーツ下まで通過してきたのだ。DNA摂取、分析中という表示が出たので、体に全く負担が無い特殊な白い輪と接触しただけで取り込めたことにタンポポ・タネは感動していた。数秒で出た表示を確認したカシアは彼の肩をたたいた。

「お父さん! 見てください! 相互形質承継及び交換結合可、複転写準備開始しますかと言うなら、もちろんです!」

「ああ! それと、輪の中に通したままにしないと、いけないぞ。配列を確認しただけで、DNA複製にはまだ輪との接触時間を長くしなくてはいけない。手を形成する遺伝子は手の細胞から取るのが、早いけど、これはどこからでも体をつくりあげるゲノムを解析、複製できる分、少し時間が掛かる。そうでないと、モデル物質すべてに転写できないからね。通すこともできて、輪から自然と手を戻すことができるのは、このゲルと繊維の性質だな。組み合わせや作製に時間が掛かっただろうな。けど、その時間分、一瞬で準備完了だ。搭載してくれた配列解析機より、格段に早いし、なにより、モデル物質で結合を目にすることができる。トリガーを手に取って、いこう」

開始するなら、奥のトリガーを手に取り、カプセルをデーナに接続するように出るので、手を輪に戻し、カシアと画面操作やトリガーのスイッチで転写開始地点へと複座をつなぐ。カプセルは閉じられて、デーナの首に埋め込まれていく。ディスプレイにその様子と接続中の文字が出ている。ぴったりと物質に適合すると、完了の次に複転写するならば、輪に通したまま、トリガーを強く前へ押すとのことである。その通りにすると、挿し込んだ感触と小さく、細かな粒が流れる音がはっきり聞こえた。恒星の光がマクロ船に入って来たときに震えた体の音と同じだった。遺伝子もそれと同じ見えなくて、見える性質のものだから流れていく音が似ているのかと考えているときに、カシアの呼ぶ声が聞こえた。

「お父さん。ディスプレイを見てください。デーナが変化していってますよ。これが転写ですか?」

デーナの変化が画面で、見ることができた。銀色でヒトの形が表示されていたものが、翡翠色に光り、変わっていくので、体の方もそれになったのだ。いつの間に何か羽織ったのかと思えば、背中から両肩を纏う形をつくる脈が巡った葉が二枚重なり合って、腰までの長さまで生えていた。後ろ首周りを、長方形の茎の壁が囲っている。頭には確かに花びらの髪も生えている。明るい白色に染まり、すべてが後方へと流れている。左右横になびかせているものもあったが、それは深い紺色で表示されている。一本のというより、紺の大きい一片が額中央から前へ垂れ下がっている。色白の顔と同じ色の花びら髪が一片一片きちんと生え揃い、カシアのうなじから後頭部までは、長く堅い緑の壁皮に覆われており、紫色の花びら髪がふんわりと首筋やまつげへとひとつ、ひらりかかっているのだ。これとは違っており、形は先が扇になっている。彼女の先は柔らかい丸みになっているのだ。

「交叉する二対の結合! 僕とカシアの遺伝子をそれぞれ、複製し、美しい結合にして始原核に組み込んだんだ。それがここから、ヒトゲノムモデル物質デーナの全体に流れて、細胞分化情報を伝える転写を行ったんだ。これが複転写というわけか。組み込まれた情報を翻訳するのはデーナに組み込まれているヒトの基となる核と修飾し、形作るのはそのタンパク質だから、カシアとはやはり違ってくるな。人体を設計するゲノムが僕達の始原結合核を取り込み、つくりあげているんだ。もう体はここにできているのだけれど、始原核とそのタンパク質が、ヒトのモデル体に、新しいDNAに対応してくれている。結合核のほうも、僕のヒトゲノムを取り込んでいる染色体があるな。これはもちろん、互いの形質交換可能条件を必要も十分も満たしているからこそできる遺伝子とタンパク質の発現だよ。ただ、人間体に組み込んだだけじゃないんだ。組み換えにしろ、体の基の翻訳修飾にしろ、そのゲノムが新しく生まれ、今ここでつくり変わっているんだ。こうなるのか。すごいぞ!」

「何だか、照れますね」

カシアは複転写完了を見て、安心し、片手を顔にあてた。ディスプレイに注意が表示された。一定時間、輪から手を離すと、デーナのモデル初期化に入るというのである。カシアとの複転写は一〇分間、DNAの複製がなければ、ヒトのデーナに戻るとあった。今度は両手で顔を軽くたたき、輪の中に通した。

「いや、体は大事にたのむよ。そして、照れるより、もっと上をいくぞ。僕は! 自分を信じる! おお! 視界が開けたぞ。僕達の複転写で神経のスイッチがオンになったんだ。ということは、デーナは動くんだな」

「聞こえますか? リーダーにカシア。二人きりでは心配ですよ。ジン・ハナサカがつないでくれました。外からは、デーナの変化がはっきり、わかります」

バイオミーの顔が出された。ジン・ハナサカものぞいている。

「複転写が完了したようだな。こうなるとはな。しかし、発現が正常かどうかは、動かしてみないとわからないだろう。神経や伝達物質は、オンになっている。物質のデーナに流れているのは血ではなく、バイオ燃料だ。モデル自体からでもつくれるが、作製方法はバイオミーにも、託しておく」

「僕が動かすにしても、ここは狭いですね。宇宙空間に出たいのですが、スーツはありますか? デーナに合うものが」

「もちろんだとも。裸のままでは、出られない。デーナの体のためにつくってあるんだ。しばらく、待っていてくれ」

「ありがとうございます。よし、カシア。最初の共同作業だ。スーツを着よう」

「はい! マザー。心配しないでください。できたのなら、もうやるだけですよ」

「そうだな。バイオミーはそのまま、デーナの変化を複座の中の僕達に伝えてくれ」

「わかりました。こちらからも、見ていますので、くれぐれもお気をつけてください」

カプセルの前面全体から動いているデッキが見ることができた。タンポポ・タネからの視界と変わりは無かった。目にかかっている紺色の一片髪も、邪魔にはなっていない。二人が座っているここは、神経とつながっているデーナの体の一部で、運動や情報処理も行っている細胞になっているのだと彼は前のめりでこの見えている風景をなでた。自分の目で確認できるのなら、この情報を受け取っておこうと思ったのだ。上から、フードに透明な面が付けられ、光沢のある白い全身一体のスーツが出された。

「見えるか? これがデーナのためにつくったスーツだ。君らと同じフード型だ。できる限り、新しい体にフィットし、動きやすくするようにこれ一枚で防護やモデル物質の温度調整ができる。これも組み換え、重ね合わせたバイオ繊維でつくりあげたものだ。デーナの細胞変化に反応でき、外に堅く、内にゆるやかにし、フードは頭や髪の毛に合わせての変形可能、透明な面からの視界確保と相手への遺伝子表示ができる。顔は目と口だけを見せて、残りの部分を結合模様で隠すにしても、表現するんだ。顔の良し悪しの基準はまちまちであっても、結合の芸術は宇宙万物共通だと僕は考えているからな。模様は外側にしか映らないから、相手を見るには問題無い。これを着て、体に合わせ、模様を表示できたのちに、ブーツとグローブや細胞への酸素取り入れ清浄装置、防衛武装を最適位置に装着する。瞳はカシアと同じ美しい翡翠色か、なるほどな」

タンポポ・タネはトリガーに手を戻して、その形をなぞってみる。握る指すべてに合わせてあって、触る強さに対して沈み、撥ね返ってくるスイッチがある。指になじむようにできているので、操作を精密にできそうであった。トリガーは挿し込んだままではあるが、回転させたり、上下左右に動かすことができた。デーナの首が下に向いたり、手が上がったりした。組み合わせて、動きをつくっていき、足のほうは伸ばしておけた。複転写の起点になっているので、すべての動作をこれで操作できるとして、タンポポ・タネは両手でデーナの腕を空へ上げた。スーツは大きく開いている背面をこちらに見せて、デッキのアームで向きを調整した。ジン・ハナサカとバイオミーが手伝ってくれているのだ。

「二人ともいいぞ! トリガーだけではなく、ゲル繊維からの体情報信号でも、動きを一致させることもできる。さあ! 着せるぞ。腕をそのまま、足も少し上げて、中へと、着て入ってくれ。ヒトの神経は発現しているが、カシアではないと動くという意識が伝わらない部位があるんじゃないのか」

「その通りです。新しい形ですからね。僕とカシアの複転写の二対なんだ。探して、みよう。どこか動かせる意識はあるかな?」

「お父さんといっしょに生きてきた私も初めての形ですから、ここでもう一度思い出とともに振り返ってみます。体を見せて、考えて、使ってきましたね。確かにお父さんが動かす手や首と同じく、これは私の体のここへの意識じゃないかしらという部分はあります。葉は折りたためますし、この一片一片は動かせないし、痛覚も無いんですけど、微かな光や風を感じることはできるんです。あっ! 太ももの横側に表示がありますよ! 両方の外側に毛細飾りがきれいに揃ってありますから、これはスーツを着た後に試してみましょう。一番体に近い部分はお父さんのように、お互いに動かせるんですね。腕とかはお父さん似ですものね」

邪魔になるだろうとカシアはトリガーを使って、デーナの背中の葉をゆっくり閉じていく。織り模様が描かれた後ろ姿になり、肩や首周りの葉もデーナの皮膚に図形を写すようにおさまっていく。カシアの体には模様はここまで、はっきり出ていなかった。

「二対の結合核の体といっても、基や発現の翻訳はヒトゲノムになるからね。でも改めて、カシアの体の自然の魅力がわかるな。観察してきたはずだけど、いざいっしょになると、さらに面白いところが出てくるな! 皮膚に模様がある時は、環境に対して堅く、開いた時には、体に力を蓄えるんだな」

「やっぱり、照れますねえ。でも、できていますものね! これで、着ましょう」

「よし! まずは手を入れて、足も着せてもらってっと。頭にフードと顔に透明面と、今、面は外してくれているのか。バイオミー、後ろはどうかな? 入っている?」

「全部入りましたよ。背面はジン・ハナサカに確認して頂きます。閉じる器具という部分がありませんが?」

「気圧や体格に調整すると同時に、自然に閉じて、繊維が結びつくんだ。ぴったりにね。緩めると、また自然に開く。このバイオ繊維の特徴だ。ぶかぶかじゃあ、遺伝子体が見えないからね。スーツの丹田部分に調整器具がある。銀色の四角い形で、上が締める、下が緩める器具になる。それを押してみてくれ」

タンポポ・タネはトリガーの指部分で強弱をつけて、押してスーツにある器具で調整した。新しい体にスーツは大きさや体型を合わせていく。色が変わっていくのも、デーナの細胞を見やすくするためにつくった繊維のおかげなのだ。フードもぴったりとして、オールバックに似た花髪の形や色がはっきり捉えられるとバイオミーからの通信があった。

「デーナの観察助かるよ。バイオミー。あとは葉や毛細飾りが使えるかどうかだな。カシア。開いてみてくれないか。毛細飾りは、筋肉を伸ばすとかいう意識が僕にとっては近いのかな」

「わかりました。スーツが付いてきてくれるか、動く意識も二人で確認してみましょう」

カシアの操作でデーナの太もも外側の飾り模様や背中と首筋の図形らは皮膚から浮き上がってきた。スーツはしっかりと付いてきてくれるので、別の新しい服に着替えたようだと聞こえていた。ブーツと清浄装置がデーナの上に出された。ブーツは変形する前のスーツと同じ色でふくらはぎまで防護できる長さである。横にひねる器具が付いているので、デーナの手でこれをまた調整し、合わせた。大きさはぴったりになったが、色は変わらなかったのはスーツよりも堅いつくりになっているのだ。グローブは爪や手の甲が堅く覆うことができるもので、指自体の動きは制限するものではなかった。デーナで両手を広げたり、閉じて、タンポポ・タネは自由に動かせて嬉しくなった。そして、清浄装置を掴んで、デーナの目で眺めた。

「情報を組み込みました。八角形の小さい装置ですが、スーツの繊維と裏面で結合して、中の空気を正常に保つ機能があります。グローブ手首部分でコントロールもできます。繊維上なら、どこでも大丈夫です。そこで細胞を確認して、結合部分の繊維も手伝って、酸素をつくります。同じバイオ燃料から成る電池ですので、発現細胞から動く力を取り入れる時もあるでしょう。胸に付けてはどうですか。今のデーナの形質ではそこがよいでしょう。皮膚に埋め込まれた模様が一番少ない場所です」

「なるほど! じゃあ、胸に付けて、作動するよ。次は、毛細飾りだな。カシアの太もも周りに飾りが豊富に付いているけど、デーナは外側に集中している」

「はい。背中や肩の葉織りと同じく、この飾り模様も浮かび上がったので、動きますよ。お父さんといっしょに過ごした経験から、意識を説明しようとすれば、爪を伸ばして、使うというところですか。私に五本の指手はあっても、爪はありませんが、それを短く切っても、感覚はないでしょう。髪を切ってもそうなのでしょうが、それも伸びるんですよね。その伸ばしたり、短くしたりという意識がのせられるんです。刺したりする触覚とかはありますよ。それ以外の感覚は無いですね。葉織りは難しいです。無理に当てはめるしかないですけど、本当にスーツみたいなものなんです。着るものではなくて、体の一部で重ねられる皮膚服ですね。これも毛細飾りと同じ感覚ですね。それぞれの働きはお父さんとの生活で私が使う限りではありますけど、毛細飾りはこの体の支えと移動です。私の故郷では皆そうやって、生活していたとおっしゃられたので、重力下での直立や移動も厳しかったのかもしれません。どこでも直立できるのは、故郷では優位だったのでしょう。葉織りは微弱な光と風の感知と吸収、それらの中にある害線や埃を防ぎます。必要な物質だけ通すんです。場合によっては、葉を開いてです。葉織りは開いていますし、毛細飾りを使ってみますか?」

カシアは後ろの席から、体を乗り出して、タンポポ・タネの顔に近づき、いっしょにデーナの毛細飾りを見た。

「もちろん! このデーナが、体をどう使うかをこの目で見たいからね。足はこのままの位置でいいかな?」

「大丈夫です。マザーやジン・ハナサカに少し離れてもらいましょう。伸ばす位置は確認、予想しますが、デーナがどう動くのかは実際、わかりません」

「なら、やってみるしかないな。バイオミー。聞こえているか。毛細飾りから、できるだけ離れてくれ。まずは、デッキを通り越した、衛星内の天井部に伸ばしてみるよ」

「わかりました。ジン・ハナサカも離れます。使うところは、しっかり見ているとのことです。どうぞ」

タンポポ・タネはカシアへと頷いた。トリガーを取り、強く握ったと思うと、スーツの太ももから飛び出した太い線が天井に刺さった。デーナの手でそれを触り、引っ張ってみると、そのまま体が起き上がりそうだった。

「カシア! これは、体をつかって、見せてくれたときみたいに刺さっているのか!」

「立つ場所が壊れるのは、危ないですしね。刺さってはいますが、隙間へ張り付くというのが、近い表現だと思います。踏ん張る感覚ではあるんですが、働きは支えですから、それでは意味がありません。立てたそこを中心にまた、伸びるんです。これは反応ですね。もっと細い線が立てた真ん中の触覚から、移動や直立できる力に耐えられる数だけの毛細が出てきて、毛先で隙間を探して、結び付けるんです。柔らかい場所か、固い場所かで違ってきます。ここは私の体の働きに似ているということでしょうか。でも、私のよりも少ないですけど、とても力強い毛細飾りですね。交叉の影響かしら?」

「だね! モデルということを忘れてはいけないけど、現実に近い予想ができる理論がそこにあるよね。このスーツが細胞の働きを最大限生かせるようにできているのは、技術と希望の結晶だな。さあ、宇宙に出てみよう。ここじゃ、毛細飾りを使うにはやっぱり狭い。ジン・ハナサカ。バイオミー。宇宙に出てもいいかな。大丈夫なら、開けてみようよ。体で確認するから、何度もつかってみないとな。これは引っ張って、強引に取れるもの? それとも、意識して取るもの?」

「両手で力入れれば、解り取れますよ。でも、意識したら、引っ込むんです。そのほうが楽ですし、支える場も安定した状態に保てますから、やってみます」

縮んでいく毛細飾りを、タンポポ・タネがデーナの太ももに収めた。ディスプレイに映っているジン・ハナサカの顔は明るくなっている。バイオミーに機械操作を手伝ってもらい、射出口まで寝た姿のまま、デーナは運ばれた。衛星から、地球に降りるための船が一つあるだけの場所に固定され、毛細飾りが上手く働かない恐れもあるので、命綱と大きく二又に分かれ、先端で移動噴射をする機器をデーナの丹田とその後ろ部分につなぎ、宇宙に出る準備ができた。移動機器には両腰に手で操作するコントローラーが付いているので、デーナの体でそれを動かせるか、確認もできた。

「面をスーツから出してくれ。フードはぴったり頭や髪の形に沿っていて、その内部に入り込んでいる。耳部分に押し出す調節具があるだろう。合わせたフードの大きさに面は形を変えて、出てくる。それが繊維と結びついたら、結合模様を映す。ディスプレイにも表示される。清浄装置も忘れずにな」

タンポポ・タネはデーナを自分の新しい体として、意識をトリガーに伝えることができていた。手は自在に動き、フードに、変形した透明面を付けると同時にこれも完了の合図として、模様が表示された。銀色と翡翠色で輝く二つの線が鼻筋で交叉し、そこで一本にまとまり、交互に絡み合って太い蔦として通っている。額には上方に開いた扇の形を、両頬の右側には緑、左側には銀に染まった六角形が映された。どちらも目口や鼻筋の形に合わせて残しており、あとは顔をしっかりと覆っていた。額から垂れている髪花の先がちらり見えている。交叉している緑線は銀緑色の眉上頂点から始まり、そのまま下りた右目と、左の口端を通り、つながっている。もう片方の色は銀で、左目と右の口端を通り、それぞれの頬の六角形の辺に沿っているので、目や口はきちんと見えている状態である。ディスプレイの方で模様を見たタンポポ・タネはデーナの目を通して、開いた射出口から宇宙を見つめた。遠い星の光を感じ取ったのか、デーナの一片の扇が大きく横に開いて、上下に仰ぐ動きをした。

「自然にこれも開くのか! それなら、いこう。出たら、衛星に毛細飾りを立てて、ついでにドッキングしている船の拡張作業だ」

「わかりました。お父さんとカシア、二人出ます」

寝たままの姿で、ゆっくりと宇宙に出されると、体の姿勢を正して、早速人工衛星にドッキングしている船をデーナで指差し、カシアが毛細飾りを伸ばした。それは意外にも速く伸びて、船に張り付いた。

「宇宙空間の環境を考えても、伸びが速くて、いいね! 刺し張り付いているか、この手で確かめる」

「さっきよりも、少し力を入れました。土台が見えれば、伸ばすイメージが湧きます。強く、伸びますね。さあ、引っ張ってみてください」

衛星の中ではないので、両腕を大きく回してから、両腿から伸びている毛細飾りを引っ張ってみた。デーナの体は船の延長線上になる空間に立って、固定されているようだ。

「これが毛細飾りの役割と感じるね。体幹が複座の中まで感じ取れる。それとスーツの伸縮も考えておかないとな。それじゃあ、接している点まで、近づける?」

「大丈夫です。いきますよ」

デーナを通してのその伸縮を目にして、タンポポ・タネは新しい感覚を覚えた。体が刺し張り付いている根元に引っ張られていく。太腿周りにそれらが収まっていくので、筋肉というより、体に近い道具を使っているようだった。足が付くと、毛細飾りはふくらはぎから太腿、そして腰へと、地を感じる力を伝えてくる。歩くと同時に、足元に飾りが付いてくる。

「これは、この足の反応になるのかな」

「ですね。足が動くと、毛細飾りも、連動します。でも、別の動きもできますよ。何本か結び張りつつ、動くとか、ほどき離れるとかですね。デーナとは神経やそれらの処理も違ってくるかもしれませんが、同じ感覚ですね。お父さんの言う、百聞は一見に如かずの意味がわかりますね。私の体に聞いて頂けるのも、もちろん大歓迎ですけれど、いっしょにつかったほうが早いですよ。せっかく、二人で乗っているんですから」

「ああ! 心強い言葉、いいね。これをつかって、船の部分と部分を交換、拡張だ」

人工衛星にはジン・ハナサカが降り立った研究者や人類ゲノム提供者達から最後に受け取ったという補給物資や長年に渡って作製したDNA物質、巨大人体のために拡張され続けた部分衛星が備わっていた。すべて託すと、はっきりとした通信があり、人工衛星からアームが出てきて、部分衛星を切り離す作業を始めた。タンポポ・タネとカシアはそれに向かって、毛細飾りを伸ばし、受け取り、こちらまで引っ張ることができた。道具として使うという意識でデーナの太腿を彼が動かしたからだ。

「早速、上手ですね。嬉しいです!」

「うん。カシアの動く体を見てきているし、人の意識を動きに入れることは、僕にとっては重要なんだ。ヒトのDNAも入っているんだからね。毛細飾りは立つ場所を傷つけないということは、それを引き寄せることもできるという僕の意識さ。重力の下では、この動きができるかも試しておこう。船からも、古くなった部分は切り離して、細胞交換だ」

マグロの形をしたタンポポ・タネの宇宙船から、余分な身を取っていく。頭と尾、ひれ翼と骨格と使える部分体や重要な幹を残した姿にした。そこにジン・ハナサカが切り離した部分衛星を接続していく。両手両足はもちろん、毛細飾りをカシアもデーナに引き寄せるためにつかった。船体は前より、一回り大きくなり、姿形は筋肉が増して見える。羽に当たるひれや尾、頭に大きい体を動かすための骨格器具を毛細飾りで船をおさえつつ、手で接続していく。器具は翼を大きくし、丸い頭に立派なえらや鋭い口になり、前へ進む力も強くなった。

「おお! いい動きだ。宇宙船の拡張作業も完了だな。デーナも専用格納部分衛星を宇宙船につけて、そこに寝かせよう。毛細飾りで、受け取ってくれ。これが最後だ。腹部分なら、邪魔にならない」

「切り離しました。アームから、受け取ってください。リーダー、カシア。そして、デーナ」

張り付く場所を腹部分に変えて、そこで作業を行う。二〇メートルの体に太腿から伸びている紐状の飾りと両手で、部分衛星やアームを引き受け、接続と固定をする姿はジン・ハナサカにとっては、輝いている光の結晶を目で捉えている感覚であった。大きく、新しい体で動いているデーナに生命力を感じたのだ。

「実際に、そうなのかもしれないな」

「どうしましたか? ジン・ハナサカ。腹部分への作業はもうすぐ、完了しますので、それがやはり、いいかもしれないということですか?」

「それもあるかな。僕の研究分野の偉人の言葉を思い出していたんだ。ゲノムは光の結晶。実際、エメラルドに輝いているから、結晶も間違いではないかもしれないな。言葉の意味は、やはりそれを体験もしくは、この目で見て、言葉と結びついたときに生まれるんだろうな。デーナを見て、意味が生まれたから、そう言ったんだ。ここまで、生きるべき命があって、よかった。光の交叉か。デーナの背中から、葉織りが出てきたぞ。問題は無いか、確認を」

「わかりました。リーダーとカシア。デーナの体の変化を確認しました。葉織りはそちらから、出しているんですか?」

デーナの交叉表示されている面からのぞく黒目が、人工衛星のほうを向き、ジン・ハナサカ達と目が合った。デーナは首を傾げたあとに、葉織りに気付いて、両手でそれをはためかせた。

「本当だ! いつの間に! カシアがこれを羽織らせてくれたの?」

「いいえ。これは、力になる植物性のバイオ燃料をつくっているんだと思います。毛細飾りを働かせたので、エネルギーが要ると体が感じて、葉織りが開いたんでしょう。太陽の光や熱が溜まっていくのを感じます」

「波動や電磁波があれば、エネルギーの燃料ができる遺伝子が発現している可能性もあるな。暗闇の中で光合成ができるという植物も見てきた。デーナに発現している葉織りの細胞も観察しておこう。大きい分、見やすくもなっている。さあ、接続できたぞ。人工衛星の射出部に戻って、ジン・ハナサカとバイオミーに細胞の確認をお願いしよう。それからは、デーナとの未来の話だ」

「自分の体なのに、わからないことだらけです。葉織りはこのままにしておきます。はばたかせるなんて、意識ありませんでしたけど、格好良いですね」

「そう使いたかったんだよね。背中や肩、首周りに発現しているんだからね。これも、格好良く、かつ細胞にふさわしい動きをするほうが、体も喜ぶよ」

船に付けている足を曲げ、腰を少し落とすと、毛細飾りは自然と体に合わせて縮んだ。人工衛星へと体を向け、離れると、飾りはそちらへと伸びていった。タンポポ・タネは太腿や体幹の反応で、それが動くと考え、デーナの姿勢を自然な形に近づけたのだ。カシアはそれを見て、毛細飾りを伸ばし縮ませ、デーナを人工衛星へと向かっていく。

「これで、新しい子孫に体の使い方を教えられる僕の範囲が広がったぞ」

「子孫! 名前は何にしますか?」

後ろから、カシアの細かくて柔らかい毛細飾りが、タンポポ・タネの足元に絡まった。スーツには暖かさが伝わり、少しくすぐったさもあった。

「先の話は夢がなくては、いけないよね。でも、さきにこのデーナのモデルの状態に名前をつけておこう。カシアとの交叉だとわからなくてはいけないから、デーナ・クロス・カシアとしよう」

「私の名前だけではないですか。お父さんの名前もいっしょに入れないといけないと思います」

「僕がデーナ自身なんだよ。それはヒトのすべてであり、一人の僕なんだからさ。交叉したときの、一つのゲノムモデルができあがり、見られるのは貴重だ」

「デーナはお父さんの顔と似ていませんよ。複転写しても、発現したのは体形、神経やそれらの伝達物質だけではないですか」

トリガーから両手を出し、タンポポ・タネのフードの面を後ろからなぞっていく。カシアの手はヒトと同じ形と数で、温かい。植物の茎がそれらのつくりに仕上げているかに見えるが、働きはヒトと同じだった。物に触れ、握ることもできる。手の発現遺伝子はカシアの中にもあるのだ。細長く、ヒトよりも大きく外にしなる。

「デーナの手も足も、意識も僕という人そのものさ。顔は集められたヒトゲノムからもう発現している。それが、この目鼻や口になるんだからね。悪くは無いよ。複転写はヒトの形質を残すことを前提に、かつ交換可能な場合なときにでる劇的な変化を、たくさんのDNAが集まっているから、進化といってもいいけど、それを相手に自分に見せて、取り入れる、交叉できる意識を持ってもらうためさ。滅んでいるなら、それが条件になるんだ。カシア。僕が人だということは、忘れないでくれ。何より、僕自身が一番忘れてはいけないよな。子孫ができたら、きちんと名前をつけるよ。僕らの願いで、僕も一人の人間だからね」

タンポポ・タネは自分の右手小指とカシアのそれを結ばせたあと、ジン・ハナサカとバイオミーがいる衛星の扉を指差した。

「デーナ・クロス・カシア、二人ともに帰るよ。開けて、格納準備をお願いする。カシア、デーナに発現している毛細飾りの刺し張り付きを、お願い」

カシアは手をトリガーにそえたが、自分の毛細飾りはそのままにしていた。

「約束しますよ。お父さん」

射出口まで刺し張り、葉織りをなびかせて、宇宙を歩き、渡っていく。衛星内に入るとスーツはそのままに、フードのみを後ろに流した姿で、仰向けに寝かせた。白い花髪と紺色の扇髪が、飛び出して、揺れている。

「この状態のゲノム体をデータに入れておこう。バイオミー、お願いする。カシアとクロスしたままにしておくからさ」

「わかりました。リーダー。ジン・ハナサカとデーナの発現細胞を直接確認します。大人しく、お願いしますよ」

「わかっていますよ。マザー。自信しかない結晶ですよ」

バイオミーがアームを使い、ジン・ハナサカは目や手で見て、触れている。二人からゲノムをデータベースに入れたと聞いてから、トリガーから両手を完全に離した。複転写を停止、デーナの初期化開始とディスプレイに出ると、白い輪もタンポポ・タネとカシアの手首から離れた。トリガーを手前に戻すようにと光っている画面を残し、周りは暗くなった。デーナの目や神経が閉じられたからだ。元に戻し、スイッチを押すとこの人工器具は外にゆっくりと出てきて、開けられた。デーナと同じようにフードを後ろに流し、少しくねった黒髪と、ふわりと宙に浮かぶ紫の花びら髪の二人が出てきた。

「この目でしっかり見たぞ。タンポポ・タネ。データに入れたゲノムから、結晶の交叉配列や編集できる部分、ヒトが成る新しい発見の遺伝子をも探せるだろう」

空間移動機械から体を立ち上がらせて、ジン・ハナサカはデーナと二人の顔を見て、言った。

「ありがとうございます。デーナを託されても、問題はありません」

「本当に元のデーナに戻っていくんですね。不思議です」

花びらを整えてから、カシアは自分の手首を触っている。

「二人の遺伝子が複製され、結合した始原核がモデル物質を変化させていたんだ。物質に結合の光を当てるのを、やめれば、物質は元に戻るよ。また違うのを当てれば、違う形になる。それらもお互いが交換可能な場合で、交叉して、発現できる光の結晶になるそのときに限られる。デーナという物質自体は変わらないけど、光で変わる性質があるということさ。新しい発見には、新しい名前がいる。それら二つという意味を込めて、光叉転写体デーナにしよう。初期化の時間は結合始原核の光で、長かったり、短かったりする。早めにしたかったら、モデル物質デーナのゲノムにカプセルに備わっている銀光を当てるといい。それが、デーナ自体の輝きで、遺伝子を呼び起こすからな。銀色でヒトゲノムにマーカーとコーティングとともに、保護しているんだ。格納庫部分は君達の宇宙船と交換してくれた。デーナ・クロス・カシアがね。防衛武装の光差剣銃もそこにある。使い方は新しくなった宇宙船マクロに装備されている武装と同じだし、バイオミーにもわかっているだろう」

バイオミーがこちらに来たので、タンポポ・タネが手を差し伸べた。

「ありがとうございます。データのほうも、移行完了です。いつでも、出発できます」

「うん。わかった。仕事がやっぱり、早くて、いいね。ジン・ハナサカ。生き急いでいるのなら、もう安心してください。もう一度、僕達を見届け、いや、少しの話をする時間もできています」

「悪いな。体も君達が来てくれて、元気になったと思ったが、気持ちだけだった。デーナを頼む。ヒトゲノムは残すべきものだと、僕は信じているし、それを託すこと、そして、究明し、つくりあげることが僕自身の使命だ。タンポポ・タネ。君を見て、なおさら、そう思う」

ジン・ハナサカは自分のしぼみ、しわしかない手に目を落とした。

「もしかしたら、気持ちを悪くさせるかもしれませんが、もう一度、ヒトをつくるわけにはいかないのですか? そうしたら、皆で人類をやり直せるのではないでしょうか?」

カシアは手よりも早く強い、自分の毛細飾りで、タンポポ・タネは両手で姿勢が直せないジン・ハナサカの体を支えた。

「ありがとう。不思議な感触だ。毛細飾りで支えられるというのは。技術という言葉が誤解をさせるのかもしれないが、クローン技術は大量生産には向かない。その言葉同士自体ふさわしくない。一つの技術過程も省略してはならないし、分化促成培養液の量や濃度も細胞の状態によっては、変更しなければならない。人工衛星が乗せられる太陽軌道の範囲もぎりぎりしかなかった。自動化も難しいし、人の入念な観察が必要になってくるんだ。衛星にそんな自動機械はないし、人類が生きている間はクローン技術で、ヒトをたくさんつくるというのは法律が許さないし、義務も課せられていたからね。正義や美徳、倫理は青春とか恋愛よりも社会で共感されるべきものだからだ。僕の姉や弟は、そもそも恋も愛も、性への交渉もせずにそんな自分一人の体と技術だけで子孫を残すなんて、お前は常識も経験も全く無い異常者だと言うに違いない。だからこそ、交叉できる、新しい生命にモデルを託すのさ。思い出すよ。走馬灯ではないけれど、過去をさ。よく言えば、僕の原点ではある。認めはしても、感謝なんて全くしないけどね。今ここで記憶を振り返るのは、改めてデーナを託す意味が、タンポポ・タネ、カシア、バイオミー達へと手渡されるということの天命をこの体に見出すことができるかもしれないと思ったからさ」

バイオミーの機械操作も手伝い、衛星内の観測室で体を落ち着かせ、黒い地球をジン・ハナサカは眺めている。タンポポ・タネはジン・ハナサカを見つめていた。

「姉と弟がいてね。君の叔父や叔母といったほうが、かえっていいかもしれない。二人とも僕とは違って、恋愛も青春も、周りから普通と言われていることが早くからできていた。それがどうして、自分にはできなくて、違うのだろうというのが僕の始まりだ。行動する体が男女や家族の間で違うからか、それとも僕のときには揃わなかったおもちゃや遊びがあったのか、とにかく体の中へと疑問の目が向いたんだ。抱くも抱かれるも、生きている体がないといけないからね。しかし、両親に聞くわけにもいかない。傷つかせてしまうかもしれないという遠慮が子どもながら、あったし、二人より奥手で内気だ。それを個性という言葉をもってしても、皆の普通を塗り替えることは決してしてくれなかった。本は良い。たとえ、自分の納得のいく答えがなくとも、遠慮なく、問いを求められて、自分の頭に組み込める言葉の変換を考えられる。でも、本を読むなんて、あるまじき年頃成長期反普通的行為に思われて、笑われて、人からも世の春謳歌思想からもいじめられたよ。姉や弟は助けるどころか、それに混ざっていたからな。共感されるのは友人や恋人がたくさんいる普通の方で、たくさんの読書よりもそれだから、仕方が無い。考える人より、恋する人のほうが美しいと偉い人も言っていた。社会よりも、普通の中で生きるのが僕にとっては難しいんだ。それでも、授業の一環でホウセンカを育てていたときに、形や大きさが違うのが不思議で、周りの鉢や土を見て、触っていたときに怪しんだ先生が声を掛けてきたから、疑問と仮説をそのまま口から出して、質問をする形で見逃してもらおうと思ったんだ。そうしたら、笑って、皆が見もしないところを見て、疑問にも思わないことを疑問に思う君はきっと誰にもできなかったことができると言ってくれたんだ。社会と世界の中で生きるというのは、こういうことで、人間にはそれが必要だと思った瞬間だったなあ。そして、人のDNAを残すという意味の一部を見たときだよ」

「ジン・ハナサカが見たデーナがカシアのクロスだったのは、運命を感じますよ」

タンポポ・タネがカシアの白い花髪を触り、掬った。花びらもカシアも笑った。

「遺伝子の歴史から見ても、そうかもな。託す、託される意味も天命もまだ一部しか、僕には掴めていない。もう少し、振り返らせてくれ。僕が生きてきた体の中にもあり、すべてのヒトに共通しているはずだ。あのときの言葉で、生きて進学もでき、選択授業の美術の時間にもそう思えることがあったかな。さきのよりも、正常に違いない。学年一可愛いといわれた女の子に真剣な横顔と果物や花の静物画を褒められたときさ。いや、これではまだすべての人に共通するとはいえない。絵は欲しいと言われたから、その子にあげてしまったな。描く顔を見てから、ずっと僕からの言葉を待っていたのだけれどと、卒業するときに言われたのはこちらの問題だが、生きている自分を認められたのは人間として大きい意味があった。二人がいなかったら、デーナも僕もここにはいなかったかもしれない。進む道は一部の細胞から、すべての細胞をつくる技術の実用化を進めた貢献で受賞した研究者のニュースが照らしてくれた。直感だよ。共感されるであろう普通の情報しかないから、あまり見ていなかった画面の中から、これが目に飛び込んだのは面白い。この中に自分の個性や情報が入っていると起点にすれば、長年の僕の疑問に導く手段を与えられると、同じ大学と院と、そして研究の道に進んだ」

「その子のDNAは無いのですか? あれば、体だって」

カシアが言葉をとめて、顔を俯かせたので、紫の丸い花が垂れた。

「もし、時代があり、追いついていたら、死んだ人をクローンでという法もあったかもしれない。だが、科学の目で見れば、それは遺伝子が同じなだけで、死んだ人の体とは全く別なんだ。ややこしいかもしれないが、経験豊富な人のクローンをつくったといっても、そのクローンの体そのものは何も同じ体験をしていないんだ。自ら動く人なら、なおさらそれが問題になる。いや、いいよ。カシア。ここにも天命が垣間見えるからね。僕の研究はそこに行き着いていたかもしれないしね。教授の勧めで海外や国立研究所、そして同じく賞を受賞して、人工衛星まで来て、人類ゲノム再生及びモデル化計画に携わるところまでこれたのは、遺伝子の研究としては幸いだった。同じ人なんていない、行いは運命を文字通り変える。研究のヒントになった発達心理学研究者の言葉さ。生命が生まれたのは、地表のある惑星だったこともあるが、エネルギーを放射する太陽という恒星が適切な距離にあった環境も見逃してはならないということだな。人が自然の中の生き物だということを感じるよ。もっとも、普通の人はそれよりも身近なお金や性のある社会の中で生きる人間に共感を覚えるだろう。ここがみそだな。まあ少なくとも、僕が受賞したときには、姉や弟どころか、社会の皆が祝ったのはその高い共感能力のおかげさ。遺伝子や細胞という言葉は全く自分達に関係ないことではなくて、それで若返れるとも、わかったからだな。どんな人も例外はなく、体は受け取ってきたそれでできている。生きているその中で個性は芽生える。さらに、芽生えた中でまた生きていく。逆に言えば、その中でしかこの体は生きられないけれども、存在がつながっていくのがわかるかい。宇宙はエネルギーで輝く球から始まり、さらに広がっている。そこに意味と天命があるんだ。話が大きくなっているわけじゃない。原点に戻るんだよ。あとは君達からの、一歩だよ。形質の継承は、その中で生き続けるという点で考えれば、重要だ。染色体の数や長さ、そして交叉で受け取られていく。それらが一つでも互いに食い違っていては、発現できないことも存在し続ける結晶ということで、決して忘れてはならない。タンポポ・タネ。君にすべてを託すが、広がる宇宙は君に対して全く自由だ。その中で存在する人を忘れないでくれ。僕が考えられる意味と天命、時間はここまでだからね」

ジン・ハナサカの体がこちらを向いたので、タンポポ・タネはそばに寄った。その顔に細く、固い手が触れた。

「もう時間ならば、よし! 承ったぞ!」

「くだらない過去は、話すと自分も疲れるなあ。僕の過去は、君の過去ではないが、僕の遺伝子を受け継いでいるから、意味を見出す行いはきっと、君の運命に関わってくれる。聞きたい話もあるが、それはバイオミーからの記録データで見ておくよ。でも、気になっていたのだけれど、カシアはどうして、タンポポ・タネを名前ではなく、お父さんと呼ぶんだい? 親子ではないだろう。言ってしまえば、カシアのほうがヒトの年齢体を基準にしてはいるが、上になるぞ。複転写時に細胞状態を確認した。タンポポ・タネは二十三歳の出発から、三一〇年は経過しているが、一般の二十九歳の細胞状態に変化している。これと比較すると、三十半ばだ」

「ヒトからはそう見えたとしても、私の体の状態は今が花見頃の時期なんです」

カシアも近寄って、髪花をかきあげた。

「なるほど! だから、お父さんか。言語もそれのおかげで、発達しているんだな。体の発現や細胞分裂成長過程はやはり、ヒトとは違うな。それでも、デーナが交叉状態を表したということは、まだ解明すべきところがあるのか。始原核を見つけたからこそ、植物だろうが、何だろうが、進化していくことを信じられるな」

「記録データを見て頂ければ、カシアの発達もはっきりしますよ。映像のほうがいいでしょうが、僕から話しかったです。いろいろな発見も、ありましたからね」

手は握っていたが、タンポポ・タネは地球だった光景を目に焼き付けていた。星も縮んでいっている。

「心配するな。見ておくからさ。デーナに乗って、ここを再出発するといい。地球もエネルギーを絞りつくされ、限界に来ている。最後にデーナを見届けさせてくれないか」

三人の手で射出口まで連れられ、ジン・ハナサカはデーナを眺めている。

「私も宇宙船マクロの安全確認をします。デーナの情報を最後まで、受け取ってください」

「ああ。もちろんさ。そっちを頼むよ。バイオミー」

タンポポ・タネ一人がトリガーを握り、デーナへ接続する人工器具と複転写機で初期化完了、預かり保存していた細胞も融合させ、複転写可能状態を確認しているときに、画面に表示が光っている。カシアの後ろの画面でも見えるが、前を覗き込んでいる。

「これは。なるほど。ジン・ハナサカ。デーナはこの広い宇宙でも、同じ波長を感じることができるようになっていますよ。僕達の複転写で、遺伝子のさらに中の粒子に交叉できるそれを、あるいは宇宙で引き寄せあう力が元からあったのかもしれませんが、光って示されています。僕らのほうでも、これを明らかにしますけれど、デーナの体をつくったのならば、見ておくべきです。サンプル細胞でも微弱に反応するぐらいでしたが、これはもう道ができている」

バイオミーが受け取った表示は銀糸状の光が、揺らいでいた。最初は不規則に波打っていると思って見ていたそれは、デーナの向きを変えると途端にらせん状の形になり、それと対称になる光がうっすらと映し出されていた。

「おお! タンポポ・タネの言う通りだ。デーナに始原結合核が複転写されたときに、発現したと思われるな。これにより、デーナの中自身にも交叉できる使命と粒子が計れ、結晶を映し出せているんだ。サンプルでは人間の範囲が狭すぎたんだな。仮説ではあるが、二人の複転写後に、この表示が出ている。僕も初めて、見るよ。何光年という距離でも、わかるのは遺伝子のさらに中の粒子と宇宙の中の粒子との結びつきやすさ、惑星そのもの、またその中で生まれた生物らの粒子同士の関係、そしてあらゆる環境で進化してきた生物共通の始原核が存在していること、デーナの体の大きさや集団の合わせられたDNAが因子になっていると僕は考える。ヒトのDNAを承継できる存在を、広い宇宙で探すのは困難を極めるとはわかっていたが、これなら道を照らせるぞ。カシアとの出会いは運命と同時に奇跡だったな。どうやって、見つけたんだ? 星や人類ゲノム配列記憶一片のみの細胞が発する微弱な電磁波での探索はもちろん、高感度レンズで捉えた光の強さによる天体位置計算ぐらいしか手段が無かったはずだ」

「それだけ備えてくれれば、十分でしたよ。あと必要なのは、僕の行いだけでしたからね。地球に似た顔の惑星があるかもしれないのなら、行くだけですよ。もちろん、根気と運は要りましたし、バイオミーの自動観測の効率化もありました。だから、発見できたんです。しかし、カシアの惑星へ光を与える恒星が弱まっていました。よく、そこまで星が生き残っていたと思いましたよ。そのせいで、カシアの世代では体の細胞分化が一向に進まずに、生き残りとリスクを賭けて、僕に種子状態のカシアを託したんです。言語機能や発声器官もヒトに近い発現で、こちらの言葉もよく理解してくれました。体が発現している代表者でもあった両親から、ゲノムデータをつくり、それからどのような強さの光がいいか調べ上げました。近い光を放つ恒星を探すのは決して僕にとっても、進化してきた生物にとっても無意味ではありません。周りに惑星はまだできていない光る星を見つけ、そこで、カシアはようやく産声を上げてくれたんですよ」

白や紫の一片花髪をいじったり、背中や肩から長い葉織りを出して、カシアは自分の体で表現した。

「根気による発見か。デーナの作製もそうさ。君の体だからこそ、できたことだな。叔父や叔母らの極めて普通の体ではできなかっただろう。たくさんの友人や恋人がいて、愛されていないと寂しがり、異常と言う奴らだったからな。それが必要にしては、彼らの目を引く正義も美徳の行いをやっているところを見たことが無かったけど。周りに誰もいない、愛どころか何も無い宇宙の中の一人じゃあ、おかしくなるのが、人間の性がなんであろうと、誰であろうと普通のことだ。嫌味でも綺麗ごとでも何でもなく、一つの環境の事実として、人間は普通社会の中でしか、生きられない生物と言える。先の二人からの言葉で、僕が体の中に天命を見出せたのだからな。編集と遺伝子があるタンポポ・タネには期待していても、彼ら皆が普通ではないとおっしゃてくれたこの体と個性を持った僕がヒトゲノムのすべてを残す使命を務めるとは、全く思わなかったな。最後まで生きていたのは、独活の大木でもあって、内気や奥手である僕ならば、それらは優れた性質でもあったと思ってしまうよ。楽しんだものが勝つのか、生き残ったものが勝つのかの判断はもう宇宙に委ねられている」

デーナの複座席の光っている画面表示から、人工衛星の外へと、タンポポ・タネは顔を上げた。

「楽しんだ姉弟はもはや死に、この僕が三〇〇年も衛星で生き続けてきたのだから。ただデーナに組み込まれているのは、どうせ死ぬから、快楽を貪ることを優先した人達のものは一つも無いんだ。先も知らない遺伝子複転写体のモデル提供なんて、生きている体にとっては無意味だと考えたからさ。僕の姉も弟もそうだった。まあ、問題ないさ。この僕の遺伝子があるから、同じ血が通っているし、大丈夫。結局、子を残すのが僕だっただけのこと。新しい環境や時代が来たら、求愛による性交渉から、科学による技術結晶という新しい遺伝子の残し方が必要で、適切だっただけさ。しかし、最も新しい技術を、こんな環境で見たくはなかったなあ。異常か、優秀かは死ぬまで生きてみないと、わからないな。恨みはここにきても、忘れられない。もうその相手は自分自身だけだ。まあ人間の話はここで切り上げよう。ともかく、発見が早く、効率的かつ解明しやすくなる。画面には遺伝子の元になり、近しい粒子ゆえの引き合う力の強さで、交叉相手のいる惑星であろう場所までの距離と位置を測れているな。これを宇宙船の宇宙間航路探索データに取り入れよう。遠く離れた銀河系の中ではあるようだ。交叉の意思があるかはデーナ次第、そして社会や文化次第だ。それらは遺伝子でつくられるというよりかは、太陽系や地球、さらにその中の環境、もっと狭い世間や縄張りという外的要因でつくられる部分が多いと僕は考えている。ゲノムの中に、遺伝子の中に普通や常識が、例えば何歳までには異性を抱くとか抱かれるとか、何人の友人をつくるとか、悪行善行をすることなんて、とても細かく、具体的なことなんて、僕はついぞ発見できなかった。ただ、自分とその周りと、宇宙と世界と、ついには死を認識する視覚や脳機能、中でも言語機能はヒトゲノムでつくられ、発現しているのを僕は見ている。文化や社会は遺伝子からの発現というよりも、認識創造で発達するという言葉が僕には合う気がする。人の源因子もわからずに、人間の善悪や優劣を語るのは、おかしい話だから、僕は貪られる地球を見つつも、デーナをつくられたんだ。交叉の意思が生まれるとは限らなくとも、ヒトと共通の発現があるならば、暗い顔をする必要は無い。なぜならば、今言ったように、遺伝子が体とそこから見る世界すべてをつくるとしても、宇宙と世界そのものを決めているわけではないからさ」

「無理なら、次を探します。モデルに複転写しなくても、ゲノムデータを取るか、もしくはその場に複転写体が行けば、次の遺伝の粒子をすぐに探せるでしょう。サンプルの電磁波よりも目に見えるほど力強いですから」

「見つけて、意思表示をしたら、どうなさるんですか? カシアも気にはしているでしょう。デーナに組み込まれている細胞を与えるだけで、DNAは引き継げるとも限りません。預かった細胞が探索と発見できた微生物を培養し、それらを用いた実験ではやはり配列記憶が多すぎたり、不明で極めて僅かの一片しか、核に保存できない結果が大半でした。再生の困難を見てきていますので」

船からの通信で、ここにある画面からバイオミーの声がしたので、カシアは驚いて、葉織りをぴったりと体に閉じた。柔らかい丸みの紫花髪は少し縮み、固くなった。タンポポ・タネは大きく両手を広げ、抱き迎え入れる姿で、彼女の方へ振り向いた。

「バイオミーの言うとおり、デーナは皆のDNAといっても、それらを承継するには二つの配偶子からなる初期胚状態が好ましいよ。僕が生まれたようにね。ただ、モデル物質の細胞をDNAまで取り入れることができる成体もいるかもしれない。そのときは、ヒトゲノム解明が近づくな。まあ、御相手と僕次第だよ。デーナの細胞を作製して、預ける技術もある。デーナの使命が交叉なら、こうするように、体すべてを預けるだけさ。僕達の使命だからね。お互いの存在を広げるというのはさ。交叉はそういうことだろう。カシアとも、これからとも、僕は一人の人であっても、すべての人だから、全うするんだ。これが僕の体の希望であり、生きていく力になるんだ。そうできている」

ジン・ハナサカは出発、複転写を進めているデーナをじっと見つめ、思い出話を長く長く、あふれ続けさせていた。

「姉も弟もたくさんの経験は体を長く、美しくさせると言っていたが、実際はどれほどの人数経験や快楽悪行を積んでも、体は衰えるし、死が迎えにくる。体を使えば、なおさらだ。それらがヒトの発現細胞で、人には認知できる。だからこそ、年頃の普通体験という文化が生まれたに違いない。青春のうちにとかね。春は花粉症がひどいから、嫌いだったな。経験豊富の方が正常で、優れているというのは普通社会人間の妄想で、実際はただ宇宙自然環境の内か外かにいるかどうかの原則が支配元になって、決めているに過ぎない。生き残った方を優れていると仮定すればね。皆、同じ基準に則った同じ経験数に沿い、食べてきた数によって神経が多く、太くなった大きさでは一網打尽で、生き残りも誰もいなくなったかもしれんよ。個性は、それをかいくぐるためだとも考えられる。長い目で、かつ人間として見るならば、心体両方の発達を考えるべきではあるが、タンポポ・タネ。君の場合は交叉環境があれば、それを視覚や触覚の情報で認知して、細胞状態を保てるようにできている。豊かでれば、あるほどね。それでこそ、ヒトゲノム再生を担うモデルだからな。だが、不老不死ではない。これは僕の研究結果の限りにおいて、ヒトゲノムでは決して辿り着けない領域だ。交叉や環境の変化でそういった遺伝子が発見できるかは、わからない君達の未来さ。過酷な環境なら、カシアのほうが生き残れる。あくまで、自然治癒が驚異的に早く、細胞分裂も長く長く、頻繁に万遍にできる体であり、抗体も持つ、ヒトゲノムの極大値だということだ。残すべき形を崩すというのは、本末転倒だ。これを頭においているからこそ、周りの力の働きは限界のある人の体にとっては重要になってくる。そもそも、それがないと、ゲノム自体が生まれない。これもまた、僕達の天命さ。カシアも頼むよ」

白や紫の毛先だけ、柔らかさを取り戻し、浮かんできた。カシアの顔もタンポポ・タネに合わせられていた。

「お父さんしか、いないのでしょう。それなら、使命があるのも受け入れます。人として、必ず長生きしてくださいよ」

「もちろん! よし! 承ったぞ! バイオミー。この螺旋光路を宇宙船に組み込んで、出発準備だ」

「私のほうも、承りました。交叉相手の場所までは、光爆速で行くにせよ、デーナからの粒子情報は利用できるか、計算してみます」

「光爆速はもちろん使える。互いの粒子の引き合いも利用できる。お互いが対称となる遺伝子元の粒子は結びつきやすくなる。位置も距離もデーナのそれが測れており、螺旋でつながっている状態だ。これを利用する。光爆速は僕の専門分野ではないが、バイオミーのほうに理論が入っているから、今までも使えてきただろう。互いの粒子や螺旋状態については僕の研究分野からではあるが、計算する手段にはなるかもしれないから、考えを述べておこう。デーナがDNAをモデルにした長さ、並びが対称となる螺旋粒子として映し出す位置が特定できたら、交叉結晶が最も強くなっていると考え、これを物質の線としてつながっている状態とする。デーナ達はそこを通して送り届けられる粒子の情報とするんだ。僕達の体を筋肉から、骨や神経、さらに奥のDNA、もっとさらに遺伝子から粒子へと極小まで解析し、光の物質として捉えたら、今度はそれの波長と合わせ、ゆらぎに入るんだ。光爆速は宇宙の始まりから、広がっていく速さにも追いつくエネルギーをごく小さく限定的ながらも、再現してくれている。なにより、元はつながっているんだ。自然エネルギーも環境悪化で上手くいかず、化石燃料では補えず、地球という惑星の光熱核まで手をのばし過ぎた結果ではあるが、皮肉にもそれが宇宙原始や地球のDNAを知るきっかけにもなった。さらにはヒトゲノムを残す力にも今はなっている。ほんの一部分ではあるが、結晶にした惑星光熱核と熱や光を生み出す遺伝子作製タンパク結晶石によって、粒子達を光爆へと導く。光爆を、船を作り上げている物質の並びの最後に置き、交叉御相手粒子環境の波長最初に、並びが決定している結晶をそのまま送る。最初というのは惑星かそれに似た場所が発する電波エネルギーが最小になるとして、ちょうど軌道外になるだろう」

「ジン・ハナサカの考え、参考にしております。リーダーの言うとおり、螺旋光路は粒子の引き合いで、光爆でさらに早く到着できます。この引き合いは興味深いです。DNAの交叉はいっしょに見てきましたが、さらに小さいものの力が、私達を動かすのは驚きです。データに取っておきます」

「頼んだよ。遺伝子の中のさらに奥、見れる限りでは、見てみたいね。もちろん、その発現の形もね。バイオミーがデータを取れ次第、行ってみることにします。ジン・ハナサカ。そして、カシアもね」

タンポポ・タネはトリガーを引いて、出てきたところで立ち上がり、デーナ全体を眺めた。銀色に戻った複転写体は目を閉じており、すべてを預けている。カシアが毛細飾りを伸ばし、そっと体を近くまで移動させていた。

「お父さん。ジン・ハナサカは、ここに残るのですか?」

毛細飾りでふくらはぎをさすって、ジン・ハナサカの方へ降りるのを彼女は促した。二人の顔を見ているかはわからず、ジン・ハナサカは目を瞑っていた。

「準備はできたな。長いようで、短い時間だった」

「ジン・ハナサカ。デーナは承りました。あなたのお体は、どうですか?」

「同じ体でできているから、君には見えているんだな。ここでいいよ。この体は地球で生まれ、育ってきた。だから、広い宇宙には、長い時間にはついていけないんだ。地球も滅びれば、僕の体も滅びる運命さ。だから、タンポポ・タネ。一つ、聞いていいか。ずるい質問だから、嘘をついても全く構わない。ただ、聞きたいだけだからね。僕が君を生み出したことを恨んでいるか?」

「全く、そんなことはありません。どんな人であろうと、生まれてやり通す使命なんて、変わりませんよ。恨む意味はありません。だから、託されます」

「そうですよ。お父さんがいなかったら、私も生まれてきておりません。私が言うのは筋違いかもしれませんが、ありがとうございます」

「僕も人間だったな。今でも、恨みも後悔もずっと、気にしていたんだ。君という子は良くも、悪くも特殊な生まれや環境だったからね。自らへの生殖、クローンやゲノム編集の代価で、君に過酷な使命を背負わせてしまった。だが、確かに変わらないな。二人の愛から生まれようが、僕一人の体から生まれようが、天命は全くね。すまなかったな。カシア。タンポポ・タネ」

バイオミーがこちらに向かってきた。タンポポ・タネは大きく頷いた。

「僕からも、一つ聞いてもいいですか。ジン・ハナサカは生まれてきた僕が、ここから宇宙へと飛び去って行くことを後悔はしていませんか」

ジン・ハナサカはタンポポ・タネの顔や目をしっかりと開いて、まっすぐに見つめていた。

「ないよ。それが、君自身が僕の遺伝子の使命だからさ。バイオミーも来たな。準備は万端か」

「はい。出発のタイミングはリーダーにお任せします」

バイオミーの言葉を聞いたタンポポ・タネの両目から涙がふわふわ、浮かんできた。周りにたくさん、それらが散っていく。

「お、お、お、お、お、お父さん! ど、ど、ど、ど、ど、どうされたのですか! だ、だ、だ、だ、だ、大丈夫ですか!」

「そんな。今まで、何一つ、見せない、吐かない、暗くしないリーダーが涙を流すなんて。私も初めて、見たので、どうしたら? 私が決めたほうがよろしかったでしょうか?」

ジン・ハナサカだけは黙ったまま、何も言わずにいたが、下を向いているわけではなかった。タンポポ・タネも涙を宙にまだこぼしていながらも、顔を上げており、はっきりとした口調で謝った。

「ごめん。ごめん。体も心も極めて普通さ。地球がもう瀬戸際だったのも悲しかったけど、やっぱり、生みの親がそうなっていくところは、痛むものがあるんだ。だから、泣くんだ。今、ジン・ハナサカに見せておかないと、いけない。僕も一人の人間だってことをさ」

「ああ。泣くのが、体にはいい。これを異常とは誰も言わない。僕が言うのもあれだけどね。少なくとも、失恋で泣くよりも、喧嘩で泣くよりも、ずっと共感される涙に違いない。彼氏彼女、友達親友はともかくとしても、親や元がいない人は地球上にはいなかったんだ。生まれてきているのだからな。両親を見届けられなかった僕はもう流す水分もすべて、生存に使い果たしているし、恨みもあったし、悔いもあったけど、今悲しいことはないよ。タンポポ・タネ。君が生きているからさ。それなのに今涙を流したら、僕は自分を異常で劣等と潔く認めるべきで、罰または荒治療を受ける必要があるからな」

「あなたは僕の父であり、母であり、生みの親であり、育ての親であり、先生であり、友人であり、そして僕そのものでもありました。これからも、この体で行って来ます。バイオミー、いいよ。僕が旅立ちを決める。前回の出発の時とは状況が全く違いますが、決意は同じです。そのときの、ジン・ハナサカの言葉も一度も忘れることはありません。だから、ここまで生きて、そして託された使命を全うします」

ようやく目を拭い、タンポポ・タネはその手を上げた。別れの挨拶でもあり、ジン・ハナサカへの誓いでもあった。

「君は一人の人であっても、すべての人だ。二十三歳の体まで成長し、最適と判断して、タンポポ・タネを見送った言葉だったな。あのときときとは、二人とも真逆の表情になってしまった。さあ、いくのだ。タンポポ・タネ。君に、デーナに僕達のすべてを託したぞ」

「改めまして、表明します。よし! 承ったぞ! バイオミー。宇宙船マクロの発進をお願い。デーナはカシアとクロスさせた状態で、ここから出る。再度、モデル物質の一つの解を見せておきたい。その後、回収する。デーナで交叉だ。カシア」

「リーダーの決断、承りました。マクロ船にて、通信しながら、お待ちしております。お任せください。ジン・ハナサカ」

「わかりました。私もお父さんとの使命を全うしますよ。いってきます。ジン・ハナサカ」

バイオミーとカシアは顔を見合わせて、彼ら二人の言葉を受け取り、返してから、行動に移した。バイオミーは宇宙船へ、タンポポ・タネとカシアは遺伝子複転写体デーナへ乗り込んだ。初期化は完了していたが、タンポポ・タネがデーナの一つの解を見せたいとのことを承り、複転写の表示から、トリガーを差し込んだ。銀から翡翠に輝き、フードを被り、後ろへと開き上がっていく花髪の形がはっきりと出て、透明面に結合模様を映し出した。ジン・ハナサカは人工衛星内のデーナが目で捉えられる射出口近くでハッチを開ける操作をしている。毛細飾りを自在に動かし、縦へ横へ、前へ後ろへ伸び縮み、大きな体は暗い宇宙へと近づいていく。飾りを使い、デーナは体を回転させ、人工衛星へ向けて、ジン・ハナサカに見えるようにした。デーナ・クロス・カシアは手の平を見つめてから、彼へそれを振った。

「ジン・ハナサカ。体も覚えていますし、決して、忘れませんよ。誓います。デーナもあなたのことを。さあ、カシア。バイオミーが宇宙船をこちらに寄せてきてくれている。毛細飾りで下腹部口に入ろう」

「承りました。それでは、いきますね。お父さん」

開いている宇宙船マクロの腹部分に張り付き、飾りの伸縮でモデル物質は素早く移動した。カシアもデーナの体を意識し、想像できるようになっているのだ。ジン・ハナサカからの応答はなかったが、手を大きく上げ、振っている姿がデーナの結合模様隙間の目に映っていた。遠くには最初よりもかなり縮み、濁った赤黒色が蝕み、這うように刻まれている地球が浮かんでいる。

「私の星も最後はこのような姿だったのでしょうか。見ていられないですよ。お父さん、大丈夫ですか? 涙をきちんと流せる、健康正常なお体には、なおさら障ります」

タンポポ・タネの顔にはもう涙や悲しみの表情はなかった。デーナの視覚が映す前へと、体を向けていた。

「悲しいよ。やっぱり。でも、寂しくはないよ。デーナと僕の体にすべてを託してくれているし、何より一人の人であっても、僕はすべての人だからね。デーナの顔は前を向いておかないと。視界がぼやけているな。前方の対象が、捉えられない。透明面で調整をしよう。デーナが涙を流しているんだな」

「本当ですね。画面で状態を確認しました。悲しいのでしょうか。デーナも。地球は体の一部であったとしても、生みの親でもありますものね。でも、正常な体の証拠でしょう」

「デーナを悲しいと詩的にかつ感情豊かに表現するのは、いいね。僕の神経物質に反応しているのもあるだろう。けど、大きい遺伝子複転写体だし、ちょっとした異物に反応している可能性もあるから、回収後、見ておく。長くは無いが、最後だ。デーナの目に映しておこう。もちろん、僕の体にもだ」

バイオミーが下腹部のハッチを開けてくれており、毛細飾りで真っ直ぐに立って、宇宙の中の地球と人工衛星がデーナの目にぴったりと、入っていった。

「二人ともよろしいですか。感情はもちろん正常に働いていますが、使命のある体が先にあります。光爆速に入ります。回収しますよ」

「ああ。その通りだな。待たせたね。帰るよ。カシア。よいせっと」

デーナ・クロス・カシアの毛細飾りで中へと入り、扉は閉められた。船内のアームでデーナを固定し、複転写を停止した後に、デーナの目をスキャンし、タンポポ・タネ自身で検査した。問題は無かったので、二人はフードを面付きで被ったまま、バイオミーが指示した操縦室のブロックに入った。やや広くなったそこにある座席に着き、螺旋光路が映されている画面を見た。

「光爆速の条件となる光と熱量の充填まで、あと少しです。宇宙船含む物質粒子の並びすべても入力済みです。ジン・ハナサカの作製やリーダーの発見した物質のおかげで、光熱核の働きもより強くなっています。準備はいいですか。もう、この太陽系の体は限界に来ていますから、リーダーにとっては、文字通りのお別れです」

「気を遣ってくれるのは、体にはありがたいよ。理想体型のバイオミーにできることだね。大丈夫だよ。驚かせたね」

「マザーのあのような顔も初めて見ました。やっぱり、よっぽどのことなんですよね。心配するのも、無理はありません」

「旅立ちから、ずっとリーダーと一緒でしたが、本当に初めてのことでしたよ。大丈夫という言葉もそうですが、座席に着いて、螺旋光路へ向く姿を見て、ようやく私も引き締まりました」

「それならば、充填したら、光爆速に入って、螺旋光路の到着点に行こう。行ってみないと、天体上の場所はわからないのかな?」

「仰るとおりです。螺旋光路を通る光爆速はデータには無いので、あくまで計算上の場所だということを、忘れないでください。デーナの方向と現在、粒子の結びつきで線になっている状態の強さから、できる限りの予測をしています。まだ心許ない条件での予測ですが、太陽系を含む集合の銀河を超え、別の集合銀河にそのまま移動することになります。道にこれ以外の集合や基準となる光点が見当たりませんので、物差しでの距離が掴みづらいです。近くの銀河というわけではないのですが」

タンポポ・タネは画面から、宇宙船の外に視線を移した。バイオミーの言う銀河はもちろん、肉眼で捉えられない。しかし、デーナの遺伝子の中の粒子がつながっている姿をそっと閉じた目に浮かべていた。

「構わないよ。バイオミー。リスクは使命につきものさ。つながっている状態なら、そこへ行って、惑星の顔や天体の位置を目で見たほうが早い。まだ発見できていなかった銀河や惑星があるのも、デーナがあれば、わかったたことだ。集合を支配するもの、あるいは到着元の中での支配がある場合に備えておくよ。実際、ヒトゲノムと対称になる生物がいる集合や元はカシアのときしか、発見できなかったしな。そこは、もう支配の概念がないというより、条件が揃わなくなって、元も何もない空になる寸前だった。今回も異星人になる僕に託してくれるとは限らない。だが、僕達はまだ空になっていないのだから、それを承知の上で、モデルとともに赴く」

「わかりました。充填は完了しました。螺旋光路先の最小点も計算できました。宇宙船含むすべての粒子の並びも確認、光爆速へ入ります」

バイオミーの機械部位が操縦桿やコードとつながり、両手で画面を操作した。宇宙船マクロの尾が輝くので、タンポポ・タネの見ていた宇宙は明るくなっていた。

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