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あざとい少女

 半月が中天に掛かるころ世界は闇に包まれた。

 ……ありていに言えば夜です。


 昼間にぐっすり寝た俺はいま、村までお願いした食べ物の回収に来ていた。

 村人を怖がらせないように護衛はヤト一人……と思わせておいて近くの森に20人ほど待機してる。ごめんね、道中で増えたわ。

 確かに洞窟を出た時は1人だったんだけど、不思議なこともあるものだ。


 服はまたまた萌え袖スタイル。

 不思議なことにこの体はどれだけ飲み食いしても汗は出ないし排泄も不要となっていた。

 それでもワイシャツは洗濯せずに何度も着ているし、俺もお風呂に入れていないから土埃等で少しずつ汚れてきている。これも早めになんとかしたいところだ。


 昼間の間に村に行って見ようかとも思ったが、昨日の今日で俺一人ホイホイ出向くわけにはいかない。

 傍から見ても、俺から見ても少女ボディはか弱く御しやすい存在だ。もし兵士が闇討ち――昼間に闇討ちとはこれ如何に――してきたら命が危ない。

 いくら村人と友好を築きたいと言っても、自分の安全と天秤にかけるなら俺は俺の安全を取るのだ。


 門のところで兵士さんから食べ物が詰まった木箱を受け取る。


「確かに。契約は為された」


 ……なにか世間話でもしようか?

 箱をくれた兵士をチラッと見ると、びくりと肩を揺らされた。

 

 口を開きかけて、すぐに閉じた。

 思考しただけで声になることもあるし、心の内も可能な限り無心にする。


「……」

「ひ、ひぃ……」


 うーん、喋らなくても駄目ですねぇ、これは。

 俺の方が背が低いから見上げるような姿勢なのに、見下しているような目をしているせいか相手は完全にすくみ上ってた。


「……ヤト。あれ」


 事前の予定通り、単語のみの発話を意識してヤトに合図を送る。

 分かったと言うようにヤトが一歩前進、兵士に向かって手のひらを差し出した。


「え、え、なに? なんです、か?」


 差し出した手のひらが沸き立つように泡立って、小さな箱がヤトの体内から浮かび上がってきた。中身は黒くて淀んだ指輪。

 プレゼントだ。俺が夜人達と相談して、食べ物の対価となるものを作ってもらったのだ。もちろん変な効果は絶対付けるなと念を押した上で。


 素材は洞窟に落ちていた石。

 それを指輪の形に加工しただけの言ってしまえば何の価値も無い玩具だが、これが今の俺にできる限界だった。

 ちょこっと俺も手伝ったが、そこだけ変な形に歪んでしまった。許してほしい。


「契約の対価(食べ物の代金です)」


 喜んでくれるだろうか?

 兵士の震えが増した。


「……」


 無言で右手を差し出すヤトとバイブレーション機能を搭載した兵士さん。そんな悲惨な光景を前に棒立ちの俺。……これ以上どないしろっちゅーんじゃ。誰か助けて。


「まあまあ、そんなに脅かさないであげてください。ほら行って、ここから私が相手しますから」

「あ、ありがとうございます! ごめんなさい!」


 仲裁するように聖女さんが現れた!

 彼女は震えあがっている兵士さんの背中を押して村へと戻すと、俺にニッコリ微笑んで挨拶をくれた。


「こんばんは。今日はよい夜ですね」

「……分かってる」


 そうですね、と同意を示したら拗ねたような口調になった。


 へいへい知ってたぜー。

 これが独り言だったなら「そう」とか「うん」とかになっただろうけど、対人相手ならこんなもんよ。

 それでも聖女さんは笑みを絶やさない。おいおいおい聖女かよ。


「昨日ぶりですね。では、今日は1日よろしくお願いしますね?」


 ……はい?


「理解できない」

「ほら言ったでしょう? 貴方は知識が欲しいって。だから私がそれを教えようと思って、一緒に行こうかなって思ったんです」

「……それはいい。知識は必須。でもどこに行く気?」

「当然、貴方の行くところに?」


 指一本立てて可愛らしく小首をかしげた聖女。すべての仕草が自然体で様になっている。


 うわ、あざとい。あざといぞこの人。たぶん自分が可愛いと知ってやっていやがる!

 もしかしたら何人もの男心を弄んだ手練れだろうか。熟練の小悪魔感を放って――その瞬間、俺に電流が奔った。


 ヤバイ! 俺いま変なこと考えた!くるぞ少女の暴言だ!!


「黙れ、淫――!」


 慌てて自分の口を押さえつける。


「あれ? どうしたんですか」

「……」


 口を押さえたまま、ふるふると首を振る。

 淫……なんだろうか? 淫乱とか言おうとしたのだろうか?

 バカヤロー、あざといは褒め言葉だ。ビッチとは違うのだ。


「え~っと、あー名前も知らなかった……えっと、黒髪ちゃんはなんていう名前なんですか? それとどうして口を塞いでいるんですか?」


 おいおいおい。

 頑張って口をふさいでる俺に質問するとか、鬼かよこの聖女。

 

 答えると暴言で好感度減少。

 答えないと無視扱いで好感度減少。

 ……なんちゅう二択じゃ。 クソゲーやってる気分になるわい。


 聖女さんの問いを聞かなかったことにしてヤトに合図。指輪で誤魔化そう作戦だ。


 ヤトによって丁重に差し出された指輪だが、聖女さんは胡乱げな目で見るに留まり受け取ってくれなかった。なんとか少女の暴言も落ち着いたのでゆっくり説明する。


「契約の対価」

「対価って……この指輪がですか? なんだか、いえ……あ、ありがとうございます?」


 聖女さんは木箱にぽつんと入れられた指輪を手に取ると難しい顔を浮かべた。


「互いの価値が釣り合うとは――むん」

「ま、また口塞ぐのですか?」


 はいはい少女ちゃんは黙っててー。

 再び誤解を招くことを言いそうになったので、ここで強制ストップ。


「もごもご……もご……ふぅ、止まった」

「えー??」


 傍から見せれば不審者だろうが、なんでもないと首を振ってアピール。


 しかし困ってしまう。言葉を封じた意思疎通がここまで難しいとは思わなかった。

 なまじ少女ちゃんが勝手に俺の思考を口にしちゃうから、完全無口作戦が使えない。あのやさしさの塊である聖女さんですら、俺とまともに会話できず混乱ばかりさせてしまっている。


「……」


 こんな状態で俺は村人と仲良くなれるのだろうか?


 不安になって周囲を見回せば、剣を腰に差した兵士たちが怖い目でこっちを見ていた。その後ろでは村の大人たちが様子を窺いに来て、兵士に押し返されている光景が見えた。村人たちの目は恐怖と憎悪に染まってた。

「おい、あいつが……夜逃げした爺さんを……」

「なんか思ったより小さいぞ……だけどあの顔見ろよ。ひぇー、人殺してるぜありゃ」


 ……そりゃそうだ。俺は平穏だった村に襲撃かけて、その上誰かを殺した人物とまで思われている可能性まである。

 土台無理だったのだ。一度壊れた関係は戻らない。

 俺は頭で分かっていたつもりだったけど、なんとかなる可能性も残ってると思った。でもそれは現代社会に生きる俺の生温い感性による勘違いだったのだろうか。


「うら、なんだよ兵士さん。大丈夫だって、ここなら離れてるから見えないだろうし……!」

「下がりなさい! いいから、家に戻りなさい! もし聞かれたらどうするんだ!」


 兵士さんが慌てて村人を押し戻すがもう遅い。あいにくと夜の俺は感覚も鋭いから、村人の話は聞き取れてしまった。

 針の筵とはこのことだ。自然と視線が下がる。

 やはりこの体で人と仲良くなるなんて無理なのではないだろうか?


 生きるだけなら夜人がいる。

 彼らは俺に良くしてくれるし懐いてくれている。ご飯を取ってきてくれるし、外敵から守ってくれる。洞窟での生活も慣れて来たし……もう、いいんじゃないだろうか?


 この世界に来てから失敗ばかりの俺はちょっと気弱になっていたのだろう。理不尽にも思える状況に諦めが一瞬頭をよぎったその瞬間、誰かの声が聞こえた。


  ―― そう。所詮、人間なんか…… ――


 それはとても冷たい声だった。

 だけどなんだか泣きそうな声で、寂しそうな気配で――


「えい」

「…ふぁ?」


 《《彼女》》に引っ張られて深い闇に沈みこんでいた精神が急浮上する。

 気が付けば、俺は聖女さんに頬っぺたを抓まれていた。ぐにぃっと上に引き上げられる。


「…………。なにしてる」

「ふふ、ごめんなさい。なんだか辛そうな顔してたから」

「そんな顔しない。私は表情変わらない」

「そうなんですか? でも今の黒髪ちゃん、迷子になって寂しくて泣きそうな子と雰囲気が似てたから、つい。……くす、その顔の方がいいですよ。可愛いです」


 聖女さんは俺の顔を優しく触って笑顔に変えさせた。

 なんだろう、この絵面。

 無理やり頬を上げられた少女の顔はさほど可愛いと呼べるものではない。でも、聖女さんは心からそう思っているように頷いた。


「私は孤児院の出身なんです。経営母体のエリシア聖教会に入る15歳までいたかな? そこでは親を亡くした子がくるのも珍しくなかったんです。だからよくこんな感じで……くに~~!」

「……動かさないで。ほっぺ伸びる」

「伸びませんよ。痛くないでしょ? それにちょっと伸びた方が、もっと軟らかくなりますよ」


 聖女さんは俺と目線を合わせながらぷにっと口角を引っ張った。彼女も同じように口を大きく開けて笑ってみせた。

 その手はとても優しくて暖かくて、彼女の想いが言葉と共に俺の心に沁み込んでいく。


「悲しい時は泣きましょう。嫌な時は怒りましょう。それでもまた笑える時は来る……聖書の言葉の一つです。よくある臭い言葉ですよね。でも私はこれ好きなんです」


 ……なんだろう。


「あは、ごめんね。黒髪ちゃんくらいの年の子が一番傷付きやすいの。だから、もし泣きつかれた時はこうやって笑ってみて? 重荷はずっと軽くなる」


 なんだろう。

 どうして……どうして、この人はこんなにも、あざといんだ。


「あざとい聖女。その技でいったい何人の男を堕としてきた」

「何人って……えぇえ!? それはどういう意味ですか!?」

「なんでもない。気にするな、あざとい聖女。……で、何人落とした」

「いやいやいや! 私の呼び名はそれで固定ですか!? ちが、違います! 私の純潔はエリシア様に捧げるから何もしないですよ! 男の子は落としません!」


 え? エリシア様? 男の子は落とさない?

 それって……


「……同性愛者だったか」

「ちーがーうー! そういうことじゃない! 聖職者たるもの常に清廉でいなきゃなの! それに女の子同士なんて良くないです! そうでしょう!?」

「私は一向にかまわん」

「!!?」


 なんか面白いぞこの聖女さん。

 思わず俺の顔も笑顔になる……無論、気のせいだ。


 てか、いつの間にか普通に喋れてる?

 俺が聖女さんと会話している途中から、いつもの対人用口調が鳴りを潜めて、昼間の口調になっていた。なんで?

 聖女さんの首元でキラリと何かが光ったのが目に入る。


「あ、これですか? これは私のお守りみたいなものです。今日は、これを付けていこうと思って」


 手に取って見せてくれたのは、交渉の時に見かけた球形のロザリオだった。それが放つ光が俺を照らしていた。


 あの時より近くで見ると精巧な造りをしているのがよく分かる。

 黄色く透き通っている素材はクリスタルだろうか?

 内側から淡く光っているのは太陽を模したからだろう。見る角度によって中の結晶がキラキラと輝く。丸くすべすべした外周は中央に小さく紋様が刻まれていた。


「んー……しまって。それしまって」

「え? あ、はい」


 聖女さんが襟をちょっと引っ張って服の中にロザリオを片付けた。

 ……んー、何か変わった?

 ロザリオが太陽っぽいから、その不思議パワーが【夜の化身】に影響したと思ったんだがあんまり変わった気がしない。


「……くしゅん」

「うわ!?」


 ポンと夜人誕生。……森にお帰り。

 夜人を見送って振り返ると聖女さんがビクッとしてた。目を真ん丸にして俺と夜人を見比べる。ごめんね、そういう体質なのよ。


 うーん気になるなぁ、あのロザリオ。

 まあとりあえず後回し。それより聖女さんが来た理由なんだっけ?

 ……ああ、知識教えてくれるんだった。


「不要。私は人間なんか呼んでいない。お前とこれ以上会話する気も無い」

「そう……ですか」


 そしてしょぼくれる聖女さん。


 ……あー。これ絶対ロザリオ影響してますわ。

 あれ仕舞ったら急激にお口悪くなったぞ、この少女。


 よし! 光明見つけたり! 聖女さんロザリオだして!


「……」


 そして何故か動かなくなった俺の口。


 ……おい! 喋れよ我が肉体!

 なに黙秘権行使してんだ! 無ぇよ、んなもん!


 ぐぬぬ、こいつ俺が肉体意志(?)の存在に気づいてからあからさまじゃねぇか! 無言とは恐れ入った! だが舐めるなよ! この体は俺が操ってんじゃい!

 聖女さんの服の下、胸元を指さしてなんとか言葉をひねり出す。


「……出せ」


 聖女さんは意味がわからないような表情を浮かべた。しかし俺の視線と指先を辿り、胸元へと至る。


「出せ、淫乱聖女」


 そして加えられる淫乱というセリフ。


「……」

「……」


 聖女さんは少しだけ困った子を見るような表情を浮かべた。

 ……そっちを出してもいいのよ?


 なお、無事ロザリオだけ出してもらえました。





 大きく手を振り去って行く少女を見送りながら、食料のお礼に渡してきた指輪を手のひらの上で転がしてみる。

 黒くて淀んだ石作りの指輪。古代の遺跡にありそうで手にした者が呪われそうな一品だが、その指輪に籠められた魔力は意外にも澄んでいた。

 非常に強力な闇属性の加護が得られる指輪だろう。もし売ろうと思えば……値段が付かない。


「はぁ……まだまだ理解できないですね」


 私はまるで雲のように掴めない少女の事に頭を悩ませた。

 最初はすごく冷たい人だと思ってた。交渉の時は血まみれの服を見て最低の人だと感じた。だから私は彼女を倒すために近づこうと考えた。死ぬ気は無いが、見て見ぬふりもしたくなかった。


 ――罪は真実の光に晒されなければならず、罰は違えず与えなければならない。

 先生が教えてくれた一節だ。


 私は知りたかった。

 なぜ村人が殺されなければならなかったのか、どうして彼女はそんなことをしたのか。


 私には真実を明かす義務がある。そしてエリシア聖教の司祭として罰を与える責任がある。

 納得できなければ、知識を教えるふりして隙を探す。黒いバケモノの弱点を晒して隊長に託す。いっそのこと私が彼女を暗殺するという手すら考えていた。でも……。


「本当の貴方はどこにいるのですか? ねえ……」


 空に浮かぶ半月へと受け取った指輪を(かざ)す。


 実際に話してみると彼女はまるで想像と異なる人だった。

 凄く冷徹で残酷なだけの人だと思っていた。口答えすれば腕の一本でも落とされるかと思ってた。でも、そんなことは無かった。


「意外と冗談も言うのですね」


 彼女とのやり取りを思い出してまなじりが僅かに下がる。

 あざといなんて言われたのは初めてだし、同性愛者扱いされるとは思いもしなかった。

 

 村を襲った犯人相手に馴れ合うなんて怒られて然るべき不義だろう。

 でも……泣きそうな少女を前にしたら思わず行動していた。何か目的があったということも無く、私はただ彼女に泣き止んでほしかっただけ。そして、それはちょっと成功したように思える。


「ね、太陽神エリシア様。さすが太陽ですね、どんな道でも照らし出す」


 どうやら彼女はこのロザリオがお気に入りらしい。

 主神エリシア様たる太陽を(かたど)った先生からの贈り物。エリシア聖教の枢機卿団しか持てない本物の【天日聖具】の一つだ。


「見つかると、先生にも迷惑掛かるからあんまり外に出したくないんだけど……仕方ないですね」


 彼女は自分でこの聖具を片付けろと言っておきながら、見えなくなったら不機嫌になるんだから笑ってしまう。今日の収穫、黒髪ちゃんとっても口が悪い。


「ふふ、なんだか変な情報を得ちゃいました」


 でも彼女にだって可愛らしい所もあるのだ。

 ロザリオを仕舞ったり出したりした後、知識を与えると言った私の提案を彼女は悩んだ末に断った。

 この後いろいろ考えたいことがあるらしく、とりあえず今日は本を貸してくれということだった。


 想定していた展開の一つだ。予め用意しておいた教科書を渡してみると彼女は本を開いて一旦停止。うんうん頷いてすぐに閉じた。たぶん、あれ読めてない。


「くす……」


 なんとなくそんな予感はあった。

 一般常識を求める人が文字を読める可能性は低い。知ってた。だから本を閉じた彼女に言ってみたのだ。

 ――すごいですね! もう理解したんですか!?

 彼女の目は泳いだ。本当に小さくだがさ迷って、そして呟いたのだ。「……うん」と。


「ふ、ふふ……よくない……よくないって、私」


 見栄を張ってしまう幼い少女の可愛らしさを見て、にやけそうになる頬をぐにぐに動かして誤魔化した。

 こんな事件の最中でも湧いて出た悪戯心が抑えられなかった。反省。


「ま、意趣返しだと思ってくださいな。明日は連れていってくれるかなあ? あ、魔導書の件伝えるの忘れてた。名前も教えてくれてないし……もー」


 まだまだ私には彼女が分からない。真実も一向に闇の中。


 きっと彼女は悪だろう。

 確信に近い思いを抱きながら、首に提げた聖具をぎゅっと握り込む。


 どんな理由があったにせよ殺人は忌避されなければいけない。罪には罰を。それは人が人として生きるための道理であり、失ってはいけない摂理。

 ……こんなの果てしない理想に染まった極論であり、暴論だ。現実はもっと醜悪に人が利己の為に人を殺す仕組みで出来ている。世界のどこにも実現できた場所は無い。


 分かっているが、辛い世界だからこそ私は馬鹿のように空論を並び立てる。だって聖職者(私達)が言わなければ誰が優しい世界を謳ってくれるのか。

 だから私はこれからも彼女を倒すために動き続けるだろう。


 でも、もしも門番さんのいうような「彼女の事情」が有ってくれたなら――


「――明日もきっと晴れますように」





「本が読めない件について」


 聖女さんから貰った本が読めないです。

 ヤトに渡してみると、パラパラ読んで返された。


「……読めた?」


 ふるふると首を振られた。お前もダメなんかい。

 壁画の文字とは違う種類なのか?


「くそー」


 本を投げ捨てて横になる。……これは明日返そう。


 聖女さんのキラキラしたお目々が悪い。

 あんな尊敬してます私、みたいな目で見られたから思わず頷いてしまった。読めないなんて言えないですよ男は!


「……ねえ」


 天井を見上げたまま、胸に手を当てて呟く。語り掛ける相手は自分自身。


 俺がなぜこの洞窟――今はもう神殿と化したが――にいて、この体になっていたのか。この力はなんなのか、夜人とはなんなのか。

 全然分からないけど、今ではそんなに気にならなくなっていた。


 ヤトはええ格好しいで俺の役に立ちたがるくせに空回りする馬鹿だ。夜人は動物っぽい仕草してたり褒められたがる奴らだ。

 俺が欲しがることを変に解釈して行動を起こすことも多いけど、それもまた面白い。彼らも慣れれば意外とかわいい所がある。

 俺はいつの間にか意外とこの生活も悪くないんじゃないかと思い始めていた。


「ねえ【夜の化身】」


 言霊という概念がある。

 古来、言葉には霊が宿るとされ、力を持つと言われてきた。


 だがこうも考えられないだろうか?

 言葉に力が宿るのは力が言葉を紡ぐから。

 なら【夜の化身】から力を得ている俺は……言霊を自由に操れるとは限らない。そういうことなのだ。


 キャラメイクというモノがどういう原理で、なにを目的に行われたものなのか。今となっては知る(よし)もないけれど、きっと全てはあれから始まった。

 夜の化身の事を意識してその声を聞いた瞬間、俺はなんとなく《《彼女》》と繋がった気がした。


 俺をここに呼んだのはお前なのだ。

 きっとお前は敵じゃない。たぶんお前は寂しがり。


「だから、私は行くよ」


 どうして【夜の化身】が人間嫌いなのかまでは分からないけど信じてほしい。


 そうやって、傷つかないようにと自分から人を遠ざけないでほしい。

 あの聖女さんは良い人だから諦めないで見ててほしい。人間は思ったより悪いものじゃないって、それを見て感じて、期待してほしい。

 そうすればきっと人は仲良くなれるから。


「……ね?」


 その日、くしゃみはいつもより少なかった。




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