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課題は山積するもの

 黒く蠢く闇たちが森の中に融けていく様子を眺めながら、私達は去っていく少女を静かに見送った。

 兵士さんたちは誰も声を上げること無く、篝火(かがりび)の弾ける音だけが闇夜に消えていく。

 

「……生き残った。いや、生かされたか」


 隊長さんが複雑そうな表情で安堵の息を吐いた。

 

「増えているだろうとは思ったが、まさか化け物が100体以上も出てくるとはな……んなの俺達にどうしろってんだ」

「どうしようもないですね。でも私たちは生き残った。たとえ利用するために残したんだとしても機会が生まれたんです」


 あの少女を知る機会。あるいは討つチャンス。ならばこれを活かすことが大切だ。

 私は震える指先を押さえようと両手を胸の前で握り込んだ。


「……できると思うか?」

「さあ、どうでしょうか。できるかもしれないし、できないかもしれません」


 今日も少女はピクリとも表情を変えなかった。

 淡々と不気味なことを言って、自分の要求を押し通してきた。


「作り物めいていたようにすら思えて、彼女が人でないように感じてしまう。でも話は通じてました。だから……きっとここからです」


 話し合えないから人は争い合う。

 なら逆。争い合えないなら?


「彼女と話し合うより道は無い。殴られて(けな)されて、その果て傷つけられても私達は生きるために争えない。であれば任せておいてください、そういう仕事は得意なんです」


 安心させるようにニッコリ笑ってみせる。


 兵士さんの武器が剣なら、私の戦場はテーブルだ。

 彼女を知ることから全ては始まる。彼女がどんな思想をもっているのか、能力は、目的は? 果てにはその弱点まで。


 私達は水面下の闘争で敵の情報を得る必要が有る。

 このまま勝てないならば、勝てる様に情報を掴んで立ち回る。やってみせる。


「はは、ディアナさん顔が引き攣ってるぞ。怖いんだろう?」

「そりゃそうですよ。隊長さんだって冷や汗でびっしょりじゃないですか。まさか……怖いんですか?」

「そりゃそうだ。当たり前だろぉ?」


 二人で笑い合う。

 とりあえず喫緊の懸念は去った。

 生き残った。それだけで儲けもの。


「契約という名の脅迫をしてくる相手に搦め手か……頼もしい。だけど見ただろうディアナさん、あの服」


 隊長が言う服――血まみれの服のことだ。

 あれだけの出血、きっと服の持ち主はもう生きてはいまい。

 私は瞑目して祈りをささげる。


「殺したんだな。奴らは恐らく夜逃げした村人を殺してる。しかも、それを咎めたらバケモノをけし掛けようとした。これ以上ないほど真っ黒だ。アイツら、俺たちを村から逃がす気がねぇぞ」


 隊長は困ったように天を仰いだ。今日は星も見えない夜。


「あいつ俺たち全員に見せつけてきやがった。逃げるならこうする、抗うなら潰す……最悪だよ。あー最悪だ」


 隊長さんはぶつくさと文句を言いながら、近くにいた門番さんに歩み寄る。


「なーにが少女にも事情があるだ、この馬鹿」

「いて!」


 そしてポコンと門番さんの頭を手のひらで叩いた。


「事情があろうがなかろうが……アイツは敵だ。全員覚悟しておけよ。いつ戦闘に入るか分からんぞ。もちろん可能な限り戦闘は回避して援軍を待つが……で、どうするんだディアナさん、人皮装丁本なんか用意できるのか?」


 うっ、と言葉に詰まった。


 彼女の要求は3つ。

 食料、魔導書、そして知識。


「一つ考えがあります。人皮装丁本なんか用意できませんし、まあ任せておいてください。もしも私が死んだら、その時は……隊長さんに任せますね」


 私がこれからすることは、少女の意に反することだ。


 怒らせれば殺される可能性が高いのはさっきの交渉でよくわかった。

 きっと私の真意がバレれば楽には死ねまい。でも戦場に立つ者が命を懸けないなんて在り得ない。

 それは兵士さんの話ではない。私のことだ。……がんばろう。





「お願い成功。いえーい」


 なんとか村との交渉は終了した。

 村から離れたところでヤトとハイタッチ。夜人達も祝ってくれるのか拍手してくれた。


「いえぃ、いえぃ」


 俺の要求は全部通り、可能な限り対応してくれるとのことだった!

 これで食料は安定供給されるし、この世界の知識も得られるだろう!


 なによりクシャミに苦労しなくてよくなるのが嬉しい。

 交渉途中にも、どれだけ出そうになったことか……。交渉のが大事だから気合で我慢したけど辛かったー。


「……改めて考えると、だいぶ方向性変わった」


 楽観的になりたくて努めて浮かれた気分を演出していたが、頭が冷めてくる。

 今なお拍手を続ける夜人にもういいと手を振って止めさせた。


 俺は底抜けのバカじゃない。

 さっきの交渉が成功した理由には気付いている。


 まさかこの美少女顔に村人が憐れんだとか、慈悲の結果とかそんなことはあり得ないのは分かってる。

 言語機能も壊滅してるから、俺の言葉が相手に良い印象を与えてないのは知っている。


 お願いする名目で俺は100人の夜人(バケモノ)を連れてやってきた。

 対する村側は兵士50人で完全防衛体制。彼らの引き攣った顔はずっと見ていた。


 ……脅しだ。

 俺は軍事力を使った脅迫で物資を勝ち取ったのだ。ぬー。


「ぜんぜん予定と違った」


 交渉中はずっと緊張してたとはいえ、どうしてこうなっちゃったのか。原因は思いつくけども。


「まあ、仕方ない。全てはここから」


 後悔してても仕方ないから前向きに考える。切っ掛けは作ったのだ。

 村にとって俺はいまや危険人物扱いだろうが、実は無害な存在であることもここから伝えていける。

 本当に大事なのは明日からなのだ。いろいろ考えて接していこう。


 とりあえず食料は奪うのではなく、俺の方で対価を用意してみればどうだろう?

 金は無い、文字は知らない、お礼も言えない。そんな俺に何か用意できるとは思えないけど何かしら準備しなくちゃいけない。

 そして今後の敵対行動は絶対禁忌だ。不安だから護衛は付けるけど、それだけはきつく言いつける。

 

 そうすればきっと少しずつ分かり合える……といいな。


 それでもダメな場合――その可能性が非常に高いが――は、本格的に高飛びを考えよう。

 現代世界ですら国交の無い他国に逃げたら追跡なんかほぼ不可能なのだ。

 対してこの世界は中世っぽい感じ。世界の広さは知らんけど、まだ世界は一つとなっていないだろうし、逃げる場所なんか山ほどある。


「じゃあ帰る」


 よいしょとヤトの背中によじ登る。

 彼からもしっかりと押さえるように腕が回され、ジェットコースター開始。


 村から森の奥に続く林道を凄い速度で駆けていく。

 たぶん車が砂利道走るより速い。そんでもってカーブも速度落とさないから、結構スリリング。

 夜人式ジェットコースター。

 村人に料金とって遊ばせたら流行らないかな? それで私達の印象を……だめか。拷問と間違えられそう。


「到着……うん? うん」


 ヤトの背中にしがみつくこと十数分。

 俺は洞窟に戻ってきた……のだろうか?


 村に向かう時には採掘班が働き始めたばかりだった。洞窟の外見も岩場に亀裂があるような感じだった。


 俺が村に出張に行ってた時間は3時間ほどだろう。

 その短期間で現在、洞窟はどこかの神殿を思い起こさせる入り口になっていた。


「うん……?」


 四角くくり抜かれた入り口を囲むように、神殿で見かける石柱っぽいのが立っている。

 わざわざ紋様を入れたのか縦線まで入ってまぁ……。


「どうやって作ったし」


 俺の帰りに気づいた夜人が手を振ってくれた。

 何やら作業していたようなので、近づいて見させてもらう。


 ……抱えるほどの岩にモヤモヤの手を当てると、その部分だけシュンと消滅した。

 まるで、岩の中に埋まっているものを発掘するかのようにドンドンと装飾品を作り出していく。

 お前、闇送り(それ)戦闘技じゃないんかい。てか器用だな、おい。


 洞窟の入り口から少し入れば両面に壁画があり、なにやら文字らしきものが並んでいる。


「うーん……心がざわつく」


 外国の文字ってなんでこう気持ち悪いんだろう? 読んでも意味がわからないのに、なにやら不思議な気分になってくる。


 ヤトはそれを一通り確認するとうんうん頷いていた。そして、気に食わないところがあったのか作業者を呼び止め修正させている。

 お前それいったいどういう気持ちなんですかねぇ……。洞窟だしなんでもよくない?


「ヤト……やりすぎじゃない? もう十分」


 え?マジで言ってます?と言わんばかりに、二度見された。ここダメじゃない?と指さされた。知らんよ。だれが洞窟を神殿に改造しろと命令した。


 通路なんか最初の5倍は広い。

 曲がりくねっていた悪路は綺麗な石畳に変わって、直線と化している。


「崩落しない?」


 夜人がコンコンと壁を叩いて検査。そしてぐっと親指立てる。はい。

 お前らなにこの超技術。いや、いいっすけど。


 さすがに時間が無かったのか入り口周辺は凝っていたが、少し入るとまた普通の洞窟のままだった。


 足を踏み外して転びそうになる度にヤトに支えてもらいながら一番奥へ行く。

 そこに置いてあるものを見て、ちょっと頭が痛くなっていた。


「……それはなに?」


 天然洞窟の一番奥には巨大な玉座が鎮座していた。

 一つの岩から削りだしたのか継ぎ目は一切なく、滑るような感触をしている。そして手すりの先に飾られている未知の頭蓋骨を模した装飾品。


「これと、これ。後それも外して」


 座る座らないじゃない。骨は要らない。

 いやいやと首を振る夜人。うるせぇ外せ。

 まあ外しても座らないけどね。





 夜が明けた。

 夜人の総数が200を超えた。

 対する俺は岩肌を背にして、グロッキー状態だ。


「だるぅ~」


 やっぱり今日も熟睡できなかった。

 早く魔導書が欲しい。クシャミはもうイヤだ……。


 洞窟に差し込む日光を嫌がるように夜人が集まってきた。

 それを洞窟奥に行くように指示しながら俺は洞窟の外へ。太陽の光を浴びて、思案。


「仲良くなるなら、どうしようか……」


 眠れなかった時間を使って一杯考えた。

 この体で人間と会話できないことは昨日の交渉でよく分かった。


 なにせ、()()()()()()()()()()()


 【凍った人格】による抑制の上から機能する嫌悪だ。生半可なモノではないだろう。

 仮説通り【夜の化身】による影響か、それとも肉体に意志があるのか、はたまた別の要因なのか。


 その嫌悪の正体は分からないが、ソレは明らかに人間を軽視し蔑視(べっし)している。俺が人間と仲良くなることに不満を抱いている。だから邪魔をする。


「……気がするぅ~」


 そう考えなければ、昨晩の交渉中に行われた俺の言葉の取捨選択が不自然すぎる。


 ああ…朝日がだるぅ~。

 ……。……。


 ッハ、寝かけてた。

 まあとにかく【夜の化身】が強まる夜間はまともに会話できないと思った方がいい。肉体意志による影響だった場合は昼間も変わらず会話は不可能だろう。


「……で、肉体意志ってなに?」


 自分で言ってても意味がわからない。

 俺は俺だ。この体は少女の(なり)だが、指先から眼球の細かい動きまでキッチリ動かせている。ただ会話が不十分なだけで、俺という意志は男の頃から変わりなく在り続けているつもりだ。


 でもやはり、この体は【キャラクリエイト】で作られたもの。

 そこに何かしらのギミックや引っ掛け、罠が潜んでいないとは言い切れない。そもそも何者がどんな目的で俺を呼んだのか分からない。何があっても不思議じゃない。


 昨晩はイヤになったら高飛びすればいいと思ったけど、この調子じゃ絶対また失敗する。

 それどころか会話以外で人間と仲良くなろうとしたら、今度は別の手段で妨害してくる可能性すらある。能力の暴走とかで人間に夜人を(けしか)けるかもしれない。


 人間に対する嫌悪の原因究明と制御方法を確立しなきゃいけない。できなけりゃぼっち犯罪者ルート一直線だ。


 ……さて色々また仮説が立ってしまったが、どうしたものか。


 食べ物を回収に行くのは夜9時。

 それまでに対策を考えて、それから対価を……あ、時間指定したけど、時計ねぇし俺が時間分らんわ。あーもうグダグダかよぉ……。


「とりあえず……ねる」


 寝不足で上手く頭が回らない。

 難しい話はまた今度。おやすみー。




 そしてその日の夜。

 村まで食べ物を回収に来た俺は、三度聖女さんと相対していた。


「昨日ぶりですね。では、今日は1日よろしくお願いしますね?」


 ……はい?


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[一言] 普通に朝で寝ればいいのに
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