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コミュ障TS転生少女の千夜物語  作者: てぃー
3章

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71/73

元凶との遭逢

「……静か、ですね」


 敵に誘導されて奇襲を受けた後、月宮殿の通路は不思議と静まり返っていた。

 取り逃がした私達へも追撃があると思って身構えていただけに肩透かしを食らう。


 ここは黒燐教団の本拠地であるのに、教団員がひしめき合っている事はなく、南都に降下させている化物の姿も殆ど見かけない。

 廃墟となった城内を異形の化物が疾走している姿ならばたまに見かけるが、それらは私達に気付いても無視して平太さんの方角へと走り去ってしまった。おそらく、平太さんの所が激戦になっているのだろう。


「あちらは平太さんに任せて、私達は【慈善】を探しましょう」


 奮闘してくれている平太に感謝しながら、慈善の捜索を継続。

 残った二人の天使を引き連れて物静かな通路を進む。


 城内はまるで迷路のような構造だった。

 何のためにそうなっているのか分からないが、一本道の通路ですら無駄に折り曲がっていて真っすぐ進むことはない。防衛戦用かと思ったが、それとはまた違う。


 城内にある部屋は寝室だったり、物置だったり、宝物庫だったり。

 中には使い古したであろう牢屋みたいな部屋もあったが、幸い住民は居なかったことにホっとする。


 そして幾つか部屋を回った後、私は書斎の様な場所に出た。


 四方は天井まで続く巨大な本棚。かつては几帳面に整理されていたであろう本たちは、城の崩壊による影響か、無残にも床に散らばって本の山を作り上げていた。


 読書用の机すら埋めている本の山に手を伸ばして、すぐに引っ込めた。

 何か使える情報がないか探しかったが、この量の本をひっくり返すとなると、それだけで日が暮れてしまう。


 ここは素通りして、別の所に向かうべきだろう。

 かと思えば天使さんの1人が山の中から掘り返した一冊の本を差し出してきた。


「え、なんですか? ……それ?」


 仄暗い肌色の革で作られた本。


 表面には見た事もない文字でタイトルが描かれていたから、私には内容が分からない。


 だけど感じる。

 本に籠められた多数の被害者の怨嗟の念が、私に恨みつらみや苦しみを訴えかけてきた。


「……っ」


 酷く気分が悪くなって頭を押さえる。


 本を裏返してみれば……5つの綺麗な眼球が五芒星を描いて埋め込まれていた。


「……はぁ」


 察する。

 恐らくこれは、人間の体から作られた魔導書なのだろう。


 黒燐教団の所業を手に持ち……思い出す。


 かつてヨルちゃんが求めた「人皮装丁本」とは、これを指していたのだ。彼女はこれの存在を知っていたから、追っ手を打ち破るのに役立つと思って私に要求した。

 なるほど、これ程の力が込められた魔導書ならば、良いにせよ悪いにせよ膨大な力を振るえるだろう。


 開いてみるべきか……それとも、すぐさま焼いて供養するべきか。

 何度か逡巡した後、私は覚悟を決める。


「…………開きます。っ、早速ですか」


 ゆっくりと表紙を開くと隙間から多数の怨念が噴き出した。

 しかし怨霊たちは本の呪縛に捕らわれて成仏することができない様子で、本の周りを逃げ惑うように飛び交った。そしてすぐに彼等は読者である私へと怒りの矛先を向ける。


 ―― 怨ぉおお。ぉぉ怨お!!


 地の底から響くような怨言だ。

 それだけ彼等は苦しんで来たのだろう。


「ごめんなさい、もうちょっとだけ待ってください。すぐに楽にしますから」


 足に、首に。「お前もこっち側に来い」「これ以上、俺に何かするんじゃない」と怨霊が手を絡めてきた。

 怒りや悲しみといった凍えるような感情が彼等の手を通して私に伝わる。

 何処から発生したのか、本を持つ私の指先に生温い液体が伝って垂れていく。真っ赤なその液体は、肉が腐ったような臭いを放っていた。


「大丈夫……大丈夫ですよ。怖い事はないですよ、私は貴方たちを傷つけない」


 私の首を絞めてきた怨霊の手を撫でて笑いかける。


「そんなに怖がらないで。私が貴方たちの願いを叶えるから」


 氷のように冷たい手で首筋を掴まれて、怖くない訳がない。できることなら私だって止めてほしい。

 だけど恐怖は伝染するモノで、拒絶されれば分かってしまう。

 彼等は決して邪悪な存在ではない。救われるべき被害者だ。

 

 その一心で私は彼等に対してゆっくりと語りかけていた。

 

 ―― ……おおぉ……ぉお…ぅ


 すると彼等は、私の体から徐々に離れていき本へと戻って行った。


 そして独りでに本がめくれ始める。

 最初はゆっくりと、徐々に速度を増して。風に吹かれるようにページが次々と進み、有る場所でぴたりと止まった。


「……?」


 怨霊たちが戻った本はもう動かない。


「ここに何か有るんだね?」


 本の一節を通じて、彼等が私に伝えたかったもの。それは何かの魔法陣だった。

 何重にも巻かれた真円と、その中心から放射状に伸びる線は複雑な幾何学模様を構築する。


 これだけでは何も分からない。効果も、どうやって発動するのかも分からない。

 だけど、この月宮殿を歩き回ったからこそ、分かることが有る。


 この魔法陣の陣形は【月宮殿】の通路と酷似していた。

 つまり彼等が指し示す魔法陣の中枢――月宮殿の中央――に【慈善】は居る。


「ありがとう」


 協力してくれた彼等の苦痛を、これ以上長引かせるのは申し訳ない。

 浄化魔法を使って彼等を送る。


「Cardinal【sunlight purify/旭日の潔浄】」


 ―― ぁ……おぉ……。おおぉお!


 ずっとずっと、死後も長い間捕らわれ続けていた彼等に救いの手を。


 白い光に導かれて彼等は天へと昇っていく。

 最期の瞬間、彼等は笑ってくれたような気がして少しだけ私の気分も軽くなる。


「……行きましょうか」


 犠牲者が教えてくれた最後の場所へ。


 人の尊厳や生命倫理を弄ぶ黒燐教団の悪事が、奴等を追い詰める。

 自業自得だ。そう思って、彼等が教えてくれた場所に向かおうとしたが、揺らめいた視界に思わず足を止めた。


「……っ、あれ?」


 振り返って見た天使の姿がぼやけて見える。

 なんだろうと声をかけようとしたのだが、思ったような動きができず、地面にへたり込んでしまった。


「――!?」

「――!!」


 天使達が慌てて私を抱き起こしてくれたが、顔を指さしてまたびっくりしている。


「なんでしょうか、これ……」


 彼等は魔法で鏡を作り出して私に見せてくれた。

 そこに映っていたのは、まるでひび割れた様な亀裂が数本走った私の顔。そのせいで眼球も割れる寸前となり、焦点が合わなくなったのか。


「ああ……どうやら呪われた魔導書を読み過ぎたようです……。でも、まだ行けます。慈善を倒してヨルちゃんを解放するまで、頑張れます」


 聖具ミトラスを握りしめて、その効果を発動。

 無限の魔力と闇への絶対耐性を付与する神の道具は、私の中から魔導書の邪気を祓っていく。


 再び目を開けて鏡を見れば……うん。たぶん元通り。


 しっかりと地面を踏み締められるのを確かめて満足する。まだ少し違和感があるが、とりあえずは問題無いだろう。慈善と出会うまでに感覚を慣らしておこう。


「あ……夜人さんも心配しないでくださいね。大丈夫ですから、ヨルちゃんには言わないようにお願いします」


 私の影からこっそり頭をだして、様子を窺っていた夜人に頼み込む。

 夜人は困ったような反応でオロオロしていたが、再度お願いすれば、渋々と同意する雰囲気を見せてくれた。

 

 よかった。

 ヨルちゃんは転移まで出来るのだから、あまり心配かけすぎるとサナティオ様の制止を振り切って私の元に来かねない。それだけは駄目なのだ。


「じゃあ行きましょうか。目標は打倒【慈善】です」


 ぎゅっとミトラスを握りしめて、私の体がもうちょっとだけ耐えてくれるように気合を入れる。


 ―― ……無理…しな……


「ぁ……いいえ。ごめんなさい、これは私の我儘ですから」


 どこからか幻聴のような朧げな声が優しく語り掛けてくれた。

 なんとなく声の正体が分かりかけてきた私は、ミトラスに向かって謝罪を送る。あと、ヨルンちゃんにも。


「合理的な判断じゃない。どうぞ感情に任せた愚かな考えと笑ってください。それでも、これは私がやりたい事なんです」


 きっと、全てをサナティオ様に任せれば解決するだろう。


 きっと、ヨルちゃんに夜人を動員してもらった方が楽だろう。


 きっと、私が無理するのは誰も喜ばないことだろう。


「だけど人には許せないことが有る。人の命をもてあそんで何とも思わない慈善に、一発入れてやらないと私の気が済まない」


 負けるつもりはない。

 ヨルちゃんは心配していたが、奴等との確執にけりを付けるのだって私一人で大丈夫だ。

 だって、おそらく慈善のもとには「サン」ちゃんがいる。なら私はヨルちゃんとサンちゃんの二人をこれ以上争わせたくはない。



「……だから、ここで悲劇の幕を降ろしましょうか。ねえ【慈善】さん」


「……ああ、そうだね。今日を以って夜の神の不在という間違った世界を終わらせるんだよ」



 月宮殿中心に辿り着き、ついに私は慈善と出会ったのだった。







 月宮殿の中心は何も無い部屋だった。

 伽藍洞になった石畳の部屋の中央で彼は立っていた。壁に掛けられたカンテラのほのかな火が彼の姿を淡く映し出す。


 そして【慈善】の足元に横たわる一人の女性――サンちゃん――は意識を失っているようで、ぴくりとも動かない。


「コレが気になるのかい?」


 全身包帯姿の慈善は、楽し気にサンちゃんを指さした。


「凄いだろう。僕が作ったんだ。死体を幾つも組み合わせて、僕が組み立てた。これで夜の神もお喜びになるだろう」

「……そうですか」


「だけどジュウゴには及ばない。君もジュウゴから感じる神の波動が分かるだろう。彼女は既に器として完成しているんだよ。きっと神の力の一端に触れている。あぁ……すごいなぁ」


 ギラギラとした野望に濡れた瞳で慈善は浮かれるように語り出した。


「これは僕の、僕だけの黒き太陽(サン)だ。君はそこで見ていているといい、神の再臨する奇跡の時を」


 きっと誰かに話したかったのだろう。彼は不俱戴天の私を前にしても、戦闘を始めることなく全身を使ってサンちゃんとジュウゴ――ヨルちゃん――の素晴らしさを嬉々と語った。


「……死体を組み合わせた、ですか」


 だけど、そんなことよりも私は引っかかった点がある。

 どうやってヨルちゃんや、それに似た存在を生み出したのかと思えば……そんな悍ましい方法だったのか。


 ヨルちゃんが自分のことを「汚れてる」と表現した時が有った。触れると私も穢れるからって、抱きしめられることを嫌がったことがあった。

 彼女はこれを知っていたから、そう言ったのだ。


「貴方はそうやって彼女たちを……銀鉤ちゃんも生み出したんですか」


「……銀鉤? さて……誰だったかな」


「とぼけないで! 犬耳を付けた、あんな可愛い子を貴方は忘れたとでも言うんですか! 殺しておいて!」

「さぁ、知らないね?」


 どうやら慈善は本気で忘れているらしい。

 彼はこれまでの様な浮かれた口調を引っ込め、まるで分からないと首を傾げた。


「貴方という人は……!」


 人を人として見ないとは、こういうことだ。


 慈善にとってヨルちゃんたちは道具と変わらない。不要になったら破棄するし、使い終われば記憶の彼方に消してしまう。

 どこまでも人を苛立たせる天才の慈善に対して失望が強まる。最初から人非人なのは分かっていたつもりでも、実際に相対するとこれ程なのか。


 すると彼はようやく思い出したと手を叩いた。


「あぁ! 思い出したよ。僕が生んだあの『犬ころ』か。そうか、アイツ死んだのかい!? それは気分がいい、あいつは邪魔ばかりする奴だった」


「……」


 この問答は、果たして意味が有るのだろうか?


 ただただ私が不快になるだけの気がしてきた。

 今すぐ会話を打ち切って、慈善を打ち倒したいのだが――もうちょっとか。


(天使さん達は準備できたでしょうか……? それとも、まだ時間を稼ぐべきでしょうか)


 敵の居場所がわかっていたのだ。作戦を立てない訳が無い。


 私がこうやって腹立たしい慈善と会話してまで時間を稼ぐのは、中位天使の二人の奇襲を待ってのことだ。


 シンプルな奇襲は簡単だが、有効な一手。

 卑怯とは言わせない。慈善の性根の方が遥かにどす黒い下種なのだから。


「無駄だけどね?」


 ――が、その作戦は既に瓦解していたらしい。


「闇の中に浮かぶ光球は目立つもの。君たちが近づいていたのは把握していたよ。ほら、後ろを見てごらん?」


 罠か? それとも嘲りか。

 いや、奇襲が破られていたことは事実らしい。私は慈善の行動に注意しつつ、ゆっくりと背後を振り返る。そこには口から大量の虫を吐き出して絶命する天使二人の亡骸が転がっていた。


「……っ!」

「気色の悪い虫に内蔵から食い散らかされるのは、君だって嫌だろう? だったら静かに世界の終焉を見守っているといい」


 慈善はそう言うと私の存在を無視して、サンちゃんの体に手を当てて呪文を唱え始めた。


「……なんのつもりだい?」


 当然そんなのは許さない。

 私はごく簡単な魔法を無詠唱で構築すると慈善に向かって投げつけた。


 いともたやすく弾かれた魔法は、軌道を変えて壁に当たると小さな光を放って霧散してしまう。

 だけど妨害は出来た。慈善は煩わしそうに立ち上がって、再び私の方を向いた。


「闇って一言で言っても、色んな種類が有るんですよね。光だってそう。太陽が強すぎれば、世界は砂漠のような生命を拒む大地と化してしまう。では貴方の闇はどうでしょう」


 これまで私が出会った闇はいくつもの種類があった。


 ヨルンちゃんのような静かで穏やかな、世界を照らす月夜。

 【純潔】の気持ち悪さを孕みつつも、他者を愛して見守る夜。

 【勤勉】のように、暴力的で夜嵐吹き荒れるものだってあった。


 けれども、慈善のそれは他のどれともそぐわない。


「貴方の居る場所は、排他的で嫌悪に塗れた闇の底。決して許されない魂を今ここで断ち切らせて貰います」


「……残念だよ。誰も僕の理念に共感してくれないんだ」


 私が近づけば、慈善も一歩を踏み出した。

 そして最後の戦いが始まった。


一方その頃~


平太「感度3000倍。分かるか? お前は今、1秒を50分に感じている」


植物中ボス「――」


平太「五感の情報は濁流となって押し寄せ、脳の処理を超えて何も感じることができなくなる。お前は指先一つ動かせない真っ暗闇の中にいるんだろう?」


平太「そんな中で、体を動かすには50分間、動かない体に絶えず指令を与え続けなければいけない。それでやっとお前は一秒だけ動くことが許される」


植物中ボス「――」


平太「……改めて考えてもヤベェ劇物だな、感度3000倍薬。なんでハルトはこんなもん欲しがったんだ?」

植物中ボス「――」



 なんて事になっていたり。


 でも平太さんの活躍は全カット!(/・ω・)/

 そして、ハルトはこんな毒物欲しがるヤバい奴!(/・ω・)/


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― 新着の感想 ―
[一言] 感度3000倍薬は隠れたチートアイテムだった…!?
[一言] 全てが繋がる奇跡!!凄い! そして死なないでくれ頼むからーーーー!!!!
[一言] そして、そんな劇薬を自身に使おうとするハルト。
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