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コミュ障TS転生少女の千夜物語  作者: てぃー
3章

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乗り込め月宮殿


「なんだぁ……こりゃぁ」


 南都で露天商を営む男性は、家の窓から天を見上げて呟いた。

 聖教会から突如発令された屋内退避指示を受けて、訳も分からず帰宅した男だったが、その意味を心で理解する。


 抜けるほど青かった空はいまや、黒煙を垂れ流す天空城と悪鬼に汚染されていた。

 

 見る者の精神を侵食するような不気味な化物達は、重力を無視して空中を自在に浮遊する。

 迎え撃つために飛び上がった天使と悪鬼が入り乱れた南都の上空はさながらこの世の終わり。聖書に出てくる終末を想像させた。街のあちこちから爆発音と悲鳴がこだまする。


 男はあまりにも異常な現実を受け入れられず、再び声に出して呟いた。


「なんだぁこりゃ……」


 男の理解など知った事ではないと、戦いは加速する。


 聖職者たちにより避難を呼びかける声。天使の喊声、悪鬼の絶叫。 

 街中の警鐘が鳴り止まぬ。男は耳をつんざく様な警戒音を理解しつつも変遷する戦いから目が離せなかった。


 どうせ、逃げたところで変わらない。

 神の軍勢が敗れる様なら地獄の顕現がなされ、世界のどこにも逃げる場所などない。それだったら今逃げるよりも、家の片隅で膝を抱えて震えている方がまだ良いだろう。

 なによりも、今この瞬間の神々の雄姿を目に焼き付けたほうが有意義だ。天使様の姿を見るだけで男の小さな信仰心が啓蒙される。


 男は今でなら、自分の祖母があんなにも信心深かった理由が分かった気がした。


 人間や街、世界を守るために天使は命を掛けて悪鬼に立ち向かう。その背中には慈愛と覚悟が満ちていた。

 不信仰な男ですら、無意識に神に首を垂れるほどの神々しさだ。人間の中には守られるだけでは、居てもたってもいられなかった人間たちもいたようだ。


 男の視界の中で、領主館の門が開いて駐留軍が飛び出してきた。全身を高級な防具で身を固めた精鋭軍は戦意を鼓舞するよう鬨の声を上げながら参戦していく。


 しかし意気揚々とやってきたものの、彼等はすぐに途方に暮れることとなる。

 

 そもそも主戦場が空中で有るし、地面に降ってきた半死半生の悪鬼にすら人間は歯が立たない。十人掛りで囲むが、異形の鳴き声一つで手足の震えが止まらなくなって隙を晒すことになる。


 男の目の前で駐留軍の一団の命が散りそうになった。しかし、その寸前で数人の下級天使が乱入。兵士を襲っていた悪鬼は瞬く間に消滅していった。

 兵士が平伏して感謝を伝える。天使はその姿をチラリと見るにとどまって、直ぐに上空へと戻っていった。


「人間では、兵士でも子ども扱いなんだ……」


 さすが天使様だ。人間ではどうしようもない悪魔すら他愛もなく消滅される。

 男は己の信仰心がぐんぐんと伸びていくのを実感して、天使の後ろ姿を目で追った。


 この様子であれば、異常事態もすぐに解決するだろう。全ては神の御心だ。


「……ぁあ?」


 しかし、天使の後ろ姿を見続けていた男は、様子がおかしい事に気づいて徐々にその顔をひきつらせた。

 城から飛び降りてくる異形の数が増え続けていた。襲い来る異形は最初の数倍にも膨らみ、戦場で戦っている天使達の姿が異形に覆われてしまっていた。


 嫌な予感が湧きあがる。

 これは本当に勝てるのか? なんで敵の攻勢は止まらないんだ?


「神よ……ああ、神よ……」


 男は胸の前で手を合わせて懸命に祈りを捧ぐ。どうか我等を救いたまえと賛美歌を唄う。

 そんな男のように、神へと縋る人間の姿は街のあちこちで見られていた。







 必死に引き留めるヨルンちゃんの制止を振り切って、天使さんに運ばれて月宮殿にやってきた私達だったが、その崩落具合に目を瞬かせた。


「なんだぁ、こりゃ……」


 辿り着いた月宮殿の庭園で平太さんが呆けた声を上げる。私も予想以上の惨状に閉口してしまった。


 ヨルンちゃん達が召喚したワームは城の落下を防ぐためといえ、城と土台に巻き付いて全てを吊り下げたのだ。それに巻き込まれた巨城は見るも無残に崩落していた。

 かつては壮麗だったであろう庭園は土がめくり返り、大きな噴水は土台が割れて奇妙なオブジェと化して水を垂れ流している。

 城のあちこちから燻っているような黒煙が上がっているのだから、戦時中の城であってもここまで酷い事にはならないだろう。


「なんだぁ、こりゃ……」


 平太さんが再び呆れるような声を上げた。

 城跡と、石化した巨大ワームを見比べているが……そうですよね、そっちも気になりますよね。


 城とワーム。どちらが巨大かといわれるとワームなんだよね。

 天を衝くような巨大さもさることながら、秘める魔力も山のように莫大。もしも敵対すれば、人間にとってそれは恐ろしい事になっただろうが、しかし今は関係ない。


 私はワームから目を離して探知魔法で目的の人物をさがす。しかし、やはりというか、城は対魔法のギミックを有していたようで失敗してしまった。


「これじゃあ、慈善が何処にいるのか分かりませんね。崩れかけてて探しにくいですし……たぶん玉座があるかと思うんですが……」

「いいや、玉座はもう無理だろう。昔、慈善と仲違いする前に二、三回、この城に招かれた事が有るが、玉座のあった場所は崩落してるみたいだぜ」


 平太さんが遠くを見るように、崩落している城の一画を指さした。


「では、安全な地下……とか?」

「あー……どうだったかなぁ。地下なんて有ったかあ……?」


 アゴヒゲを掻きながら城内の構造を思い出そうと平太は頭をひねる。


 ここは敵の本拠地だ。

 致死性の罠があちこちに有って然るべきと考えるのが妥当だろう。むやみやたらと探し回るのはリスキーすぎる。だが、悠長な時間もまた無いのが事実。

 今も足下の南都ではサナティオ様指揮の下、天使と化物が殺し合いを繰り広げているのだから。


 どうしたものかと悩んでいたら、私達をここまで運んでくれた護衛の天使の1人が声を上げた。


「……コッチダ」


 顔を垂れ布で覆った1人の中位天使さん――【目睹する盲目天使】――が、先導して歩き出した。


 彼には慈善の場所がわかったという事だろうか?


 平太さんと顔を見合って、警戒しながら彼(?)に付いていく。

 【目睹する盲目天使】は目が見えない代わりに、他の感覚機能に長けている天使だ。魔法が使えずとも生命反応を感知するということもあり、信用するなら彼が一番だろう。


 今、私達の周囲には多数の中位天使がサナティオ様から護衛役として派遣されていた。

 盲目天使を斥候として、大盾を持った守備役や、大剣を構える攻撃役もいる。総勢10人。人間相手には過剰ともいえる戦力だろう。


 それでも私と平太さんは警戒は怠らない。

 一番脆い人間である私達を中心に据えた円陣で、間隔を広く取って進む。


 通路が瓦礫で埋まった道。階段の崩落した箇所。床が崩れ落ちてしまった渡り廊下。あるいは道全体が石化したワームで塞がれている行き止まり。

 様々な場所を通って、あるいは迂回して進む。しかしその道中で問題は何一つ起こらなかった。それが私達の中に疑問を宿した。


「何も起きないな」

「天使さんが、敵のいないルートを選んでくれているのでしょうか?」


「……それは、誘導されている可能性があるんじゃねぇかねぇ?」

「……どうでしょうか」


 疑問が膨らんできた平太さんが先導する盲目天使に声をかけた。


「おーい、天使さんよぉ。敵は何処に居るんだい?」

「コッチダ」


 盲目天使はそっけなく答えると、振り返ることなく淡々と進む。

 平太さんと顔を見合って、天使の後ろ姿をもう一度見る。


 彼はやはり、私達を気にすることなく勝手気ままに歩み続けていた。


「……どう思う?」

「少し、不安ですね」



 彼は自信満々なのだが……ここまで敵の行動が無いとなんとなく不気味に感じてしまう。

 左右、後方を警戒してくれている天使さんにも意見を求める。

 

「――?」

「――!」


 彼等は互いに首をひねって考えた後、力強く頷いた。


 ……どうやら自信がありそうだ。

 天使は己の力を自負しているようで、探査と言えば盲目天使と信頼しているらしい。私達の不安も、彼が先導しているから大丈夫と念を押されてしまった。


「じゃあ、いいか。あいつに付いてくぞ」

「えぇ? 平太さん、軽いですね」


「そりゃ、他に選択肢も無いしなぁ。俺より感知に優れてる奴が案内してくれるんだ。専門家の言う事は聞くもんだぜ? 下手に素人が口だしても良い事なんか何もねぇ。仕事だってそうだろう?」


「なるほど……なんだか実感が籠ってますね?」


「そうか? 気のせい、気のせいってな」


 肩をすくめて歩き出した平太さんのおちゃらけた態度に、ちょっと気分が軽くなる。

 天使の能力は信頼しているし、罠だろうと打ち破ればいい。そんな彼の態度は頼りにもなるものだった。


 私の考え過ぎかと、心配しすぎないように付いて行こうとして……周囲の天使の総数が減っている事に気が付いた。


「ぁ……」


 10人いた筈の天使が、数えてみれば9人しか居ない。


「あ」


 無意識に息をのみ、心臓が締め付けられた。


 ここは、敵の胃袋の中。

 道中で何も起きないなどありえなかったのだ。


「あの! 皆さん、これで全員ですか!? っ平太さん! 止まって!」


 全員に聞こえるように声を張り上げて平太さんも呼び戻す。

 天使が1人少ない事を伝えると、彼も驚いて息を呑んだ。警戒を厳として周囲を睨む。


「……すまん。全然気づかなった」

「いえ、攻撃を受けたことは私も分かりませんでした。ただ、いつのまにか天使様が一人、居ないんです」


 慌てて戻ってきた平太さんと共に壁を背中にして前後を見張る。

 私達の外周を天使が守ってくれるが、彼等も想定外だったようで浮足立っていた。


 そんな中、淡々と歩く天使が1人。


 盲目天使だ。

 彼は後方で騒ぎが起こっているにもかかわらず、「コッチダ」と敵の場所を教えながら歩き続ける。


「コッチ……コッチダ」

「――! ――!?」


 それに対して、同僚の天使が慌てて止まれと命令。しかし彼は止まることなく進んでいった。


「なんだ? 天使同士でケンカか?」

「いえ……どちらかというと、異常事態では?」


 無視し続ける盲目天使に対して苛立ったのか、呼び止めていた天使が力づくで振り向かせた。

 それでも反応の無い盲目天使。同僚の天使さんは、その様子に不信感を持ったようで、恐る恐ると盲目天使の顔布に手を伸ばした。


 あれは盲目天使が愛用している覆面だ。己の盲目となっている眼球を見られることが嫌で、布を他者に触られる事を盲目天使は極端に嫌う。

 故に彼の顔布には仲の良い同僚であろうと触れるはずがない。


 しかし、今は盲目天使に止められる事なく、顔布が捲り上げられていく。


「――!?」


 そこで盲目天使の顔を見たであろう同僚天使は、恐怖の声を上げながら尻もちをついた。そして視線が通った私達にも盲目天使の全貌が露になった。


「っう」

「……おい。寄生、されてんのか? そりゃぁ」


 盲目天使の眼窩から眼球を押しのけて、咲き誇る黒い花。

 それだけでも異様なのに、「コッチダ」と発声する瞬間に口内にチラッと植物の根が見えた。


 おそらく、目から生えた花の根は彼の全身に張り巡らされているのだろう。そして内側から彼の舌が根っこに操られて、言葉を発していた。体を動かしているのは……それも植物の根なのだろう。


「死んでいる? いや、生きてるんですか……無理やり生かされている」


 一体いつ間に攻撃を受けたんだ。

 いや、それよりも私達はどこへ誘導されていたんだ。


 これは罠だ。今すぐ引き返すべき――そう提案しようとした瞬間、床下が音を立てて崩れ始めた。


「っ不味いな! ――いい! 行けディアナ! お前が敵を討て!」


 亀裂が入った時と共に平太さんに抱え上げられ、遠くに投げられた。


「俺は慈善の奥の手を知らんが、どうせ碌でも無いもんだ! いいか! お前は――!」


「――!」

「――!」


 がらがらと瓦礫と共に平太さん、数人の天使が床下に落ちていく。

 しかも彼等が飛んで逃げないようにとのことなのか、床下から巨大な蔦が生えてきて蓋をする。


「平太さん!?」


 拡大する崩落から逃げるように後ずさり。

 助けに行ければと思ったが、天使に「キケン! キケン!」と制止されてしまう。


「……残ったのは私と、天使さん2人ですか」


 殆どが今の奇襲で床下に潜むナニカに呑み込まれてしまった様だ。

 助けに行くべきか、それとも言葉通り慈善を探すべきか……。


「いえ行きましょう。ここで敵を逃がすわけにはいかない」


 ぎゅっと【ミトラス】を握りしめて、平太さんの落ちた穴から背を向けて歩き出す。

 こちらが苦しい時ほど、相手も追い込まれているものなのだ。敵は正面から倒す自信がないから、こんな手を使った。ここで迷っている時間は無い。


 私は二人の中位天使――大盾を持った天使と、大剣を提げた天使――を引き連れて、慈善を探しにここを後にした。







 一方、穴に落ちた平太は、うんざりしたような顔で犯人を見据えていた。


「……なんだろうなぁ、その額にあるやつ。オジサン、とっても嫌な予感がするねぇ」


 全方位を絡み合った蔦に囲まれた文字通り敵の体内で、平太は植物の化物と向かい合う。

 

「シュルシュルシュル……!」

「言語使えない系植物か? でも嗤ってるよな、たぶん。絶対賢いしなぁコイツ。たぶん」


 巨大な花の中央に多面結晶体(トラペゾヘドロン)を生やした、蔦がねじり合ったような植物。

 そいつは近くにいた一人の天使を蔦で巻き取ると、口から蔦を突き入れて内臓を掻き乱しはじめる。


「――!!?」

「――!!」


 凄惨な光景に天使が慄く。植物はそれをみて、更に笑い声をあげた。

 ヘドロの様な闇の魔力、行動自体も猟奇的。植物の悪性を感じ取って平太は嘆息する。


 これ、絶対、めんどくさいやつだねぇ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 俺がみた中で最高に魅力のある敵達だと思う。
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