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コミュ障TS転生少女の千夜物語  作者: てぃー
3章

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66/73

巡り巡って、結局お前

 男――佐藤平太(ヘイタ)の生まれは日本は東京都。しがない中流家庭で生まれた男は、平凡な人生を歩んできた。


 「普通であれ」父親の言葉だ。

 悪目立ちすれば打たれる。成り上がれば嫉妬を買う。何事も平凡に。それが上手く生きていく秘訣だと父は常日頃から口にした。


 故に平太。

 名前から滲みだすその願いは、彼の心に呪いのように滲み付いた。


 地元の高校を出て、近くの大学に進学。偏差値は概ね平凡な数値。

 無論狙っていた。父の言葉に従って「普通」を目指して生きていた。


 就職した会社は、何処にでもあるような中小企業。

 設計図に忠実に沿った製造をする会社だったが、並み居る同種の大企業には販路も実績も遠く及ばない。鉄と油に汚れた町工場と言うのが相応しい職場だった。


 そこで技術職として働き40年。

 定年を迎えた平太は気が付いた。俺の人生は一体何だったんだ。


『貴方と一緒に居ても、何も面白くないわ』


 お見合いした女性から言われ続けた言葉だが、波も風もなく、平穏無事な日々を目指す平太にとって「つまらない」とは褒め言葉。それを分からない女性など、彼の方からも願い下げだった。


 平太に結婚は終ぞ叶わなかった。既に家族は亡くし、仕事も終わりを告げた。

 そして数か月。自宅の居間でひとりぼんやりとテレビを見ていた時に平太はついに思ったのだ。


 ――本当に俺の人生はこれでよかったのか?

 平凡は悪くなかった。後悔はない。だが……心残りはあった。


 つまらない部品じゃない。指示されただけの仕事じゃない。もっと世界をアッと驚かす様な商品を作ってみたかった。出来ずとも、せめて挑戦してみたかった。


 全てを無くしてから彼は初めて気が付いた。平凡な人生はいいが、刺激もあった方がいい。


 そんな時、「キャラクリエイト」の画面がにわかに現れたのだ。

 迷いは無かった。平太はすぐに画面に飛びついた。



 ――そして、新たな世界で生まれ変わって数十年。



 平太は『コーラぐみ』を開発していた。


 パクリといってはいけない。彼渾身の作品だ。


 ついでに『感度3000倍薬』も開発していた。

 気持ち悪いと言ってはいけない。彼渾身の作品だ。





「何をしているラクシュミ。大丈夫か?」


 そんな平太は現在、訳が分からない状況に巻き込まれていた。

 ハルトに助けを呼ばれたから来たら、大切な友人であり商品開発のパトロンであるラクシュミが何者かに襲われていた。それに気が付いた平太は慌てて加勢した。


 誰と争っていたのかは良く見えなかった。

 だけども、平太の全身を絶え間なく襲う光の奔流、気を抜けば魂まで焼き尽くすであろう光線を考えれば、敵は信じられない程の実力者だ。


 平太とラクシュミを消し飛ばして余りある莫大なエネルギーを、彼は何とか《《無かった事》》にし続ける。背後には無防備なラクシュミがへたり込んでいるから攻撃は僅かでも通せない。

 平太は前を向くと、大きく手を振り払った。光の波が割れて間から驚愕を浮かべるサナティオの姿が現れた。


「これを防ぎきるか……貴様、何者だ」


 サナティオは目を細めると、挑発的な笑みでもって平太を出迎える。彼女が剣を鞘に収めると光はまるで幻だったかのように消えていった

 平太以外に影響は見られない。同じ光に当てられていたにもかかわらず、周囲の樹木は木の葉一枚焼けることなく気持ちよさそうに風に薙いでいた。

 攻撃したいものだけを焼く実力。人の者とは思えないその美貌。そして3対6枚の翼と、太陽のように輝く金色の髪が彼女の正体を指し示す。


「おいおい天使かよ。それも、話に聞く最高位天使と敵対だと? ……本当に何をしたらそうなるんだ、ラクシュミ?」


 全力では無かろうが、本気の攻撃を防がれたのは久しぶりなのだろう。サナティオは戦意に燃える目で平太の事を見つめていた。下手な事をすれば、すぐに次の一手が来るはずだ。

 平太は動くに動けず、状況を観察することにした。


(今のは防げて後2発ってとこか。【加護】使ってそれだから……おいおい、やっぱり人間じゃ太刀打ち不可能じゃねぇか)


 平太の知る限りラクシュミは馬鹿だった。不満が有れば「ですのー!」とか言いながら殴ってくるような子供だ。

 たまに調子に乗った面して煽ってくることもあるし、飼っているハムスターを触らせてくれないケチ臭い面もある。しかし、決して彼女は悪事を犯さない。天使に断罪されるような女の子じゃあない。


 平太は天使に戦意が無いことをアピールするため両手を上げた。


「待ってくれ、話をしよう。俺は佐藤平太、50歳……すまん、50歳か分からんが、とりあえずそれ位だと思う。所属は日ノ本会」


 チャームポイントはあごひげ。垂れ目で気だるげな瞳は「やる気が無いのかお前」とよく言われるが、実はめっちゃある。

 今世の趣味は商品開発。世界をアッと言わせるような物を作ることが人生の目標だ。


 平太はそんな事をつらつらと述べて、これは何かの間違いだと天使に潔白を証明する。天使は冷めた瞳を一切変えずに聞き返した。


「商品開発が趣味で、世界をアッと言わせる物を作る? それが貴様がヨルンを作った目的か?」

「あー……ん?」


「そんな事の為に、お前達は生命を愚弄したのかと聞いているッ!」

「ぇぇ?」


 あ、やっべえ。これなんか引っかかったな。

 俺の趣味がサナティオの堪忍袋の緒に引っかかった。それも致命的。もう切れそう。


 平太は冷や汗を一筋流すと慌てて手を振った。ついでに首も振る。


「待った待った! ヨルンってのは何だ。そんな物は作った事がない! 俺が作ったのは、だな――」

「動くなッ! 動けば切る!」


 ラクシュミの腰に見えた花柄ポシェットを取ろうとした平太の首筋に剣が当てられた。


「っ! 厳しいねぇ、天使さん」


 平太は、ラクシュミが自分のポシェットに何でも好きな物――例えば「コーラぐみ」など――を溜め込む習性を持っているのを知っていた。それこそハムスターみたいな奴だと思っていた。

 それを見せれば天使の誤解がちょっとは解けると思っていたのだ。しかし、怪しい動きをするなと止められてしまった。


「分かった、分かった。俺は動かん。とりあえずお前らでラクシュミの腰にある鞄を開けてくれ。そこに俺の作品が入っているはずだから、裁定はそれを見てからにしてくれないか?」


 平太はそれでも交渉を続ける。

 懸命な努力が実を結んだのか、抵抗を一切しない平太に慈悲を見せたのか、サナティオは剣を持つ手の力を少しだけ緩めた。


「……いいだろう。ラクシュミは抵抗するなよ。ディアナ頼む」

「はい。動かないで下さいね」


 へぇへぇ、なんつー厳しい連中だ。

 それが平太の率直な感想だった。


 天使もディアナと呼ばれた聖職者も、とことん冷めた目をしてやがる。一瞬でも敵意を見せればすぐに殺しに掛かって来そうな、覚悟の目。

 久しぶりの修羅場に巻き込まれた平太は、ため息を付きたいのを我慢しながらディアナの行動を待った。とりあえず、これで一歩進むだろう――


「近寄らないんで欲しいんですの!!」


 などという甘い希望はラクシュミの行動で吹き飛んだ。


 ディアナから伸ばされた手を見て、ラクシュミは恐れを為した子供のように癇癪を上げた。そして全方位に向かって魔力を解き放ったのだ。ディアナが魔力波の衝撃にたたらを踏んで数歩後ずさる。


「な!? この馬鹿!?」

「貴様! 抵抗するなと言ったはずだ!!」


 サナティオが剣をラクシュミへと向けた。

 既に斬り掛る寸前。1秒と時間は無い。


 神の裁きは魂の傷となり、決して癒えぬ罰となる。ここで抗わねばラクシュミは一生の傷を負うだろう。下手すれば命すら危ういかもしれない。


 平太は瞬時に意識を切り替えると【加護】を使いながら、サナティオの剣に掴みかかる。

 キィィン――と、混じり合わないもの同士が擦れ合う様な不協和音を高鳴らせて、神剣はラクシュミの数センチ手前で辛うじて動きを止めた。

 剣を止められたサナティオは、軽蔑する眼差しで平太の腕をみた。


「なるほど、それが貴様の本性か?」

「だから、待ってくれって……!」


 あと一発。


 平太は己の体が限界に近い事を知る。

 全身から闇の魔力が立ち昇り、指先がどす黒く変色し始めた。張り裂けるような音を立てつつ爪が鋭く伸びていく。


 【神】の力を使い過ぎた弊害だ。平太の体で変異が始まってしまった。


「悪の仲間は所詮悪。口で良い子ぶったところで、貴様も正体が隠しきれていないぞ」

「あー、きっついねぇ! なにがきついって、サナティオの性格がキツイ! この天使さん可愛いのに厳しいねぇ!」


 斬り返してきた剣を往なしつつ平太は毒づいた。


「なんでこの世界の神様連中は、平然と人間に手出しするのかね!? まだ神代気分かっつーの!?」


 後で知った事だが、平太をこの世界に生まれ変わらせたのは【夜の神】と呼ばれる邪神だった。

 肉体から能力まで全てが神の造形品。その真の意味を平太が理解したのは、この力を使いこなせるようになってからだ。


 夜の神の力は混沌そのものだった。生と死、可能性と無、そして時空の波動すら歪める超越的な能力。


 そんなモノは人間の範疇を超えている。故に使い過ぎれば代償が訪れる。平太はその力を纏めて【加護】と呼んだ。


 加護に頼れば、人間でしかない平太は邪神に呑まれて体が闇に染まっていく。指先から靄の様な不定形に代わり、まるで化物のような存在に堕ちて行く。

 人に戻れる境界線はあと一回。それを超えて神の【加護】を乱用すれば、痛いしっぺ返しがその身に降り注ぐ。


「ああ、厳しぃな! もうちょっと手緩めてくれないかねぇっ!? オジサン、そろそろ限界でな!」

「いいや諦めろ。貴様も聖女も有罪だ……! 神の意志のもと、貴様等に更生と反省の機会をくれてやる!」


 ぎりぎりと剣を挟んで2人は笑い合う。

 だが少しずつ少しずつ、剣は平太の方へ押し込まれていく。このままだとラクシュミ諸共、断割されかねない。それでも平太に後退の文字は無かった。


 友人を見捨てた先に「平凡」な生活は訪れない。


 罪悪感に苛まれ、友に悔いる日々など「普通」じゃない。人には安寧が必要だ。何気ない日々、遊びの心無くして発明のチャンスは訪れない。

 故に平太は前に出る。最後の力を振り絞って、サナティオの剣を押し込む様に吹き飛ばす。


「どっこいしょぉ! ってなぁ!」

「っ!」


 全てを注ぎ、力を出しきった平太は天使を数歩後ずさりさせた。

 一歩、二歩。バランスをとるのにもう一歩。しかし……たったそれだけの戦果だった。命を張った対価としては見るも無残な意味なき結果。


「これ、は……っ!?」


 だが、それは人間から見た結果。

 圧倒的に劣った存在に己が後退させられた。サナティオはそう感じたようで、数歩後ろに下がった自分の足を見て表情を消した。そしてゆっくりと剣の切っ先を平太へと向けた。


「名乗らせてもらう。私の名はサナティオ・アルローラ。太陽神エリシアの第一の使徒にして右腕。佐藤平太、貴様を強敵と認めよう」

「おー可愛い顔だ。そんな子がオジサンに襲い掛かっちゃ危ないんじゃないのお? 逆襲されちゃうよお?」


 おそらく神のプライドを傷つけたに違いない。自分に土を付けた存在を超える事で、サナティオは不覚を払拭できるのだ。


 ――本気だ。サナティオはこれから、本気で殺しに来る。


 平太には魂でそれが理解できた。最高位天使から放たれる戦意は平太の心を震わせる。

 だが【加護】の闇は肘部まで侵食しており力はもう出せない。これ以上引き出せば、本当の化物に堕ちるしか道はない。


(ラクシュミと死ぬか。それとも化物になり下がるか……んー、こりゃ悩ましいねぇ)


 後悔はない。

 平穏は十分満喫したし、夢だった商品開発――コーラぐみも発明した。

 ぐみに関して平太は「ちょっとパクリっぽいかな……?」とも思っていたが、まあいっかとも思っている。だいぶ緩い平太だった。


 今はとにかくサナティオの沙汰を待つばかり。


(……ラクシュミは逃がせるかね。うーん、どうかなぁ、俺が化物になればイケるかねえ?)


 分からない。分からないが、やるしかない。

 自分の心の「平穏」のために。平太はここで朽ちる選択に手を掛ける。

 チャンスは一瞬。サナティオが仕掛けてきた時、その瞬間に全てが決まるのだ。


 涼しさを増してきた初秋の昼下がり。吹き抜ける一陣の風が両者の間でつむじを作る。漏れ出た闇も光も巻き込んで、消えていく――直後。サナティオが飛び出した。


「――な!?」

「っ!?」


 だが、その時は訪れない。

 平太が闇に堕ちようとした間際、サナティオの剣を止める影が現れた。


「真実とは得てして闇の奥。あまり落胆させるなよサナティオ。貴様はいつも考えが頑迷だ」


 形容するなら、地獄の騎士。

 荒々しい黒鎧に身を包んだ、血管の様な真紅の紋様が煌めく闇の騎士。初魄――ヤトという名の怪物が、サナティオの剣を止めていた。







 檻から抜け出たら、猛烈な修羅場だった件について。


 夜人が開けてくれた穴から這い出して、こそりと箱の影から状況を窺えば、聖女さんが悲痛な表情で言い争っていた。相手は……誰だろ知らない人。俺より年上に見えるけど、まだ子供のようだ。

 金髪を結いこんで、髪をまとめた綺麗な少女。

 

 あ、名前聞こえた。ラクシュミと言うらしい。

 聖女さんは、彼女に向かって怒鳴りながら檻を指さしていた。


「……あ」


 もしかして、これ……あれ?

 フェレ君を捕まえたのが、ラクシュミさんだったパターン?

 で、俺が中にinしちゃったから、傍から見ればラクシュミが俺を檻に詰め込んだ誘拐犯に見えちゃった……的な、あれ?


「あわゎ」


 ど、どうしようか。

 出て行った方がいいよね? 俺がラクシュミの誤解を解かなきゃだよね……?

 でも、どうやって説明するべきか。下手な事を言えばヘレシィが怒られちゃうだろうし……!


 なんて思っていたら、ドンドン展開が進んでいく。

 天使がラクシュミに向かって剣を振った、かと思ったら、なんか知らない顎ヒゲおっさんが現れた。


「……?」


 なに、ちょっと待って。よく聞こえなかったけど、おっさん今なんて言った?


 あのおっさんの名前は佐藤、なんとかで……日ノ本?

 ま、また!? また日ノ本と言いましたかお前!?


 ヘレシィに続いて、怪しい文言の登場に気が動転する。あわあわと、あわあわと手がバタつかせて考える。


「あわわ、あわわゎ!?」


 なんでここにきて日本っぽい単語が次々と出てくるかなぁ!?

 俺がこの世界にきた「キャラクリエイト」も謎が多いし、もしかしてその関係か!? じゃあ、おっさん佐藤は日本人?


 いやいや、それは不味い。

 下手すれば聖女さんに俺が日本出身ってバレるし、なんなら元男ってバレかねないし!


 それはダメだ! 俺のプライドとかじゃなくて、聖女さんのためにもそれは駄目なのだ! だってお風呂とか一緒に入っちゃったし、添い寝もしちゃってるし!


「ああ、あー……え、もぅ!?」


 なんて慌てたら、もう次の展開ですか!?


 佐藤と天使の戦いだ。

 強い! 強いぞ佐藤! 日本一多い苗字とは思えない強さだ、やるな佐藤!

 でも、サナティオはもっと強いっぽい! あーダメじゃないか佐藤! 佐藤ぉ!!


「ヤト!」


 もう、これ以上見てはいられない。こんな馬鹿な勘違いで死人を出すわけにはいかない。

 慌ててヤトに止めに入って貰う。俺が走って向かうよりも早いだろう。


「――御意のままに!」


 ヤトはすぐさま変化して鎧姿になると、黒い疾風のように突っ込んでいった。


 ふぅ……これで良しだぜぇ。

 で、御意ってどういう意味ですか?








 ディアナが最初に感じたのは怒りだった。

 檻にヨルンを閉じ込めて動物扱いするラクシュミに怒りが沸いた。虫を喰わせるとか、共食いだとか、挙句の果てには実験動物。次々襲い来る言葉の暴力に耐えきれず、ディアナは感情を爆発させて怒りと悲しみで涙をこぼした。


 その次に感じたのは、驚愕だった。

 サナティオがラクシュミに見切りをつけて、断罪の裁定を下したのは残念だったが仕方ないという思いもあった。彼女のした悪行はディアナでも庇いきれないものだった。

 しかし、突如乱入した男がサナティオの罪する光を受け止めた。神の御業を止める――それは人間として信じられない偉業だ。ディアナは驚嘆する他に無かった。


 まだまだ事態は急展開を迎える。

 己とラクシュミの身の潔白を証言する平太。近寄るなと叫ぶラクシュミ。そして平太とサナティオの戦闘再開。


 そして今。更なる乱入者――騎士姿となって彼等を守るヤトを見て、ディアナはどこか違和感を覚え始めていた。


 この事件、何かがおかしい。

 そんな疑問が心の中で芽生えてきた。



「なッ、初魄!? なぜ止める! これは一体どういうつもりだ!?」

「真実は得てして闇の奥。あまり落胆させるなよサナティオ。貴様はいつも考えが頑迷だ」

「だから、どういう意味かと聞いている! 貴様等は我等と敵対する気は無かったのではないのか!? それなのに、どうしてそんな連中を庇うのだ!」


 サナティオは己の剣を受け止めるヤトに対して、これまで以上の怒気を放った。その怒りは空気を震わせるほどで、ディアナは腰が引けるのを感じたが、一度疑問を抱いてしまったら止まれない。

 ディアナは戦いを収めるために2人の間にゆっくりと割って入って行った。


「な!? ディアナお前、気は確かか!? 危険だ離れていろ! これはっ、この闇は――!」

「ヤトさんですよね。知っていますよ、ヨルンちゃんの大切な友達です」


 姿は変わっても感じる魔力は変わらない。

 闇の魔力を見分ける事は難しかったが、ヨルンと付き合っている内にいつの間にかできるようになっていた。

 ヤトの方を向いて「そうですよね」と聞けば、鎧姿のヤトは肩をすくめて敵意が無いことをアピールした。


「ヨルンちゃんも隠れてないで、出ておいで。ほら安全だよ」

「……ん」


 声をかけるとヨルンは恐る恐ると檻の影から姿を現した。

 ラクシュミと平太、そしてディアナの間でまるで何かにおびえる様に視線が揺れる。それを落ち着かせるようにディアナは優しくヨルンを抱き留めた。


「ヨルちゃん。なにが有ったのか話して貰ってもいいかな? ヨルンちゃんはこれまで、何処にいて、誰に捕まったの?」

「……」


「言えないこと?」

「……ん、うぅん」


 歯切れが悪い。

 ディアナはそれも仕方ない事と察する。なにせヨルンはこれまで恐怖の渦中にいたのだ。なんとか自力で脱出できたようだが、今もこうしてびくびくと震えている。

 そこを何とか、少しずつ聞き出そうとディアナは優しく語り掛ける。


「それじゃあ、ヨルちゃんを捕まえた犯人はラクシュミ?」

「……違う」


「馬鹿な!!」


 ヨルンの否定に、サナティオは信じられないと声を上げた。


「そんな筈がない! ヨルンはたしかにラクシュミが作った檻の中に居た! こいつ自身がそれを証言した! ラクシュミは心魂まで闇に染まり、私はコイツの正しい心を感じる事が出来なかった! この意味がわかるか!? コイツは聖教の聖女なのに闇側の人間なんだ!!」


 それはディアナも同意する。

 ラクシュミはこの上なく黒だ。グレーではなく完全な黒で、否定できる要素がない。


「裏切り行為だ! 私は、卑怯な奴が大嫌いなんだ! だからコイツは悪なんだ!」

「サナティオ。何度も言わせるな、それを私は烏滸の沙汰と言っている」


「なんだと! ……どういう意味だ!?」

「……そ、そう言う意味だ」


 ディアナは言い争うヤトとサナティオの二人から目を逸らすと、ヨルンに再度確認する。


「じゃあ、ラクシュミは悪くないんだね?」

「うん」

「こっちの男の人は?」

「……知らない人」


「……そっかぁ」


 どれほど証拠が揃っていようと、当事者であるヨルンが全てを否定した。2人が敵であるという大前提が崩れ去り、混迷し始めた状況にディアナは頭を回す。

 しかし出てこない答えに行き詰ると、今だ怯えてうずくまるラクシュミへと手を差し延べた。


「ラクシュミさん。私は貴方の事が少し分からなくなりました。だからまずは、そのポシェットの中身を見せてくれませんか?」


 ヨルンを捉えてペット扱いしたラクシュミ。彼女による自供は明らかだった。


 彼女の指を噛んで、逃げだしたというペット。しかし南都で拾ったという、そのペット。今度は檻に閉じ込めるという意思表示。

 ラクシュミの友人には「ペットを共食いさせた人」まで居るらしいし、なによりも「実験動物」という全ての意思を籠めたキーワードが放たれた。


 ……間違いない。ラクシュミがヨルン誕生に関わっていたのは間違いない。


 救出に現れた平太と名乗る男も闇の魔力を立ち昇らせ、天使サナティオの剣を防ぐ強者だった。趣味は商品開発で、世界を驚かすために発明しているなどと言っている。


 次々訪れる悪事の告白に、これ以上ない悪夢だとディアナは眩暈がしたものだ。

 怪しい。怪しすぎる。平太もラクシュミも揃って役満だ。


 だが冷静に立ち返れば、どこか腑に落ちなかった。

 ヨルンが犯人を否定している以外にも、何かがディアナの心の片隅で引っかかっていた。


「ラクシュミさん」


 そしてディアナは気が付いた。

 そうだ。ディアナは最初、ヨルンを辱めるラクシュミの言葉によってあんなにも取り乱したのに今では落ち着いている。


 その切っ掛けは――ラクシュミがサナティオに襲われた時に放った魔力波動だった。

 泣き叫ぶ子供のように。親に叱られて不貞腐れる子供のように、彼女の魔力はうなりをあげた。けれど確かに感じた、助けを求めるラクシュミの叫び。


 ……そうだ。ここがまずおかしいのだ。


「ラクシュミ様」

「ひっ! わ、私は悪くないのですわ! 私は絶対、悪くないのですわ! だから殺さないでー!」


 彼女の叫びは改悛の余地なき極悪人のものじゃ無かった。

 ヨルンに対する行いと、彼女の心の叫びがチグハグだったのだ。

 

「……平太さん」

「ああ。落ち着けラクシュミ。とりあえず、殺されることはなさそうだぞ。だから落ち着けって。な?」


 それに加えて、彼女を庇う平太の存在がディアナの心を迷わせる。


 たしかに彼は闇の魔力を纏っているが、邪悪とは思えない瞳をしていた。

 彼は自分で言ったように世を儚む気だるげなオジサン顔だが、その心根は真っすぐに思えた。今だってサナティオとディアナから、ラクシュミを守れるように立ち位置を変えている。


 2人の組み合わせは、まるで泣き叫ぶお姫様を守る騎士のようにも思えた。


 ……なんだこれは。

 なんなんだ、この状況は。これではどちらが悪者か分からない。


 ――罪は真実の光に晒されなければならず、罰は違えず与えなければならない。


 幼かった自分を育てた先生の言葉がいま、ふとディアナの脳裏をよぎった。

 それはヨルンと出会った時もそうだった。この言葉によって、ディアナはヨルンの真実を知ることができたのだ。

 ひとまず先入観を抜き取って、まっさらな目で物事を捉える事にする。


「わ、分かりましたの。ディアナさんは私のポシェットが見たいんですね?」

「はい。ありがとうございます、ちょっと中身見ますね」


 平太に声を掛けられてラクシュミはようやく落ち着きを取り戻した。名残惜しそうにポシェットが差し出されれる。


 この中に平太が作った作品が入っているらしい。それを見れば、また何か分かるかもしれない。

 ディアナはそう思ってポシェットを探った。中身はよく分からないお菓子、綺麗な石、鳥のキーホルダー、色々なものが入っていた。


「おい、お前は鞄に何入れてるんだ。俺の『コーラぐみ』をゴミと一緒にするんじゃあない!」

「失礼な! ゴミじゃないんですの! 全部私の大切な記念品ですの!」


「そ、そこらで拾った石を思い出にするのは止めてくれ……。なんだか悲しくなってきた」

「勝手に私の思い出で泣かないんで欲しいんですのー!?」


 探る。探る。

 ゴミを掛け分けて、ポシェットの奥底に辿り着き――ついに見つけた。


「……聖具【ミトラス】」


 出てきた物は大聖堂で封印していたはずの汚染された聖具だった。

 有るはずの無いものが、有ってはいけない場所から出てきた。まさか目を離した短時間で盗まれていた? サナティオが勝ち誇った声を上げた。


「ほら見ろ! ほら見ろ! やっぱりラクシュミが犯人だ! 平太が作った"作品"がポシェットから出て来たぞ! 平太も犯人だ!」

「貴様はなぜ嬉しそうなんだ。曲事を喜ぶ天使はどうなんだ?」

「う、うるさいぞ初魄!」


 ディアナは次々と重なる証拠を前にして、全部自分の考え過ぎだったのかと気持ちを揺るがせた。

 やっぱりラクシュミが犯人で、ヨルンの言葉は何かの間違い? それとも……


 ―― お願……気付……て


「あれ、誰か何か言いました?」


 突然、聞こえてきた小さな言葉。

 上手く聞き取れなかったディアナは周囲に確認するが、誰も何も言っていないようだった。

 サナティオとヤトは互いに罵り合って馬鹿にしているし、平太はラクシュミを慰めている。ヨルンはどこか気まずそうにウロウロしていた。


 気のせいか。

 もう一度考える。


 それでも、やっぱり何かが腑に落ちない。

 ここまで証拠が積み上がると、まるで何か大きな力が私達にラクシュミを犯人と確信させようとしている作為性すら感じた。偶然かもしれないが、ディアナにはそうとしか思えなかった。


 全ての記憶を総ざらいして思案する。

 そして、ディアナは天啓のように閃いた。


『それに今は面倒な2人がここに居ないから――』


 ヨルンが捕らわれていた施設で出会った銀鉤の言葉を思い出す。

 面倒な2人とは、ヨルンを生み出した犯人を指す言葉だ。


 おそらく片方は【勤勉】のことで、そちらは打倒した。

 つまり残るヨルンの製作者は1人だけ。そのはずなのに――


「そうだ……な、んで。なんでここに2人いるんですか!? ラクシュミ様と平太さん! 貴方達は、どうして1人じゃない!?」


 そうだ。

 そうだそうだ、そうだ!


 ヨルンには敵が多い。教団はヨルンを御旗にしようとし始めたらしいから、大半が敵に回ったはずだ。

 だけどヨルンの製作者一派は後1人じゃなくてはいけないのだ。


 純潔が言っていた。ヨルンの製作者は教団の意思では無く、個人の犯行。あるいは極小人数によるもので、他との繋がりは皆無。その正体は誰にも分からないと。

 ヨルンが教えてくれた。闇が悪とは限らない。優しい闇だって存在するのだと。


 ならば平太は善意の部外者であり、ラクシュミだけが製作者だったのか?

 いいや、それも怪しくなってきた。ラクシュミは『友人』が共食いをさせたと言っていた。この時点でまた製作者の仲間が増えて、計算がかすりもしなくなる。


 しかも見比べて分かった。

 ラクシュミから感じる闇の魔力と、ミトラスを汚染している魔力が全くの同一だった。


 ヨルンを閉じ込めたのはラクシュミだ。檻を形作っているのはラクシュミの魔力だから、それは証明されている。ラクシュミがヨルンに関わっていることだって、本人の言葉もあって否定できない。

 だが、もしそれが彼女の意思でなく、洗脳されての犯行だとしたら……?


 これならばヨルンが「ラクシュミは犯人じゃない」と言った証言にも矛盾しない。


 それを裏付けるように、【勤勉】が言っていた「主からミトラスを『聖女に渡せ』と命令を受けた」という言葉と、ヨルンの友達が「主の希望で互いに殺し合った」という事実が思い起こされた。

 主とはラクシュミを洗脳し、ミトラスを窃取した犯人だ。そしてラクシュミの言う『友人』が指し示す人物でもある。そう考えれば全ての辻褄が有っていく。


 ディアナは嫌な予想がドンドンと組み上がっていくのを感じた。


「……なるほど。見えてきましたね」


 月明りもない闇夜を蛍火で照らす様な謎解き。だが、少しずつ何者かの足跡が見えてきた。


 怪しいのは共食いをさせたらしいラクシュミの『友人』という存在だ。


「サナティオ様。今回の誘拐事件は思っていたよりも単純じゃない、もっと底の深い凶行かもしれませんよ」

「そ、そう……なのか?」


 次々に明かされ始めた謎。

 気付けば、まるで誘い込まれた状況にあったディアナは冷や汗を流す。


 ディアナとサナティオは、被害者であるラクシュミをその手に掛けてる直前だったのだ。

 危うく取り返しのつかない愚行をしようとしていた。やっていたら後悔はしきれなかったけれど、ぎりぎりで真実に辿り着けた。だから今はまず、彼女を救いたい。


「ラクシュミ様、ごめんなさい。私は貴方の苦しみに気が付くことができなかった……」


 ディアナは罪悪感に苛まれながら、怯えるラクシュミをそっと抱きしめた。

 そして己の魔力でラクシュミの体内から闇を祓うように清めていく。


 ミトラスとラクシュミを汚染する仄暗い闇の魔力は、夜人の物に非常に似通っていた。それこそ同一とさえ感じる。ならばきっと『友人』は神話の怪物に近い実力を持つ狂人なのだろうとディアナは推察する。


「あっ……あぅ、そんな。ディアナさん……だめ、私達は女の子同士ですわ。あっあっ」


 ディアナの暖かい魔力に包まれたラクシュミは、頬を赤く染めて気持ちよさげに目を細めた。緊張して強張っていた体がゆっくりと力を抜いていく。

 それが突然、電流が走ったように跳ね上がった。


「い、っひ! だ、駄目ですわ。ディアナ様……これ、以上は」

「ごめんなさい、もうちょっとだけ我慢してくださいっ」


 恐らく、闇の魔力と光の魔力が反発し合っているのだろう。

 ヨルンの時もそうだった。ディアナが手伝って魔力操作の練習をすると、彼女の場合はどうしてもくすぐったさを感じてしまった。それと同じことがラクシュミの体でも生じているのだろう。

 ラクシュミは身もだえる様に何度も体を震わせた。


「ま、待って、待ってください……! ディアナ、さ……ぁ、ゃ。私もうっ!」

「ごめんなさい、もうちょっとですから。もうちょっとで、いけますから」


 ディアナは浄化が一筋縄ではいかないと判断すると、送り込む魔力をどんどんと強めていく。ディアナの顔に緊張と疲労が浮かび、数滴の汗が流れ落ちた。

 一方ラクシュミは甲高い悲鳴を上げそうになる口を手で押さえ、何とか声を押し殺していた。


「ぷはぁ! はぁ……はぁ……」


 そして闇が祓い終わる頃、ラクシュミは荒い息遣いになっていた。

 火照った顔をディアナの胸に埋めて、潤んだ瞳で上目遣い。


「こ……これから、ディアナお姉さま、と呼んでもよろしいですか?」

「ごめんなさい。意味がわかりません」


 それだけ言い残すと、ラクシュミはぱたりと意識を失った。

 闇を抜いた影響で一時的に疲労困憊になったのだろう。目を覚ます頃には元通りになっているはずだ、問題は無かろう。


 ディアナの腕の中では、綺麗サッパリ光属性しか持たなくなったラクシュミが眠っていた。ディアナはそれを見つめて安堵する。何とか最悪一歩手前で引き返すことができたようだった。

 その時、小さく誰かの声が聞こえた気がした。


 ―― ありがとうございます。貴方が気付いてくれて……


「……え?」


 リィンと鈴がなるような透き通った声。

 手に持ったミトラスが静かに震えた気がした。


 なんだ。誰の声だ? 周囲をみても誰も何かを言った様子はない。まただ。また聞こえた。

 だが、そんな疑問はすぐにディアナの頭から抜け落ちた。


「ん!」

「あ、駄目だよ! ヨルちゃん!?」


 ヨルンがディアナの腕からラクシュミを奪い取ったのだ。

 そして、ぺいっと地面に放り捨てた。まるでその場所は私の場所だと主張するように。


「こら! ヨルちゃん、相手は怪我人だよ! 駄目でしょ!」

「ふ、ん」


 逃げて行くヨルンの背に叱責を飛ばす。

 彼女は拗ねた様にヤトの背中に飛び乗ると、無言でラクシュミを見下ろし続けていた。なんだか威嚇しているようだ。


「もう、子供なんだから……」


 仕方ないなとため息を吐く。丁度ディアナの視界に申し訳なさそうなサナティオの顔が映り込んできた。


「っ! ……すまない、聖女ラクシュミ」


 闇が払われた事でサナティオもラクシュミとの間で【精神感応】が動作し始めたのだろう。彼女は聖女としてふさわしい正義と信仰心を持っていた。それは洗脳によって隠されていただけなのだ。

 真実を知ったサナティオは苦虫を噛み潰したような表情で、眠るラクシュミに謝罪を送る。


「どうですか? ラクシュミさんの記憶は見えました?」

「い、いいや。どうにもぼやけているな。道中の馬車を最後に記憶が途切れている」


「それではやはり」

「ああ、ラクシュミはただ洗脳されていたようだ。間違っていた、のは、私だった……」


 しゅんと意気消沈して肩を落とすサナティオ。そこにヤトが追撃を掛ける。


「だから言ったのだ。貴様は真実を見る眼も無く、己の能力に頼り切り。だから貴様は迂鈍なのだ」

「……」

「濡れ衣を着させる嵩高な貴様が正義を騙るか。そんなものがエリシアの意思ということか。ふん、とんだ師表が居たものだ」

「うっ……うぅ……」


「失望したぞサナティオ。よもや、そのザマで私に勝てるなどと嘯く――む」

「ヤト」


 サナティオに軽蔑の眼差しを向けて罵倒するヤトの頭が、ヨルンによってコツンと叩かれた。それと同時にヤトの姿が夜人の物に変わっていく。

 そして大聖堂の結界によってヤトは「あぁぁぁ……」と情けない声を上げながら蒸発して行った。べちょりとヨルンが地面に投げ出される。


「痛い……」

「うぅ……初魄ぅ……」


 なんか凹んでいる2人が残された。

 これじゃあ進まんと平太は努めてそれ等を無視。ディアナに向かって話を切り出した。


「あー。それじゃ、俺たちの無実は証明されたと思ってもいいのかねえ?」

「はい。ラクシュミ様は被害者ですし、平太さんもきっと無実なのでしょう。闇の力を使う点は気になりますが……今は関係ありません」


「あーそりゃよかった。じゃあ、俺は帰ってもいいかい? 急ぎの用事が有るんだ」

「いえ……それはちょっと待ってください」


 ここまで作為的な状況が仕込まれていたのに、ディアナは平太だけが無関係とは思えなかった。


 ラクシュミを洗脳し、ミトラスを与えることで無実の罪をかぶせようとした。そのために全てが仕込まれていた。

 一連の流れは『友人』の策略だ。最早そうとしか思えない。


 だが、ここまでお膳立てする知能犯にもかかわらず、平太の様な不確定要素を放置するだろうか? 『友人』にしてみれば平太のせいで作戦が破綻したわけで、何らか別の意図が有ったに違いない。


 しかし、その繋がりがいまいち分からない。


「佐藤平太さん、50歳……趣味は商品開発で、日ノ本会所属」


 確かめるように呟いた平太の情報。その時ヨルンの顔がこちらを向いた。だが、ゆっくりと戻っていく。

 僅か一瞬の出来事だ。しかし、その違和感を見逃すほどディアナは甘くない。


「ヨルちゃん。こっちを向いて」

「うっ……」


「何か知っているの? ヨルちゃんを捕まえた犯人、生み出した真犯人。何でもいいの、私達に貴方の事を教えてほしい」

「……うぅ」


 これまでずっとヨルンは誤魔化してきた。

 自分の製作について、彼女は必死に隠してきた。決して話したがらず聞けば話題を変えてきた。故にディアナも深く聞けずにいたが、そうも言っていられなくなってきた。


 護衛を付けてもヨルンは狙われる。街に来ても構わず敵は襲ってくる。

 ならば、こちらから打って出るしか未来は紡げない。私は貴方を救いたい。そんな決意で、ディアナはジッとヨルンの事を見つめ続けた。


「……日ノ本」


 そしてヨルンは申し訳なさそうに、ぽつりと秘密を打ち明けた。


「私は、日ノ本で生まれた……から」

「そう……そうなんだね。教えてくれありがとう」


 ディアナの目がゆっくりと『日ノ本会』所属である平太に向かう。

 平太は目を見開くと、凄まじい勢いで首を振った。


「待て待て。違う、俺は知らない。俺は何も知らないんだ!」

「……分かっています。もう、貴方を疑うつもりはありません。全ては『友人』の策略でしょう。ですが、話してもらいますよ貴方の事情も」


 ヨルンを捕らえる闇に堕ちた聖女が現れて、それを守るために登場した人物が、実はヨルン製作に関わる日ノ本会所属という状況。 

 だが、それらが実は犯人ではないという衝撃の真実。


 なんだこれは。もはや笑えて来た。

 偶然か? いいや、ここまでの偶然など起こってたまるか。これで仕組まれていないと、どうして言えようか。

 なんと綿密に計画された同士討ち。ディアナはいっそ感嘆したくなる程だった。


 だが、もうちょっとだ。

 もうちょっとで、ラクシュミの言った『友人』の影が見える気がする。

 銀鉤が遺してくれた言葉を切っ掛けに、ディアナは『友人』の微かな足跡を追っていく。


 日ノ本会とはなんだ? 平太と聖女の繋がりは何だ? どうして、このタイミングで街に来た?

 聞けば、平太は教えられないことも多いぞと前置きをしたうえで語り出した。


「俺とラクシュミはいわば、スポンサーと発明家の関係だ。この街には同じ日ノ本会のハルトに助けを呼ばれて来たんだ」

「……ハルト?」


 また怪しい奴が出て来たぞ。

 ディアナはそいつが『友人』なのではないかと予測を立てる。だがそれは平太がすぐ否定した。


「ハルトは違うな。あいつは今、迷宮の奥底で教団に襲われて遭難してるらしい。それで俺は『助けてくれ』って呼ばれて来たんだが」

「それはまた……タイミングが合い過ぎです。欺瞞ではないですか?」

「……可能性はゼロじゃない。だけど俺はハルトが撒き餌にされたと思ってる。なにせ、もっと怪しい奴が他にいる」


 そして平太が核心を付く情報を齎した。


「現在の日ノ本会は3人構成だ。俺と、ハルト……そしてあと1人。ここまで日ノ本会の情報を知りながら、俺たちを嵌められる人物を俺は彼1人しか知らない」


「それが、その『友人』だと?」


「ああ。アイツは常にこうやって情報を探っているんだ。俺達を罠に嵌めるのも簡単だろうよ。……ここら一帯の端末はサナティオの光で壊れたようだがな」


 平太がそう言って差し出した掌の上には黒いハエに見える魔力の塊が乗っていた。しかし、すぐボロボロに形を崩すと風に吹かれて消えていく。


「日ノ本会、最後の1人にしてヨルンを生み出した真犯人。そして俺達を利用した裏切り野郎。人間としての名を捨てたソイツは今、黒燐教団で【慈善】と名乗っている」


 倫理を知らぬ狂信者。敵味方諸共、罠に嵌めようとする天性の策略家。


 最後の巨悪がついにディアナの前へと正体を現した。



おおぉっと、ここで大外から【慈善】が飛び出した!

ぐんぐん加速する! 速い! 速いぞ慈善!

一番人気だったラクシュミも、対抗平太も、慈善の猛追になすすべ無し!


さあ、最終コーナー回って直線!

慈善が黒い流星の如く風を切る! 先頭集団並んで一気に抜き去った!

慈善が止まらない! もう誰にも止められなぁい!


慈善! いま、悠々と1着でゴーーールイン!!


GⅠヨルン製作者カップを制したのは、黒燐教団の最高指導者【慈善】だぁ!

それでは皆さん、また次回!



名探偵ディアナ「真実はいつも一つ!」

慈善「?」



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― 新着の感想 ―
[一言] まさかここに来て大物がくるとはな・・・どうなってしまうんだ
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