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コミュ障TS転生少女の千夜物語  作者: てぃー
3章

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64/73

囚われのヨルン

 ついさっきまで迷宮にいた俺だったが、今はよく分からない場所にいた。

 ヘレシィに「ある場所に送らせて欲しい」と言われて、了承した結果なんだが……どこよここ。


 なんだか狭い場所に押し込められたような感じで、体を丸めた姿勢が強制されている。


「おー、い……誰か?」


 人を呼んでみても反応無し。

 しかも真っ暗で状況が分からない。手足に触れるものは細長く、冷たい鉄の様な感じなのだが……。


 ぺたぺたと触ってみる。

 うーんこれ、なんだ? うーん……あ。


 あー、分かったわ。檻だこれ。

 ……いや、檻だよこれ!?


「ヘレシィ……!?」


 何考えて、俺を檻の中に転送したんだよ!?


 嫌がらせ? いや、人を檻に突っ込むとか、度を越えて人身売買に踏み込んでねぇか!?

 安全って言ったじゃないですかー! やだー!


 ガタガタ揺さぶってみるけど、檻から出れる気はしない。ガッチリ閉じ込められている。


 え……まさか騙された? ヘレシィの策略で、ここからヨルンちゃん奴隷ルート突入です? 今更気付いても、もう遅いってやつ?


 いや。いやでも。

 ヘレシィは聖女さんのお母さんだし、そんな事はしないはず。


 つい疑ってしまったが、冷静に考える。

 ヘレシィは俺が喜ぶと言っていた。だから悪い事ではないはずなのだ、これは。


 もっとよく見ろ。何かあるはずだ。


「あ、フェレ君」

「きゅ~……」


 そして、気が付いた。

 俺の胸の下で圧し潰されている、白い動物。


 この顔は……フェレ君! フェレ君じゃないか!

 

 そうか。ヘレシィは迷宮に入った後、何らかの方法――おそらく霧降山だろうが――でフェレ君の居場所を見つけていたのか。

 そして俺を驚かそうと深く言わず、フェレ君の下に転移魔法で送ってくれた。


 つまり、これは彼女なりのサプライズだったのだ。


 だが惜しむらくはフェレ君が、すでに捕獲されていた事。

 そのせいで俺は檻の中に転移してしまった。


 ヘレシィ……もうちょっと考えてやってくれよ!

 檻だからよかったけど、フェレ君が下水道とかに居たらどうするつもりだったのさ。

 気付いたら汚水塗れとか、さすがに温厚な俺もブチギレるよ? 


 ……でも、ありがとう。

 可愛い可愛いフェレ君を、やっと見つける事が出来たことが嬉しくて、涙が潤んできた。ぎゅっと抱きしめる。


「フェレ君~」

「きゅきゅ~……」


 なんか反応が弱いな。フェレ君は感動してくれない系男子?

 と思ったら、フェレ君は俺に抱き潰されて目を回していた。

 

 あ……ごめん。

 二度目の圧し潰しは、ごめんね。


 生きてる?

 ……よし。大丈夫そう。よかったよかった。


 

 今度帰ったらフェレ君用の飼育用品一式を買ってこよう。ごめんね、それでもう捕まらないはずだ。なにせ、ずっと首輪をしてなかったからね。捕獲されるのも仕方なかったのだろう。


 ――なんて思ってたら、急に檻が揺れた。


「……!」

「……!」


「え?」


 どうも檻を持ち上げられたようだ。ぐわんぐらん世界が揺れる。


 あ、ヤバイヤバイ。

 おーい、入ってる! 人が檻に入っちゃってるよー!?


「よー?」


 ……聞こえた? 聞こえてない?

 外からほんの僅かに人の話し声が聞こえてくる。しかし、それは檻の持ち手という至近距離の会話にしては、蚊の鳴くような微かな声量だ。

 まさかこの檻、中の動物が鳴いても五月蠅くない様に防音機能付きですか? すごいや高性能!


「やーめーてー」


 でもそんなの付けられたら、俺の声量で突破出来る訳無いじゃないですかー!


 今の「やめて」だって結構、大声で叫んだつもりだ。それこそ悲鳴みたいに頑張った。

 なのに出てくる声は、まるで友達にじゃれつかれて、笑いながら文句をいう女の子みたいな声量。これは駄目ですわぁ……。


 檻の隙間から手を出せば、気付いてくれるかな?

 この檻が真暗なのは、布がかぶせてあるからっぽいし、それ位なら手で押せるはず。


「やーめー……痛い」


 ちょっと!? なんか叩かれたんですけど!?

 檻の隙間から指だしたら、暴れるなって叩き付けられたんですけどー!?


 おいおい、こいつらペットの扱いなって無さ過ぎだろ。そんな暴力に訴える飼い主いる?


 あーもう、俺をどこに連れて行くつもりだよぉ……。

 檻は壊せないし、声は届かないし、運び手は乱暴だ。気分が下がる。


 たぶん夜人召喚すれば一発で解決するんだけど、運ばれている最中に無理に召喚すれば、運び手が危ない気がする。

 夜人って普通に巨体だし、それに俺もストレス感じてるからね。夜人が運び手に敵意むき出しになるかもしれない。


 しょうがない。もうちょっと待つか……。

 運搬が止まって落ち着いたら、また対策を考えるとしよう。



 と、ようやく不安定な移動は終わったようだ。

 檻が降下していき、ゆっくり地面に降ろされた。ちょっと待って周囲に人がいなくなるまで待機。声は元から聞こえないけど、気配も読めないけど。なんとなくで待つ。


 ……よし。そろそろ良いかな?

 さぁて、じゃあ脱出するとしましょうかねぇ。


 なんて思ってたら、檻を包む黒い布がはぎ取られ、一気に世界が明るくなった。


「――!? ――!!」

「あ、聖女さん」


 驚き。

 檻の外には聖女さんが立っていた。彼女も俺を見て、驚きで息をのんでいる。


 あー、うん。そりゃ檻の中に子供がいたら驚くよね。そりゃそうだ、なんかごめんね。

 でも俺は「何でいるの?」という驚き以上に、「助かった」という思いが強かった。

 

 安堵した表情で、檻の隙間から手を伸ばして「助けてー」と言ってみる。

 ぎゅっと手を握ってくれた。嬉しい。


 ……ところで、ここ何処ですの?

 なんで聖女さんいるの?







 聖女ラクシュミが大聖堂に到着したのは、正午を少し回った後だった。


 聖教国からここまで殆ど休みなく移動してきたからか、挨拶に来たラクシュミは疲労を隠せていない様子だった。

 そんな状態で天使に謁見して貰うのは双方に対しても申し訳ない。


 私は「長旅で疲れたでしょう」と挨拶もそこそこに切り上げて、彼女たちには一度客室で休憩して貰うことにした。その直後、マーシャから連絡を受け取って、ヨルンの誘拐を知ったのだ。


「街を封鎖します。すぐに全ての門を閉じてください。緊急事態ですので、領主殿には事後報告で構いません。もしも苦情や異議が来た場合は私に回してください。後で聞きます」


「は、はい! ですが、もしも領主様が強固に抵抗される場合は如何致しますか……!」


「事態が収束するまで、なにが有っても開門は許可しません。強気で当たって、それでも厳しければ、残念ですが特例条項の発令を現場判断で出して構いません。領主から南都統治権の一時剥奪を行います」


「了解しました! 復唱します! これより全門閉鎖、抵抗ある場合は交渉、それでも駄目なら武力にて強制執行を行います!」


「はい。次に聖堂騎士。総員、武装状態で戦闘待機してください。司祭、助祭各員は担当地区で異常がないかの確認をお願いします。どこから教団が攻めてくるか分かりませんよ。急いで」

「ッハ!」


 歩きながら命令を飛ばす。

 ガチャガチャと重苦しい音を立てて、全身鎧の聖堂騎士達が伝令に回ってくれた。


「まだ聖女ラクシュミ様は気付かれていませんね? 可能な限り、こっちが動いていると悟られぬように平静を装ってください」


 客室から遠いこの位置ならば、多少騒がしくてもバレないだろう。

 せっかくマーシャが懸命に送ってくれた情報だ。有用に使わなければいけない。これ以上、教団に先手は譲らない。


「それで、サナティオ様の方はどうですか? 見つかりました?」


 最低限の指揮が終わったら、次に動くべきはヨルンの捜索だ。

 目をつぶって静かにヨルンを探していてくれたサナティオの方を振り返れば、彼女の頬に一筋の汗が流れるところだった。


「ああ……見つけたぞ。しっかり見えている。真っ暗な所で身を丸める様にするヨルンの姿が在った」

「なるほど。場所は?」


「……」

「サナティオ様?」


 無言で答えにくそうにするサナティオ。

 彼女はゆっくり目を開くと、自分の足元を指さして、重苦しく言った。


「ヨルンの今いる場所は……ここだ」


 ――ここ。アルマージュ大聖堂。

 ヨルンは今、私達が居る本拠地で囚われている。


「っ!?」


 嘘だ、とか。

 そんな馬鹿な、とか。

 サナティオの千里眼を疑う様な気持ちは湧かなかった。どちらかと言うと「やっぱり」という感情が強く表れる。


「スマンが、私の千里眼では正確な場所までは分からない。せめて見える光景から、ヒントが得られれば良かったんだが……」

「問題ありません。ラクシュミが乗ってきた馬車から探りましょう」


 ここまで全て、マーシャがくれた情報通り。こうなると嫌でもラクシュミが怪しくなってくる。


 聖堂の敷地内には厩舎が存在する。

 馬車もその近くに止めるようになっており、客人であってもそれは変わらない。ラクシュミの馬車も留められているはずだ。


 焦っているとは思われないように、しかし急いで向かう。


 見つけた。ラクシュミが乗ってきた馬車だ。

 大きな駟馬で、豪華な職人仕立ての装飾が施された煌びやかな車は嫌でも目立つ。


 許可を取る必要は無い。失礼だが、無断で検分させてもらおう――と、思ったら中から人が出てきた。慌ててサナティオと物陰に身をひそめる。


「あー重いなこれ。で、コイツを何処に置けって言ってたっけ、ラクシュミ様」

「誰にも気付かれない場所に。だそうだ」


「はぁん。まあ、見つかるわけにはイカンわな。特に天使様や大司教様には」

「そうそう。これは『ペット』だからな。聖堂に連れ込んだのを知られたら、もう大激怒だよ。俺たち首が飛ぶかもなガハハ!」

「おい。雑談が過ぎるぞ。黙って手を動かせ」


 ペット? なぜ、ラクシュミはペットを隠そうとする?

 それに、ペット用にしては巨大な箱だ。布が掛けられており中身は見えないが、まるで人一人入りそうな程の大きさ。それに三人掛りで運んでいる様子を見る限り、重さもある程度しっかりありそうだ。


 サナティオと顔を見合わせる。

 怪しい……この上なく怪しい。


 観察を続けていたら箱に掛る布が動いた。

 中から何かが飛び出したように、布を突きあげている。


「うわっ、ビックリしたな! 何だおい。暴れるな! 引っ込め!」

「おい、あんまり手荒い事をするなよ」

「分かってる。だが、コイツが驚かせやがるから……! 身の程を知れ!」


 運び手の一人が、腹立たしそうにガンガンと箱を叩く。

 今、布を押した存在……まさかと思うが、人間の手のように見えた。ヨルちゃんのように小さな手。それを、アイツ等は叩いたのだ。身の程を知れと、見下すような言葉を放ち。


「……」

「おい、その怒気を収めろ。まだ決まったわけじゃない」


「分かってますよ!!」

「わ、分かってないじゃないか。私に怒るなよぅ……」


 箱は厩舎の裏手、林のようになっている場所に持っていかれた。

 木陰に箱を置いて去って行く運び手達。気配が完全に無くなるのを待ってから私は飛び出した。


 黒い布を一気に剥ぎ取れば……予想通り。


 鉄檻の中にはヨルちゃんが詰め込まれていた。狭い所に無理やり押し込まれたのだろう。小さく体を丸めて、苦しそうに身じろぎする姿は哀憫を誘う。

 予想していても、こんな悲惨な状況を見れば嫌でも私の感情は荒れ狂う。


「大丈夫!? ヨルちゃん!」

「――」


 ヨルちゃんも私に気付いたようだ。驚いた様子。


 何かを訴えているようだが声が聞こえない。おそらく静音の魔法。

 それでも、ヨルちゃんの言いたい事は伝わった。


 ―― 「助けて」。

 ヨルちゃんの唇は、静かにそう動いていた。


 檻の隙間から救いを求めるように伸ばされた手を握って、語り掛ける。


「大丈夫。大丈夫だからねヨルちゃん。私とサナティオ様がすぐ出してあげるから」


 急いでヨルちゃんを出す方法を探すが、鍵穴は……ない?

 いや、それどころか出入口が見つからない。


 まさかこれは魔法製の檻か。


「……不味いですね」


 魔法とは基本的に何でもありだ。

 死者蘇生や因果律、現実改変など。理論上、魔力と制御技術さえ伴えば出来ない事など何もないと言えるもの、それが魔法。


 そんな魔法で作られた檻が普通である保証はない。ましてや製作者は歴代最高の聖女になると噂に高いラクシュミだ。いったい、どんなギミックが隠されているか分かったものじゃない。


「どけ。私が切る」


 魔法の檻を前に戸惑う私。

 堪らずサナティオが、面倒だと言わんばかりに剣を構えた。ヨルちゃんが必死に首を振る。

 

「――! ――!」

「む、駄目……なのか?」


 止めてくれと懇願するような瞳で、サナティオと剣を見つめるヨルちゃん。

 サナティオは最高天使。剣技で神話に名を刻んだ神の一柱だ。間違っても檻ごとヨルちゃんを切ってしまう事はない。それは彼女も知っているだろうし……やはり何かあるのだろう。


 檻に掛っている魔法の解析と同時に、周囲を探れば……なるほど檻の中から闇の魔力を感じた。

 ヨルちゃんの優しい黒とは異なる。

 ほんのわずか、注意して調べなければ見落としてしまいな極少量だったが、確かに狂気を孕んだ闇が存在した。


「ぐ、ぅ……無い! そんな罠は存在しない! それとも、私が見落としているとでも言うのか!?」

「――! ――!」

「落ち着いてください、サナティオ様! 失敗すれば、取り返しがつきません」


 闇に関しては、私やサナティオよりも詳しいヨルちゃんだ。

 懸命に止めてくれというアピールを続ける姿は必死とも言える。無理やり檻を壊せば何かが起こるという事を言いたいのだろう。


「だが、どうするんだ!? 急げ! もうラクシュミがこっちに来ているぞ!?」

「っ!? なんでラクシュミが来るんですか!」


 サナティオの言葉通り、遠くからラクシュミの声がする。

 「こっちですの?」という問いに「へい」と応える箱の運び手。彼がラクシュミを呼んで来たのか。


 まだ厩舎が壁になって見つかっていないが、彼等が来るまで、もう10秒とない。

 どうする……! どうするのが最善か!?


「――ダメだ! 布を戻せッ! 時間を稼げ!」

「は、はい! ごめん、ヨルちゃん!」


 まだ、私達がラクシュミの正体を知った事に気付かれる訳にはいかない。

 ヨルちゃんを救い出せていない今、ラクシュミと敵対すればヨルちゃんの身に危険が及ぶだろう。


 急いで黒い布を檻にかぶせる。その瞬間の、絶望した表情を浮かべるヨルちゃんが目に焼き付いた。


「ごめ、ん!」


 ギリギリと痛む心。

 それと同等の怒りがラクシュミに湧きあがる。


 ヨルちゃんを悲しませた事、私にヨルちゃんを見捨てるような行動を取らせたこと。絶対に後悔させてやる。

 だが、そのために、まずは時間を稼がせてもらう。


 黒い箱の前で待ち構える私達を目にして、驚いたような表情を浮かべるラクシュミ。私達は普段通りの顔でそれを出迎えた。


囚われのヨルン!


ヨルン「やったー聖女さん、出してー」

ヨルン「え、ちょっとまって、なんで天使が剣構えるの?」

ヨルン「待った待った! それは止めて! 危ないって……危ないってー!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 勘違いからどんどん無関係な人が犯人になっていく……くっ、いったい誰のせいなんだ!(すっとぼけ
[一言] もう許さねぇ俺も参戦してぇ
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