等価交換の悪魔
「ここから先は中層なんだが……地図が参考になりそうにない」
大変だと叫んだハルトは、先ほどみせた焦りを感じさせない冷静な声で言った。
隊列を崩してまで集まった探索者から、そんな事で招集するんじゃないと不満の声が上がる。
「あほか! お前は新人か、それとも素人か!?」
「"異変期"だって言ってるだろ! もう前の迷宮は参考にならねぇよ、当然その地図もな!」
異変期――。
それは龍脈から吹き上がる魔力量の変動に伴って、不定期に訪れる迷宮の改革期を指す。
時折、迷宮はまるで生きているかのように姿を変える。
浅層は基本的に不変だが、中層からは劇的だ。一本道は三叉路に代わり、徘徊する魔種も生まれ変わる。昨日来た道が今日は無い。異変期ならばそんな事が多発する。
龍脈から供給される魔力が多ければ迷宮の道は太く、大きくなり、逆に減れば細くなる。一方で質も大切だ。龍脈の魔力が粗悪なものになれば、迷宮は脆く崩れやすくなるだろう。
これまでの坑道にしては悪路過ぎる道も、長い年月をかけて迷宮が作り変えたものだった。
という事を、親切な探索者が教えてくれた。
「そう」
「……だから、聞いたなら興味を持てって」
ここまでは大岩がゴロゴロ転がって、その上を歩くような道だったが、中層からは違う。
泥だ。ここから先は、大人の腰程もある深い泥の中をかき分けて進むような水道になっている。しかも水底は穴だらけらしい。油断して歩けば足を取られて転倒間違いなし。
俺はここから先、無事進めるのだろうか?
なんだろう……転ぶ未来が見えた。
だって水の深さ腰よ?
大人の腰って事は、俺はどこまでくるんだよ。胸のちょっと下まで浸かるか?
うぇぇえ……行きたくない……。
水は汚いし、めちゃ冷たい。もし転んだらそれが全身浸かるんでしょ? 絶対イヤ。
「おいおい、道が水没してるなんか聞いてねぇぞ。まさか魔物まで潜んでるのか?」
「ちょっと待て。今、調べて……いるな。泥の中に結構な数が隠れている」
「水棲種の魔物は無理だ。俺ぁ抜けるぞ」
探索者たちもここに来て、初めて弱音を吐いていた。
水って結構な抵抗があるからね。魚相手に剣を振って倒せるわけ無いし、そもそも敵の姿が見えないから魔物に対処しようがない。
絶対的に不利な状況を前にして帰還の判断を下す人も現れた。彼等は、どう進むか悩む俺たちに一言いい残すと、来た道を引き返していく。
およそ三分の一。
同行を申し出た探索者が減った。
水路を突破する方法がみつからず、引き留める事はできないので手を振って見送る。バイバイと。
さて、どうしようか。ハルト達は大人組みで対策を話し合っているようだし、門外漢の俺は話に混ざれない。 ……暇だ。
「魚」
暇なので、ポケットに潜ませておいたお菓子を水に浮かべてみる。
うわ、すごい勢いで喰い付いてきた。鯉みたいで可愛いと思いかけたけど、目がないや。キモ。
ん、なんか視線を感じた。
どこからだろと探せば、遠目にハルトが俺のことをジッと見つめている事に気が付いた。
「……なに?」
「いや、いいなと思ってな」
いいなって何がだよ。
羨まし気に見つめられたんだが……分からん。お菓子が欲しいのか? やんねぇよ。
彼の視線からお菓子を隠すようにしたら、何故か笑われた。
「む」
「ははは。いや、お前は可愛いなと思ってな。可愛いは良いものだ。……だろう?」
堂々と人を可愛いと褒める男ハルト。すげぇな、陽キャかテメェ。
だけど知ってる?
俺ってこの世界基準だと明確にロリに分類されるのよ。……ロリコンかテメェ!?
「……」
「うっ」
じとーっと。
ハイライトを失った目(聖女さん談)で見つめ続けたら、ハルトは大きく一回咳払い。大人組みの中に戻っていった。
そしてやましい事などしてませんよという態度で対策会議に復帰した。
「どうする? こいつらピラニアっぽいぞ、肉食か?」
「いや無理でしょ。ほら帰るわよ! 帰る!」
マーシャは諦めている様子で帰る帰ると騒ぎ立てていた。
そもそもこんな水没洞窟は想定していない。
かつての中層は苔むした洞窟って感じだったらしい。当然、持って来た装備ではまるで不適応。強行突破すれば犠牲がでると言って撤退を勧めてくる。
それに対抗するのはヘレシィだ。
「落ち着いてくださいマーシャさん。騒いでも事態は好転しませんよ。ほら、落ち着いて……?」
「うっ」
「こういう時は、一緒にどうすればいいか考えればいいんですよ。皆で案を出せば、何か良いものがあるはずですので」
「そう、ですね。うーん……」
彼女は優しく叱責すると、落ち込んでしまったマーシャの頭を撫でて熟考を促した。
それはまるで教師のようで、マーシャもドンドンと中層突破に前向きになっていく。それでも中々名案は出てこずに、皆で首を傾げ合う。
「んー……」
でも、たぶん、いける。
昼間でも洞窟内なら夜人を出せるから、彼等の力を借りれば、魚の10匹や20匹なんのそのってやつだ。
けど周囲の目がなぁ。
聖女さんから「無暗に夜人を晒さないでね」とお願いされている事もあって、躊躇してしまう。
帰るか、帰らまいか。悩んでいたらヘレシィが声をかけてくれた。
「そうねぇ。ヨルンちゃんはそのフェレ君が好きなんでしょう? それとも、諦められるかしら?」
「……あきらめない」
こんなところで引き返すなら、ここまで来ていない。
手段が残っているならまだ続けたい。そんな意志を籠めて、ヘレシィを見つめると笑い返された。
「そうね。私も小さい頃ペットを飼っていてね。犬、みたいな子だったんだけど……ええ分かるわ、その気持ち。貴方も本当にフェレ君が好きなのね……」
「ん」
じゃあ、進むとしようか。
ヘレシィ枢機卿はお偉いさんだから夜人を見せるのはちょっと怖いけど、聖女さんのお母さんだし大丈夫だろう。もし怒られたら、あとで聖女さんに謝っておく。
だが、水棲種の魔物退治を夜人にお願いしようとする寸前。
ヘレシィに頭を撫でられて、後ろへ下げられる。
「仕方ないわ。ちょっと予定と違うけど、ここは私が一肌脱ぎましょう。だって、フェレ君のためだものね?」
「ヘレシィ?」
「息を止めて。布が有れば口と鼻を覆ってね。まず大丈夫だと思うけど、念のためね」
水辺で屈んだヘレシィは二本指を立てると、水中へと突き刺さた。
――詠唱。
青白い閃光が空間を染め上げて、次の瞬間には目につく範囲の水が全て凍り付いていた。
吐く息が白い。煌めく結晶が空中を漂っている。……なんじゃぁ、こりゃぁ。
「これが、枢機卿……」
「っおいおい、マジかよ」
マーシャとハルトは絶句していた。
魔法発動まで3秒。効果範囲は視界内の全て。
泥を一瞬で完全凍結させたのを考えると、汎用性やばそうだ。
空気中を対象に発動できれば対人性能半端無さそう。うへぇ、枢機卿こわぁ。
……というか、こんな簡単に出来るなら、さっきまでの議論はなんだったん?
「――!! ――!」
ん……なに? なんでヤトはそんなにアピールしてるの?
それ位、俺もできるって?
ああ、いや。久しぶりの活躍の機会を取られて拗ねてるっぽいな。
ヘレシィに指を向けてライバル心を燃やしている。
▼
浅層は岩道。中層は水道。
そして辿り着いた深層は、何もない、ただの坑道だった。
崩落防止の坑内支保が丹念に組まれた真四角の通路は、おそらくかつての坑道の姿だろう。これまでのように歩き辛い道ではないし、道中でちらほら見かけた魔種の姿も見当たらない。
本当に廃坑になっただけの通路のようで、それがまた異様に感じられる。
「……静かね」
「魔種狩りは中層が主戦場で、深層は基本的に人が立ち入らない場所だ。でも魔種が一匹も居ないのは不自然すぎる、気を付けろよ」
先頭を進むハルトの警戒が増していく。
こういう静けさこそ何かが起る前兆らしい。
「ヨルンちゃん、ちょっと近寄って。この気配は……」
ヘレシィがこれまでにない、真剣な表情で俺を引き寄せた。
ドキドキする。
俺としては普通の暗い洞窟にしか感じないのだが、周りの人が緊張してくると、俺までそれが感染するようだった。
誰も話すことなく無言の時間が過ぎる。何十と言う足音だけが耳について、心臓の鼓動まで聞こえてくるようだ。そして、そのまま進むこと暫く。
「――あぁあああ!!!」
断末魔のような声が坑道内を反響した。
「なんだ!? 悲鳴!?」
「後方よ! 探索者の方ッ!」
敵意は感じなかった。異変も無かった。
なのに、突如悲鳴が上がり、隊の緊張感はピークを迎える。
「剣を抜け! ただし切る前に人物を確認しろ、同士討ちは避けろ!」
ハルトは大声で指揮を執り、全速で後方部隊に向かった。俺もそれに続き走る。
事件が有ったのは、最後列。
現場へと辿り着いた時、悲鳴の主は他の探索者に囲まれてうずくまっていた。
「体が、俺の体がぁ!?」
彼は貧民上がりの若い探索者だった。
しかし、今現在、その体はみるみるうちに無残なものへと変わっていくところだった。
張りのあった力強い腕が、枯れ木の様な細腕へ。
頭髪は白く薄くなっていく。皮膚は弛み、しみがあちこちに浮かび上がった。
悲鳴を上げるたびに歯が抜け落ちるようで、ポロポロと黄ばんだ白い何かが地面に転がっていく。口端から落ちる涎が止められず、思わず腕で拭うが、その衝撃で皮膚まで裂けた。血は噴き出ない。もう、それだけの循環が機能していない。
「うわ」
「ヨルンちゃん……ダメよ」
ホラー映画かな?
なんで、健康な人が数秒で老衰寸前の老人に変わるのか。
気持ち悪いし、見たくねぇなぁと思っていたら、ヘレシィが俺の目を覆ってくれた。見ないでいいという事か、やさしい。
「この馬鹿! その手の奴はなんだ! テメェ《《黄金を拾いやがったな》》!?」
「あぁ!? 自業自得じゃねぇか! くそ! 触んじゃねぇジジイ――止めろぉ! それ以上、俺に黄金を近づけるな!」
「た、助けてくれぇ……誰かぁ。金ならやる! 金ならあるんだぁ!」
「駄目だな。コイツはもう死ぬ。ギリギリ老化が止まったところで、連れて帰るのは無理だ」
ざわつく探索者達だが、原因が分かったらしい。
視界を隠されている俺には見えないが、なぜか老人になった若者が責められている。で、黄金って何?
「なに? なにが有ったの?」
「……分からない。分からないの。でも、彼は確かに老いている」
決してあの現象は幻覚じゃないとヘレシィが言う。そして、治療方法が無く、彼の命は燃え尽きる寸前だという事も。
近寄ってきたハルトが緊張した面持ちで事情を話してくれた。
「あれは【等価交換の悪魔】だ。手の施しようがない」
「等価交換? 悪魔?」
悪魔は欲深い者の目の前に現れ、その者が望む事をしてくれる。
金が欲しいと思えば黄金を置いていく。力が欲しいと思えば望む限り授けてくれる。
ただし対価を奪われる。
金ならば、それを稼ぐだけに掛るだろう時間を奪われるし、力なら代わりの機能を代償に支払う事になる。
死ぬ間際に金が欲しいか。五感を失ってまで力が欲しいのか。等価交換とは言うけれど、本当の等価では決してない。故に悪魔なのだとハルトは言う。
「悪魔も、魔物?」
「分からない。悪魔の姿を見た者は誰も居ないんだ。噂では、道端に落ちていた黄金を拾う強欲な者が、ああなるとは聞くが……」
「だが悪魔は魔力の豊富な場所でしか現れない。つまりこの先に霧降山があるって訳さ。おい、俺たちは先に行くぜ?」
「むっ、おい待て! 先行は危ないぞ!」
老人の事はもうどうでもいい様子で、血気に逸った探索者が次々とハルト追い越して歩き始めた。フラグ?
あっという間に見えなくなる他の探索者は見送って、俺たちはどうしようか話し合う。
老人となった探索者は、歩くこともままならない様子で壁にもたれ掛っている。まさか置いていくわけにもいかないだろう。
「お菓子。食べる?」
「……ありがとうなぁ」
とりあえず、残っていたお菓子を差し出してみる。
老人はお礼を言いながらも受け取ることは無かった。
殆ど目も見えて居ないようだ。俺の方を見ているのに、目線が合わない。
「要らない?」
「ああ、食欲がなぁ。なぁ、あいつらはだれも居ないのかぃ?」
「居ないよ」
「そうか……俺ぁ薄情な仲間を持ったものだなぁ」
周囲から仲間の探索者が誰も居なくなった事を知って、老人は目尻に多くの皺を寄せて、泣き笑いを浮かべる。膝の上に置いた大きな黄金を撫でながら静かに語り出した。
「夢を。夢を見たよ……若いころの夢だ。俺は貧乏だったから、どうしても金が欲しかった。そして夢から覚めたら、黄金を握っていた」
「でも老いた」
「そうさ、気をつけなぁ。悪魔は、俺自身だった。命を賭けても欲しいと、願ったんだ……だから、この金が、俺の命だったんだ」
「意味が分からない」
「なぁに……みんな、すぐに分かるように、なる……」
老人の手から黄金が滑り落ちた。
もう腕にも力が入らないようだ。
「……落ちたよ?」
黄金を拾い上げて、老人の膝に戻してあげる。
だけど反応がない。すでに彼の命の灯は消えていた。
「……」
……こっわ!!
いま目の前で一人死んだぞ!?
迷宮怖いんだけどー! もう帰りたいんだけどー!!
「あぁあわああーー!!」
「体が! 俺の体が無くなったぁ!」
そして響いてくる先行者達の悲鳴。
しかしそれも一瞬の事で、すぐに静かになってしまった。恐らく……死んだ。
「ひぇ」
迷宮ってヤバイのな……ヤバイのな!?
よーし決めた! 帰る! 帰るぞ、みんな!
マーシャ! ハルト! ヘレシィ!
帰るぞー! 俺に続けー!
「……誰も居ない?」
続けーと逃げる様に走り出したものの、後ろを見れば誰もついて来てくれなかった。
よく見れば老人の死体すら消えている。
気付けば俺はたった一人で迷宮に取り残されていた。
▼
「願いを叶える迷宮、ね……。ありえないわ、馬鹿じゃない」
思考がクリアになっていくのを自覚して、マーシャは大きくため息を吐いた。
なぜ、自分は迷宮への突入に同意してしまったのか。
なぜ、突如現れた枢機卿を怪しまずに唯々諾々と従ってしまったのか。
完全にしてやられた。
頭を撫でる動作に合わせて、ヘレシィから思考誘導を受けていた。彼女から離れる事でそれを自覚できた。
ヘレシィの目的は分からないが、少なくとも味方とは思えない行動だ。次に有ったらとっちめてやろうか。それよりもディアナからお願いされたヨルンを危険にさらしてしまった事をどう謝るべきか。
マーシャはイラつく感情を頭を掻きむしることで発散する。
「……でも、これはヘレシィの攻撃とは違うのかしら?」
これまでいた洞窟とは異なる光景。
丁寧に剪定された数本の木、風になびく咲き誇る花。美しい庭園の中央にマーシャは立っていた。
小さな池は、水の流れがないにもかかわらず澄み渡り、小さな魚が優雅に泳ぐ。木陰に置かれている机の上には数冊の読みかけの本が置かれていた。
本に挿された栞の位置から考えると、おそらくあの日。
マーシャは懐かしい生家を見た嬉しさよりも、腹立たしさが湧きあがってくるのを自覚した。
「ハルトとヨルンは……居ないか。当然ね」
恐らく、これは幻覚だ。
マーシャの記憶を参考に作り上げられた世界、あるいは自分の記憶そのものか。
ならば脱出するには……そこまで考えた所で声が聞こえた。
『マーシア! 喜びなさい、貴方の婚約者が決まったのよ!』
『お母さま?』
何時からそこに居たのか。
木陰の机には幼い時の自分が居た。読んでいる本を置いて、走り寄ってくる母親に目を向ける。
「っ……そうくるって訳?」
マーシャは嫌そうな顔でその女を見つめると、思い出す様に台詞を口にする。
「……これで貴方もロートティスマン家の役に立てるのよ」
『これで貴方もロートティスマン家の役に立てるのよ! 見なさい、相手は貴族様よ!』
『貴族様……? わぁ』
母親の差し出した見合い写真には、気障な中年が映っていた。
戦装束を身にまとい、剣を掲げる写真映りを気にした一枚。経歴はさすがのもの。王国騎士団の要職に就いており、家柄も良好。
これだけ見れば世の中の浮かれた女連中は、黄色い悲鳴を上げて集まってくるだろうとマーシャは思う。
当然、浮かれた女連中よりも愚かな母親はもっと醜く浮かれていた。
この貴族と繋がりを得る事が出来れば、家はさらなる栄華に栄えるだろうと鼻息荒くなっている。だが、幼いマーシャは彼の経歴で一つ、嫌な所を見つけてしまった。
「なんでこの人は、一杯結婚してるの?」
マーシャが思い出しながら一言ずつ口ずさむ。幼いマーシャが続いた。
『ねえ、お母さま。なんでこの人は――』
貴族なら重婚制度は有り触れたものだ。忌避する理由にはならないし、幼いマーシャも説明されれば納得して嫁いだだろう。それだけならば。
しかし経歴には大量の結婚歴と、同じだけの離婚歴が並ぶ。《死別》の明記と共に。
『大丈夫。貴方はお家の礎になるのよ。未来の為に、兄弟のために。ねえ貴方は賢いものね……もう分かるでしょう?』
その時の母親の顔は、覚えてない。
幻覚の中ならばしっかり見れるかと思ったが、どうやらダメらしい。マーシャの記憶に無いことは再現できないのか、幼いマーシャへ向かって嬉々と語る母親の顔は、まるで存在しないかのように黒く塗りつぶされていた。
「ッハ! 分かんないわねぇ。そんなの、今でも私には分からないわよ。お母様?」
叶うならば、互いに尊重できる家族が欲しかった。もっと優しい母親が欲しかった。そうすれば、家出なんかしないで済んだのに。
昔の光景を思い出して感傷に浸るマーシャだったが、次の瞬間、己の失策を悟った。
「っ!?」
幻覚が崩壊して、世界が崩れていく。魔力が急激に体から抜けていく。
そして目の前で形作られていく一人の人間。母親に似ているが、違う。母親はそんなに穏やかには微笑まない。
「まさか、これ!」
――【等価交換の悪魔】。
マーシャは、己がそいつの術中に嵌っていた事に気が付いた。
「っく、こいつ! ふざけって……!!」
なんとか抜け出そうとするが、それよりも早く、急激な魔力喪失に意識が消えていく。
人一人を創造する気か。無理だ、マーシャの魔力量では到底造れっこない。では、魔力が足りないならば?
丁度いい材料が、ここにある。
「やっぱり悪魔か! この野郎っ! 止め……!」
マーシャの体が指先から崩れる様に解けて「母親」の体へと吸い込まれていく。肉体をすり減らす様な激痛にマーシャが悲鳴を上げた。
過去の世界が完全に崩れ去った時。新しい「母親」は生み出された。
しかし対価としてマーシャの肉体は半分以上が持っていかれていた。へそから下が無い。左腕も失った。断面から夥しい血液を漏らしながら、光の消えた目で虚空を見つめる、鼓動の無い肉体。
変わり果てた娘の姿を、母親だけが悲し気に見つめ続けていた。
お願い、死なないでマーシャ!
あんたが今ここで倒れたら、ディアナやヨルンとの約束はどうなっちゃうの?
魔力はまだ残ってる。これを耐えれば、悪魔に勝てるんだから!
次回、「城之内死す」。デュエルスタンバイ!




