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コミュ障TS転生少女の千夜物語  作者: てぃー
3章

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聖女という存在

「ああ、待って貰おうか。お前が黒燐教団という輩だろう?」


 黒燐教団と「サン」によって襲撃され、混迷と化した聖堂に現れたのは美しい女性騎士だった。

 白銀に輝く軽鎧と剣、研ぎ澄まされた気配は強者の風格を纏っている。だがそれ以上に目を引くのはその背中から生えた純白の翼たち。実に6枚。最高位天使の証明だ。


 天使から放たれる神気は目に見えるほど。彼女が足を踏み込むだけで、床にあった黒い泥は蒸発していく。跡に残るのは清浄なる場。


 意識の残っていた者達は無意識に息をのんだ。

 大聖堂が攻撃されるという一大事に救世主が降臨なされた。あり得ない奇蹟を目の当たりにして、無言で涙を流す聖職者も多い。

 神話でしか記されぬ武の極点、聖なる騎士(サナティオ)その者が姿を見せたのだから。人間であれば、その威光だけで平伏してしまう。


「……そう」


 ただ一人。サンを除いて。


「私は黒燐教団じゃない……と言ったら?」


 彼女は天使を試す様に、あるいは挑発する様に問いかけた。サナティオが鼻で笑う。


「貴様がただの一般人だとでも言うのか? なんとなしに叙任式を襲撃しただけの一般人。はたまた、闇の眷属だと? 初魄や佳宵、銀鉤の仲間だとでも?」


「どう思う?」

「冗談を。闇の眷属はありえんよ。貴様は人間だ。日の下に生まれた人間だ」


 天使を試す。いっそ不敬極まりない問答だ。聖職者としては容認できないのが普通だろう。怒りを覚えても不思議ではない。しかしディアナは、サナティオによる人間宣言を聞いて少しだけ安堵した。


 悪逆を尽くした実験の果てに生み出された存在(サン)であろうとも、神は人間として認めてくれる。それはサンの救いにもなり得るし、きっとヨルンの事も認めてくれるだろう。

 それは絶望に満ちた中で僅かな希望足りえる事。


「とはいえ、もはや人間とも呼べんようだがな」


 ――だと思っていた。

 しかし、加えて齎された情報がディアナを凍り付かせる。


「お前の体には幾つもの魂が混じっている。人間のモノ、醜悪な闇のモノ、果てには【神】の気配まで。3つだ。3つもの魂が複雑に絡み合っている」


 信じたくない内容。

 けれどサナティオという、全てを見通す千里眼の持ち主の言葉は疑う事すら許さない。


「三つの魂を持つ者、【神】にすら手が届きうる力。なるほど、アイツの言葉を借りるなら……貴様が黒燐教団の黒い太陽(サン)という奴か? ふふ、面白いじゃないか。人間にしてはジョークが効いている」


 何が面白いのか、サナティオは得意げに言い放つ。しかしディアナには全く笑えなかった。


 最高位天使がサンを知っていたのは驚きだが、今はどうでもいい。だが魂が三つ? それが絡み合っている? サンの体に闇が巣食っているというでも言うのか!


「そんなっ……!」


 そんなの内側からバケモノに犯されているのと変わらない。いいや体だけじゃない、精神や心まで貪られる。


 かつてムッシュから聞いた話の内容を思い出す。

 南都で暴動が起きた時、【純潔】はスラムの住民に闇を寄生させたという。それにより人間は自我を失い、操り人形となってしまった。

 その後で闇を祓っても後遺症は残る。

 多くの被害者が極端に暗闇を怯えるようになったり、物音すら怖がるようになった。重篤な者は物陰を見て独語を繰り返して暴れたり、紙に真っ黒い人型を延々描き続ける始末。そんな発狂者がまだ治療院に多数閉じ込められている。


 闇を体に受け入れるという事は、それほどの事。

 ならばより長い時間犯されているサンは、どれほどの苦痛を受けているのか。想像を絶するであろう凌辱を受けて、彼女に人間としての心が残っているのだろうか。


「サン……」


 いいや、あるはずだ。

 そうでなければ、あんなにも悲しそうな表情をする筈がない。多くの複製体を心配し、ヨルンの事を大事にする筈がない。


 言葉にならない衝撃のままにサンを見つめる。しかし彼女は、だからどうしたと言わんばかりに相変わらずの無感動だった。


「それで? 私が黒燐教団だったらどうするつもり?」

「無論、滅するまでの事!」


 サナティオが腰から剣を抜き放つ。躊躇は無い。次の瞬間にはサンに向かって振り下ろしていた。


「――待って!」


 ディアナが慌てて制止するが、その声は掻き消された。

 音を超える一閃に対してサンは無詠唱の魔法で対抗。周囲に幾つもの魔法陣が浮き上がって黒い光を放つ。


「ッ!」

「やるじゃないか黒い太陽(サン)!」


「それは、どういう意味で……っ!?」


 たった一度の交差で分かる、圧倒的実力差。サンの魔法はサナティオの剣を防ぐには叶わない。易々と防備を打ち破って、切っ先が差し迫る。


 しかし一瞬の時間なら稼げていた。

 僅かに作った隙にサンは活路を見出す。命を刈り取って余りある威力の一撃を前に、一歩踏み込んだ。天使の剣が滑るように宙を斬る。


「前に出るか! その意気や良しッ! が――」


 密着するほどの距離。サンが天使の腕を掴んで捻り上げようとする。動かない。サナティオは期待外れと冷めた瞳を浮かべた。


「力が足りん!」

「――かは!」


 脚撃により大きく吹き飛ばされる。サンは何度も転がって壁に突っ込こむと動きを止めた。


「弱い。所詮、こんなものか」


 勝てるはずがないのだ。

 相手は神話の最高戦力。対してサンは、人によって生み出された存在でしかない。

 いかに神の器を目指して造られた被験体であろうとも、相手は神その者。勝敗など初めから分かり切っている。


「ふん。戦いの途中でどこへ行くつもりだ? 窓が気になるか?」

「……っ」


 逃走を選択したのだろう。

 サンが目を彷徨わせて、聖堂のステンドガラスに注目すると、サナティオはそれを窘めた。


「逃げるか。彼我の戦力差を理解するだけの知能は残っているか。だが、無意味。お前はここで死ね」


 余裕を見せつけるようにゆっくりと。壁にもたれ掛るサンへと天使が迫る。

 追い詰められたサンは変わらずの無表情。しかしその中に怯えが混じっているのは、ディアナの気のせいか。


 天使が剣を持ち上げる。ディアナとサンの目が合った。

 彼女が助けを求めているように感じてしまったのは、ディアナの気のせいか。


「待ってください!!」


 ――いいや気のせいのはずがない!

 ディアナはサンを庇うように飛び出した。剣を振らせまいとサンに抱き着いて、その身を盾に彼女を庇う。


「エクリプス司教!?」

「一体なにを!?」


 見守っていた聖職者達から驚愕の声が上がった。サナティオも何事かと見つめてくる。


「サナティオ様! 落ち着いてください! 貴方は勘違いされている!」


 許可なき進言は無礼の証。きっとこれは神への反逆だ。どんな理由が有ろうとも、神の歩みを邪魔して良いはずがない。

 だけど、止まれる訳がない。


「彼女だって被害者なのです! だからどうか殺さずに、彼女にも救いの手を!」


 後悔はしたくない。もう二度と、助けられなかった結末なんて見たくない。ヨルンも、この子も守りたい。喉が枯れるほどに叫びをあげる。


「切り捨てるばかりで、悲劇に囚われた子供一人助けられずしてなにが神か! 神なら助けられるはずだ! 事情も知らない勝手な救いなんか欲しくない!」


 叩き付けるように叫ぶ。

 最高位天使相手にこの所業。もう司教の地位も、聖職者としての立場も終わりだろう。でも、今動かなければサンが殺されてしまう。

 ディアナには見ているだけなんて選択はできなかった。


「天にまします我らの母よ。ねがわくは、どうか……どうか我らの罪をも赦したまえ」


 天使の目が怖い。気配が怖い。種としての本能が邪魔をする。上位者を前に平伏せと責め立てる。しかし、ディアナは震える体を押さえつけて気丈に声を上げた。


「……いい度胸だ」


 天使がゆっくりと歩み寄る。ディアナは目を瞑って、沙汰を待つ。


 神に抗った者の末路など決まっている。きっと2人諸共消されてお終いだ。

 ヨルンの事は……ムッシュに託すしかないだろう。残してしまう彼女には心で謝罪する。でも、この子だって見捨てられなかった。

 救いたい者ばかりで結局、誰一人救えない。それがどうしようもなく悔しくて、申し訳なくて。ディアナは静かに涙をためる。


 人間の感傷なんか神の前では無価値だろう。振り下ろされるであろう剣を予想して、精一杯サンを抱きしめる。せめて最期ぐらいは寂しくないようにと。

 そう思っていた。


「ぇ?」


 ならばこれは何なのか。


「……頑張ったな」

「サナティオ、様?」


 振り下ろされたものは断罪じゃなかった。

 神の掌によって、ディアナの頭が柔らかく撫でられる。落ち着かせるようにと何度も繰り返し撫でられる。


「私は向けられた信仰なら読めてしまう。強い想いならその意志まで……お前は、よく頑張った」


 恐る恐る目を開くと、微笑まし気なサナティオが居た。先ほどまで見せていた鋭い気配を霧散させ、太陽の様に暖かい温もりを感じさせる。

 積み重なった不幸への願いはついに神へと届く。ディアナの事情、サンの正体。全てを見通したと神は言う。


「サナティオ様……」


 これまでの戦いは決して無駄じゃなかった。

 何度も挫けそうになった。それでも頑張って立ち上がってきた。それを神は褒めてくれる。ディアナの意志を受け入れ、サンも赦すと神は言ってくれる。


 ディアナは気付かぬうちに、感極まって涙をこぼしていた。

 私の信仰は間違っていなかった。やはり神は偉大な御方だった。そう思うと先ほどまでの無礼が途端に恥ずかしくなってくる。


「だが、すまない。一歩遅かった。【神の器】は完成していたようだ」

「……ぇ?」


 しかし、悲劇は神をもっても救えない。

 サナティオが悔しそうに指し示す先には、苦し気に自分の胸を掻き抱くサンが居た。まるで何かを押さえつけるように耐えている。


「ど、どうしたんですか!? 何があったの!?」

「戦いが切っ掛けになったか。器から漏れ出す闇の気配が強まってきた。出てくるぞ【夜の神】だ」


「器って……それは、ヨルちゃんの……まさか!」


 最初はきっとヨルンが神の器だった。しかし、ディアナの手によって奪われた。複製体を作ってみたがそれも無駄。全てディアナ達で埋葬した。

 ならば教団が次にする事は?


 ――サンを【夜の神】の器として使う事だ。


「そんな、私の所為で……!?」


 誰かを助ければ、代わりに誰かが犠牲になっていく。それはなんと救われない円環か。

 サンという器を突き破るように、徐々に内側から顔を覗かせる邪悪な魔力。今まで感じた事もない深い闇が辺りに満ちていく。


「もはや殺すしか止められん。完全に表に出れば大変な事になる。……いいな」

「そんな!」


 サナティオも辛そうな声色だった。しかし、その決意は固いらしい。剣を再び掲げるとサンへを突き付けた。


 どうすればいい。どうすれば、サンを助けられる?

 ディアナは今にも斬りかかりそうな天使を押しとどめて、自分の腕の中で小さくなって震えるサンを抱き留める。苦しそうな吐息が繰り返される。


「無駄だ。ただの人間が鎮められる訳がない。【夜の神】の気性もそうだ。怒っているぞ、器を傷つけられたと憤慨している」


 夜の魔力は現世を冒す。世界が悲鳴を上げるように軋みを上げた。


「っ早くしろ! そいつは諦めろ! もう誰にも助けられん!」


 もう駄目だと、そこを退けとサナティオが急かす。世界を取るか、それとも全員で死ぬ気かと決断を迫る。

 そんな事を言われたって退けるはずがない。一縷の望みをかけて、ディアナはそっとサンを抱きしめた。


「大丈夫……大丈夫だから。心配しないで、これからは私が守るから。絶対助ける。だから……落ち着いて、サンちゃん」


 微かに彼女の声がした。


「もう、何度も助けられている。重吾も、私も……」

「え?」


 愛おしむような言葉。

 だけどサンがそんな事を言うだろうか? 聞き間違いかとディアナは目を瞬かせる。


「馬鹿なッ!?」


 サナティオが信じられないと声を上げた。それもその筈。世界を破壊せしめんと噴き上げていた夜の魔力が、浄化されるように消えていくのだから。

 黒く、濁っていた空気はディアナを中心として澄んでいく。そして聖堂に再び静寂が戻った頃。サンは穏やかな表情で眠りに付いていた。


「……なるほど。"聖女"か」


 サナティオが納得したように呟く。

 もう彼女にサンを害する気はなさそうだ。世界を壊すという【夜の神】の気配も消えている。


「よかった……っ」


 ディアナは安堵すると、自分の体力が極限まで低下している事に気が付いた。

 瞼を開けている事すら億劫で、気を抜けば意識を失ってしまいそうになる。ふらつく体をサナティオが支えてくれた。


「今は眠れ。心配するな、後は私が何とかしよう」

「はい……お願いします、サナティオ様」


「ああ承った。聖女ディアナよ」


 暖かい陽だまりの中で揺蕩うような心地。ディアナは偉大な神に護られて、久しぶりにリラックスして眠り付くことができた。

 へたり込んで、動けない聖職者たちは信じられないとディアナの事を見つめ続けていた。





 私が目覚めた時、既にサンの姿は無かった。

 申し訳なさそうなヨルンと、「第一蒼天の降臨だ、いいや【聖女】の誕生だ」と大混乱する職員たちがいるだけ。


 聞けば、サナティオが目を離した隙をついてサンは逃げおおせたらしい。監視を任されていた聖職者が懺悔する様に言っていた。

 彼女からまだまだ事情を聞きたかったから残念だが、逃げたものは仕方ない。次に会った時は問い詰めてやろうと決意を燃やす。


 最後の言葉の意味は? なんとか貴方を救い出すことはできないのか? 

 言いたい事は山ほどある。でも今は、なんとか無事だったヨルンの事を抱きしめる。彼女は悲痛な表情だった。


「ごめんなさい、私のせいで……聖女さんの大事な式が……」


 繰り返し謝るその姿に心を痛める。大丈夫だと言い聞かせるが、彼女は納得してくれない。どうにも彼女は教団関係の事件を全部、自分の所為だと思い込む節が有る。


 サナティオが私と同調する様に慰めてくれたが……どうやらヨルンは天使の事が苦手らしい。サナティオに近づかれると固まって、距離を取り始める。

 ジリジリと後退するヨルンの姿は、野生の小動物のようで微笑ましかった。


 教団の襲撃は大規模だったが、犠牲らしい犠牲は無い。

 唯一あるとすれば、最近ヨルンが飼い始めたフェレットの姿が消えていた事か。きっと建物の崩壊に巻き込まれてしまったのだろう。

 一緒にあちこち探して、それでも見つからなかった時は、悲し気なヨルンを慰めるのは大変だったと言っておく。


 色々な事があった。そしてこれからも大変だろう。

 第一蒼天の降臨、「聖女」発言。私を取り巻く環境はまだまだ波乱に満ちていそうだ。だけど、今だけはヨルンの無事を祝っておくとしよう。


 こうして、長かった南都の一日目、激動の叙任式はようやく終わりを告げたのだった。



~ヨルン内心でのやり取り~


夜の神「退いて重吾。そいつ殺せない」

ヨルン「だめだめだめっ! 天使さん殺さないで! もうこれ以上、滅茶苦茶にしないでぇ!」

夜の神「うるさい殺す! 天使殺す!」


聖女「落ち着いて」


夜の神「はい」

ヨルン「はい」


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― 新着の感想 ―
[一言] スン…って落ち着くの面白すぎる
[良い点] こんなん惚れるやろ [一言] ディアナ視点で見たらこの物語ダークファンタジーでおもろいと思った。
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