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コミュ障TS転生少女の千夜物語  作者: てぃー
2章

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閑話 特に意味の無いイチャイチャ

 俺の朝は遅い。

 元々、朝に弱かったが少女ボディになってから殊更ダメになった気がする。仕事もなく、目覚ましも無い。それで早起き出来る訳がないのだ。


「ん……うぅ」

「あ、ヨルちゃん起きた? おはよう」


 窓から差し込む朝日に眉をひそめ、微睡む意識の波間で声が掛かる。

 ぼんやりと瞳を開けばすぐ傍に聖女さんが居た。一つのベッドに二人の体。添い寝だ。


「お、おはよぅ」


 この世界にきて初めて知った事だが、麗しい女性に寝起き顔を見られるのは非常に恥ずかしいものだった。おもわず腕の中にある犬のヌイグルミを強く抱きしめる。


 なんで中身男の俺がぬいぐるみを抱いて寝てるんだと思わなくも無いが、非常に心苦しい理由があるのだ。もしこれが無いとどうなるか……。寝ている間に聖女さんを抱きしめに行ってしまうのだ。

 許されないよねぇ。見た目少女、中身大人の俺がセクハラ公然としちゃだめだよねぇ……!

 

 添い寝してる時点で一線超えてるだろと思いますよ。けど聖女さんの家、ベッド一つしかないし……。俺が床で寝るよと提案した時の聖女さんの顔と来たら、もう、ね。……うん。


「そろそろ、起きる」

「はい、じゃあこれ着替えだよ。今着てるのは洗濯するから、ちょうだい」

「ん、着替える……けど、今このまま?」

「そうだよ?」


 当然のように、俺に脱げと申す聖女さん。

 彼女が部屋から出てくれる気配は皆無。むしろ聖女さんが目の前で着替え始めた。せ、セクハラぁ!


「お、終わった」

「はい。ありがとう……あ、待ってよヨルちゃん!」


 脱いだ服を渡して一人礼拝所に降りていく。ちょっと駆け足になってるのは羞恥からだ。


 聖女さんとの風呂や添い寝は既に何度も経験したこの身だが、恥ずかしい事には一向に慣れない。

 それは俺に女性経験が無いからという事もあるだろう。聖女さんが非常に美人ということもあるだろう。だが、それ以上に


 ―― 見られた、また私の素肌みられた……! ひゃあああ ――


 コイツ(夜の神)の所為な気がする。

 この神様、非常にシャイなようで聖女さんとの触れ合いの度に悶えるのだ。

 ツンデレ、照れ屋、邪神とか要素盛り盛りな神様な事だ。でも内心嬉しそう。かわいいかよ。



 階段を降りれば、長椅子が幾つも置かれたこれぞ教会という雰囲気の部屋に出る。その中でフラフラと佇んでいた夜人達が俺に気付いて影に潜んでいく。


「また、ヤト達……もう」


 彼等は出来るだけ俺の傍に居たいらしい。聖女さんの部屋には入るなと言ってあるから、代わりに礼拝所で彷徨っているのだ。一日中。

 彼等が居るだけで、教会の気配がおどろおどろしくなる。まるで廃教会か邪教の園。おかげで礼拝所に来る村人が見事に皆無になった。


「あ、お」


 消えて行った夜人に囲まれていたらしい場所から何かが走ってきた。俺の足元位のサイズ。それは勢いを弱める事なく俺の膝を駆けあがり、お腹を踏んずけて肩に上る。


「きゅぃん」

「ん。かわいい、かわいい」


 それは何時からか教会に住み始めた子供のフェレットだった。

 真っ白い毛並みはすべすべで獣臭い悪臭もない。ペットを飼った事ない俺にとっては、非常に愛くるしいものだ。


 しかし、俺がフェレットとじゃれて居たら怒った銀鉤が連れて行ってしまった。フェレットが絶望した表情で俺を見ているのだが……銀鉤もペット枠を狙っているという事か?


「ヨルちゃん! ヨルちゃん、もう待ってよ」


 なんてことをしていたら聖女さんが慌てて降りてきた。祭服は少しはだけているし、髪の毛がちょこっと跳ねている。


「駄目だよ。また狙われたら危ないでしょ、一人になっちゃダーメ」

「だいじょぶ。あれ」

「……まあ夜人さん達は居るけどね」

 

 カーテンの隙間や椅子の間からこちらを覗き込む多数の目。

 知らぬ人が見ればホラー間違いなしの光景だが、視線だけならもう慣れたものだ。


 聖女さんは困った顔で祭壇奥に描かれた魔法陣を弄り始めた。俺の身長を超える幾何学模様は礼拝所を守るための破邪結界だ。俺はそれを横から覗き込む。


「まだ結界が直らないね。何だろうこの改変、闇を受け入れるような結界になっちゃってる……ヨルちゃんなにか分かる?」

「んー……分かんない」

「外部から誰かが書き換えたみたい。もう破棄して新しい結界を申請した方が早いかな……」

「ふーん」


 そう言えば、最初の頃はヤト達は礼拝所に入れなかったはずだ。ここで生まれた夜人も一瞬で浄化されていった。それが今では闇の園。

 あ、こら。またヤト達出てきてる。礼拝所で無数の影がうろつくとか怖いから止めなさい。




 午前中。それは俺の勉学時間。

 来るかもしれない参拝者に備えて、礼拝所の一画を間借りして聖女さんとするお勉強会。

 村に来てほぼ毎日。欠かさずやってきた努力は実を結……結……んだだろうか? とりあえず簡単な文章も読めるようになってきた。聖女さんが提示した例文を読み上げる。


「えっと……私は、貴方が好きです」

「うん正解。じゃあ次これ」


「……ヨルは、野菜がキライです」

「はい正解! よくできましたー!」


 べ、別に嫌いじゃねーし!

 苦くて美味しくないから食べないだけだし!


 ―― ……私はきらい ――


 あ、はい。


「いい感じだね。読みはもう大丈夫かな?」

「へへん」

「お、ヨルちゃんいい気になってるね。じゃあ筆記は?」


「……書きは苦手」

「それは練習あるのみだよ!」


 ペンを渡され、好きに文を書いてと言われるのでやってみる。


 日本人が中東辺りの文字を見て、全部同じじゃんと思うようにこの世界の文字はよう分からん。

 なんで言葉は通じるのに筆記が日本語じゃないんだ。文字を繋げて書くんじゃありません! 素人には意味不明でしょ!


「……できた」

「え、えぇっと……? 楽譜?」


 どうやら俺の文章は文字と認識してもらえない様子。

 少し頑張って聖女さんへ俺の想いを書いてみたというのに……。悔しいからその下に日本語で新しく書いてやる。


『聖女さん大好き。いつもありがとう』


 こんな事、口で言える訳ない。恥ずかしい。

 でも日本語なら誰にも伝わらないから自由自在だ。聖女さんはもちろん、ヤト達も読めない。


 日々の感謝、想いを次々書いてみる。

 そしてもう一つ。夜の神への想いも載せる。

 あいつもなんだかんだ、俺たちに気を配ってくれる優しい奴。たまに俺に話しかけてじゃれてくる奴。姿形は見えずとも、分かる事はある。

 

『夜の神もありがとう。可愛いよ』


 俺の中での夜の神像。それは小さな女の子だ。

 人間キライで引き籠りがちな恥ずかしがり屋さん。だけど根はやさしくて、ホントは誰かと仲良くなりたい普通の子。……なんて。


 そんな妄想をしながらつらつらと夜の神への感謝と想いを書き連ねる。

 聖女さんは落書きだと思ってるのか優し気な顔で見てるだけ。そしてもう良いかな、って頃。蚊の鳴くような声が脳内に響いた。


 ―― も、もう無理……はずかしい ――


「……え?」


 え?

 なに? ……まさか読める系? 夜の神は日本語読める系女子?


 聞いてみても神様は無言になってしまった。羞恥で照れている気配だけを残して、すぅっと消えていく。


「ぁ…ぁ…」


 つまりあれですかぃ。

 俺の恥ずかしい告白文は、ぜーんぶ読まれてたってぇ訳ですかぃ。


「あ、あ……!」


 中学二年生が書くようなポエムだったり、ラブレターを友人に読まれたような恥ずかしさ。

 どうしようもない感情がうねりを上げる。かぁっと顔が赤くなり、胸が熱くなる。手足が震えて……


「あぁああああ!!」

「ど、どうしたのヨルちゃん!?」


 とりあえず抹消だ! こんな紙は消滅してしまえ!





 窓から差し込む暖かな午後の光。麗らかというには少しだけ強く、しかし炎天というには穏やか過ぎる日差しは眠気を誘う。


 日がな一日、する事もない俺は現在、礼拝所で椅子に座り日向ぼっこ中。カクンと首が落ちかけたから、慌てて頭を振って覚醒。

 俺の隣には仕事に勤しむ聖女さんがいるのだ。一人だけ眠る訳にはいかない……そう思ってたら、聖女さんが笑った。


「ヨルちゃん眠い? ちょっとお昼寝する?」

「ううん、いい」


 俺は知っている。ここで昼寝を選んだら、朝の様に聖女さんの添い寝が始まってしまう。

 それは俺も嬉しいのだが、問題はその間、彼女の仕事がストップする事。しわ寄せは残業となって現れる。

 しかも夜は夜で俺の生活リズムに合わせてくれるから、聖女さんが残った仕事に手を付けるのは何時も夜中になってから。

 それなのに暢気に昼寝なんて出来る訳がない。


「聖女さんは、ちゃんと寝てる?」

「うん。私は大丈夫だよ」


 この前なんて、俺が昼寝し過ぎた所為で聖女さんが徹夜することになってしまった。だけど彼女は何てことは無いと笑みを絶やさない。

 ……つらい。聖女さんの優しさがつらい。

 まさか、そんな事を感じる日が来るとは思わなかった。


「どんな、仕事してるの?」


 なにか俺に手伝えることは無いか?

 そう思って聖女さんの手元を覗き込んでみる。


「読め……読め、る。うん読める」


 読めるけど……午前中の黒歴史が思い起こされた。

 チラッと見ただけで目線を逸らす。トラウマの所為で文字が読めません!


「本当? じゃあ、ヨルちゃんこれ読んでみて」

「え……秋の、ご飯……おいしいよ?」

「うーん惜しい。これは『当村の秋季収穫見込み量について』でしたー」


「ほぼ正解」

「違うよ?」


 前半しか見てないからね。仕方ないね。

 その時、浮遊感が襲い掛かった。


「わ」

「やっぱりヨルちゃん軽いね~。よっ」


 そして聖女さんの膝の上へ。

 抱きしめる様に後ろから腕が回された。

 

「ちょっとだけ……こうしてて良い?」

「うん」


 俺と聖女さんの身長は頭一つ分くらい違う。

 それは俺が小柄だという事もあるし、この世界の平均身長が高めだという事でもある。だからこうやって膝の上に乗っけられると、如実に体格差がわかってしまう。


 聖女さんは俺をぎゅっと抱きしめたまま無言。息遣いだけがすぐ後ろから聞こえた。


「……」

「……」


 感じるのは互いの鼓動。小さな息遣いだけが部屋に融けていく。


「聖女さん、大丈夫?」

「うん……大丈夫。私は、大丈夫」


 やわらかくも確かな拘束は俺の自由を奪い取る。振り返る事もできないから、聖女さんの手をさすって慰める。

 

 先日の一件から、聖女さんはこうやって俺を抱きしめる機会が増えた。元々スキンシップの多い人だったが、最近の聖女さんの触れ合いはそれとは明らかに変質している。


 まるで俺の存在を確かめるような。そんな抱きしめ方。


「やっぱり、銀鉤の事?」


 ビクリと聖女さんが震えた。

 まあ……そうだよね。目の前で仲良かった女の子がスプラッターなれば、トラウマにもなるよね。


 ましてや聖女さんは強がっているが、まだ成人していない19才。かつての世界でいえば、ようやく高校を卒業したぐらいの女の子だ。

 人の生き死になんて簡単に乗り越えられる訳がない。


「銀鉤は――」


 ――生きてるよ。


 そう言おうと思ったけど止めた。もう何度も言った事だ。あれは全部俺たちのやらせで聖女さんが気に病むことは無い。


 銀鉤は今日もぴんぴんしてる。むしろ礼拝所の隅でフェレットを虐めている。

 だけど聖女さんはそれを信じてくれない。俺が錯乱していると思っているらしい。困ったことに。


「……銀鉤の事は残念だった」


 だから今日の俺はちょっと言い方を変えてみる。


「銀鉤、死んじゃったね」


 視界の隅で銀鉤が衝撃を受けた。フェレットを抱えたまま「え、うそ!?」って驚いてる。


「でも仕方ない。銀鉤も分かってくれる。私達が落ち込んでばかりじゃ、怒られる」

「……ヨルちゃんは、それでいいの? だってあの子は貴方の大切な……友達で……」

「私は聖女さんの方が大切。銀鉤だって、草葉の陰で見ててくれる」


 まあ実際は草葉の陰どころか、すぐそこで見てる訳だが。めっちゃ「ボク生きてるよ」アピールしてるわけだが。

 いいんだよ、お前が今更生き返っても面倒だろ、死んどけや。


「ヨルちゃんは強いね。私なんかより、全然」

「ふふん。私は大人だから強い。聖女さんも撫でてあげよう」


 頑張って姿勢を横にずらし、聖女さんの頭に手を添える。ゆっくり髪を梳かす様に動かせばサラサラの金髪が流れていく。


「聖女さんはまだまだ子供。だから私がお姉ちゃん?」

「……む」


 俺の手櫛を感じ入るように目を細めていた聖女さんが不穏な声を上げた。

 ぎゅっと聖女さんの拘束が強まって、魔力が高まって……え、なにするの?


「私がお姉ちゃんでしょ!」

「え、わっ」


「ヨルちゃんはまだ魔法も使えない子供でしょ!」

「っひゃぁー!」


 ま た こ れ か!

 聖女さんは俺の弱みを見つけたのがそんなに楽しいのか、じゃれ合うたびに魔力を流してくる。


 それくすぐったいんだって!

 そう言って手足をバタつかせるが、何が楽しいのか聖女さんは笑ってばかり。だけどその顔は少しだけ付き物が落ちたようなスッキリしたようなモノだった。


「ひ、卑怯……! 魔法使いはみんな卑怯者!」

「ふふーん。悔しかったらヨルちゃんも早く魔力を使えるようになればいいんだよ。私みたいに! お姉ちゃんみたいに!」


 リュエールの野郎にはこれで負けるし、聖女さんには玩具扱いだし!

 

「いっ、ひゃぁー……!」


 俺だって早く魔法使いたいんだけど!?



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