一歩進んで二歩戻る
「全員距離を取れェェえッ!! 支援部隊は今すぐ倉庫から予備武器を持ってこい! ありったけだ!!」
隊長さんの大声が村中に響き渡り、それと共に止まっていた空気が動き始めた。
「おいおいおい! 化け物あれ一匹じゃねぇのかよ!」
「うるせぇ! いいから動け! ぼさっとするな死ぬ気か!?」
ガチャガチャと兵士さんたちが慌ただしく陣形を変える。
これまでの包囲陣から、村を守るように横陣へ。
「そんな、うそ」
なんとか敵を一体倒した私たちは絶望を前にしていた。
聖魔法での補助を受けた一流の兵士が10人以上――無論、直接斬り合うのは瞬間的なら3人にも満たなかったが――で戦い、なんとか打倒した黒い怪物。それが僅か数秒で復活を果たしのだから。
「ん……! は、くっ…ん!」
いやまた増えた。
黒髪の少女が僅かに苦しそうに身じろぎすると、次々に怪物が生み落とされていく。
数秒前まで1体だったのが瞬く間に5体を超えた。まるで堰を切ったかのように誕生が止まらない。
「……司祭さん。いけるかい?」
「いいえ……できてあと数回、簡単な補助魔法程度です。隊長さん達は?」
「加護無しなら1分。過ぎれば全滅だ。あの数は想定外……そもそも精霊種との戦闘自体が想定外だがな」
隊長さんと小声で相談するが互いに絶望的な報告しかできない。
ようやく怪物の増加は止まったようだ。彼らは少女を守るように立ってこちらを睨みつけていた。
目の前に己の死を突き付けられたようで思わず視線が厳しくなる。どうやら最初から私達に勝ち目は無かったようだ。
「なあ……大霊地とかダンジョン深部にいる精霊種が一杯だぜ。おれ達、夢でもみてるのかな。昼に食った森のキノコが悪かったかな?」
「そりゃいいな。なら見てろよ、俺はこれから無双するぜ。あのバケモン共相手に大立ち回り。はは、明日から村の英雄だ」
武装を半分以下まで削られ、聖魔法の補助はもう無い。
兵士さんたちも気力が尽きたようで諦観交じりに剣先を下げてしまう人すらいた。隊長さんが活を入れる。
「お前ら無駄口を叩くな!! 作戦変更! 裏口から村人を逃がせ! 有事の際のルートを使え! 作戦開始!」
「っ――応!」
跳ねるように数人の兵士が村に向かって全力で駆けた。その背を守るように残りの兵士さんが道をふさぐ。
村人の避難はまだまだ時間が掛かるだろう。だけど、それまで少女は襲撃を待ってくれるだろうか?
(そんなわけ無い……じゃあ、ここに残るのは死兵。覚悟を決めた人たちだけ)
右を見ても、左を見ても決意に満ちた顔があった。先ほどまでの諦観とは異なった顔つきだ。
きっと隊長さんの命令のおかげだろう。
今この戦場では死が意味を持った。
村人を逃がすという意義を死に見出してここで散華する。一歩も引くまいと命の限り使命を全うする。
やはり兵士さんは凄いなと思う。命を捨てる覚悟が良いか悪いかは一概に言えないけど、誰かを護るために命を燃やせるのは生半可な信条ではできない。
だからだろう、少女のつぶやきが耳に付いた。
「大したことない」
少女は無感動にそんなことを言っていた。
とても小さく冷たい声なのに、いやに戦場に通る声だった。
「っ! なにを!?」
「強そうな見た目してるけど勝手に戦って、勝手に負けた。正直……いや」
「ぐっ……正直、なんだって? この戦闘を見た感想がそれか! 貴様が言うか!!」
隊長さんの怒声が響く。
お腹の奥まで響くような一喝でも少女は顔色一つ変えず目線だけ隊長に向けて言い放った。
「……結果からの評価に偽りはない。戦士としての価値は勝利にこそある。感情を挟んだ評定なんか欺瞞と一緒で負けた時の言い訳に過ぎない」
――だから敗者であるお前らは価値が無い。
少女はそこまで口には出さなかった。でも、その声色や表情、眼差しなど全身を使って言外に語っていた。とても雄弁なほど。
「……っ!」
いっそ清々しいまでの言葉を浴びて、隊長さんは悔しそうに拳を握りこむしかなかった。
彼や兵士さん達は敵から無価値と断じられても言い返すことができずにいた。
兵士としての存在意義を侮蔑されても、決死の士魂を馬鹿にされても、村の守護者として少女の言葉こそ事実だったから。
「――違う!!」
だから私は思わず声を上げた。
「それは違います! 結果ばかりに目を向けて、努力や信念に敬意を払わないのは、いくらなんでも冷たすぎる!」
私がこの村に赴任してまだ半年。
まだまだ余所者として村に馴染んでいない私だけど分かることがある。
「兵士さんはみんな全力だ! いつだって剣を振るって己を追い詰め、獣を払い、街を守ってきた!」
少女が目を瞬かせた。
「戦って負傷して、手足を失っても最期は笑っていた! 被害が少なくてよかったって自分を顧みなかった! 多くの人が紡いできた命の営みとその軌跡、その心象! 分かりますか貴方に!?」
兵士として正しいとか、間違っているとかそんなことは知らない。女子供には分からない世界だから引っ込んでろなんてよく言われることだ。
だけど、護られる方だって感じるものがある。
「敗者は無価値ですか! たった一度の失敗で悪ですか!? そんなことはない! きっと誰かが信じて支えてくれる! だから人は人を護るんだ!」
「……」
叫ぶように声を荒らげてしまうのは私の弱さだ。
逃げだしたくて泣き出したくて……でも兵士さん達が馬鹿にされたのが悔しくて、震える体を意地で押さえつけて彼女を問いただした。
もはや魔力は尽きている。これ以上の戦闘は不可能だ。だけど私だってやるしかないのだ。
この冷淡な襲撃者を前にせめて村のみんなが逃げる時間を稼がなくてはならない。それが私にできる精一杯。
「私はこの村に配属されたエリシア聖教の司祭ディアナ! 貴方の名前と目的を教えてください! そんなに沢山の仲間を従えて目的はなんですか! 貴方は何を為しますか!」
制止する隊長さんを押しのけて前に出る。
兵士さん達は驚いたような目で見てくるが、いいから自分の役割を果たしてほしい。
バケモノたちが警戒するように私の周囲に集まってくる。少女との距離はもはや手を伸ばせば届きそうな距離。
返答は期待してなかった。
ただの時間稼ぎだった。名乗りの途中で殺されると思っていたし、その覚悟はしていた。少女の目はそれほど冷め切っていた。
だけど、どうやら私の予感は当てにならないらしい。
「いい……もう、いい。帰る」
少女は私の顔をじっと見つめた後、表情を変えることなくそう言うと背を向けて歩き出した。闇の怪物達もこちらを一瞥して少女に倣い去っていく。
それが私にはすごく意外で……なんとなく少女の後ろ姿は悲しげに見えた。
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「……なんか綺麗な人に叱られた。かなしい」
たしかに俺が悪かった。
村を襲撃したのもそうだけど、あの聖女さんが怒りだしたのは俺が失言した時からだった。
――闇さんって見た目に反してちょっと弱いね。普通に負けるんだ……。
最初の闇が殺されたときに、ふとそう思ったのだ。
なんで自分から突撃して返り討ちにあってるのアンタ?
俺まで死を覚悟したじゃん! 捕まって牢屋行きかと思ったじゃん! 勘弁してよ……と。ちょっと八つ当たりもあったと思う。
だからだろうか。俺の思考が少女フィルターを通って出てきた言葉は「(闇のバケモノも実は)大したことない」だった。
この仲間を悪く言う暴言が聖女的にアウトだったのだろう。
「すごい熱意だった……」
聖女さんは結果だけじゃなくて過程も大事だよって村の兵士さんを実例に挙げて、俺に教えてくれた。
負けた闇も頑張ったんだから責めてはいけませんって。褒めてあげなさいって。
なんかすごかった。
ああ、これが本当に他人を尊重できる人なんだなぁって。聖女は伊達じゃないんだなぁって。凄かった。
語彙が崩壊するぐらい凄かった。尊敬。
「でもあれは兵士自慢しすぎ。考え無しの闇しか仲間に居ない私への当てつけか?」
あの村はいいものだ。
規律正しい兵士さんや、正道を照らす聖女さんがいる。きっと苦難を幾度も乗り越えてきたし、これからも乗り越えていくのだろう。
でも俺の方はどうしよっか……。
「一歩進んで二歩戻った」
俺は村での出来事を無かったことにして、最初に目が覚めた洞窟に戻ってきていた。
断じて聖女さんに申し訳なくて自分を恥じて逃げ帰ってきたわけではない。
前髪を弄っていると目線がさ迷ったが、嘘ではない……! これは戦略的撤退と呼ぶのだ。
村から洞窟への帰り道は闇が運んでくれたからだいぶ早かった。
ただ力持ちなだけでなく動きは速いし、走行の衝撃を俺に伝えないような細かい配慮もできるらしい。闇に背負われて木々の隙間を縫って走る光景はジェットコースターだった。
「ただ……すごい増えたね」
チラッと後ろを見れば、闇がおよそ30体。
彼らは帰還した洞窟内で思い思いの場所に腰かけていたが、俺が振り向いたのに気付いて全員が注目してくる。
「ひえ」
威圧感が凄かったので前に向き直る。
背中に視線がビシビシ当たってる……!
村では5体だったけど、帰路でもくしゃみが我慢できなかったからまた増えた。というか我慢しても後で揺り戻しが来るようだ。
村の戦闘中にムズムズを我慢しすぎたら限界突破したのか一回のくしゃみで一杯生まれたし、我慢は一時的なものでしかないようだ。
コイツらこわいよ……。
なんで無言で俺のこと見つめてくるの? なんで誰もアクションおこさないの? こわいよ?
「どうしようか」
もう闇達は放っておく。
村にはしばらく行けないだろう。
幸い死者は出していないと思うが、そんなことは関係ない。俺はすでに襲撃者なのだ。
いやたぶん、襲撃者じゃなくても人のいる所で生活できた気がしない。
「っ、くしゅん」
ぽん、と闇の追加。
これのせいだけど、これなにー……?
なんで俺がくしゃみをすると化物が生まれるわけ?
正確にはクシャミが生んでいるのではなく、胸がむずむずしたら生まれるわけだが……。
昼間はそんなこと無かった。この謎現象は日が沈んだ直後から始まったのだ。
「……夜かな」
思いつくのはキャラメイクした時の記憶。
俺が無口キャラになったのは、その時に考えていたことが再現されたのではないのかという仮説が最初からあった。
なら【夜を閉じ込めた黒】という中二設定。あれも生きているのだろう。
だから夜になったらむずむずしてきた……?
「く、しゅん!」
闇、という呼び名は安直すぎて可哀想だろうか?
こいつらはもう30体を超えているから、個別に名前を付けるのは厳しいがもうちょっと捻った名前が欲しい。
「名前ないの? 種族名とか」
近くにいた闇に尋ねる。
無言で頷き、手を振ってきた。なにジェスチャーゲーム?
「ふーん……」
何言ってるか分かんねぇわ。
身振り手振りでなんとか俺に伝えようとしてくれているみたいだが、分かんねーね。
どこぞのファンタジー小説みたいに「鑑定」できれば楽なんだけど、そんなことはできなかった。
あ、シュンとした。
うーむ、しっかり知能と感情があるらしい。
なら最初に産んだ闇には悲しいすれ違いとはいえ、事故の戦闘で殺してしまったから申し訳ないことをした。
「ん…? なに?」
闇達の中でなにやら自分を指さしておれ、おれって感じでアピールしてくる奴が一人。
「お前が死んだ奴? 最初の犠牲者?」
あ、頷いた。生きてたのか。良かったね。
なんだろう再誕したのかな? よく分かんないけど、一安心。
ふと聖女さんに言われたことを思い出す。……褒めてあげるべきなのだろうか?
えーでも俺は戦えなんて言ってないしー、こんな事態に陥った原因の一端はコイツにもあるしー。
……けど、死ぬまで俺を守ってくれたのは事実だ。
「ん」
闇の体を労わるように撫でてみる。すごく冷たい。
「がんばった」
――ありがとね。
その一言は省略された。
伝わっただろうか? 顔を上げて様子を窺えば、闇は俺が撫でた所をゆっくり撫で直してる。
……なんだよ。汚いってか?
「くしゅん」
はい。追加
とりあえずおなか減った。靴無いし足痛い……。
だれか切実に俺を助けて。