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コミュ障TS転生少女の千夜物語  作者: てぃー
2章

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27/73

束の間の平穏


 あの悲しい「日食事件」から早3日。

 俺は事件前と変わらず、村でのんびりと過ごしていた。


 村の広場の端っこに陣取り、木の根元でぽかぽかと日光を浴びながら微睡む。


 思い返せばあの日は非常に濃い一日だったと思う。

 朝から聖女さんにくすぐりプレイ(?)されて、ヤト達の変身姿を見て、そんで夜には南都で暴動を治めた。


 ……なんだそれ。忙しすぎだろう。

 忘れかけてた社畜時代のストレスを思い出してしまった。

 その反動もあって、ここ数日は村でのんびりしている日なのだ。


「あ、ヨルンいた。ほら、お前の好きなお菓子だぞー、美味しいぞー」


 とりあえず南都での情報収集は立候補してくれた夜人に引き継いだ。

 あの時は最初だから俺も気合入れて街に行ったけど、そう毎日毎日行ける訳じゃない。


 なにせ夜のベッドで聖女さんの羽交い絞めから抜け出すのは至難の業なのだ。

 布団の吸引力に加えて、聖女さんのぬくもりという二重の誘惑が絶大だ。か弱い俺ではいつの間にか寝てしまう事が多い。


「甘いぞー、食べないか? 僕が食べちゃうぞ!」


 なんだかさっきからやかましいなぁと、チラッと目を開けて確認。


 いつの間にかやって来たガキんちょが俺の前で揺れ動く。 

 男の子の手に握り込まれているのはサトウキビに似た形の「日輪甘味草」という草だった。


 見た目はサトウキビにヒマワリがくっついた奴なんだけど、空気中の魔力と日光をため込んでいるから茎をかじって食べると甘いそうだ。

 この村でも少数栽培されていて、一般的な子供のおやつとして用いられているらしいが……いらね。

 俺は小さくフッと鼻で笑って目を閉じた。


 じゃあ、それはおいといて。

 夜中に聖女さんの腕から抜け出すのは難しいという以外にも、大きな問題がある。

 夜に何度も抜け出ていると、いつか俺が居ない事がバレる可能性が高い事だ。


 そうなると心配性の聖女さんの事だし、どこに行ったかと多大な不安を与えてしまう。もしかしたら何処かに探しに出てしまうかもしれない。

 もし聖女さん一人で夜の森なんかに行ったら危ないだろう。


 その事をヤトに相談したら、対策を用意するから待っててとの事で現在待機中。

 どんな手段を用意してくれるのかちょっと楽しみ。


 あ、あと、神殿の拡張依頼から三日たったし神殿の確認も行かないとだ。銀鉤と佳宵の仕事も確認して、それから――

 

「甘いのうめ! うめ! ……ヨルンは食べないのかー?」

「リュエールうるさい」


 なぜか最近、絡んでくるようになった男の子リュエールをにらみつける。

 最初は遠めに見られるくらいだったけど、聖女さんと子供達との合同魔法練習から、絡まれることが増えた。


 ウトウトしながら考え事をしていたのに、集中できないじゃないか。

 俺はそんな雑味の混じった甘い餌に釣られないのだ。

 サトウキビモドキの匂いが鼻孔をくすぐり、ちょっとよだれが出るけど、ガキンチョに頭を下げるのはイヤなのだ。


 それにわざわざリュエールに恵んでもらわなくたって、俺には村の兵団のみんながお菓子を献上してくれる。

 南都で流行りのお菓子だとか、妻が作った簡単なデザートだとか、そんな草より美味しいのはいっぱいあるのだ。


 今日もまたお菓子がもらえる日。

 そんなどこに生えてたか分からない物なんかいらないの。

 そういう意味でリュエールを追い払うように手を振る。


「え~、美味いのに」

「ふ……私は美食家だから、そんな草は欲しくない。……ほら。献上物が歩いてきた」


 ちょうど小走りでやってきた門番さんを指さしながら、リュエールに勝ち誇った顔を見せる――もちろん無表情だが――と、彼はちょっと悔しそうな顔でサトウキビをかじった。


 門番は俺のすぐ傍までやってくると「すまん」と言いながら勢いよく頭を下げた。


「今日お菓子やるって言ってたけど、準備出来てない! また今度にしてくれ!」

「え?」


「さ、最近忙しくってな! 今日も仲間が森に行ってるんだ! 俺も門から動けないし……また来週!」

「……え?」


 それを伝える為だけに来たのか、ばつが悪そうに逃げていく門番の背中を見つめる。

 お菓子を受け取ろうと差し出していた両手が風に吹かれて冷える。


「あ~、草うめぇ! うめぇ!」

「リュエール」


 知っているだろうか、サトウキビとはとても甘いのだ。

 一昔の日本でも数少ない甘味として重宝されていたのだ。


 そして奇遇な事に、今日の私はおやつを持っていない。


「リュエール。対価は、なにが欲しい……!?」

「え~お前まさか、この雑草が欲しいのかぁ? え~どうしよっかなぁ?」


 勝ち誇った目で俺を見下ろすリュエール様。


 ごめんなさい、俺に甘味をください。

 今日まだ甘いの食べてないの!


「仕方ないなー。……じゃあ、一つだけお願いしていいか?」

「なんでもする」


 俺が頷いたらリュエールはちょっと言いにくそうに、なぜか夜人への伝言を頼んできた。


 内容は「この前は南都で人攫いから助けてくれてありがとう」との事。

 彼の話を聞きながら俺は首をかしげるが、なんとなく言いたい事は理解できた。


 どうやら彼の一家は、俺の知らないところで夜人に命を助けられていたらしいのだ。


「それは本人に言うといい」


 俺は当事者である夜人を呼び出すことにした。

 夜人なら影渡りですぐ来れるし、リュエールも命の恩人に直接言いたいだろう。


 ヤトを通じて全体に連絡すると、反応はすぐに返ってきた。

 リュエールの影から一人の夜人が浮き上がってくる。


「うわ、え……?」

「あれから、まだ憑いてたんだって」


 夜人が日光に晒される光景は初めて見るのか、リュエールが目を瞬かせて驚いた。ちょっと顔を引きつらせながら彼はなんとかお礼を言う。


 夜人の方は、まさかお礼を言われるとは思っていなかったのだろう。

 随分反応に困っていたが、消える直前で数回リュエールの頭をポンポンしながら散って逝った。


「ぁ……消えちゃった」


「還っただけ。また、夜に来る」

「そ、そっか……?」


 リュエールは、あまり理解しえていない様子で撫でられたところを嬉しそうにさすった。


 彼もシオン同様に夜人という化物に忌避感は少なそうだ。

 夜人が手を伸ばした時は、ちょっとビクついてたから完全に受け入れている訳では無いだろうが、下地はありそう。


 やっぱり命を助けられると闇への印象も変わるのだろうか。


「ん」


 まあいいや、仕事は終わりだと手を差し出す。


「え? なにその手」

「約束の甘味草ちょうだい」


 早く早くと急かすが、リュエールは何故か草をくれない。

 それどころかとんでもない屁理屈を言い出した。


「僕は伝言を頼んだんだよ? ヨルンは何もしてないじゃん」

「なん……だと……?」


 そんなのありなのか!?

 たしかにお願いは聞いてないけど……呼び出した方が丁寧じゃないの!?


「だから、ほら! ヨルンも一緒に遊ぼうぜ! それが僕のお願い!」

「あ……」


 手を引くリュエールによって、広場の中心に引っ張られる。

 そこは俺がいる広場の隅とは異なり、村中の子供たちが賑やかに遊ぶ場所だ。


 リュエールに引っ張られながら、待ち構える子供たちを見やる。

 きっと俺が近づけばその分だけ距離を取るだろう。夜人を束ねるために畏れられている俺では、決して混じることが出来ない。


 そんなの慣れたモノだから別に何も思わない。

 いつもの事。そう思っていたのに……。


「ほら連れて来たぞー! 遊ぶぞ!」

「お、おー……本当に来た」


 子供たちはリュエールに連れてこられた俺を見てその場から動くことは無かった。

 まだ目は合わせてくれないが、彼等はいつもより少しだけ俺を受け入れてくれていた。


 俺はその光景に目を瞬かせた。同時に胸がちょっと熱くなる。


(……ああ、そっか)


 さっきのやり取りを見ていたのか、リュエールが手を回したのかは分からない。

 でも、いざ受け入れられると嬉しくなる。


(子供の遊びに興味はないけど……いいもんだな)


 どうして、この村はこんなに素晴らしいのか。

 

 ふと心の内の【夜の神】に語り掛ける。

 やっぱり、人間ってのは捨てたもんじゃない。とくに子供達は純粋で心優しいものなんだ。







 ごめん嘘。

 子供ってのはぜんぜん優しくない。

 純粋に残酷で、やべぇ鬼畜だったわ……。


 俺は膝に手をついてぜぇぜぇと呼吸しながら、日が暮れて帰っていく子供たちに手を振って見送った。

 彼等も俺に向かって大きく「また明日ね」と声を上げている。


 ……舐めていた。

 田舎の子供の体力と言うものを、俺は軽んじていた。

 というかよく考えればこの世界の人間のみんな身体能力クッソ高いのだった。


 あいつら、子供ながらに元の世界のオリンピック選手を凌駕するレベルだった……。

 なんで100m短距離走の速度で30分走り回れるんだよ。


「ヨルちゃんいたー。今日も広場にいたんだね」

「お、おー……」


 迎えに来てくれた聖女さんに「じゃあ帰ろう」と手を差し出されたが、俺は繋ぐだけで足が動かない。

 もはや歩いて帰るだけの気力さえ残っていなかった。


 そう言ったら、聖女さんは笑ってしゃがみこんだ。

 どうやらおんぶしてくれるようだ。背負われながら息を整える。

 

「あったかい……」

「私も背中があったかいよ。それにヨルちゃん軽すぎるって」


 機嫌がいいのか聖女さんは軽やかな足取りだった。

 リュエールに甘味草を貰った事、子供たちとの輪に交じった事など、今日あった事を聖女さんに話していく。

 そのたびに彼女は嬉しそうに相槌を打っていた。


「それじゃあ、お昼からずっと鬼ごっこしてたの?」

「……あれは遊びじゃない。どっちかというと、軍隊式の訓練だった……」


 彼等と遊ぶことになった結果、なぜか「鬼ごっこ」に近い運動が選択されていた。

 村で娯楽なんか無いから仕方ないのだけど、お前らと俺の性能差を考えろ。


 途中から俺がずっと鬼だったぞ。

 いくら走っても追いつかねぇし、だれか悪戯で魔力流してきやがるし、そのたびに変な声が出るし、やっぱり鬼変われねぇし。

 

「はぁ……私うんどう、きらい!」

「でも、明日も行くんでしょ?」


「う……」


 途中から打ち解けてきた子供たちの姿を思い出す。


 聖女さんとは違う、兵士さんたちとも違う。同じ子供という対等な立場が、いつからか畏れという壁を取り払い無邪気に遊ぶことができた。

 なんとなく夜の神も楽しんでいたような気がする。


 ―― ……否定する。


 などと申しているが、たぶん楽しんでた。

 その証拠にクシャミが出まくる。コイツ誤魔化し方が下手なのだ。


「それに約束させられた。くそぅ」 


 子供たちに最後、また明日ねって言われたのだ。

 夜の神の事も楽しんでるし、俺もしっかり対価を貰ってしまったのだから行かねばなるまいよ男なら。




 礼拝堂の寝室にもどったら、甘い香りを放つ茎を幾つもポケットから取り出して眺める。


 高給取りたる兵士さんたちですら甘いお菓子は高級品だという。

 ならば村の農民でしかない彼らにとって、コレは大切なものなのだろう。


 俺はドキドキしながら一つ抓んで口に放り込んだ。


「うぇぇ……固い。雑味が多いし青臭い」


 リュエールだけでなく、色んな子から受け取った甘味草はそれはもう不味い物だった。

 まるかじりの要領で奥歯で押しつぶすとたしかに甘い汁がでる。だけど、それ以上に不快な苦味が混じって舌が少し痺れる。


 ほ、本当にこの食べ方であってるのだろうか?

 子供たちに聞いた方法で食べても、凄く不味いのだが……。


「ふふ、違うよヨルちゃん。全部齧ったら味が混じっちゃうよ。こうやって前歯で茎の外側に傷を入れて、皮を剥いたら、中の白い所だけ奥歯で噛むの」


「……だまされた。あのやろー」


 器用に実演してくれた聖女さんを真似て俺も再挑戦する。


 ……ぜんぜん上手くいかない。

 皮剥ぐのが難しくって、切れ目をつけ過ぎれば中の髄――甘味部分を傷つけてしまう。でも固いから丁寧にしたら力が足りない。


「た、たべれない……? たべれない!?」

 

 甘い物体を前に俺はお預けを喰らった。

 一体、この半日の労働をなんのためにやったんだ!?

 

 甘味草を床にバラまいて、ショックに打ちひしがれる俺の姿を見かねたのだろうか。聖女さんが助け船をくれた。


「じゃあ、最初だけ手伝ってあげるね」


 カリッと聖女さんが前歯で茎に切れ目を入れると、手早く茎を剥いていく。

 それを俺に「はい、どうぞ」と差し出してきた。


「……?」


 甘味と聖女さんの顔を見比べる。

 震える手を伸ばして受け取ろうとしたが……いや、まて落ち着け。


 この甘味草は一瞬だけど、聖女さんの口に入っていたんだぞ。


 それを、なんだ? 

 なぜ聖女さんが差し出してくるんだ?

 

 俺が、中途半端な格好で受け取らないでいたら、本当に不思議そうな顔で聖女さんは小首をかしげた。


「食べないの?」


「なん……だと……?」


 これは、なんだ?

 わ、罠か……?


 これは童貞だけを殺す罠なのか!?







 ヨルちゃんは甘味草を食べたら、すぐベッドに潜りこんでしまった。

 

 小さな声で「罪悪感が」とか、「不純同性交遊だ」とか、「聖女さんをそんな目で見ちゃダメ」とか色々聞こえてきた。布団に包まってぷるぷる震えている。


 そんなヨルちゃんを布団越しに撫でて遊んでいたら、彼女はいつの間にか寝てしまったようだ。

 かすかな寝息が聞こえてくる。


「……寝ちゃったかぁ」


 夕飯もまだだというのに、遊び疲れていたのだろう。

 

 それに、ここ数日はヨルちゃんは夜更かしが酷かった。

 同じ布団で横になっていると、寝付けないのかゴロゴロ動いてばかりで寝付けていなかった。

 日食もあったし色々と不安を抱えていたのだろう。


「じゃあ行ってくるね」


 ヨルちゃんを一撫でしてから立ち上がる。


 この礼拝堂ならばヨルちゃんは一人でも安全だろう。

 悪しき者が入ってこれない結界が敷いてあるし、念のためヨルちゃんを残して外出する時はロザリオを原動力として結界に組み込んでおく。

 もし仮に教団幹部が来ても、易々と侵入は出来ないはずだ。


「協議する内容は沢山ある……急がなきゃね」


 目的地は村の集会場で、今日は村長と隊長さんと話し合う日だった。


 何時になっても援軍がこないから、森にあるだろう教団施設の調査が進んでいない事がまず懸念の一つ。

 ヨルちゃんの立場の確立も必要だ。

 教団の実験体だったということは後ろ盾が無いから、ヨルちゃんは教団だけでなく国や聖教にも利用されやすい。それだけは防がなきゃいけない。

 

 そして、最重要の喫緊課題は村の空を見上げればすぐにわかる。


「……また増えてる」


 ぎゃぁぎゃぁと、耳障りな鳴き声を上げるのは人を超えるサイズの大きな人面鳥――『(つい)ばみ大鳥』だ。

 数十を超す魔種の群れは村を獲物として見ているようで、村の上空を旋回しながら、こちらの隙を伺っていた。


 地上は夜人さん達が守ってくれているから大丈夫だが、空は難しい。

 対応するためにレイトさん達、駐屯兵団はここ数日大忙しだという。


 それにあの魔種は黒燐教団が好む種族だ。

 あの日食が起きた日から増え始めた森の魔種達に、私はイヤな予感を覚えていた。


 すべてが偶然とは思えない……。


 また新たな教団幹部がヨルちゃんを奪いに来るのではないか、そんな不安が集会所までの道のりでずっと残り続けた。



村の少年達は 魔力流し を使った!


ヨルンには効果抜群だ!


ヨルンを倒した! テッテレー!

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