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コミュ障TS転生少女の千夜物語  作者: てぃー
2章

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22/73

プロローグ


 この世界には三つの系統魔法が存在するらしい。


 一つは言わずと知れた、太陽信仰を教義とするエリシア聖教が得意な聖魔法。

 二つ目は、それに対を成す闇を崇拝する黒燐教団が愛用する闇魔法だ。


 その二つは術式の構造はもちろん、理論の根本から異なる全くの別の魔法技術だ。

 太陽神エリシアが人間にもたらした力が聖魔法であるのに対して、邪神【夜の神】が撒き散らしたものが闇魔法だという。


「ここでポイントなのが、夜の神は人間に魔法を与えたわけではないということですね」


 聖女さんが壁に掛けた黒板を指示棒でぺしぺしと叩いた。


「闇魔法は大神戦争で世界を汚染しつくしました。清浄だった泉は腐臭漂う毒の池と化し、生命溢れた森は死の砂漠になった。その跡地から教団が欠片を拾い集め再現したものが闇魔法なのです」


 大神(おおがみ)戦争――神話の終末戦争と呼ばれるこれは、元々は太陽神エリシアの眷属と、夜の神の眷属同士のいざこざが発端だった。

 それがドンドンとエスカレートして争いは止められず、いよいよ大神(主神)同士がぶつかる。


「聖書の第8節から太陽神と夜の神の戦いが示されています。人知を超えた存在の衝突。空は燃え上がり、大地は消滅したといいます。そして最後の聖書第10節で世界の崩壊と再構築が描かれます」


 手にした聖書をパラパラと捲って聖女さんは厳かに説明していく。


 太陽神エリシアの使徒、第一蒼天:サナティオ・アウローラをはじめとする強力な神々。それをまとめる太陽神エリシア。

 この世界の歴史や神の眷属など、現時点で判明していることを説明していく。


 神同士の戦いが人の妄想ではなく、確かな史実と言うのだから異世界の歴史には驚かされる。

 しかし今回の本題だった魔法学からズレていく内容に生徒の一人、リュエールが挙手した。


「なあせんせー! その知識は魔法を勉強するのに必要なのかー!?」

「え……? え、えぇっと……そんなに必要、ない……かな?」

「ならいいよ歴史なんて! はやく実技しようよー!」


 子供にとって、座学はつまらないのだろう。

 黒板にずらずらと使徒の名前が書かれるが誰も真面目に見ていなかった。

 リュエールの声に賛同するように何人もの生徒が賛同の声を上げる。


「俺、聖魔法とか闇魔法より属性魔法つかいたいー!」

「私も! 水魔法が生活に便利って聞いたから早くー! 水汲みも疲れるんだからね!」

「え、え……あはは」


 自由過ぎる子供達に聖女さんは苦笑を抑えきれなかった。

 先生は慣れないなぁなんて呟いている。


(やっぱり世界は変われど、子供は子供だなー。まあ俺も早く実技したいけど)


 今日は聖女さんが村の子供たちに魔法を教える日だった。

 

 この世界の生活と魔法は切っても切り離せない関係にある。

 ほぼすべての人が魔法を使えるし、使えないと生活も大変になる。だから大人になるまでに基本的な魔法は使えるように勉強するらしい。


 普通は各家庭で親から子に伝達される魔法技術だが、その伝達が一律にみんな行われるとは限らない。

 孤児やなんらかの理由で魔法を学べない子供は一定数存在する。


 だから、基本的なことは村で勉強会を開いて教えることになっていた。


 何処の村でも、その先生役をするのは赴任している司祭さん――この村で言えば聖女さん――であることが多いらしい。

 だから今日は朝から礼拝所を教室代わりにして使っていたのだ。


 俺も部屋の隅っこで見学している。


「え、えっと……! じゃあみんなで実技しましょうか!」


 子供たちの実技コールに根負けした聖女さんが、困った顔で手を叩いた。


「えっと、でも説明の途中でしたから、もう少し聞いてね。聖魔法と闇魔法、そして最後の一つが属性魔法といいます」

「知ってる知ってる! あれだろ、火とか水とか風とか……そういうのだろ! 大丈夫だよせんせー!」


 リュエールはそう言って机から飛びおりて広場へ走っていく。それに何人もの子供が付いていった。


「あ、こら! リュエール君! まって、まだ説明が終わってな、あ! ……行っちゃった」


 聖女さんは大きくため息を吐いた。


「むりです……私に先生は無理。みんな、ヨルちゃんみたいに大人しければいいんだけど……」

「ん。みんな子供だからね」

「ふふ……そういう貴方がたぶん一番年下ですよ?」


 ――ヨルちゃん。

 いい加減、黒髪ちゃんと呼ばれるのはどうかと思った聖女さんが提案した名前である。


 正式名称、ヨルン・ノーティス。

 由来はもちろん夜から。


 直訳は【夜を案内するもの】。

 どんな畏れられている夜でも、俺が導くことで夜の静かな優しさに気づくことができるという意味が込められているらしいが……照れる。


「ほら、ヨルちゃんもやりますよー!」


 ゆっくり歩いて広場に向かっていたら、先にたどり着いた聖女さんが子供達に囲まれた。

 俺も慌てて駆け寄っていく。


 その際に子供たちから少し距離を取られた。……知ってた。


 俺はそもそも外部の人間だし、親から話を聞いているのだろう。

 子供も聡いから異質な存在として俺を避けているらしい。


 でも聖女さんは子供たち同士仲良くしてほしいとのことだ。

 だから今回は俺も勉強会に参加していた。

 座学では知ってるけど、実際に魔法使ったことないしね。丁度いい機会ということでもあった。


「じゃあまずは詠唱ね。詠唱というのは――」


 そして始まる魔法の実技演習。

 

「安全な水属性の最下級呪文からやりますね。詠唱は『水よ』だけ、簡単でしょ」


 言葉と共に聖女さんの指先に小さな雫が浮かび上がった。

 綺麗に透き通った真球の水。なんでも飲めるらしい。


 俺たちも同じように詠唱を繰り返す。

 だけどそれで魔法が使えたのは誰もいなかった。


「聖女さん……できない」

「うーん、ヨルちゃんはまず魔力を操ることかな」


 詠唱とは、言葉に魔力を籠めることで魔法陣と同じ要領の術式構造を簡易的に周囲へと展開するものらしい。

 超専門的な知識、技術が要求される魔法陣構築と比べて、対応する言葉を紡ぐだけだから、呪文さえ知っていれば村人でも簡単に魔法が使える……らしい。


 はい。意味不明である。

 まず魔力が分からない。


(うーん……こうかな?)


 詠唱する、発動しない。

 魔力を探す。分からない。


 それでも詠唱する。やっぱり駄目。


「……困った」


 他の生徒にはポツポツと魔法が発動した者が出始めていた。

 

 この世界の人間は魔力を標準装備してる。

 貴族の方が魔力が多いとは言われているけど、絶対ではない。ただの村人から宮廷魔導士長になった人だっているそうだ。

 だから村人が簡単に魔法を使えるのは当然なことで、俺が無能なわけじゃない。じゃないのだ。


 ……いや、そんなことはどうでもいい。

 まずは俺が魔力を感じることが大切だ。


「魔力の精製は人体の水月にある視えない内臓と言われる造魔器官で行われます。ここですよ。こーこ」

「ひゃ……!」


 つんつんと聖女さんが俺のお腹のちょっと上、みぞおちを突っついた。

 くすぐったくて身をよじって逃げる。聖女さんが笑い声をあげた。


「うー」

「ごめんね、魔力を通してみたんです。どうかな?」


 今の感覚が魔力だと聖女さんが言うが俺にはくすぐったさしか感じなかった。

 聖女さんと触れ合う時に感じるような、包み込まれるような温かさではない。体内を何かが突き抜けていくゾクッとした感じ。


 本当にこれでいいのかという疑問を感じながら、もう一度詠唱。


「水よ」


 何も起きず。


「……出ない」

「うーん、ヨルちゃんは詠唱に魔力が通ってないなぁ。たぶん魔力を認識できてない……のかな?」

「ヨルンできないのか? こうやるんだぞー!」


 突然、元気な声で話しかけられたことにびっくりする。


 声の方を向けば、子供たちのリーダー格であるリュエールが嬉しそうに魔法を見せてきた。

 初めての経験。彼は俺が怖くないのだろうか?


「……すごい」

「へへ! だろ!?」


 彼が唱えた魔法は、指先を包み込む水球を生み出していた。


 かなりの大きさだ。

 だいぶ歪んではいるし手から離れていないが、とても初心者の魔法とは思えない。

 というか村人はもう全員できていた。


「まず、魔力を感じるだろ? そしたらフンって感じで動かして、喉に集めるんだ。そうすれば詠唱できるよ!」


 これが悪ガキだったりしたら、避けられてる俺に魔法をぶつけたりするんだろうが……。

 彼は自分なりのコツややり方を教えようとしてくれていた。

 リュエール良い奴かよぉ……。

 

 なお、それでも俺はできなかった。


「ふ……これが才能の差か」

「じゃあ、もっと分かりやすくしよっか。よっと……ヨルちゃんごめんね、ちょっとくすぐったいよ」

「わ……!」


 子供達に負けた遣る瀬無さでしょんぼりしていた俺を、聖女さんが後ろから抱きかかえて持ち上げた

 おなかに手を回して再び魔力を通す。


「ひゃ! な、なに……!?」

「あ、こら。暴れないの!」


 お腹の奧から頭の先まで突き抜けていくようなゾクゾクした感じに悶える。


「で…でも! これ……だめ、止め! ぃ…っく!」

「ヨルちゃんはしっかり魔力持ってるから、あとは意識するだけですよ。魔力はお腹の奥から、湧き出す感覚で……こう! 分かる!?」


「わかん、ない……! わか…ぁ、ないよ! っ、く!」


 聖女さんは体で感じ取れとばかりに魔力を俺に流し続ける。


 まるで全身をくすぐられたような感覚に思わず声が出た。

 手足をバタつかせて逃れようとするが、あいにくと昼間の俺は無力な女の子。


「分かるかな、この感覚だよ! いい? もうちょっと造魔器官を刺激するよ!」

「ひゃーー……!」


 さらに強く魔力が流れ込んできた。

 大きく叫びたいほど奇妙な感覚が俺を襲う。


 しかし【凍った人格】による弊害か、まるで何かを堪えるような小さな呻き声しか口から漏れ出なかった。


 だから聖女さんは俺の事情に気づかなかったのだろう。

 彼女によるくすぐり責め(?)が延々と続く。


「ぁ……ひ」

「あ、あれ? 大丈夫?」


 数分後の俺は聖女さんの手の中でビクビク震えるだけの存在となっていた。


 ようやく終わった……。

 息も絶え絶えなまま、涙目で聖女さんをにらみつける。


「ゃ……止めてって……いった。私言った」


 魔力の捉え方は人それぞれであり、これが一般的な魔力学習らしい。が、なんか変な扉開きかけた気がする。


「あ、あはは……ごめんね。ちょっとやり過ぎちゃったかな?」

「……半分わざとか」


 聖女さんは悪戯好き。

 隊長とか門番さんをからかってる姿をよく見かけるし、どうやら今日のターゲットは俺だったらしい。


 どうやらこの練習方法が結構くすぐったいのを知ったうえで、聖女さんは思う存分に俺をいじめてくれたらしい。

 ……まあ、俺が悲鳴を上げなかったってのもあるんだろうけど。


 ぺいっと聖女さんの腕から逃げだす。

 

「今日は一度帰る!」

「あー! ごめん、ごめんねヨルちゃん。待って、帰るってどこにー!?」


 この調子だと、魔法が使えるまで悪戯がてら魔力流されそう……。

 そうなればもう足腰立たなくなる。今日は終わり! 逃げるわけじゃない!



 ここ半月ほど、俺はずっと聖女さんの家で暮らしてから神殿にしばらく帰っていない。

 様子も気になるし、丁度いい機会だし一度帰ろう。


 今の俺には"やりたいこと"ができていた。 


(ヤト……行くよ!)


 聖女さんから逃げつつ、自分の影に目で合図。

 その途端、影から飛び出たヤトが俺を抱きかかえて再び影に潜りこんだ。


「えぇそれ、なんですかー!? ヨルちゃん!?」

「夜には戻る。またね」


 その間実に1秒未満。


 たったそれだけの時間で俺は村から姿を消し去った。



村の子供たち、二人の戯れを見てドキドキ。

第二部スタートです

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― 新着の感想 ―
[一言] こんなの子供たちの性癖歪んじゃう!!
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