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コミュ障TS転生少女の千夜物語  作者: てぃー
1章

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20/73

閑話 黒髪という少女


「そろそろ、名前を決めたいと思います」


 夕飯時。

 気付かれないように野菜だけ別の皿に分けていたら突然、聖女さんが言いだした。


「名前?」

「そうですよ。黒髪ちゃん、まだ名前決まってなかったでしょう」

「うん……でも、いる?」

「いりますよ!? 貴方もずっと『黒髪ちゃん』のままじゃ困っちゃうでしょ?」


 困っちゃうのだろうか……?

 現状、俺はまるで困った感じがしないのだが聖女さんがそう言うのだから、そうなのだろう。

 

 聖女さんと目を合わせたまま、野菜の入った皿をスっとテーブルの隅に送る。


「名前。大事だよね」

「はいそうですよ。野菜も大事です」


 聖女さんの手によって野菜の皿が一瞬で手元へ戻された。

 悲しい目をしつつフォークで苦手な野菜を突っつきまわす。


「許されなかった……」


 男だった時は別に普通に食べられたのだが、この体になってから野菜が凄い不味いのだ。

 門番さんに貰った甘いお菓子は驚くほど美味しかったから、たぶん味覚が変わってるのだろう。いわゆる子供舌というやつだ。


「黒髪ちゃんというのもあだ名みたいなものですし、『あれ』は使いづらい……。新しい名前そろそろ決めましょう?」

「あれ? あ、名前……うん」


 聖女さんが言い辛そうに口をつぐんだアレとは「重吾」のことだろう。


 元の世界では有り触れたとは言わないが、普通の名前だった。

 しかしこの世界ではあまり聞かない名前らしい。なによりこの体に似合わない。

 

「というわけで、じゃーん! また10個考えましたよ!」


 静かになった空気を払拭するように聖女さんは嬉しそうな顔で紙を広げた。

 書かれている文字は、どうやら全て俺の名前の案らしかった。


 この国の文字は勉強中だから、すぐに読むことはできない。

 ゆっくり読み上げるが、どうしてもたどたどしくなってしまう。


「クラ、うリーナ……? れベッカ。アンてぃーネ」

「はい! どうでしょう? どれかピンときます?」


 聖女さんの考える名前はいつも女の子らしいのが多い。

 いやそれが正しいのだろうが……そのせいで俺は気後れしていた。


 女の子風の名前を付ければ当然、その名前で呼ばれることになる。


 ふと、街中で呼ばれたときを想定する。

 人通りのある街――この世界の街を知らないので、かつての日本の街を想像――を歩いていたら、後ろから「おーい! クラウリーナ(仮)!」と呼ばれるわけだ。


 ……いやぁ、呼ばれても振り返れる気がしない。

 クラウリーナ? 誰それって話だ。


「ピンとこない。それは私じゃない」


 俺はこの感覚をピンとこないと表現していた。


 重吾と呼ばれて、ウン十年。

 新しい名前が必要なのは分かるが、いまさらそれに慣れるとも思えない。なら少しでも馴染みある名前がよかった。

 人に名前を考えてもらっておいて贅沢な話だ。


「そんなぁ……今回の名前はいいものが多かったと思ったんです……」

「うん、ごめんね」

「クラウリーナ……良くないですか? だめ、ほんとに?」

「ダメ」


 黒髪ちゃんと呼ばれ始めて早2週間。


 これで聖女さんが提案してくれた名前を断るのは5回目くらいだろう。

 名前が無いことに不便は感じないが、聖女さんが落ち込む姿を見るのは嫌だ。


 落ち込む聖女さんを見てると申し訳なくなってくる。

 まあ、だったら早く名前を決めろって話で……。


「……決めるよ。今日」


 少し沈黙して、静かに宣言する。

 どんな名前だろうと次に聖女さんが考えてくれたものを俺の名前とする。

 

 結局俺は、ここで生きる覚悟が不十分だったのかもしれない。

 だからこの世界に根ざした標たる名をずっと拒否して……はい、格好つけですゴメンナサイ。ただ女の子っぽい名前が嫌だったんです……。


 せめてキラキラした名前は止めてくれと聖女さんに懇願する。


「聖女さんの名前は……なんというか、願いが一杯だよね」

「願い……ですか?」

「そう。こうなってほしい、こんな風に成長してほしいって名前につける願い」

 

 それはとてもありがたいことだ。

 だけど、それが名前の案を女の子っぽくしている原因の気がするのだ。


「自分で言うのはあれだけど、私は女の子っぽくない」


「…………そうでしょうか?」

「ん?」


 聖女さんは心底不思議そうに首を傾げた。


「……ん?」


 俺はもう一度、客観的に自分を考えてみる。


 この少女の体は色白で傷一つない柔肌だ。

 自分で二の腕を触ってみると子供特有の弾むような感触で驚かされる。しかし、ぎゅっと押し込めばどこまでも沈み込んでいきそうなモッチリした柔らかさを併せ持つ。


 首周りとか腰回りは、力いっぱい握り込めば折れるんじゃないかというほど細いし、指も爪も同様にすらっとしている。

 髪は手入れしなくても絹糸のようにサラサラな光沢のある黒色。


 基本的に無表情のせいで目つきは少し悪いが、それも不機嫌そうな幼子という可愛らしさが見え隠れする。


 総評――俺めっちゃ女の子だった。


「……私かわいい?」

「あはは、そうですよ。黒髪ちゃんくらい可愛い子なんて、他に見たことないかなぁ」

「そう…………聖女さんは鏡って知ってる?」

「え? う、うん。知ってるけど……突然だね、欲しい?」


「え、要らないけど?」

「え?」


 なんというか、キャラクリエイトって凄いんだなぁって改めて思い知らされた。


「わ、分からない……たまに黒髪ちゃんが分からない」


 聖女さんが困ったように顔に手を当てた。

 今のうちに俺の野菜を聖女さんの皿にシュート。……バレて怒られた。







 夕飯が終わる頃には日は完全に暮れていた。


 この世界の『夜』は危険溢れる時間帯だ。

 わざわざ夜に人間の管理が行き届いていない場所に外出する人は滅多にいない。


 同じ領域に棲む魔種同士の縄張り争いや、獲物を求めた魔種が蠢き出すのは決まって夜の時間。

 人間の領域は広くない。

 生存圏のすぐ隣は命を脅かす存在で溢れているからこそ、村人は日が落ちる前に防備の整った村に必ず帰ってくる。

 

 だが逆に言えば、安全な村の居住区外にある畑は、夜の間は危険な場所ということになる。

 村人が日中に懸命に働いても、夜寝ている間に喰い漁る魔種によってその苦労が無に帰することも多いのだ。


 そういう夜の危険も合わさって、開拓村の生活はストレスが多い。

 だから村には数少ない娯楽として酒類や食事を提供する『食堂』があったりする。


 夜になれば疲れた体で美味しいものを食べたり、明日の英気を養うために酒を浴びたりして夜中まで賑やかな所だった。

 ……ついこの間までは。


「今日も通りにぜんぜん人が居ない。やっぱり黒髪ちゃんの影響かな……」


 村の大通りには灯りとして篝火が点在する。

 安全を守るための兵士さんだって巡回している。安全な場所なのだ。


 なのに、通りを歩く村人の数は非常にまばらだ。


「…………」

「ひぃ、あ、すみません」


 視線の先、約20m。

 黒髪ちゃんはすぐ後ろにヤトさんを伴って村をあてもなく散歩していた。


 それだけなのだが……黒髪ちゃん――正確にはその隣に立つヤトさん――は、すれ違う村人に謝罪を受けていた。


 これだ。これが夜の通りに人影が少ない原因。

 黒髪ちゃん――正確にはその隣に立つヤトさん――は、非常に村人に畏れられていた。


 私達の信仰するエリシア聖教は夜というのは畏ろしい時間であり、闇とは忌避するものと教えている。

 人間を襲い喰らい、そうでなくとも堕落せしめる存在が闇。


 知らない人が見れば彼女たちこそ夜であり闇そのもので、恐怖の対象なのだ。


「…………」


 黒髪ちゃんは、何か言いたそうに村人の背中を見送っていた。しかしすぐヤトさんに促されて歩き始める。


「こうやって、彼女を遠目から見るのは交渉の時以来でしょうか……?」


 夕食が終わった時、黒髪ちゃんは私に提案した。


 ――私の名前を一つだけ考えてほしい。


 どうやら彼女は遠慮しているらしかった。

 いつまで経ってもピンとくる名前を考えられない私のために、次の名前を絶対に受け入れるというのだ。

 それはやっと名前を付けてあげられるという喜び以上に、申し訳なさを感じてしまう話だった。


 最近、私は自分に名づけの才能が無いことを自覚した。

 様々な本で名づけの方法を調べた。名前の由来も色々考えたりした。

 でも黒髪ちゃんが『ピンとくる』名前は提供できていなかった。


「……ちょっと、自信なくなってきましたよ」


 ぽてぽてとゆっくり散策する黒髪ちゃんの後をこっそり付いて回る。


 これは私がお願いしたことだ。

 私は私から見た黒髪ちゃんしか知らない。

 表面上いつも物静かで表情の疎い女の子だが、内心はとても子供らしくて可愛い女の子。それが黒髪ちゃん。


 だけどそれは私の視点でしかない。彼女は自分が可憐なことをあまり認めたがらない。


 ならばと、名づける上でもっと正確に黒髪ちゃんを知りたかった。

 だからこうやって普段の様子を見させてもらうことにしたのだ。


「……カワイイ名前が似合うと思うんだけどなぁ」


 黒髪ちゃんは、また謝罪を受けながら村人をすれ違っていた。


 ほのかに赤い顔と千鳥足を見れば食堂帰りの人だとすぐにわかる。

 気が大きくなる酔っ払いでさえ、簡単に道を譲る。

 

(……そんな、謝らなくていいのに)


 だけど村人の気持ちも理解できる。


 ヤトさんは兵士10人を同時に相手できるほど強く、ただの村人なんて数秒で容易く命を奪うことができる存在。

 そんなバケモノが我が物顔で村の中を練り歩いている。

 

 村人が卑屈に頭を下げるのは防衛のためだ。

 夜という猛威が振るわれないように、姿勢を低くしてて脅威をやり過ごすためだ。


 ……違う。その子は危なくない。

 本当はとても穏やかで優しい子供なのだ。


 いくら私が伝えても村人は表面上は受け入れてくれるが、納得まで至らなかった。

 人々に刷り込まれた常識と聖教の太陽信仰という壁が大きく立ちはだかる。


(私も聖教の一員なんですけどね。はぁ……どうしましょうか)


 黒髪ちゃんは村の出口にたどり着いた。


 既に閉門しているのを見ると兵士の詰所に向かっていく。

 門のすぐ近くにある建物を叩いた。


「はーい、って。黒髪ちゃんか」

「…………」


 黒髪ちゃんは無言で門を指さした。

 もう片方の手は口を押さえている。


「……なんだ? 開けてほしいのか?」


 こくりと頷いた。

 兵士さんは困ったように隊長を呼びに戻っていく。


(あれ? なんで喋らないの?)


 初めて見る黒髪ちゃんの行動。

 そいえば、ここまでの道中でも一切喋っていなかった。


 私は不思議に思っていたが、あっというまに事態は進む。


「お前か。門を開けてほしいということだが……こんな時間にどこに行きたいんだ?」

「……」


 あっちあっち。

 そんな感じで訴える黒髪ちゃんに、レイトさんが頭を掻いて困っている。


「この時間の外は色々あるが、きっと危険は無いんだろうな……だけど、ちゃんと許可は取ったか? ディアナさんに怒られるのは勘弁だぞ」

「…………」


 黒髪ちゃんが振り返った。

 薄暗い灯りしかない中で距離を取っているのに、彼女は確実に私と目を合わせている。


 隊長さんもその視線を辿って私の姿を確認した。

 手で大丈夫と挨拶を送る。


「そうか。なら用意する。ちょっと待っててくれ」


 詰所に戻っていく隊長さんと入れ替わるように、よく門番をしている兵士さんが姿を現した。


「うん? こんな時間にどうしたんだい黒髪ちゃん。……あ、分かったお菓子だな? 今日も欲しくなったのか?」

「…………」


 ふるふると首で意思表示する黒髪ちゃんだったが、門番さんは笑って流す。すぐに詰所からお菓子を取って戻ってきた。

 ぞろぞろと兵士さんが集まってくる。


「ほら、魔法菓子の新作だぞ。南都からわざわざ取り寄せたんだ」

「!」


 黒髪ちゃんの目がお菓子にくぎ付けになった。

 

「生クリーム……分かるかな? えぇっと牛の乳から成分を抽出して……っていうと凄い不味そうだな」

「ばか。そこは適当でいいんだよ。甘い牛乳を固めて作った奴とかでいいんだ」


「これはそういうクリームをサクサクの薄パン生地で包んで焼いたお菓子だってさ」

「普通はその日のうちに食べないと悪くなるから南都限定のお菓子なんだけど、これはなんと! あ、ギャグじゃないぞ?」

「つまんねぇよバカ。あー……これは保存魔法が掛かってる高級品だ!」


 門番さんを筆頭に、集まってきた兵士さんが次々に説明していく。

 だけど黒髪ちゃんは終始お菓子から視線を外さない。


 右にずらせば右を向き、左にずらせば左を向く。

 一歩下がれば寄ってきて、前に出れば黒髪ちゃんが更に詰めてくる。


 門番さんはお菓子の袋を持ったまま詰所から黒髪ちゃんを連れ出した。


(ゆ、誘拐でしょうか? 隊長を呼んだ方がいいかな……それとも奇襲を?)

 

 なんでも、あんな感じでお菓子をあげると言って小さい子を攫う犯罪が今流行っているらしい。

 無防備にトコトコと男の背中を追う黒髪ちゃんが危なっかしくて冷や冷やした。




 詰所の訓練場にたどり着いた兵士さん達と相対するように黒髪ちゃんは立っていた。

 どうやらこれから戦うらしい。


 数の上では5対1。

 しかし黒髪ちゃんはふてぶてしく宣言する。


「お前らが習練で辿り着ける境地にこれは居ない。勝ち目は無い」

「それでもやるんだ。だって、やってみなきゃ分かんねぇだろ?」


「無謀なこと……だが、例の献上品があるなら此方に文句はない。精々、足掻けばいい」

「ああ。じゃあ今日も頼む」


 黒髪ちゃんが合図を送るとヤトさんが一歩前に出た。


「――来たぞ!! 迎え討つな、散開!」


 そして始まる模擬戦。


 兵士さん達が大きく距離を取って広がった。

 ヤトさんはそれを気にすることなく、真っすぐ正面の門番さんへ突っ込んでいく。


「つッ……重って!!」


 キィイン――。

 そんな空気を裂くような高音が響いた。


 ヤトさんの手にはいつの間にか、黒い剣が握られていた。

 黒い靄たる夜人が握りしめた明らかな物質。


 逃げる門番さんと追撃するヤトさん。


 演武とはまるで違う。下手な舞踏を思わせる泥臭い動きだ。


 門番さんは地面に転がり逃げる。

 蹴りや砂かけさえ使って相手の隙を作る。果てには背を向けて全力で走ることさえあった。


 二人の激しい立ち回り。

 近接戦闘が苦手な私から見ても、門番さんはすごく不格好な戦い方だ。でも仕方ないと思う。

 だって彼の相手は闇の眷属。その力は人智を超える。


 これは勝つためではなく、時間を稼ぐための戦い方。


「せっぃぃいや!!」


 それでも瞬く間の攻防で門番さんは息が上がり切った。

 追い詰められる寸前というところで援護が入り、少しだけ与えられた猶予に息を吐く。


「ヤト――いつまでかかる?」

「オォオオ!!」


 しかし無情にも少女の言葉が掛かった。


「そりゃぁ、勘弁……!」


 そこからヤトさんは更にギアを一段上げた。

 振るわれる剣戟はもはや荒れ狂う嵐のよう。


 一振り、地を裂き。

 二振り、風を薙ぐ。


 人にも剣にも当てない一閃。

 たったそれだけで数人が吹き飛ばされた。


(風圧? いや、違うか。振るうことで剣圧を飛ばして……? なんだろう)


 兵士さん達が全員倒れるまでそう長い時間はかからなかった。







「おいしー……!」


 黒髪ちゃんが戦利品の魔法菓子を頬張りながら歩いていく。


 どうやらさっきの模擬戦は兵士さん達との訓練だったようだ。

 黒髪ちゃんは偶にそれに手伝いとして参加している。

 勝てばお菓子を貰えるということだが、負けたら兵士さんたちに可愛がられる約束だとか。


 ちなみにこれまで10戦10勝。もちろん負けなしだ。

 毎回高級な魔法菓子を差し出す兵士さんたちの懐が少し心配……。


 でも、兵士さんのように、黒髪ちゃんを受け入れてくれている人も居ることに私は安堵した。


 村人たちと異なり、兵士さんは黒髪ちゃんに対する理解が深い。

 それは村人よりも彼女と多分に関わっていることが理由でもあるし、仮面の男との戦いで助けられたことも要因だろう。

 しかし一番は村人と違い、彼女の生まれを知っていることが理由だろう。


 確かに彼女は『夜』の存在だ。だけど決して敵と同義ではない。

 彼女には彼女の正義があって生きる権利がある。それは普通の人間となんら変わりない。



「……おー。やっぱり今夜はよく見える」


 黒髪ちゃんは村から出て暫くすると立ち止まった。


 空を見上げた彼女につられて私も上を向く。

 すでに村の明かりは見えなくなる距離。周囲は漆黒の闇が包んでいる。


 だが――


(わぁ……)


 ――空は驚くほど明るかった。


 私は初めて見る光景に息をのむ。


「ね、聖女さん。もう近づいてもいい?」

「ええ……」


 夜空は真っ暗なものとずっと思っていた。

 今日の空だって村から見た時は真っ暗だった。


 だが、今見ているこれはなんだろう……。


 点々と光る星づく夜。


 知識として持っていた星の概念とはまるで異なる光に照らされる。

 視界の端で光芒を放つ一筋の光が煌めいた。

 

「村は、明るいから」


 黒髪ちゃんがゆっくりと、もたれかかるように寄り添ってきた。

 まるで自慢げな彼女。どうやらこの子は私にこの空を見てほしかったようだ。そのためにここまで連れてきてくれた。


「やっぱり……黒髪ちゃんには夜がよく似合う」


 知らない人には怖い時間だけど、知れば知るほどひき込まれる。


 私はとっくに夜に魅了されていたのかもしれない。

 だって夜が統ばる星の瞬きは、こんなにも綺麗なんだから。


「……決めたよ。黒髪ちゃんの名前」

「ん」


 ここに来るまでに何度も考えた事が有る。

 やっぱり彼女を示す名は『夜』をおいて他に無い。


 夜とは今は人々に畏れられているが決して敵ではない。


 世界を包む、物静かに優しく照らす星月夜。

 それに気付かせてくれた貴方の名前は――



「ヨルン・ノーティス」


 意味は『夜を案内する者』。

 貴方はこの暗い世界を安全に導き、その奇麗さに気づかせてくれる存在。


 だけど、そのままヨルでは不吉だと言いがかりを付けてくる人が居ないとは限らないから、少しだけ変える。


「だから愛称でヨルちゃん。……どうかな?」


 ―― 決まり ――


 その時、空が輝いた。

 まるで祝福するように流星群が降り注ぐ。


「……うん、ピンとくるいい名前。それじゃあ今から私はヨルン。よろしくね」


 満天の星空を背に立つヨルちゃんは小さな笑みを浮かべていた。

 こうして、彼女はこの世界への一歩目を踏み出した。




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