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コミュ障TS転生少女の千夜物語  作者: てぃー
1章

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勝手に動き始める物語

 【深淵の森】に一番近い大都市、南都アリュマージュ。

 街の外周を15km以上に渡って囲む強固な城壁を持ち、かつては森を抜けてきた帝国軍を相手取って防衛線として活躍した城郭都市だ。現在のアルマロス王国最大都市の一つにも数えられ、王国南方の防衛を一手に引き受ける主要都市でもある。もっとも現在は動きの活発化している東方諸国に呼応して、南都に拠点を置く数千人規模の王国正規軍が出払っているため活気は減っていた。


 そんな南都の一画には貧民窟(スラム)と呼ばれる場所が存在した。小さなあばら屋を寄せ合って作られた人口過密地帯の事で、住人は他所からやって来た移住者や金の無い貧困層がほとんどだ。犯罪発生率も非常に高く、南都を統治する領主にとって頭痛の種となっている。

 

 そんな入り組んだ地帯を走り抜ける小さな影があった。

 

「はぁ! はぁ! っあ……ご、ごめんなさい!」

「な!? ふざけんなガキ! おい!?」


 十代前半だろう男の子は通行人にぶつかっても速度を緩めることなく全力疾走する。時折後ろを振り返りながら、勘に従って曲がり角に飛び込んでまた駆ける。

 彼の名前はリュエール。イナル村――主人公の襲撃した村――から夜逃げしてきた家族の一人だった。


 少年は後悔していた。

 両親が突然村を出ると言い出したことにもっと反対するべきだったのだ。理由も何も教えてくれないし、旅はきつかったし、村を出てよかったことなんか一つもない。


「いたぞ! こっちだ、残り一人はこっちに逃げてる! 追い込めるぞ!」


 後ろでドタドタと荒っぽい足音が聞こえてきた。ヤバイと思ったのもつかの間、人影が現れたからリュエールは再び足を速める。

 両親が二人がかりで稼いでくれた時間だったが何の意味も無かった。入り組んだスラムは来たばかりのリュエールにとって迷宮と変わりない。

 無我夢中で逃げ続けたつもりが、いつの間にか袋小路に追い込まれていた。目の前を壁に囲まれてついにリュエールは立ち止まった。


「はぁ……苦労かけさせやがって、そろそろ諦めな」


 野蛮な男達だった。身に着けた服は汚れ切っており、無精ひげは伸びっ放し。ガリガリとかきむしる頭からは大量のフケが散っていた。スラムの先住者だ。


「な、なんだよお前ら! なんで僕達を追いかけるんだよ! 何もしてないだろ!」

「うるせぇうるせぇ。コレだからガキは嫌なんだ……まあ諦めな。テメェの父ちゃんも母ちゃんも既に押さえた頃だろうし、三人仲良く引き取られてくれや。一人当たり10000シエル。安い商売だよ」


 人買――。

 そんな言葉がリュエールの頭をよぎった。

 王国で禁止されている完全違法行為。それを当然のように行う男たちが信じられなかった。


「ば、バレたらどうすんだよ! そんなの重罪だぞ! 一生檻から出られないんだぞ!」

「あぁ? 知ってるっつーの、んなこと。……バレるわけねぇよ。テメェら、今日ここに来たんだろ? しかもスラムに来るような連中だ。この街に知り合いは居ねぇ、居てもスラムにいる野郎だろ。なら自警団だって気付かねぇよ」


 人の出入りが完全に把握されているわけではないこの世界。

 移住してきた一家が消えた程度では本格的な捜査はされない。それはする気が無いほど倫理観の落ちぶれた世界というわけではなく、徒労に終わることが多いから積極的に行われないのだ。


 この世界、街の外は管理外のダンジョンから溢れる魔種や、害獣たる獣種を筆頭に亜種族で溢れている。

 夜逃げや職を探した貧困者の移住者が旅路で殺されてしまうことなど日常茶飯事。遺品の残らないことも多いし、人知れず息絶えている者も多い。

 男はそれをつまらなそうにリュエールに説明してくれた。


「だから、まあ諦めてくれや。俺も生きるためなんでね」

「くそっ! お前ら全員クソだ! クソクソ! 僕らをどうする気だよ!」

「あー? あー……まあ冥途の土産だし、いいか。まあなんだ、こわーい秘密結社さんが人を欲しがってんだよ。なんでも供物だとか、研究材料だとか用途は一杯だそうだぜ」

「ふざけんな! なんだそのクソ結社! だったら自分の体使えよ! ばーか!」


 罵倒するしかない子供の抵抗に、男たちは感慨を抱かない。そんなものはとうの昔に捨て去ったのだろう。

 お前も明日には実験台になるんだろうなぁと僅かばかりの憐憫の情が湧いた目で見る程度で、しかしそれも明日には忘れていることに違いない。

 リュエールは精一杯の抵抗で口汚く罵り続ける。しかし男たちはそんな抵抗は、聞き飽きた言葉とばかり手で振って取り合わない。

 男の右手首では、石造りの腕輪が黒く光っていた。


 ――オォォ……


 人買の手がリュエールに届く。その前に、地の底から響くような声が聞こえた。


「あ? おい、誰かなんか言ったか?」

「いえ?」

「そうか……っシ! なんだ、やっぱり何か音が」


 ――オォオオオ!

 今度はもっとはっきりと。獣のうなり声のような声が男の耳に確かに聞こえた。


「やっぱり聞こえる! なんだ、誰だ! 出てこい!」


 人買が周囲を見回す。

 僅かな月明りと、数少ない魔力灯が照らす路地裏には何者も居ない。


「ひ……!」


 だがリュエールには見えていた。灯りによって生じた自分の影が蠢いている。声にならない悲鳴が漏れた。

 影はボコボコと泡立って少しずつ、少しずつ何かを産み出している。何か不吉なことが起きている。

 

「ああ? お、おい! なんだよそれ! 地面から手が生えている? まさかこいつの影に何かが潜んでる!?」


 人買が気付いた頃には、リュエールの影から黒い腕が生えていた。



 【黒燐教団ブラック・ポースポロス】の末端も末端。ただの人さらいでしかない男は不運の真っただ中にいた。

 

 いつものようにスラムに来たばかりの新入りを何人か回収しようと思っていた。何か月も続けてきた仕事であり順調そのものだった仕事だが、しかし、その状況は今一変した。


「か、影が……影が何かを隠してやがった!」


 目標としたガキの影から体の一部――腕が飛び出していた。それは何かを探し求めるようにふらふらと揺れている。

 目の前で展開される超常現象に男は心当たりが有った。

 一度だけ見たことがある。男にこの仕事を持ち掛けた黒燐教団の幹部――名前は名乗らなかった――が使っていた魔法だ。

 王国どころか、近隣諸国一帯で禁呪指定される闇属性の魔法。人を堕落させしめ、世界を破滅に導くと言われる【夜の神】が与え賜った闇魔法。それが今、目の前で使われている。

 しかも黒燐教団の幹部が使うような人間用に調整された簡易的なモノではない。本当の邪法……これがそれなのだ。男は心ではなく、魂で理解させられた。


「なっ!? あぎ…!?」

「が…ひゅ!?」


 現実離れした光景を前に人買達は動きを止めていた。しかし黒い腕は止まらない。

 更に伸びあがった腕はリュエールを捕らえるために近づいていた男二人の体をまとめて横に切り裂いた。


「ひやぁあ!? な、なに……なにこれ、なにこれ!?」


 リュエールは溢れる血潮を全身に浴びて、自分の影から生える腕を茫然自失と見つめる。思わず後ずさったが袋小路の壁に当たってそれ以上逃げられない。というか、腕はリュエールの影と共に付いてくる。


 影から腕が出て、次に肩が出て、頭部が姿を見せる。そのまま穴から這い出るように黒い巨体が全貌を現した。


 指先は鋭く尖っていて頭部はのっぺりと目も口も無い、生物として在り得ない容貌。

 風に煽られるようにユラユラと揺れる黒い(もや)が寄り集まって作られた凶悪な闇人形――夜人(ヨルビト)だ。


「な、なんだコイツ……バケモノだ!!」


 人買たちは見たことも無い異形に仲間を斬られたことで狼狽した。辛うじて息は残っているが、あふれ出ている血液量を見る限りもう長くはないだろう。

 残された人たちに武器は無く、武道の心得も無い。だがバケモノにとって人の事情なんて知ったことではない。

 夜人は「轟ッ!」と石畳を蹴りぬいて人買に肉薄する。


「き、来たぞ!! だれか迎え撃て!」


 リーダーである男が叫ぶが瞬時に動ける人は誰もいなかった。

 夜人の屈強な五体にとってやせ細った男たちなど何の障害にもならない。ただ走るだけで数人が瞬く間に轢殺され――なかった。その直前で夜人は慌てたように急停止した。


「な、なんだ……? 止まったぞ?」


 まさか見逃されるのか? 思わぬ幸運に人買は希望を抱くが、それは幻想だ。


 最後の一線を越える前に夜人は自分達に課された命令を反芻していた。

 小さく、脆く、それでいて優しい母の言葉。すなわち――


『あそこの村人は絶対怪我させちゃダメ。彼らの命も大切に』


 ――村人(護衛対象)を狙う人買()は殺していい。


 その日。

 南都アルマージュでは10人を超すスラムの住民がひっそりと姿を消した。







「……なにそれ」


 なんか夜人が変なモノ持ってきた。

 すっげー汚い男物の服と黒い変な輪っか。コンコンと叩いてみれば石製だろうか? へんな紋様が付いている。

 他にも刃こぼれしたナイフや、踵のすり減った廃品同然の靴。何に使うのかよく分からない物体、ねとねとした液体と続く。


「いらない」


 とくに服が要らない。なんか凄い臭いんだけど?

 カビの生えた雑巾の臭いが部屋中に……どこから拾ってきたの、ねえ。

 マジで森に落ちてたやつだろソレ。勘弁して。


 え? 他にも一杯あるの?

 夜人が神殿――もう洞窟とは呼べない――の出口を指さして、わんさか有るぞとアピールしてきた。……見たくない。

 念のためヤトに重要そうなものは有ったか聞いてみるが、無いらしい。鼻で笑うような仕草で教えてくれた。


「そう。……ならそこらに、捨てておいて」


 夜人は頷いた。

 せっかく一杯色々なモノを拾ってきてくれたみたいだが、ごめん、それは要らない。


 ただの洞窟だった頃ならともかく、ここも今では立派な神殿だ。いっそ素晴らしいまで神聖な場所に変わったここに変なモノを置くと景観が崩れてしまう。それは頑張った夜人に対して申し訳ない。


 現在の神殿は3層造りとなっている。

 一層は入り口から真っすぐ100mほど続く曲道も無い緩やかな上り坂。通路は完全に古代遺跡風で両脇は壁画のようになっている。絵画の下は碑文に載っていそうな複雑な文字でびっしり埋まってる。

 俺が視た限りでは神話のお話とその歴史……って感じに見えたが、確証はない。


 上り坂の突き当りは玉座が鎮座している。頭蓋骨は外してもらったけど、その代わりと言って気が付いたら何か変な液体を塗りたくってた。おかげで玉座は石造りのはずなのに赤黒く変色している。


 玉座の後ろには下への階段が隠されており、そこを進むと第二層へと至る。

 第二層は夜人達の部屋とか物置が一杯あるから、一層と打って変わって通路が枝分かれして入り組んだ階層となってしまった。

 通路の外見がシンプルな造りで有ることも相まって、初めてきたら迷ってしまいそうになる。どうやら洞窟拡張を優先したようで夜人は悔しそうにしてた。きっと時間ができたらここも装飾する気だろう。


 そんで更に地下へ入って第三層。俺の寝室。

 床が石で寝辛いって言ったら寝室が増設されて、ベッドまで搬入してくれた。木製のフレームで、敷布団はよく分からない羽毛を材料とした質の良いものだ。なんか常にぼんやり青白く光っているがなんの羽だろう?

 次は浴槽を作ると張り切っていた。湧き水はあるものの、どうやって沸かす気だろう? 分からないけど、それは応援する。頑張って俺にお風呂をください。


 ここまで思い返したが……うん、ゴミ置くとこ無いわ。

 物置になら置けなくもないけど、臭いが漏れ出てきたら困る。やっぱり捨ててもらおう。


「ん……ゴミ捨て場」


 あー……どうしようか。

 一瞬、【闇送り】で消せばいいんじゃんと思ったけどそれはちょっと可哀想だ。

 あれどうやら原理は夜人の体内に取り込んだ後で、闇により侵食するものらしい。だから神聖パワーがある物は闇での侵食ができず消滅させられない。

 つまり夜人にとって【闇送り】とは食べているという表現が一番近い。ならゴミを食べさせるのは、ちょっとねぇ。


「神殿から離れた所に大きい穴掘って。それが一杯になったら埋めよう」


 雨ざらしになるし臭いも酷そうだ。でも俺もゴミ捨てに行くこともあるだろうし、離れすぎてると不便。

 神殿と村の間に作ろう。林道脇に作ると通行人が可哀想だからちょこっとずらす。


「ん。そろそろ夜?」


 玉座の間で昨夜の報告を聞いていた――言葉は交わしていない――が、そろそろ日暮れだとヤトに指摘されたから様子を見に外へ向う。

 森に出れば、僅かに見える太陽が徐々に地平線に沈んでいくところだった。眩しいけれど、あったかくて気持ちいい。


「うん、じゃあ今日もお願い」


 俺は【夜の化身(彼女)】と約束したのだ。

 人間のすばらしさを見せてあげると勝手に約束したのだ。


 今は一分一秒が惜しい。

 ダークファンタジーの世界を生き抜く知識が必要で、クシャミの制御に力が必要で、そして村人と仲良くなって人間賛歌を彼女に聞かせてあげる。やることは一杯ある。


 日が落ちると同時に神殿を出発。

 今日も護衛はヤト一人だ。昨夜からクシャミの回数がだいぶ減ったから、村に着くまでに増えても10人ぐらいで済むだろう。


 クシャミの頻度も昨日からだいぶ減った。

 この変化は彼女の何かしらの主張なのだろう。人間と仲良くなるなら力を貸さないというアピールなのか、それとも別か。良い反応ならいいんだけど……。




 見慣れた林道を爆走して村に到着。

 食料回収の予告時間よりもはるかに早かったから、門番の人が驚いていた。


「きょ、今日は早いんだな。なにか用事があったかい?」

「……」


 思わず門番さんの顔をまじまじ見つめる。


 この人、俺が最初にあった人だ……。

 初日は俺に槍を向けてきた人が今日は笑顔で対応してくれている。

 やっぱり怖いのか少しだけ声が震えているが、それでも彼は努力して俺と仲良くなろうとしてくれている。


「……」


 自分の喉をトントン指さして、口の前でバツ印。

 せっかく相手が仲良くなろうとしてくれているのに、俺がぶち壊すのは嫌だ。聖女さんが来るまで待ってほしい。

 

「なんだ? 喋れないわけじゃないよな。……喋りたくないのか?」


 少し悩んだがちょっと違う。

 これに頷いたら門番さんが嫌いで喋らないみたいな意味になってしまう。フルフルと首を振って否定。


 声が出なくなった。否定

 のどの調子が悪い。否定。

 今日は無口な気分。なんだそれは、否定。


「わ、わからん……」


 門番さんが頭を抱えた。

 まあ伝わらないよね。


 ぽんぽんと相手の肩を叩いてアピール。

 こっちを見てくれたので俺が昨日聖女さんにされたように、門番さんの頬っぺたを引っ張り上げる。


 俺は昨日の聖女さんから学んだのだ。女の子はあざとい方が可愛らしい!


 俺も男としてのプライドを持っていたが、そんなものは捨ててしまえ。

 少女ボディとなった以上これを生かすしか手はない! 見えた、仲良くなる最短ルート!


「ど、どうしたんだ?」


 うお、思ったより門番さんの頬は固いなぁ。やはり鍛えている男ということか。

 力加減がわからん、こうだろうか? もっとか!


「ぐ、ぅ……ぬぬ……! 痛っ、いた……!」


 引っ張り過ぎた。

 門番さんが俺の手をパンパンとタップアウトしたから慌てて手を離す。彼は涙目になっていた。

 ギリギリまで我慢していたのか真っ赤になった頬をさすっている。


 俺はあたふたと手を動かした。ご……ごめ、ごめん!


「なにやってるんですか? 兵士さんに呼ばれたから来てみれば……?」

「……!」


 そんなことしていたら奥から聖女さんがやってきてくれた。彼女は門番さんの赤くなった頬に手を当てて呪文を呟いた。白い光がほんのりと輝くのが見える。

 聖女さんに抱き着くぐらい近づいて、昨日のロザリオ見せてくれるように懇願。


「し、失敗! 失敗した!」

「……ああ! なるほど」


 納得してくれたのか聖女さんは一回手を叩くと、自分のほっぺを引っ張って俺に問いかけた。


「気に入ってくれたの? これ」


 はい、あざとい。


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