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8話 神宮寺聖歌

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神宮寺聖歌は、『神宮寺聖歌』が嫌いだ。

だから。


「まさか生徒会長が露出狂とはな」


夜の公園。関わったこともない用務員に自らの痴態が納められた映像を見せられて最初に思ったのは――ああ、これで終われるであった。


『神宮寺聖歌』を終われる。辱められ、貶められ、蔑まれても、それで終われるのなら、それで良いと思った。


回避する術はあったのだろう。

聖歌の能力(スペック)と神宮寺家の権力(パワー)があれば、どうとでもなる程度のことでしかなかったはずだ。それでも聖歌にそうしようとする意欲は湧かなかった。


彼女の欲求(露出)とは、誰かに見つけて欲しくて、そうして神宮寺聖歌を壊して欲しくて――終わらせて欲しいと願う破滅願望だったのだから。


そう、思ってしまう程に、願ってしまう程に、神宮寺聖歌は、『神宮寺聖歌』が嫌いなのだ。


いや、嫌いだった(・・・)のだ。





神宮寺聖歌、5歳。


プラチナのように高貴で重厚な輝きを放つ銀色の美しい髪を小さくツインテールにして、聖歌は、腕を組み、精一杯背伸びするように背筋を伸ばして、胸を張っていた。

その顔は自信に満ち溢れ、やってやったぜという達成感に満ちている。簡単にいえば、ドヤ顔である。


「ああ、なんてこと……」


そのドヤ顔幼女の背面にある外壁には、デカデカと、ペンキでグチャグチャとした何かが描かれていた。赤・青・緑、規則性なく塗りたくられたそれは、誰がどう見ても落書き以外の何物でもなかった。

ああ、と使用人はそれを見て震え――


「なんて、素晴らしいんでしょうか、お嬢様!これぞ芸術!天才的な色彩感覚でございますぅ!」


――なんてことだと褒め称えた。


「これはただのらくがきよ」


「ええ、ええ、まあ、まあ!落書きでこのセンスだとは私としたことがお見逸れしました!」


子供なら誰しもが一度はしたことがあるかもしれない落書き。壁に、床に、あるいは家具や家電に、意味もなく描いてしまって大惨事になり、叱られる。


聖歌とて、それを想像していた。いや、期待(・・)していた。だから称賛が返ってきたとき、子供ながらに聖歌は恐怖を感じた。

そしてその漠然とした恐怖は、聖歌の中で、徐々に大きく、明確に、重大になっていく。




神宮寺聖歌、6歳。


家庭教師の授業をサボった。

理由なんてなかった。ただ、何となくそういう気分ではなかっただけ。教師に落ち度はなかったし、勉強が嫌いなわけではない。家庭教師による授業をボイコットし、自室に引きこもっていた聖歌の元へ父がやってきた。父は真剣な顔で、聖歌を真っ直ぐ見つめて言った。


「なんだ、教師が気に入らなかったのか。あいつならもう辞めさせたから。お前は天才なんだ。そのお前に教えさせてやっている(・・・・・・・・・・)のに飽きられるような無能はいらんさ」


聖歌は分かっていた。授業をサボったのは完全に己が悪いと。なのに、父はお前は悪くないという。それどころが悪者は先生で、その先生はクビにしたと。


自らの頭を撫でる父の手が、どうしてか凄く怖かった。



神宮寺聖歌、7歳。


苦手な食べ物が入っていて、出された食事を残した。シェフがクビになった。自分の我儘のせいだった。


庭で遊んでいる時に、木の枝に服を引っ掛けて少し破れた。付き添っていた使用人と、管理していた庭師がクビになった。自分の不注意のせいだった。



朝寝坊して学校に遅刻した。聖歌専属世話係の使用人と、送迎の運転手がクビになった。自分の怠慢のせいだった。



テストの点数が少し下がった。また家庭教師がクビになった。自分の努力不足のせいだった。



クラスに突っかかってくる子がいた。いつの間にか転校し、街から家族ごと消えていた。自分が仲良く出来なかったせいだった。



仲良くしている友人がいた。その子がいじめられ始め、転校した。自分が仲良くし過ぎたせいだった。



神宮寺聖歌、8歳。


聖歌は理解した。

自らの立場と役割と影響を。


聖歌がやることを否定し、正してくれる人間はおらず、間違ったことをすれば、失敗すれば、誰かが理不尽に苦しむことになる。


8歳にしてそれを悟った聖歌は常に正しくあろうとした。完璧であろうとした。


聖歌にはそれを文字通り完璧にこなせてしまうだけの性能(スペック)が、備わってしまっていた(・・・・・・)

運動能力・頭脳・家柄・容姿――人を強烈に惹き付ける圧倒的カリスマ性。


やがて、神宮寺聖歌は『聖女』と呼ばれるようになっていた。


――運命(ゲーム設定)の通りに。



偽りだらけの、演じ、作られた『神宮寺聖歌』が、心底嫌いになった。



そして現在。神宮寺聖歌、16歳。


『神宮寺聖歌』は終わった。


それは自らを陥れようとした用務員の手による破滅的なものではない。その場を通り掛かった、同じ学校の一年生によって穏やかに消え去っていった。


綾辻真白。

彼は自分の醜い欲求(露出)を知って、欠点(弱音)を聞いて、至極真っ当に、聖歌を叱り、正直に聖歌の異常性をぶつけた。そして、その上で突き放すことはしなかった。聖女としてではない、ただの神宮寺聖歌と普通に(・・・)接してくれた。


この人は叱ってくれる。本当の自分を見て、この自分の醜いところを見ても、変わらずにいてくれる。


この人の側でなら、自分が自分でいられる。もう『神宮寺聖歌』を演じる必要はないのだ。


欲しかった。どうしようもなく、この上なく。側に置いて手放したくなかった。



「綾辻真白君いますか?」



神宮寺聖歌という人間の人気、生徒の崇拝ぶりは、嫌という程分かっていた。そうして真白の元を訪ねれば瞬く間に噂が広がることも。この学園では絶滅危惧種並に珍しい、随分と聖歌に敵意剥き出しの生徒がこのクラスにはいたが、それで止まるようなら初めから聖歌は動いていない。

そのまま、雑な小細工をして教室を出た真白と予定通り(・・・・)生徒会室へ。


「大丈夫です。私はとても……ドキドキしています」

 

「ただの露出狂だぁあああー!?会長、反省してないんですか!?」


聖歌にもう露出癖はないはずだった。

そんなことをしなくても、己を見てくれる人間が目の前にいるのだから。ただこうして悪い事をしてそれを咎められるのが嬉しかった。慌てている真白を見ているとドキドキする。もっと見せたいと思ってしまう。


「思ったとおり、貴方に(・・・)見て頂くのはとてもドキドキします。この感覚、良い、とても良いですぅ♡」


幼少期から自身を偽り続けてきたことから、本当の自分を見て欲しいという想いは人一倍強い。結局、破滅願望があろうとなかろうと、聖歌の露出癖はもう既に、彼女を形成する一部となっていたのだろう。

聖歌はそれを自覚しながら、それも良いと思った。己のその邪さが、不完全さが愛おしい。


この時まで聖歌にあった真白への感情はまだ執着で、それが花開いたのは、聖歌でさえ予想できなかった真白の宣誓によってだ。



「露出して喜ぶなど破廉恥な行為は言語道断、当然ながら即刻、止めるべきです!ですが、会長は口でいくら言っても行動を改めないようなので――ぼくが貴女を、本物の清楚に調教しますっ!」


嬉しかった。かつてないほどの至上の喜びが聖歌を貫く。

その宣誓は、聖歌にとって何よりも熱烈で情熱的で魅力的な――告白だった。


だってそれは、本当の自分を見ても、自分に幻滅せずに、見捨てずに、周囲に押し付けずに、叱って、正して、共に歩んでくれるということに他ならない。


――それはなんて、愛おしいのか。



神宮寺聖歌はもう聖女なんかじゃない。


誰にでも優しく、誰にでも笑いかけ、誰かを贔屓したりはしない。常に完璧で、美しく、平等で、慈悲深い彼女はもう終わったから。


ただ壁に落書きをして無邪気に楽しむあの頃のような、今の偽りのない自分が、少しだけ好きになった。


だから。


我儘でも、醜くても、不平等でも、傲慢でも。



欲しいものをこの手に収め、絶対に手放さないと決めた。



「彼は綾辻真白君。実はこの度――彼と私はお付き合いすることになりました」



これは宣戦布告だ。

聖女としての偽りの神宮寺聖歌が終わり、生まれ変わった新しい神宮寺聖歌から、調教師(綾辻真白)への宣誓(首輪)


――もう後戻りはさせない。


ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェの著作に、こんな言葉がある。


『怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』



――私が貴方を、立派な調教師に調教してあげますね……私なしでは生きていけないように♡



運命(ゲームシナリオ)は崩壊し、世界は新たなルートへと突入した。渦中の綾辻真白を置き去りにしたまま。




ご覧頂きありがとうございます。


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[一言] 真白は気づかないうちに鳥籠の中に入ってしまったのか… ドンマソ笑
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