20話 行き先
神宮寺聖歌は、要の動向を『私ならどうするか?』という思考で考えていた。要本人は頑なに否定するであろうが、聖歌としては、自分と要は似ていると思っていた。常に仮面をつけて、誰にも本心を悟らせず、ただ自分の作り出した役を演じる。血を分けた者同士というだけでなく、そういう生き方しか出来なかったという意味でも共感が出来た。
故に分かる。――要は切り札を用意している。
「……15分といったところでしょうか」
だからこそ聖歌は、要に切り札を切らせないギリギリを攻めた。位置情報を把握されているであろうことを気がついていながら見逃し、追える程度の逃走をすることにしたのだ。
『まだ切り札を切るような状況ではない』と要が考える状況こそが最も都合の良い空白の時間となる。
切り札が必殺であるのならそれは初手で切っているはず。そうしなかったのは、それが要にとって諸刃の剣なのか、状況を整えなくては高い効力を発揮できないかの二択。聖歌の考えでは前者であった。何故なら要には準備する時間があり、聖歌の行動を読む力もあったのだから、高い効力を発揮できるように場を整えることは難しくなかったはず。
ならば、余裕があるうちは切り札を切らない。裏を返せば余裕を与えておけば切り札を切られることはないということ。
「……久しぶりに楽しく鬼ごっこしましょう♡」
それに聖歌には、まだ確信こそないものの、要の切り札に対抗できるであろう要の情報を握っていた。恐らくはそれを切られることを恐れて、要は切り札を切っていないのではないかと聖歌は考えていた。
「聖歌さん、本当にマジでどういう状況なんですか、これ!」
基本的に品行方正である真白は走行中の車内でシートベルトを外したりはしないため、大人しく座りつつも、大混乱中の状況を問い質す。何やら思惑顔で呟いている聖歌が首謀者なのは間違いないにしても状況的には完全なる誘拐である。シンプルな恐怖体験中であった。
にもかかわらず、聖歌は心底楽しそうに笑って。
「誘拐鬼ごっこです♪」
「全然理解出来なかった!あれ?もしかして全国的に知られてるような遊びだったりしますかね!?子供の頃誰もが一度はやったことがある的な!」
「そんなわけないじゃないですかぁ」
「でしょうね!じゃあ当たり前みたいに言うの止めてくれませんか!?」
聖歌の異常なカリスマ性は、時に荒唐無稽なことすらも信じ込ませる魔力を持つことを理解しているが故に、こうした軽い冗談を言うことは珍しい聖歌であったが、真白には積極的にこうした話をしてしまう。
下手なことを言えば信者が真に受けて、もしくは曲解して、取り返しのつかないことになってしまうことを考慮して、自身の発言に細心の注意を払っていることが原因であることは間違いない。
誰にも見せたことのなかった、自身ですら分からなくなっていた『神宮寺聖歌』の素は、案外気安くお転婆で、実は冗談ではなく発生している誘拐や、それによる要との鬼ごっこを心底楽しむような若干難ありな女子であるわけだが、それを引き出して受け入れてくれる真白に、少々重めで歪んではいるものの、絶賛初恋中の乙女でもある。
そんな乙女はその卓越した頭脳と観察眼を持って、初恋相手である真白を分析し続け、『ある結論』を導き出していた。
それは自らの恋にとって高い障壁、綾辻真白を手に入れるためには絶対に解決しなくてはならない大問題であった。
今日という日に要と完全に敵対関係になるリスクを犯してまで真白と二人っきりになることを決意したのは、それの答え合わせをするため。
そして、それが聖歌の考えた通りであったのならば、これから始まる大問題攻略のために動き出す必要がある。
――が、それはそうと。
シートベルトとはいえ、『真白を縛る』という行為や、誘拐しているというシチュエーションに若干の興奮を覚え、火照ってしまった体が暑苦しく。そう、火照っていて暑苦しいからで、決して他に意図は無いが。
白のニットにワイドパンツなんていう脱ぎにくく、ちょっとした工夫で『通気性』を良くしたりも出来ない服装を選んだことを事を後悔しつつ。
真白君が褒めてくれたから良いでしょうと、その後悔は取り消して、あくまで『機能性』という判断基準の元、今後の服装はスカートにしようと決めた。
◆
誘拐鬼ごっこという訳の分からない状況の中、ぼくはどうして聖歌さんがこんな行動に出たのか、その答えを導き出していた。時間が濃すぎたせいでそんな気はしないけど、聖歌さんと知り合ってまだ数日。それでもぼくは聖歌さんの良い面も悪い面も知って、さらには先程のゲームセンターでは乙女心ってやつも分かってしまったかもしれない。そんなぼくが思うに、この聖歌さんの突然の奇行は、ぼくと二人になりたかった……そう、生徒会メンバーがいてリフレッシュ出来ず、抜け出したかったということなのだろう。
ありのままの自分で話せる相手であるぼくと羽を伸ばしたいということで、今日一緒に遊びましょうってことになったんだろうし、あの二人がいたんじゃ本末転倒だ。二人の前では聖歌さんもかなり自然体だった気もするけど、やっぱりまだ完全には素になりきれていなそうだった。
抜け出し方には物申したいものの、そもそも二人で遊ぶ予定であったし、普段『聖女』として抑制している分を、露出ではなくこうしたことで発散してくれるのならば許容しないと。
とはいえ、だ。
「マジで怖いんで二度としないでくださいよ?普通の友達にこんなことしたら速攻通報されて縁切られますからねっ!」
「ちなみにもう一回したらどうなるんですか?」
「もっと怒りますよ!というかやる度に怒りますからね!?繰り返さないで下さいよ!?」
「それはとてもアリですねぇ♡」
「反省してますぅ!?」
この世界に抗って、会長をエロゲーヒロインから、『聖女』という名の通りの、清楚で、清らか、清純な、理想の女性にする。そういう決意を一度した以上、ぼくは聖歌さんを叱ることはしても、見捨てたり突き放したりは絶対にしない。だから何度繰り返そうとも、その度に注意する覚悟なのだけども、それはそれとしてちゃんと反省してほしい。
反省した様子もなく、それどころが機嫌良さそうに笑っている聖歌さんに辟易していると、あの〜すみません、とおっとりした声がかけられた。
「運転しながらで申し訳ないのですが、私は二階堂華彩音と申します。聖歌様の護衛として外出時の送迎もこうして行っていますよ〜。よろしくお願いします」
「はいっ、ぼくは綾辻真白と言います。こちらこそ宜しくお願いします、二階堂さん」
「あ、遠慮なく華彩音と呼んでもらって良いですよ。薫ちゃんもいますし、堅苦しいのは無しにしましょう」
「分かりました、華彩音さん。ぼくも気安く名前で呼んでください」
話には聞いていた二階堂華彩音さんが、運転をしているため正面を向いたまま挨拶をしてくれたのだけど、車が赤信号で止まった瞬間に態々振り返って、微笑むような控えめな笑みを向けてくれた。清楚で大人な雰囲気に、思わず照れてしまったのは仕方がないと思う。正直、名前を呼ぶだけでちょっと緊張した。
「華彩音、貴女後でちょっとオハナシがありますので」
「へ!?なんでですか!?そのイントネーションはお説教系のお話ですよね!?」
聖歌さんが突如として圧力全開の笑顔で言ったことで、これは完全に怒っていると感じ取った華彩音さんが慌てふためく。聖歌さんは笑顔で怒っている時の方が本気度が高いので、これはお説教で間違いなさそう。
「大丈夫です、残業代は支給しますよ。何時間でも」
「ふぇえええ!?」
縋るような目で見られても、何故に聖歌さんが怒っているのか分からないのでどうすることも出来ない。ぼくはさっと目を逸し華彩音さんに黙祷を捧げた。聖歌さんは本気で何時間でもオハナシするだろうという確信があったからである。
「真白君も同罪ですよ?」
「ぼくも!?」
黙祷をしている場合ではなかったようで、聖歌さんの矛先はぼくにも向けられた。
これはもう聖歌裁判長が理不尽過ぎて片っ端から有罪にしているだけではっ!?
「求刑、無期懲役♡」
「謎の罪なのに刑が滅茶苦茶重い!」
何の罪かも分からないまま、ぼくは無期懲役となったらしい。誰か弁護士を呼んでください。
「……全く。私には全然照れたりしないのに」
何故か呆れ顔というか若干恨めしそうな顔を向けられるぼく。この状況でぼくが悪いみたいな雰囲気になるの解せないんですが。というか良く考えたら爽やかに挨拶してるけど華彩音さんもゴリゴリにこの誘拐に加担してるわけで、照れたりしている場合ではなかった。いや、もしかしたら、お嬢様のお遊びに付き合ってるみたいな感覚なのかもしれない。
「それで、これはどこに迎えば良いんでしょうか?」
「華彩音さん知らないで走ってたんですかっ!?」
「はい!誘拐ということは追う人がいるんだろうなと思ったので一先ず走行を続けてます。後、走ってた方が真白君が逃げられないかなと」
「完全な共犯だった!ガチの思考で誘拐してるじゃないですか!」
「えっ、だって聖歌様が言うんですから実行しますよぉ」
何を当たり前なことをみたいなテンションで言われたので一瞬ぼくがおかしいのかと思ったけど、おかしいのは間違いなく華彩音さんである。普通は誘拐とか言われたら戸惑うし、止めるでしょ!なのに目が本気中の本気なのでこれは間違いなく聖歌さんの信者だ。今の所、聖歌さんの信者って極端に傾倒してる人しかいないけど、もしかして学校の信者もこのレベルなんだろうか。恐怖しかないので考えないようにしよう。
「目的地ならすぐそこですから、そのまま直進してください」
「どこ行くかは決まってたんですね」
今日の遊ぶコースは元々考えてくれるみたいなことを言っていたし、副会長と要の乱入でその計画は崩れてしまったとはいえ、どこか行きたい場所があったのだろう。やたらと静かに走る車の中でどこに向かうか聖歌さんに訊ねては、はぐらかされを繰り返していると、聖歌さんが窓の外を指差した。
そこには何となく見覚えのある光景が広がっていて。
白く無機質なタイルと温かみのあるレンガを組み合わせた外観の洋食レストラン。
さらに、外観を見ただけで浮かぶ店内の様子。鹿の頭やアンティークな木の家具で雰囲気がしっかり作られた拘りの内装で、勿論食事は絶品。
そりゃ知ってるよね、今日行ったばかりだもの!お昼を食べたレストランだものっ!オムライス美味しかったです。
「まさかここですか?さっきご馳走になったばかりですけど」
結構走っていたような気がしたのに、徒歩で20分程の距離しか進んでいなかったとは。華彩音さんが適当に走っていたせいで同じところをグルグルしていたのかもしれない。もしかしておやつでも食べるのかな、と文字通り甘いことを考えていると、ズイッと限界まで身を寄せてくる聖歌さん。
「今日はもう営業してませんからゆっくり過ごせますよぉ」
聖歌さんが鍵らしきものを取り出して見せつけながら、何故かぼくの手を掴む。あの、聖歌さん、力強くないですか?
バリバリに嫌な予感がするんですけど。
「止めて下さい」
「止めないで下さい」
聖歌さんと同時にぼくもお願いしたのに、ガン無視して車を止める華彩音さん。レストランの前に止まった車のドアを自動で開けるサービス付きだ。この信者、無慈悲である。
「実は少し聞きたいことがありまして――ちょっと私とオハナシしましょうか♡」
このまま行ってはいけないと、ぼくの頭が警報を鳴らしている!なんでって?聖歌さんが満面の笑顔だからだよっ!
縋る思いで華彩音さんへ視線を送ると、さっと目を逸らされた。ですよねーっ!
本当の誘拐のようにぐいぐい引っ張られて連行されていくぼくを、華彩音さんはただ静かに目を閉じて見送っていた。
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