18話 ゲームセンター
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ぼくはゲームセンターで無双する神宮寺聖歌という世にも貴重な光景を目の当たりにしながら、要と対戦している格ゲーで、手も足も出ずにボロボロに負けた。
ぼく、このゲーム中学生の時に一時期ハマって滅茶滅茶練習してたから結構自信があったのに。
「要、このゲーム得意なの?」
「得意ってわけじゃないけど、中学生の時に友達と良くやってたよ。練習相手させられてたのにボクの方が強くなっちゃって」
友達の付き添いでオーディション受けたら自分だけ合格した的な、陽キャエピソードを聞いても納得はいかない。
歌成に付き合ってもらって練習してたときも歌成の方が強くなって落ち込んだことあるけど……もしかしてぼく弱い?
どうやらぼくは友達が少なすぎて自分を過信していた井の中の蛙だった様だ。歌成が特別強いんだと思っていたのに、ぼくが雑魚なだけなんて、知りたくなかった現実を叩きつけられ、ぼくは要とのゲームを切り上げた。
「中々楽しいものですね」
落ち込むぼくとは対照的に、聖歌さんは楽しそうだ。何せオンライン対戦で現在10連勝中。そりゃ楽しいに決まっている。
聖歌さんは一瞬にしてコマンドを網羅し、そこから想定しうる組み合わせや戦術を構築、数回実践したらそこからはもう無双を続けている。これまで勝ってきた対戦相手の実力からして、プロ相手ならともかく、そこそこ程度の実力者は軽く一捻り出来るくらいには強い。格ゲーって反復練習によって向上していくものだと思っていたけど、並外れた頭脳と反射神経がそれを覆していた。この人、本当に理不尽過ぎるスペックだな。
対戦しましょう、と持ち掛けてくる聖歌さんを頑なにかわし、ぼくは格ゲーコーナーの脇に設置された休憩スペースに移動する。経験者である要に負けるのは兎も角、今日、今さっき始めたばかりの聖歌さんに負けたら心が折れる。これは逃亡ではなく、戦略的撤退である。
「綾辻、ゲームはもういいのか?」
「一通りやりましたからね」
そんな楽しそうな要と聖歌さんとは逆に、拗ね散らかしているのが我らが副会長で、初心者にしても、引くくらいド下手だった。たぶん、同じ技を連打しているだけで勝てるんじゃないかってくらい下手。
そして、忖度とか容赦とか一切知らない二人に先程ボッコボコにされ、缶ジュース片手に恨めしそうに見学するばかりとなっているのだ。
「カチャカチャカチャカチャと、何が楽しいのか全く分からん。あれなら私が直接戦った方が強い!」
「普通の人は直接戦うより強くなれるから楽しいんですよ」
ゲームのキャラクターと自分が戦うとか言い出したので、これはもう聖歌さんでなくても拗ねてるのは丸わかりだ。何せ、手から謎のエネルギー波とか出してくる相手に挑もうとしてるわけだからね。
「何か他に楽しそうなヤツはないのか」
「対戦じゃなくても良いなら沢山ありますよ」
一先ず、近くのUFOキャッチャーで最近流行りのキャラクターのぬいぐるみがあったので、ぼくがやっているところを見せてみることにした。
副会長は、流石にUFOキャッチャーは知っていたものの、やったことはないらしく、興味津々。仕組み自体は単純ではあるけど、景品を獲得するためには、技術と知識が必要だ。昨今のゲームセンター業界は、景品の質が上がってきているのと同時に、その攻略も難しくなってきている気がする。初心者にいきなりやらせても、どんどんお金を吸われてしまうだろう。
ここは、歌成に強請られるがままにぬいぐるみを取り続けているぼくにお手本を任せてほしい。
まずは1回目、100円を投入してぬいぐるみの中央部にアームを合わせて掴み上げる。爪がぬいぐるみの両サイドを掴んだことで一度は宙に浮いたが重さに負けてそのまま落ちてしまった。
「取れないではないか」
「1回で取れる設定じゃないんですよ。今のは様子見です」
ハラハラとした様子で動作するUFOキャッチャーを見ていた副会長が落胆したように言うが、この1回はどう攻略するか、見極めるためのプレイ。アームの癖・パワー、下降の限界、ぬいぐるみの重さ、そういった攻略に必要なデータの収集が先程の1回である程度出来た。
「1回で取ろうとしないで、ちょっとずつ寄せていって取ります」
「なるほどな。分かってきたぞ」
持ち上げてそのまま獲得口まで持っていけないのなら持っていける位置まで寄せていくまで。複数回挑戦することを前提にプランを構築、後はどれだけプラン通りのプレイが出来るか、自分との戦いだ。
「おっ!すごいな!取れたぞ!」
寄せ始めて3回目。アームによって1度は持ち上げられたものの、ポロリっと落下したぬいぐるみはそのまま獲得口に収まった。
食い入るように見ていた副会長は、ちょっと大袈裟なくらい褒めてくれて照れてしまう。こういう時折見せる子供っぽい反応が副会長の知られざる魅力であり、聖歌さんに弄られる原因なんだろうな。
「あげますよ。」
「いいのか!」
副会長がいらなければ、今度会った時に歌成に引き取ってもらおうと思っていたけど喜んで貰えたようで良かった。
こういう嬉しそうな表情を見れるのが、ぼく的にはUFOキャッチャーの一番楽しいところだ。
そうして、ぼくがぬいぐるみをモフモフしている副会長を微笑ましく眺めていると、突如として左耳がぐいっと引っ張られる。容赦なく伸ばされた耳が千切れそうなくらい痛い!
「浮気ですかね」
「聖歌さん!痛いんですけどっ!?」
「痛くないと真白君は理解できないみたいですから」
ぼくの耳を虐めている犯人はもう格闘ゲームは飽きたのか、ぼくと副会長のところへとやってきた聖歌さんであった。
ニコニコ笑顔を浮かべているものの、これは怒っている奴だと瞬時に理解できるくらい圧が凄い。なんで?さっきまで楽しそうにゲームしてたじゃないですか!
「急にどうした聖歌、可哀想だろ」
ぬいぐるみを抱えた副会長が庇ってくれるが、ぐりんっ!と副会長の方を向いた聖歌さんが最高の笑顔で一言。
「何か言いましたか、薫?」
「綾辻、今すぐ謝るんだ!」
副会長は2秒で寝返った。一切の躊躇ありませんでしたよねっ!?
「……私もまだプレゼントなんてしてもらったことないのに」
副会長は寝返ったけど、聖歌さんは何やら小声で呟いた後に耳を解放してくれた。しかし、その頬は膨らんでおり、未だ怒っていることは丸わかりである。聖歌さんは怒り方が歌成と一緒なのが何となく分かってきたけど、それはつまり怒りが持続するタイプということ。ここで対処しておかないと、たぶんまたぶり返して酷いことになる。
こういう時、怒りの原因が分からないまま謝っても許してもらえず逆に怒られるので厄介なのだ。
歌成からは空気読めないとか、聖歌さんからは乙女心が分からないとか言われてきたぼくも、いつまでも成長しないわけではない。
ぼくはもう、聖歌さんがどうして怒っているのか、その答えを導き出していた。
「聖歌さん、すいません。聖歌さんにも何かプレゼントさせて下さい。何でも取りますよ」
「真白くん……!」
ぼくの提案に聖歌さんは、はっとしたように瞳を輝かせた。正解だ!やはりぼくの思った通り、聖歌さんは――ぬいぐるみが欲しかったんだ。
年上で、完璧な生徒会長(性癖以外)である聖歌さんとはいえ、女の子。ぬいぐるみとか好きなのかもしれない。
「では、あっちに行きましょう」
「わ、私は要の様子でも見てくるかなっ」
聖歌さんはお目当ての景品でも見つけていたのか、嬉しそうにぼくの腕を掴んで引っ張る。
ご機嫌になった様だけど、また聖歌さんが怒り出すかもしれないと考えたのか、これ幸いとばかりに副会長が逃走。マジでぼくを見捨てるのに躊躇ないですねっ!
要の元へ向かう副会長と別れ、ぼくは聖歌さんに連れられるがまま歩を進めた。……取れなそうな景品だったらどうしよう。
◆
「今日の聖歌は情緒不安定なのか……?」
聖歌から満面の笑顔を向けられ、『薫は着いてきませんよね?』という無言の圧力を感じた薫は、一旦、要の元へと戻ることにしたわけであるが、こんなにも喜怒哀楽の激しい聖歌は珍しく首を捻った。
「要、調子はどうだ?」
「副会長、ボコボコにされて半泣きだったのにまた来たんですか?」
「今から現実で戦うか!?」
「副会長、ゲームと現実を混同するのは良くないですよ?」
「私はいつか本気でお前を殴ってしまいそうだよっ!」
後輩に声をかけただけで煽られ、物理的に拳を出したい気持ちに駆られる薫。入学前から聖歌に紹介され要と知り合っていたが、普段は品行方正な癖に、生徒会メンバーに対してはこうして毒を吐くことは珍しくない。
聖歌も生徒会メンバーには気安く話すため、こういうところも似ているな、と感じつつ、的確にイラッとするところを突いてくるため反論しようとするのだが、飄々としている要と、根が真面目な薫とでは相性が悪く、こうして弄られるのが常習化していた。
「あれ?会長と真白は……」
「二人ならその辺でゆーふぉーキャッチャーというものをやっている筈だぞ」
薫は真白から貰ったぬいぐるみを突き出しながら答えると、先程弄られた意趣返しなのか、自慢気に得たばかりの知識を披露する。
「いいか、こういうゲームは1回で取ろうとしてはいけない。少しずつ獲得口まで近づけていき、ここぞという時に持ち上げるのだ。そうすると落下したときに景品は自ずと獲得口に落ちるというわけ――」
「やられた!久し振りでゲームに夢中になり過ぎた……っ!」
薫が気持ち良く話しているところを遮って、要が立ち上がった。その手にはスマホが握られており、画面には何らかの位置情報が表示されている。
「真白が移動している……この速度だと移動は車……巨乳眼鏡を使ったなっ」
真白が要のプレイを褒めてくれたことで、ゲームにのめり込んでしまっていた要の隙を、聖歌は見逃さなかった。いや、そうなるように仕込んでいたのだろう。四人で行動することが決まった時から、少しずつ少しずつ要の警戒を緩め隙を生みだした。
そうして今、恐らく聖歌は真白を連れ出して行動を開始している。
「くっ、掌の上ってことですか」
要は自身が神宮寺聖歌の策にまんまとハマってしまっていたことを悟る。要には『情報』という大きな武器があった。今日この日に、聖歌と真白がデートをすると知っていた要には、準備をする時間と、先制攻撃を仕掛けることができる大きなアドバンテージがあったのだ。だから二人の集合場所や、性格、行動パターンから推測し、準備していたことで、聖歌がレストランで真白と二人っきりになろうとする作戦を潰すことができた。だが、これこそが聖歌に、要が入念な準備を終えていてこの乱入は偶然ではない、と確信させてしまった。
この確信一つで聖歌は凡その状況を把握する。
要が聖歌を邪魔するための準備をしてきたということは、真白と深い親交があり、今日のことを知っていたというのは確定。そうなると鍵となるのは薫の存在である。情報源が真白であるのなら薫の乱入は完全なイレギュラー。要の『準備』を崩す絶好の武器。
故に聖歌は要が想定しているであろう行動をなぞりながら、警戒が緩むように誘導し、待っていた。――薫と真白が二人きりになるタイミングを。
聖歌自身が真白を連れ出す素振りを見せれば当然警戒され、潰される。しかし聖歌を警戒しながら、イレギュラーである薫の行動にまで気を配るのは難しい。故に聖歌が組み立てたプランは、薫に真白を連れ出させ、その後で聖歌が薫と入れ替わること。
そのために、レストランで隣同士にし、薫の家や親族の話をすることで真白と薫の心理的距離を近づかせていくなどして、望んだシチュエーションが発生するよう仕込みをした。後は、要の様子を窺いながら、二人が揃うように誘導すればいい。
「おい、私の話をちゃんと聞いてるか?」
「全部副会長のせいなんでちょっと黙ってて下さい」
「えええ!?」
突如として何かの原因を押し付けられた薫を放置して、要は二人の邪魔をするための作戦を瞬時に構築し始めた。
「……まだ『切り札』を切るには早い、か」
自らが聖歌打倒のために用意していた切り札を伏せたまま構築したプランを実行するべく、要は動き出した。
「え、おい!私を置いていくなぁ!」
存在を完全無視され放置されたことに暫し唖然とした後、薫は慌てて要を追いかける。
真白・聖歌ペアを追うこととなった、要・薫ペアによる壮絶な鬼ごっこはこうして始まったのであった。
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