17話 護衛
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副会長に仲裁してもらうことで、理不尽な暴力から逃れたものの、二人は未だに膨れている。ぼくは好感度が爆上がり中の副会長を盾に二人から距離を取っていた。
「姉さん、盗聴してたでしょ」
「あなたも私のことを貶めようと誘導してたじゃないですか」
二人は何やらこそこそと話しており、まさかぼくへの次なる攻撃手段を考えているのではなかろうか。
「なんで私がお前を庇う立場になっているんだ」
「生徒会副会長として役員の暴走を止めてくださいよ!」
「ぐうの音も出ないっ……」
副会長はどこか遠くを眺めて諦めたような顔をしていた。まあ、この二人がいる時点で、生徒会メンバーの濃さは尋常ではないことになっているだろう。聖歌さんが選んだメンバーなんだから、当然といえば当然ではあるけど。
副会長は普段からフォローに回ることが多いのかもしれない。
「聖歌、要、いい加減に機嫌を直せ。何をそんなに怒っているんだ」
「卵副会長には関係のないことなんでー」
「よし、綾辻。お前は要を取り押さえろ」
「参戦しないで下さいよ!?煽り耐性クソ雑魚じゃないですか!」
小学生みたいな要の煽りにあっさり乗らないで欲しい。そうやってムキになるから要が面白がるんだと思うけど。
やっぱりこの人も生徒会役員なんだなって悟りました。おかしいな、うちの学校の生徒会役員ってエリート中のエリートとして有名なはずなのに。
「ところでこれからどうしましょうか。どこか行きたい場所はありますか?」
副会長と要が口論という名の、小学生のような煽り合いを始めると、聖歌さんは心なしか残念そうにしながら強引に話を切り出した。
すると、忠犬の如く副会長はそれに耳を傾けるし、要もそれを咎めずに煽るのを止める。聖歌さんの生徒会長らしいところを初めて見た気がするが、そういえば、学校の集会とかでも聖歌さんが話し始めると皆静かになるもんな。
「ボクはもう目的は終わったので」
「私も着いてきただけだからな……」
要は目的であった自分の商品はチェックし終わっていて、副会長はそもそもぼくらに着いてくることが目的なのでこの二人は特に何もない様だ。とはいえ解散するにはまだ早いし、折角集まったのだからもう少し遊ぼう、という雰囲気は皆が感じている。
「では、真白君はどこか行きたいところはありますか?」
ここで聖歌さんからのキラーパス。このメンバーを楽しませられるような場所が一瞬で思い付く程、ぼくは社交性のある人間ではないわけで。
頭に過るのは歌成と遊んでいる時だけど、ぼくらが行くような場所は固定化されているし、二人共インドア派だから家でゲームとかしてることが多い。
ゲームして、アニメ見て、おやつにケーキバイキングとか食べに行く男子高校生二人の休日が参考になるわけもなかったが、回想している内に良い場所を思い付く。
「ゲームセンターとかどうです?」
勝手なイメージで聖歌さん達は行ったことなさそうだなって思うし、前から聖歌さんにゲームを薦めてみようと思っていたから一度提案してみた。
「さては、私は行ったことがない、と思っていますね?」
「えっ、あるんですか?」
「ないです♡」
「今のやり取り何だったんですか!?」
くすくす笑う聖歌さんは楽しそうではあるけど、当てが外れたと思ってヒヤリとしたぼくの気持ちを考えて欲しい。
「ボクは普通に友達と行くこともあるけど、この二人は筋金入りの箱入りお嬢様だから」
「む、私も射的くらいならやったことがあるぞ!」
煽り合いの勢いが続いているのか、何故か張り合おうとする副会長。まあ、トンチンカンな張り合い方をしているので要に鼻で笑われているわけだが。
ゲームセンターと張り合おうとして、射的が出てくるのは本当に今まで過ごしてきた人生の違いを感じる。
「薫の場合は射的というより、射撃ですよね」
「訓練は受けているが、私はあまり得意ではないな」
二階堂家は、ぼくでも知っているような、国際的に有名な警備・セキュリティサービス会社を営んでいるらしい。元々は代々御国のために剣術や柔術を指導する立場にあった名家だったけど、時代の流れと共にその形を変え、今では世界的要人の警護も任せられる一大企業となっているそうだ。
そのため、副会長も射撃訓練を一通り受けているのだとか。やっぱ生きてきた世界線が違いすぎませんか?
「そういうのは華彩音姉さんの方が凄いだろ……って、そういえば華彩音姉さんは今日はお休みか?」
「いいえ?近くまで車で送ってもらった後に、撒いてきましたよ?」
「相変わらず可哀想だな!涙目で探し回っているのが目に浮かぶぞ……」
「華彩音には薫と合流しているから帰ってもいいと伝えてありますよ」
「そんな言い方したら絶対拗ねてるじゃないか!それも私に対して!」
「フォローは任せました」
「任されるか!」
聖歌さんと副会長の軽快な会話の中で、新たに出てきた『華彩音姉さん』という方に首を傾げているのはぼくだけなので、生徒会メンバーにしてみれば面識がある方なのだろう。車を運転しているみたいだから学校の生徒ではないみたいだけど。
疑問に思っていると、それを察した副会長がぼくに分かるように補足の説明をしてくれた。
「華彩音姉さんは、私の従姉で聖歌の外出時に運転手兼護衛をしているんだ」
「登下校時の送迎も彼女にやって頂くことがあるので、真白君も会うことがあるかもしれませんね」
運転手兼護衛って絶対撒いたら駄目な気がする。
原作にはそんな人登場してなかったと思うし、聖歌さんが巧妙に撒いてしまっていたのだろう。実際、ぼくらが出会った夜、聖歌さんが用務員と対峙していた時も、聖歌さんはこっそり抜け出してきた様でそんな人はいなかったので常習犯なんだろうな。
「大学に通いながら護衛をやっていてな、まあ将来の予行練習みたいなものだ」
将来的に家業であるセキュリティサービス会社への就職が決まっているため、学生の内から聖歌さんの護衛を務めることで実践的な経験を積んでいるということのようで、学生であるならば四六時中、聖歌さんに付いているというわけではないのだろうから、あの夜は勤務時間外だったのか。外出時ということは学校内にまで来ることは無さそうだし原作に登場しなかったのも納得だ。
「さて、それではゲームセンターに向かいましょうか。こんな機会でもなければ立ち入ることは無さそうですし良い経験になるでしょう」
今までオシャレなブランドショップやレストランを巡っていて、活躍の機会がなかったけど、ゲームセンターならば、ぼくはそれなりに詳しく案内出来る自信がある。初めて行くという二人に楽しんでもらえるようなゲームを考えておかないと。
近くのゲームセンターに歩いて向かいながら、ぼくの思考は初心者でも楽しめそうなゲームを考えることに集中した。
勿論ぼくはこの時、話題に上がっていた華彩音さんが、とんでもないことになっているなんて知る由もなかった……。
◆
真白達が高校生らしくゲームセンターで遊ぼうとしている頃。
日曜日ということもあって家族連れで賑わう公園で、長身を精一杯縮こませて体育座りをしている女性は、それはもうどんよりジメジメしたオーラを放っており、キノコでも生えてきそうな程だ。
「うぅ、どうせ私はダメダメ護衛ですよぉ。年下の薫ちゃんより頼りない雑魚大学生なんですぅ」
クセっ毛なのか跳ねるように所々が飛び出している長い黒髪に、細いフレームの丸眼鏡。
パンツスーツに身を包みながらも、隠し切れない海外モデルのようなスタイルの良さは目を引くが、その暗い雰囲気のせいで華やかさはまるでなかった。
彼女、二階堂華彩音は神宮寺聖歌の運転手兼護衛であり、名門大学に通う大学生である。
聖歌の護衛はその勤務形態的にはアルバイトのようなものだが、華彩音自身、大学卒業後は家業である警備会社に入社し、そのまま聖歌の護衛を続ける考えであるため、華彩音にとっては生涯を捧げると決めた仕事なのだ。いや、正確には神宮寺聖歌にその命を捧げることを決めているのだ。
なのに、その護衛の任すらまともにこなせず、従姉妹で年下の薫の方が信頼されていそうな始末。
「子供の頃はこーんなに小さくて、大人しい女の子だったのに今では私よりしっかり者……」
親指と人差指で作った5センチ程の隙間を覗きながら思い出される華彩音の記憶の中の薫は、いつも誰かの影に隠れているような大人しい女の子で、それが今のように生真面目で堅い性格に変化していったのはいつの頃だったか。生徒会副会長として聖歌の右腕を任され、すっかり大人になった薫に比べて、どうにも自分はあまり成長していない気がして、落ち込みに拍車が掛かる。
成長したのなんて今でも伸び続けている背丈と、育ち過ぎて邪魔なくらいの胸だけ……と自虐的でありながら、『持たざる者』に聞かれれば非難轟々なことを考えていると。
「あ!聖歌様から連絡だぁ!」
華彩音の持つ護衛用の携帯端末が震える。それはつまり、主である聖歌から何らかの連絡が来たということに他ならない。先程までの落ち込みっぷりはどうしたことか、勢いよく立ち上がって携帯端末の画面を食い入るように覗く。
ここまで彼女が元気を取り戻したのは、その件名が心躍るものだったから。
「件名、【極秘任務】!お、お任せ下さい聖歌様!この華彩音が必ずや果たしてみせます!」
公園をとんでもない速さで駆け出す華彩音。
聖歌から頼られている。それだけで先程までのジメジメは吹き飛び、気持ちも体も羽のように軽い。
任務達成のため、一刻も早く公園の駐車場に駐めてある車に乗り込み、馳せ参じなくては。
「…………へっ?」
カチャンッ!と手に持った鍵を落とす音がやけに大きく聞こえる。
公園の駐車場、華彩音が車を駐めたはずのそこは綺麗さっぱり何もなく、より正確に簡潔に表現するのであれば――華彩音の乗ってきた車が無くなっていた。
つまり、華彩音は真っ昼間に車を盗難されていた。
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