15話 激化
高評価・ブックマーク・感想、ありがとうございます!
我儘で、傲慢で、毒舌で、気分屋で、自己中で、理不尽で。
卓越した美貌も偽物で、何一つ良いところなんてないのに。
最低最悪なキャラクターなのに。
綾辻真白は一度だって、ボクを裏切ったことはない。
そんな真白でも、きっと本当のボクを知れば幻滅する。
早乙女歌成でも、金剛要でもない、『キャラクター』ではないボクは、神宮寺家に生まれた、最低の落ちこぼれなのだから。
神宮寺家は特殊な家だ。
元華族であり、明治以来日本経済の中枢に位置する一家。日本という国において、絶大な権力を持ち、同等の力を持つ家は二家しか存在しない。神宮寺家を含めたこの三家が、この国を実質的に裏で運営しているようなものだ。
そんな家に生まれたのが、神宮寺聖歌。『神の子』と称され、この国の『王』となるべくありとあらゆる教育を受け、その全てを極めた怪物。この先彼女が生きている間は、間違いなくこの国の頂点は神宮寺家となるであろうことを誰一人疑わない、神宮寺家の至宝だ。
ボクは、その残りカス。全てにおいて神宮寺聖歌に劣る劣化品。――神宮寺聖歌の足枷。
常に姉と比較され蔑まれていたボクを想った姉は、いつからか自らの全力をある程度の水準に調整するようになり、ボクが修得可能な範囲でしか物事を極めなくなっていた。
だからボクは捨てられた。神宮寺聖歌が自らの能力を制限することを、あの人は許さないから。
ボクは誰からも必要とされることなく生まれ、姉の劣化と蔑まれ、最低の邪魔者だと捨てられた。
無価値で無意義で無意味な存在。
真白はきっと知らないだろう。真白はボクに残った唯一の生きる道標だ。
真白がいるからボクは生きている。真白のためだけにボクは生きている。
だからボクは、聖女の従姉弟で、顔が良くて、愛想がいい、『金剛 要』として、真白が良くない人間や、頭空っぽの女に騙されないようにクラスメイトとして監視している。
そのためにボクは気持ち悪いのを我慢して、姉さんと同じ高校に進学して、吐き気がするけど生徒会にも入ったんだよ。
そうやって自分の価値を高めれば、クラスメイトの掌握なんて簡単。ボクは真白のためにクラス内の雰囲気をコントロールして、低俗な人間が真白に気安く話しかけないようにして守っているんだ。低俗な人間がボクの大事な真白に悪い影響を与えたりしたら大変だから。
それなのに。
――なんで、姉さんが真白に近づくのかなぁ?
折角、神宮寺家への復讐を止めてあげたのに。
神宮寺家を潰して、姉さんを打倒するとなれば、ボクもリスクを負って、時間をかけて集中しなくてはならず、そんなゴミ掃除に時間をかけるよりも、真白を見守ることの方が大切になったから、そっちはもう放っておいたのに。
真白の視界に姉さんが入っているのも嫌だ。真白が姉さんを呼ぶ度に自分の中の『狂気』が迫り上がってくるのを感じる。
――姉さんを、壊して、辱めて、貶めて、底の底まで堕としてしまいたくなる。
何故、姉さんが、真白に執着しているのかが分からなかった。どういう出来事があって、どういう心境の変化があったのか、まだ読み切れていない。
ただ、姉さんの真白に対する執着には最大限の警戒をしなくてはならないと確信していた。
あの、機械のように完璧で平等な『神宮寺聖歌』が執着するのなら、そこには尋常ならざる理由があるはず。
「明解。ボクは親友が悪い女に捕まらないように見守っているだけーーいつも側で、ね」
でも、どんな理由でも姉さんに真白はあげないし、触らせないし、話させない。
ボクはいつだって真白を見守ってきたし、これからもずっとそうして生きていくんだから。
「忠告。姉さんがどういう意図で真白に近づいてるのか知らないけど、あんまりボクを怒らせないでよ」
ボクは姉さんの返答を聞かずに話を打ち切った。
そろそろ真白と副会長の着替えが終わる頃であるし、何より、姉さんの返答は今日のこれからの行動でボクが判断する。今度はボクが判定する側なんだ。
今更ボクを生徒会に誘ってきたり、ボクの真白に近づいてきたり。
ボクを捨てたくせに、ボクの世界に入ってくるなんて、そんなの許さない。
ボクが神宮寺家を出たあの日から、ボクの世界に姉さんの居場所なんてもうないのだから。
このとき、要には誤算があった。
要は『聖女』としての神宮寺聖歌を心底嫌っていたが、その深淵に隠された『狂気』を理解できていなかった。
「…………なんだかとても楽しくなってきましたねぇ♡」
神宮寺聖歌は要から向けられた、怒りを、蔑みを、敵意を、全ての負の感情を――大いに喜び楽しんでいたのだから。
◆
「くっ、笑うなら笑え」
副会長が恥ずかしそうにプルプルしながら更衣室から出てきた。やってやったぜ、とドヤ顔で立っている店員さんの表情通り、副会長のイメージとは逆を突くようなコーディネートではあるけれど、良く似合っていて、店員さんの腕が光っている。
「良く似合っていると思いますけど」
「世辞は良い!わ、私だって似合っていないのは分かっているんだぁ!」
スラッとしたモデル体型の副会長は、原作キャラクター故の美貌を存分に発揮し、聖歌さんと並んでいても見劣りしない稀有な存在。当然ながら、似合っていない、なんてことはなかった。
ゆったり大きく袖の長い、ふんわり広がる白のスウェットと、チュールスカートというらしい、薄く透けるような素材の黒いロングスカートは、ガーリーでありながら、そのモノトーンな色味からか彼女のクールさを残していて、絶妙なバランスだ。何一つ貶められるような点はない。
「とても良く似合っていますよ」
「そ、そうか!聖歌が言うのなら間違いないな!」
ぼくのときと反応違い過ぎませんか!?ほぼ、ぼくと同じこと言ってるのに、全肯定なんですが!
微笑む聖歌さんに褒められて、照れたように姿見に映る自分を見る副会長が大層ご機嫌なんで別に良いけどね!実際似合っているし!顔の良い人は何着てもおしゃれに見えるから気にするだけ無駄ですから!
「その服は差し上げますので今日はそのまま過ごしましょうよ。また着替えるのも面倒でしょ」
「いいのか?それなりにするだろ」
「元々サンプル品で、店頭に出すためのものじゃないですから気にせずどうぞ」
総額にしたら数万円にはなりそうなのに太っ腹な対応だけど、聖歌さんを筆頭に皆裕福な家庭だから、割と遠慮はない模様。実際、こういうサンプル品ってモデルさんとかに配ってしまうらしいから損害とかはないのだろう。
「真白君もどうぞ。これからもボクの服をよろしく」
副会長同様、更衣室にブチ込まれたぼくも、当然の如く服を着替えさせられ、既にお披露目している。
マジで善意のいじめだと思うんだけど、まさかの全身、要と同じデザインの色違いだ。隣に最高に似合っているイケメンがいる状態で、ぼくはそれを着させられているわけだ。公開処刑ここに極まれり、である。
要は、似合う似合うと絶賛してたけど、あの聖歌さんが微妙な顔してたからね!?何ならちょっと睨んでた!
「この後はどうします?」
「そうですね、そろそろお昼時ですしランチにしましょうか。そもそも私達はそれが目的でしたし」
ぼくと副会長に自分のデザインした服を着せてご満悦の要が、聖歌さんに問い掛ける。そういえば聖歌さんの咄嗟の言い訳によって、ぼくと聖歌さんに関してはそういうことになっていたのだった。
「ただ、困りましたねぇ。元々私と真白君の二人の予定だったので、二人でお店を予約してしまっているんですよ」
用意周到な聖歌さんの行動が裏目に出てしまったのか。元々ぼくと聖歌さんのデート(聖歌さん曰く)で、そのデートコースを相当張り切って考えていた聖歌さんなのだから昼食のお店を予約しているのは当然であった。
どうしよう。
ご覧頂きありがとうございます。
高評価・感想・ブックマーク、作者のモチベーションになりますので、よろしければお願いします!