12話 遭遇
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「私は、友達のデートを邪魔した悪い子です……ぐすっ」
「よろしい」
「惨い」
クールで武人気質な副会長が半泣きで言った。
会長、聖歌さんが突然現れた副会長を笑顔で連れて行って数分、帰ってきた副会長は見るも無残な、震える子犬のようになって帰ってきた。立ち話していただけっぽかったのに、一体何を言われたんだろうか……。
聖歌さんは、そんな副会長の頭をポンポン撫でながら、謝れるのは良い子ですね、と慰めている。
自分でいじめて、自分で慰めるという情緒不安定マッチポンプであるが、副会長はコロッと騙されたらしく元気を取り戻した。
「だが、私は昨日見たんだ!コイツは聖歌というものがありながら、他の女と楽しそうにクレープを食べていた!」
元気を取り戻したが故に、早速ぼくに噛み付いてきたらしい。ビシッとぼくを指差し探偵のように宣言する。
この人、どういうわけかぼくと聖歌さんの待ち合わせ場所を知ってて、最寄り駅の前で張ってたんだよね。副会長が美人だからか人の視線を集めてたから、駅から出る寸前で気がついて、こっそり聖歌さんの所まで来たつもりだったんだけど、バレていたのか追いつかれてしまった。
なんか気分的には追い詰められた犯人である。何も悪いことしてないのに。
「まさか本当ではないですよね?」
笑顔なのに肉食獣が獲物を狙うかの如く、獰猛な威圧感を発している聖歌さんに思わず怯みそうになるが、誤解でしかないのでビビる必要はない。
女の子とクレープ食べるとか、そんなんできるものならやりたいわ!
「昨日は男友達とフラフラしてただけなので。ほら、この服もその時に買ったんですよ」
「どうしても認めないつもりだな、綾辻真白!」
番犬みたいに聖歌さんの前に立って威嚇してくる副会長は、昨日はあんなに怖かったのに、なんだか今日はそんなに怖くない。
残念ながら、さっきまで半泣きだった人に凄まれましてもね……。
「まずは昨日何があったのか話してもらえますか?」
聖歌さんはぼくと副会長の間に何があったのか知らないので、首を傾げつつ笑顔で圧を飛ばしてきている。
今日は何だかぎこちない気がしたから調子悪いのかなって思ってたけどそんなことはなかったらしい。
私服を褒めれば生意気と罵られたり、突然名前呼びを要求してきたり、理不尽さは健在である。まあ、ぼくも学校外で役職で呼ぶのも変かなって思ってはいたから丁度良かったんだけどね。
「じゃあ、ぼくから簡単に」
聖歌さんの圧から逃れるため、一先ず昨日の説明をすることにした。歌成とクレープを食べていたところに副会長が乱入してきたところから、だ。
◆
「随分と楽しそうだな、デートか?――ところで私はお前が聖歌と付き合っていると聞かされているわけだが?」
「副会長、勘違いしているっぽいですけど、ぼくの連れは男でして……」
「そんなわけがあるか!どこの世界にあんなヒラヒラした黒ワンピースを着こなす男がいるというのだ!」
「いや、それがここに――っていらっしゃらない!?」
現れた副会長に、ぼくは歌成が男であると主張したのだけど、案の定信じてもらえず、歌成本人に弁解してもらおうと思ったら、ぼくが副会長に絡まれた瞬間にはもうあいつは逃げ去っていた。
ぼくがやばい人に絡まれたと思って巻き込まれる前に逃亡したらしい。清々しいまでの友情ぶん投げ行為に、もはや言葉も出なかった。とりあえず、クレープ代は返せ。
「私は聖歌を悲しませたくない。
お前が素直に罪を認め、反省し、誠意を持って聖歌と接すると誓うのであれば……今日のことは私の胸の内に秘めておいてやってもいい」
さて、そんなわけで相手は男だという明確な証拠を出すことは不可能となり、ぼくは副会長の追求を逃れる術を失ったわけであるが、副会長視点だと、お付き合いを始めた次の日に浮気するウルトラクズ野郎、ということになってしまっているのでそりゃ副会長もキレるというもの。
会長が勝手に言ってただけで、ぼくら付き合ってないです、なんて会長の言葉を信じている副会長に言ったとしても、余計拗れるだけだろう。
かといって、冤罪とはいえこの場を逃れるために、一先ず罪を認めてしまうことはぼくには出来なかった。
ぼくはいつか出会う運命の女性と、清く正しくお付き合いするため、己の誠実さだけは曲げるわけにはいかないのだ。このぼくが浮気だなんて絶対にありえない。例えこの場を切り抜けるために必要な嘘だとしても、だ。
そこでぼくは、明日は会長とデートする、と仲良くしてますよアピールをしたのだが、この発言で副会長の雰囲気が変わった。
「〜っ!よし、お前が女を取っ替え引っ替えしている最低のクズだということは分かった。ここで私がお前のその腐った性根を叩き直してやるっ!」
普通に考えて、今日別の女の子とデートしていると勘違いしている副会長にこの発言は完全に火に油を注ぐものだったわけだけど、根本的にコミュニケーション能力が不足しているぼくにはこれが限界だった。
言葉選びが時折致命的に最悪と親友から称されるコミュ障っぷりをよりにもよってこの状況で発揮してしまったので、説得を諦めたぼくは逃走を選択する。
ここからが地獄の鬼ごっこの始まりであった。
これでも足には自信があったから本気で走れば振り切れるだろうと思ってたけど、副会長、死ぬほど足が速かったんだよね。
服装的にこの公園でランニングをしていたっぽいし、普段から走っているのかあれは完全にアスリートの走りだった。
公園を周回するように作られたランニングコースを全力で走るも、その差はみるみる縮まり、コースを逸れて、遊具や木々を利用して撒こうとするもそれは覆ることはなかった。
このまま公園内を逃げ回っていては速攻捕まると確信したぼくは、近くの駅に駆け込むことにした。
流石に人が大勢いる駅では副会長もぼくに手出しできないだろう、という考えだったわけだが、必死の思いで何とか駅に辿り着くと、何故か副会長は駅には入って来ず、振り切れたのだ。
駅の外で副会長が卑怯者ー!とか浮気男ー!とか叫んでいたせいで周囲の人から謂れのない誤解でクズを見るような目で見られつつぼくはそのまま帰宅した。帰ってから泣いたけど。
「ーーというわけで、昨日から言ってますけど副会長に誤解されてます」
「誤解なわけあるか!」
でしょうね!
改めて説明してもやっぱり副会長の誤解は解けず。歌成の女装の完成度は高過ぎてどこからどうみても美少女でしかないため、副会長の誤解も仕方ないといえば仕方ない。
常日頃から女装していて、親友であるぼくでさえ男状態の姿も声も知らないのだから、歌成が男だって証明できるようなものも当然ないし、話は平行線。
前に平気でぼくの部屋に泊まって一緒のベッドで寝たこともあるし、一口頂戴や回し飲みも気にしないし、日頃から、ぼくの膝に寝転がってきたり、後ろから引っ付いてきたり、距離感も近いから、間違いなく男なんだろうけど、今更そんなエピソードを話したところで副会長は信じてくれそうにない。作り話と一蹴されてしまいそうだ。
親友曰く、友達ならこれくらいは当たり前のスキンシップとの事なので良い証明になりそうなんだけどなー。
「まあ、薫落ち着いて。真白君、本当に女の子と一緒にいたわけではないのよね?」
どうすればいいんだと頭を悩ませていると、副会長を宥めつつ、聖歌さんがそう助け舟を出してくれた。妙にじっとぼくの目を見てくるけど、ぼくは迷わず答えを返す。
「勿論です。誓って嘘を吐いたりはしていません」
聖歌さんの、どこまでも広がる蒼穹のような、何よりも深い海のような、サファイアよりも美しい蒼の瞳が、ぼくの目を捉えたまま数瞬。
聖歌さんはにこっと笑うと、やっとぼくから目を逸して副会長の頭に2,3度、ポンポンと撫でるように触れる。
「真白君は嘘を吐いていませんね、どうやら今回は本当に薫の勘違いの様ですよ?」
「うぐ、なんだか釈然としないが、聖歌が言うのならそうなのか……?」
どうやら副会長にとって聖歌さんの言葉は無条件で信用に値するようで、首を傾げつつもある程度は納得してくれた様だ。ぼくの言葉もそれくらい信用して欲しかったところではあるが、そこは親友の言葉の重みということであろうし、ほぼ初対面に近いぼくの言葉と比べるまでもないのだろう。
「勘違いをして悪かったな」
まだ副会長は完全に納得したわけではなさそうだけど、一応誤解が解けたということなのか、謝ってくれたので、これで一段落だ。と、安心していたところで、ずいっと距離を詰めてきた副会長がぼくの耳元に口を寄せ、囁いた。
「ーーだが、もし本当に聖歌を悲しませたり、不義理を働いたりしたらどうなるか、少しは理解できただろう。私は地の果てまででもお前を追いかけて必ず報いを受けさせる。忘れるなよ」
最後にキッとぼくを睨んで定位置とばかりに聖歌さんの元へ戻っていく副会長。誤解とか以前に、生徒会室で強引に誤魔化した一件があるからか、ぼくはこの人に相当警戒されているらしい。というか嫌われているかもしれない。
まあ、いきなりポッと出てきて、今まで全く男の影なんてなかった聖女とまで呼ばれる高嶺の花と付き合いますっていうのは確かに信用しきれないよなー。
「何を話してきたのですか?」
「大したことじゃない。ただ私の親友を頼んできただけだ」
「全く。仲良くして下さいよ?」
「善処する」
聖歌さんと副会長が話しているのを尻目に、ぼくは今一度、自分の状況を再確認していた。
聖歌さんが誤魔化すために勝手に付き合っていると言っているだけなんだけど、どうやって知り合ったのかとか、基本的に他人には『聖女』を崩さない聖歌さんがどうして気安く接しているのかとか、説明するためには、聖歌さんの性癖を暴露するしかないため、もはや副会長の追求を逃れるためには、聖歌さんと付き合っている、ということにしておくしかない。
聖歌さんの咄嗟の誤魔化しだったとはいえ、もっと良い理由があった気がする。これじゃあ、少なくとも聖歌さんと副会長が卒業するまではぼくらは付き合っているということにしておくしかないのだから。
今日で分かったけど、途中で別れたことにしたりなんかしたら副会長に殺されてしまうかもしれんしね!というかそもそも聖歌さんの恋人なんてフリでも学園の奴らにバレたりしたらどんな目に遭うか。想像しただけで震えてきた。
つまり、これからぼくは副会長には聖歌さんと仲良くお付き合いしている恋人同士に見せつつ、他の生徒には絶対に恋人だと思われてはならず、さらに、聖歌さんの性癖に対応しつつ、宣誓通り、清楚になってもらわなくてはならないのだ。
ぼくの学園生活ウルトラハード過ぎませんか。転校したい。
「……ふふ、どうやら気がついた様ですね」
「ん?どうした聖歌。何か面白いことでもあったのか?」
「ええ、とても♡」
どうしたものかとため息を吐きたくなるのを堪えつつ、ぼくは少し離れたところで何やら楽しそうに話している二人の元へ合流する。
今日のところは副会長の問題はどうにかなったし、後は二人と一緒にいるところを学園の生徒に見られないよう祈るだけだ。
まあ、ぼくの顔の認知度なんて無いに等しいから、私服の今なら仮に見られてもそうそう身バレすることなんてないし問題なさそうではあるけど。
それこそ、クラスメイトとかにこの状況を見られない限りどうにかなる――
「あれ?会長と副会長と……真白君?」
ーー少年のようなまだ幼さの残る声。
アッシュグレーの髪をショートボブのようにした髪型に、中性的な印象を受ける、男性アイドルグループでセンターを張れそうな、可愛らしい顔立ち。
上はシンプルなシャツだが、幅広でダボッとしたズボンが特徴的で全体としては地味ではなく、素朴さのあるぽってりとボリューミーな革靴も相まって、スタイリッシュな華やかさを感じさせるファッション。
どこからどうみても、ぼくのクラスメイトであらせられるイケメンオブイケメンの金剛要様ですね。
さーて!転校先の高校でも探しますか!!
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