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11話 ファッション

高評価・ブックマーク・感想、ありがとうございます!

神宮寺聖歌は几帳面で整理整頓の出来る女の子だ。それ故に彼女の私室は使用人が掃除をするまでもなく常に整っている。

シャビーシックな白を基調としたその部屋は、正に『聖女』に相応しい、ある種、神聖ささえ感じるような空間。


「……決まらない」


聖歌が見下ろしているのはクイーンサイズの広々としたベッド。その上には大量の衣服が不規則に散らばり、クローゼットは大きく開かれたまま。足元には靴が並び、ドレッサーの上も様々な化粧品やアクセサリーで溢れている。

そして何より部屋の主たる聖歌は堂々とした下着姿だった。


常に整った彼女の部屋がこうまで散らかっているのは、もう数時間、鏡の前で服を合わせているからであった。早寝早起きが基本の彼女であるが、既に時刻は深夜と言っていい時間になっている。


彼女が普段、着る服に迷うことはない。

神宮寺聖歌の美貌があればどんな服を着ようとも、それは最高級最先端の衣装足り得るからだ。気にするべきはいつも、似合うかどうかではなく、『神宮寺聖歌』のイメージを再現できているかどうかだけなのだから。


しかし、その枷を取り払ったが故に、服の選択肢が多く、決めかねてしまうのだ。

とはいえ、時間は有限。悩みに悩んだ聖歌は選択肢を2つのテーマにまで絞っていた。


1つ目は、清楚。

真白の好みに寄せたスタイルであり、聖女と呼ばれる彼女からすれば普段の服装に近い。

真っ白なワンピースは、ノースリーブではあるがロングスカートで過度な露出はなく、腰の辺りでベルトのように結ばれたリボンが特徴的なデザイン。これに白のパンプスと、白のハンドバッグを組み合わせれば、洗練された白統一コーデの完成だ。


鏡に写る聖歌の姿は、天使か、それこそ聖女のようで、神聖な汚れなき潔白さを感じさせる。

神宮寺聖歌にこの上なく似合っている服装であろうが、だからこそこれではいけない気がした。錯覚かもしれないが、自分がまた神宮寺聖歌という偶像に囚われてしまう気がして、好きになれなくなっていた。


「……ありのままの私」


結局、悩んだ末に選んだのはもう一つの方、そのテーマは挑戦。それは『神宮寺聖歌』に囚われるのを止めるという決意表明でもあった。


そうして、明日のコーディネートを決めた聖歌は過去最高に荒れた部屋を何とか元の状態に戻し、床に就く。


服が決まれば、もう憂いはない。

デートコースについては、今日の内に完璧に仕上げてあるのだから。


恋愛において、まずは友達から、というような手順を大切にしている節がある真白には、『お互いのことを知り、思い出を共有する』という場を与えることが必要だというのが聖歌の分析だ。つまり、まず目指すべき第1ステップは親友や幼馴染のような関係。


聖歌が、その頭脳を結集して組んだデートコースを巡れば、真白の様々な好みを知れ、自分の魅力を十分に発揮できるようになっている。


シミュレーションは完璧。

デートが終わる頃には親友(・・)のように真白のことを把握できるようになり、距離感も長年連れ添った幼馴染(・・・)のように縮まるはずだ。



そこまで考えて、聖歌は明日に備えて眠りについた。


神宮寺聖歌の美貌、完璧なデートコース、吟味したファッション。

準備は万端で、失敗などしようものもないーーが、聖歌にはこの時、失念していたことがあった。

 

神宮寺聖歌は完全無欠ではあるが、その恋愛経験は清々しいまでの0であることを。


恋など今まで知らなかったのだということを。







日曜日。

若者が集う駅前の時計台がある広場。真白との待ち合わせ場所に指定したそこに、聖歌は一足先にいた。


神宮寺聖歌は自然と人の目を集める。

国民的アイドルやモデルですら、隣に立つのは遠慮したくなるような、その完璧なプロポーションと美貌は、老若男女問わず魅了し、一種の芸術としてそこにあった。

しかし、聖歌本人としては、そんな他者からの評価など何の慰めにもなりはしない。


聖歌は被ったキャップをぐっと被り直し、手元のスマホで時間を確認する。約束の時間まで、まだ後30分もあった。

ここに来て15分、聖歌があまりに美人過ぎるのと身に纏う高貴な雰囲気が足踏みさせるのかナンパはされていないが、それを目的としていそうな男達がウロウロとしているのが分かる。一旦、場所を移動しようかと顔を上げたとき、彼は現れた。


「会長、早いですね。お待たせしてしまってすいません」


全身黒一色で統一されたコーディネートは、シンプルながら真白の幼げな顔を引き立たせていて、聖歌の分析とは少しファッションの趣向が違うものの、とても良く似合っていた。

色統一のファッションは、シンプルであるが故に自身に似合っているかの判断が難しく、着こなすために細かな微調整が必要だったりするため、自分にどういう服が似合うのか、日頃から良く考えていなければここまで着こなせないだろう。

良く見ればブランドも統一されているし、意外にもファッションに拘りがあるのかもしれない。


だからーー聖歌は自身の真白分析をやや修正しつつ、真白の視界に写り込んだ自分がどう見えているのか、正確には昨晩吟味した服装がどう見られているのかを考えて、急速に恐怖感に襲われていた。


ダボッとした白のニットに、裾を折ったアイスブルーのワイドパンツ。被ったキャップも相まって、ボーイッシュな雰囲気のあるそのファッションは、神宮寺聖歌のイメージからはどこかチグハグな印象を受けるだろう。

それは聖歌も分かっていて、でも、これがありのままの自分なのだと受け入れて、この服装を選んだ。


着てみたかった服、『神宮寺聖歌』には合わないからとしまい込んでいたそれは、閉じ込めていた聖歌の今まで誰にも見せなかった部分に違いない。


もし、真白ががっかりしたような様子を見せたりしたらと想像するだけで足が竦む。 


その美貌と人望から毎日、沢山の人から注目を集め、学園の生徒会長、神宮寺家の娘として何百・何千人の前に立ち、多くの視線に晒されながら言葉を発する機会もあったのに、たった一人の視線が怖くて堪らない。

なのに、それと同時に、とても楽しみな自分も同時に存在していた。


その矛盾した感情は完全な想定外。

恋愛という計算できない要素は、神宮寺聖歌ですら制御できはしない。


予定よりも随分早く集合場所に着いてしまったし、考えていた第一声も発せられないし、そもそも目も合わせられない。


神宮寺聖歌が緻密に精密に組んだはずの計画は既に破綻しかけていた。


「会長、実はちょっと厄介な状況になってまして、一先ずこの場を離れませんか?」


「そ、そうなのですか?」


キョロキョロと辺りを見渡しながら掛けられた言葉は右から左で、曖昧な返事しか出来ない。

心臓の音は真白に聞こえてやしないかと心配になるくらい耳障りに響き、視線は地面のタイルに固定されたまま。


何か話さなくてはと聖歌が思考をフル回転させていると何気なく、今日の天気でも言うように、でも優しく微笑みながら。


「あ、会長、私服似合ってますよ」


ーーそう、聖歌の待ち望んでいた言葉を口にした。

その言葉がもたらした影響はあまりに大きく激しかった。


これまでに感じたことのない類の高揚感が、幸福感が、聖歌を満たす。

その一言だけで、感じていた不安は消し飛び、あんなにチグハグな気がしていた服装がとても素晴らしいものなのだと確信出来た。


顔が、やけに熱い。


「生意気です」


「うぶっ!」


自分が被っていたキャップを真白にこれでもかと深く被せてそのまま下を向かせる。

火照った頬を見られたくなかった。こんなはずじゃなかったのだ。

もっとこう、先輩らしく、余裕を持って、真白を翻弄してやるはずだったのに。どうしてこうも乱されるのか。満たされるのか。


「私のことは聖歌、と呼ぶように」


「はい、聖歌さん」



困らせてやろうと言ったのに、真白は微笑んで名前を呼んだ。

また頬が熱くなりそうなのを誤魔化すために、勢い良く振り返って、真白を置き去りに歩き出した。


頭の中をリフレインする『聖歌さん』と呼ぶ声。

優しくて、心地良い、蕩けるような、甘美な響きは真白が確かに自分を見てくれているのだと感じさせる。


そのまま、自分だけを見ていてほしいと思った。


そう、今日はこのまま、誰にも邪魔されず、聖歌の組み立てたデートを二人っきりでーー

















「見つけたぞ、綾辻真白!私から逃げられると思ったか!」


ーー何故か現れた親友、二階堂 薫に、聖歌がかつてない満面の笑顔でキレ倒すまで、後3分。

ご覧頂きありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言] 果たして、友人の[男の娘(女装男子)]の事情を 「説明しなかった」のか、「理解しなかった」のか······。
[一言] 個人的には全身黒一色ってないわぁと思っちゃいますけど エロゲ世界的には正解なんですかね
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