第2話〜恐怖のユーリ〜
ボクは盗ってきた肉を咥えながら木陰に隠れ、追ってきたガキどもの話を聞いていた。
「あーあ、私の大好きなジャウロンが……」
「ほらシエラ、まだ半分残ってるから。全部シエラにやるからさ」
……ちょっと可哀想な事しちまったか。
建物のヌシの女もあのガキどもも、服はボロいし、普段きっとロクな飯を食ってねえんだろう。あの肉はたまに食えるご馳走ってとこかもしれねえ。
「……ルナ、返しにいくぞ、この肉」
「返すんなら1匹で行けよ。何でいつもいつも僕を道連れにするんだ!」
「いてっ!」
ルナに体当たりされ、そのままボクは建物の前まで飛び出した。さっきのガキどもはちょうど建物の中に入ったとこみてえだが、また玄関の扉が半開きになっている。修理もできねえほど、貧しいって事かも知れねえ。
ボクは肉を咥えたまま半開きの玄関から建物に入り、そっと床に肉を置いた。
そのまま去ろうとすると、さっきのガキの男が奥の部屋から出て来た。
「あ! 泥棒猫め!」
ボクはすぐに逃げようとしたが、あっさり捕まって首根っこを掴まれてしまった。こうなると、もう体が動かなくなっちまうんだ。
「みゃーお!」
「このイタズラ猫めー、くすぐりの刑だ!」
「ふ、ふにゃああ‼︎」
ボクら必死で鳴いて抵抗したが、ガキの男はボクの首根っこを掴んだまま、ボクの腹をくすぐり回した。
引っ掻いてやろうと思うにも、首根っこ掴まれてるから体が動かねえ。
——悪かった、悪かったよ‼︎
もうしねえから、許してくれ!
「ふふふ、よく見りゃお前、……可愛いなあ。毛並み、モッフモフだし!」
「にゃあ!」
——何だよこの野郎! 馬鹿にしやがって……。
撫でくり回された末にようやく解放されると、ボクはひとまず建物から出て庭に逃げ込んだ。
フツーのニンゲンには、ボクの言葉は分からねえんだ。肉盗った事はちゃんと謝りてえのに。
そうだ。風の精霊ミランダなら……、あのガキどもと話が出来るようにしてくれるかも知れねえ。
「おい、ミランダ!」
呼ぶとすぐに、ミランダはキラキラ光を撒き散らしながら目の前に現れた。
「なあに? もう帰るの?」
「ちげえよ。この世界のニンゲンと話が出来るようにしてくれねえか? テメエの力で」
「まーた無茶言ってくれるわね。まあ、出来なくもないけど。じゃあルナくんにも来てもらいましょうか」
そう言ってミランダは、山の方へ飛んで行ってしまった。
5分ほど経ったろうか。ミランダはルナと、見知らぬネコをもう1匹連れて戻って来た。
「あら、ルナくんにお友達が増えたみたいね」
ミランダがそう言うので見ると、ルナの後ろには綺麗な毛並みの三毛ネコがいた。
そいつはボクに気づくと、すぐにこっちに来て挨拶した。
「初めまして。ミケよ。あなたも、見かけないネコねえ」
「お、おう。ボクはゴマだ。お前、この世界のネコか?」
「そうよ。ルナくんとはさっき出会って、一緒に山を散歩してたわ。ゴマくんの連れだったのね。なんでも別の世界から来たとか」
ルナが嬉しそうに、話に入って来た。
「そこにいるミランダという精霊の力で、この世界に来たんだ。ミケも、いつか僕らの世界においでよ」
「ええ。いつか招待して」
ルナの奴も、ついに女友達ってやつが出来たか。帰ってから存分にからかってやろう。
「それよりミランダ、早くニンゲンと話せる魔法をかけてくれよ」
「そうね。じゃあ3匹でそこに固まって座ってて」
「え? 私も?」
ミランダは、ミケの奴にもニンゲンと話せる魔法をかける気だ。
「いいじゃんミケ。せっかくだから、3匹でかけてもらおうよ」
「ごめんね。楽しそうだけど、私そろそろ行かなきゃ。ダーリンが待ってるもの」
「そ、そっか……。じゃあね、ミケ」
「うふ、また遊びましょ、ルナ」
ミケは軽やかな足取りで帰って行きやがった。ルナめ、あからさまに落ち込んでいて分かりやすすぎるぜ。
「じゃあ、ゴマくんとルナくんだけでいいのね。行くわよ。△※〆……」
ミランダに魔法をかけられたボクとルナは、見た目は何も変わっちゃいねえが、これでニンゲンと話が出来るようになったらしい。
ボクはルナを連れて、三たび開きっぱなしになつているボロっちい建物の玄関に向かった。
「じゃあ、また帰る時に呼んでね」
「ああ。ありがとな、ミランダ」
♢
玄関の扉をくぐると、ちょうどあのガキの男が床に置いてある肉を持ち去ろうとしていたところだった。
ボクがわざと床をトントンと踏み鳴らすと、すぐにこっちに気付いた。
「あ! 泥棒猫、また懲りずにやってきたな!」
「泥棒猫じゃねえ。ゴマだ」
「な、喋った⁉︎ この猫、喋ったぞ⁉︎」
ガキの男は肉を床にボトッと落とし、尻餅をついた。
「何だよ、ネコが喋っちゃ悪りいのかよ」
「シ……シエラァッ!」
ガキの男は、バタバタと階段を駆け上って行ったと思ったら、すぐにあの白い髪の、肉が食えねえとか言ってゴテてた女を連れて戻って来た。
「ユーリ、どうしたの? そんなに慌てて」
「だってシエラ、あの猫! 言葉を喋るんだよ?」
そんなにびっくりする事か?
ボクはそう思いながら、ガキ共の近くに尻尾を立てて歩み寄った。ルナは心配そうな顔をしながら、ボクの後をついて来た。
「よお、ガキ共。さっきは肉、横取りしちまって悪かったな」
「あの、本当にすみませんでした」
ボクはそう言って〝ごめん寝〟のポーズをとった。ルナも一緒に〝ごめん寝〟してくれた。
さあ、これで謝ったぞ。
「あーー! ほんとだ! 猫さんが喋ってる!」
「だろ⁉︎ 全くもう……この猫たち……」
用を済ませ、引き換えそうとした、その時。
「何て、可愛いんだァァァァーー‼︎」
建物の中に、ガキの男の声が響き渡った。
ボクもルナもびっくりして飛び上がったが、考える暇もなく、ボクらはガキの男にひょいと抱き上げられてしまった。
「うふふ、ユーリったら。本当に猫が好きなんだから」
白い髪の女のガキは呑気にそう言って、撫でくりまわされるボクらを見てやがる。見てねえで助けやがれ。正直この男、怖え……。
この騒ぎに気付いてか、階段からさらに3人のガキが下りてきて、こっちにやって来た。
「喋る猫さんだー!」
「なでさせてよ!」
「あ、ずるい! 僕だって!」
「まあ待て、落ち着けガキども。とりあえずお前ら、まずは名前くらい教えろよ。ボクはゴマだ」
全くニンゲンのガキってのは、取り扱いが面倒だぜ。
ボクはガキどもを落ち着かせて、自ら名乗った。
ルナも後から続けて名乗る。
「僕はルナです」
続いてガキどもの先陣を切ったのは、ボクらを捕まえたガキの男だった。コイツが1番歳上らしい。
「ああ、僕はユーリだ。そして隣にいるのは……」
「シエラよ。よろしくね、猫さん」
シエラっていう銀色の髪の女が、ユーリの1つか2つ歳下ってとこか。
「ファネルラよ」
「エドだ」
「ルイだよ。末っ子のローリエは、今はお母さんと一緒にいるよ」
ガキ共が背の高い順に、名乗っていく。多分、歳も順番通りだろう。しかし、やはりシエラだけが髪の色が違う。顔も似てねえし、コイツら本当にキョーダイなんだろうか。
「じゃあ、撫でたい子は順番に並んで!」
ユーリがそう言うと、ガキ共が行儀良く一列に並んだ。さっき名乗ったのとは、キレイに逆順だ。
「おう、いつでも来いや」
「兄ちゃん、ケンカするんじゃないんだから」
ルナに突っ込まれながら、ボクはその場に大人しく座った。ルナも真似してチョンと座り込む。
「ふふふ、可愛い」
「フワフワしてるー!」
「ほら、喉の下。気持ちよさそうにしてるー!」
順番に並んでたのに、ファネルラ、エド、ルイはすぐにごっちゃになってボクらを撫でくりまわした。……おう、そこだ。頭と顎、顔の横、そして尻尾の付け根だ。撫でて欲しい場所、よくわかってるじゃねえか。
3人のガキ共が満足するのを見届けたユーリは、ニヤニヤした顔でボクらに迫ってきた。……やはり怖え。
「こ……この生意気な感じがまた、可愛いなあ! うりゃー!」
「ユーリ! テメエは撫で方が乱暴なんだよ!」
「ルナも、ちっちゃくて可愛いなあ、ふふふ、あははは……」
「ユ、ユーリさん……?」
ほらみろ、ルナの奴、完全に引いちまってる。
「ユーリ、私にもなでさせてよ」
「あ、ああごめんシエラ! つい夢中になっちゃった」
最後は銀髪のシエラの番だ。優しく撫でろよ。
ボクはシエラの顔を見上げながら、シエラの白い手に体を委ねた。
「ん……⁉︎ 何だコイツは……!」
何と、シエラの手がボクに触れた途端、ビリビリと電気が走るような感覚がしたんだ。——それが何か、すぐにボクには分かった。
〝暁闇の勇者・ゴマ〟として数多の敵と戦ってきたボクなら、分かるんだ。
シエラめ、コイツ……ムーンさんやライムさんと同じような、〝魔力〟を持ってやがる——。