第1話〜見知らぬ国へ〜
よおニンゲン。
またボクの話を聞きに来たのか?
……ボクが〝暁闇の勇者・ゴマ〟として戦ったあの時から、どんくらいの日が経っただろな。ニャンバラもかなり復興したらしいし、すっかり平和になっちまって退屈だったんだ。
実は……そんな退屈を紛らわそうと、ミランダに頼んで、また別の世界に冒険に行ってきたんだよ。
その時の話でも、聞かせてやるぜ。
♢
「あーーーー‼︎ 暇だ! 暇だぜ!」
「うるさい、兄ちゃん」
「だってよおルナ、この辺も探検し尽くしたろ?」
ここは、ボクらの飼い主のアイミ姉ちゃんの家のガレージ——そう、ボクらの住処だ。
戦いも終わって平和になり、ボクらは無事に帰ったんだ。いつも通りの日々が戻ってきた。
だが、何もする事ねえってのも退屈なもんだ。弟分のルナを連れて住処の近くを探検するのも、飽きてきちまったんだ。
——そうだ。ミランダに頼んで、ボクの全く知らねえ世界にワープさせてもらえばいいんじゃねえか。
ミランダってのは、魔法が使えるチビの風の精霊だ。どんなとこでも行きたい所へ一瞬でワープできる、ワープゲートを出してくれるんだ。
「おい、ミランダ!」
ミランダを呼ぶと、奴はキラキラ光の粉を振り撒きながら、ボクの頭の上に現れた。虫のような羽を羽ばたかせながら、ゆっくり舞い降りてきやがった。
「ゴマくんに、ルナくん。久しぶりね。元気にしてた?」
「元気ってか、退屈すぎて干からびそうだぜ。な、ルナ」
「僕は別にそうでもないよ」
ミランダはクルリと一回転し、ボクの前に飛んできた。目の前に金色の粉がキラキラと舞う。毎度のことながら眩しくてかなわねえ。
「で、あたしに何の用?」
「どっか探検に出かけてえ。テキトーに、どっかワープさせてくれ」
「適当に……ってあんたねえ。ワープゲートを使うのにも結構魔力使うのよ?」
「あ、僕は遠慮しとくね」
そう言ってルナはこの場を去ろうとしたが、ボクはすぐにルナの尻尾に噛みついた。
「ばかやろ、ルナ。お前も一緒に決まってんだろ」
「いたた、わかったよ兄ちゃん!」
「はいはい、それじゃワープゲート出すから。あなたたちが楽しめそうな場所を念じるわね」
ミランダがまた訳のわからねえ呪文を10秒ほど唱えると、ガレージの地面に虹色に輝くワープゲートが現れた。
さあ、この光の向こうには、ボクが見た事のねえ世界が待ち受けてるんだ。ワクワクしてきたぜ。ルナは呆れ顔でボクを見ているが、ボクはいつものように無理矢理ルナを引っ張り、虹色の光の中に思い切って飛び込んだ——。
♢
「……ん? 何だここは」
「分かんない。山の中かな? あそこに池があるよ」
着いたとこは、木々が鬱蒼と茂る山の中だった。木の隙間から、大きな池が見える。もう日も暮れっちまったとこらしく、辺りは薄暗い。
何だ、ここは。ミランダめ……、本当に適当にワープさせやがったな。
ボクらはとりあえず、池の方へ足を進める。——と、池の周りで所々、何かがぼうっと光っているのが見えた。
「何だ、あの光は?」
「よく見たら、花が光ってるみたいだね」
ボクとルナは草をかき分け、光る花とやらの所へ進んだ。その途中、ヒマワリのような花からシャボン玉が飛んで行ったように見えた。シャボン玉は光る花の光をはね返しながら、夜の闇へと飛んで行く。コイツも見た事のねえ花だ。
ここは一体、どういう世界なんだろうか。
「見て兄ちゃん。やっぱり花が光ってたんだ」
「ほお。1つ頂いて帰ろうぜ。日も暮れたしちょうどいいや」
「ダメだよ。勝手に採っちゃ。それに僕ら、暗い場所だってちゃんと見えるじゃん」
「……チッ、しゃあねえな。とりあえず山下りてみねえか?」
ボクらはひとまず山道を下る事にした。ニンゲンが通った跡があって、迷う事は無さそうだ。
明かりが見える。ニンゲンの街があるのだろう。だが、とても静かだ。街の賑わいよりも虫の声の方が良く聴こえる。
山道から出ると、ボロっちい建物が目に入った。
「……お、うまそうな匂いがするぞ。ちょうど腹減ってたんだ。あのボロっちい建物からだ。ちょっと潜り込んで、頂いてこうぜ」
「あ、ダメだよ兄ちゃん」
ルナに止められたが、さっきから腹の虫がおさまらねえ。美味そうな肉の匂いが、ボクを誘惑する。
ボクは考えるよりも先に体が動き、開きっぱなしになっているボロっちい建物の玄関に侵入した。
「もお、兄ちゃん……!」
ルナもボクの後を追いかけ、建物の中に入って来た。
奥の部屋が台所だな。ニンゲンのガキの声がする。肉の匂いが濃くなってきた。ボクは物音を立てないように、台所に潜入した。ルナも数秒後に、ボクを追ってするりと潜入した。
台所の真ん中にある机のまな板の上に、デッカい何かの生肉の塊がデンと置かれていた。……めちゃくちゃ美味そうだ。近くでニンゲンの女が、鍋を火にかけて温めている。
「あの女が、この建物のヌシだな。早く向こう向きやがれ。……その隙に、あの肉をいただくぞ」
「兄ちゃん、僕はいらないからね」
「何言ってんだルナ。……お、あっち向いた。今だ!」
ここぞのばかりにボクは机の上に飛び乗り、肉の塊にかぶりついた。
——その時だった。
「あ! 今晩の肉が! 待て、この泥棒猫‼︎」
台所の入り口の方から、ガキの声が聞こえた。クソ、見つかったか!
「やべ、見つかった! 逃げるぞ、ルナ!」
「うわわ、待ってー!」
食いちぎった肉の塊を咥えたまま建物を出ると、猛ダッシュで来た道を戻り、ボクは山の入り口にある大きな木の陰に隠れた。ルナもすぐにボクに追いつき、素早くボクの後ろに隠れる。
「ユーリ、一体何があったの?」
「シエラ、ごめん。泥棒猫に……ジャウロンの肉を盗られた」
「えー! そんなあ! あーあ、せっかくのご馳走の日なのにー!」
ボクは肉の塊を咥えながら木の陰に隠れ、追ってきたニンゲンのガキどもの話を聞いていた。