2ー64 気泡
△▽
リーネは、真っ白く輝く部屋の中でただ息を飲む。
ローレンさんの横に別の男の人が立っていた。
知らない人。
その人は、優しい表情でこちらを見ていた。
「こんな事しかしてやれない父を許してくれ」
「父さん? 私の父さんなの?」
父さんと呼ばれて嬉しそうだった。
話したいことは一杯あった。
「もう少し時間があればゆっくりしていたかった。しかし存在するだけで消耗し続けるようだ。すまない余り、話している時間もなさそうだ。」
「じいちゃん。ろくに孝行できずに不出来な身内でごめん。妻と娘を引き続きお願いします。この役目が終えたらまた消える事になると思う。」
この交差した空間だけが相互理解できる最後の機会だった。
ローレンは世界から封鎖され上書きされた記憶も剥がれ今はアルとの関係や真実を知る者となる。
アルの父から託された事。自分が幼いアルを育て上げた事。
そして、アームズという厄災を背負わせた事。
その結果がこれだった。
ローレンは、家族を失ってい事にも気付かない自分を惨めに思った。
この感覚は、アルの父親を失った時以来だった。その記憶すら上書きされていた。
「アル、私のほうが申し訳ない。すまない」
「じいちゃん、顔を上げてくれ。別に不幸じゃないさ。みんな元気に生きてる姿は外からいつも見ていたさ」
「さあ、僕の家族ぐらいは守ってあげないと。最後は皆、笑顔でいてほしい。
リーネ。ありったけ元気な姿のトンファをイメージしてくれ!」
父さんが私の名前を初めて呼んだ。
心の中に温かい色水が落ちるように波紋となって心全体に広がっていく。
夢の中で何度も見た。願った。母と一緒に料理したり、遠足にいったり、、一杯、一杯。元気な母だったらこうだったはずだと。
そんな元気一杯の理想の母をイメージする。
羽を中心に理が書き変わる。世界の最上位に属する彼らの一部を触媒にすることで予定よりもかなり少ないエネルギー消費で器を用意することが出来そうだ。
あとはリーネの描くトンファの肉体を紡ぐ、光の糸が絡み合いトンファを包み込んだ。
光が収集していき、トンファの姿を形成していく。そしてベットで眠るトンファの肉体に重なり融和する。
「これで、あとは自然と目が覚めるのを待てばいいさ」
リーネが振り向くとすでに父さんの姿はそこにはなかった。
「ローレンさん、いえ、お爺ちゃん、、、、。」
ローレンは、悲痛な顔をしていた。失ったものがあまりにも大きかったのかもしれない。知らないで生きたほうが幸せなこともある。
でも、知らなければ出来ないこともある。
ローレンは、何度も何度も乗り越えてきた。歳はもう90歳をもうすぐ迎えようとしていたが体が動いている時間を精一杯生きる。
「リーネ。本質的なところは何も変わらんよ。別に特別意識しなくても前から家族と思って接していた。」
もしやしたら村の皆なら家族同様の繋がりがある。
このトンファの奇跡を知れば、老人がボケただけとも思われないでアルの存在を認知することができるかもしれない。
この世界にもアルと言う存在がいた事を忘れて欲しくなかった。
△▽△
いつからだろう、ずいぶん長い間。夢を見ていたような感覚。
トンファは、ベットで目を覚ます。
娘が足元のソファーで横になって寝ていた。
何だか眩しいわね。
不思議と体が軽い。ベットから起き上がるのもやっとだったはず、、、。
それが、知らない間に、、、、。
知らない?
いえ、、、知ってる。あなたがいた。
ずっとずっと待っていたはず。
私は、ずっと待ち続けていた。
なのに、目覚めたらそこにはいない。
「おかあさん?」
娘が母を見つめていた。
今、想う相手が間違っていた。妄想よりも娘のことを想うべきだ。
「リーネ、心配かけたわ。何だかすっきりと良くなってしまったみたい。奇跡かしらね」
少女は、涙でぐちゃぐちゃの顔だった。いままでずっとずっと我慢してきたものが溢れだしていた。トンファは、大きく腕を広げると娘を迎える。
いつの間にかこんなにも大きくなったのね。
娘を強く抱き締めることが出来たのはいつの事だっただろうか。
まだ10才だった。優しい子で私の代わりに一生懸命出来ることをしてくれた。頼らざるおえないほどに衰弱していたのはたしかだった。嬉しい反面、何も出来ない自分が惨めでしょうがなかった。娘が私のせいで普通の子供のように外に遊びに行きたかっただろうに、、何年も私のために犠牲になっていた。
私は、この子の為に少しでも笑顔でいてあげる事しか出来なかった。こんな母親らしいことが出来ない自分を責めて一人で何度、泣いた事だろう。
抱き締める娘の体は小刻みに震えていた。
背中を優しくさすりながら娘が話せるようになるまで子守唄を歌う。
リーネは、小さい時からこの歌が好きだった。
生まれた時は、よく夜泣きをするたびに口ずさむと泣き止んだ。
寝る前には、本を読み聞かせたあとには必ず最後にせがまれて歌っていると眠りについた。
「母さん、私もう小さくないのよ。子守唄じゃ眠らないわ。でも母さん温かい」
「そうね。でもあなたはずっと私の可愛い娘だもの。さあ、久しぶり外の風でも浴びたいわ」
トンファとリーネは、家の外に出る。何年ぶりだろうか自分の足で立つ。
まだ、多少違和感を感じるがリーネに支えてもらいながら庭のベンチに腰かける。山の早朝は少し肌寒いぐらいの涼しい風が吹いていた。
「母さん、父さんが助けてくれたの。でも長くはいられないって、、、。」
リーネは、トンファが聞きたかった事を教えてくれた。
トンファには、どちらも本当に感じる二つの記憶があった。
アルがいた世界での記憶。そしていない事とした記憶。どちらも多分本当にあった事なのだろう。ただ、リーネが存在することがアルがいない世界でも存在したことの証明なのだと思う。
「リーネにお父さんの事を話すね。今ならちゃんとお話できるから。
リーネには、ちゃんと覚えておいて欲しいの。お父さんがちゃんとこの世界にいた事。そして、母さんはもう大丈夫だからリーネにはこれから自分の道を生きてほしいの」
△▽△
母さんは、丁寧に子供頃からのおとぎ話のような話をしてくれた。
「私も旅をしてみたいわ」
一通り話をきいた感想だった。
「まずは、父さんも母さんも行く機会がなかった竜の試練の浜辺にいきたいわ。何だかそこが始まりな気がするの」
「そうね。リーネは弱ったお母さんしか、知らないと思うけど本当は結構強いのよ」
「え、そうなの?さっきのお父さんとの話だとそうでもない気がしたのだけど」
「それは、そうよ。だって恥ずかしいじゃない。自分の事となると」
「ずるーい。じゃあ次はお母さんの事をおしえて」
娘の膨らました頬に人差し指を押し当てる。
「ぶーーー。お母さんのいじわるぅ」
久しぶりに笑顔の楽しい一時が過ぎる。普通の親子にようやくなれた気がした。
昼頃になるとリーネを連れて今まで沢山お世話になった村の人達に挨拶まわりをした。近所のおばあちゃんは、涙しながら喜んでくれた。
「お母さん、そろそろ休んだほがいいわ。病み上がりなんだから。ローレンさんの所で最後にしましょ」
ローレンさんは、いつものように庭先で畑をていれしていた。
「ローレンさん!」
「おお、からだの具合はどうだ?」
「はい、おかげさまで別人になったように元気です。」
庭先でリーネが花で髪飾りを作っている間に、ローレンさんと話をした。
「ローレンさんも記憶が戻ったということですか?」
「ああ、トンファが無事で嬉しい。それと同時にやりきれない気持ちもあるのもたしかだ。アルは、いつも見守っていたと言った。今もそうなのかは判らないがアルをこの世界で私が育てたのは間違えない。大切な家族であることも。もうこんな老いぼれじゃから、今さら手掛かりを見つけることもできまい。」
「せめて、アルが戻ってきた時に居場所ぐらいは作ってやりたい。今、思えば村人の中にもアルの存在を示唆するような話があった。皆、家族のような存在だからこそ記憶を上書きのような事をされても覚えているのだと思う。」
ローレンは、噛み潰したような悲壮感を漂わせながらトンファに伝えた。
トンファは、痛いほどその気持ちが判った。愛した人がいないほど苦しい事はない。
「何か糸口があるはず。ニアやエマなら何かたどり着いているかもしれない」
トンファは、記憶がいつまで今のままで居てくれるか不安を抱えながらもっとも親しい人の名前をあげる。
「こちらからトランスゲートを依頼することは出来ないけど、ここから数月先の倉庫の町なら頼れる相手がいます」
「ラムズさん達のことだな。確かにあの者達なら帝都へのゲートの申請も出来よう。そこから先は、出たとこ勝負という感じだな」
「リーネはどうするつもりだ?」
「今の私なら十分守れますので当然、連れていきます」
「そうか、冬になる前に着いたほうがよかろう。近々、出立する感じだな」
「はい、今週中には準備できるかと思います。あの子も世界を見たいと言っていたので、旅の練習にはいいかと」
「村の者には私から説明しておく。多分、皆、アルと強く関わったものなら理解できると思う。」
「すいません。面倒ばかりおかけして」
「トンファもリーネ、そしてアル。私の家族だ。面倒だとは思わんよ。頼ってもらったほうが幸せだ。」
「ローレンさん。本当にありがとうございます」
日も登り始め今日も暑くなりそうだった。
△▽△▽
出発の日。村人達が総出で準備を手伝ってくれた。ローレンさんの予想通り、村人の多くがアルの存在を無意識に忘れているような感覚を持っていた事が判った。
いつ帰ってこれるかも判らない旅に向かう親子を見送る姿があった。
「今は、トランスゲートもあるので帝都についたら一旦、村に戻ってこれるようにします」
村人からは少し安堵する声が聞こえる。一昔前なら村から出れば帰って来るとしても数年先である。厳しい冬の訪れると移動出来ないからだった。
トンファの両親も元気になった娘の決意を感じとり何も言わずに背中を押してくれた。
娘を助けたのがアルだと理解したところも大きい。
この村は、何処よりも人の繋がりを大事にする。閉塞された土地で助け合う事が生きる術でありこの村の良き文化であった。
「リーネ行くわよ。村の皆も元気で!」
荷馬車を走らせる。
倉庫の町まではひたすらに山道の街道が続く。
「お母さん、あれなに?見たことない鳥だ!」
「見てみて、すごい大きなトカゲがいるよ!」
初めて村からでるリーネは、初めて見るものに目を輝かせている。
リーネにも旅の途中、マナ操作と武術を教えてあげないとね。
「今日は、この辺で夜営しましょう。リーネ、お母さんが見える範囲で小枝を集めてきて」
「はーい」
今日の夕食は、荷馬車に積んだ保存食と山でとれた芋でスープを作る。
「お母さん、お料理上手なのね。初めて食べた味がする」
「昔、お父さんがとても上手で色々と夜営のさいの美味しい調理方法とか教えてもらったの」
「ねぇ、お父さんってカッコいいよね。私、この前みてそう思ったしお母さんの話もきいてますます好きになったわ」
「そうね。そういえば会ったていうお父さんは、どんな感じだった?」
「うん?見た目ってこと?。 そうねお母さんと同じぐらいの歳でイケメンおじさんだった」
内心、トンファは安心していた。もし会えたとしても自分は、大人の女性になってしまった。もうすぐ30歳にもなる。それなのにアルが20歳にも満たないあのときの青年のままだったらと思うと、すこし複雑な想いを抱えていたのだった。
「なんか、母さん嬉しそうね」
「ええ、とっても」
「食事が終わったら。マナの適性をみるからね」
「え!私もついにマナが使えるね。忙しくてそれどころじゃなかったので」
「私のせいでごめんね。その代わりにこれからは、お母さんがビシバシ鍛えるから覚悟しておいて」
「えーーー。優しいお母さんがいい。たまには甘えてもいい?」
「練習の時、以外は今までの10倍 親子をしましょ」
「お母さん、だいだいだ~~~い好き」
△▽
「じゃあ、ゆっくり目をつぶって言ったとおりにイメージしながら手を水に沈めてって」
十数年前にニアに教えてもらったマナの適性をみる方法を娘に試す。
そして、予想はしていたがやはり、、、といった感じであった。
リーネが水面に手を浸そうとすると同時に水面が下がっていく。そして桶のそこに手がついた時には、キラキラと光るマナの結晶が底にあった。
「リーネ。よくきいて、あなたはお父さんの血をひいて普通じゃないほどにマナの適正があるみたい。でもね。強すぎる力は時として、相手を傷付けすぎたり。場合によっては取り返しのつかないことになるの。お父さんは、別の理由が多分あって世界から切り離されてしまったのだろうけど、あなたの進む方向によっては時に運命は残酷な代償を要求するかもしれない」
「だから、よく考えて行動することをお母さんと約束して」
「はい、お母さん」
「お母さんは、強いの?」
急に娘が聞いてくる。
「強いかもしれないけど、あなたのもう一人のお母さん。ニアも同じぐらい強いわよ」
「明日でいいから、お母さんの凄いの見せてよ」
「あまり、人前で見せるものでは無いけど見せてあげるわ。今日は、初日だし寝ましょう」
馬車の中で布団を敷いて親子仲良く川の字で寝るのであった。
そして、次の日の朝。約束通りに母は、娘に力を見せるのだが余りの規模に驚愕したリーネは、母さんに半日以上、落ち着くようになるまで抱きしめられるのであった。
その時、娘が放った一言
「母さん。化け物」であった。
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