2ー60 昇華
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帝国から西の海沿いに辺境の領地があった。
海産物などの漁業を生業にする民が多く。ここ数年は、トランスゲートの登場により帝国全土に新鮮な海産物を出荷することでめざましい発展をとげていた。町程度だった領主の土地も港を再整備し、倉庫も拡張したことで漁獲量が大幅に増加した。
それに伴い、資金が増えたことでインフラ整備も進め結果的に10年程度で大きな都市になっていた。規模で言えば100万人都市であり。下位領地だったが今では帝国でも上位領地まで昇格していた。
だがこの領地の当主には、悩みがあった。長らく上位領地の保護下で細々と代を重ねていたが急成長により事態が大きく変化した。下位領地だった為、昔は周辺領地のほうが上位領地であった時の盟約が存在していた。それが当主の男子継承制度における掟だった。
当主の家系に男子が生まれなかった場合に周辺領地から次男などが当主につく制度である。
本来は、男子継承を前提として、一族が断絶した際に領民が困らないように救済的な制度であったが。今となっては、この豊かになった領地をあわよくば自分の領地へ併合しようと画策する周辺領地の当主達の思惑が見栄隠れしていた。
この盟約は、旧皇帝が制度として認めたものであり覆ることはない。
その為、当主から直系のひ孫までは男子継承権が発生するがなぜか男の子が産まれなかった。
一度は、諦めるがトランスゲートの出現より少し前に待望の男の子が産まれる。
双子の妹も出来たがそちらは、女の子が沢山いたので興味がなかった。
そしてトランスゲートが町に活気を与え始め当主も事が上手くいきすぎて幸福の絶頂期であったのは間違いない。だが息子が4才になる前に当主の元に悲報が伝えられた。
息子の急死である。一度は、周辺領地の暗殺も疑うほどであったがお抱えの主治医はそれを否定した。単純に心臓に病があったことに気付けなかただけのようだった。確かに生まれた時から病弱で双子の妹が活発で健康的なのにくらべると。息子の方は部屋にいることが多かった。
今、思えば体の負担を感じていたからなのかも知れない。
その時、息子の死を知っていたのは主治医と妻だけだった。ふと、庭に目をやると息子と瓜二つの妹がいた。
当主は、とんでもない事を思い付く。娘が死んだことにして息子は生きていることにするのだ。当主として必要最低限の騎士にさえなれば公に当主としての継承権を周辺領地に認めさせられる。そして、娘が男の子または、それまでに直系で男の子が生まれるまでの繋ぎにさえなればそれでよかった。当主は、すでに高齢で先10年かそこらであったことも選択の余地がなかったといえる。
それから娘を男として育てた。もともと引きこもり気味の息子のかわりに外には一切出さずに部屋で生活させても周りに者に気付かれることはなかった。
身の回りの世話をするものは、代々この家に使えてきた忠義のある従者にまかせた。
従者も当主の考えに従った。
そして、娘が11才になったときに十分な準備が整ったので騎士学校への入学させることしたのだった。既に、2年が経過した。今年を乗りきれば必要な単位が揃い娘も無事卒業出来る所まで来ていた。
あと少しで、夢が叶う。娘の犠牲の上で成り立つことは判っている。他の娘達は、上位領地になったことで周辺領地の思惑から次々と婚姻がきまっていった。一番末娘にあたるミュウには、戻って来たときに子を作るだけの相手はすでに用意していた。
全ては、当主の思惑通りに事が進んでいた。
娘は、従順に男性を演じていた。疑う所もない。月に一度は、トランスゲートで里帰りさせ定期報告をさせているがまったく問題がなかった。
従者から連絡を貰う。
「ミュウ様が当主様に至急面会したいと訪れております。」
「先週、春休みで帰省したばかりだというのに随分と急じゃないか。部屋を取る。」
「それと学校の学友様もお連れです」
この2年、一度も友達などの関わりは聞いた事はなかった。
余計な関係は、女で有ることを知られる恐れがあった為。友達などを作ることは禁じていたはずだ。一体、この数日で何があったというのだ。
当主が客間に行くと、娘よりも幼い少年が一人と女の子が二人。そしてミュウが待っていた。
「ようこそいらしゃった。学友の皆さん。息子と仲良くしてくれてありがとう」
内心ではまったく、そんな事は思ってはいない。むしろ邪魔な存在だった。
最初に挨拶を返したのは、男の子だった。
「平民出身のジルと申します。」
はぁ?平民だと、いったい娘は何を考えているのだ。
そして、残り二人の女の子も続けて挨拶する。
「ジルと同じく今年入学したばかりのルビィですわ」
「私は、アスカです。ミュウさんとは昨日、お友達になったばかりですが、
とても素敵な先輩です。」
ん、アスカと言ったかがまさか、、、。
彼女はひときわ美しいブローチを身に付けていた。
そこには、帝国に属している限り知らぬ者はいない家紋が刻まれている。
「サリード家の御子息様であらせられましたか」
なんと言うことだ。今年の入学生にサリード家の者が入学した噂は耳に入っていた。だが、まさか自分の娘が2つも学年が上であるため交友関係を持つとは思ってもいなかった。
本来ならば喜ぶべきことだが、事情がある。上位領地の仲間入りをはたしてまだ日は浅く。サリード家と肩を並べられる存在には、程遠かった。
そして、案ずることは一つしかない。もし、帝国の最大権力を持つサリード家にこの家の秘密が白日のもとになればどうなるかは容易く想像がつく。
「お父様、本日は急な訪問をお許し下さい。入学した彼らの面倒を私が少し見ることになりました。故郷の話をしたところ是非、海が見てみたいという話になり。こうして参ったわけです。」
そうか、上級学年としての指導係と言うことか。確かにそれなら不思議ではない。一瞬、脳裏に浮かんだ不安が払拭する。ならば、演技でもここはやり過ごすに限る。
アスカが話をする。
「海をみるのは初めてです。とても大きいと伺っております。なんでも波があり、広大な水の中で泳ぐ事も出来ると伺いました」
「その通りになります。息子はうまれつき病弱で海で泳いだことはないがとても解放感を感じると思います。春先ですが海流が暖かいのでこの時期でも十分、泳ぐことは出来ます。」
「そうなのですね。聞いた通りですわ。私、この休日を楽しみにしておりました。皆さんとお揃いの水着もご用意いたしました。先輩も泳ぐことは出来なくても是非着てみてください」
‼️
彼女がカバンから取り出したのは男物の海パンである。
さすがに、そんなものを身に付ければ一発で女で有ることが判ってしまう。サリード家の頂きものを無下に断ることなど出来ない。このタイミングで海に海竜でも出てくれない限りは、、、。
「それにしても、先輩って女の子みたいに綺麗な顔ですよね。私もそんなかっこいいなら男にもなってみたいわ」
ルビィが軽く爆弾を投下する。
「あ、良いこと思い付いたわ。ちょっとお楽しみ遊ばせましょ。男女入れ替えゲームだわ」
アスカが面白い提案をする。
おい、段取りにそんな話はなかったような。
ジルは、アスカの方を見る。いや、、この顔どっかで見た気が。
あ!人の人生で楽しんじゃう系のやつだ。
だが、建前上はサリード家のお嬢様がこの場では最も高貴な存在となる。誰も彼女の提案を拒否することなど出来ない。
「当主様に採点をお願いいたしましょう。では各自、私の従者をあてがうのでお部屋をお借りして準備いたしましょう。海はまた今度でもいいわ」
当主にとっては、逆に助け船であった。
彼女の気持ちが変わらないうちにせめて、その方向の方がまだましだ。
「それは、一興ですな。どうぞお好きに部屋をお使いください」
是非、とばかりに快諾する。
ミュウには、こちらの家で用意するので従者は不要だと付け加える。
△▽△
ミュウは、どきどきしていた。
物心ついた時から男性用の服しか着たことは無かった。だが自分が女であることを意識するようになってからは、女性用のドレスなどに心のどこかで憧れがあった。
幸いこの家は、女ばかりなので新しく仕立てなくても姉上達の残した少女サイズのドレスや服飾は選び放題であった。
彼女には、長年使えてくれた専属の従者が手伝ってくれた。
従者も心のどこかでは、彼女を哀れに感じていた。女でありながら男として生きなければならないことを、同じ女であるからこそ思うところはあった。
「ミュウ様、ここは折角ですから女になりましょう」
従者は、ミュウに何が似合うか判っていた。幼いころからずっと彼女を見守ってきたのである。初めて仕える喜びを感じる。従者である彼女にとっては、主であるミュウ様がここ数年苦しまれている事に薄々は気付いていた。そして、この衣装部屋にこられてからのミュウ様の目が輝いていらっしゃる事に、、。あまり人前で感情を表に出さない方だったぶん痛いほど気持ちが伝わってきたのである。
「まずは、下着からですわね。女性の内面を決めるものです。とても大切なのですよ」
そう言いながら、従者はミュウを今日だけは一人の女性として扱った。
△▽△
ジルは、適当な女装姿にさせられ完全に外れクジだがここは諦める。
女装させられた挙げ句に司会進行係という立ち位置となる。
無観客では、味気がないので当主とその奥様、数人の従者達がそれを見守るなか何処から持ち込んできたのか知らないが、アスカの用意した特殊照明がランウェイを照らし出す。
「では、これより帝国騎士学校の学生によるファッションショーを行います。」
「No1 テーマ「犬と美青年」」
ジーンズ姿の上下に中は、白のシンプルTシャツ。帽子を軽くかぶった感じでアスカが出てくる。そして何故か隣には犬のパジャマ姿でフード付きで耳までついたパウパウ仕様のルビィ。
アスカは、ともかくルビィよ。ジャンルがおかしい。
ランウェイを一番先まで歩くとキメポーズでまた舞台袖に戻っていた。
「続きまして、No2 テーマ 「晩餐会」」
ステージの照明が落ちる。ランウェイに光の星屑が飾灯される。
スポットライトが徐々に彼女を照らし出す。
ブルーの瞳が美しい。髪はブロンドのショートヘアーの髪先を左右に遊ばせて幼さを残しつつも大人の女性を演出している。手足が長いので脚が見えるようにショートドレス丈。紺色の生地に彼女の胸元から腰下までのボディーラインがとても美しく見えるようにアレンジされている。胸元には谷間を隠すようにレースの飾りが添えられている。
間違えなく、自分の娘達どころか国中探してもこれ程の美女はそういない。
それほどまでに、洗練された美しさがあった。自分達が男として育ててきた娘が本来あるべきすがたで両親の前のランウェイを優雅に進む。そして満面の笑みで微笑んだかと思うと次の瞬間には、何処かとても遠くを見つめるように悲しい表情をする。
「あなた。あの子は本当に綺麗ね」
40年以上連れ添った妻がそう言う。
「・・・・・・・。ああ」
父は、家の為に犠牲になった娘を初めて女性として見る。最初から「息子の身代り」として見たことしかなかった。
だが今、目の前にいるのは間違えなく、大人になりつつある一人の女性だった。
自分は、正しかった。間違ってはいなかったはずだ。一生懸命、自分自身を正当化する。
当主は、妻に目をやる。
妻は、すでに耐えられなくなったのか涙を流していた。妻は、御家の問題として冷静に当主である夫の意見を尊重するしかなかった。病弱な息子しか生めなかったのがいけないと思っていたからだ。しかし、成長した娘としての姿を見たことで自分達がしでかした業の深さを感じてしまったのだ。
そして、当主は、娘をあらためてよく見る。今まで反抗も要望もなく従順に親の言うことに従ってきた。それで全て問題ないと思ってきた。
だがどうだ。見ればわかる、、、語らずともわかる。
望んでいる。
娘は、目で訴えかける自分は『女』で男では無いのだと。
それから何度か衣装チェンジをしてファッションショーは、閉幕した。
△▽
ジルは当主に促す。
「では、結果発表となります。合否でなく感想をお願いいたします」
長い沈黙が続く。
当主は、すでにかける言葉が見つからなかった。家の為とやってきたつもりだった。当主である以上、多少の犠牲は身内であっても致し方ない。そう言う立場であり責任があるのだ。正当化する理由などいくらでもあった。
だが一人の親として娘の気持ちを初めて、考えてた時にどうしようもない胸の痛みを感じた。息子は、もう居ないのだと。そして娘までこの世から消してしまったのだと。
当主は、決心したかのようにミュウを見つめる。
「本当に綺麗だった。そしてすまなかった。
許せとはいわぬ。だが、これからは自由にしなさい」
「お父様、、、、。本当に宜しいのでしょうか」
「ああ、別に国が滅びる訳ではない。犠牲は連鎖する。いずれは破綻したことよ。ならば今でも変わらん」
「お父様!」
初めて、娘として父に抱きつく。はっきり覚えてる限り、父に抱きついたことなど一度もない。彼女は、涙を流していた。当主の妻である母もようやく解放されたのか抱き合い涙をながす。
落ち着いた所で当主は、家臣を呼ぶ。
「周辺領主の当主へ伝令を頼む。継承権に関する事だと」
その時だ。
アスカが口を挟む。
「その必要は、ございません!」
‼️
「何と申しました? 必要ないとは」
「言葉意味の通りです。周辺領地へ相談する必要などございません」
「しかし、ミュウは、息子ではなく娘なのだ。」
当主は、衝撃的な真実を告げたつもりでいた。
だが、アスカは特に驚く様子も見せない。
「しっていたと?」
当主は、考える。急な学友の来訪。自分達とは住む世界が違うサリード家の御令嬢の出現。全てが計算されていた出来事なのだと。
アスカは、ことの顛末を伝える。
まずは、結論から
「先ほど帝国3院会議にて、このバフェール領土は帝国でも随一の重要拠点であり旧制度における継承では、国土の安定にそぐわず無用な争いを生むため。先の盟約を即刻破棄すると共に、男子継承も廃止する。今後は家より最も優れたものを次期当主として育成輩出するようにとのことです。」
「あと皇帝より、追伸です。今回の一連の所業は不問とする。娘のミュウは、学校側の入学手続きの不備で男性として登録したことが原因であり。明日より正式に女として登校をせよとのことです。」
「あ、追伸その2もありました。うちの所は、甘やかし過ぎて放任したらダメ息子になったが。お前の所はちと厳しすぎだ。これからは娘を大切にするようにとのことです。」
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