1ー36 父で有ること
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帝国の首都『ベルケル』の上空、8000mの上空で大気が振動する。
この100万人都市の誰もがそれに気が付く事はない。昼過ぎの暖かい時間帯だ。
一人の少女が秋の日差しを浴びながら、あくびをした。空を見上げながら掌を空にかざす。その時、青天の空の一点が黒い点に包まれる。
何だろうと思う次の瞬間。反転するようにそれが浮かび上がる。
式典などで郊外に浮遊している姿をみたことはあった。
それが何であるかこの国民は皆知っている。
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『正常シーケンスへ移行。セーフティーモードに移行します』
アルとエマは、確認する。
「転移変換による変換損傷率はそのぐらいですか?」
オペレーションシステムは、即座に回答する。
「事前の指定範囲における施設内の変換率は100%です。損傷は有りません。」
アルは、安心したのか。どっと疲れを感じて、席にもたれかかる。
人の命を預かる重さを改めて感じた。
ある日突然、知り合いが命を落とすことは珍しくはない。それでもそれは、偶然の悲劇であり。その責任は感じない。
だが今回は、違う。自分のミスがあればそれだけで、この艦で働く3000名近い命が失われる。この重圧は、思った以上に重く感じた。エマが成功した安堵なのか。アルに抱きつく。この温かい彼女の温もりを感じるのであった。
皇帝は、言った。何も心配などしていない。俺はお前を信じる。
そう、彼は言った。この大陸で最も力のある者がなんの自信からそう思うのか。まだ1年の付き合いもない相手を信用する。確かにギル皇帝には好感が持てた。以前、なぜ自分の村を焼いたのか聞いた事があった。
ギル皇帝は、真剣な表情になるとこう言った。
「そうだな、村を焼いたと言われれば事実であり、当事者から見れば残虐そのもので釈明することもない事実である。だが、私はその上で自分が背負うものの事を考えなければならない。私は自分の責任の元、犠牲を承知の上でことを成したとしても。それが間違ったとは思わない。全ては、この国の為にしたことだ。それが間違っているというならお互いの犠牲を覚悟の上で私を倒せばよい。人が生きる世界とはそう言うものだ」
そう、己が何の犠牲のもなく、生きているとは思ってはいけない。アルは、自分のことを思う。僕がここにいるのは、父が犠牲になり。献身的なローレンお爺ちゃんの別の生き方を奪いその犠牲の上にある。かの王は多くの犠牲を出した。
人を導く者、又は力を持って生まれてしまった者。それらは、意図しなくても犠牲の上で生きる事になる。影響が大きい者は責任を伴う。責任とは何だろう。守りきる事ではない。判断した事の重みを感じる者の事だ。
喜びも哀しみも、憂いも苦悩も全てを受け止めなければならない心の有り様を想う者が責任を持つと言うことである。
それが無いものを無責任と言うだけだ。
艦内に歓声が上がる。
全員が共感していた。この歴史的瞬間を体感したと言える。
帝国にもたらしたこの技術は、世界のバランスを一変させることは、誰もが認識していた。宣戦布告とともに最大火力をもつ兵器が敵対する国家を一方的に焦土と化せるからだ。
だが、それは人として許されざる行為であり。帝国が暴走しないかぎり使用されることはない。だが、人の業は深い。間違えを認めるのは、間違ったことを認識する事で初めて生まれるものだ。良心がどこまで深い愛に満ちているかは、人のみぞ知ると言ったところだ。
そう言う意味では、アルは無責任だろう。
彼がもたらした技術がこの先どれほどの犠牲を生む事になるのか。
一時の責任など誰しもが感じる。だがそれによる変化にまでは責任をとらない。
技術とはそう言うものである。
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空中要塞バハムは、ゆっくりと帝国の首都『ベルケル』の北西1Kmほど離れた広野に着艦した。アル達は、ギム皇帝と同じ馬車にのり宮廷に向かっていた。
そこは、とんでもなく広い都だった。王国の比ではない。
通りには、人が溢れている。皇帝陛下を乗せた馬車は、事前に決められたルートを進む。街道の者達は馬車が近付くとその場で頭を地面につけ通過するのを待っているようだった。
この目の前に座る男がそれだけの力をもつことが実感できる。
アルは、道沿いの人々を、見ながら自分の事を考える。
私が、与えられた力は、必然の中に存在したと仮定して、果たしてどうするべきなのかと。迷いすらも必然ならば私が生かされる本当の意味とは何なのか。
かれは、馬車に揺られながらこの先の有り様を考えるのであった。
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宮殿に到着したようだ。
アル達は、ギル皇帝とは別れてエマと共に宮廷内のサリード家が所有するお屋敷に身をよせることになった。扱いは、国賓だそうで皇帝の名の元。帝国内でのあらゆる事柄にかんして治外法権だそうだ。つまりこの国で何をしようがその責任は問われず、又この国の法が適用されないそうだ。
とんでもない皇帝である。タダ食いしようが、人の女性に手をかけようが、あらゆる犯罪行為もその責任を問わないと言っているに等しい。
それも当然といえば当然である。彼のもたらした技術は、世界の有り様を変えるだけの力を持っていた。
だが、アルが仮にどんなに暴走しようが彼女の妻達が唯一、彼を止める事ができると皇帝は全てを分かっていた。そう、彼の全てが彼女らであり。彼女らの全てが彼であると。
そして皇帝は気付いていた。その妻の一人となるものが帝国の表と裏を統べるサリード家の次期党首であるということも。
気付かないわけがない。どれだけの人間の生き方を見てきたと思う。苦しみ喜び。怒り。嘆き。それを冷静に受け止めるだけの器になるために、、、。
皇帝は、この帝国の繁栄を熟れいた。
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現サリード家当主であるバイヤは、皇帝と面会していた。
「そうですか、それほどとは、、、。皇帝まだ隠している事はございませんか。私にはその目にそれ以上のものが見えているように感じます」
「うむ、お前に隠し事しても時間の問題であるな。率直に話そう。
お前の娘と恋に落ちているアルと言う少年は、『かの王』の孫だ。」
‼️
「それは、またとんでもない人物を帝国に引き入れましたね。力を得たつもりがその力で自らを蝕むことがなければ宜しいですが、、、。今の所、どうお考えですか?」
「私にも判らぬ。この立場で打算的な考えで行動したのは、後にも先にもこれが初めてだ。だがあの男は、信じる信じないに関係なく。次の時代を担う者である事は私が責任を持とう。その上で帝国の為にならないと判断したときには、すまぬがお前の娘も巻き込む事になる。」
「、、、、私の知らぬところで、いつのまにか娘が成長していたと言うことですね。」
そう言うと二人の男は、笑い合っていた。
立場は異なるがこの二人が帝国を牽引し、今の有り様をつくったとも言える。故に、言葉では語り尽くす事のできない信頼がこの者達の間には存在した。
アル達は、サリード家のお屋敷の一室に通された。半月前まで王国の王宮を見ていたが、この部屋は次元が違う。豪華絢爛などと言うレベルではない。この世の豪華と言う言葉を具現化したような部屋だった。
部屋には、川のせせらぎが再現され湖を模したプールもある。程よい明かりがガラス張りの天井から木漏れ日る。観葉植物が地植えしてあり部屋の中に春の新緑を感じる。境がはっきりしないがゆったりとした豪華なソファーとテーブルがあり、いつでもお茶をしながらこの眺めを堪能する事ができるようだ。
「エマって、お嬢様なんだね。うちの家がこの部屋に何軒たつかしら」
うん、素直な感想だ。トンファ、それは間違いない。
ニアは、すでに一目をはばからず肌着になってプールで泳いでいた。
実に自由なやつだ。その空気を読まない性格がうらやましい。
この部屋の係と思われるメイド姿の女性達は日頃から訓練されているのか、無表情でもなくかといって笑顔という訳でもないプロのニコやかな表情を保ち続けていた。
アルは、そんなトンファとニアを横目に資料に目を通していた。
どうも、このサリード家と言うものは、帝国でも聞いていた以上にとんでもない家のようだ。そこに書かれているのは、この家の歴史とでもいえる帝国の成り立ちと繁栄に関する書物であった。それは、1冊でおさまるものではなく。古い書は、骨董品で歴史的価値の高い美術品といえる代物まであった。
アルは、まずは相手を理解するにはその成り立ちからその家が背負う重さを知らずにエマの父と話をするのは失礼にあたると感じていた。
自分は、エマに背負うものを知らなければならなかった。そうすべきである。
アルはアルが守るべき範囲を正確に理解しなければならなかった。
旅人に戻る難しさを感じながらその可能性を探すのである。
△▽△▽
到着の2日後、アルはエマと一緒にエマの父であるバイヤさんと面会することになった。
その際、後程あらためて挨拶すると言うことで、トンファとニアは帝国観光へ出掛けていた。
バイヤさんの部屋は、実務的で品のある書斎だった。
必要なもの意外は一切排除したような落ち着きのある部屋である。
廊下の方が豪華であると言っても間違えではない。
アルは思った。これがエマの父であると。
ギル皇帝に感じた以上に自らのゆるぎない信念を持っている人なのだろうと。
一夜漬けで読んだ歴史からもこのサリード家の歩んで来た道が決して容易いものでなく、当事者でなければ決して理解できない重みを感じていた。
あれを今のバイアさんが背負いエマが引き継ぐものなのかと、、。
△▽
先に通された部屋は、静かだった。エマはアルの手を強く握っていた。
少しすると執事に方がもうすぐでいらっしゃると伝えてくれた。
「アル、、、私、、、お父様が反対されてもアルと一緒にいたい」
アルは、自分がいままでトンファとニアに同じフレーズで家族になった事を思い出す。
「僕も一緒にいたい。エマは大切な家族だから」
そう言って、握られた手を強く握りかえす。
そして、ほどなくバイヤさんが部屋に入ってきた。
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おお、今日か。今日なのか。
うん、緊張しかしない。
あーーー。
最近飲む回数が少なくなってきた胃腸薬を部屋付きの者に頼む。
うむ、妻は別にアル殿を遠目から見たようで可愛いし、いいんじゃない。
だってあの「うろこ」しか興味のなかった娘が連れてきたんでしょ。
めでたいじゃない。
ん、この名家サリード家の当主としていいのか?それで本当にいいのか?
娘のエマを想う。
彼女のひたむきな努力、一切変わる事のない信念。
親の言うことは、間違った解釈でも素直に実行する素直さ。
うん、許そう。
唯一の問題は、ほかに嫁がすでに二人もいるという点だ。
その上、アル殿がサリード家に養子に入ってくれるという保証もない。
課題山積み。問題山積み。
だが、このバイアを誰だと思っている帝国最高の権力を実質持つ者だ。
不可能はない。俺が白と言ったら白だ。
たとえ、法の元で問題があるなら法を変えればいい。
よし、お父さんやっちゃうぞ!。
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部屋には、3人がいる。
それぞれ椅子に座り背筋を伸ばしている。
初対面にもかかわらず、両者はまだ挨拶すら自己紹介すらしていない。
そう言った空気ではないのだ。
『沈黙』の力
バイアは知っていた。
これは、国と国が実弾を交えた戦争をおこすか。
和平の道を模索するかの瀬戸際外交において用いる最大の武器である。
相手の最初の出方次第で全てが決まる。
真剣を交えた思考の戦いが『沈黙』なのである。
相手の目、表情の変化を見逃さない。
この沈黙に無策で、挑めば敗北する。
エマもそれが判っていた。サリード家の次期当主である自身だが今はアルの妻となろうとする者が先にこの均衡を破ってはいけない。
アルは、沈黙に耐えられるだろうか。
先に動いたのは、アルだった。
アルは素直だ。
「エマさんを愛してます」
‼️
この少年、変化球と言うものをしらんのか!。
まだ、沈黙は続く。ここで返してはサリード家の名折れだ。
アルは続ける。
「バイア様は、すでにご存知かと思います。私の家族はトンファとニア。それにエマです。私は、全てを敵としても彼女らを守ります。」
バイアは、この少年がエマを越える知識の持ち主であることを知っている。だが知だけでは純粋な力の前では無力だ。このサリード家は、軍事力を手中に治めることでその歴史を繋いできた。
バイヤが沈黙を破る。
「お前自身の守る力は、どこにあるのだ!」
エマがつい沈黙を破ってしまう。
「それは、お父様も知っているはずです」
「・・・・・・。そうではないのだよ。私が言っているのは、この帝国を敵にまわしても愛娘を守る力があるのかと言っているのだ!」
エマは、知らない。アルは、知識の賢者であり。武など持ち合わせいないと思っている。
「わかりました」
少年は、席を立つと部屋の窓に立った。
「バイヤ様。これから見るものが私が起こしたと他言しないことを誓えますか?」
ん、なんだこの少年。急にどうした。
「ああ、ミネルバ・バイヤ・サリードの名に誓う」
アルは、神経を研ぎ澄ます。
意識を帝国から50Km以上離れた海上に移す。
部屋のバルコニーへの扉を開けて外が見える場所に足をすすめた。
バイヤもエマもそれに続く。
「地平線の彼方をみていてください」
アルは、再度集中する。
本流、本質、心理。それが何であり何処にあるのか。
だが感じる。
アルは、竜の刻印 『ハイアルの刻印』を起動する。
その瞬間、アルの体は宙に浮く。マナの粒子が彼の周りで発現し光の粒が取り巻く。
バイヤは、息を飲んだ。
これは、アームズとかそう言ったものではない。
彼自身の力であると。
少年は『覚醒』と呼んだ。一言。
その瞬間、地平線に光の柱が立ち上がる。
そして空を覆い。虹色に変化させる。
小さな粒が降る。とても暖かい温もりのような雪だ。
雪は、手のひらに落ちると溶けるように虹色に輝き消える。
帝国全土を覆い虹色の雪が降る。
アルは、力を止める。
ゆっくりと地面に足がつく。
「見て頂けましたか。これをけして消えない炎に変えることもできます」
‼️
「・・・・・・・・・。これは誰も信じないだろうな。この場所にいた者以外は」
バイアは、神にでも娘を嫁がせるのかと。
現実を受け止めるきれるだけの人ではなかった。
一言。
「アル殿、娘を頼む」
「バイア様、全力でエマをお守りします」
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