諦観の事実
紗良は自分が死んでしまっている事実に呆然としていた。
「やっぱりまだ思い出せないのじゃな。」
紗良を見る神様の顔は痛ましげに歪んでいた。
「記憶喪失だ…。私はダレ?しゃぶしゃぶにはごまだダレ?ってふざけてる場合か!どーしよ?全然思い出せない。しかし、仕事を辞めたかった事だけは鮮明に覚えてる!」
「お、落ち着くんじゃ!ほれ、とりあえず深呼吸するんじゃ!」
「スーハースーハー。」
「その調子じゃ!落ち着いてくれよ!」
「すいません。少々取り乱してしまいました。」
いやー恥ずかしい。
パニックになっていたようだ。
何より神様が珍獣を見たかのような顔をしてるのが物凄く辛い。
「いや、落ち着いたのならよかった。辛い記憶を思い出させるのは心苦しいがそれもおぬしの為じゃ。記憶が消えた訳ではなく、忘れておるだけじゃ。ゆっくり思い出してみろ。」
えっと、確か仕事だったはず。
そして、あーそうだ。
アイスクリームのクレーマーを対応して、いつも通り働いてたんだ。
そして仕事終わりまで残り一時間。
出勤前の一時間は一瞬で過ぎていくのに、何で仕事中の特に退勤一時間前になると時間の流れがゆっくりになるんだろうか?と嘆いてた時だった。
真夏なのに真っ黒なロングコート真っ黒な帽子、そしてマスクとサングラスをかけたザ・不審者を発見してしまった。
警備に連絡して話を聞いてもらおうとしたところ、鞄から包丁を取り出し金を出せと暴れだしたのだ。
すぐに警備がとんできて取り押さえようとしたが、包丁を振り回してたので近寄ることができなかった。
周りのお客様達もいきなりのことでパニックになり、店内は一気に騒然とした。
何故この不審者は大型ショッピングモールで強盗しようと思ったのだろうか?
普通小型店舗や銀行なんじゃないだろうか?
テロ目的や集団強盗ならまだしも一人でしかも凶器は包丁。
周りのお客様達を落ち着かせながらバカを視界に入れる。
その時、犯人の近くに子供が取り残されてるのが見えた。
周りの混乱で親とはぐれてしまったのだろう。
床に座り込み泣き出す寸前だった。
きっと犯人に目を付けられたら人質にされるか、最悪殺されかもしれない。
そう思った瞬間走り出していた。
犯人がどんな様子かも確認せず無我夢中で子供を抱き抱え、立ち上がり逃げようとした時、背後から誰かの悲鳴とそして背中に焼き付くような痛みがはしった。
あー刺されたのか、とすぐに理解したが今倒れるわけにはいかない、腕の中には子供がいるのだ。
怖いだろうに泣くのを我慢してるのか、瞳に涙をためながらこちらを見上げていた。
痛みをこらえながら子供に笑顔を向け、大丈夫と伝えながら最後の力を振り絞るように願いを込めながら叫ぶ。
「誰かこの子を受け取って!!!」
腕の中の子供を力の限り放り投げた。
その投げた瞬間。
「死ね!!」
という声と共に首に衝撃が走り意識を失った。
今まで忘れていたのが嘘のように全部思い出した。
「私はあの時殺されたんですね。」
首を刺されたのだろう。
確かに死ぬはずだ。
「思い出したか。そうじゃおぬしは殺され死んだ。」
悲痛な顔をしながから神様が言うが私はそれほどショックを受けてないし、もうすでに死んでるならゴチャゴチャ考えても仕方ない。
それより今は一番気になっていることがある。
「知りたいことがあります。あの時私が投げた子供は無事ですか?」
そう子供の安否だ。
結構な力で投げたし誰も受け取ってくれてなかったら怪我をさせてしまってるかもしれない。
「自分は死んでしまったのに子供の心配か…子供は勿論無事じゃ。投げた先に男がおってな、そいつが受け止めたから傷一つついとらんよ。」
「本当ですか?よかった!」
安心した。助けた本人が怪我なんてさせたら本末転倒だしね。
それに死ぬ前に小さな命を救えたのが嬉しい。
無駄死にならなくてよかったよ。