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この探索者の自己評価がおかしい!「高すぎって意味だよな?」

書いているとなんか予定しない方向に転がって行きました

 巨漢と細身の青年が向かい合う。その雰囲気は剣呑である。


「ハッハー! こいつ決闘にこんな剣ぶら下げて来てやがるぜー! 舐められたもんだなあ俺もなあ……行くぜえ!」 


 巨漢が剣を抜き、その勢いで青年を切りつけた。——そのはずだった。


「俺の剣がおかしいって」


 青年の頭が果実のように叩き斬られるという見物人たちが予期した未来は、しかし実現しなかった。巨漢の手には、何も握られていない。抜き損じたか、滑り落ちたか。

 いいや、そうではない。いつの間にか青年の一見頼りない剣が振り抜かれている。


「——俺が扱うには強すぎって意味だよな?」


 巨漢が愕然とする。一拍遅れて、その背後に彼の剣が落下した。


「今……今、何を」


 問われた青年は気抜けしたように答えた。


「何って……お前が剣を抜いた後で剣を抜き、剣が当たるより先に剣を当てただけだが?」


 相手が剣を抜いた後で剣を抜き、剣が当たるより先に剣を当てる。誰にも文句のつけようがない、剣戟でありえる最良の勝利だ。それをこの青年はできて当たり前のことのように言う。


「やるじゃない! さすがはヨモノリね!」


 後ろで見守っていた少女がなぜか得意気に歓声をあげる。


「大したことやったつもりないんだけどな」


「あんたそういうの周りに聞こえないように言いなさいよ?」


 青年ヨモノリが嫌味なまでに卑下し、少女オビカが呆れるというのは、二人の間ではいつものやりとりだった。そのために人の怒りを買うこともしばしばだったが。




「何はともあれこれで私たちもD級探索者というわけね。誰かさんのせいで揉めたけど」


「楽しかったって意味だよな?」


「あのねえ! 確かにスッとしたけど! あの手の挑発は今後控えてよね!!」


「普通にしてるつもりなんだけどな」


 先の決闘も、強さを褒められたヨモノリが卑屈なまでに謙遜したのが原因だった。


「褒められたら喜べばいいのよ。どんな時も素直にいるのが一番だわ……って何やってんの」


 ヨモノリが露店の品物を物色していた。


「何って……オビカに似合う装身具を探しただけだが」


「頼んでもないのに? 買ってくれるならもらうけど、その藍色の腕輪がいいわね」


 宝石の埋め込まれた腕輪で、珍しい色も使われていて、見るからに高価そうなものだ。


「買うなって意味だよな?」


「そうよ。先急ぎましょう」


 それを聞いているのか聞いていないのか、ヨモノリは主人に金を差し出し、腕輪を受け取った。


「なんで買うの?! 話聞いてた?!」


 無茶な要求の真意を正確に掴んだと思ったらそれを無視するヨモノリに、再びオビカが怒る。


「なんでって……似合うと思ったんだが」


「いいけど、いやよくないけどいいとして、じゃあ今日探索で稼げなかったらあんた夕飯抜きで厩で寝なさいよ」


「張り切って探索しろって意味だよな?」


 物分かりがいいんだか悪いんだか。頭を抱えながらオビカはヨモノリについて探索に出かけた。




 探索とか冒険とか言っても、実際のところは害獣駆除であることが多い。ヨモノリたちもそうだ。新天地の探検など、D級探索者にできることではない。一方で、今日ヨモノリたちが相手することになった害獣も、D級探索者の手に負えるものではなかった。


魔叫猪(スクリーチ・ボア)……こんな町外れに出ていい魔獣じゃないはずなのに、D級になりたてで出くわすのがこんなのなんておかしいわ」


 不快な声を高くあげる巨大な猪のような魔獣が森の木々をなぎ倒しつつ向かってきている。それも一頭や二頭ではない。オビカの顔を絶望がよぎった。足がすくんで逃げることもできない。逃げたところでこの相手にはぷちりと潰されるのが関の山だろう。


「D級になりたてでこいつらに出くわすのがおかしいって——」


 ヨモノリが対害獣のための槍を構える。無駄なことだとオビカは思った。間合いに入ってから槍を振るうまでの間に、猛スピードの猪が彼を潰すだろう。こんな奴と心中かあ——。


「——ヌルすぎって意味だよな?」


 チュンッ!


「えっ……何? 今、何を……」


 猪たちは討伐証明部位である牙を除いてばらばらの肉片にされていた。


「何って……槍に魔力をまとわせて間合いを伸ばして振っただけだが?」


 剣や槍に魔力をまとわせて間合いを伸ばすのはそれほど珍しい技術ではない。しかしそれを正確に早く振るというのは、街一番の達人でも実戦で試すような賭けは控える、というようなことだった。


「ともあれ助かったわ。あんた思ってたより規格外なのね。ますます謙遜なんてやめた方がいいわ」


 安心と恐れと呆れが混じったような微妙な表情でオビカは言った。




「さすがにこんな大物だとおいそれと換金できないから一頭分だけ報告したけど。それでも先の腕輪なら五や十買ってもお釣りがくるぐらいね」


「欲しいって意味だよな?」


「違うわよ……どこに行くの? 待ってろって? まあいいけど、装飾品なら買ってこなくていいからね」


 ヨモノリを見送って喫茶店でしばらくくつろいでいると、人の良さそうな商人風の男が近づいてきた。


「やあ、嬢ちゃん。私は——」


「ここにいたか! 逃げるぞ!!」


 にわかに巨漢が走り寄り、オビカの腕をとって駆け出した。ヨモノリに喧嘩を売られたと思って決闘を申し込み、敗れた男だ。


「えっちょっと何? どういうこと?」


「逃げることはないよー……僕らはしがない養豚業者さ」


 商人風の男はそう言って追ってきながら、手のひらほどの大きさの鐘を鳴らす。その音が鳴るたび、ガラの悪そうな者たちがあちらの店から、こちらの路地から現れてオビカを捕まえようとする。明らかに堅気の「養豚業者」ではなかった。


「ヨモノリは一緒じゃないのか?! お前ら、でかい猪の魔獣を狩ったろ! あれはあの男が秘密裏に飼育してるんだ」


「魔獣を飼育?! そんなことできるの?! それに何のために——」


「大きな危険を伴うが、奴らは魔獣の武力と売って手に入る金とがそれに見合うと考えたんだ!」


 正気の沙汰ではない。探索者組合が常に魔獣の討伐報告を受け付け、賞金を支払っているのを考えれば、確かにありえない発想ではない。しかし魔獣を飼うなど、できるものなら国や街や組合がとっくにやっている。


「奴隷同然の働き手を大量に潰してやっと回っているらしい! とんでもない奴らだよ」


「うちで飼っているのが運悪く逃げ出してねぇー、損失は惜しいが害をなす前に処分してくれたのにはお礼をしたいんだよぉ」


 路地裏で巨漢が足を止めた。後ろから追っ手、前からも手の者たち。挟まれた。


「いやあそんなに怖がることないよぉ、不安定な探索者稼業よりもいい働き口があるんだぁ、動物と触れ合う仕事なんだけどね。人手不足で困っていてさぁ」


 その時だった。ごとごとと音が聞こえる。薄い木箱を重ねて運ぶような音が近づいてくる。


「なんだ? 耳障りだね。ちょっと止めてきてよ」


 首を搔き切る仕草とともに男が部下に命じる。この男にとっては「耳障り」が人を殺す理由になるのだとオビカは戦慄した。そして——


「うぐっ」「ぐあっ」「ぎゃっ」


 鈍いうめき声が次々に上がる。この男の部下が暴力を振るっているのか。


「おいおい、あまり苦しませることはないよ?」


 ごとごと、ごとごと。音は止まない。荒くれ者たちの間に動揺が広がる。


「うん? どうしたんだお前たち。何があった?」


 荒くれ者が「それ」から距離をとる。「それ」の前を退く。結果として、「それ」のために道を作ったようになった。


「何がって——」


 その姿を巨漢とオビカは認めた。その見慣れた姿を。


「——返り討ちにしただけだが?」


「ヨモノリ!」「なんで!?」


「あー……」


 木箱を担いだヨモノリはバツの悪そうな表情をして歩み寄りながら言った。


「遅すぎって意味だよな?」


「……誰だか知らないが、わざわざ包囲網の中に入ってくるとはバカなやつだね! 何をのこのこやってきたんだか知らないが」


「何をって、仲間を助けるのは普通だろ?」


「じゃあその友情に殉じて死ぬがいい! 袋叩きにしてしまえ!!」


「ヨモノリ、確かにお前は強いし数の利が活かせない狭い場所とはいえこの人数が相手じゃキツイぞ! どうする気だ!」


 男の指示にしたがって部下たちが構え、巨漢が叫ぶ。


「へっへへ……そうだぜ、俺たちはまだ四十人以上、そっちは三人ってことを考えた方がいい」


「こっちが有利すぎって意味だよな?」


 ヨモノリが不敵に笑い、謙遜を捨てた挑発で答える。

 ——二十秒後。「養豚業者」たちは全員倒れ伏していた。


「あんた、やっぱおかしいわ」


「雑魚に手間取りすぎって意味だよな?」


「強すぎって意味だ!!」


「あとどこで何やってたのよ」


 ヨモノリは答える代わりに木箱を開け、中から物を取り出した。衣服だ。それをオビカの体の前に当ててみせる。


「フリーサイズの……部屋着? 私に? いやいや、こんな質素ながら可愛さを主張するようなの、私が着てもおかしいって……返してきてよ」


「おかしいって——似合いすぎるって意味だよな?」


「——バカ! っていうか部屋着を贈るってどういう意味か知ってるわけ?!」


「感謝の意味だよな?」


 オビカは頭を抱えた。


「……えっと……生活を、共有したいって意味よ」


 少なくとも当世ではそういうことになっている。貴族などにとっては豪華な部屋着を贈るのが求婚の定番だというぐらいだ。


「俺たちにはふさわしくないってことだよな——じゃあこれは返して」


「いや! いい! ——着る。着てあげるから!!」


 ほとんど睨みつけるようにして、ヨモノリに言った。ひゅう、と巨漢が口笛を鳴らす。


「いい!? あのね!? 生活を共有って言っても! 別に惚れた腫れたとかとは限らなくて! 騎士とか学生の寮でもあるようなことなんだからね!?」


 言い訳を始めたオビカを見て、ヨモノリは手の甲でオビカの手の甲に触れ、それからそっと絡ませた。


「何!? 惚れた腫れたじゃないって言ってるんだけど!?」


「何って、こうするとさっきみたいに離れなくて済むんだが」


「う……そんなこと言って、四六時中手を繋いでいるわけにもいかないでしょ」


「それに」


 ヨモノリは畳み掛けた。


「どんな時も素直にいるのが一番なんだろ」

この定型文はまだまだ遊べるポテンシャルがあると思います。

「茶漬けでもどうかって、帰れって意味だよな」とか

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[一言] キャラが面白かったです。 シリーズ化できそう。
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