僕とボクのW能力
「やっぱりさ、より連携を良くするためにもっと仲良くなるべきだと思うんだ。どう? 次の土曜日とか?」
「今はそんな話をしている場合じゃないでしょ? ほら、来るよ」
建物の影に隠れながら通りの様子を伺っていたボクたちは、目的の人物がこちらの方へと走ってきていることを確認した。
「はぁ……。はぁ……。ここまで逃げ切れば余裕ッスよアニキ」
「はぁ……。はぁ……。ふぅ。あぁ、そうだな。あそこの連中も馬鹿ばっかだぜ。警備に無能力者しかいないなんて、盗みに入ってくれって言っているようなもんだ」
「ほんとっすよね。後はこいつらを捌いちまえば暫くは余裕ッスよ「はい、残念」……へっ? ひぎゃぁ!?」
「ネズぅ!? 何だテメェら!? いつからここに!?」
「いつからって、少なくとも君たちがここに来る前から、かな」
「ノエルちゃん……。いきなり飛び膝蹴りするのはどうかと思うよ? 女の子としても、うん……」
「だって、油断しきっているんだもん。下手に抵抗されて能力を使われるより、さっさと無力化した方が良くない」
「まぁ、そうなんだけど……」
「無視すんじゃねぇ!! よくもネズを……。テメェら絶対許さねぇからな!!」
「はいはい。そういうのいいから。そこで伸びている彼みたいになるか、大人しく投降するか、好きな方を選んでくれる? オススメはもちろん後者だけど……っと」
不意打ちで目的の強盗犯の1人を倒した後、不意打ちの方法にドン引きしている相棒の島崎拓也を無視してもう1人に投降を薦めたのだけど、返事の代わりに拳を前に突き出してきた。普通ならば意味のない行動だが、ボクは目の前の男が拳を突き出すのと同時に身体を半歩分横にズラした。すると丁度ボクがいた場所の横を何かが通り抜けた。巻き込まれた髪が数本落ちたことから、空気弾のようなものを飛ばす能力なのだろう。
ボクが避けたことに驚いているのか、拳を振りぬいた姿のまま呆けた表情を浮かべる男に反撃をしようと足に力を込めたところで、
「テメェ!! ノエルちゃんの髪になんてことしてくれてやがるんだ!!」
拓也からもボクの髪が数本零れ落ちたのが見えたのだろうが、それで拓也が激昂し、ボクより早く空気弾を飛ばした男の顎を蹴りぬいて気絶させていた。
飛び出そうとした姿勢のまま、男が崩れ落ちるのを見届けたボクは、男が起き上がらないことを確認してから
「……制圧完了」
と呟き構えを解いたのであった。
…………
……
『はい、お疲れ様。それじゃあ回収部隊をそこに送るから、2人はもうあがってもらって大丈夫よ』
「了解です。では、先に上がります。お疲れ様でした」
「もうあがっていいって。それじゃあお疲れ様」
「いやいやいや、ノエルちゃんさっきの話終わってないって! どう? 土曜日!! って、待ってノエルちゃん!!」
制圧したことの報告を済ませ、拓也にもそのことを伝えて場を離れようとしたときに拓也がしつこく遊ぼうと迫ってきたのだが、ボクはそれを無視して足に力を込め、近くの家の天井の上へと飛び乗った。
「……はぁ」
拓也が追いかけてくる前に屋根から屋根へと飛び移りながら思わずため息をついたボクは、どうしてこうなったのかについて思い返したのであった。
………………
…………
……
中学校を卒業した日、家の中で漫画を読んで暇つぶしをしていた僕、宮野衛留は、急に身体の内から身体が溶けてしまうのではないかと思うくらいの熱が込み上げてきたんだ。余りの熱さに気を失ったんだけど、気がついたときには身体が変化していた。不本意ながら、本当に不本意ながら学校で並ぶときには一番前になるくらい低い身長に変化はなかったけど、胸には今までなかった膨らみが、そして下半身には今まで連れ添ってきた相棒がいなくなっていた。
急に起きた現象に何が起きたのかがわからず茫然としていると、
「衛留ちゃんご飯よ……。あら?」
ご飯が出来たと母さんが部屋に入ってきたんだ。
「母さん、あの……」
自身に起きたことに理解が追いついていない状況で母さんに何て言えばいいのかも思いつかず、言葉を上手く紡げずにいると
「衛留ちゃん、ついに来たのね」
母さんは全く驚いておらず、むしろこうなることを前から知っていたような反応を返して来たんだ。
「……母さんは何が起きているのか知っているの?」
だから母さんに何が起きたのかを聞いたんだ。すると
「ええ、お父さんもそうだったもの」
母さんはそう笑顔で返して来たのであった。
「えぇ……」
今も、「この時を待っていたわ」とか言っている母さんに、困惑を返すしか出来なかった僕は悪くなかったと思う。
…………
……
「それで、これはどういうことなの?」
あの後、リビングへと移動して改めて母さんに尋ねると
「衛留ちゃんには話していなかったけど、宮野家の長男は代々中学校を卒業してからある条件を満たすまでの間、男の子と女の子の境界が曖昧になっちゃって今の衛留ちゃんのように女の子になっちゃうの。今の衛留ちゃんだったらそうね……、夜の7時から次の日の朝の7時までの12時間は女の子のままじゃないかしら? 時間は衛留ちゃんの心境によって変わるから、衛留ちゃんの心が男の子の方へ傾いたら女の子でいる時間が短くなるし、逆に女の子の方に傾いたら女の子でいる時間が長くなるの」
「え? それだったら女の子になんかならないと思うんだけど……」
どういうことなのかを説明してくれたのだが、今までずっと男として生きてきたんだから、女の子の方に心が傾くなんて想像もつかない。
「ふふふ……。どうかしらね? その気持ちが傾くというのは、さっき言った条件に大きく関わることだから」
「え? それってどういう……」
「内緒」
「…………」
ウィンクをしながら、唇の前に人差し指を立てた母さんに何も言い返せなくなっていると
「でも、良いこともあるのよ? この状態になったら、今まで衛留ちゃんが使えた能力だけじゃなく、さらにもう1つ能力が使えるの。すごいでしょ? 今の衛留ちゃんは世界に1人だけの2つの超能力を持っているということになるの」
「へ、へぇ。そうなんだ」
母さんに言われた世界で1人だけという特別感に、ちょっと嬉しくなってしまったところで
「あれ? でも父さんもそうだったんなら、父さんも2つ能力が使えるんじゃないの?」
父さんも今の僕のようになったんだったらそのはずだと思って母さんに確認すると
「2つ能力が使えるのは、あくまで今の衛留ちゃんの状態のときだけよ。だから今の状態が終わると能力は1つに戻るわ。だからさっき言った通り、今は衛留ちゃんだけが能力を2つ使えるの」
「そうなんだ。そっかぁ。僕だけかぁ」
母さんから返ってきた言葉に、思わずにやけてしまった顔を下に向け、手をグーパーさせながらそれを見ていると
「えぇ。だからまた後でどのような能力が使えるようになったのかは確認してね。きっと夜のお仕事にも役に立つはずだから」
「うん、わかった」
母さんが夜の仕事について触れてきたため、僕は急いで表情を引き締め直し、母さんの方を向いて頷いて返した。
夜の仕事というのは、如何わしもの、というわけではなく、簡単に言うとこの街の警備の仕事のようなものだ。
なぜ中学を卒業したばかりの僕がそのような仕事をしているのかというと、まずはこの世界について話す必要がある。この世界では超能力を使える人がいる。世界的に言うと、全体の約3割といったところだろう。まだ全体的に言うと数は少ないが、逆に言うと、その超能力者が犯罪を犯したとき、それを取り締まれる人も同じ超能力者だけになるということだ。
だからこそ、地区毎に担当が決められており、その担当者がその地区の超能力犯罪を取り締まることになっている。ちなみにこの地区では、宮野家と島崎家が担当である。
中学を卒業するまではあくまで見習いとして、比較的脅威が低いものを任されていたが、高校に上がると共に正式に任されることになったというわけだ。
ちなみに、正式に任されたといっても、高校を卒業するまでの間は基本的にツーマンセルで行動することになる。しかし、相方には一度も会ったことがない。見習い時にどうして相方に会わせてもらえないのかを聞いても答えてくれなかったんだけど、このことが原因なのだろう。
「あ、そういえばさ」
「どうしたの?」
「どうして先に言ってくれなかったの? 事前に言ってくれたらもっと心構え出来たと思うんだけど」
「それはもう、衛留ちゃんが驚く姿を見たかったからよ。だからあの人にも衛留ちゃんには言わないでってお願いしていたの。でも、衛留ちゃんが思っている以上に驚かなかったからそこだけがお母さん不満なのよね」
ここでふと、なぜ今まで黙っていたのかが気になって母さんに聞いたんだけど、母さんはドッキリ成功したかのような笑みを浮かべながら返してきたんだ。
「……驚きすぎて逆に何のリアクションも取れなかっただけだよ」
「あら? そうなの?」
正直、今もまだ驚きから抜け出せていない。驚きすぎて一周回って逆に冷静になっているとかそんな状態である。
「あ、そうそう」
「うん? どうしたの?」
「衛留ちゃんの仕事中のお名前なんだけど、どうする? 衛留ちゃんのままで良い?」
頭を落ち着かせるという意味も込めて、母さんから教えてもらった情報を頭の中で整理していると、母さんは両手を合わせて仕事中の名前について確認してきた。
「え? あー、どうしようかな……」
確かに女の子の姿のときに衛留を名乗るのは少なからず抵抗がある。もし誰か知り合いに見つかったときに本名のままだとバレてしまう可能性があるからだ。だけど、こんなことになるなんて想像していなかったため、何も案が浮かばずにいると
「お母さんのオススメがあるんだけど……。ノエルちゃんなんてどう?」
「ノエル……?」
母さんは、恐らく前からずっと考えていたであろう名前を提案してきた。
「そう、ノエルちゃん。可愛い名前でしょ? 後……じゃん!」
聞き返すと、母さんは頷いた後、どこからか何かを取り出した。取り出したものを確認すると、
「……ウィッグ?」
「そう! ウィッグ。後、これが髪留めようのヘアバンドね。これと、後はこのカラーコンタクトをつけちゃえばもうノエルちゃんが衛留ちゃんだなんて誰もわからないわ。どう? 何かノエルちゃんが別の名前やファッションが良いというならそれにしたらいいと思うけど、それが見つかるまでは一先ずこれでということでどうかしら?」
一体いつから準備していたのだろうか、待っていましたとばかりに取り出されたアイテムたち。母さんの中ではすでに僕はノエルで、これらをつけることは確定しているようだ。
元々の僕の顔が女顔ということもあったのかはわからないけど、今の状態でも顔の作りはさほど変わっておらず、髪の毛も黒髪短髪のままだ。このままだと確かに僕だとバレるだろうし、長髪のウィッグを被ることで印象は大きく変わり、バレ防止にはなるだろう。だけど……
「なんで白髪?」
母さんが用意した髪は白色だった。
「きれいでしょう? きっとノエルちゃんに似合うと思うの」
母さんは笑顔のまま手渡してきた。それを思わず受け取った僕に
「大丈夫よ。白髪がおかしいなんてことはないんだから」
「確かにそうだけど……」
母さんは問題ないと笑顔のまま言ってきた。確かに髪の色は母さんの言う通り黒髪一色というわけもなく、色々な髪の色の人がいる。赤色だったり、青色だったり……。だから白色の髪がおかしいということはない。
そう考えると、母さんの言う通り代案が見つかるまではこれを使うのも良いもしれない。
母さんに渡されたものを見ながらそんなことを思っていると、
「じゃあ、後は話し方だけね」
「え?」
「女の子なんだから、ちゃんと女の子の仕草とか色々覚えないとね」
「え?」
いつの間にか僕の方へと忍び寄ってきていた母さんに捕まった僕は、高校が始まるまでの間に女の子の仕草というものを徹底的を教えてこまれ、ボクが誕生したのである。
高校の入学式で仲良くなった島崎拓也が実は仕事の相方で、ノエルの姿の衛留に一目ぼれをするなんてことを、このときの僕は知る由もなかったのであった。