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第181話 崩壊

 いつも通り、ヤーッコは王宮の中庭でエルヴェイティと稽古に励んでいるアカネをのんびりを眺めている。現実世界ではまだ数時間の出来事だが、この精神世界の時の流れではすでに3週間が過ぎている。


(なんだか…戦争中だということを忘れそうになるの…もし儂に孫がいたら、こんな感じじゃったんじゃろうか…)

 ヤーッコには家族はいない。結婚をしたこともないし、もちろん子供もいなければ、孫もいない。その生涯を魔導の研究に捧げ、他人からは『変人』と蔑まれて生きてきた。スルヴ王にその能力を見出されるまでは、政府とも距離を置き、一人研究に没頭する隠遁生活を楽しんでいた。


(昔は一人でも平気じゃった…だが今は違う。陛下は儂のことを高く評価してくれておる。あの方の恩に報いる事こそ我が人生。儂は決して一人ではない…

 …一人でも平気だったころに比べて…儂は、弱くなったんじゃろうか…今の儂は、もうあんな孤独には耐えられまい…)


「どうしたのおじいちゃん?ボーっとして…もうボケちゃった?」

 アカネが稽古を終えてヤーッコに歩み寄りながらニヤニヤした表情でそう言った。


「ボッ、ボケとらんわい!まだそんな年じゃないわ!!」


「そう?今の表情結構イッちゃってる感じだと思ったけど?」

 アカネが黒猫のアマランテを抱き上げて、笑いながらそう話す。


「全く、本当に遠慮もくそもないガキじゃのう…」

 いつの間にかアカネとヤーッコは『おじいちゃん』『アカネ』と呼び合う仲になっていた。


 他愛もない話をしている中、ヤーッコが少し考えてから、アカネに話しかけた。


「前々から気になってはいたんじゃが、アカネはなぜ魔王討伐を引き受けたんじゃ…?」


「まあ、他にすることもないからってのが一番大きい気もするけど…誰かにお願いされるのは嫌な気分はしないわ。

 なんか、こう…『アタシはここにいてもいいんだ』って気になれるっていうか…」


 このアカネの言葉にヤーッコは意外そうな表情をした。


「ほう…アカネ程強い者でもそんなことを考えるんじゃな…」


 アカネは少し寂しそうな表情をして静かにこれに応える。

「アタシは強くなんかない、弱いよ。

 いつもびくびく怯えてる。『アタシは本当にここにいていいのか』『誰かに嫌われてないか』『間違ったことしてるんじゃないか』って気になって気になって仕方ないんだよ。」


 この言葉にヤーッコは目を丸くして聞き返した。

「と…とてもそんなことを考えて行動しておったようには見えんかったが…」


「考えても考えても仕方ないって分かったから、自分の決めたルールだけを守って行動することにしたの。」

 アマランテを地面に下ろしながらアカネが静かにそう言った。アマランテは少し歩いて、離れた位置から二人を見守るように地べたに寝転んだ。


 傍若無人に振る舞っているようにしか見えなかった勇者が実はそんなことを考えていたのか、そう思って、ヤーッコの口から思わず彼女を慰めるような言葉が出た。

「誰も、生きるのに他人の許可なんかいらん。自分の思う通りに生きればいいんじゃ…」


「本当に?アタシ、他人に迷惑ばっかりかけてるのに…?」

 いつの間にか、アカネは目に涙を浮かべて、怯えたような表情をしていた。


「いいんじゃ!」

 まるで道に迷った幼子のような頼りない表情で涙を浮かべるアカネをヤーッコは思わず抱きしめながらそう言った。

「誰もお前を責める権利などない!誰もがみな、迷いながら生きておる!お前だけじゃないんじゃ!」


「でも…ダメ!アタシは自分だって弱いことを隠してたのに、ノルアの人たちを鼓舞して無理やり戦わせて、そのせいで多くの血が流れた!

 アタシは弱い人達に戦うことしか教えられなかった!!

 弱い人に無理やり『強くなれ』なんて、驕りじゃないの!?ちょっと褒めそやされて!調子に乗って!多くの人を戦地に送った!!」


 半狂乱になって泣きながら叫ぶアカネをヤーッコはただただ抱きしめるだけしかできなかった。今、この手を放してしまえば目の前の少女は罪悪感から重力崩壊を起こして崩れ去ってしまいそうに脆かった。


「ベンヌも殺した!ダンズールも殺した!多くの兵士を殺した!!殺す以外の方法もあったはずなのに、それを探そうともしなかった!この大陸で一番罪深い人間だ!!」


「違う、違うんじゃ!!」

 もはやヤーッコはそう言うことしかできない。ただただわけもなく否定することしかできなかった。

 気づくと、あたりの風景がガラガラと音を立てて崩れ始め、虚無の暗闇が顔をのぞかせ始めていた。アカネの心が罪悪感に押しつぶされ、比喩表現ではなく文字通り重力崩壊を起こし始めていたのだ。このまま精神世界が崩壊してしまうと、二人の心はどうなってしまうのか。


「魔王を討伐する?ばかばかしい!アタシの方がよっぽど『悪』だっていうのに!!」

 そう叫ぶアカネの前に静かな、落ち着いた声が聞こえてきた。



「アカネ様は…悪くない…」



 世界が崩壊する轟音の中でもその決して大きくない声ははっきりとアカネの耳に聞こえた。


 声を発したのは、黒猫のアマランテであった。


「誰もが自由に生きている…アカネ様だけじゃない。

 右を向くも左を向くも自由。誰かに支配されるのも自由。強くなろうとするのも、弱者のままでいようとするのも自由。

 戦争に行くのも、誰かと戦うのも自由。」


「アマランテ…」

 突然流暢に話始める黒猫にアカネは一瞬呆気にとられていたが、すぐに微笑みを見せて歩み寄っていった。


「その自由は誰にも止められないし、強制することもできない。アカネ様はきっかけを与えたに過ぎない。」


 しゃべり続ける黒猫をアカネは抱き上げた。


「アカネ様の力強く生きる様に、ある者は惹かれ、ある者は恨み、行動を起こしたというだけ。

 アカネ様が本音で、全力で生きたからこそ、良きにしろ、悪しきにしろ、みんな心を打たれた…」


「ありがとう…アマランテ。

 あなた、ずっとアタシを助け出そうと、見守ってくれてたのね…」

次回最終話

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